ハイっ!こちら営業部『サイラス私設傭兵部隊』課【30mm非公式小説】   作:あきてくと

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第20話 英雄爆誕、そして落胆(模擬戦結果)

 僕は、ずっと思い焦がれ続けた天使の姿を間近で見上げる。

 

 銀色に鈍く光る衣を脱ぎ捨て、露わになった胴体は華奢とも呼べるほど細い。全身は黒く、艶やかな皮膚を思わせるように鈍く光を反射する。胸にあたる部分はわずかな膨らみがあった。肋骨のようなディテールがなまめかしい。

 

 均整のとれた四体をもつ姿の女神は、仰向けになった僕の上に乗り、彫刻のように端正な顔をこちらに近づける。そこに感情のようなものは見いだせない。その漆黒の顔面に刻まれた細く鋭い双眸が、今僕を見()ろしている。いや、僕は専務に見(くだ)されていた。

 

《1分も保たないなんて。まったく、興ざめですわ》

 

 全重量を乗せて僕を拘束する専務は、ため息混じりに辛辣な言葉を放つ。小柄な体躯とはいえ、動作の起点となる腰部を押さえつけられては、さすがにこちらも動けない。

 

 退職を賭けた専務との模擬戦が始まるやいなや、僕は一気に攻勢に出た。条件は僕の方が有利だ。専務が駆るプロトノヴァに一撃入れるだけで退職が認められるのだから、手数で攻める戦法が最善と踏んでの判断だった。

 

 しかし、専務には至近距離からのペイント弾の銃撃はおろか、四肢を用いた体術も一切当たらない。僕の操縦技術が拙いせいもあるけれど、のれんに腕押しのごとくするりと攻撃をかわされる。

 

 専務のエグザマクスの操縦能力はアーニャと同等か、それ以上だと思えるほどだった。あげく、僕はものの1分ほどで押し倒され、あっけなくマウントポジションをとられている。物理的にも精神的にも。そして現在に至る。

 

《各部の出力はそちらの方が上。こちらは地球時間で100年近く前の機体ですのよ。これではせっかく開発した新型機が出来損ないみたいではないですか》

 

 さっきから機体性能に任せて拘束を振り払おうと試みているけれども、上手くいかない。専務が言うとおり、僕が今搭乗している新型のラオビットは、僕らが中東で使っていたアルトよりも大柄で、各部間接のアクチュエーターの出力ゲインもアルトと比べておおよそ1割増しになっているが、それでも押し返すには至らない。

 

 今、専務が搭乗している天使のような風貌をした機体は、バイロン軍が使うポルタノヴァの原型となる機体だそうだ。アルトよりもさらに小型とはいえ、概算で25tはあるだろう。パワーに任せて押し返そうとするも、振り払おうとするも機体は軋みを上げるばかりだ。

 

《ぜんっぜんダメです、レイ。脳波でコントロールするエグザマクスは、抽象思考と具体思考の両方が同じ方向を向いた集中状態こそ、より正確な機体操作が可能になるのです。矛盾があってはEMFOD(操縦制御システム)が正確に思考を機体制御に反映させられません。

 

 あなた動物に好かれないでしょう。よく犬に吠えられませんか? あなたは無意識下で余計なことを考えすぎなのですよ。動物はそういった点にも敏感です。『ごちゃごちゃと、うっとうしいから近づいてくんな』といって吠えているのですよ。

 

 頭の中がゴチャゴチャでは、エグザマクスも正確に動作させることはできません。だから動きが鈍いのです。中東で何を学んできたのですか。情けない》

 

 そこで僕のサポートAIであるシズクはすかさず答える。

 

《マスターの中東での敵機を無力化した戦績は48戦中、わずか11機です。これは隊全体の撃破率のわずか0.3%です。ちなみにコックピット内で排泄物を漏洩させた回数は、撃破数を大きく上回る___》

 

「シズク。余計なことは言わなくてよろしい」

 

 今搭乗している機体は、専務が登場している天使とともに、倉庫に格納されていた新型ラオビットのプロトタイプ機だ。機体のオペレーションシステムを僕のIDで立ち上げた際に、いつものクセでログイン後にシズクとのリンクを繋いでしまっていた。

 

 自立型支援機(ロイロイ)であるシズクの本体は、現在サイラス私設傭兵部隊のチーフメカニックである川崎 重工(カワサキ シゲノリ)さんと一緒に日本に向かう船の中だから、この通信はネットワーク経由だ。

 

 なにかアドバイスをくれるかと期待したけれども、この状態のシズクができるのは戦闘サポートどころか、僕のバイタルモニタリングと、ただの話し相手ぐらいにしかならない。おまけに余計なことまで話そうとする。

 

《それでも、あなたは見てきたのでしょう。サイラス私設傭兵部隊の、彼らの戦いぶりを。彼らはわたくしが直々にスカウトした腕利きです。なら、知っているはずです。どう戦えばよいかを。これではアマギ隊長もサニー・バニーも報われません》

 

「そんなことを言われたって、僕には戦闘の才能なんてものはないのだから」

 

 それを聞いた専務は、はぁ、と何度目か知れない溜息をつく。

 

《才能などという幻想にすがるのはおやめなさい。才能という言葉を使うこと自体が他力本願の現れです。それは優越感を得ることでの自己承認欲求を満たす行為であり、他人とは違う能力を欲するナルシズムの極み。ましてやそれに期待することは自慰にも等しい行為です。

 

 かといって、努力という言い訳に時間を浪費することも感心しません。努力と結果は比例しないうえ、人は努力量だけを推し量って己の価値を見誤り、増長しがちですから。

 

 物事一つひとつに対する観察・考察・洞察その他諸々の細かな脳機能指令に対する生理的な表現の熟練こそが真に才能と呼べぶべきものです。才能とは、決して天から与えられるような他力本願な能力ではありません。

 

 また、仮に才能なんてものがあったとしても、所詮は能力の下限値と上限値を決めるだけのこと。あるいは、始めるきっかけと最終的な到達点を決定するだけのものです。多くの人間は、ほんの少しの努力でカバーできる範囲でしか能力を使えていないのですから、才能などといいうものに期待するのは無意味です。

 

 落ち着いて、観察しなさい。洞察しなさい。考えなさい。要は能力の使い方です。見せてください、レイ。観察力や洞察を活かした、今のあなたができる最高の戦い方を》

 

 頼んでもいない専務の人生講義に対して抗議したくなる気持ちを押さえて、僕は深呼吸をして頭をクリアにする。僕に巧技はできない。冷静になれ。頭を使え。アーニャなら、ジェイクなら、サニーなら、アマギ隊長なら、この状況でどう戦う。

 

 ___と、考えてみても何も思いつかない。中東で1年間にわたって戦い続けたといっても、僕は後衛のさらに後方にいただけだ。おまけにまともな戦闘訓練なんてしてもらったことはない。ときどきサニー・バニーの筋力トレーニングにつきあって、役に立たない噂話や米軍や傭兵のウンチクやらを教えてもらっただけなのだから。

 

 あとは事務作業しかしていない。それならそうと、訓練であることを伝えてくれてもいいじゃないか。それなら僕だって、それなりの対応はしたさ。挙げ句の果てにこの始末とは、理不尽にもほどがある。

 

 「ふぬー」と叫びながら渾身の力を込めて操作を試みた。しかし、相変わらず専務の機体は僕の上に載ったままピクリともしない。

 

《はぁ。レイ、名前が泣きます。それでも、あの日本の英雄伝の主人公と同じ名前の持ち主ですか》

 

 よけいなお世話だ。「僕だって好きでこんな名前でいるわけじゃありませんよ」と、僕は憤慨しながらマウントポジションをひっくり返すべく機体を繰る。

 

《いいえ。与えられた名前には意味があります。バイロン星では、その時々に応じて立場にふさわしい名前が与えられます。名前に含まれる意味と音は、その人の思考と意識を形作りますから》

 

 だとしても『アムロ・レイ』は違うだろ。あれは英雄伝ではあるかもしれないが、ただの創作物だ。

 

《そう、あれは数年前。わたくしがエグザマクスの設計に着手しはじめたときのことでした。養父(ちち)が参考にしなさいと、日本の伝説的な物語のアニメーション(Animation)というものを見せてくれたのです。それこそが___機動戦士ガンガルでした。 いえ、ガンザムでした? あら、バンザムだったかしら??

 

 とにかく、それを初めて観たとき、わたくしはいたく感動いたしました。あれこそが日本人の魂であると確信できたのです。だからエグザマクスのデザインも、あれをモチーフにしました。そして、あの主人公とあなたの名前は同じ。故にあなたは英雄と呼ばれてしかるべき存在です》

 

 ああ、なんというオチだろう。井上社長は日本の有名な作品という意味を込めて『伝説』という言葉を使って娘に視聴を勧めたのだろう。方や、一切の予備知識をもたない宇宙人の専務は、本当に日本の英雄伝だと勘違いしているようだ。

 

 つまり専務の頭のなかでは、日本の有名なアニメーション(Animation)=日本人の(Anima)=その象徴となる主人公アムロ・レイ≒僕。という図式ができあがってしまっているらしい。

 

 惑星規模もの異文化における認識の壁は、想像以上に高く厚いようだ。挙げ句の果てに、僕はただの勘違いで目を付けられ、戦争の英雄に奉り上げられようとされている。僕はあきれ果てて、説得する気力も失せるほど脱力する。

 

《それに、あれに登場する『ニュータイプ』という概念は的を射ています。人型生命体の進化と革新に近い概念はバイロンにも存在しますのよ。

 

 高い空間認識能力と、個人間での高い相互理解力。意識の疎通。テレパシーとでも言いますか。とは言っても言語を介するわけではないので、イメージ共有というのがもっとも近い表現です。

 

 ただし、あれは少しだけ間違っていますね。テレパシーのような特殊な能力は意識ある生物なら誰しもが持つもので、日常的に行っているものです。『ニュータイプ(New type)』とは言うものの、実のところあれは進化ではなく、先祖返りというのが正確なところです。あなたにもできますよ。というか常に実行しています。ただ認知と制御ができないだけです》

 

 (でもあれは架空の物語なんですよ!)と僕は心のなかで専務につっこむ。

 

《せっかくですから、いいことを教えて差し上げます。ぶっちゃけて(・・・・・・)申し上げますと、そのテレパス能力によって、わたくしにはあなたの考えていることがわかるのですよ。内面の感情や、どのような攻撃を仕掛けてくるかなど。正確にわかる訳ではありませんが。あなたの考えていることが、すごく、なんとなく、わかるのです。

 

 もっとも、大半は単なる洞察です。洞察による仮説をテレパスによって確信できるのか、あるいは洞察自体がテレパスによってもたらされた結果の思考なのか。どちらのプロセスで行われているかは定かでありませんが、どちらであっても結果は同じです。

 

 このテレパスのメカニズムを地球の科学レベルで説明すれば、いわば生体的な相互量子情報通信といえるでしょう。片方のスピン状態が確定すれば、もう片方のスピン状態もおのずと決まる量子もつれ関係のあれですね。一部の特殊な脳細胞を構成する原子素粒子の量子情報を書き換えれば、リンク先の量子情報が確定することで情報が交換されます。

 

 この宇宙の、意識がある動植物はすべてテレパスによるイメージ共有能力を有しており、常に無意識下で量子情報の相互通信を行っています。つまり一個人の意識とは、内部発生するものと、外部からの干渉の両方によって成り立っているのです。ただし、相互の通信は不規則かつ乱雑であるため、実のところ生物の深層意識の構造はバイロン科学でもいまだ完全な解析は不可能なほどのカオス状態です。

 

 そのなかから特定の情報だけを取捨選択するには少々コツが必要です。その手法ばかりは、さすがのわたくしであっても地球の言語ではうまく説明することができません。

 

 実際、科学では説明できない不思議なことがあるでしょう。動物が驚異的なまでの危機察知能力を発揮したり、離れた場所の知的レベルや文化が奇妙にリンクしたり、人の心が読める人がいたり、未来予知できる人がいたり。

 

 いわゆる勘と呼ばれるものやセレンディピティとよばれる偶然の一致。はたまた、コーリングだとか引き寄せの法則だとかと呼ばれるものや、寝ている時に見る夢、ひらめきという現象も同様です。

 

 集合的無意識あるいはアカシックレコードとも呼ぶ方もいらっしゃるようですが、これらはすべて量子ミクロ的な通信で意識の疎通を図っている生物特有の統合意識から成る事象であり、無差別に情報を得た結果起こった現象を、偶発的に認知しただけにすぎません。

 

 10年前のスカイフォールで最初にあなたに出会ったとき、わたくしはあなたの、あなたは不確定ながらわたくしの存在を認めました。そのとき量子的なリンクが確立し、いわば暗号キーを交わしたことで、わたくしはあなたの存在と意識を宇宙のどこにいても感じ取ることができるようになったのです。

 

 つまり、わたくしとあなたが再会できたのも、こうして一緒にいるのも、わたくしがあなたの思考が読めるのも、量子リンクの結果もたらされた必然的な偶然なのですよ。

 

 ああ、ちなみにバイロンでは量子という概念はありません。バイロン科学で地球の量子物理学を説明すると___あ、これはやめましょう。時間がいくらあっても足りませんわ。さて、ずいぶんと余計なことまで話し込んでしまいましたね。退屈でしたので。ところで、まだ動けませんか。レイ?》

 

 そのニュータイプ論の真偽はともかく、僕は思わず納得してしまう。専務のよく当たる読心術を実際に何度も間近で見ているからだ。

 

 ___うん? でもちょっと待て。専務がそのニュータイプ能力で僕の攻撃が読めるのなら、僕は絶対に勝てないということじゃないか。そんなの詐欺だ。出来レースだ。チートだ。一撃当てれば退職を認めるなんて言っておいて、最初から認めるつもりなんかないんだ。

 

 すっかり忘れていた。この専務は『断念』という言葉はおろか、『譲歩』などという言葉すら持ち合わせていないことに。だまされた。この鬼畜人外のような専務にわずかでも慈悲を期待した僕が馬鹿だった。

 

 それに、宇宙のどこにいてもわかるだって? それでは、僕は超がつくほどサディスティックで、超がつくほど知能犯のイカれたストーカー女に、宇宙の果てまでつきまとわれてるのと同じことではないか。これほどタチが悪いことなんてない。

 

《誰がストーカー女ですか。上司に向かってイカれてるとはなんという。ただしサディスト気味であることは百歩譲って認めましょう》

 

 僕は驚く。再び思考が読まれたことに。そして、専務が自分の性格を自覚していることに。

 

《地球人類には物理的にも精神的にも強固なリミッターが設けられているようでしたので、もしかしたら死ぬような目にあえば、あなたも覚醒を果たすかと期待したのですが。なにせあなたは、あのアムロ・レイなのですから。

 

 とはいえ、さすがに無理があったようですね。それに関しては少々反省していますわ。ああ、アムロ・レイなのに》

 

 僕は専務の言葉の端々に悪意を感じ取りながら、再びあきれ返る。そんな理由で僕はサイラス私設傭兵部隊の一員として中東に飛ばされたのか。

 

《はぁ。アムロ・レイ、アムロ・レイ、アムロ・レイ。どうしてあなたはアムロ・レイなの?》

 

 そんなのは僕が知りたい。

 

《辛くありませんか。アムロ・レイ》

 

「辛いですよ。この名前のおかげで、僕がこれまでどれだけ苦労してきたことか」

 

《いいえ、これからのことです。これからもっと辛くなりますよ。これから戦争になれば『英雄ではないあなた』を人々はどう見るでしょうか。

 

『戦争をしているっていうのに、なんでこんなところにいるのかしら。アムロ・レイなのに』とか、『バイロン軍を倒してくれるよね? アムロ・レイなのだから』などと陰で言われるかもしれません》

 

 まさか。そんな理不尽などあってたまるか。

 

《少々極端ではありますが、あながち冗談ではありませんよ。私の知見では、地球人とは他人に対して、勝手に期待しておきながら、勝手に裏切られたと認識する生物です。とくに日本人はそれが顕著です。だから、当人らにとっては事実関係や理由などはどうでもよいのです。

 

 情勢が悪くなればなるほど、行き場のない不安感から理性的ではいられないものですから。明らかにおかしな理論でも、まかり通せてしまうのが、わたくしが知っている地球人の業というものです。

 

 宿命とも言えますね。自分の名前が嫌いとおっしゃいますけれど、どんな気分ですか? テレパスをもってしても、わたくしにはあなたの名前にコンプレックスを抱く気持ちが理解しかねます。

 

 とはいえ、まあ名前は所詮、名前です。物体を指す記号にすぎませんよ。そんなに怒らなくてもよいではありませんか。___そうだとしても、やはり名前負けするのはいかがなものでしょう。ア・ム・ロ・レ・イ? うふ》

 

 ___名前でからかわれたことは、これまでだって一度や二度ではない。けれども、これほど無遠慮に心の傷を抉ってきたのは、思い出せる限りでは、専務(この女)が初めてだ。

 

 たしかに名前は意識する。名前負けしないように、それにふさわしい人間になろうと努力もしたさ。けれども埋めがたい現実ってものがある。

 

 芸能人と同姓同名くらいなら笑い話のネタになる。けれども、同じくロボットのパイロットだなんて、出来過ぎでもはや笑えない。片やなんでもありのアニメで、こっちは現実なんだ。そもそもギャップなんて埋めようがない。

 

 誰かに名前を伝える度に見せられる、あの乾いた笑い、失笑、苦笑。おもしろいものを見つけたときのような嬉々とした笑い。哀れみが含まれたあの表情。

 

『アムロ・レイ』というキャラクターを知っている人間であれば、向こう側としても意識せざるを得ない気持ちは僕にもわかる。

 

 けれども、僕は名乗る度に憂鬱な気分になる。もちろん、僕に名前をつけた父と母はあのロボットアニメのことなど一切知らない。僕はこれまで、できる限りフルネームで名乗るのを避けて生きてきた。そして、僕はあの作品が大嫌いだった。

 

 怒りが沸々とわきあがる。これまでからかわれた記憶が、そのときの感情がよみがえる。なんとしてでも専務の機体に一撃入れて見返してやる! 僕は鼻息を荒くして、怒りに任せてもがく。

 

 なんだよ宇宙人って! なんだよ侵略って! バイロン軍? 知ったことか。アムロ・レイという名前であっても、僕は普通の人間なんだ! 僕の平和な日常を返してくれ!!

 

 頭のなかで何かが弾けたように、カチンともブチンともいえない音が鳴った。本当に。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

《急激な血圧上昇および脳前頭前野部の血流低下を検知。マスターがブチギレましたあぁぁぁぁぁ(((( ;゚Д゚)))》

 

 と、シズクが言ったところまでは覚えている。それ以降は記憶が飛んでいた。どうやって専務のマウントポジションをひっくり返したのかすら覚えていない。

 

 専務の機体に対してエグザマクスの拳を叩き込む直前、不意に専務の機体から赤い光が弾けた。それが数度にわたって瞬いたと思ったら激しい衝撃に機体が揺すられ、次に目を開いたときには、僕は再び専務の機体を見上げていた。

 

 これほどまでに怒り狂ったのは、小学生のときに名前でからかわれて以来だった。平静を取り戻すとコックピットにはやかましいほどに機体異常を示すアラートが鳴り響いていた。

 

 眼前に立つ専務の機体腕部が握る円筒からは眩いばかりに輝く赤い可視光が延びている。それは剣の形を形成し、粒子ビームの刃と思われるそれが眼前に突きつけられた。僕は恐怖を覚えて「ヒッ」という短い悲鳴が喉から勝手に漏れる。同時に背筋に冷たいものが走る。

 

 目の動きだけで眼前のHUDから機体の状態を読みとると、僕の機体は両腕・両足を失っていた。専務が振るった超高温の粒子ビーム刃によって、僕の機体の四肢はバターのように溶断され、コックピットがある胴部だけが地面に転がっている状態だった。

 

《まさか、怒りでテレパスを阻害するとは。さすがわたくしが見込んだだけのことはあります。この奥の手(ビームサーベル)を出さなければ、一撃入れられるところでした。成長しましたね。レイ。これなら、中東に送った甲斐があったというものです。

 

 ともあれ、負けは負けです。戦闘能力の観点では不合格ですが、特別サービスで合格にして差し上げます。あ、退職を認めるという意味ではありませんよ。下僕決定の合格通知です。うふふ。接吻の契約どおり、わたくしと共に英雄として戦っていただけますね。アムロ・レイ?》

 

 専務とのキスを思い出して身体が火照る。いや違う、あの粒子ビームの膨大な熱量でコックピット内の温度が上昇しているのだ。僕は、大きく息を吐き出しながら、感情のこもっていない声で「はい」と専務に伝えるしかなかった。

 

《ああ、そうです。これも伝えておきましょう。先ほどの話の続きです。この宇宙は粒でも、波でも記述できますが、それはいずれも真理ではなく、物理学や科学とは、あくまで現象を普遍的事実をもって数字で代替記述したものです。

 

 いわば客体を加味して主体的な意味付けをしたものであり、どれほど科学が発展しようと、どれだけ理論が進歩しようとも、文明や生命は宇宙の真理にたどりつくことはできません。結局のところ、この世界のあらゆる『それ』は『それ』でしかないのです》

 

 それが??? 急に難解な話が始まり、僕の頭にはたくさんの疑問符が浮かぶ。

 

《つまり科学とはあらゆるものを計算できるように数値化・記号化する作業。それはあらゆるものに名前をつける作業と言い換えることもできます。

 

 ですから名前は重要です。名前をつける行為は、存在を支配および理解するためのもっとも簡単で確実な方法とも言えるでしょう。しかし、名づけるという行為は、型に当てはめ、理解したと思い込み、さらなる可能性を制限してしまうことに問題があります。

 

 あくまで『それ』の本質は『それ』であり、『あなた』は『あなた』でしかないのです。だから、あなたがアムロ・レイという名前だからといって、アムロ・レイという型に収まる必要はないのですよ。

 

 確かにアムロ・レイという名前に一定の知名度が認められ、バイロン軍と戦うロボットを駆る英雄の名前として都合がいいのは事実です。そして、現にわたくしはそれを利用しようとしています》

 

 専務は、そこで一度言葉を区切る。

 

《けれど、これだけは知っておいてください。わたくしは、あなたがアムロ・レイという名前だから選んだわけではありません。ましてや容姿や能力を買ったわけでもありません。強いて挙げるなら『あなた』だからですよ。わたくしがあなたを選んだ理由は、あなたが、とても、なんとなく、大好きだからなのですよ。

 

 さらに付け加えるなら、たった一人で見知らぬ惑星に送られて、実はこれでも、わたくしは寂しいのです。初めて見た同年代の異星の異性に親近感を抱くのは当然ではないでしょうか》

 

 軽く握った手で口元を押さえながら、専務はやや小声で言葉にする。赤面しているかどうかは黒い肌でよくわからないが、同時に目を伏せがちに視線を脇へ逸らす。HUD上の端には、典型的な照れを表すポーズの専務の画像が浮かんでいた。

 

 言い方はともかくとして、実のところ専務は僕の名前など気にもとめていない。忖度があれば、これほどまでに無遠慮に残酷な言葉を放つことはしないだろう。専務は僕を僕として認めてくれている。これは恋人や家族のような情愛に近いものと捉えてもよいのだろううか。信頼している、と。

 

 自信に満ちあふれた態度の陰に隠れがちだが、専務が苦労人でないはずがない。戦争孤児というのも嘘ではなかった。いち惑星の大きな国家の要人であり、民に裏切られ、肉親を失い、重荷を背負わされ、故郷の星を追われた専務。

 

 地球に来てからだって、苦難の連続だっただろう。一切の言葉は通じず、常識の相違から意志疎通すら図れない環境に、少女がたった一人で放り出されたのだ。

 

 さらに、見知らぬ惑星で、使命のために謀略渦巻くドス黒い地球政治にも足を踏み入れ、真実を隠したまま慎重に交渉を進めなくてはならないのだ。さぞもどかしかっただろうことは想像に難くない。おまけに、わずかでも事の運びを誤れば、バイロン軍との戦争以前に、人間同士の第三次世界大戦が始まりかねなかった。

 

 そのストレスたるや、僕には想像できない。性格破綻するのも仕方がないよな。

 

《ですから、わたくしはあなたを信じます》と、次に専務は正面に向き直って言葉を続ける。

 

《確かに英雄という役回りは辛いかもしれません。それは希望の星であると同時に、兵を死地に誘う先導者なのですから。もっとも残酷な言葉を使えばそれは洗脳です。けれど英雄とは、戦士達の志気を高めるための意識のハブとなる存在であり、戦争で勝つためにはどうしても欠かせない重要なピースです。ですが、あなたなら必ず必ず成し遂げられると、わたくしの直感が言っています。

 

 わたくしはあなたを信じています。ですから、あなたもわたくしを信じなさい。もちろん、みすみす殺させるような真似はさせません。絶対に。

 

 帰国表彰式の際にも言ったでしょう。すべてわたくしが企てたことです。何かあったら、すべてわたくしのせいにしなさい。恨んでくれてもかまいません。すべての責任はわたくしにあります。もし、あなたを立派な英雄にできなければ、接吻の約束どおり、わたくしは死を以て償いましょう》

 

 専務の強引でありながら真っ直ぐで真摯すぎる態度と言葉に、なんとも返答に困る。専務に死んでもらってもうれしくない。むしろ、嫌だ。

 

 僕が無言でいると、シズクが話しかけてくる。

 

《ところでマスター。これで24回と1/3回です》

 

「何が」

 

《恐怖のあまり、コックピット内で排泄物を漏洩させた回数です》

 

 なんだよ、1/3回って。

 

 シズクは状況と神経パルスと体温変化で、僕が漏らしたことが正確にわかるらしい。

 

 そして、これはイレギュラーな模擬戦。当然、今日の僕はパイロット用のオムツなど装着していない。この後この緊急事態の状況説明を専務に求められるだろう。上手く誤魔化しきれるだろうか。

 

 僕はコックピットのなかでひとり赤面し。同時に憂鬱になる。いや、この感情も、この事態もすでに専務には筒抜けかもしれない。僕は沸き上がる様々な感情を、溜息とともに吐き出した。

 

 どうせ、僕が取れる選択肢などないのだ。もう、どうとでもなれと覚悟を決めて。

 

 僕の名前は安室 玲。24歳。サイラス私設傭兵部隊の一員で人型巨大兵器エグザマクスのパイロットだ。僕はエースパイロットなんかじゃないけれど、不本意ながら英雄としてバイロン軍と戦う事になった。本当に不本意ながら。

 

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