後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

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俺弱いって言ったよね?

 ドワーフの本に書いてあったらしい横穴に入って行った俺と弟子達は、気が付けばコルンを先頭にして狭い穴の中を先へと進んでいった。どうやらコルンが新鮮な空気の匂いを追って出口へと案内してくれるとか。君ってホントに有能だね。

 俺? 俺はその後ろをのんびりノックスと並んで歩いてましたよ? 

 

「この穴の先は恐らく極北山脈の向こう側。魔物達が生まれる地です。これまで以上に強力な魔物がいるでしょう」

 

 え、そうなん? なんでそんな怖いこと今言ったの? ゴブリンとかスケルトンしか倒してない俺がそれ以上に強力な魔物とかがいる所に行って生きて帰れるわけないじゃん。

 いや、そういやこの弟子達、俺を何とか北に連行するためについて来てるんだっけか。自ら手を汚さず魔物に俺を始末させるつもりか。

 そんな思惑に乗ってたまるかと俺はそっとノックスの隣を離れて集団の真ん中、魔法使いリミィちゃんの隣という定位置に収まる。何か起きたら守ってね、俺の周りにいる弟子が俺を襲って来るとかしたら。

 

 その後、どれだけ歩いたのかは分からないけどコルンが外に繋がる道をちゃんと辿ってくれたおかげで俺達はついに洞穴を脱出することに成功した。外の空気が美味しーい。

 山の中腹あたりで、眼下には見渡す限りの森。やだ、文明のぶの字も無いわ。いや、魔物って言ってるからそりゃそうなんだろうけどさ。

 そして森の中心にはひときわ目を惹く巨大な樹。いやもう巨大とかそんなレベルじゃない。なんで山と同じくらいの高さまで伸びてるんですかね、あの木。どう考えてもあれがラストダンジョンじゃないですか。

 

「オヤジ、あれは……」

 

 隣に並んだロクシスも樹を指差してるけどそうね、デカいよね。あれ目指せば良いと思うんですよ。なんか樹にデカい塔みたいなのが合体してるし、あれ絶対にラスボスいるでしょ。

 そう言っていると、背後でソーン君が焦ったように叫ぶのが聞こえた。なにかと思って振り返ってみると、リミィが顔面蒼白でぶっ倒れているではありませんか。えぇ、なんでぇ……? 

 

「すみません……、何故か急に頭が……」

 

 風邪でもひいちゃった? でも熱は無さそうだしなぁ。回復魔法的なのあったりしないの? 

 

「瘴気が濃い。魔力を持った人間にとっては辛い環境なのかもしれない」

 

 何か知っているのか、ライネル! 

 ライネルが言うには、過去の伝承でも魔力を多く持った者ほど瘴気でダメージを受けたりすることがあったらしい。はえ~、そんな設定あったんですね。じゃあなんでシャーレイやライネルが無事なんですか。

 

「私も多少身体が怠いと感じますが、恐らくはリミィほど魔力が多くないのでさほど影響が無いのかと」

 

「私が持つ銀糸の魔力は魔物への特効と言います。瘴気の影響を軽減しているのだと思います」

 

 なるほどな。流石はライネル。主人公らしいスペックしてるぜ。え、俺が平気な理由? そら魔力のまの字も持ってないからに決まってるだろ! 

 それじゃあリミィは俺が担いでいくから先進みましょうか。そういうことならここで休んでても仕方ないでしょ。こうして俺が率先して病人を運ぶことで自然に戦線から離脱するムーブである。さっさとライネルに魔王を倒してもらって帰りましょうねー。

 そう言ってリミィを背中に担いで山を下りていく。というか軽いね、リミィちゃん。え? 足手纏いですみません? 気にしなくて良いんだよ。むしろ君が倒れてくれたおかげで俺はこうして自然に戦闘メンバーから外れられたからね! ほれ、ソーンも気合入れて守るんだよぉ! 

 

「任せてくれ。師匠達には指一本触れさせねえ」

 

 気合満々な様子のソーン君。やっぱり恋人がこうなったなんてめちゃ許せんよなぁ? 

 コルンとノックスを先頭にしてえっちらおっちら山を下り、森の中へと足を踏み入れる。なんか獣道っぽい感じで雑草とか生えてないからゴブリンもこのルート使って歩いて来てんだろうね。

 てことはこの道を歩き続けたらゴブリンの集落的なのにぶち当たるってことでは? 

 

「恐らく、そうなるでしょう」

 

 俺の懸念を言えば、ノックスはあっさりとその可能性を肯定した。やだ、この弟子達覚悟決まり過ぎじゃない? ゴブリン程度ならって思うけど流石に今の状態の俺は戦力にならんよ? 

 

「ご安心を。その為の僕達です。それに師匠も言ったでは無いですか。この旅で、僕達を助けることはしないと」

 

 この期に及んで俺が過去に言ったこと当て擦りみたいに言ってくるの何なの? そんなに俺の良心を責めたいの? 俺の心はもうボロボロだよ? 

 俺が冷酷無比な薄情者だと思われ続けるのも嫌なので形だけでもフォローしておくことにする。いやね、ホントは助けたいんだよ? でも俺弱いからね? 絶対に君らより弱いから助けもクソも無いんですよ。

 そう言うとノックスは薄く笑って何も言わずに歩みを速めてしまった。あ、これフォロー失敗してますわ。ノックス君だけ俺への評価がガチ過ぎて泣きそう。シャーレイみたいなポンコツ女騎士はともかくアイツだけは誤魔化せる気がしない。

 

「師よ、皆覚悟の上です」

 

 ズタボロにされた俺の心を察したのか察してないのか、ローエンが後ろからそう声を掛けてくれる。俺に見捨てられるのは覚悟の上ってか? それ俺へのフォローになってないからね? トドメ刺してるからね? 弟子達が辛辣過ぎて辛いです……。

 魔物じゃなくて味方に満身創痍にされてしまった俺だが、なんとか足を動かし続けていると、前を歩いていたノックスとコルンが俺達を制止した。しかもソーン達他の弟子も武器を構えて俺の周りを固めている。何々? 俺なんにも分からないんですけど? 

 

「囲まれました」

 

 ノックス君? 冷静に言ってるけどマズいんじゃないですか? ここって敵の本拠地ですよね? 町に攻めて来たのとは段違いな数がいるんじゃないんです? しかも範囲火力担当のリミィは今ダウンしてますよ? 

 弟子達が警戒したのを悟ったのか、周囲の木々の間から続々とゴブリン共が姿を現す。気が付けば周囲を埋め尽くす緑の大群。

 

「数が多い……!」

 

「ウザってえな!」

 

 ローエンとロクシスがそう言いながら脇を固める。ごっつい二人に守られてるこの安心感よ。これは勝ったな、ガハハ。

 そう思っていたらゴブリンの群れの中からひときわでっかい個体が出て来た。他のゴブリンが緑色してるのにコイツだけ灰色やん。見上げるくらいのデカさだし頭に三本の角が生えている。やだ、強そう。ホブゴブリンとかゴブリンキング的な敵じゃん。乱戦にそんなのが混ざるとか絶望では? オイオイオイ、負けたわ俺ら。

 

「あれは、ちょっとマズいかもしれません」

 

「だけど退いたところで意味が無い」

「ここまで来た以上、退く選択肢は無い」

 

 シャーレイがちょっとビビってるのに対してアルシェとノルンが覚悟完了とばかりに剣を構えている。頼もしいけどちょっと落ち着こう? あの灰色のゴブリン絶対強いよ? 他のゴブリンが棍棒しか持ってないのにアイツだけ割と剣っぽいの持ってるよ? 

 

「ここで足止めされてちゃ意味が無え……ノックス、師匠達を連れて先に行け!」

 

「ロクシス!?」

 

 ちょっとロクシス? なんで「ここは俺に任せて先に行け!」ムーブを唐突に始めちゃったの? それ死亡フラグだよ? ノックスも驚いてるじゃん。

 

「リミィの奴がぶっ倒れて使い物にならねえ。俺達だっていつまでもここに居たらどうなるか分からねえ。ってことはここで全員がぐずぐず足止めさてちゃどっちにしろ詰みだろうがよ!」

 

 でも君一人が残ってもしゃあないんじゃない? リミィを置いて行く? そんな選択肢は無いが? ただでさえ範囲火力無いパーティなのに唯一の魔法使いを置いて行って生存率下げる選択肢なんか存在しないけど? 

 そう思っているとシャーレイとアルシェ、ノルンが前に進み出る。

 

「流石にこの数を一人では無茶でしょう」

 

「弟弟子を助けてやるのも姉弟子の務め」

「四人いれば十分。他はさっさと進めば良い」

 

 やだ、この女性陣イケメン過ぎる。でも君たちが戦線離脱したら俺を守る盾が減るんですけど? だから君らさっさと片付けて追いついて来てね? ゴブリンとかあの真ん中のボス的なの以外は雑魚だろうしこんなところで死ぬとかナシだからね? 瘴気とかなんとかよく分からんけど主人公ならそういう逆境すら利用するもんだからね? そう言うと四人は威勢よく返事してくれた。気合だけはいっちょ前だなお前ら! 

 

「では四人を殿に中央突破ですね。先頭はソーンと僕が」

 

「側面は俺とライネルが守る」

 

 そう言ってノックスとソーンがリミィを担いだ俺とコルンの前に、ライネルとローエンが左右を固めてくれる。うんうん、君達頼んだよ。

 

「行きますよ!」

 

 ノックスの合図と共に俺達は一塊になってゴブリンの壁に向かっていく。先頭に立つライネルとノックスが次々とゴブリンを斬り倒していく。俺は何も出来ないんで皆とペース合わせて走ることしかしてない。あ、リミィさんや、揺れるけどちょっと我慢してね、出来るだけ揺らさないように頑張るから。

 ゴブリンだけを殺す機械と化したライネル、ノックスの二人のお陰でゴブリンの壁を突破した俺達はそのまま脇目も振らずに森の奥目掛けて直進する。後ろではロクシス達が戦っているであろう戦闘音が聞こえてくるが、誰も振り返らない。なんなら俺は背中にリミィを背負ってるから皆に遅れないように走るのに必死。

 

 ゴブリンが追ってくる気配も無くなったところで、俺達は一旦足を止める。よし、取り敢えずは大丈夫だな! 

 

「ロクシス達は大丈夫でしょうか」

 

 ノックスが不安そうに呟いているが、まあ大丈夫っしょ。あのスケルトンの大群だって大したダメージも受けなかったんだし、それよりもこの先もっと強い敵が出て来るかもなんだからそっちを心配しましょうよ。

 

「……そうですね、覚悟していたこと。僕自身がそう言ったんですから」

 

 まあ気にすんな。なんかあったらもう俺に責任転嫁しちゃえば良いよ。もう師匠としての株なんてストップ安で底値通り越して紙屑レベルだろうし。こうなったら何とか無事に帰ることしか俺考えてないもん。俺の評判とかもうどうでも良いから後はライネルに魔王討伐任せて帰りたいもん。

 でもノックス達は先に進む気満々らしく、どんどんと歩いて行ってしまう。

 

「師匠、大丈夫か」

 

 横に来たソーンが俺の肩に手を置いて慰めてくれる。え、リミィのことなら別にそこまで負担じゃないから負ぶったままで大丈夫ですけど? 

 何故かソーンが気遣うような表情のまま俺の隣を歩く。そこまで俺の体力が無いと思われてる? 女の子一人担いで走るのはしんどかったけど歩くくらいなら大丈夫だからね? 

 

「師匠……」

 

 コルンも沈んだ表情で俺を見ている。そんな暗い顔するんじゃないよ。ロクシスもあの三人娘もゴブリン程度に殺されるわけないんだから。あのボスゴブリンは強そうなのが気がかりだけど。そう言って耳をぺったんこにしてるコルンの頭を撫でる。相変わらずモフモフね、君。

 

「すみ、ません……足を、引っ張ってばかり……」

 

 背中からそう呟くのはリミィ。いや体調悪いのは仕方ないんだから気にしなさんなって。君みたいに魔法も使えない俺が何なら一番の足手纏いまであるんだから凹まないで。そう言って慰めながら先を急ぐ。いかん、ポンコツ枠のシャーレイがいなくなってパーティの雰囲気が暗くなってしまった。帰って来てくれポンコツ女騎士! 

 

 いや、ホントにアイツら大丈夫よな? 後から追いかけてきてくれるよな? 

 

 


 

 

「死者の誇りを易々と口にするもんじゃねえ」

 

 そう親父に言われちまって、あの小人族の手記にどんなことが書かれているのかは俺には分からず仕舞いだった。けれど、親父がそう言うってことは無暗に詮索しちゃならねえことだけは分かった。海から来た化け物を一掃した時と同じような顔をしていたのが分かったからだ。

 

「ロクシスロクシス、師匠は何と?」

 

 後ろから追いかけて来た姉弟子のシャーレイが聞いてくるが、俺は肩を竦めて返すに留めた。師匠はノックスと並んで先を急いでいる。コルンもそれを追いかけると、持ち前の鼻を使って俺達を先導していた。

 

「シャーレイ、俺達ゃ情けねえと思わねえか?」

 

「情けない、とは?」

 

 ピンと来てないのか、俺の考え過ぎなのか。だが、俺は胸の内に焦燥感が広がっていくのを感じていた。ノックス兄とライネルはその知識と能力で俺達を纏め上げてくれている。ソーン兄は言わずもがな、俺達の中心だ。アルシェ、ノルン姉はあの骨共を操っていた親玉を倒して師匠の期待に応えた。

 何も出来ちゃいないのは俺とシャーレイだけだ。師匠の期待に応えると大見得を切ってこうしてついて来たのに……、俺は一体何をしてるんだ。そのことをシャーレイに伝えるたが、シャーレイは気にするなと笑い飛ばした。

 

「大丈夫ですよ、私達はきちんと自身の役割を果たせば良い。騎士団では表に立つ役割以外の人間もいますが、それで役に立っていないと気に病む必要はありません。ロクシスも、ギルドを纏めていたのなら分かるでしょうに」

 

 そう言われ、俺は故郷のことを思い出す。そうだ、確かにギルドにも事務方の人間はいる。魔物を撃退、討伐する冒険者がいくら集まってもそれは所詮ただの力自慢のゴロツキと変わらない。事務方がいるからこそ、ギルドは纏まっている。俺だってそういう人間の力を借りてギルドを纏めて来たのだ。

 

「……シャーレイ、あんた、ただのポンコツじゃなかったんだな」

 

「ロクシス!? どうして弟弟子にまで私はポンコツと思われてるんですか!?」

 

 そりゃ、師匠を前にした時のあの様子を見たら誰だってそう思うだろうよ。その後もうだうだと絡んでくるシャーレイをいなしながら俺は前を行く親父の背中を見つめる。親父、俺はアンタに守られてばっかりだ。

 コルンの案内で山を抜けた俺達は、眼下に広がる森、それと中心に聳え立つ巨大な樹に圧倒されていた。

 

「親父、あれは……」

 

「あれが俺達の目指す所だ。あの塔に巣食っているものがいる」

 

 親父はそう言って巨大樹を鋭く睨みつけていた。あそこが、親父の目的地。魔物を生み出す始原の地。

 遠くからでも身体が震えてきちまいそうな威圧感をひしひしと感じる。俺達を、人間そのものを拒絶するような気配が、あの巨大樹からは漂ってきてる。

 

「リミィ!?」

 

 そう思っていると、後ろでドサリ、と何かが倒れる音とソーン兄の焦ったような声。振り返れば、リミィが顔面蒼白でぶっ倒れていた。

 慌てた様子のソーン兄とは対照的に、師匠は冷静な表情でリミィの顔を覗き込んでいた。

 

「すみません……、何故か急に頭が……」

 

「熱は無さそうだ……。急な体調不良。原因が分からん」

 

 リミィの額に手を当てて親父が呟いている。その様子を見ていたライネルが、顎に手をやりながらボソリと呟いた。

 

「瘴気が濃い。魔力を持った人間にとっては辛い環境なのかもしれない」

 

「ライネル、何か知っているのか?」

 

「知っている、訳では無いですが山を抜けてから瘴気を一層濃く感じます。魔力を持った人間には毒になりかねないかと。過去、長耳族は強い魔力を持っていた故に瘴気の影響を強く受けた」

 

 だから魔法使いであり、クランの中でも最も多くの魔力を保有しているであろうリミィが真っ先に影響を受けたのか。

 

「シャーレイやライネルは無事か」

 

「私も多少身体が怠いと感じますが、恐らくはリミィほど魔力が多くないのでさほど影響が無いのかと」

 

「私が持つ銀糸の魔力は魔物への特効と言います。瘴気の影響を中和しているのだと思います」

 

 親父に問われたシャーレイとライネルはそう言って大丈夫だということを示すように肩を回した。魔力を持っている人間に悪影響があるのだとすれば、アルシェやノルン姉もマズいんじゃねえのか。それに親父だって、

 

「師匠は平気ですか?」

 

「俺に魔力は無い。だから瘴気の影響を受けてないんだろう」

 

「魔力が無いとはいえ、ここまでの瘴気です……影響が無いとは」

 

「それを言ってどうなる」

 

 ライネルにそう返した師匠は、リミィを背中に負ぶった。

 

「ここで休んでいても仕方ない。先を急ぐ」

 

 その言葉に否と言う人間は誰もいなかった。なんてタチの悪い場所だ。何が出てくるのか分からん上に、瘴気の影響で俺達の身体が蝕まれるだと? 時間まで俺達の敵になるっていうのか、この忌々しい土地は。

 リミィを担いだ師匠は、人一人担いでいるなんて感じさせない足取りで俺達の前を歩いて行く。山を下りて森に入れば、固く踏みしめられた獣道が森の奥へと続いていた。こりゃ、恐らく小鬼共が歩いて来た道だろう。そこを避けていくことも考えたが、自分から見通しの悪い道を歩いて不意打ちを喰らうくらいならいっそ正面から乗り込んじまった方が良い。親父もノックスもそう考えたんだろう。獣道を前へ前へと歩いて行く。

 

「この道を行けば、小鬼共に遭うことになる」

 

「恐らく、そうなるでしょう」

 

「……今の俺は戦えんぞ」

 

「ご安心を。その為の僕達です。それに師匠も言ったでは無いですか。この旅で、僕達を助けることはしないと」

 

 俺達は皆そこいらの魔物なんかに後れを取ることは無い。そう思えるだけの力を身に付けて来た。それでも、じわじわと自分達の身体が蝕まれていく重圧と、何が出てくるのか分からない緊張感で、普段以上に気をすり減らしてしまっているんだろう。ノックスと親父の静かな会話が、全員の耳に届いていた。

 

「俺はお前達を助けてやれん。……俺は、弱い」

 

 それは親父が初めて見せた弱み。親父が自分のことを弱いと言うところなんて見たことが無い。いつだって親父は強くて、堂々としていて、何が来ようと、負けるところなんて想像もつかなかった。だから、俺にとっちゃ親父がそんなに弱気になっちまう理由なんて欠片も分からなかった。

 ノックスも俺と同じだったのか一度目を見開いたが、その後何かを悟ったように小さく笑った。その笑みは、俺が何度も見たことがある。かつて、故郷の町が海獣によって港を閉ざされ、緩やかに死に向かっていた時、漁師が浮かべていた笑みと似ていた。何かを諦めたような、逃れられない運命を受け入れたような、そんな笑み。

 

「師よ、皆覚悟の上です」

 

 ローエンがそう言って親父の肩に手を置くが、親父は悲しそうな目でそれを見つめ返すだけだった。何故師匠はそんなに悲しそうな目をするんだ。俺達は親父の為に集った。たとえ俺達が死んじまうとしても、親父の本懐を遂げられるように……。

 

 ああ、そうか、そうだったのか。親父が弱いと言ったのは、親父の弱みは、まさに俺達だったのか。

 

 親父一人だったら、俺達に気を配りながら旅をする必要なんて無かった。

 親父一人だったら、こうして瘴気の影響で倒れた仲間だっていなかった。

 親父一人だったら、他に誰かを守るだなんて考える必要がなかった。

 

 俺達は、親父の守るべき対象で、親父の弱みなんだ。助けないだなんて言っておいて、親父はずっと俺達のことを気に掛けていた。親父が弱くなったのは、親父がその力を十全に発揮できないのは、俺達が不甲斐ないからだ。

 

 ソーン兄や他の兄弟もそれに気づいたのか、皆沈痛な面持ちだった。ノックスはだからこそ笑ったのか。自分達が親父の足手纏いでしかないという事実に気付いて、師匠の後を追って来たことで逆に師匠の足枷になってしまったから。

 だが、そうやって感傷に浸る暇をこの土地は俺達に与えちゃくれない。周囲に感じる物々しい気配に俺の手は自然と得物に伸びていた。

 

「囲まれました」

 

 ノックスの声に警戒が強まる。この道を通る俺達を囲んで来る相手、つまりそれは。

 俺の予想の正しさを証明するように、木々の間から続々と現れる小鬼共。町で迎え撃った時とは異なり、こうして囲まれているとなると厄介この上ない。

 

「数が多い……!」

 

「ウザってえな!」

 

 ローエンと俺の口から思わず文句が漏れちまう。こんだけの数、まともに相手してたら日が暮れちまう。あんまり時間を掛けてるとリミィの容態もそうだがシャーレイやアルシェ、ノルン姉、ノックスのような他の魔力持ちだってどんな影響が出るか分かったもんじゃねえ。魔力を持ってない俺ならまだ他の奴よりも長く動けるだろうが……。

 そして更に俺の心を折るような存在が小鬼の群れの中から姿を現した。

 

 ソイツは他の小鬼とは明らかに違った。灰色の肌、額から突き出た三本の捩じれた角。その体躯は通常の小鬼を遥かに上回る。まさしく、“鬼”。

 

 不思議だった。どうして小鬼なんて呼ばれているのか。コイツらはとてもじゃないが小鬼だなんて可愛いもんじゃない。俺達と遜色ないどころか、俺達を上回る身体を持っているくせに小さいなどと呼ばれているのは何故か。

 その疑問は目の前の存在によって氷解した。コイツに比べたら、確かに周りの奴らは小鬼だろうよ。剣を握った手が微かに震える。それは俺だけじゃない。シャーレイも、ローエンも同じだ。目の前の鬼から醸し出される威圧感に、俺達は揃って気圧されていた。

 

 

「あれは、ちょっとマズいかもしれません」

 

「だけど退いたところで意味が無い」

「ここまで来た以上、退く選択肢は無い」

 

 腰が引けそうになっているシャーレイを庇うように、アルシェとノルン姉が前に出る。情けねえ、こんなときですら、俺達は兄弟子や姉弟子に守られてるのか。

 

 そんな情けねえ男が、あの人の息子を堂々と名乗っていいのか? 

 

 そんな弱っちい男が、胸を張ってあの人と旅をしたと言っていいのか? 

 

 違う、そうじゃねえだろう! 海の男は、陸に上がっても強い。あの人が息子と認めてくれたのに、あの人の弱みなんかで終わってたまるか! 

 俺はアルシェとノルン姉を手で制し、鬼の前に立つ。

 

「ここで足止めされてちゃ意味が無え……ノックス、師匠達を連れて先に行け!」

 

「ロクシス!?」

 

 ノックスが驚いている。親父も、ソーン兄達も信じられないような目で俺を見ているが、俺はトチ狂ったわけじゃねえ。

 

「リミィの奴がぶっ倒れて使い物にならねえ。俺達だっていつまでもここに居たらどうなるか分からねえ。ってことはここで全員がぐずぐず足止めさてちゃどっちにしろ詰みだろうがよ!」

 

 だとしたらこの場の最善は何だ? 誰かがコイツらを足止めして先に進む、それしか無い。

 

 俺に魔力の才能なんて無い。

 

 ソーン兄ほど親父の剣理に近づけたわけじゃない。俺の剣はただ、自分の力を押し付けて叩き斬ってるだけだ。

 

 ノックスやローエンのように人の上に立つような人間でもねえ。

 

 だったら! この場に残ってこのクソッタレ共を相手にするのは俺しかいないだろうが! 

 自分を奮い立たせるように肩に力を籠めて目の前の小鬼共を睨みつける。そんな俺の横に、シャーレイとアルシェ、ノルン姉が並んだ。

 

「流石にこの数を一人では無茶でしょう」

 

「弟弟子を助けてやるのも姉弟子の務め」

「四人いれば十分。他はさっさと進めば良い」

 

 そう言って俺に目配せしてくる姉弟子。お節介だと突っぱねるよりも先に、安心を覚えてしまった情けない自分を殴りたくなる。

 

「ロクシス、シャーレイ、アルシェ、ノルン。あまり待たせるなよ」

 

 俺達の背中に掛けられた親父の声。

 

「瘴気は俺達を蝕むだろう。だが、それすらも俺達を阻むことは出来ん。その術を、お前達は既に身に付けている。お前達は俺よりも遥かに強い。だから」

 

 あの程度の連中に、負けるな。

 

 ああ、その言葉だけで、俺は何倍も強くなった気分だ。

 

「任せろ、親父!」

「後背はお任せを!」

「次は師匠の手を煩わせない」

「すぐに追いつく」

 

 俺達を襲っていた恐怖は気付けば無くなっていた。親父の言葉には、それだけの力がある。俺達を奮い立たせ、前に進ませ、恐怖に打ち克つ力を与えてくれるのは、いつだって親父の言葉だった。

 

「では四人を殿に中央突破ですね。先頭はソーンと僕が」

 

「側面は俺とライネルが守る」

 

 ノックスとローエンの言葉に合わせ、俺達は陣形を密集させる。親父とリミィ、コルンを中心に、敵陣に風穴を開けるノックスとソーン兄。開けた穴が塞がれないようにするためのローエンとライネル。そして追っ手を押し留める俺達四人。

 

「行きますよ!」

 

 その言葉を合図として、俺達は一塊となって小鬼の壁へと突っ込んでいく。前方は平気だ。俺よりも遥かに強いノックスとソーン兄がいる。俺の役目は、前を行く皆に小鬼共の汚え手が掛からないようにすること。ただそれだけに集中すれば良い。

 思い出すのは親父と共に浜辺で海獣共を相手にしたあの日。あの日だって、俺は親父の言葉に背中を押された。今この時だってそうだ。迫る小鬼共を叩き伏せながら、俺は自然と口元に笑みが浮かんでいた。

 

 そして小鬼の壁を突破した親父達は、そのまま森の奥目指して走っていく。俺とシャーレイ、アルシェとノルン姉はそれに背を向け、こちらに向かって来る小鬼を迎え撃つ。

 

「さあ、掛かって来な! 薄汚い小鬼共! てめえらなんぞ荒れる海に比べりゃ可愛いもんよ!」

 

「いつもの調子が出てきましたね、ロクシス!」

 

「しょぼくれた顔よりもよっぽど良い」

「姉弟子を心配させるなんて生意気な弟弟子」

 

 どうやら俺の弱気の虫は姉弟子にはお見通しだったらしい。情けなくって笑うしかないが、それは目の前のコイツらを片付けてからでも遅くはねえだろう。

 

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