後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

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俺の弟子はそんなこと言わない

 しばらく歩き続けて、日もだいぶ傾いてきたところでノックスがこの辺りで野営しようと提案してきた。俺もリミィをずっと担いで歩いてたからそろそろ休みたかったしちょうど良いやと承諾して上着とか布を重ねてちょっとでも場所を整えてからリミィさんを寝かせる。申し訳ないって? いやいや、パーティ唯一の魔法使いなんだからそりゃ丁重に扱いますよ! あ、今日の所は後はソーンに任せた。ちゃんと彼女の面倒見ろよ! 

 

 ということで俺はローエンとノックスの野営準備を手伝うことに。火起こしなら任せろー。てきぱきと辺りの木の魔物をパカパカと斬って薪にしていく。斬った傍からカラッカラに乾いていくとかやっぱりこの木の魔物弱いくせに資源として有用過ぎるな? 

 後は細い木の枝と枝を死ぬほど擦り合わせてな? 火種作って適当にこしらえた毛玉に火を移して枯れ葉に火が付けばこっちのもんよ。火が付いた後はローエンが飯作りを買って出てくれた。ライネルとノックスは二人してドワーフの黒歴史日記を見ながらあれこれと話してるしソーンとコルンはミリィの看病を熱心にやってくれている。あれ、俺ボッチ? このまま焚火の前で飯出来るまで三角座りし続けるとかちょっと耐えられないんですけど? 

 一人だけ何の仕事も無くハブられた空気感のままなのが耐えられなかったので立ち上がって森の中に歩いて行く。何しに行くかって? いや、ちょっと日課の素振りでもして来ようかとね? 決して気まずいわけじゃないからね? 

 

 なんとか居辛い空気から立ち去ることが出来た俺は、少し開けたところまで来ると徐に素振りを始める。そりゃ俺もクソ雑魚だけどさぁ、流石にロクシスとかを置き去りにしてきたことに思うことが無いわけじゃないんですよ。アイツら結局全然追いついて来ないし。歩いてた時もめっちゃ気まずかったし空気も死んでたんだけど!? 

 もやもやした気分を振り払うように一心不乱に素振りに打ち込む。リスとか狼とか馬の魔物だけじゃなくてゴブリンやらスケルトンも倒して来たし、そろそろ俺もある程度レベルアップしてるんじゃねえかなぁ。弟子には勝てないんだろうけど。

 

 そうしてしばらく無心に剣を振りまわしていたのだけれど、ちょっと息も切れてきたので素振りを一回止め、ボーっと空を眺めて息を整える。小声でステータスオープンとか呟いてみたけどやっぱり何も表示されなかった。ちょくちょく挑戦してるけど悉くお約束が通じない世界だよな、ここって! ちゃんと強さとか数値化してくれないと俺が強くなってるかどうか分かんないんですけど! 

 なんて一人でブツブツと不審者ムーブをしていると背後からガサリと物音。まさか、今の情けない姿がノックス辺りに見られたというのか!? 

 慌てて振り向くと、そこには驚くべきことにボロボロになったロクシスの姿が! 生きとったんかワレェ! 

 

「あの小鬼共を何とかぶちのめして、ようやく追いつけた」

 

 ロクシスは疲れたように笑いながらこっちにフラフラと歩いてくる。いやマジでボロボロやん。というかアルシェ達はどうしたん? 

 

「他の奴らはもう野営地に戻ってる」

 

 なるほどね、もうアルシェ達はノックス達のところにいて休んでるのか。ていうかそれならロクシスも休んでたら良いじゃない。わざわざ俺を呼びに来なくてもローエンとかに任せてたら良かったじゃない。

 

「いいや、俺は一番に報告したかったんだよ。俺が成し遂げたことをな」

 

 はえ~、弟子の鑑みたいなこと言ってますよこのロクシス。どうしたん? 疲れて正常な判断能力失ったん? 君絶対そんなこと言わないでしょ。普段から俺のことオヤジオヤジって言って弄ってくるじゃん。

 

「それよりも、一緒にノックス達の所に戻ろうぜ、師匠」

 

 あー、うん、確かにそうっすね。……ん? 

 ロクシスに促されて足を踏み出した俺だけど、ちょっとした違和感にピタリと立ち止まる。目の前のロクシスは怪訝な顔をしてこっちを見ていた。

 

「ん? どうしたんだよ、師匠?」

 

 いや、なーんか違和感あるんですけど。君本当にロクシス? 

 

「は? 何言ってんだよ師匠。他に誰に見えるってんだ」

 

 ちょっと怒ったような顔になって近づいてくるロクシスに対し、俺は手に持った剣をじっと見つめる。いやまさかとは思うけどさぁ。まあもし本当だったら結構趣味悪くない? これに関しては俺もちょっとオコだよ? 

 俺は剣を両手で握るとロクシスに向かって思いっきり振り抜く。本当にロクシスだったら俺の剣程度あっさり受け止めるだろ! 

 そう思っていたら俺の剣はあっさりとロクシス(仮)の胸を切り裂いていた。

 

「がっ!? し、しょう……何故……!?」

 

 驚きと苦悶の入り混じった表情で俺を見つめるロクシス(仮)だが、切り裂かれた胸からは一滴たりとも血が出ていなかった。やっぱり偽物だったじゃないか! 

 俺を騙そうなんざ百年早いんじゃい! こう見えて観察眼にはちょっと自信あるんですよ? じゃないとリスの魔物にぶっ殺されてたからな! というかロクシスは俺をオヤジって呼んで弄ってくるから師匠とはあんまり呼ばないんだよ! しかも俺でも勝てるゴブリン程度にそこまでボロボロにされる訳ないだろ! ボスみたいな奴もいたけどそれだってあのバーバリアン双子がいりゃ何とでもなるだろうしな! 

 ロクシス(仮)は俺の言葉を聞くと目をグルンと白目に裏返し、バタリと地面に倒れ込んだ。気が付けばその姿はロクシスじゃなく、ゾンビみたいな見た目の青白いヒョロガリゴブリンに変わっていた。魔法も使えるゴブリンだと? 小癪な。

 自分でも気がかりになっていたロクシス達の姿で現れただけに苛立ちも一入だ。そう思ってゴブリンを睨みつけていたら目の前の茂みから物音。また偽物でも現れるのかと睨みつけていたら姿を現したのはローエンだった。

 

「師よ! ご無事ですか!?」

 

 なんだなんだ? 次はローエンの偽物か? そう思って剣を構えると、ローエンは手を目の前に翳して慌てて後ずさる。

 

「お、俺は本物です! 師の偽物が現れたので師の下にも何か現れたかもしれないと思い、様子を見に来たのです!」

 

 ほーん、じゃあロクシスは俺のことなんて呼ぶのか当ててみ? 

 

「え? お、オヤジと呼ぶのでは?」

 

 うん、コイツは本物のローエンだな、ヨシ! そんじゃあノックス達のところに戻るか。てかローエンちょっと震えてない? もしかして寒い? 森に入ってからはそんなに寒くないと思ってたんだけど。

 

「い、いえ、そういう訳では無いのですが」

 

 俺が聞くとローエンは目を逸らしながらそう答える。え、何よ、気になるじゃない。とはいえこれ以上詮索しても言ってくれ無さそうだし話題を変える。そういえばローエン達の所に現れた俺の偽物ってどんな感じだったんよ? 

 

「……あまり話したくはありません」

 

 俺が聞いた途端に滅茶苦茶怖い顔になったローエンが吐き捨てるように言う。めっちゃ怖いんですけど。なに、そんなに変な偽物出て来た? 似ても似つかないってことは普段の俺と違ってカッコいいことでも言いまくってたんですかね? まあローエンが怖いからこれ以上聞けないんですけどね! 

 俺とローエンが野営地まで戻ると、ノックスとソーンが心配そうな顔で駆け寄って来た。大丈夫だったかって? そら大丈夫よ。たかがゴブリン一匹だからね? 君らからしたらよっぽど信用ならない腕だろうけど俺だってゴブリン一匹程度なら何も苦労しないから。そう言って俺は焚火の傍に腰を下ろす。

 

「小人族の手記をライネルと解読したのですが、あれは我々の記憶を読み取り、その姿を借りて現れる狡猾な敵のようです。過去の勇者達も苦戦したらしく、仲間内だけで通じる符号を作って対策していたのだとか」

 

 隣に腰を下ろしたノックスがそう言って本を開いて俺に指で示しながら話してくれる。うん、解説してくれてるところ悪いけど俺一文字たりとも読めないからね? そうやって教えてくれても何一つ読めてないんです。とはいえそんなことを正直に告白するわけにもいかず、俺はいかにも分かってますよという空気を出してもっともらしく頷くくらいしか出来なかった。うんうん、そうなんですね。そういえばノックスもライネルも俺の偽物だって一発で分かったりしたんですかね? 

 何気なく聞くと、火に当たっていて暖かいはずなのに空気が氷点下に冷え込んだような気になった。何故かって? ノックスもライネルもソーンも滅茶苦茶恐ろしい表情になってたからだよ! 

 

「あれは、偽物と呼ぶにも烏滸がましい」

 

「師匠の匂いじゃなかった」

 

 そ、そうですか。聞いた俺が悪かったから怖い顔するのやめよう? というか匂い? コルンさん、俺ってそんなに臭うの!? そりゃ旅してて風呂に入れてなくて布で身体拭うくらいしかしてないもんで多少は臭うかもだけどさぁ……。え、俺がこれ以上臭くなったら本物だろうが斬り捨てられるんじゃ……? 

 この話題を続けていても俺の神経と胃壁がすり減るだけなので強引に話を変える。そういやリミィは大丈夫かね? 休んだお陰でちょっとは回復した? 

 

「は、はい……。何とか動ける程度には。ライネルが魔力を展開してくれたお陰か、瘴気の影響も少なくなったようです」

 

 へえ、そんなことも出来るんですねライネル。やはりお前が主人公か。というか魔法使えないとか言ってたのにいつの間にかしっかり成長してますねぇ! 

 

「無造作に魔力を放出しただけです。大きな効果は無いですが、やらないよりはマシかと」

 

 俺が褒めるとライネルが照れたように頬を掻く。イケメンは照れ顔も絵になるんだなって。コルンもそう思わん? 

 

「本物の師匠の匂いだ」

 

 なんで君はずっと俺の背中に貼り付いてワケ分からんこと言ってるのよ? 本物も何も今の俺ってただただ汗臭いだけよ? 

 そう言ったのにコルンは俺の背中から退く気配を見せない。というか腹減ったからそろそろ飯にしませんかね? ローエンが何か用意してくれたんじゃないの? 

 

「ああ、そうですね。とはいえ大したもんじゃないですが」

 

 ローエンが焚火に掛けていた鍋を火から下ろすと蓋を外す。中には保存性の高い干し肉と根菜が浮かべられた簡単なスープ。まあ野宿飯と言ったらこうなるよね。後は固いパンと固いチーズがあれば立派なキャンプ飯よ。俺は背中に引っ付いていたコルンを引き剥がすと、ローエンからスープの入った器とパンを受け取ってもそもそと食べ始める。

 

「そういえば師よ」

 

 俺がパンをスープに浸しながら食っていると、ライネルが何か聞きたそうな顔で話しかけてきた。

 

「師はあの偽物をどうやって見破ったのですか? 見た目だけは完璧に私達を模倣していました」

 

 まあロクシスだったら言わないようなこと言ってきたし、なんというか雰囲気がおかしかったんですよ、うん。実際は本物か偽物か半々かなぁなんて思いながら斬りかかったのは内緒。見たら分かるとかちょっとカッコつけて言っておけば良いや。

 そう言うとライネル達は互いに顔を見合わせると、何か引き攣ったような顔で笑っていた。え、俺だけ理解できてないんですけど。なんで君ら引き笑いしてるんです? 俺めちゃくちゃ滑ったりした? もしかして半信半疑で斬りかかったことを察してコイツやべー奴だとか思って苦笑いしてたりする? 

 

 


 

 

「今日はこの辺りで野営しましょう」

 

 先頭を行くノックス様の声で俺達は足を止める。道から外れて木々の間に入って行くと、ノックス様は下草を刈り、俺は石を並べて即席の竈を作る。その間に師匠は背中に担いでいたリミィを寝かせる場所をコルンと共に作っていた。

 旅を始める前、まだ領にいた頃は野営の準備だって拙い手付きで、騎士団の皆からからかわれながら教わっていた俺の主は、気が付けば立派な旅人になっていた。

 

「ご、ごめんなさい。足を引っ張ってばかりで……」

 

 地面に横たえられたリミィが申し訳なさそうに師匠に向かって零すが、師匠は気にするなとばかりに彼女の額に浮かんだ汗を拭った。

 

「俺達が頼るときがこの後に来る。それまで体力を少しでも回復させておかねばな。ソーン、後はお前に任せる」

 

「おう、任せてくれ!」

 

 師匠はそう言ってリミィの看病をソーンに任せると、俺の方をチラリと見てから火の準備をすると言い残して森の中に分け入っていく。そして少ししてから戻って来た師匠の腕には、魔樹のものであっただろう木片が大量に抱えられていた。

 

「斬ってすぐに薪になるとは便利なものだ」

 

 魔樹と言えばその強度は鋼にも迫ると言われる硬さを誇る魔物だ。それに蔓を柔軟にしならせて敵を打つので、根を張って動けないのを良いことに遠距離から火矢を射かけたり、魔法で焼いてしまうのが正攻法だ。そんな魔物を剣一本で、あまつさえ薪呼ばわり出来るような存在は師を除いて他にはいないだろう。

 俺やソーンは荷物の中にいくばくかの薪を残していたからそれを使おうと思っていたが、この分だとその必要は無いらしい。ライネルに目をやれば、彼は師匠のこれを以前にも見ていたらしく、小さく笑って肩を竦めていた。

 

「火は俺が熾そう」

 

 師はそう言うと俺の隣にしゃがみ込み、器用に枝を擦り合わせて火種を作るとあっという間に火をつけてしまった。師はこれまでずっと一人で旅をしていたのだから当然なのだが、その手際の良さに内心舌を巻く。火を熾すのは簡単に見えて中々難しい。慣れれば簡単とは言え、いつでも有り合わせの物で火を付けられるようになれば旅人として一人前だとはよく言ったものだ。

 感心だけしている場合じゃない。火をつけてもらったのだからさっさと飯の用意をしなくては。俺は自分の荷物から鍋を引っ張り出すと火にかけ、水筒の水を鍋に注ぐ。

 その作業の横、火の明かりを頼りにノックス様とライネルが小人族の手記を開いて頭を寄せ合って解読していた。

 

「リミィ、調子は大丈夫か?」

 

「平気。むしろずっと師匠さんにおぶってもらって申し訳ないくらいよ」

 

 ソーンとコルンは共にリミィの傍らに腰を落ち着けている。横になっているリミィも言葉では気丈に振る舞っているものの、その顔色はあまり良くは無い。瘴気の影響がここまで強いとは予想外だった。魔力の素養に乏しい自分やソーン、勇者の末裔であるライネルはともかく、ノックス様はリミィや双子達、シャーレイほどでは無くとも魔力の才に恵まれている。瘴気の影響を確実に受けているはずだ。だというのに彼は真剣な顔でライネルと共に手記の解読を進めている。少しくらい休んでも罰は当たらないものを。

 

 そんなノックス様達をしばらくぼんやりと見つめていた師匠は、突然何か思い至ったように剣を片手に立ち上がり、再び森へ向かって歩を進めた。

 

「師匠、どうされたのですか?」

 

「……少し身体を動かしてくる」

 

 俺の問い掛けに剣を少しだけ掲げてそう答えた師匠は、それきり何も言わずに木々の間に消えて行った。あの人のことだから森の中で魔物に襲われて苦戦するということはまったく考えられないが、それでも迂闊な行動だと思う。とはいえそれを止めることを許さない雰囲気が、師匠の背中から立ち昇っていたのもまた確かだ。食事の用意をしていた俺だけでなく、ノックス様もライネルも、ソーンとリミィも師匠が歩き去った先を見つめていた。

 

「師匠さんは一体何をしに行ったの?」

 

「多分、いつもの鍛錬だよ」

 

 リミィの疑問に、傍にいたソーンが答えた。最初の弟子であり、最も長い時間を師と共に過ごした者。それ故に師匠を最も理解しているのはソーンで、ソーンを最も理解しているのも師匠だろう。その彼が言うのだから、間違いは無いと思う。

 

「何があっても、どんな時でも師匠が鍛錬を欠かしたことは無かった。だから師匠は強いんだよ、俺達よりもずっと」

 

 そう呟くソーンの言葉に、自分の未熟を指摘されたような心地がして俺は師匠が向かった先から視線を逸らし、黙々と食事の用意を進めた。食事、と言っても塩漬けの肉と木の根のような根菜を沸いた水でふやかしたようなスープと固い黒パンにチーズ。これでも旅の最中の食事としては豪勢な部類だ。山に入るまでは雪と狩りで水と肉に困ることは無かったが、この辺りは瘴気に満ちた敵地。自分達で持ち込んだもの以外は極力口にすることは避けたかった。

 

「ライネル、この手記の記述……」

 

 食事の準備をしている横で、ノックス様が何かに気付いたのか、ライネルに手記を指差していた。

 

「……銀糸の魔力は瘴気の影響を軽減し、その魔力を用いて勇者は旅の仲間を瘴気から守った」

 

 ノックス様が指差していた部分を読み上げたライネルは、すぐに立ち上がると、右手を頭上に翳した。

 その右手に勇者の証である銀の魔力が収束していき、次の瞬間には野営地一帯を包み込むように薄い膜となって広がった。その膜はすぐに薄れて見えなくなってしまったが、心なしか先ほどまで淀んでいた空気が入れ替わったような心地を感じた。

 

「これは、先ほどまで感じていた気怠さが消えています。とはいえ僕のこれはただの思い込みかもしれませんが」

 

「実際に効果はあると思う。私もさっきよりよっぽど気分が楽になったから」

 

 ノックス様の言葉に、リミィが半身を起こして同意する。

 

「なるほど、拙いながらに魔力を放出すれば瘴気の影響を軽減出来る、と」

 

「改めてこの手記を遺した小人族の王に感謝をせねばなりませんね」

 

 自分の右手を見つめながらそう呟くライネルと、手記の表紙を優しく撫でるノックス様。魔物達の勢力に対する最前線に立ち続け、人類の生存権を守り続けた小人族。彼らがどのような想いで戦い続けたのかは今や知る由も無いが、俺達はそれに対する敬意を忘れてはならないだろう。

 そう考えていた俺達の耳に、辺りの木々をかき分けるガサリ、という音が届く。先ほどまでの和やかな空気は一転、俺達は全員剣を片手に音のした方向を睨みつける。

 その音は、こちらを目指すように近づいてくる。だが、歩いているにしてはその音はやや不規則だ。それはまるで、足を引き摺っているような……。

 

 そしてついにその音の主が火の明かりの下に姿を現す。

 

「……離れるべきでは無かった」

 

 左腕がダラリと垂れ下がり、力無く開かれた手の先からは血が滴り落ちている。左肩から腰にかけては獣の爪で引き裂かれたかのような痛々しい傷が見えており、そこから溢れた血が上半身のみならず下半身まで血に染めていた。

 つい先刻、剣を片手に森へと分け入って行った師匠が変わり果てた姿で俺達の前に姿を現したのだ。

 

「師匠、ですか?」

 

 俺がそう問いかけると、師匠は俺にチラリと視線を向けた。

 

「情けない、姿を晒した……」

 

 そしてそう言って膝から地面に崩れ落ちる。その姿に慌てて駆け寄りそうになったところで、リミィの傍についていたコルンが今にも斬りかからんばかりの様相で睨みつけているのを、そしてソーンが険しい表情で師匠を睨み続けているのに気が付いた。あの二人が師を前にして、それも傷ついた師を前にしてこのような態度を取り続けるものか? 

 そこまで考えたところで、俺は師の姿に違和感を覚えた。ここまで出血しているのに、どうして血の臭いがしない……? 

 

「……なあ」

 

 ソーンが剣を片手に師匠に近づいて行く。静かな声だが、たった一言に抑えきれない怒りが滲んでいるのが見て取れた。

 

「ソーン、すまないが手を貸して……」

 

「その下手な芝居はいつまで見てりゃ良いんだ?」

 

 ソーンへと縋るように手を伸ばした師匠の腕を、ソーンの剣があっさりと斬り飛ばした。

 

「何を……!?」

 

 驚きに目を見開く師匠の姿をした何者か。だが、逃げようとしても既にソーンの間合いの中に入り込んでしまっている。

 

「よくも俺達の前で師匠の姿を騙ったな?」

 

 そしてその次の一閃で師匠の姿をした何者かはその首をあっさりと斬り飛ばされていた。地面に倒れ込んだ首から下は先ほどまでの姿から一変し、手足が細長く、腹だけが異様に膨らんだ青白い小柄な小鬼の姿へと変わっていた。どうして見破られたのかが分からないと言いたげな驚愕の表情のまま、本来あるべき胴体と泣き別れした首が地面に転がっていく。

 

「やはり偽物でしたか」

 

 ライネルがそう言って銀の魔力で小鬼の死体を消し飛ばした。彼も気付いていたのか。

 

「師が魔王以外に後れを取ることなど想像もつきませんし、何より血の臭いすら偽装できないとは。私達も舐められたものです」

 

 恐らくは小鬼の包囲網とは別動隊。森のより中心部を住処とする小鬼の一種だとノックス様とライネルは分析する。

 

「小人族の手記にも少しですが記述がありました。味方の姿を借りる卑劣な魔物がいると。仲間内で符丁を作って対策していたようですが」

 

「それも必要無かった。師匠の匂いじゃない」

 

 コルンはそう言って鼻を摘まんだ。なるほど、コルンはその嗅覚で師匠のものではない匂いに気付き、偽物だといち早く看破していたわけか。それに比べると、俺はソーンとコルンの二人を見なければ気付けなかったあたりまだまだだと言えるかもしれない。

 そう考えたところで、ふと思い当たる。俺達の前に偽物が現れたということは、今一人で鍛錬をしているであろう師匠の下にも同じような偽物が現れているかもしれない。あの師匠がこんな偽物に騙されて手傷を負う姿が想像できないが、それでも様子を見に行っておくべきだろう。

 

「しかし、俺達の前にこの偽物が現れたとすると師匠の所にも出たかもしれませんね。少し様子を見てきます」

 

 俺はソーン達に懸念を伝えると、火の番をノックス様に任せて師匠が入って行った森の中へと歩を進めた。

 森の中は、師匠が自分の通り道を示すように枝を折って進んでいったらしく、さほど迷うことなく後を追うことが出来た。しばらく歩いて行けば、前方にやや開けて月明りが差し込んでいる場所が見えてくる。その月明りを受けて佇んでいるのは、やはり師匠だ。だが様子が少しおかしい。

 

「がっ!? し、しょう……何故……!?」

 

 そして聞こえてきたのはこの場にいないはずのロクシスの声。声の調子から察するに、やはり師匠に変装を見破られてしまい、斬り捨てられたのだろう。

 

「今の俺の前で、よくもその姿を騙れたものだ……!」

 

 木々の間から聞こえてくる師匠の声に、俺は自分でも気づかぬうちに息を止めていた。

 それほどまでに、師匠の声に籠められた怒りは壮絶なものだった。今、自分がこの木の後ろから飛び出して行ってしまえば、問答無用に斬られてしまうと確信してしまうほどに。

 

「ロクシス……」

 

 地面に倒れた魔物を睨みつけながら、師匠は小さく呟いた。その声はとても小さなものであるはずなのに、何故か俺の耳に良く届く。どこかやるせなさを滲ませたその声に、俺の身体にかかっていた金縛りは解け、俺は息を切らしながら師匠のもとに姿を現すことが出来たのだった。

 

「師よ! ご無事ですか!?」

 

 そう言って師匠へと近づこうとすれば、俺が目にも負えない速度で剣が喉元に突き付けられる。その剣以上に、師匠の全身から放たれる殺気に、一旦は引いていたと感じていた冷や汗が全身にどっと噴き出す。

 

「お、俺は本物です! 師の偽物が現れたので師の下にも何か現れたかもしれないと思い、様子を見に来たのです!」

 

「……ロクシスは俺を何と呼ぶ?」

 

 しどろもどろに弁明する俺を前に、突き付けた剣を僅かにブレさせることも無く師匠は問う。ロクシスが師匠を何と呼ぶか? 彼が師匠を呼ぶときは、他の弟子達とは違う呼び方をする。そんなもの、ロクシスと共に過ごしていればすぐに分かるようなことだ。

 

「え? お、オヤジと呼ぶのでは?」

 

「……どうやら本物のようだな」

 

 俺の答えに満足したように頷いた師匠は、そう言って剣を納める。その刀身が完全に鞘に隠れたのを見届けて、ようやく自分は命を繋ぐことが出来たと深く息を吐いた。

 

「気が立っていた、すまない。ノックス達のところに戻るか」

 

「は、はい」

 

 師匠は先ほどまでの殺気を嘘のように霧散させ、俺と隣り合って歩く。修行の日々の中でも、これまでの旅の中でも、ここまで師匠が怒りを露わにしたのを、そしてそれを正面から受けたことは初めての経験だった。

 

 いつだって感情をあまり表に出さず、淡々と剣を振るい続ける師匠。

 

 その姿からは想像が出来ないほどの熱を、怒りを、激情を、さっきは見せていた。それこそ、今思い出しても身震いしてしまうほど。

 

「どうした、ローエン。寒いのか?」

 

「い、いえ、そういう訳では無いのですが」

 

 俺が身体を震わせたのに気付いたのか、師匠が気遣うように聞いてくれるが、とてもではないが正直に言うことなど出来るわけが無い。

 

 ノックス様に仕える騎士、何よりあなたの弟子であるくせに、恐怖で身が竦んでしまったなどという情けないことを。

 

「お前達のところにも俺の偽物が出たと言ったな。どんな偽物だった」

 

 師匠は話題を変えるように俺達のところに出た魔物について問うてくる。けれど、それについてもあまり話したくはない。師の姿を冒涜するようなあの魔物を、俺の口から語ることなど。

 

「……あまり話したくはありません」

 

 そう言えば、師匠はそれきり何も言うことは無かった。俺に気を遣ってくれたのだろうことは容易に想像できる。

 そのまま野営地まで戻ると、ノックス様とソーンが心配そうな表情で駆け寄ってくる。少し時間がかかったから万が一のことがあったのかと思われたのかもしれない。

 

「あの程度の魔物が今更物の数に入るものかよ」

 

 だが、師匠はそれだけ言って二人を黙らせてしまい、そのまま焚火の傍に腰を下ろした。コルンが待ってましたとばかりにその背中に飛びつくと、顔を埋めている。それを肩越しにチラリと見た師匠は、けれど結局何も言わずに焚火に当たっていた。

 

「小人族の手記をライネルと解読したのですが、あれは我々の記憶を読み取り、その姿を借りて現れる狡猾な敵のようです。過去の勇者達も苦戦したらしく、仲間内だけで通じる符号を作って対策していたのだとか」

 

 その隣に腰を下ろしたノックス様が、師匠に手記を見せながら解読内容を伝えていた。師匠も手記を目で追いながら時折頷いている。ノックス様の仰る内容と自分が目を通した内容が間違っていないことを確認しているのだろう。

 

「そういえば、お前達は俺の偽物をすぐに見破ったのか?」

 

 一通りの説明を聞き終えた師匠は、俺やソーンを見回しながらそう言った。

 

「あれは、偽物と呼ぶにも烏滸がましい」

 

「師匠の匂いじゃなかった」

 

 師匠の問いに答えたのはソーンと師匠の背中に張り付いたままのコルンだ。二人とも、一目で師匠が偽物だと見抜いていた。俺も、ノックス様もライネルも二人ほど確信をもって看破出来ていたわけじゃない。

 二人の答えを聞いた師匠は頷くと、今度はソーンの隣で半身を起こしているリミィに視線を移す。

 

「多少は体調も良くなったか」

 

「は、はい……。何とか動ける程度には。ライネルが魔力を展開してくれたお陰か、瘴気の影響も少なくなったようです」

 

「ライネルか。勇者の魔力、ますます使いこなしているな」

 

「無造作に魔力を放出しただけです。大きな効果は無いですが、やらないよりはマシかと」

 

 師匠に褒められたライネルは、そう言いながらも視線を逸らして頬を掻く。その頬が少し赤くなっているのは焚火のせいだけじゃないだろう。

 

「ふっ、もっと誇れば良いものを。コルンもいい加減認めたらどうだ?」

 

「本物の師匠の匂いだ」

 

 師匠がそう言って背中に張り付くコルンを見るも、当のコルンはと言えば師匠の言葉が耳に入っているのかいないのか、先ほどから師匠の背中に顔を埋めたままずっとこの調子だ。

 

「俺の匂いなぞ、ただ汗臭いだけだろうに。さて、ローエンが飯の用意をしてくれたんだろう。さっさと食おう」

 

 師匠は呆れたようにそう言うと、器用に右手でコルンを背中から剥がして摘まみ上げ、ノックス様とは反対側の隣に下ろす。コルンは力づくで引き剥がされて少し不満そうだったが、その不満が口を衝いて出る前に腹の虫が鳴いたため、恥ずかしそうに膝を抱えていた。

 

「ああ、そうですね。とはいえ大したもんじゃないですが」

 

 俺は師匠にそう返しながら全員分の器に鍋の中身を注ぐと、ちぎったパンとチーズと共に皆に配っていく。

 味の方は旅慣れしていなければお世辞にも美味しいとは言えないが、師匠は「上等な飯だ」と言いながらそれを口に運んでいく。

 

「そういえば師よ」

 

 パンをスープに浸しながら食事を進めていると、ライネルが思い出したように声を上げた。

 

「師はあの偽物をどうやって見破ったのですか? 見た目だけは完璧に私達を模倣していました」

 

 その問いに師匠だけでなく、全員の食事をする手がピタリと止まる。俺はその中でただ一人、先ほどの師匠の剣幕を思い出して微かに手が震えていた。

 

「俺がお前達を見間違えるかよ。……魔物は、俺のいっとう大事なものを踏み躙った」

 

 相も変わらず静かに紡がれるその声は、しかし俺がついさっき月明りの下で聞いた時のように確かな怒りに満ち満ちていた。

 言葉の裏にある魔物と魔王への怒りが俺や、他の弟子達にすら考えが及ばない程に大きなものになっていることを否応なく感じさせる師匠の言葉に、俺達は皆顔を引き攣らせることしか出来なかった。

 

 それほどまでに、師匠の言葉に秘められた感情は俺達を心の底から震え上がらせたのだ。

 

 皮肉にも、魔王を討伐することを目指している俺達がその魔王に同情するくらいに。

 

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