例えば剣と魔法のファンタジー世界に転生したとしたら。
世の男子達が一度は妄想しただろうシチュエーションだ。そして多くはこう思うだろう。
その世界の主人公となりたい
なるほど、確かにその思いは分かる。誰しも憧れるのだ。圧倒的な力を、正義の名の下に振るい、数多の人間を救う勇者に。
だが、俺は違った。
俺は! 勇者の! 師匠になりたい!
そう、俺は主人公ではなく、むしろそれを導く系の脇役にこそ心惹かれたのである。だってそうではないか、魔王や竜王に立ち向かう勇者、そしてそれを後方から見守る老兵。渋すぎる。これはカッコいい。そして戦いに勝利した勇者から報告を受け、俺は師匠としてこう言うのだ。
「俺はお前を誇りに思う。よくやった、我が弟子よ」
格好良すぎる。これがやりたい。
そう決意した俺は、転生したことを自覚してからひたすら身体を鍛え、戦いの技術を磨くことに腐心した。
山間の、貧しい寒村の三男坊であった俺は、昼夜問わず農作業その他諸々の労働に明け暮れたが、その合間を縫ってトレーニングを重ねた。更に、猟師小屋の爺さんに弟子入りし、齢一桁の頃から山での狩りに身を浸した。
俺が二度目の人生を歩むこの世界には、俺が期待した通り魔物がいた。しかも、村にとって魔物は脅威だ。馬車が辛うじて通れる程度の道とも呼べぬ道が魔物に封鎖されてしまえば、行商人はそこを通らない。すると冬越しが途端に困難になるのだ。猟師である爺さんは、魔物を倒せまではしなくとも、罠を駆使して街道に近づかせないことは出来るため、非常に村人から頼りにされていた。
そんな爺さんに山の歩き方、生き残るための知識、拙いながらも武器の扱いを学んだ。元々さる大都市を拠点としていた冒険者だと語る爺さんは、その知識と技術を惜しみ無く俺に授けてくれた。
そして山にも慣れ、爺さんからも許しを得て初めて一人で山に入った。そして運悪く魔物と対峙したとき、俺は絶望することになる。
魔物が強い。
というより俺が弱すぎたのだ。俺が対峙した魔物は、見た目はリスだが、額には大人の男の腕ほどの長さの角が聳え立ち、体躯もそれに応じて巨大ではあるものの、ゲームに例えれば最序盤のモブキャラだろう。だってリスだぜリス。凶暴で、爺さんも追っ払うのが精々で、俺にも出くわしたら一目散に逃げろと口酸っぱく言い含めていたが、俺はその忠告を軽んじたのだ。始まりの町にも劣る寒村周辺の魔物など、年老いた爺さんならともかく、俺ならば健闘出来ると、根拠なく思い込んでいたのだ。
だが現実は甘くなかった。その速さにまず翻弄され、更に、必死の思いで爺さんから預けられた小太刀を突き立てるも、その柔らかそうな見た目に反して岩の如き硬さの毛皮には全く刃が通らない。
そのとき俺は理解したのだ。今の俺では弱すぎて将来の勇者の師匠になるどころか、目前の魔物すらも満足に倒せない。
そこからは目も当てられぬ無様な撤退戦だった。爺さんが仕掛けた罠に誘導し、目を眩ませ、魔物の視界から逃れ、奴が諦めるまで山を駆けずり回った。
何とか魔物を撒いて爺さんの待つ小屋に辿り着いたとき、俺は爺さんに抱き締められてみっともなく泣いた。前世の記憶を持った大人の精神ですら、耐えられなかった。
だが、それでも俺は勇者の師匠となることを諦められなかった。勇者の師匠となるには、己一人で数多の魔物を屠ることが出来なければならない。しかしこんな才能の欠片もない俺では、それは不可能だ。だからこそ、弱者は弱者なりの技術を磨く。貧者の剣を磨き、素人目に強く映れば良いと割りきったのだ。
才能の無い俺が師匠ポジションを得る方法は一つ。なんちゃって剣術を極め、そして勇者の原石っぽい奴に片っ端から関わる。このなんちゃって剣術の触りを、まだ剣もろくに持たぬ物語序盤の勇者ポジの人間に見せつけ、強いんじゃないかと思わせるのだ。そしてこの剣術をもっともらしい顔で教え、適当なところで姿を眩ませてソイツが勇者っぽい偉業を成し遂げるのを待つ。どうせ勇者なら放っておいても強くなるのだ。そしてどこかの町で偉業の知らせを受け取り、酒場辺りで一人意味深に呟く。
「アイツも強くなったもんだ」
と。つまり俺は勇者に感謝されるポジションではなく、序盤で勇者に道を示し、人知れず姿を消す風来坊タイプの師匠ポジションを目指すことにしたのである。偉業を成し遂げる頃には俺の弱さはバレているだろうが問題ない。バレる前に姿を消し、後は一人で悦に入るだけの予定だからである。
それからは俺の日々の鍛練にも更なる熱が入った。なんちゃって剣術でも、弱い魔物を倒せる程度には極めなくてはならない。リス程度に無様に逃げ回る俺がドラゴンやらの強そうな魔物に勝てるわけがないが、せめてスライムやゴブリン、あわよくばゴーレムのような魔物くらいは倒せるようになっておきたい。いやこの世界にゴーレムやらゴブリンがいるかは定かではないが。
そしてそんな目標を立てて鍛練に励む俺は、元冒険者の爺さんをして狂ってると言わしめたが、そんなことは気にならなかった。確かに十に満たない小僧が鬼気迫る表情で剣を振るうのは端から見ていて不気味だったろうが、どうせこの寒村を出ていく予定なのだ。他人に好かれようが嫌われようが気にすることは無かった。ただ、初めて訓練で爺さんから一本取ったときに、
「まさか年食ったとはいえ元冒険者の俺がお前みたいなガキに負けるとはな。もしかしたらお前は、剣に愛された人間ってやつなのかもしれねぇ」
なんて言われたたときには、少し嬉しくなってしまった。後で思い返せば、爺さんもリス程度に苦戦する底辺冒険者なので、ガキに負けたことを誤魔化すために、俺が世間知らずだと思って言い訳をしたのだろう。だが残念だったな、俺は転生知識で知ってるんだぞ。リス程度に苦戦してる人間に勝ったところで剣の才能があるとか思っちゃうのは痛いを通り越して哀れですらあるということを。
そして爺さんに勝ってから更に一年後。遂に俺は単独でリスの魔物を倒すことに成功した。なまくらな小太刀ではリスの毛皮にすら刃が立たないが、それは闇雲に小太刀をぶつけるからだ。魔物とて生き物。弱い部分は必ず存在する。そしてそんな弱い部分に繰り返し攻撃を与え、チクチクと削るのだ。そしてダメージが蓄積したそこを一刀で切り捨てる。これこそ貧者の剣術。チクチク戦法である。
爺さんに勝ち、その知識を余すことなく吸収し、山のリスを討伐したことで、俺が生まれ故郷に留まる理由は消えた。俺は爺さんから冒険者としての装備を譲り受けると、行商人の馬車に同乗させてもらい、寒村から脱出した。
とある元冒険者の述懐
不思議なガキだった。
俺が冒険者を引退したのはえらく昔のこと。生まれ故郷の村に帰り、街道や村に魔物避けの罠を仕掛け、山で狩りや炭焼きをして日々を過ごす生活が身体に染み付いた頃にそのガキはやってきた。
三男坊で、実家の仕事が山ほどあるにも拘わらず、それを必死に片付けては俺の小屋にまで足を運び、棒振りをしていた。
俺は家族を持たなかったためか、子供がいたらこんな感じなのかなんて思い、ついついガキに色々教えてしまった。冒険者をしていた昔話をしてやると、目を輝かせて聞くもんだから口の滑りが良くなっちまった。冒険者をしていた頃は、これでも中堅どころであったと自負している。魔物を一人で相手取って生き残ることが出来たのは、当時の俺の周りには他に誰もいなかったもんだ。
魔物
ただの野性動物とは違う。その力、強靭な外皮、何もかもが他の生物を殺すために存在する。並の冒険者なら、魔物一匹を討伐するのに四人がかりが基本だ。生半可な刃は弾かれ、尋常な鎧では耐えられない。
なるほど、追い払う程度なら一人でも出来なくはない。ただしそれは、念入りに準備を整えたことが前提になる。
故郷の村には、一角獣の魔物が住み着いていた。一匹だけだし、山から降りてくることはまれであったからマシだが、それでも街道に姿を現せば商人が姿を消し、その年は多くの村人が死ぬことになる。俺は冒険者を引退し、生まれ故郷のこの村に戻ると、村と街道に魔物避けの罠を仕掛け、ヤツが降りてこないことを祈った。
幸い、長いことヤツは山の頂上付近を根城にしていたのか、姿を現すことは滅多になく、現したとしても罠に嫌気が差してすぐに帰っていった。大した傷は付かないが、それでも丸太や石礫がしょっちゅう降り注ぐのはうざったらしかったのだろうな。
だから油断していた。ガキにも言い含めていたからと、俺が教えたことをしっかり身に付けているし、小太刀とはいえ十全に扱える。山の獣程度なら十分対処出来ると踏んで、送り出してしまったのだ。
服だったはずの布が辛うじて身体を覆う程度、見える範囲で傷の無い部位が見当たらないほど傷だらけになって、ガキは帰ってきた。
十にも満たないガキが、魔物と相対して生きて帰ってきたのだ。ボロボロと涙を流し、みっともなく洟を垂らしてやがったが、生きて帰ってきた。思わず俺はガキを抱き締めた。その顔を胸に掻き抱くようにして、流れる俺の涙が見られぬように。
それからガキは更にがむしゃらに棒振りにのめり込んでいった。一度、ガキに聞いてみたことがある。どうしてそこまでやるのか、何を求めて棒振りなんかしてるのかと、
「俺はあの魔物を倒せるようになりたいんだ。いや、あの魔物だけじゃない、多くの魔物を。俺は皆を導ける男になりたいんだ」
何を言ってるのか分からなかった。寂れた農村の三男坊が何を抜かすのか。導く? この村で生まれた人間は、ほぼ全てがこの村で死んでいく。俺みたいな気狂いの部類が希に冒険者となって村を発ち、殆どが何も成せずに死ぬ。運が良かった狂人が俺だ。そんな中で、何故そんな大言壮語が吐けたのか、俺にはさっぱり分からなかった。
だが、俺は感じてしまったのだ。コイツならいつか、成ってしまうんじゃないかと。
いつからだろう、ガキが棒振りをする姿に見とれるようになったのは。
いつからだろう、俺に向かって振り下ろされる剣を目で追うことが難しくなってきたのは。
いつからだろう、このガキに俺の全てを与えてやりたいと思うようになったのは。
そしてヤツは成し遂げた。頼りない小太刀を振るい、遂にあの魔物の首を落としたのだ。
魔物の死体を担いで歩いてきたその姿を見たとき、俺は確かに身体が、心が震えるのを感じた。
コイツは、本物だ。
俺はガキに魔法を教えていない。というより、俺は魔法を使えないから教えようがない。そういうものがあるという話はしたが、俺には棒振りしか無かった。
魔物を討伐するには、魔法使いは必須だ。剣が滑り、槍が弾かれる魔物の外皮も、魔法ならば貫通出来る。だが魔法使いは希少で、俺にもガキにも魔法の才能は無かった。
だからこそ、ガキの成したことは異常だ。いくら毎日手入れしていたとはいえ、魔物の毛皮を数打ちの小太刀で切り裂くなど、聞いたことがない。
その日から、ガキがこの村を発つまで、俺はありとあらゆる知識を奴に教え込んだ。コイツは必ず大物になる。ならば、俺に出来ることは少しでもその前途で躓くことが無いように知識を与えることだけだ。
そして何度目かの冬を越えたある春の日。俺の教えた知識を全て身につけたガキは、訪れた行商人の馬車に乗って村を出た。
俺はこのガキに棒振りを教えたこの数年を生涯忘れないだろう。