ハイっ!こちら営業部『サイラス私設傭兵部隊』課【30mm非公式小説】   作:あきてくと

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第5話 ナイフとビールと霧と(傭兵の日常)

 報告書の作成は終わったし、機体のログデータ吸い出し作業も滞りなく完了した。夜間警邏に出ているジェイク機のデータ吸い出し作業は翌朝作業をする。さてと、残る仕事はパイロットスーツの洗濯だ。

 

 耐火繊維でできているパイロットスーツは、本来頻繁に洗うものではない。エグザマクス内は快適とはいえないまでも空調が利いているし、アンダーウェアも着込んでいるから、それほど汚れたりはしない。それに、スクランブル発進に備えて常に使えるようにしておかなくてはならない。

 

 だけど、その、あれだ。戦闘中に漏らした尿は洗い落とさなくてはいけない。パイロットはみんな出撃する際にオムツを装着してコックピット内で用を足せるようにしているのだけれど、支給されるオムツのサイズが僕に合っていない。だから横から漏れ出してしまう。だから事ある度に洗濯をしなくてはならなかった。

 

 加えて、僕の場合は一般のパイロットに比べて用を足す頻度が少々多い。とくに、激しい感情の高まりによって時折尿管バルブが壊れる。えー、あー、つまり、怖くて漏らしてしまうのだ。恥ずかしいけれど。

 

 本社からはLサイズのオムツしか送られてこない。アマギ隊長もサニー・バニーもジェイクもがっしりとした体躯をしているからオムツはLサイズだ。それに対して僕の小さな体にLサイズは大きすぎた。Lサイズでは隙間ができてパイロットスーツに漏れ出してしまうのだ。

 

 再三、本社に発注を出してはいるのだけれど、未だにMサイズのオムツは送られてこない。毎度毎度忘れられている。2日後に到着予定の物資定期便で送られてこなければ、またさらに2カ月待たなくてはならない。

 

 平和な日本でぬるま湯に浸ったような生活を送る本社勤務組は、事の重大さがまるでわかってない。戦場において、僕にとってMサイズのオムツがどれだけ重要かを。

 

 僕はカミオン内の自室に戻って、ビニール袋へと無造作に詰め込んだパイロットスーツを持ち出すと、狭いカミオンのなかを誰にもみつからないように抜き足さしあしで移動する。足音を立てない特殊な歩き方もサニー・バニーに教えてもらっていた。

 

 耐火繊維製のパイロットスーツ洗濯機では洗えない。型くずれや繊維の劣化を防ぐため広めのバットにぬるま湯を張って、中性洗剤でやさしく手洗いが基本だ。頻繁に洗うため、すでに慣れっこだ。僕の場合、洗いすぎて耐火性能が低下してしまっているかもしれない。けれど背に腹はかえられない。

 

 いつもは誰にもみつからないように夜更けにこっそりと洗う。シャワールームでなら誰にもみつからないで洗えた。

 

 ところが、シャワールームにつながるドアを開けると内部は照明が点いていた。半畳程度の狭い洗濯場兼着替え場の奥にあるシャワールームからは水が流れる音がする。運悪く、誰かがシャワーを使っているようだ。

 

 仕方がない、外で洗うか。しかし、洗濯に必要な道具は洗濯場兼着替え場のなかにある。ただ部屋が空くのを待っているのも(しゃく)だ。一瞬だけ、洗濯用のバットだけ取らせてくださいね。と心のなかで勝手に断りを入れて僕は室内に押し入った。

 

 僕は洗濯場兼着替え場の壁に備わる棚から、洗濯用のバットを取ろうと手を伸ばす。

 

 その瞬間、目の前が真っ白になって視界を失った。僕は一瞬パニックに陥る。

 

 顔はタオル地のようなごわごわした布で覆われ視界が奪われた。同時に僕の首筋には硬質なものが当てられる。両肩はがっちりと押さえつけられ、僕は身動きがとれない。

 

 背中には、なにか温かくて柔らかいものが密着した。

 

 そして、背後にいる者が僕の耳元でささやく。

 

「動くな。動くと死ぬよ」

 

 気づけば、バラの石鹸の香りが湯上がりの熱気と混じって狭い着替え場内を満たしていた。

 

 僕は着替え場に押し入ったことを後悔した。運悪く、シャワーを浴びていたのはアーニャだったようだ。ていうか、僕が部屋に入ってから5秒と経っていない。それに、近づく気配はおろか一切物音がしなかったぞ。これがプロの暗殺者の手腕か。

 

「覗きとは、いい度胸だね。レイ。お姉さんのシャワーシーンに欲情したのかい」

 

 あのアーニャがいつも携帯しているデカいナイフが当てられていると思われる喉仏を、僕はなるべく動かさないようにして声を絞り出す。

 

「ご、誤解だ。僕はバット(vat)を取りに来ただけで___」

 

お尻(butt)!? 胸よりお尻が好みかい」アーニャは背後から僕に下腹部を押し当ててくる。

 

「___ち、違う」

 

でも(but) 安心したよ、レイ。アンタにも、ちゃんとキンタマがついているんだってわかってね」

 

 肩の拘束が解放されると、その腕は僕の胸部から腹にかけてを撫でるように滑り降りた。そのまま無造作な手つきでアーニャに股間を握られる。

 

「はうっ」僕は思わず腰が引け、喉からはおかしな声が出る。

 

今日はついていない(  bad day.  )。潰されたうえに、覗きの誤解をうけたまま殉職なんて、とんだ恥さらしだ。少なくとも家族にだけは絶対に知られたくない。誰かが気を利かせて戦場で勇敢に戦死したことにしてくれればありがたいのだけれど。

 

 そのとき、入り口の方からドアが開けられる音がした。

 

「うおっ! 何やってんだお前ら」

 

 幸か不幸か、誰かが入ってきた。これはアマギ隊長の声だ。僕は「タイチョウ、タスケテ」と小さな声で必死に助けを求める。

 

「あー、なにから伝えればいいやら。まずは二人とも落ち着け」

 

 タオルの目地の隙間から、うっすらと隊長のシルエットだけが伺える。

 

「まず、レイ。お前の首に当たっているのはナイフではなくブラシの柄だ」

 

()っ?」

 

「状況から鑑みて、盛りのついたレイがアーニャのシャワーを覗こうとしていたのかもしれないが___今は完全にアーニャがレイを襲っているようにしか見えないぞ。とにかく服を着ろ。アーニャ」

 

「ふふん。かわいくて、ついイジめたくなるんだよ。ていうか、ささっと出てけ野郎ども!」

 

 結局、僕はバットを手に入れられないまま退出を余儀なくされた。おまけに、アーニャと隊長がシャワールームを使い終わるまでパイロットスーツの洗濯は待たされるはめになった。

 

 この踏んだり蹴ったりが、僕のサイラス私設傭兵部隊での日常だ。

 

 

    ◇ ◇ ◇ 

 

 

「___よお、レイ。お前なにやってんだ?( Hey Rey. What are you doing? )

 

 その声に僕は驚いて、僕は心臓から口が飛び出すかと思った。いや、口から心臓が飛び出すかと思った。僕は洗い終わったパイロットスーツを振り回して、人力で脱水処理中だった。

 

 屋外の、それもカミオンから少し離れた暗がりにいたはずなのに、サニー・バニーにみつかってしまった。色黒のサニー・バニーが暗闇に立つと、服だけがが浮いて歩いているように見えて不思議だ。瞳と白い歯だけがわずかな光を反射して目立つ。

 

「___その、あの、トレーニングを」

 

「パイロットスーツを振り回すのが?」

 

ああそうさ( yep. )。日本で今、流行っているんだ」

 

「どうせ、また漏らしたんだろう?」

 

 チッ(tut.)。さすがにバレるか。

 

「お前が風呂場で夜な夜な洗濯してるのも知ってるぜ。それを見てると、故郷のおふくろを思い出しちまう。それに、弟たちのことも。一番下の弟がちょうどお前と同じ歳でな」

 

 そう言うと、サニー・バニーは遠くを見ながら手に持っていた缶ビールを口に運ぶ。

 

「あ、酒か? 部隊規約では___」部隊のルールで21時以降はアルコールの摂取を禁じていた。

 

「固いことを言うな。まだ21時になる5分前だ。お前もやるか?」

 

 サニー・バニーは派手なパーカーのポケットからもう1本の缶を取り出してこちらに放る。僕はそれをキャッチする。

 

「まあ、気にすんな。誰だって戦場に出ればそんなもんだ。さすがに1年間も戦場に出て漏らす奴は珍しいが。それでも、まぁ、お前はよくやっているよ。間違っても上官とは思えないが。むしろ出来の悪い弟みたいだ」

 

「出来が悪いはよけいだよ」

 

 僕は憮然として、サニー・バニーにもらったビールを流し込む。軽い運動(洗濯作業)で火照った身体と、まだ熱気が残る砂漠の夜に飲むビールは格別だった。

 

「アーニャやジェイクだって、あれでもお前のことを心配してるんだぜ。お前はそんななり(・・)でも弱音ひとつ吐かないからな。そのうちストレスで自暴自棄になって、プッツリいくんじゃないかって。その性格は日本人だからか?」

 

「それは、違___いや。そうかもしれないな」

 

「日本人はクソ真面目でいけない」

 

「うん。その通りだ」

 

「まぁ、気楽にやれや。ここにいる奴らは誰もお前に前線での戦果なんて期待していないんだからよ。お前は裏方で、俺らが戦う。それが『サイラス私設傭兵部隊( our team )』だ。違うか?(Don't you think? )

 

 そう言ってサニー・バニーは、両手でこちらを指さし、おどけた顔をつくる。僕も笑顔を返す。

 

うん(Yeah.)ありがとう(Thank you.)サニー・バニー( Sunny.  )

 

じゃあな(Good night.)

 

 サニー・バニーがくるりと背を向けてカミオンに戻る。大きな背中を揺らして。時折ビールを口に運びながら。

 

 あたりの空気に湿気が帯びはじめたのを、アルコールで紅潮した頬が感じとる。このあたりは比較的海が近いから、早朝は砂漠でも霧が立つ。

 

「霧か___」

 

 サニー・バニーのぶっきらぼうな言葉で安堵した反面、僕は少し不安な気持ちになった。僕はそれをビールとともに飲み込む。

 

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