あの寒村を出てから何年経っただろうか。
俺は未だに勇者の師匠にはなれていなかった。もう結構良い歳になってしまった俺だが、依然としてあちこちを放浪してはそれっぽい奴に半ば無理矢理剣術を教え、数年そこらで放流して成果を待つ毎日を繰り返していた。
今思い返しても多くの弟子を(無理矢理)育てたもんだ……。
俺が最初に弟子を取ったのは村を出て最初に訪れた城塞都市だった。
あの村を出た後、俺は行商人に連れられてそこそこ大きな都市に辿り着くと、テンプレのように存在するギルド的な場所へと向かったのだ。
そして冒険者になれなかった。
いや待て、どうしてだ。と食い下がってみたものの、冒険者は都市に滞在して凶暴な野性動物や、魔物を狩り、金銭を得る。その金銭は、都市長の財布から出るわけだ。つまり、何の保障も無い人間がホイホイ依頼を受けても、それを達成出来るか信頼が無い。もちろん誰かが依頼を受けている間は、その依頼を他の人間が受けることは出来ないので、きちんと依頼を完遂してくれそうな冒険者でないと困る。つまり誰かの紹介か、あるいは多額の身元保障金を納めてギルドに身元保障をしてもらう必要がある。
もちろん村から出たばかりの俺に紹介者はおろか、金などあるわけもなく。
俺の野望は一歩目から躓いたのであった。
とはいえそこで諦める俺ではない。聞けば、冒険者でなくとも魔物の素材は貴重かつ重宝されるため、素材の買い取りはしてくれるのだとか。しかも新鮮であれば死体を持ち込めば買取金からいくらかの手間賃を出すことで解体まで行ってくれるという親切設計。
俺はそれを聞いてからは意気揚々と魔物を狩ってはギルドに持ち込み、屠っては売り捌いた。
何か気が付いたら周りが俺を見る目が冷たくなったが、それはそうだろう。何せ一人で雑魚魔物を延々と狩る雑魚専冒険者とか俺も関わろうなんて思わない。
そうしてある程度の金が貯まれば武器を新調した。魔物の素材をいくつか鍛冶屋に持ち込み、毛皮で軽くて丈夫な皮鎧を、そして武器を新調して更に魔物を狩りに出掛けた。数年もすれば、俺はその都市周辺に生息する魔物であれば余裕を持って狩れるようになった。相変わらずやたらと頑丈な外皮に苦労するが、武器の切れ味が上がったのに加え、成長した俺の身体の力で振るわれるチクチク戦法によって一対一の状況では早々負けはない。なお爺さんから聞いた魔法についてはまず魔法使い自体が少ない上に、学ぶにしても金がかかり過ぎるとのことなので断念した。
ある程度の資金的余裕、尚且つ周辺の魔物を安定して狩れるようになったこと、装備を揃えられたことから、俺はこの都市で目的のために動き出した。
すなわち、主人公の発掘である。
まず、冒険者はダメだ。露骨に避けられているし、俺より強い可能性が高い。更に、この都市で冒険者になれる人間は、しっかりとした身分があるか、金を積める人間だ。そんな奴が本当に主人公足り得るのか、否。主人公は、逆境から生まれるものなのだ!
というわけで俺がやってきたのはスラム街。少し練り歩いてみれば、いました。主人公っぽいのが!
道端にうずくまり、痩せこけてはいるが、その目は爛々とぎらついた光を放っていた。そしてなにより、武器を持った俺から財布をスろうとしてきたのはコイツだけだったのだ。その度胸、イエスだね! まぁ魔物の動きに慣れた俺からすれば痩せた子供の動きなど遅すぎた。俺は飛びかかってきた子供を肩に担ぐと、俺が拠点にしている宿屋に拉致し、弟子入りの説得(強制)を行った。
ソーンと名乗った子供は、俺の真摯な勧誘(脅迫)を受け、疑心100%ながら、弟子入りと相成った。やったぜ。やはり三食おやつ付きの厚待遇が決め手だったのだろう。
そこからはあっという間だった。身嗜みを整え、食事とトレーニング、そして爺さんから貰った小太刀を貸してやり、実地でなんちゃって剣術の伝授に励んだ。
最初はキチガイを見る目で俺を見ていたソーンだったが、指導を重ねていくうちに真性のやベー奴を見る目に進化していた。何でじゃ。とはいえ、一応師匠とは言ってくれるようになった。ちゃんと肉を食うようになってからメキメキと男らしい体つきにもなってきたし、これはやはり主人公だなと俺は顔がにやけるのを抑えられなかった。
ただ、ソーンはどうにも魔物と一人で対峙することに苦手意識が強かった。俺がユニコーンのような馬に角が生えた魔物をけしかけた時も、雑魚だから安心しろといくら言い聞かせてもビビってしまっていた。まぁ俺もそういう時期があったから仕方ないとはいえ、余りにもビビっていたので、ショック療法として森の中に一人で置き去りにしてみたりした。今思うととんだ鬼畜野郎だな、反省。
そうやって魔物と戦わせたり、俺が相手をしてなんちゃって剣術に磨きをかけていたある日、ソーンの奴に、
「なんで冒険者でもないのに魔物を狩ってるんだ?」
なんて聞かれてしまった。確かに今ならギルドに金を払って身元保証をしてもらうことも出来る。実際、いつも顔を合わせる受付嬢さんにも加入を勧められたが、俺はのらりくらりと加入を先伸ばしにしていた。理由? 「今さら加入するっていっても魔物狩るだけで稼げるし、ちょっと小金を上乗せするために払う金が勿体ないから」なんて言えるわけないだろ!
ということで、ソーンには俺が旅好きで一つの場所に留まるのが好きじゃないんだよー、的なことを言って誤魔化しておいた。うん、ソーン君も納得してくれたようだった。コイツちょろいわぁ。
でも旅好きと聞いたソーン君。何やら不安そうな顔で、
「師匠がこの町を離れるときは、俺も連れていってくれるよな?」
などと言ってきた。なんだコイツ、可愛いところもあるじゃないか。まぁ置いていくんですけどね。だって俺が近くにいるときに俺が弱いことがバレたらフルボッコにされちゃうからね! そら逃げるよ。まぁ正直に言ったら粘着されそうなので、曖昧に笑っておいた。
そうして過ごすこと数年。ソーン君は一端の剣士となった。魔物と出会してもビビることなく、むしろニヤリと笑みさえ浮かべるようになった。身長も更に伸び、伸ばした赤毛が似合うイケメンとなった。くそぅ、分かってたことだがモテそうな男になりやがって。
ここまで成長したソーンを見て、俺は機を悟った。
今がちょうど良いタイミングであると。
ソーンは俺を師匠として尊敬しているし、自分で魔物を狩って稼いでいけるくらいになった。俺がいなくとも生活には困らないだろう。後はソーンが勝手に強くなって頭角を現し、魔王が現れたときにしっかりと討伐してくれれば良い。
しかし、ただ置いて旅立ったところでコイツが後を追ってくる可能性がある。それは避けたい。何故なら、俺は行く先々で弟子を作るつもりだからだ。一々ついてこられたら大所帯になる上、弱いことがバレたときに八つ裂きにされそうで怖い。
ということで一計を案じた。まず、勿体なくて涙が出そうになったがギルドに金を納め、ソーンの身元保証を頼み、冒険者として登録した。冒険者登録をして冒険者にしてしまえば、ソーンはここを拠点として冒険者稼業をするだろう。何せ一応師匠として慕った人間の置き土産だ。早々無下にはしまい。そうしているうちに俺はめでたく別の町に辿り着くという寸法だ。どうよ、この完璧な作戦!
思い立ったが吉日ということですぐに実行した。いつも通り魔物を狩り、剣術の訓練を終えて宿屋で泥のように眠るソーンの枕元に冒険者としての身分を示す青銅のタグと、別れの手紙を添えて夜陰に乗じて町を発った。
頑張れソーン。お前が有名になってドラゴンを狩ったりしたらまたコッソリ戻ってきて一人酒場で悦に入るぞ。
「……ーン……ソーン!」
誰かが俺を呼んでいる。いや、この声には聞き覚えがある。
「起きなさいってば、ソーン!」
「んあ……分かった分かった。起きたからそう怒鳴るなよ、リミィ」
ベッドから起き上がり、目を開けると、俺を見下ろす栗色の瞳と視線がぶつかった。同業者のリミィだ。俺が一人で黙々と魔物の討伐をしていたのを心配してくれたのか、周囲が師匠と一緒にいた俺を気味悪がって避けていた中、声を掛けてくれた。貴重な魔法使いであり、リミィと組んでから余計に俺の名前がこの辺りに知れ渡るようになった。
「ったく、今日はたまの休みだから買い物に付き合ってくれる約束でしょ?」
「あー、そうだったか。悪かったな。すぐに準備すっから、待っててくれ」
「はいはい、早くしてよね」
リミィが出ていってから、俺は桶に貯めた水で顔を洗い、服を着替えた。この町で冒険者として活動を始めてから、三年が経った。今じゃ俺はこの都市の筆頭冒険者、最高戦力の一人として数えられている。ここ以外に、近隣の都市からも俺を指名した依頼が届くほどになった。それ自体は喜ばしいことだ。スラム街で朽ち果てるのを待つだけだったこの身が、この両手に余る程の人を救う力を、そして栄光を得た。
「……だけど、あんたがいないんじゃ意味ねぇんだよ、師匠」
今はどこで何をしているのだろうか。旅が好きだと言っていたから、海を渡ってしまったのだろうか。今から追いかけて追い付けるだろうか。
あの日からもずっと剣術に磨きをかけてきた。だけど師匠を越えられたとは思っちゃいない。あの人は別格だ。剣を愛し、剣に愛された男。
『スラム街でのたれ死ぬだけの人生で満足か? 違うだろう。違うからこそ、お前は俺に向かってきた。なら俺についてこい。お前に生きる術を、生きる道を、運命を教えてやる。……その前に飯だな、飯。そんな貧相な身体じゃ、なーんにも出来ねぇ』
財布を奪おうと飛び掛かった俺をアッサリと捕まえ、憲兵に突き出すどころかそう言って弟子になれと宣った男。
信用なんて欠片も出来なかった。なのに弟子入りしたのは、温かい飯をくれたからだけじゃない。
暖かかったのだ。ニヤリと笑いながら頭を撫でてくれた手が、剣の握りかたを教えるために重ねられた手が。それはまるで、兄貴や親父のようで、どこまでも強く、優しい手をしていた。
気が付けば俺は師匠との修行にのめり込んでいた。師匠は頭がおかしかった。
『お前は魔物にビビり過ぎだな』
そう言って夜の森に俺を一人放り出したときは、流石に殺意が湧いた。大の冒険者が寄って集って相手取る魔物に、単身で立ち向かうことに恐怖を覚えない人間はただの自殺志願者でしかない。初めて魔物狩りに連れていかれたときは、遂に俺を殺すつもりなんだと思った。
だが、師匠の剣は、そんな俺の常識をあっさりと切り裂いた。
魔物に特効を持つ聖剣なんかではない。町の鍛冶屋が鍛えただけの剣だ。なのに、その太刀筋に淀みはなく、正確に魔物の弱点を突き続け、ついにはその刃は魔物の首を落とすに至った。
理解が出来なかった。
『これがお前の目指す剣だ。魔物にゃ刃が通らない? そりゃ違う。刃の通し方さえ正しけりゃ通るのさ』
ふざけるな、このキチガイが。何度叫びたくなったか分からない。だが、師匠と剣を合わせるうちに、共に魔物と対峙するほどに、師匠の剣理は驚くほどスムーズに俺の身体に馴染んだ。そうあるべき場所に剣を通せば、魔物であろうと断ち切れる。一度でダメならば二度、三度、いや百度でも通せば良い。師匠はそれを体現していた。
『俺は旅が好きだからな。一つの場所に留まるのがどうにも性に合わん。それに、お前みたいな奴がまだまだ世界には沢山いるんだ。会ってみたい、育ててみたいよなぁ』
ある日、俺がふと浮かんだ疑問を口にしたとき、師匠はそう答えた。それを聞いた瞬間、嫌な予感が頭に過ったのだ。
師匠は、いつかこの町を離れる。そのとき俺は師匠と共にいられるのだろうか。
気付けばその不安は口を衝いて出ており、師匠は少し驚いたような顔で俺を見ていた。
『そうさな。旅は道連れ世は情けとも言うか。ま、俺が連れていっても良いと思えるくらいにまで強くなってみろ。……にしても、可愛いところもあるんじゃねえか、お前』
そう言ってニヤニヤと笑いながら俺の頭を撫でる師匠に、何も言い返せずにされるがままだった。
そしてそれから暫く経ったある日、師匠は忽然と姿を消した。俺の分の冒険者登録証を残して。
『教えられることは全て教えた。後はお前次第だ。これは俺からのプレゼントだ。お前の勇名が轟くのを楽しみにしてるぜ』
たった数行の手紙を抱き締めて、俺は泣いた。泣き止むと、冒険者としてがむしゃらに依頼をこなした。その過程で、今の相棒、リミィとも知り合った。
「ソーン、まだー?」
「おっと、悪い。今行くよ」
思い出に浸っていた俺を、リミィの声が現実に引き戻してくれた。ぼうっとしたまま部屋から出ていたらしい。
「今日は何を買いに行くんだ?」
「特に決めてないわ。適当に街をブラブラしましょ」
「何だそりゃ」
ノープランだと言うリミィの後に続きながら、俺は今朝の夢を思い出す。師匠と初めて会った日のこと、そして師匠に置いて行かれた日のことを。あの日、俺は師匠に認められなかった。だから師匠はこの冒険者の身分証となるプレートと手紙を残して去って行った。だが、あれからも俺は自分を鍛え続けた。この近辺の魔物で苦戦する相手はもういない。今こそ、俺はあの人を追いかけても良いんじゃないだろうか。
「なあ、リミィ……」
「この町を出るなら私もついて行くわよ」
前を行くリミィを呼び止めれば、彼女はこちらを振り向くことなくそう言った。
「ソーンの言いたいことは分かってる。剣の師匠に会いに行きたいんでしょ?」
「あ、ああ……」
師匠に会いに行く。それはこの町での冒険者としての地位を捨てることを意味している。ギルドに言えば、これまでの討伐実績の記録と証明書を持たされるが、身分証代わりのプレートは回収される。当然だ、冒険者のプレートは町に貢献する代わりに身分を保証するもの。隣村や隣町ならともかく、それ以上離れたところで魔物を狩ったところでこの町には何の益ももたらさない。それに別の町では別のギルドが冒険者に身分証明用のプレートを独自に発行しているから、今のプレートを持って行っても何の意味ももたない。だから別の町でもすぐに冒険者になれるように証明書は発行してくれるが、代わりにプレートははく奪される。
それを分かってなお、リミィは俺について来てくれると言う。
「良いのか?」
「逆に聞かせてもらうけど、この辺りで一番強くて頼りになる剣士について行かない魔法使いなんている?」
リミィはそう言って肩越しにこちらを振り向く。彼女は言外に俺の背中を押してくれていた。
俺はもうあの人と肩を並べるに足る人間になっていると、彼女は認めてくれている。
「……そっか、じゃあついて来てくれ、リミィ!」
「それじゃ、今日の買い物はこれからの旅に向けた買い出しね」
俺とリミィはそう言って笑い合うと肩を並べて歩き出す。待ってろよ、師匠。あんたがあの日拾ったクソガキは、ここまで強くなったんだってことを教えてやる!