後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

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別に倒していただいても構わんのだろう?

 激怒した保護者が突撃してくるというアクシデントこそあったものの、エルフの爺さんの残虐魔法によって事なきを得た俺達は、大樹にエルフの爺さんとノックス、ローエンを残して目的地目指して再出発することになった。

 何故せっかくの戦力を分断するようなことをしたのかだって? ロクシス達が合流するときの目印にちょうど良いしなんか増援っぽい魔物が出てきたから仕方なかったんだよ! それに俺の身を守る以外に弟子達の監視の目が無いと逃げやすいのは逃げやすいからな! 

 蜘蛛を駆除したと思ったら次に現れたのはうぞうぞと這い回るでかい蛇の魔物の大群。なんかノックスとローエンはここは俺に任せて先に行け! みたいなこと言ってたけどたかが蛇になに大袈裟なこと言ってんだ! とは真面目な顔してるソーン達の前じゃ言い出せなかった。空気読めない奴みたいな目で見られそうだし。

 

「塔には門番がいる。その黄玉の目から逃れた者はおらず、その鱗は小人族の打った剣をも弾いた」

 

 エルフの爺さんが意味深に言付けてきた内容が頭から離れない。もっとはっきり喋ってくれませんかね? というか強い魔物なんだったら皆で一緒に行こうよ! 

 

「師匠、ロクシス達は必ずここに辿り着くでしょう。師匠が終わらせる前に追い付いてみせます」

 

 だから死亡フラグみたいなこと言ってんじゃねえ! 縁起でもないだろ! お前らが心配すべきはお前らが追い付いた頃には俺が無惨なことになってるかどうかだぞ! でも元々君らの目的は俺を魔王のとこに連れていってキルすることでしたね! そう言う意味では巧妙に俺を守る盾を減らしていくノックスの知謀に戦慄する。君絶対良い貴族になるよ、うん。特に俺のこと欠片も心配してなさそうな爽やかな笑みとかね。こんなとこで死なないだろうし、故郷の親父さんもこんなに強かに育ったノックス見たら喜ぶんじゃない? ホント、誰に似たんですかね、その良い性格は! 誇らしいよ、まったく。

 

 そしてソーン、リミィ、ライネル、コルンにまで減ったお伴と一緒に塔へと向かってしばらく。森の奥に隠れていた塔の根本にまで俺達はようやく辿り着いたのである。

 

「塔の門番ってのはコイツか……」

 

 俺の隣に立つソーンがやや見上げながらそう呟く。

 

「これを越えた過去の勇者って何者なのよ……」

 

「ウウウゥゥ……!」

 

 リミィも額に汗を浮かべながら、コルンに至っては耳も尻尾も逆立てて唸り声を上げている。うん、そうだよね、パッと見怖いよね。

 

 エルフの爺さんの言う通り、こっちを睨み付ける黄金色の目はギラギラと憎しみの光を放っているし、身動ぎする度に体表の鱗がキラキラと光を反射し、そして極めつけは大地をしっかりと踏みしめる四本足と、そこから生えている太い鉤爪。

 

 ドラゴンが俺達を見下ろしていた。

 

 ソーン達はちょっとビビったように剣を構えているが、ちょっと待ってほしい。なんでドラゴンの癖にさっき出てきた大蜘蛛よりもちょっとデカい程度のサイズしかないの? 俺の想像の半分くらいのサイズしかないんだが? あと翼はどうした翼は! ドラゴンと言ったら翼だろうが! なんでのっそりと地面を這う四足歩行なんだよお前は! せめてティラノサウルスみたいな容貌であれよ! 

 いや、確かに博物館とか図鑑で恐竜を見たことが無い異世界民のソーン達からしたらコイツも怖いのかもしれない。だけど俺からしたらただのステゴサウルスにトカゲがブレンドされてちょっとデカくなったようなくらいなのだ。デカイのは確かに怖くないことは無いけどなんで草食恐竜っぽい見た目になっちゃってるの! せめて肉食っぽくあってほしかった。あと翼が無いのは絶対にドラゴンと認めないからな! お前なんかデカいトカゲで十分だよ! 

 

 まああれだろう。おおかた過去の勇者がちゃんとしたドラゴンを狩り尽くしてしまい、見た目無害そうなコイツのような種だけが見逃されちゃったんだろう。だって片目潰れてるし。切り傷っぽいから天敵に目でも引っ掻かれたんじゃないのか。そう思うとこっちを睨み付ける姿に哀愁さえ感じてしまう。草食動物の決死の威嚇に見える。可愛い。

 ほら、ソーン、こんな奴にビビってどうする。さっさと片付けるよ。え? 怖くないのか? デカイだけのトカゲにビビってても仕方ないだろ! 図体デカイ分だけ動きもそこまで俊敏じゃないだろうし、足を止めなきゃへーきへーき。ソーンが翻弄してエルフの爺さんみたいにリミィが魔法で仕留めたら良いでしょ。

 曲がりなりにもドラゴンなんだろうし、討伐したらソーンの勇名も鰻上りだろう。俺が弟子達の追跡を振り切って無事に帰れたら俺の弟子がドラゴン倒したんっすよって後方ドヤ顔師匠面したい。

 

 そう言うと、ソーンは俺に煽られたことに気付いたのかニヤリと野性的な笑みを浮かべた。

 

「相変わらず俺達がどう言えばやる気になるのかよく分かってるよな、師匠」

 

 口先だけでやってきた自覚はあるからな! 自分で言ってて悲しくなってきたけど俺がクソ雑魚なのは今さらの話なのでもう気にしても仕方ない。

 

「リミィ」

 

「大丈夫、もう動ける。瘴気もどうすれば対処出来るのか、教えてもらった」

 

 え、少し前まではグロッキーだったのにもう瘴気への対抗策見つけたの? リミィ、やはり天才か。俺なんか未だに瘴気とか魔力とか何にもよく分かってないままここまで来てるんですが。まあ動けなくなるくらいに辛い思いするくらいなら魔力使えなくて良かったと思っておこう。じゃあリミィとソーンに任せたら大丈夫だな! 俺とライネルとコルンは先に進ませてもらうか! 

 

「師匠、ですがこれ以上戦力を割いてしまうのは……」

 

 ライネルがそう言って渋い顔をする。まあ弟子達からしたら俺が逃げるかもしれないから出来るだけ監視の目は少なくしたくないよな。でもその思惑に乗ると思うなよ! ここでソーンをパージ出来れば残るはライネルとまだ俺を師匠と慕うコルンのみ。あとは魔王をサクッとライネルに押し付けて倒してもらい、その間にまんまと逃げて俺は再び自由の身になるという寸法よ! 

 とはいえこのことを正直に告げてしまうわけにもいかないので無理矢理でも筋の通った言い訳をする必要がある。うーん、どうしたものか。この程度の魔物にソーンが負けるわけ無いし、さっさと倒して追い付いてくるでしょ。なんせ俺に一番最初に騙された被害者一号ですよ? 俺に対する怒りも一入。その怒りをぶつけりゃトカゲくらい余裕余裕。それに今の魔王は追い詰められてるからな! その証拠に大樹のとこで大群けしかけてきたんだろうし、ここで時間をかけて有利になるのは俺達じゃなくて魔王だったんだよ! 知らんけど。

 

 自分でもよくここまで適当なこと言えるなと感心してしまうくらいに嘘八百を並べ立てると、ライネルもその勢いに流されてしまったのか、納得したように頷いた。デタラメな修行付けてたときから思ってたけど君ホントに素直で良い子だよね、悪い奴に騙されちゃダメだよ? 特に俺みたいな奴には気を付けた方が良いと思うんだ、うん。

 

「ま、俺の後からノックスやロクシスも来るからな。万が一俺がしくじったとしてもアイツらなら仕損じないだろうよ」

 

「今からそんな後ろ向きなこと言わないでよ。ここは私達二人だけで十分、そう言い切るのがいつものあなたじゃない?」

 

「……そうだな、ノルン達と合流する前はずっとリミィと二人でやってきた。今回もいつも通りだ」

 

「そういうこと。私が世界で一番信頼してる剣士なんだもの、あなたは」

 

 あの、独り身のオッサンの前でこれ見よがしにイチャイチャするのやめてもらえます? そりゃソーンとリミィはずっと二人で冒険者やってきたんだってのは聞いてるし、たぶんそんな関係なんだろうなってのは思ってましたけどね? だからって強敵を前にして改めて絆を深めるイベントは俺達が行ってからやってくれると嬉しかったなって。

 二人だけの世界を作り始めたソーンとリミィを直視出来なくなった俺は横にいたコルンの耳をモフッて気持ちを落ち着けることにした。

 

「師匠……?」

 

 コルンはキョトンとした表情で俺を見上げてくる。うん、気にしないで。独身男が癒しを求めてるだけだから。そういえば俺もそろそろ良い歳だよなぁと考えると思わず手が震えてきてしまう。残業……、休日出勤……、出会いが無い……、誰もいない真っ暗な部屋……、ウッ、頭が! 

 

「師匠、大丈夫?」

 

 唐突に俺を襲った将来への漠然とした不安に身体を震わせていると、耳をモフられているコルンはそれを感じ取ったのか気遣わしげな表情でこちらを伺ってくる。気にするな、俺は大丈夫だ。何が大丈夫かは分からんけどな。

 おかしいな、俺の弟子達は順調にヒロインとフラグを立てていくのに、俺に唯一立ってるフラグといえばライネルの妹のユーリを男と間違えていたことによる決闘の白ハンカチくらいなんですが。

 

「よし、師匠達は先に進んでくれ。ここは俺とリミィで片付ける!」

 

 あ、戦いの前のイベントシーンは終わりました? それじゃあ牽制して気を惹いておいてくださいね。その隙に俺とライネル達は横をすり抜けて塔の入り口に走るので。

 

「それなら私の出番ね!」

 

 俺の言葉にリミィが自信に満ちた表情で杖を構える。そういえば彼女の魔法見るのって初めてかもしれない。今までの旅って魔物が出てきたらバーバリアンと化した俺の弟子達がすぐに片付けてきたし、山を越えてからは魔法を使ってる暇もなかったし。

 

「フレイ・エノーマ!」

 

 リミィが魔法の呪文らしきものを唱えると、構えた杖の先から次々と人の頭の大きさ程の大きさの火球が放たれたかと思うと大トカゲに殺到する。そして着弾と同時に大きな爆発を引き起こし、爆炎と爆煙で大トカゲの姿が隠れた。それはつまり俺達の姿も大トカゲから隠されたということで。

 

「今!」

 

 リミィの掛け声に俺は一目散に大トカゲの足下を走り抜けようとする。少し遅れてコルンとライネルも続く。ていうかこの世界ってそんな一言二言くらいの呪文で結構えげつない魔法使えるんですね? もっと長々と詠唱すると思ったら全然そんなこと無くてビックリなんだけど。

 走りながらそんなことを考えていると、俺の目の前に鱗に覆われた壁、ならぬ大トカゲの尻尾が迫る。視界が塞がれたからめちゃくちゃに尻尾を振り回してきたのが偶々俺に向かってきたのだろう。不運すぎません? 

 とはいえ今の俺は嫉妬パワーにより普段の三倍の力を発揮している(思い込み)! トカゲの尻尾くらいぶった斬ってやんよ! こっちに迫ってくる尻尾に合わせて俺も両手に握った剣を下から上に振り上げる。もし斬れなかったときに軌道を上に逸らして潜り抜けなきゃいけないし。

 すると、思っていたよりもあっさりと剣はトカゲの尻尾を切断した。ノックスの剣凄すぎィ! なんで始まりの街未満の街で会った貴族から貰った剣がここまで名剣なのか。ノックスってやっぱ主人公じゃなくて終盤まで使える隠し装備ドロップするタイプのかませキャラだっただろ絶対。

 いきなり尻尾を斬られた大トカゲは相当ビビったのか、かなり激しく暴れているが、俺はと言えば尻尾を斬った隙にもう塔の入り口近くまで辿り着いていたのでコルンとライネルがこっちに到着するのを少し待つ。

 

「師匠速すぎ!」

 

「遅れました!」

 

 暴れまわる大トカゲをなんとかすり抜けた二人がそう言ってこちらに駆けてくる。そりゃ逃げ足には自信あるからね、俺。この足で今まで弟子達から逃げてきたみたいなもんだし。よし、それじゃさっさと中に入るか。入り口、というよりは朽ちて外壁が崩れて空いた穴みたいなところに身体を潜らせる。その前にもう一度だけ後ろで戦っているであろうソーンの姿をちらりと見る。

 ソーンは真っ向から大トカゲに飛びかかると、一撃でトカゲの背中に生えているトゲを斬り飛ばしていた。ひとっ飛びで自分の身長くらいの高さまで飛び上がるとかアイツ人間辞めてるじゃん……。

 

 


 

 

「塔には門番がいる。その黄玉の目から逃れた者はおらず、その鱗は小人族の打った剣をも弾いた」

 

 大蜘蛛達を殲滅して静寂だけが支配する大樹の根本で、長耳族の老人は次に私達の前に待ち受けるであろう敵について教えてくれた。

 

「儂らの同胞も多く犠牲となった。勇者が手傷を負わせたと聞くが……」

 

「躊躇していても越えねばならない壁には違いは無いでしょう」

 

 不安げに呟く老人にライネルはそう言って師匠へと目を向けた。師匠は長耳族の老人ではなく、森の奥、目的地である塔がある方向をじっと見つめていた。ここからは空に伸びる部分は見えても、その根本は鬱蒼とした森に阻まれて見えないはずなのに、只人族は目も耳も鼻も、私のような犬人族よりも鈍いはずなのに、師匠は私なんかよりも遥かに遠くを見通し、些細な兆候を聞き付け、不穏を嗅ぎ付けるように思えた。

 

「師匠、塔も目前に迫ってきています。ご老人と共にここでロクシス達を待つのは……」

 

 ノックスがそう声を掛けようと近づいていく。

 

「長耳族の長老。あなたに聞きたいことが沢山あるの」

 

 その間にリミィが老人の傍らに寄って魔法についてあれこれと聞いていた。リミィは元々、歴史の中に失われてしまった魔法を操る力ある言葉を再発見するために旅を続けていたのだと、その中で長兄にあたるソーンと出会い、一緒に冒険者として活動するようになったのだとこの旅の最中で聞いた。アルシェやノルン、シャーレイのように師匠の隣を奪おうとする雌猫とは違って、リミィはそんな気配が無かったので打ち解けるのも早かった。……アルシェ、ノルン、シャーレイ。小鬼達の足止めの為にロクシスと残った三人の姉弟子達。ちくりと胸を刺す不安を振り払うように頭を振った。姉弟子達がやられる訳が無い。アルシェとノルンだけじゃなく、普段は抜けていてポンコツなシャーレイにも、私は何度も負けた。それくらい強い三人が小鬼に負ける姿など想像出来なかったし、したくなかった。今に私達に追い付いてきて、いつも通り私を子犬扱いするだろう。

 

「全員、武器を取れ!」

 

 そこで唐突に耳に届いたノックスの言葉に、私は弾かれたように立ち上がると剣を抜き放った。

 

「新手か」

 

「蜘蛛の次は蛇、大人気だな俺達は」

 

 ローエンとソーンが私とリミィ、長耳族の老人を守るように前に立つ。彼らの視線の先には、こちらに向かって迫る黒い波のような蛇の大群。その一匹ずつが私の身体を頭から爪先まで締め上げられそうな長さ、そして私の胴回りとそう変わらない太さの体躯をしていた。蛇が群れるなんて聞いたことがない。あれは、間違いなく魔物だ。私達を殺すという目的で統一された軍団だ。

 

「……大樹の灯台。なるほど、ここは良い目印というわけだ」

 

 私の前に立つローエンがそう呟く。後ろから僅かに見える兄弟子の表情は、何かを思い付いたようだった。

 

「ノックス!」

 

「同じことを考えてたよ、ローエン!」

 

 師匠と隣り合って先頭に立つノックスを呼ぶ。それだけで、ただの主従を越えた絆で結ばれた二人は意志疎通が出来たみたいだ。

 

「師匠、ソーン、リミィ、ライネル、コルンは先へ! ここはローエンと僕で凌ぎます」

 

「あの大群をか!?」

 

 ノックスの言葉にソーンが抗議をするように声を上げた。

 

「コイツらを全滅させてもおかわりがあるかもしれん。ならここで足を止めていても仕方ないだろう! それにこの大樹は良い目印だ。ロクシス達もここに来る。アイツらと合流して師匠を追うさ」

 

 ローエンとノックスが提案したのはロクシス達と同じ足止め。確かにローエンの言う通り魔物の軍勢が次々と襲いかかってくるだろうことは想像に難くない。だからと言って、二人だけを置いていっては……。

 

「ノックス、ローエン。本気か?」

 

 師匠がただ一言だけ問う。その表情も、目にも、いつもの師匠から感じ取れる優しさは無かった。険しい顔をしていた。辛そうな顔をしていた。

 

「師匠、ロクシス達は必ずここに辿り着くでしょう。師匠が終わらせる前に追い付いてみせます」

 

 師匠の問いに、ノックスはそう言って笑った。師匠の言葉通り、ノックスとローエンはこの大樹を、長耳族の老人を守るだろう。けれど、師匠の言葉と違うのは二人は師匠が自分達の為に身を投げ出そうとすることを拒んだ。

 

 守られるだけの荷物になるくらいなら、捨て石として手の届かぬところで死ぬ。

 

 二人の言外の意図は、その場にいた全員に伝わった。リミィが悲痛な表情でノックスとローエンの二人を交互に見やる。多分、私も同じ顔をしていた。

 

「……ノックス、お前は良い貴族になった。お前の父も誇りに思うだろう」

 

 ノックスの言葉を聞いた師匠は、重たい口を開くとそう呟いた。現実的に、ここで全員が消耗するくらいなら、魔王の喉元に刃を届かせることが出来る者を先へと進める。その手立ての有効性を師匠も理解しているから、頑なに反対はしない。そうするつもりなら、そもそもライネルと私以外をここまで連れて来ることはなかったのだろう。

 

「師匠は、どう思ってくれますか?」

 

「お前のそれは誰に似たのか……、誇らしいよ。ああ、誇らしいとも」

 

「……その言葉を聞けただけで、僕が今ここに立っている意味がありました」

 

 犬耳族は一族の血の繋がりだけじゃなく、部落全体を一つの群れ、家族として考える。だからこそ、部落の身内は例え血の繋がりが無くとも家族の一員であるし、部落の繋がりは血よりも濃い繋がりとして認識する。

 師匠とノックスの姿を見て、私は幼い頃の記憶を思い出していた。お父さんとお母さんだけじゃない。従兄弟も、長老も、隣のお婆さんも、皆がなんとか私だけでも生き残らせてくれようとしてくれていたのを。一族の誇りは唯一遺された私に受け継がれている。それと同じように、師匠の生き方は、師匠の剣と共にその弟子達に受け継がれているのだ。ロクシスも、ノックスとローエンも、だからこそ魔物の軍勢を前にして恐れない。

 

「儂も、守られるだけでは無い」

 

 そんな師匠の生き方は、だからこそそれを目の当たりにした者を鮮烈に灼く。リミィの隣で座り込んでいた長耳族の老人が捻くれた木の杖を支えに立ち上がる。どこか遠くを眺めていた目は、今はしっかと目の前に迫る魔物を捉えていた。

 

「只人族の魔法使い。今示した言葉は儂らの持つ言葉の一部。それでもお主の持つ魔法を助け、強くする」

 

「ええ、感謝するわ」

 

 何を話し込んでいたのかと思えば、老人は自分が持つ魔法をリミィへと授けていたらしい。それがこの先に無くてはならない役目を持つと知って。

 

「一度は恐れた。二度目は支えられた。なれば三度目は自ら立ち上がらねば。灯し続けよう、この灯台を」

 

 そう言って老人が恭しく杖を両手で掲げると、大樹の先端が太陽のような光を放つ。それに気圧されたのか、大蛇の進軍が止まった。

 

「これで稀代の名剣士が二人に伝説の長耳族の魔法使いが一人。戦力としては十分だ」

 

 ローエンがそう言ってまた好戦的な笑みを浮かべた。灯台の光で大蛇が怯んだ隙に、師匠はノックス達に促され、私達を伴って森の奥へと走っていく。私達の背中から、残ったノックス達が戦っている喧騒が追いかけてきていたけれど、それを振り切るように。

 

 そして今、私達の目の前には私達が目指す塔の入り口が姿を現していた。それと同時に、そこを守る魔物の守護者も。

 

「ウウウゥゥ……!」

 

 食い縛った私の歯の隙間から、唸り声が漏れる。それは自らを奮い立たせるための威嚇。油断すると恐怖に丸まってしまいそうな尻尾を逆立てるための鼓舞に過ぎないと分かっていても。

 

 片目は潰されたのか、引きつった表皮に覆われてしまっているが、残った方の目には憎悪に燃える黄金が爛々と光を放っていた。その眼光は私達を物理的に貫いているのだと錯覚してしまいそうな威圧を伴い、私達を遥かに越える体躯、光を反射する固い鱗に覆われた背には、自然によって磨き抜かれた鋭い棘がみっしりと生えていた。そしてその巨大な体躯を支える太い足にも、その棘を越える鋭さを宿しているだろう鉤爪を備え、私達を切り裂く準備運動だと地面に深い轍を刻み付けていた。

 かつて、勇者達でさえ片目を潰してその脇を抜けるしかなかった、それだけの生命力。

 

 まさしく竜。

 

 私だけじゃない、ソーンも、リミィも、ライネルもその威容に身を疎ませていた。だというのに、師匠はいつも通り剣を手に持ってソーンへと向き直る。

 

「いつまでここに突っ立っている?」

 

「え……?」

 

 師匠の声に思わず漏れた呟きが誰のものだったのだろう。私のかもしれないし、ソーンのだったかもしれない。

 

「ただのデカいトカゲだ。こんな奴に構ってられん」

 

 そう言う師匠の顔には、静かな、それでいて煮えたぎるような怒りが見て取れた。その怒りは、恐らく目の前の魔物じゃなくて師匠自身に向けられているのだと思う。その証拠に師匠の目は目前の竜なんて見ていなかった。

 

「これだけの大きさだ。動きは鈍い。俺達を捉えきれまい。リミィの魔法もある。それに」

 

 そこで師匠は一度言葉を区切ると、自分への怒りを押さえ付けるように小さく息を吸って吐く。そして小さく笑みを浮かべた。

 

 お前は俺の一番弟子だ。お前がコイツを討伐すれば、俺は旨い酒が飲める。

 

 師匠の言葉に、私はこんなときだと言うのに胸の中がどうしようもなくざわついてしまった。この旅が始まる前から、師匠の中で長兄の存在は特別だった。ライネルは勿論そうだ。銀糸の魔力を継ぐ勇者として、師匠じゃなくても誰もがその足跡を、その剣の行く末を期待していた。だけど、ソーンとライネルを並べたとき、師匠が最も信頼しているのは誰がどう見たって前者だ。ソーンと師匠の間には、余人には入り込めない絆がある。どんなに特別な血筋でも、どんなに師匠へ向ける想いが大きくとも、師匠はソーンを一番弟子と言って憚らないし、ソーンも、自らが一番弟子だと言い切る。それだけの実力を持っているし、ソーンはそれに恥じないよう誰よりも自らの剣を練磨して師匠の剣理に近づこうとしてきた。だから私も含めて、他の弟子達もソーンがそう名乗ることを納得し、当然だと考える。

 

 それでも。

 

 もし、一番最初に師匠に出会ったのが私だったら。

 

 最初の弟子になったのが私だったのなら。

 

 私が最初に旅に出て、師匠に追い付けていたなら。

 

 私が師匠の一番弟子になれていたんだろうか。そんなどうしようもなくみっともない幼い呟きが私の心の中を騒がせた。

 

「相変わらず俺達がどう言えばやる気になるのかよく分かってるよな、師匠」

 

 ソーンは師匠の言葉を聞いて俄然やる気が出たとその総身に覇気を漲らせた。

 

「リミィ」

 

「大丈夫、もう動ける。瘴気もどうすれば対処出来るのか、教えてもらった」

 

 ソーンの呼び掛けに応えたリミィの目は師匠をじっと見つめていた。瘴気への対処。その究極の方法は、師匠のように瘴気を自らの力として転用すること。

 もちろんそんな奇天烈な技術を一朝一夕どころか大蜘蛛のところで一度見ただけで完璧にものになんて出来ない。けれど、リミィは持ち前の観察力と天賦の才により、自分を蝕む瘴気への対処を見出だしたと言う。

 師匠もリミィの言わんとするところを解したのか、こくりと頷いた。

 

「師匠、ですがこれ以上戦力を割いてしまうのは……」

 

 けれど、ライネルは黙っていられなかったみたい。不安げな表情で師匠に告げた。たとえソーンが師匠の剣に最も近い実力者であったとしても、たった二人でこの竜を相手にして無事に済むとは思えない。

 

「ライネル、機を逃すな。今もっとも追い詰められているのは俺達か? 違う、他ならぬ魔王だ」

 

 そんなライネルの心配を払拭するように、師匠は言葉を続ける。

 

「大樹の灯台で執拗に大群を差し向けたのは何故だ。俺達の足を止めたいからだ。この竜が俺達に今すぐに向かってこないのは何故だ。俺達がこの先に進まなければ良いからだ。魔王にとって、俺達の頭数を減らすことが重要ではない。他ならぬお前の足を止めることが必要だからだ。銀糸の魔力を持つ、お前を止めたいからだ」

 

 師匠は言う。魔王こそが真に恐れている側なのだと。巧遅よりも拙速こそが今求められていることなのだと。師匠の目は、犬人族の私よりも遥かに遠く、まだ見ぬ魔王さえも見通していた。

 そんな師匠に追従するように、ソーンもライネルに向かって安心しろと言って笑った。

 

「ま、俺の後からノックスやロクシスも来るからな。万が一俺がしくじったとしてもアイツらなら仕損じないだろうよ」

 

「今からそんな後ろ向きなこと言わないでよ。ここは私達二人だけで十分、そう言い切るのがいつものあなたじゃない?」

 

 冗談めかして言ったソーンに、リミィが挑発するように笑みを浮かべた。

 

「……そうだな、ノルン達と合流する前はずっとリミィと二人でやってきた。今回もいつも通りだ」

 

「そういうこと。私が世界で一番信頼してる剣士なんだもの、あなたは」

 

 短いやり取りだけど、互いが互いにとって無くてはならぬものだという想いが伝わってくる。それは私やアルシェ、ノルン、シャーレイが師匠に向けるものと似ていて。

 二人の姿に自分と師匠の姿を重ねてしまいそうになって、また一つ、鼓動を強く感じていると、私の頭に師匠の手が乗せられた。

 

「師匠……?」

 

 旅が始まる前はよくこうして師匠は私の頭に手を置いていたけれど、旅が始まってからはその機会もめっきり無くなった。何故今このタイミングで、と問うように師匠を見上げれば、師匠は気にするなと言って寂しそうに笑った。

 でも、私の頭に乗せられた師匠の手が微かに震えているのを感じた私は師匠の隠しきれなかった内心に気付いてしまった。

 

 師匠がソーンをこそ、自身の一番弟子だと信頼しているのは間違いない。だけどそれはそのまま何があっても大丈夫だと、この瘴気に満ち、魔物で溢れる地で想い続けられるほど楽観的なものでも無かった。思い出せ、師匠は最初にライネルと私だけをここまで連れてくるつもりだったんだ。自分が手の届く、守りきれる範囲だけで。それが今や、師匠の見出だした弟子達はライネルと私を除いて皆、師匠の手の届かない危険に晒されている。それが師匠にとってどれほど心を苦しめることになっているのか。いつも冷静で、静かで、眉一つ動かさない師匠が隠しきれなかった手の震えに、その内心の苦悩が全て現れていた。

 

「師匠、大丈夫?」

 

「大丈夫……大丈夫だ……」

 

 思わず漏れていた私の言葉に、師匠はまるで自分に言い聞かせるようにそう呟いていた。この旅が始まってから、師匠の強いだけじゃない面を見ることが増えた気がする。他の誰よりも、それこそソーン達自身よりも、弟子の強さを信頼しているのに、そして師匠自身も誰よりも強いはずなのに。

 

「よし、師匠達は先に進んでくれ。ここは俺とリミィで片付ける!」

 

 師匠の様子に気付いたのは私だけのようで、ソーンは剣を構えて師匠達に先を促す。

 

「目眩ましを頼む」

 

「それなら私の出番ね! 炎よ、広がれ(フレイ・エノーマ)!」

 

 師匠の言葉に応えたリミィの魔法が竜に向かって飛ぶ。長耳族のお爺さんから授けられた魔法の一つが、大きな爆発を引き起こす火球をいくつも生み出す。小人族の作り出す魔物に特効を持つ剣すらも通さないという鱗を、リミィの魔法が焼く。

 

「今!」

 

 リミィの声が聞こえたと思った瞬間、師匠の姿が私の視界から消えた。動作の起こりすら見せないまま、師匠は竜の足下へと駆け出していたんだ。私とライネルも慌ててその後ろ姿を追う、

 爆煙に巻かれた竜は最悪の視界の中、身体の大きさに任せて滅茶苦茶に手足と尻尾を振り回す。その尻尾が前を走る師匠をちょうど捉えようとしていた。壁が迫っているようにも錯覚するようなそれを前にしても、私達と師匠の足は止まらない。この程度で師匠の歩みを止められるわけがないと知っているから。

 

「邪魔だ」

 

 苛立ち混じりに放たれた一言と共に、竜の尾はその先端が宙を舞っていた。いっそ美しくすらあるその剣閃は、剣の鋭さを極限にまで引き上げる。

 

 そして遂に、私達は魔王の潜む塔へと辿り着いた。

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