後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

11 / 48
逃げたい(切実)

 おかしい。こんなことは許されない。

 

 山小屋を囲んでいた大量のゴブリンを何とか始末し終わって服が血でずぶ濡れにされたからこっそり裏手から町に入って着替えようと思ったら何でそこにノックスが先回りしてるんです? あれ、今夜ゴブリンが攻めてくるって話だったよね? あの山小屋にいたのがはぐれゴブリンの群れだったとしたらもっと大量に町に押し寄せてるんだよね? もう殲滅したの? 俺がひーこら言ってゴブリン始末してる間に? やだ、俺の弟子達強すぎ? 

 ノックスさん、ちなみにどうしてここにいるんです? あ、もう正面はライネル達に任せとけば大丈夫? もうそこまで始末出来たのね、やだ怖い。俺の弟子達がガチ過ぎる。

 え、俺は何してたのかって? ……夜逃げの為に昼寝したら小屋がゴブリンに囲まれてたので何とか始末して服を調達して逃げようと思ってます、なんて流石に言えるわけが無いので何とか誤魔化す。いや、ちょっと運動というか、なんというか。この血? いや、怪我なんてしてませんよ? ゴブリン程度に後れを取ったりしませんからね? 情けない師匠とか思わないでね? 

 

 このまま話しているとボロが出そうなので早々に話題を変えることにする。ちなみにあれだけライネルのこと気にしてたコルンはライネルの戦いぶりを見て納得したんですかね? 

 

 そう聞くとノックスはキョトンとした顔をした。え、なに? コルンの姿を見てない? 町にもいないと、なんで? 山小屋にも来てないよ? あのワンコ娘どこに行ったの? お散歩? 流石に真夜中だから違うよな。もしかして入れ違いで山小屋に帰ったとか? ちょっとマズいんじゃないですかね……? 

 

 だって山にはまだコルンのトラウマの元凶であるゴブリンがいる可能性がある。トラウマの相手に夜の山で出くわすとか死亡フラグでは? ライネルのヒロインをこんなところで退場させるわけにはいかねえ! というかクローネのジジイに殺されるぅ! 

 ということで流石に気持ち悪いので血塗れの上着を脱いで捨てると、ノックスにも一緒に探すように伝える。俺をボコボコにする前にコルンをちゃんと連れて帰ってね! 

 ちょっと不安になってきた俺は全速力で山小屋に向かって走る。コルンやーい! 怖くないから出ておいでー! いやマジで早く出てこい! 流石に夜の山で迷子とか洒落にならんから! 

 

 そう思って全力疾走していると、暗闇の向こうから誰かの叫び声、誰かっていうかコルンだろこの声! あのワンコ娘何してるの!? 

 

 声を頼りに走れば、月明りの下でコルンがゴブリンと向かい合っているのが木々の向こうに見えた。チラリと見えた感じ頭から血を流している。頭から血を流してる!? いかん、酒場の冒険者にも可愛がられてるコルンの顔に傷でもつけたら師匠(仮)の俺が殺されるぅ! 

 

 ゴブリンに足音を聞かれないように背後から近づき、剣で背後から一閃。お前ら何匹斬ったと思ってんだ。もう経験値的に一撃で倒せるわい! 

 なお返り血をもろに浴びたせいで俺の生命線である皮鎧が血でべったりになった模様。あ、やべえ、ユーリのハンカチ汚れてないか? 懐にしまい込んだハンカチを見ると奥に押し込んだお陰か何とか無事に見えるな、ヨシ! 

 そこでコルンに目を向けると、肩で息をして、額から血を流しているものの、ちゃんと意識はあるし剣もしっかり持って構えている。なんで町に残ってライネルの戦いぶりを見てなかったんですかね? いや、でもまあトラウマを相手によく頑張ったよ、ホント。あ、今の俺は返り血まみれだから触っちゃダメだな。よし、ノックス、コルンを運んであげるように。あと頭を怪我してるから何か布で押さえてあげてね。いや、流石に包帯とか持ってないか。仕方ない、ちょっと俺の服で汚れてない所千切るから待っててね。背中側ならまだマシだな、じゃあこれで良いや。ちょっと汚いけど我慢してね? 

 

 ということで俺の服だったものでコルンの頭の傷を覆うと、運ぶのをノックスに任せて一緒に山を下りる。寒くないか? 正直めちゃくちゃ寒いけど我慢するよね、こういうとこくらいでしか点数稼げないからね! 

 

 ということで町に帰れば、今度はローエンも剣を片手に出迎えてくれやがった。なんなの、主従揃って勘が良すぎる上に俺への殺意高すぎない? 今日はコルン助けたからチャラにしてくれない? もう疲れたから寝たい! いや、さっきまで寝てたんだけどさ! 

 

 コルンも怪我してるし休ませなければということで俺がその付き添いを買って出る。よっしゃ、これで合法的に休める。

 コルンと一緒にノックスが滞在しているという宿の一室に通された俺は、とりあえずコルンが寝るまでは頑張って起きておくことにした。コルンをベッドに寝かせてもらい、その脇に椅子を持って来て座る。うん、他の皆は部屋出ても良いよ、後は俺が診とく、という体で寝るから。うん、うん、頑張ったね、だから早く寝てね、俺も寝たいんだから。看病の手前、先に寝れないから君が寝てくれないと俺も寝れないの! 

 手を握って欲しい? ああ、心細いってことね? 分かった分かった。よし、寝たな、じゃあ俺も寝るか。流石に手を離して起きられたらマズいので寝心地は悪いけどベッド脇で座ったまま寝ることにした。今はそれでもすぐに寝られるくらい疲れてるし。

 

 そしてそれから何故か俺はコルンと一緒に部屋に閉じ込められ、数日後にようやく出れたと思えば、弟子達に囲まれながら山を越えることになってました。

 

 何故弟子から逃げる為に山越えようとしてたのがまさかの監視付きで山越えることになってるんですかね……! 

 トチ狂ったことを言いだしたジジイを問い詰めてみると、何故か俺が山を越えることが規定事項になっているらしく、そこに弟子がついて来るという話だとか。え、山の向こうにはもっと強い魔物がいる? 俺がそれを倒しに行く? 

 

 つまりは弟子達からの遠回しな死刑宣言ということでよろしいか? 

 俺がクソ雑魚だと知ったうえで師匠なら山の向こうにいる魔物くらい倒せるよな? ということである。その上逃げないように監視付き。やったぜ、これなら逃げようが無いな! 

 さて、誰かここから逃げ出せる一発逆転の方法を教えてくれませんかね? ない? やっぱり? 

 

 だが最後まで諦めない! 山越えが厳しいっていうなら本当にお前らはついて来れるんだろうな? 遭難しても探さないし魔物に襲われても助けない、というか助けられないからね? 引き返すなら今のうちだからね? 

 

 そう言ってなんとか脅しつけてついて来るのを止めさせようとしたのだけど、何故か弟子達は逆にやる気満々になる模様。この弟子達なんでそこまで俺を始末するのにガチなの? 

 よし、じゃあコイツら連れて行って強い魔物の相手させて疲れ切ったところを逃げるか! 

 

 そうと決まれば早速出発だ。これ以上弟子達を休ませたら逃げられなくなるからな! どうやらコルンが山を登頂せずとも越えられる抜け穴を知っているので案内人として俺について来るらしい。コルンは俺の傍で相変わらずアルシェとノルン相手に唸ってるからまだ俺の味方だな、ヨシ! でも君はライネルのヒロインだからちゃんとライネルとは仲良くするんだよ? 

 

 せっかくついて来るんだから旅の準備は全てノックスに任せて俺は悠々とノックス達が来るのを待つことにする。あ、自分の分の荷物はちゃんと持つからね? じゃないといざという時に逃げられないし! 

 

 ノックスは相当気合を入れたらしく、それから一日と経たずに準備を終えたので次の日の早朝にはもう町を出ることになった。見送りにはクローネのジジイと領主のフォルテさんだけ。なんか寂しいんですけど。いや、まあ冒険者とか町の人とそこまで関わり無かったから仕方ないんだけどさ。

 

 こうした経緯で町を出た俺と弟子達は、コルンの案内で抜け穴とやらを目指すことになったというわけだ。俺が一体何をしたというのか。ただ弟子になんちゃって剣術を教えて後は酒場で噂が届くのを待って一人でニヤニヤしたいだけだったのに。気が付けばかつての弟子が俺の前後左右を完璧に固めて地獄に連行しようとしてるとか想像できます? 俺には出来なかった。

 

 抜け穴は過去に魔物が山向こうから湧いて来る前にこの辺りで栄えていたドワーフ達の町らしい。え、ドワーフって滅びたの? 大昔に攻めてきた魔王に全滅させられた? あちゃー、ゴブリンだけならともかく流石に魔王なんて来たら無理だわな。ドワーフと言ったら髭もじゃの頑固オヤジみたいなのばっかだろうし、ちょっと見てみたかった。この世界に生れ落ちてもう良い歳なのに未だにファンタジー要素が犬耳娘のコルンくらいしかいないんだけど!? 

 

 ちなみに抜け穴は山の中腹にぽっかりと空いた洞穴から繋がっているらしい。抜け穴の奥には焚火の後もあったからやっぱりゴブリン共はここから湧いてきたんすねぇ。ここに来るまで魔物はいなかったか? そんなの出てきた瞬間に弟子達が先を争って始末するんだもん、俺は欠伸してるだけだったよ。俺の弟子達が剣狂い過ぎて怖い。一体どうして弟子達はここまでバーバリアンになってしまったんだ。ほれ、アルシェもノルンもシャーレイも顔に血を付けたまま笑わないで、拭ってあげるからこっちに来なさい。

 

 抜け穴の入り口で身体を休めた後はいよいよドワーフの滅ぼされた町へダイナミックエントリーである。

 もうドワーフもいないにしても俺の中では地下に広がる立派な都市をイメージしていたのだけど、弟子達と穴を通り抜けた先にあったのはかつての姿が見る影もなくなった瓦礫の山だった。辛うじてゴブリン共が通って来た道が分かるくらいだ。俺の期待を返せぇ! 

 思わず膝をついて嘆きたくなったけど何とか堪えた。弟子が憐れむような目で俺を見て来たけどもう止めろ、そんな目で俺を見るんじゃない! ここまでボロボロだったら冒険でお決まりの宝箱とかも無いだろうなぁ……、血で汚れた皮鎧は捨てちゃったし、新しい鎧が欲しいんですけど。俺の生命線が無くて心細い。

 ドワーフ達の素晴らしい建築技術のお陰か、山の中にいるというのにどこからか光が差し込んできて明るいのだけは救いだけどな! でも静かすぎて不気味だよ! 

 

 ノックスとかライネルあたりの教養ある組がなんか過去の歴史だか何だかについて話しながら瓦礫の山を指差したりしてるけど俺にはさっぱりだ。曖昧に頷きながら隣でボケッとした顔をしてるアルシェとノルン、コルンを適当に手であしらう。なんかシャーレイは興味深そうにふんふんと言ってノックス達に色々質問してるけど真面目ね、君。普段はポンコツだけどそういや君って貴族だっけ? 

 なんて思いながら歩いていると、瓦礫の山から何か物音。え、やだ怖い。こんなのホラー映画じゃん。物音に気付いたのか他の弟子達も剣を抜き放つ。いや、幽霊だったら物理攻撃効かないんじゃね? 唯一の魔法使いであるリミィさんが俺達の命を握ってるのでは? 

 そうして内心ビビり散らかしていた俺の前に姿を現したのはボロボロの剣やら斧、槍を持って布の切れ端を引っ掛けた白骨死体の群れだった。あれか、スケルトンという奴か、妙に身長低いけどコイツらもしかしてドワーフの死体? なんで大昔の死体がまだ動いてるんですかねぇ……。しかも数多くない? めっちゃ囲まれてるんですけど? と思っていたら弟子達が意気揚々と飛び出してバッタバッタとスケルトンを薙ぎ倒していく。残念だったなスケルトンども、このバーバリアン達を始末するには君らはあまりに貧弱過ぎたんだ。

 俺? 俺はリミィさんの横で守ってもらおうとしてますが? だってこっちまで寄ってくるような根性あるスケルトンなんかいないし。ところでリミィさん、難しい顔してどうしました? え、なんかスケルトン共の動きがおかしい? やっぱあれなの? スケルトンを操ってる親玉みたいなのがいるってのがこういう展開のお決まりなんだけど、合ってる? やっぱり? 

 

 じゃあ親玉探しもしないとこのスケルトン共いつまで経っても湧いてくるじゃん。どうしよ、俺あんまり動きたくないし、じゃあ一番近くにいるアルシェとノルンに任せようか。おーい、アルシェ、ノルンや、このスケルトンって誰かが操ってるみたいだからその親玉探してきてね。ここ? ここは任せておいて平気でしょ。君らもさっさと片付けて戻って来てね。こういうのって大体は高いところから見下ろしてたりするもんだからさ、どっか高いところに親玉いるんじゃねえかな。

 さて、二人がいない間は俺もちょっとは働こう。流石に骨には負けないと思うんだ、俺も。

 

 


 

 

「……こんなところで何をしている、ノックス」

 

 血で赤く染まったローブを身にまとった師匠の言葉に、僕はしばし言葉を返すことが出来なかった。

 

「今夜、小鬼共が攻めてくるという話だったろう」

 

 そうだ、今夜は小鬼が攻めてくる、攻めてきた。だが、その数はこちらの予想を下回る規模で、ではどこかにいるはずの別動隊がいるはず。そう思って町の裏手に来た僕の目の前には、しかし血に塗れた師匠の姿。

 

「師匠は一体何を……」

 

「酒を抜いていたら小鬼共に囲まれた」

 

 やはり師匠は別動隊を見抜いていた? 斥候を一体見ただけで、どうして小鬼の策略を見抜くことが出来たのか、僕には想像もつかない。恐らく、師匠のみが気付いた微かな兆候があったのだ。そして見抜いた上で、町の防衛にあたる僕達を動揺させないように別動隊の存在を伏せ、酒を抜くなどという下手な嘘で町を離れた師匠は小鬼の別動隊を一人で相手取ったのだ。

 

「町には来ていないのか」

 

「い、いえ、町に侵攻してきた小鬼達はソーンやライネル達のお陰でまもなく討伐出来るかと。小鬼に囲まれた、しかもそれほどまでの血、師匠はどこかお怪我を?」

 

 ローブに染みた血の大半は小鬼の返り血だろう。しかし、そのローブの下に怪我を隠していることは十分に予想出来た。万一師匠が負傷していれば、山越えはその一歩目から躓いてしまう。こんなことで師の足を引っ張ってしまったことに、僕の心に暗雲が立ち込める。

 

「小鬼程度に傷を付けられる。お前の師匠はそんなに情けない人間じゃあない」

 

 だが、返ってきたのは心強い言葉。何かを隠しているとは思えない自然体で、そういえばこちらに向かって来る足取りも、雪の上についた師の足跡も、引き摺った跡はなく、淀みなかった。師匠は、僕達が対峙したのとそう変わらない数の小鬼を単身で殲滅したというのか。当然分かっていたことだが、僕でも、ローエンでも、長兄のソーンも、そして勇者の末裔たるライネルすらも及ばない領域に師匠はいる。

 

「ところで、お前達と一緒にいただろうコルンはライネルの戦いぶりを見て納得していたか」

 

 その師匠の言葉に、僕は門の下にいた冒険者達の姿を思い出す。あの中に、特徴的な犬耳はいなかったはずだ。そもそも、フォルテ達との作戦会議が終わって気が付いた頃には彼女の姿は無かった。

 

「コルン? 彼女は師匠と一緒にいたのではないのですか……?」

 

「なに?」

 

「投石部隊にも、冒険者の部隊にも彼女の姿はありませんでした」

 

「……山小屋には来ていない」

 

 僕は師匠の言葉に背筋に冷や汗が伝うのを感じた。まさか、彼女は誰にも告げず、師匠の下へ行こうとしたのではないか? 師匠がいるとすれば山小屋だと思い、そこが小鬼に囲まれているとは知らずに。

 師匠は血に染まったローブを乱暴に脱いで地面に投げ捨てた。ローブの下、粗雑な皮鎧に包まれた師匠の身体は、どこにも傷らしい傷が無いどころか、小鬼の返り血すらついていなかった。

 

「ノックス、ついて来い」

 

 一言だけ告げた師匠はそのまま身を翻して来た道を走って戻る。僕も慌ててその後を追いかけるが、雪の上という足場の悪い中、どうしてそこまでの速度が出るのか、僕は師匠の姿を見失わないようにするのが精一杯だった。月明りの下、まるで僕を導くように白く光を反射する師匠の姿を、僕は息を切らしながら追いかけた。

 時折師匠がコルンの名を呼ぶ声が僕の耳に届くが、それはやがて降り積もった雪に染み込んで消えていく。いくら師匠が常人の世界からかけ離れた剣の腕を持っているとしても、町に攻め込んできたのと変わらない小鬼の数が師匠に襲い掛かったとすれば、そして師匠が容易くそれを屠れば、賢しい小鬼は勘づくだろう。師匠が理外の剣鬼であることを、そして一目散に逃げるのだろう。その道中で、コルンに出くわすことも十分に考えられる。

 

 師匠の声に焦りの色が滲み始めたとき、闇の向こうから女の叫び声が響く。この時間に、そしてこんな場所でいるような者、コルン以外にはいない。師匠も確かにそれを耳にしたのか、道を逸れ、悲鳴の聞こえた方角に向かって木々の隙間を縫って走る。

 僕もそれを追って脇道に逸れる。師匠の走る先、木々が少なくやや開けた場所には、月の光が差し込んでそこだけ舞台のように明るく照らし出されていた。

 そこで対峙するのは剣を構え、頭から血を流しながらも戦意を失っていないコルンと、他の小鬼とは一線を画す体躯の小鬼。額から生えた二本の角が、この小鬼が他の小鬼と格の違う存在であることを示していた。

 そんな小鬼の背後に、師匠は剣を抜き放って迫る。ずっと走り続けていたというのに今は更に加速していた。そして驚くべきことに、あの速度で走っているにもかかわらず師匠は足音を一切立てていなかった。そして師匠の剣が月の光を反射して一瞬煌めいたかと思えば、小鬼は背中を大きく切り裂かれ、盛大に血を噴き出して地面に沈んでいた。

 

 どこまでも美しい剣閃。小鬼の強靭な皮膚を意に介さず、それどころか小鬼は死の瞬間まで師匠が背後に迫っていることを感知すら出来ていなかっただろう。小鬼の返り血を浴びた師匠は、後ろから追って来る僕に気付いたのか、肩越しに僕の方に目を向けた。

 

「ノックス、コルンを運んでやれ」

 

「は、はい!」

 

 血塗れになってしまった皮鎧を脱ぎ捨てながら、師匠は言う。それに従って僕は足元がふらつき始めたコルンの肩を支えた。

 

「し、師匠……、私、逃げなかった。立ち向かったよ」

 

 コルンは僕に支えられながらも、肩で息を切らしながらも、師匠を見上げて言った。小鬼を相手に今までたった一人で凌いでいたのだ。それは驚くべき事実で、偉業と呼んでも差し支えない。

 

「……町にいれば良かったものを」

 

 そんなコルンを見下ろしながら師匠は呟く。平坦な口調のそれに、コルンの肩は責められたとビクンと跳ねた。師匠に怒られると思ったのだろう、僕が師匠の立場だとすれば、コルンを叱っている。小鬼が攻めてくると分かっていながら、夜の山を出歩こうなど、師匠じゃなければ自殺行為以外の何物でもない。

 けれど、師匠の取った行動は僕の予想を超えていた。彼は自分が着ている服を脱ぐと、返り血の付いていない背中の部分を引き裂くと、それを包帯代わりにコルンの頭に宛がった。

 

「だが、良くやった。お前は乗り越えた。剣の腕より、何より大切なもの、心の強さを、お前は身に付けた。流石は俺の弟子だ」

 

 そう言って、血を拭った手でコルンの頭を一、二度軽く撫でると僕らを先導して山を下り始めた。その後ろについて歩いていれば、隣のコルンは声を殺しながらも大粒の涙を流していた。それは彼女にとって大きな壁を乗り越えたことを示していた。それを見ながら、そういえばと思い出す。師匠はいつも、他の弟子にも言っていた。剣は所詮棒振りだと。必要なのは棒振りの腕じゃないと。心、師匠の剣理に触れ、その一端を解し始めてきたからこそ分かるもの。

 ソーンやアルシェ達、ロクシス等、弟子は皆決まった剣の型というものを持っていない。師匠はただ剣だけを持つ、それ以外はどのように剣を振ろうと気にしない。師匠にとっては剣の型などどうでも良いのだ。必要なのは単身で魔物を前にして死を受け入れない心の強さ。魔物を断ち切るための極意は実はとても単純なものだったのだ。

 

 人々の心の中にある魔物への怯え、諦観、怖れ。

 

 それらに負けないこと。剣はその手段でしかない。だから師匠は剣の型に拘らない。恐れず、正しく剣を振る。身体の一部と感じられるまでに剣を振り続け、信じる。魔物を断てると。

 

 僕は今、再び師匠の剣理を発見したのだ。

 

「師匠、寒くないの?」

 

 少し落ち着いたコルンが前を歩く師匠に声を掛ける。今の師匠は、コルンに包帯代わりに服を裂いてしまっている。雪の中で見るその姿はあまりに寒々しいものだったが、師匠は寒さを感じていないかのように歩いている。

 

「走ったからな、ちょうど良い。傷は痛むか」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

「頭の傷は浅くとも血が出る。無理はするな」

 

 師匠の言葉に、コルンは口元を緩めて答えた。そして僕に支えられている方とは逆側、右手でそっと、自身の頭に巻きつけられた師匠の服の切れ端に触れていた。

 

 町に帰れば、伝令を終えたローエンが門の前で僕達を待っていた。僕の姿が見えないこともあり、最悪の事態も想定していたのだろう。剣を片手に険しい表情で、僕達、特に師匠の姿を見ると驚いた表情に変わって迎えてくれた。

 

「師匠! ノックス様も、何があったのですか!?」

 

「別動隊の小鬼を師匠が撃破してくれたんだ。こっちの戦況は?」

 

「問題ありません。残敵も含めてソーン達が始末してくれています。しかし、やはり伏兵がいたのですね。それを師が相手取ったと」

 

「説明はノックスに任せる。……コルンが怪我をしている。どこかで休ませたい」

 

 師匠の言葉にコルンの状態が目に入ったのか、ローエンは慌てた様子で僕達が滞在している宿に案内すると、コルンを寝かせ、シャーレイを呼んで傷の手当てを済ませた。ローエンでも手当ては出来るが、服の下にあるかもしれない傷については戦場ではともかくこうした場でローエンが診るわけにはいかないという気遣いによるものだった。

 シャーレイによる手当てが終わった後、師匠に促されて僕達は部屋の外に出された。コルンの看病は師匠が付くと言い、それに最後まで抵抗していたアルシェとノルンはローエンとロクシスによって引っ張り出されていった。僕は弟子達の中では直接戦闘に参加していないこともあり、部屋の前で立ち番をすることにした。部屋に見舞いと称して突撃していきそうな人間に三人ほど心当たりがあったからだ。

 夜も更けた時間、冒険者達の後始末も宿まではその喧騒は届かない。

 

「師匠、私、頑張ったよ」

 

「……ああ」

 

 その静寂の中、扉越しに会話が聞こえてきたとしても、仕方ないことだろう。

 

「小鬼を前にしても、もう身体が竦まないよ」

 

「よく、頑張った」

 

「し、しょう……! 私、強くなれたかな。アイツらに、勝てたかなぁ……!」

 

「さっきも言っただろう。お前は強くなった。もうお前を脅かす影は無い。……今は眠ると良い。俺はここにいる」

 

「……手、握ってて欲しい」

 

「……これで良いか」

 

「うん、安心できる」

 

「そうか」

 

「師匠の手、硬い」

 

「剣を振らなかった日は無いからな」

 

「だから、師匠は……」

 

 それきり、会話は途絶え、すうすうと寝息が部屋の中から聞こえてくる。コルンの疲労が限界に達したのだろう。コルンがどのような事情を抱えているのか、僕には知る由も無いが、何となくだがアルシェやノルンと似ていると僕は思っている。師匠が目を掛けるのも納得だ。彼は、理不尽を許すような人ではない。コルンの境遇が僕の予想通りであれば、彼がその理不尽な苦しみに手を差し伸べないわけが無かったのだ。そしてその過程で、この町が救われたというだけだ。

 

「……まだまだ僕達は弱くて、何も見えていない」

 

 窓の外には雪が降り始めていた。それを見ながら、僕は小さく呟いた。今夜だってそうだ。師匠の助けが無ければ僕達は後背から奇襲を受け、町に甚大な被害が出ていただろう。そうなれば、山越えだなどと言っていられなかった。山を越える前に、帰ってくる拠点を失う羽目になっていただろうから。フォルテは僕達に頼ることを情けない、と自嘲したけれど、本当に情けないのは師匠から剣理を授けられながら、このような不甲斐ない結果に終わった僕達の方だ。

 

 山越えでは、そうはいかない。僕達は師匠の足を引っ張るわけには、いかない。

 

 それから数日後、クローネとフォルテに呼び出された僕達は、以前に通された部屋で彼らから感謝を受けていた。

 

「礼を言う。ノックス殿達にも、その師範殿にも」

 

「頭を上げてください。当然のことをしたまでです」

 

 フォルテの感謝を受け取りつつ、僕は伏兵については表立って口にすることを避けた。冒険者達の耳に入れば、まだ見ぬ伏兵がいるのではないかと気が休まらないと考えたからだ。その意図を汲んでくれたのか、フォルテとクローネも労いの言葉を掛けつつも、具体的なことは口にはしなかった。

 そして話の主題は山越えに関することに移っていく。

 

「ノックス殿と他の皆は全員、山越えに同行すると考えても良いのだろうな」

 

「ええ、その通りです」

 

「…………なに?」

 

 フォルテの言葉を肯定した僕達と対照的に、疑問の声を上げたのは師匠だった。

 

「何故、弟子達がついて来る」

 

「山越えは過酷だ。山を越えた先にはかの勇者が対峙した魔王、というべき存在がいるとも伝承に語られている。お主一人だけでは流石に心許なかろう。それもあって、ノックス殿はここに来たのではなかったのかね」

 

「ついて来させるつもりは無い」

 

 師匠の口から出たのは半ば予想していた言葉。師匠は僕達がこの町まで来ることは予期していただろうが、そこから先までついて来ることは考えていなかっただろう。ライネルにのみ、北で待つと言ったのはそういう意味だ。師匠は銀糸の勇者であるライネルだけを、山越えに同行させるつもりだった。僕達はその間、この町を守ると考えていた。

 そんな師匠の言葉を否定するのはこの町の二人の重鎮だった。

 

「いかにお主とは言え、魔王を相手取って無事だとは思うまい。その役目に弟子達を同行させるべきだ」

 

「それに、極北山脈は峻険だ。山を越えるには、過去に勇者たちが辿った道筋を辿る必要があるだろう。その道を知るのは犬人族のみ、つまりはコルンだけだわな」

 

 フォルテとクローネの言葉に、全員の視線がコルンに集中する。ほんの数日でコルンの体調はすっかり回復していた。綺麗に巻きなおされた包帯の下にある頭の傷も既に塞がりつつあるのは犬人族の類まれな身体能力の一つか。師匠が自らの服を裂いた簡易の包帯は、今はコルンの二の腕に巻き付けられていた。

 

「……覚えてる。お母さんが寝物語にいつも語ってくれたから。村を出て、日が沈む方角。裂け岩を右手に山肌を辿れば、地の底への口が開く」

 

 犬人族はかつてその優れた耳と鼻で勇者たちの水先案内人を務めたとされている。勇者がついに魔王を倒し切れなかったとき、次代の勇者がそれを成すと信じて託し続けてきた口伝。それは極北山脈を越え、その先にいるものへと繋がる。

 

「諦めろ。お前一人じゃ到底叶わん旅路だ。コルンを鍛えさせたのもこの為だ。連れて行け」

 

 クローネがそう言葉を重ねる。

 

「……ついて来たとして、俺は何があろうと助けん。怪我をしようが、遭難しようが、助けられん。そんなものに、ついて来させるのか」

 

 静かに、けれど怒りに震える声で師匠が絞り出した言葉に、僕らは身が引き締まる思いがした。師匠はどこまでも僕らのことを案じてくれている。自分の手が届かない程に過酷な旅になることを予期し、そこに僕達を巻き込むまいとしている。だからこそ、僕達の答えは決まっているのだ。

 

「構いませんよ、師匠。僕達はついて行きます。その為のクランです」

 

「……勝手にしろ」

 

 僕の言葉に、師匠は諦めたようにため息をついた。小鬼の襲撃では不甲斐ない姿を見せた。けれど、山越えでは絶対にそのような無様は晒さない。ソーン達も、決意を秘めた目で頷いていた。

 

 その後、旅支度を任された僕はローエンと手分けして町から物資を分けてもらい、手早く支度を整えた。山越えになれば、まともに水や食料が手に入るかが疑わしい。保存食も、水も、全てに細心の注意を払った。しばらくは積もった雪を融かせば水には困らないだろうが、それはそれとして革袋一杯に水を詰めていく。あまり入れたくは無いが、水が腐らないようにと腐れ除けの木の葉も入れる。水が苦くなってしまうが、腹を下すよりはマシだろう。

 そうして、翌日の早朝、フォルテとクローネに見送られ、僕達は山越えに向けて旅立った。コルンを先頭に、ソーン、ライネルとローエンが続き、両翼にアルシェとノルン、後方にはロクシスとシャーレイが控え、それに囲まれて僕とリミィ、師匠がいる陣形だ。クランが旅をするときは、常にこの形だった。どこから魔物が襲って来ようと、魔法使いであるリミィを守ることが可能な陣形。それを見た師匠は「随分と大仰だ」と言って笑っていたけど。

 

 コルンの生まれ故郷である村の跡地、そこから抜け穴に繋がる洞穴でそれぞれ野営を挟む。そこではいつも師匠の隣を巡ってアルシェ達が争っていたが、気が付けばアルシェ、ノルンを筆頭にシャーレイ、コルンという序列がすっかり出来上がっているようだった。コルンは相変わらず他の三人には威嚇するけれど、今ではすっかり子犬扱いされてしまっていた。そんな様子を、僕やソーン、ライネルが笑いながら、たまにロクシスが余計な茶化しを入れて、師匠が呆れたように微かに笑う。

 

 厳しい旅路のはずなのに僕達の顔に今までの旅で一番笑顔が溢れた旅だった。師匠の背中を追いかける旅じゃない。師匠と隣り合って、一つの目的を達するために旅をする。僕達全員がかつて夢見た光景だからだ。もしかしたら、伝承の勇者たちもこんな感じで旅をしていたのかもしれない。只人だけではなく、今では魔物に滅ぼされてしまったとされる小人族や長耳族の他、犬人族など多くの種族から勇士が集ったとされる伝説のクラン。彼らも種族の違いから多くの衝突があったと語られているが、それでも協力して魔物を極北山脈の向こう側へと追いやった。彼らも、辛い旅路だっただろうが、それでもこうして笑っていたこともあったはずだ。

 

 そんな感傷のせいか、コルンに案内された抜け穴に辿り着いたとき、僕の心には大きな衝撃が走った。

 

 かつて栄華を誇ったであろう堅牢な石造りの街並みは、今や見る影も無い。それでも、過去に小人族が天井を掘り抜いた穴からは光が差し込み、視界の確保には困らない。

 瓦礫の山となったそれには、煉瓦一つに至っても細かな装飾が施されており、それはこれをかつて造り上げた人々の技術力を今も尚雄弁に物語っていた。

 

「かつての小人族の都市。小鬼やその他の魔物達の襲撃を受けて今やここまで……」

 

「この都市は小人族の最大の都市であり、要塞だったらしい。全ては埃を被った伝承頼りの情報でしかないが」

 

 僕の呟きにライネルがそう返してくる。僕も実家の書庫で、師匠について行くために過去の伝承は読み漁った。小人族は山の中に石造りの都市を造り上げる。只人が造るそれとは比べ物にならない堅牢さを誇り、難攻不落。何人の襲撃にも揺るがぬ様は、小人族の都市を指して『山』という言葉が使われるようにもなったほどだという。

 だが、度重なる魔物の襲撃によってその堅固な要塞も綻び、勇者たちが絶えた後、幾度目かの侵攻で小人族はこの最後の都市と運命を共にしたという。

 

「只人は小人族との国交を保とうとしたが、極北山脈はあまりにも只人の住む地から遠かった」

 

「彼らの遺した武器が、今や只人が魔物に立ち向かう為の聖剣ですからね。彼らの技術を唯一受け継いだ只人の鍛冶師もいますが、小人族に似て偏屈だと聞きます」

 

 ライネルの言葉に、僕の脳裏に髭もじゃのある人物が浮かんだ。確かに小人族だと言われても頷けるような風貌だったし、その鍛冶の腕前も確かだった。けれど、まさかな。

 

「ノックスもライネルも、伝承に詳しいんですね」

 

「シャーレイもこういう事を知っておくと、社交界で役に立つこともあるかもしれませんよ」

 

「個人的には興味がありますが。教養ある女というのはあまり好かれないものですからねぇ……」

 

 僕達の後ろにやって来たシャーレイがそう言って苦笑する。あまりに利発な女性は貴族の男から倦厭される、おかしな話だ。僕の交友関係の中には、学者顔負けの知識を持つ才媛もいた。彼女の知識がどれほど今の僕を助けてくれていることか。

 ふと師匠に目を向ければ、彼も瓦礫の山を見渡し、何かを考えるように黙り込んでいた。鋭く細められた目を見れば、その内心も多少は伺い知れる。

 

「師匠も、やはり口惜しいですか」

 

「……そうだな。過去を懐かしむことも出来ん」

 

 瓦礫の山となってしまったそれが、かつてはどのような姿をしていたのか。それすらも分からなくなってしまうほど破壊され尽くしたこの都市を見て、師匠も僕らと同じく怒りを覚えていることだろう。この地に生きる者達の営みを、全て破壊し、蹂躙し、灰燼に帰す。そんな魔物という存在への怒り。固く引き結ばれた唇が師匠の内心を語っているように思えた。

 

「師匠、とりあえず先に行こう」

「ノックス達の蘊蓄に付き合っていると日どころか月を跨ぐ」

 

「言いたいことは分かるけど離れろ、雌猫ども!」

 

「相変わらずうるさい子犬だ」

「また分からされたいか」

 

 そんな師匠にアルシェとノルンがくっつき、コルンがまた威嚇する。アルシェとノルンからしてみれば、師匠の身に付けていたものの一部をこれ見よがしに腕に巻いているコルンに負けるまいとするアピールなのかもしれないが、師匠はいつも呆れたように微かに笑ってあしらうばかりなので、むしろ逆効果かもしれない。

 そろそろ気が抜け過ぎだと注意すべきか、と思ったところで瓦礫の向こうから何かが崩れるような微かな物音がした。

 その音に先ほどまで弛緩していた空気は一変し、師匠以外の全員が武器を構えて周囲に散開する。

 

「どう見る、ロクシス」

 

「この辺りはもう魔物どもの縄張りだ。小鬼共の次の一手か、こっちから乗り込んできたことに感づいた何かが来たか」

 

 背中越しにロクシスに話しかければ、警戒をしたまま、彼の頭の中にある予想を口にしてくれる。ロクシスの考えは僕のものと凡そ一致している。

 恐らくは、この廃墟に潜んでいた魔物。

 そうして警戒している僕達の前に現れたのは、錆びてボロボロになった剣や斧、槍を手にした白骨死体。まさか、これは。

 

「小人族の死体か!」

 

「どこまでも悪趣味だな!」

 

 ソーンとライネルが毒づきながら、襲い掛かって来た白骨を叩き切る。だが、あちこちの瓦礫の下から似たような白骨死体が次々と起き上がり、こちらへと向かって来るではないか。

 

「全員、離れすぎるな!」

 

「誰かは常に視界に入れておけ! 分断されるとマズい!」

 

 僕とローエンの言葉に返事は無かった。だが、意思疎通に不安は無い。その証拠に、ソーン達は陣形をやや狭めて互いの位置を視野の中に収めるように動く。

 白骨死体はそれぞれはあまり脅威ではない。僕達であれば単体に苦戦することはまずないだろう。厄介なのは、魔物と違って痛みに怯まないこと、物理的に阻害しない限り、攻撃を止めないことだ。また、腕や足を落として戦闘力を奪わない限り動き続けるのもまた厄介だった。

 剣を弾き飛ばそうが引っ掻こうとする。腕を飛ばせば足で、地面に這いつくばろうと噛みついてこようとする。僕達を傷つけるという単純な目的をどこまでも果たそうとする。数もまた厄介だ。気が付けば視界一面を埋め尽くさんばかりの動く白骨死体に、僕は戦いの最中だというのにため息を堪えきれなかった。

 

 幸いにして師匠達の下へはまだ通していないが、それでも楽観視できない状況だ。白骨死体は疲れないが、僕達は疲れもするし、ソーン以外は魔力も切れてしまう。

 

「リミィ、気付いたか」

 

 僕の後ろ、陣形の中心で師匠とリミィが話しているのが聞こえる。

 

「はい。この白骨死体、魔物じゃありません」

 

「誰かが、いや何かが操っている」

 

「でも、これほど大規模な魔法を行使する存在なんて……」

 

「探さねばキリがない」

 

 何者かがこの白骨死体を操っている。死者への冒涜甚だしい所業を行っている存在がいるというのか。目の前の白骨死体をまた一体粉々にしながら、僕は歯噛みした。小鬼などとは比にならない悪辣さだ。過去の勇士に安息すら与えないこの邪法を使う者への嫌悪で吐き気すらしてきた。

 

「アルシェ、ノルン!」

 

「なに、師匠」

「どうすれば良い?」

 

 師匠の声は、戦いの喧騒の中でも不思議とよく通る。その声に反応したアルシェとノルンがチラリと肩越しに師匠を見た。

 

「これ以上戦ってもキリがない。操っている者がいる、大元を叩け」

 

「分かった!」

「だけどそんなの何処に?」

 

「こういうのは高い所から見下していると相場は決まっている」

 

 二人の疑問に師匠が指差したのは、瓦礫の山となった都市の中で唯一辛うじて形を残している建造物。それは山肌をくり抜き、岩壁そのものを建材とした塔だった。その頂上を、師匠は示す。

 

「お前達に任せる。早く帰ってこい」

 

「任せて」

「すぐに終わらせて来る」

 

 師匠の言葉に二人はこれまで以上の苛烈さで白骨死体を粉砕して道を切り開くと、塔に向かって進んでいく。一部の白骨死体はそれを追いかけるが、残りはまだ人数が多い僕達を危険視したのか、こちらへと向かって来る。

 あの二人が抜けた分、他の面々にかかる圧力は大きなものとなる。だけど、僕も、ソーン達もそれを不安に思うことはもう無かった。

 

 何故か? そんなもの、決まっている。師匠が剣を抜いたからだ。

 

「二人がいない間は、俺が埋める」

 

 その剣は、周囲の僅かな魔力を纏わせ、魔の勢力に対する特効となる。

 

「無粋なことをする輩だ。今一度、眠りにつくが良い」

 

 その剣は、どこまでも鋭く、そして勇士たちにとって慈悲深いものになるのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。