ハイっ!こちら営業部『サイラス私設傭兵部隊』課【30mm非公式小説】 作:あきてくと
扉を少しだけ空けて、僕はカミオンから素早く外の暗闇に滑り出る。そしてすぐさま身を低めて周囲を警戒する。そして息を潜めて10秒待つ。
シンと静まり返った夜の砂漠には物音ひとつ聞こえない。耳に届くのは、ときおり風で飛ばされた砂が地面をこする音だけだ。まだ熱を帯びている砂漠の空気は僕の頬にねっとりとまとわりついた。暗闇に目が慣れるにしたがって、頭上には満天の星空が浮かび上がる。
この一連の動作は、周囲に敵が潜んでいないか確認するための動作だ。傭兵が戦場で生き残るための基本動作だとサニー・バニーに教えてもらったのだけれど、僕以外にやっている隊員は見たことがなかった。そして、実際に夜襲を受けたことはこの1年間で一度たりともない。
10秒だ。依然として周囲に人の気配はない。どうやら安全なようだ。僕は上体を起こし、カミオンのを取り囲むように待機させてあるエグザマクスに歩み寄る。
戦闘後は出撃した全機の戦闘記録を吸い出して、そのデータも本社に提出しなければならない。エグザマクスの戦闘ログには、機体がどのように行動したかと、パイロットがどのような行動を指示したかが含まれている。
脳波でコントロールするエグザマクスには、パイロットの思考が記録されていると言い換えてもいいだろう。実際にデータを見たからといって、なにを考えていたかわかるわけではないけれど、ログデータの吸い出し作業をする度に、頭の中を見透かされているようで複雑な気分になる。
ハンドライトを点灯させると、カミオンを取り囲むようにたたずむ4体の巨人が圧倒的な威圧感を放って目の前に浮かび上がる。
『
とはいえ、人型巨大ロボットが兵器として優れているかといえば、決してそうではない。人型兵器は無駄な稼働部が多く信頼性に欠けるうえ、生産コストもメンテナンスコストも既存兵器に比べて過大にかかる。複雑になりがちな操縦系統によってパイロットコストも莫大だ。
そのうえ大きな図体は狙われやすい。おまけに火力では戦車に劣り、機動性ではヘリや戦闘機に劣る。不整地や山岳地などの限定領域では、戦車や戦闘機以上に有効な兵器ではあるのの、そこに戦うべき相手がいなければ兵器としての意味がない。
巨大人型ロボットは人間の夢の産物であって合理的な兵器ではなかった。だからこれまで誰も実用化させるには至らなかった。しかし、サイラスは設計によってそのデメリットを解消した。
各部を容易に着脱できるようにモジュール化することで、生産性を高めるとともに、破損箇所だけを交換できるようにして生産コストとメンテナンスコストを大きく抑えた。さらに、AI補助を介した脳波コントロールによる操縦システムでパイロットの操縦教育時間を短縮し、コックピットを極力堅牢にすることでパイロットの生存率を著しく高めた。
そして最大の特徴は、エグザマクスの名称にもなっている『拡張型武装およびモジュール組立結合システム』だ。モジュール化された各間接部のジョイントは規格化され、手足をパズルにように組み替えれば人型で運用する必要もない。
機体制御に難があるものの4本腕のエグザマクスだってつくれるし、狙撃機用には安定性の高い4本足のエグザマクスが最適だ。その気になれば8本足のタコのようなエグザマクスだってつくることができる。それらは一般的な大型クレーンさえあれば組み替えが可能で、その気になればエグザマクス自体のアームとマニュピレーターでも組み替えられる。
この特殊な構造をもつエグザマクスに必要不可欠なのが『
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フレームは、エグザマクスの電源となる全固体電池を肉厚高強度の鋼管で覆い、その外側をさらに特殊衝撃吸収材で入念に保護した構造で、そのフレーム断面を観察すると骨膜と緻密骨、骨髄の3層で構成される人骨に近かった。
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つまりパイロットはおおまかな指示を出すだけで、細かな制御をするのは手足のパーツ自体だ。それぞれの役割を持つ各部位同士が連携して指示に応じた最適な振る舞いをするため、制御ハードウェアに高い処理速度は必要ない。さらに統合制御よりも各部の反応速度や動きも洗練されている。この動きと考えは、日本の古流武術に着想を得ているそうだ。
『
抽象的無意識領域はカーネルプログラムのように指示全体の方向性を与えるだけで、動作指示は常に具体的意識が優先されるようになっている。抽象的なイメージと、具体的な意志の両側面からパイロットの意図を読み取り機体を制御することで、制御AIに高い精度で人間の身体制御を模倣させることに成功した。人型でない場合は、抽象的無意識領域の優先度を高めることで対応できた。
これら3つの基礎理論を確立したのは、サイラスの天才科学者ドクター・イノウエ。僕たちサイラス私設傭兵部隊の発起人でもある井上専務その人だ。
エグザマクスは、パイロットの脳波を『
井上専務が考案した、この3つの新技術によりサイラスは拡張型武装およびモジュール組立結合システムを完成させ、人型巨大兵器の生産コストと運用コストを大幅に低めた。
事実、エグザマクスは戦車よりも高価だが、戦闘ヘリや戦闘機よりは遥かに安い。化石燃料を必要とせず、破損箇所だけを交換できるためメンテナンスコストは破格だ。他の兵器に比べて柔軟な戦術展開が可能で、扱いやすく、人的被害も最小限に抑えられる。おまけに局地における汎用建設機械としても利用できる。
しかし、これでもまだ顧客の購買意欲をゆり起こす決定打にはならない。
だから、サイラスはマーケティングにも力を注いだ。エグザマクスの武器運用に関わる機体制御ソフトウェアの一部をオープンソースとし、装備品開発をフリーライセンスとして自由な製造と販売を許可した。そして、各国の軍需企業にエグザマクスを普及させるのに一役買ってくれれば双方にメリットがあることを強調した。そして、ダメ押しの一手が僕らサイラス私設傭兵の広告塔だ。
小さなきっかけがあれば十分だった。一定水準まで普及してしまえば、あとは対エグザマクス用にエグザマクスが売れる。そしてエグザマクス用の武器が売れる。それはあれよあれよと言う間に拡大し、サイラスはエグザマクスで新たな一大マーケットをつくり上げた。それと同時に局地戦闘需要が高まり、無用な戦火が世界各地で広がった。
人間が死なない戦争とまでは言えないが、死ぬ確率が著しく低まった戦争によって湯水のように金が垂れ流され、一度できた流れはすでに元には戻せなくなっていた。
これが世界の現状だ。僕には世界が戦争を楽しんでいる風潮にすら見える。それが人の本性なのだろうか。これだけ戦っても人間は戦争をやめられない。
サイラスは今や世界に名を連ねるトップ企業だが、その実態はマッチポンプのごとく戦火を広げる死の商人だ。
僕は10年前の、スカイフォールが起きたあの日に見た巨大な天使が忘れられなくて、それに似たエグザマクスを製造するサイラスに入社した。けれど、いま僕の目の前の暗闇に浮かぶ人型ロボットは、神話に出てくる凶悪な
カミオンから延びた極太の充電ケーブルが、エグザマクスに接続されている。その様は戦いたがる粗暴な怪物を無理矢理に鎖で引き繋いでいるかのようだった。
僕は戦争の片棒を担いでいる。僕が直接引き金を引いて殺した人間はいなかったが、間接的にはどれだけの兵士と民間人が死んでいるかわからない。日本にいる父と母には、仕事の詳細は伝えていない。僕はもう、昔のように笑顔で妹たちの頭をなでてやることはできない。
幾度となく出した転属願いは受理してもらえない。この環境から逃れるためにはもうサイラスを辞めるしかない。男の子だから巨大ロボットは大好きだ。けれど戦争はしたくない。その矛盾した迷いがエグザマクスの操縦システムの熟練を妨げているのかもしれない。もしくは
事務仕事に集中していれば、そういったことは一時的に忘れることができた。僕はワーカーホリックかもしれないな。
___さて、ログデータの吸い出し作業をしなければ。嫌なことを忘れるために。
僕はマスターキーを操作して、コックピットに登るためのワイヤーエレベーターを降下させた。