ハイっ!こちら営業部『サイラス私設傭兵部隊』課【30mm非公式小説】   作:あきてくと

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第23話 半可臭ぇ話(半覚醒の話)

《Raedy___Fire》「Fire」

 

 自立型支援機(ロイロイ)であるシズクの指示に従って僕はトリガーを引くと、レールガンから放たれた弾頭が、淡い光のプラズマの尾を引いて漆黒の宇宙の彼方へと消えていく。

 

 ここからだと、まだ点にしか見えない相対距離2万kmほども離れた先にいるポルタノヴァ宇宙仕様機に向かって。

 

命中(hit)》とシズクが報告する前に、僕には弾丸が敵に命中したのがわかっていた。

 

 命中したと思った瞬間、高質量のガラスの固まりを粉々に砕いた感覚がした。硬いような、柔らかいような、それでいて粘土のように柔軟なのに、砂のように脆く、ボロッというか、ザラッというか。石や岩を砕く感覚とは違う。

 

 とにかく、口では上手く言い表せないその質感の悪さに悪寒が走る。気色の悪さに吐き気さえ覚える。

 

 なぜなのかはわからない。けれど、それが何を意味するかは確信をもってわかる。それはポルタノヴァ宇宙仕様機に搭乗しているパイロットの命が失われた感触だ。搭乗者が失われた敵機は、回避ベクトルを保ったまま固まったように宇宙を流れていった。

 

 敵の増援に対して、僕はシズクとホノカの2機のAIが合わせてくれる照準目標を、敵機のコックピットに変更していた。

 

 殺したくはなかった。けれど、こうしなければ、僕の背後にある船が沈む。そうなれば、僕が大切に想う人たちの命が失われるんだ。仕方がないじゃないか。べっとりとした汗が頬を伝う。あと2機。あと2回。

 

《マスター。原因不明の血圧低下および心拍数低下異常を検知しました。大丈夫ですか》

 

 バイタルモニタリングも務めるシズクが、僕の身体の異変を検知して無機的な合成音声で尋ねてくる。

 

「問題ない。次の目標を」と硬直気味の喉をなんとか震わせて答え、先ほどより距離を詰められ眼前に少しだけ大きく映った敵機へ向けて、次弾の発射を促す。

 

《チャージ完了。Raedy___Fire》「Fire」

 

 2射目のレールガンも、回避しようとした敵機の中央に吸い込まれるように消えた。

 

 まただ。当たったと思われる瞬間、相手の存在そのものを粉々に砕いたような感覚に襲われ、その不快感に宇宙服を脱いで全身をかきむしりたくなる。コックピットを開いて外に飛び出したくなる。

 

 2射目は敵機のコックピットごと胴部を貫通し、背面に背負ったバックパックを損傷させたようだ。漏れ出した推進剤が噴出して、空気が抜けた風船のように無軌道に宇宙をのたうち回った後、強烈な光を伴って弾けた。

 

 冷たい汗が止まらない。声は震えてまともに出せない。操縦桿を握る手は震えていた。人を殺した時にはこんな感覚になるのか。殺したことがないのだから、わかるはずがない。肩で息をつくと、狭くなった気道を空気が通る音が勝手に鳴る。あと1機。

 

 敵機との相対距離は、すでに5,000kmほどまで詰め寄られていた。ここまで接近されると、大気がない宇宙では対象のディテールがハッキリと捉えられる。

 

 髑髏(どくろ)の仮面をつけたようなポルタノヴァ頭部の中央に備わる単眼が僕を刺し貫くように睨む。足長のゴリラを思わせる奇妙な体躯をしたポルタノヴァが、背面からスラスターの噴出炎を断続的に吐き出しながら空間を跳ね飛び回り、みるみる間に迫ってくる。

 

 HUD上では、敵機の激しい回避機動を捉えるべくターゲットマーカーが眼前を点滅しながら縦横無尽に動き回る。それに合わせてレールガンの砲口も微動する。距離計に表示される数値は見る見る間に小さくなっていく。

 

 次で最後。あと1度苦しめば、この不快感から解放される。

 

《チャージ完了。Raedy___》

 

 照門と照星の動きが収束する。マーカーがロックオンを示す電子音が断続音から連続音に変わると、点滅していたマーカーが敵機に重なって赤く染まる。

 

《Fire》「Fire」僕は震える指でトリガーを引く。

 

 しかし、僕の耳に届いたのは聞き慣れた発射音ではなかった。視界に映る長大なレールガンの砲身の先端部が大きく歪み弾けた。轟音と衝撃がコックピットに響いた。それに続いてアラームが鳴る。

 

 弾丸は発射されていない。過剰な連続使用による熱でレールガンの砲身が熱で歪んだようだ。レールが歪めば加速体との摩擦でさらに高熱が発生する。それによって、発生最高速度に達する先端付近で弾体もろとも砲身が溶解したらしい。

 

 僕は「チッ(tut)」と悪態をつく。これで一撃必殺のレールガンは使えなくなった。HUD上には武器管制システムのエラーとともに、移動体の接近を告げるアラートが重なりあって不協和音のように鳴り響く。

 

 こちらのトラブルを確認した敵機は、ここぞとばかりに攻勢に移る。減速しながらも依然として高い速度を保ったまま、敵機はこちらに突進しながら右腕のビームキャノンを構えて的を絞る。照準は僕ではなく後方にある宇宙船。虚空に浮かぶ鯨のような巨体は格好の的だ。

 

 護衛対象である宇宙船には迎撃装備の類は搭載されていない。それに、あれだけの大質量体では、どれだけの推力を費やしたとしても回避は間に合わない。もう1機の護衛機であるエイミーの援護も間に合わないだろう。絶体絶命。けれど、絶対撃たせまいと意志を固め、吐き気を堪えて僕は機体を操る。

 

 使用不能になったレールガンを捨て去り、両脚部にマウントした二丁の専用マシンガンをエスポジットにグリップさせるなり乱射した。炸薬ではなく、電磁誘導で加速された無数の小径弾丸が宇宙空間にばらまかれる。

 

 このパルスマシンガンの威力はそれほど高くない。けれど牽制には十分だ。執拗な攻撃で敵の意識を僕の方に向かせるべく、ただただトリガーを引き続ける。

 

 敵機は先ほどよりも小刻みな機動で宙を跳ね回る。ただばらまかれただけの弾幕をひとしきり回避すると、その砲口を宇宙船ではなくこちらに向けた。しめた、と思ったと同時に、いつ撃たれるかもしれない恐怖に背筋がゾクゾクとする。

 

 敵機が右腕に構えるビームキャノンの先端に光が灯る。とっさにスロットルレバーを強引に押し込むと、殴られたような衝撃を伴って機体が右へ振られる。身体が左側へ持って行かれる血液も左に偏る。左半身左目に血液が集まり視界がうっすらと赤く染まる。

 

 刹那遅れて、まばゆいばかりの閃光が機体の左脇をかすめた。撃たれた。けれど、まだ僕は生きている。大きく息を吐き出し一瞬安堵するも、すぐに恐怖で膝が、肩が、全身がガタガタと震え出す。

 

 狙いをこちらに向けさせることには成功したけれど、動かなきゃ殺されるだけだ。僕はエスポジットを飛行形態に変形させ、震えてまともに動かない左腕を強引に操ってスロットルレバーを押し込んだ。

 

 推力方向が統一された飛行形態のエスポジットは、先ほどの回避よりも強烈な加速で僕の身体をシートの背もたれに押しつける。壁に叩きつけられたかのような加速Gに肺の空気が強制的に吐き出されるが、生命維持装置の強制呼吸器は酸素を肺へと無理やり押し込んだ。

 

 加速しながら機首を持ち上げ、円弧を描いて敵機背後に回り込むように機動させると、円心加速度が発生して今度はシートの座面へ身体が押しつけられる。頭を流れていた血液が一気に下へ落ちるが、宇宙服の耐G機能が働き、脚部が痛いほどにきつく締め上げられ、血液の移動を妨げた。それでも血が回らなくなった頭は機能低下を起こし、思考がぼんやりとしてくる。

 

 後方で光が瞬く。外れはしたものの、またビームが放たれた。身体が重い。内蔵が重い。心臓が壊れたように脈を打つ。息が苦しい。頭が働かない。視界が暗くなる。けれど加速を弱めれば、その瞬間に撃墜され___

 

 

 ____いけない、一瞬だけ意識を失っていた。あわてて機首を強引に持ち上げるとさらに強い慣性重力が加わる。取り戻した意識を再び失いそうになる。その手前のギリギリを維持してなんとか敵の後背位置を狙う。

 

「シズク、ホノカ、射撃、補正!」

 

 朦朧とする意識のなかで、重くて上手く動かない口元周りの筋肉と舌を必死に動かし、僕は叫ぶ。たったこれだけの指示だけで彼女らが認識してくれるかどうかわからなかった。けれど、それが今、僕が口に出せる精一杯の言葉だった。

 

 体重が数倍になったように感じられるほどの強烈な垂直Gに耐えながら軌道を維持し続ける。敵機がHUDの正面近くに映る。それをターゲットマーカーが捉えるとすぐさまトリガーを引く。

 

 パルスマシンガンから再び弾丸がまき散らされる。速射性を高めるために片側に二門づつ備わった電磁加速機が交互に弾丸を吐き出し、その何発かが目標に命中した。敵機は連続する着弾の衝撃で姿勢を崩す。

 

 その隙に、エスポジットを射撃安定性に優れる人型に戻して、さらに追撃を行う。無数の弾丸に叩かれ、敵機の装甲が除々に歪んでいく。叫んでいた。恐怖からか。興奮からか。どれだけの時間が経っていたのかはわからない。無我夢中だった。とにかく敵機に向かってトリガーを引き続けていた。

 

《アムロ・レイ》とシズクに呼ばれるまで。

 

《敵機反応ありません》と告げられるまで。

 

《すでに戦闘は終了しています》と報じられるまで。

 

 我に返ると、トリガーはすでに反応していなかった。弾丸はすべて撃ち尽くし、計器上の残弾表示はゼロになっていた。僕の手はトリガーごと操縦桿を握りしめたまま硬直していた。敵機は完全なる鉄屑に変わっていた。そして、再びあの不快感が押し寄せてきた。

 

 えずいても、えずいても、嘔吐感は消えない。冷たい汗が毛穴という毛穴から溢れ出し、寒気を覚える。下半身はひどく湿っていた。耳からも何か出ている。鼻からでているのは鼻水じゃなく、髄液じゃないだろうか。身体中の穴という穴から出るものがすべて出ているようだった。

 

 涙が出るのは嘔吐のせいだけじゃない。安堵のせいでもない。さらされ続けた重力加速度による眼球への負担のせいでもない。

 

 これは、切なさ・寂しさ・侘びしさ? 恐怖・無念・絶望? 怨恨・怨念・復讐・憤怒? 僕のものだけじゃない、あらゆる負の感情がこみ上げてくる。

 

 それに加えて千葉の生家が頭に思い浮かぶ。沖縄にある母の実家が思い浮かぶ。父が、母が、妹たちが。祖父が、祖母が。青い海が、白い砂浜が。それに想起されて炎天下の砂漠も思い出された。アマギ隊長が、サニー・バニーが。

 

 これは郷愁? 哀愁? 変だ。急にホームシックに陥るだなんて。

 

 それだけじゃない。ふたつの月が昇る紫色の夜空を、まばゆいばかりに埋め尽くす色とりどりの星屑。見たこともない景色と皮膚が黒い知らない人々の顔とが鮮明に頭のなかに思い浮かぶ。

 

 これは以前、イノウエ専務に聞かされたバイロン星の特徴と一致する。そこで僕は、ありえないと思いつつも察知する。敵パイロットと死ぬ間際の恐怖と想いが、僕の記憶を想起し、それらが一緒くたになって感情の波となって押し寄せてくるのだと。

 

 泣けてくる。理由を問われても答えられない。あらゆる感情がとめどなくわき上がって、抑えがきかなくなっている。

 

「艦橋。ごめんなさい。少しだけ時間をください」

 

 僕はかろうじて残った羞恥心と理性心に従って通信機に言い放つと、嗚咽が漏れないように通信機のスイッチをすべてオフにする。

 

 それにより自制の(たが)が外れ、あとは(せき)を切ったように泣いた。泣いた。泣いた。とにかく泣き続けた。

 

 

 ようやく落ち着きを取り戻したころ、声が聞こえた。

 

 イノウエ専務に似た声だった気がする。通信じゃなく、もっと直接的な響きで。まるで、すぐ側にいるような。度重なる身体の異変に、頭がおかしくなりそうで、再び泣き出したくなる。

 

《レイ》

 

 まただ。また声が聞こえた。それは幻聴ではなく接触回線による強制通信だった。直後、カメラモニターに人影が映り、驚いた僕は身を硬くする。ここは宇宙空間だ。船からの距離もかなり離れている。人間が単身で存在できる場所じゃない。

 

 まさか幽霊? と思ったけれど宇宙に幽霊など出るのだろうか。宇宙服を着たその得体の知れない人影は、エグザマクスの頭部カメラの前でこちらに向かって手を振る。そして次にゴン、ゴンと装甲板を叩く。

 

《レイ、わたくしです。コックピットを開けてください》

 

 本当に専務なのか。言われるがままにコックピットハッチを開くと、宇宙服の人物は手馴れた動きでコックピットに滑り込んできた。ハッチの縁をつかみ、身体を丸めつつ横向きになって宙を漂ってきた宇宙服の人物を、僕はお姫様だっこをする形で受け止める。

 

 突然の訪問者は、両手を伸ばして僕の首に手をかけると僕の顔をのぞき込む。もちろん、こちらにも訪問者の顔が見える。透明なヘルメットのバイザーから覗くのは、粉うことなくイノウエ専務の顔だった。

 

「お久しぶりです。ご機嫌はいかがですか、レイ? うふ」

 

 接触したヘルメットが振動を伝え、その内部に充満した空気を通して、ややくぐもった専務の声が僕の耳まで伝わった。これは、ただの挨拶なのか、それともただ様子を尋ねているのか。専務のことだから両方だろうな。どうせ、わかっているんでしょう。

 

「最悪ですよ」と僕は答える。専務が現れた驚愕と安心で、皮肉を返せるくらいには回復していた。「それより、なぜここに?」

 

「我々が最終輸送便で船に向かう旨は、事前に通達していたはずですが」

 

「そうじゃなくて。なんで船から離れた位置(ここ)にいるのか、という質問です」

 

「もちろん、あなたが泣いていましたので。あ、宇宙を泳いで来ました」

 

 専務は、いつものいたずらっ子のような笑みでバイザー越しに僕の顔をのぞき込む。僕は泣きじゃくったひどい顔を見られたくなくて、思わず顔を背ける。

 

「思ったより早く目覚めましたね。人の感情や記憶にないイメージが頭に入ってくるのでしょう。殺した相手の。それがいわば生物に備わる本来の能力です。もっとも今のあなたは覚醒初期段階といったところですが」

 

 模擬戦のときに専務が言っていた、例のニュータイプ的なアレのことか。あのときは話半分に聞いていたけれど、さすがに自身で体感すると信憑性が増す。けれども気分が回復するにしたがって、その実感は乏しくなってくる。「はぁ」と僕は相づちを打つ。

 

「宇宙空間の極低重力環境は人間の身体の一部機能をリセットさせます。とくにカルシウムの流出は、骨や筋肉の密度を低下させるのと同時に、石灰化した体細胞の復活も促します」

 

 そう言うと、専務は自分のヘルメットを指さし、眉間部分をコンコンと叩いて話を続ける。

 

「松果体とは、人間の脳のほぼ中央部に備わる器官。バイロン語では『ピスケル』と言い、地球と同様に『魂の在処』や『第三の目』と捉えられています。これを説いたのはルネ・デカルトさんでしたか。地球人にしては、じつによい着眼点です。おそらく彼も覚醒しかけていたのではないでしょうか。

 

 ピスケルは感受性の源です。宇宙は石灰化して機能低下した松果体を活性化させてくれます。もちろん誰でも、というわけではありません。年齢や石灰化の度合いにもよります。あなたが人一倍感受性が強く、こうも早く半覚醒状態にまで至ったのは、松果体の石灰化があまり進行していなかったことも一因です。

 

 わたくしの見立てどおり、あなたは筋が良さそうです。今は劇的な変化に戸惑っていると思いますが、ゆくゆくはテレパシーで生物との思考伝達ができるようになるでしょう。わたくしと頭の中でお話もできるようになりますわよ。嬉しいでしょう?」

 

 専務はそういいつつも、こちらへの配慮なしにヘルメットの奥で屈託のない笑みを浮かべる。嬉しくはないけれど、戸惑っているのは確かだ。それに、専務のように強くなったわけではない。劇的に辛く、ただただ苦しいだけだ。「はぁ」と僕は再び相づちを打つ。

 

「とはいえ、これはいわば共感能力や洞察力の延長。単なる感受性の拡大です。ただなんとなく見えるだけ。ただなんとなく聞こえるだけ。ただなんとなく知れるだけ。要するに、高確立で当たる勘のようなものです。それだけのこと、当たり前のことで、特別なことは一切ありません。

 

 超能力のようなものと誤解されては困ります。そもそも、イメージから得た情報を体現するだけの知識と身体的能力がなければ何の意味もありません。

 

 わたくしがバイロン星のことを教えなければ、あなたは受け取ったイメージが何であるかを認識することすらできなかったでしょう。根本的な概念を知らなければ、それが何を意味するのか知らずに、精神疾患のようにただ苦しむだけです。

 

 相手の嘘が分かる気がする。人の感情が見える気がする。死を迎える相手が発する強烈な感情を感じるような気がする。あなたはおとなしい性格ですから、それらを上手く受け流すなんて器用な真似はできないでしょう。けれど、そういう性格でなければ感受性は育ちません。

 

 なにも知らなければ、頭の中へ無制限かつ無遠慮に入ってくる負の感情に飲み込まれて___あるいは、それに耐えられずに___」

 

 感受や洞察を用いずとも、僕には専務が言わんとすることがわかった。

 

「僕は、これからどうなるのですか」僕は空恐ろしくなり、思わず専務に尋ねる。

 

「そうですね___HSP。『Highiy Sensitive Person』をご存じですか? いわば不安神経症の方を指す言葉ですが、一時的にはあれの数倍ひどい状態に陥ると思われます。これから辛い思いをすると予想されますが安心なさい。わたくしが力になります。イメージの受信と発信のコントロール方法を、手取り足取り教えて差し上げますよ。

 

 情報空間上で自己の意識と他の意識を正しく分別することが、この能力を巧く使いこなすコツです。空間認識能力というものも同様に、自己と他の位置を3次元空間上で正しく識別できる能力です。これはエグザマクスの操縦にも通じることでしょう。多少は操縦に良い影響を与えるはずです。

 

 まぁ、あせらずとも、これからはしばらく一緒にいられるのですから、少しづつモノにしていきましょう」

 

 突拍子もない専務の発言に、僕は「はぁ」と三度、適当な相づちを返した後「これも、専務の狙いですか?」と言葉を返す。

 

「さあ? どうでしょう。うふ」

 

 専務は無垢な少女のように屈託のない笑顔で答える。

 

「では、船に戻りましょう。みなさんが心配しています。今のあなたにならわかるでしょう。感じませんか。みなさんの存在と気持ちが。

 

 共に宇宙に来たアーニャさんとジェイク氏は、あなたが一人で戦っているのを見て、わたくしの制止を無視して飛び出して行きそうな剣幕でしたよ。早く戻って安心させてあげてください」

 

 僕は眼前にいる専務の顔を見やる。彼方に浮かぶ地球のように、青く透き通った専務の瞳からは笑みが失われていた。専務は僕の目を真っすぐに見返し、やや神妙な声で言葉を発する。

 

「それと、大切な船を守ってくれてありがとうございます。レイのおかげで、無事にバイロン星へと出航できそうです」

 

 宇宙船の完成。そして最終便の到着。これですべての準備が整った。

 

 このラグランジュ2で組み立てられた、あの宇宙船が地球の切り札だと専務は言う。バイロン軍に占拠された月面を取り戻すわけじゃない。バイロン軍の強襲要塞を宇宙から攻略するわけでもない。専務の話によれば、今地球に来ているバイロン軍は斥候部隊で、その数倍の戦力を有する主力本隊はまだバイロン星にいるらしい。

 

 だから、空間転移機能を備えるこの宇宙船で、専務と僕らはこれから26光年離れたバイロン星に直接乗り込んで、戦争を止めるために和平交渉をしに行くんだってさ。まったく。専務にしか思いつかない、専務にしかできない頭のぶっ飛んだ計画だ。

 

 けれど戦争を止めるための、現状でもっとも有力な一手といえるだろう。本当に空間転移なんてできるのか、現状ではまだ疑わしいけれど。


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