ハイっ!こちら営業部『サイラス私設傭兵部隊』課【30mm非公式小説】 作:あきてくと
専務の故郷であるバイロン星は、そう遠くない未来に滅ぶ運命にあるらしい。
バイロン星はふたつの月の引力の影響で元来惑星のマスバランスが悪く、専務の遠い遠い祖先は、崩れたマスバランスをエネルギーに転換し、自転速度を一定に保つことで繁栄してきたそうだ。
けれどそれも限界を迎え、バイロン星はそう遠くない未来に自転が止まる。少なくとも数百年以内にはヒト型生命体が住める星ではなくなるそうだ。
避けられない星の寿命。そこでバイロン星人たちが目を付けたのが、自分たちとよく似た生態系をもつ僕らの地球だった。
地球との穏和な共生を望んだ専務たちが属する派閥は、地球を侵略支配しようとする派閥に滅ぼされた。現在、地球侵攻作戦を行っているバイロン軍は、バイロン星での政権を勝ち取った侵略派閥だった。そして、その数倍の戦力を有する主力本隊はまだバイロン星にいて、次の侵攻時期をうかがっているらしい。
空間転移装置で大部隊にもおよぶ質量を地球に送り込むには、エネルギーが蓄積するまでに10年ほどの年月がかかる。つまり、次にバイロン軍本隊が地球に来るのもおおよそ10年後だ。ただし、今回のバイロン軍の侵攻はイノウエ専務の予測より数年早かったらしいく正確な予測は不可能だとのことだ。
均衡状態の戦況の今、イレギュラーなタイミングで仮にバイロン軍の本隊が到着すれば、圧倒的な物量をもって侵略され、地球人類の歴史は終焉を迎えるだろう。そして、地球は第二のバイロン星になってしまう。
だから僕らは先手を打つ。そのために僕らは専務に集められた。
バイロン星での抗争のさなか、一人、空間転移で地球に逃がされたセイラム・バイロン姫ことセーラ・イノウエ専務は、かつてバイロン星を統べた国家の要人であり、地球との共生を望んだ穏健派の生き残りだ。
両親や家族は、すでに戦犯として殺されているそうだ。それでも侵略派閥に対して復讐は望まず、それどころか一度は仲違いした対立派閥であってもバイロンの王族の血を引く者として、滅び行くバイロン星の人民を救いたいと言っていた。そして自身が10年を過ごした地球も一緒に。
だから専務と僕らは宇宙船に乗って、地球から26光年離れたこと座にあるバイロン星へ向かう。この戦争を止めるために。バイロン星の現政権と停戦協定を結ぶために。
僕ら地球人からすれば、この方法は全面戦争以外でバイロン軍の侵略から地球を守れる唯一の方法だ。専務からすれば、生まれ故郷のバイロン星と、10年を過ごした地球の両方を救える方法となる。両者の望みが合致した結果、僕らは集まったのだ。
とはいえ現在の地球に、26光年もの遠方まで宇宙を航行する技術はない。またそんな時間もない。バイロン星では宇宙航行技術水準はそれほど高くないらしく、さすがの専務でも高度な宇宙船を設計する知識はほとんど持っていないそうだ。そのかわりバイロンではスカイフォール、つまり空間転移技術が発達している。そして、この宇宙船にはの内部には専務が再現した空間転移機関が搭載されていた。
地球の航空宇宙技術と、何光年もの距離を一瞬で移動できる異星の技術を掛け合わせてつくられたのがこの宇宙船だ。もちろん船には空間転移装置を往復で使うぶんのエネルギーが蓄積されている。うまく行けば、ほんの数週間程度の宇宙の旅だと専務は言っていた。
そんなにうまく行くものだろうか。道中のトラブルで帰ってこれなくなる恐れもある。また、宇宙のど真ん中で遭難する可能性だってある。確かに不安はある。それでも地球を救いたいという思いを胸に、僕らは前人未踏の空間転移による惑星間航行を慣行しようとしている。
とはいえ、もっとも専務に近い立場にいる僕だって、いまだすべてを納得した訳じゃない。すべてを飲み込めた訳じゃない。ほかのメンバーはなおさらだろう。
この現実を真正面から捉えちゃいけない。まともに考えれば頭がおかしくなる。身動きがとれなくなる。だから僕は考えるのをやめた。ただ専務を信じることにした。
これは賭だ。僕らは専務を信じ、専務に地球の運命を賭けた。そのために僕らは専務に
「___ご周知のとおり、以上がミッションプランです。みなさま、危険を省みず、わたくしとともにバイロン星へご同行いただき感謝を申し上げます。
これは地球連合の意向とも一切関係がなく、弊社のもくろみでもありません。すべてわたくし個人の事情です。
今のわたくしは地球連合大使でも、サイラスの専務理事セーラ・イノウエでも、バイロンの美しき姫であるセイラム・バイロンでもありません。ここにいるのは、みなさまと同じく地球を愛し、故郷であるバイロンも愛する、ただ平和を願う麗しき一人の乙女です。わたくしは地球とバイロンの共生共存を望んでおります。
みなさまと巡り会えなければ、わたくしの願いは潰えていたことでしょう。賛同してくださったことに、重ねて心よりの御礼を申し上げます」
イノウエ専務は、艦橋に集まった僕らに向かって銀髪の頭を垂れる。宇宙船の居住区画以外は当然ながら無重力だ。ワックスで固めたまっすぐな銀髪がまとまりを保ったまま空気の抵抗をうけてゆるやかに弧を描きながら広がった。
「なに、こんな身体でも地球の役に立てるのなら本望さ。それに、別の星に行けるという貴重な機会など滅多にあるものではない。
かつて、僕らサイラス私設傭兵部隊と対立関係にあった
彼には左腕がなかった。左足は義足に変わっている。以前に写真で見た端正な顔の左目は潰れ、跡には痛々しい傷が残っていた。それは中東におけるバイロン軍との邂逅の際、アマギ隊長と共闘で敵の追撃を抑え、僕らを逃がした際に負った傷だった。
艦橋へ入室する前、戦場でもエグザマクスごしでもなく、僕は彼と初めて顔を直接合わせた。そして彼は僕に合うなり謝罪をした。アマギ隊長を助けられなかったことを。深手を負いながらも自分だけが生き残ってしまったことを。
ただ、アマギ隊長が死んだところは見ていないとも付け加えられた。僕への慰めのつもりだろうか。
彼はバイロン星への遠征における戦闘指揮官として専務によって直々に雇用された。エグザマクスでの戦闘をよく知り、アメリカ第9海外派遣中隊を率いていた彼は、リーダーとして最適な人材であることを僕はもちろん、ここにいる誰もがよく知っている。
「もちろん地球も大切だけれど、私はリーダーが行くところになら、どこへでもついていきますッ」
その脇には、ショートホープの不自由な身体を支えるように、ナインズのNo.3であったダブルロック・エイミーが寄り添っている。僕への扱いとずいぶん違うじゃないか。今のエイミーは、まるで別人ともいえるほどに、いつもの
きっとエイミーはショートホープのことが好きなのだろう。当のショートホープの方は、あくまで部下として接しているようだけれど。専務のことだから、ショートホープを引き入れることで、もれなくエイミーも付属すると踏んでの人選だとも考えられる。専務のことだから、他人の恋愛感情をも利用することに躊躇はしないはずだ。
さらにその隣には、同じくナインズのNo.2であったアロン・シャルマもいた。専務とよく似た浅黒い肌で黒髪をオールバックにした彼は、傭兵民族として名高いグルカ族の戦士であり、優れたエグザマクスのパイロットでもある。
敵同士でありながらサイラス私設傭兵部隊のアーニャに惚れ、結婚を申し込んでいる。専務はアーニャを利用してシャルマを引き入れたのかもしれない。肝心のアーニャには、一切結婚する気はないようだけれど。シャルマは堂々とした口振りで迷いなく言い放つ。
「アーニャ・リーズヴィエが行くなら、俺は宇宙の果てまででも追いかける」
アロン・シャルマの並々ならぬ
「___それはともかく。アタシとジェイクは、まぁ、なんていうか継続雇用ってやつさ。なぁ」とシャルマを避けるように、当アーニャはその隣にいたジェイクに同意を求める。ジェイクはいつも通り無言でうなずくだけだ。
「それより、レイ。アンタこそ、よく行く気になったね」
「それは僕だって一応、サイラス私設傭兵部隊の一員だし___」
とは言ってみたものの、実のところは専務に強要されて。とは言えない。
「怖いのは確かだけれど、地球の平和を守りたいって気持ちだってあるさ。それに___隊長とサニーに顔向けできるように」
「アンタは、まだそんなことを気にしているのかい」
アーニャがあきれたように言う。隣にいたジェイクが、よく言ったと言わんばかりに無言で僕の頭をグシャグシャにかき回す。
「さすが。英雄君は言うことが違うな」と、そこへショートホープが笑いながら茶々を入れる。
もちろん、ここにいるメンバーを含めた宇宙船のクルー全員は、僕が本当の英雄ではないことを知っている。逆を言えばこの船だけが、僕が『名ばかりの英雄アムロ・レイ』ではなく、ありのままの僕でいられる地球圏で唯一の場所なのだ。
同じく事情を知り、サイラス私設傭兵部隊として共に中東で戦ったメカニックの
カワサキさんは自身の家族のために地球に残った。極度の飛行機嫌いである王・泰然は宇宙もNGだ。二人とも今は地球のどこかで、前線の兵士を助ける裏方として活躍しているに違いない。
火器の扱いに秀でたサイラスのメカニックである後輩の下条ハルトは、3カ月前から僕と一緒に宇宙へ上がっている。今は、先の戦闘で破損させてしまった僕のエスポジットβと修理と、船の発進に際する工廠の準備で忙しく、この場所にいないだけだ。
彼が今ここにいれば「戦争を止めて、俺も英雄としてモテモテになるッスから、がんばるッス!」と息巻いていたことだろう。
艦橋の中央に立つ専務はニコニコと微笑を浮かべたまま、そんな僕らのやりとりを眺めている。艦橋にいる二人の通信士と、操舵士の二人も今は作業の手を止め、柔和な笑顔で僕らの会話に聞き入っていた。
戦闘要員だけでなく、宇宙船のクルーも専務が直々に集めた人員で構成されている。メカニックのほとんどはサイラスとその関係会社から選抜されたけれど、戦闘員をはじめとするその他の人員はショートホープたちのように連合に加盟する国からも引き抜かれている。
クルーの選考基準は、能力の高さはもちろんだけれど、それよりも優先されるのは信用に足る人物にであるかどうかだ。
専務が、地球と敵対するバイロン星の人間であると知れば、猜疑心や敵対心を持つ者も少なからず出る。専務はサイラスの専務理事という立場と、連合大使としての地位を利用し、以前から有事の際にでも信頼できる協力者を見繕っていた。結局のところ、僕もそのなかの一人なのだ。
一般常識的には、その人間が本当に信用できるかどうかを判断するのは非常に難しい。とくに精神的、肉体的に極限状態に追い込まれがちな宇宙の航行では、クルーの錯乱や裏切り展開が映画であったらなおきまりパターンだ。
けれど、その辺の感情や適正の分別は専務お得意の読心術みたいなので見極められるらしく、専務が信頼できると判断された人員だけがクルーとして集められた。この30名あまりで構成された人員で宇宙船を動かし、僕らは一路バイロン星を目指す。
命の保証などない危険な任務だ。最悪、地球に帰ってこれない恐れもある。クルー全員は事前に誓約書にサインをし、遺書を書いてあった。もちろん僕もだ。
僕が宇宙へ上がる直前、その旨を千葉の家族に説明した際には母に泣かれた。父には怒られた。いつも僕を小馬鹿に扱う妹たちでさえ、今生の別れのような雰囲気を醸しだしていた。
快活な
「ウィリアム・ホープ隊長旗下の戦闘要員のみなさまには、わたくしの護衛を努めていただきます。それと、一応の副隊長はレイで。いいですね」
アーニャとジェイクは、どうでもいいと言わんばかりに軽くうなずく。
「よし。期待しているぞ、参謀君」
ショートホープは心得たと笑う。エイミーには睨まれる。シャルマは、やや困惑した様子だ。僕に副隊長は務まらないと言いたいんだろう。そんなのは僕自身が一番分かっているよ。
こうして同士として集まっても、かつて敵であったナインズとサイラス私設傭兵部隊のわだかまりが解消されたわけではない。すでに両陣営に顔が知れている僕は、橋渡し役として最適だからという理由で、事前に専務から副隊長役を承諾させられていた。
能力が伴わない立場で、メンバーからのプレッシャー。まさに中間管理職の板挟み。これじゃ、中東にいたときとなにも変わらないじゃないか。なんでいつもこうなるんだか。
「まあ、彼はコミュニケーション上のパイプ役のようなものです。戦闘指揮はあくまでホープ隊長に全権をお任せします。彼はいわゆる遠足の班長のようなもの、ということでご納得いただけますでしょうか」
一応、専務はフォローとして面々に口添えをしてくれる。シャルマは渋々頷き、エイミーは不満を露わにしながらも承諾した。ショートホープはなんともつまらなそうな顔をしている。
「問題なければ、そろそろ出発しましょうか。みなさま。ぜひこの機会に滅亡直前のバイロン星を心行くまでお楽しみくださいませ。うふ」
専務は、二つの星の運命を賭けたミッション開始を、これからピクニックにでも行くような軽い口振りで告げる。そこへショートホープが割り込んだ。
「待ちたまえ、ミス・イノウエ。肝心なことを忘れている」
「なんでしょうか?」
「この船には名前がついていない」
「船名? 必要でしょうか??」
専務は青い目を見開き、ショートホープの言うことがまったく全く理解できないといわんばかりの表情で彼を伺い見る。
「地球の文化では、縁起をかつぐために船出に際して名前と酒が必要なのさ。命を預けることになる船だ。名前がなくては始まらないだろう。では諸君。隊長としての最初の命令を下す。この船にふさわしい名前を一人ひとつづつ挙げたまえ」
「はいッ。隊長の名前を取って『ホープ・ダイヤモンド号』ですッ」と挙手をして先陣を切ったのはエイミーだ。
「縁起が悪いな。却下。次」と、しかしショートホープは無遠慮に断じる。
「『ヴィマーナ』」とシャルマ。
「サンスクリット叙事詩に登場する船の名前か? 民族性にこだわりすぎだ。却下。次」
「偉大なる『クイーン・エリザベス号』だ」とイギリス人のジェイク
「以下同文。却下。次」
「ふん。名前なんていらないだろう」とはアーニャ。
「『No Name』? もちろん却下だ。次」
「『
「ありきたりでつまらんな。却下」
新しい隊長の厳しい選考基準に、これには全員が不満顔だ。
「では『アマギ&サニー・バニー号』はどうでしょう」と専務が言った。
「天城とは日本の険しい峠道での名称であり、日本には『天城越え』という楽曲もあります。聴いたことはありませんが。また『サニー』は太陽系を指し、『バニー』つまりウサギは繁栄を意味します。そしてなにより、そのふたつは、ご存じのとおりバイロン軍侵攻による最初の犠牲者の名前です」
提案したネーミングの由来を細かく説明しながら、専務は僕を見る。同時に艦橋内の空気が少し重くなるのを感じた。
「アマギ&サニー・バニー___サニー・バニー号。ふむ。繰り返し口にすると、不思議と非常に良い名前に思えてくるな。ただし、ミスターアマギの名は外そう。僕には彼が死んだとどうしても思えないのだよ。___では諸君。船名はサニー・バニー号に決定するが、よろしいかな」
僕はアマギ隊長とサニー・バニーのことを思い出す。アマギ隊長は、ショートホープのように事を強引に進めるリーダーでない。安直に優しい人というわけではないけれど、いつも部隊全体の調和を重視し、それを保ち続け、僕らをとりまとめてくれていた。
いつも陽気なサニー・バニーは、サイラス私設傭兵部隊のムードメーカーだった。そのニックネームの意味は『陽気なウサギちゃん』。対する本人は、その名前とは完全にミスマッチする屈強な黒人男性だ。僕はサニーの真っ黒な顔とニヤケ面から覗く真っ白い歯を思い出す。
この船の名前は『サニー・バニー号』でいい。いや、『サニー・バニー号』がいい。僕に一切の異論はない。
「『バニー』は『騙されやすい間抜け』という意味もあるな。我々にピッタリかもしれんな。もっとも、騙されたとしても自分がなすべきことを全力を尽くすだけだがね、ミス・イノウエ」
その揚げ足取りとも思える言葉とともに、ショートホープの瞳孔に一瞬だけ鋭い光が宿る。元バイロン軍の姫である専務に対しての皮肉だろうか。ショートホープはこれでもエリート中のエリート軍人だけあって、飄々とした雰囲気のなかにも、鋭利な気迫のようなものを持っている。その一言で場の空気が一瞬凍り付いた気がした。
とはいえ、相手にするのは異性の王族の出生で、いまは地球連合大使の肩書きをもつサイラスの専務理事だ。相手の雰囲気に飲まれるような初心な対応は見せない。
「ご安心を。わたしくはあなた方を心から信頼しています。ですから、どうかわたくしのことも信頼してくださいませ」と、専務も落ち着き払った態度で返す。
専務は能力によって信用すべき人間が分かる。しかし、周りの人間はそうではない。専務が信頼に当たるかどうかを計るには、時間をかけて、やりとりを重ねて、ようやく判断する段階に至る。僕もそうだった。ショートホープの気持ちもわかる。それは仕方がないことだ。
けれど専務としては、態度で示すほかは「信頼しますから、信頼してください」という言葉が精一杯の誠意を込めた譲歩なのだ。けれども、「信頼してください」と伝えたところで実際に信頼するかどうかは相手任せにするしかない。人の感情が分かるぶん、専務にとってはもどかしいことだろう。そして、それだけ辛いことだろう。
けれど専務は、そういったことを口には出さない。彼女は決して弱音を吐かない。立場上、吐けないのかもしれない。それは王族のプライド故か。弱さをさらけ出すのも、譲歩のひとつ。信頼を得る手段なのに。
もっとも、僕には専務が弱音を吐くところなど想像できない。そんな彼女を哀れに思うと同時に、愛おしくも思う。もちろん専務に対してそんなことを僕が直接口にすれば、睨まれるだけでは済まないだろう。
このままニュータイプ的な異常感受性ともいえる能力が発達したら、僕も専務のようになるのだろうか。先に想いを馳せると憂鬱になる。こういうときは意識的に考えないようにしろと専務は言っていた。現在僕は能力を自分のものにするために、意識と思考のコントロール方法を専務から教わっている。
もし、人間が自分の思考を完全にコントロールできたなら、専務のような不遜にもなるか。専務が時折見せる
ぼーっと専務の顔を見つめていると、目が合い、専務はニッコリと笑顔を返す。
「では、改めましてサニーバニー号の出航と___」
「待ちたまえ。出発式典はまだ済んでいない。本来ならシャンパンを叩き割るところだが、宇宙空間ではそれが危険なことくらいは承知している。だから」
ショートホープはそう言うと、おもむろに懐から酒瓶を取り出す。そしてそのまま片手でコルクの栓に親指をかけて___。艦橋にいる全員がギョッとする。
おいおいおい、まさかここでシャンパンシャワーを始めるつもりか、と思ったとき、すでに子気味良い音を立ててシャンパンのコルク栓は開けられていた。琥珀色の粒が注ぎ口から一斉に噴出して艦橋を満たし、天井の照明を反射させて部屋中が黄金色にきらきらと輝く。そして爽やかかつ芳醇な香りが鼻孔の奥をくすぐる。
同時に、艦橋内は蜂の巣をつついた様相だ。誰のものだか分からない悲鳴やら怒声やらが飛び交い、艦橋内にいたメンバーの大半が右往左往する。
ようやく落ち着きを取り戻した艦橋では、ショートホープが一人高笑いを上げている。エイミーは苦笑で隊長の過ぎた行為を認め、シャルマはいつものことかといわんばかりにあきれ顔だ。
アーニャは服に酒の臭いが付くと怒り狂い、ジェイクは漂うシャンパンの粒を口に含み味わっている。通信士と操舵士たちは機器のコンソールを守るためにシャンパンの粒を手で払う。払いきれないと判断し、ついには飲み込む有様だ。
ショートホープのこの行動には、思考が読めるはずの専務もさすがに驚いた様子で唖然としている。その顔が元に戻ると、専務の左頬がピクリと痙攣したのを僕は見逃さない。
専務に怒られ慣れている僕は知っている。左頬の痙攣は専務が怒る前のサインだ。ああもう、出航前だって言うのにショートホープはなんてことをしでかしてくれたんだ。誰だ。こんな奴を隊長にした奴は。
その隊長を指名した本人である専務は、顔をゆがめ、一旦うつむく。そして所々に濡れシミが付いたリクルートスーツに身を包む専務の全身がわなわなと小刻みに震え出す。
「くっ、くくっ___うふっ。あははははははは」
専務は怒るのではなく笑った。
いつもの微笑ではなく、恥じらいも忘れたように、狂ったように専務は笑う。両手で口を押さえては、いひひと。額を押さえては、うふふと。顔を押さえては、おほほと。
僕には、なにが面白かったのかサッパリわからない。けれど僕が初めて見る専務らしからぬ大爆笑だ。もしかしたら異星人は笑いのツボも地球人とは異なるのかもしれない。最終的には、おなかを押さえてヒーヒー笑い転げ、専務の身体は無重力空間でくるくるとスピンする。
「___はぁ、失礼。ホープ隊長。あなたは本当に読めない人ですね。だから選ばせていただいたのですが」
ひとしきり笑って、落ち着きを取り戻した専務は、マグネットシューズの磁力でしっかりと床に立つと、偶然目の前に漂っていた大粒の水泡をぱくりと口に含む。口の中で転がしたあと飲み込むと、今度は専務の左眉だけがピクリと動いた。
「実家のセラーから持ってきた15年ものだよ」ショートホープは悪びれた様子もなく答える。
「ふむ。確かに上物のようですね。それに免じてこの件は不問に処します。ただし今後、あまりに常識を逸した行動は謹んでください。隊長」
専務が背後にあったキャプテンシートのコンソールのスイッチを操作すると。強制換気装置が動作し、艦橋に漂っていたシャンパンの水泡は天井の排気ダクトに吸い込まれてたちどころに消えてなくなる。
「ありがとう。僕のことは気軽にショートホープと呼んでくれたまえ。ミス・イノウエ」
「ええ。では、わたくしのこともセーラとお呼びください。とはいえ、長ったらしいのでこのままホープ隊長とお呼びさせていただきます。あなたを隊長として迎えられて本当に良かった。改めてよろしくお願いいたします。ホープ隊長」
なんだろう。この空気の変化は。もちろん換気によって空気が入れ替わったことを指すわけではない。シャンパンシャワーの後、ブリッジの雰囲気が明らかに変わった。なんとなく全体がまとまったような気がしなくもない。これまであった、ちぐはぐしたような、よそよそしい感じがなくなったような。
僕は全員の顔を見渡す。表情は何ら変わらない。けれど全員の何かが変わった。なんとなくまとまりができ上がった気がする。たとえるなら、学校のクラス替え直後の雰囲気が大イベントの後に急にまとまり出すような。
一番変わったのは専務だろう。さっきよりも表情だけといわず、雰囲気が柔和になった気がする。僕が専務とショートホープ隊長の顔を交互に見比べていると、二人が同時にこちらを見て微笑みを返された。
ショートホープはこれを狙ってバカみたいなシャンパンシャワーをしたのだろうか。団結心とはいわないまでも、チームがハプニングを迎えることで心理的距離感が縮まるような。そうだとしたら、ショートホープはリーダーとして、僕が想像する以上の傑物かもしれない。
「さて、これで準備はよろしいですね。総員加速配置につきましょう」
専務は再びキャプテンシート脇のコンソールを操作し、それから軽い咳払いで喉の調子を整え、さきほどまでとは違って毅然とした声を発する。よく通る専務の声が天井のスピーカーからも艦橋内に響きわたった。
「艦橋より艦内放送。総員各位。まもなく本艦は出航いたします。この船は、まず地球軌道に乗り、スイングバイを併用して第二宇宙速度まで加速。地球圏離脱後、バイロン星へ向けて空間転移を開始します。総員第一次加速に備えてください。
それと、語弊はあるかもしれませんが、この船は一応我が社サイラス所有のものなので、みなさまのことは『サイラス私設傭兵部隊』と呼ばせていただきます」
艦橋にいた全員が一斉にうなずく。ショートホープが、エイミーが、シャルマが、アーニャが、ジェイクが。通信士の二人と、操舵士の二人が。ハルトやメカニックを含むこの船に乗る全員がうなずいたことだろう。そして、僕も深くうなずく。
程なくして、専務の座るキャプテンシートに備わるモニターのグリーン表示が段階的に増えていく。それは館内各所の人員が加速の備えが整った合図だ。専務は艦橋にいる全員の顔を見渡し告げる。
「総員スタンバイ、オールグリーンを確認。
さあ、行きましょうか。
◇ ◇ ◇
「あ、くれぐれも申しておきますが、空間転移。つまり地球科学でいう量子テレポーテーションは、量子データを転移させますので、大変申し上げにくいのですが理論上、一度死ぬことになります。
通常であれば転移先で身体と意識は完全に再構築されますが、もし身体の欠損などありましたらすぐにお知らせください。内蔵の欠損とかは、なかなか気づきづらいものですから。うふ」
(確認できるか!)と、声に出さずにツッコんだのは僕だけじゃなかっただろう。
了
年表(予定)
202X年
・セーラ・イノウエ専務らを乗せた宇宙船が空間転移でバイロン星へ
・専務不在の地球で、バイロン軍の内部クーデターが起こる
・マクシオン軍と名乗る第3勢力が登場
・セーラ・イノウエ専務らがバイロン星から帰還。安室 玲はバイロン星で行方不明に
・マクシオン軍総統とセーラ・イノウエとの会合(宣戦布告)
・マクシオン軍による日本侵攻開始。安室 穂香・安室 雫が日本防衛戦に参加
・日本防衛戦のさなか、調停者を名乗る第4勢力が介入
・第4勢力の働きかけによって地球連合軍・バイロン軍・マクシオン軍の三巴の戦いは停戦へ
3XXX年
・シスターズ登場
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。「ハイっ!こちら営業部『サイラス私設傭兵部隊』課」はこれにて完結とさせていただきます。
あとがきは任意で読めるように、ブログにて書かせていただきました。
ご評価・ご感想をいただけると執筆の励みになります。お時間がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。