後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

20 / 48
大変長らくお待たせいたしました


ラスボスが木とか誰も思わないじゃん?

 牛頭くんをやり過ごした俺は、床に空いた穴の下に続いていた緩やかな下り坂を探検がてら進んでいく。いや思った以上に広いっていうかこの塔って上だけじゃなくて下にも伸びてるんですかね? そう思えるくらいに地下にどんどんと道が続いている。

 幸いと言うべきか、壁に這っている木の根っこがぼんやりと青白く光っているお陰で視界には困らない。なんだこの樹、流石ファンタジーだな。そう思いながら下に向かえば、気が付けば石の壁は木の根っこに完全に覆われてしまい、なんなら床まで元の石造りは見えなくなっていた。四方が薄っすら光る木の根で覆われた通路ってなんか神秘的じゃない。というかこの通路どこまで続いてるんですかね……? 

 

 上でライネルが魔王を倒すまでの探検気分だったけど、思った以上に続いてるなこの通路。一本道だから弟子達に逃げたことがバレると追いつかれてしまいそうなので、出来ればどこかで分かれ道になっていたりしないかと期待する。けれど結局、ずっと一本道のまま、ひたすら下っていくことになった。

 気が付けば、目の前には木の根で覆われた壁。あれ、これ行き止まりになってません? このままここにいたら魔王を倒した弟子に追いつかれた上、「なんで一人だけ逃げてんの? 馬鹿なの?」でずんばらりんルート一直線では? 

 

「それだけは回避せねば! ということでどけぇいこの邪魔くさい根っこぉ!」

 

 ノックスから貰った剣が火を噴くぜ! とばかりに横薙ぎに振れば、根っこはあっさりと斬り飛ばされて道を開ける。フハハ、弟子から逃げる希望の明日が見えたな! 

 

「……ん、なんだこれ?」

 

 勝ったな、と思っていたのだけれど、俺の前に現れたのは道ではなくだだっ広い空間。半球状に広がった地下室のような中心部には、部屋の天井を貫くように太い木の幹らしきものが立ち上っている。不思議なのは床付近で幹が(ウロ)になっていて、その中がひと際明るく光っていること。これ絶対にイベントあるやつじゃん。

 なるほど、ここは最終ダンジョンの隠し通路というやつか。ここで隠し装備を手に入れてラスボスを楽に倒せますよ、みたいな。

 そう思って光っている木の虚に近づいて行く。近くに寄れば、なるほど虚の中には木で出来た人形のような何かが鎮座していた。これが主人公に最強装備を与える神様の像的なサムシングかな? 

 

「ってことは俺はライネルに最強装備を与えないままラスボスを押し付けた畜生では……?」

 

 上の方だとライネルが魔王相手に滅茶苦茶苦労してたりして……。これはますます弟子から逃げないと未だにギリギリ騙せてそうなライネルまで俺の敵に回って詰んでませんかね……? 

 嫌な予感に背中が滝のように流れだした冷や汗でびしょ濡れになる。マズい、ここが隠し装備の置いているお宝部屋だとすれば行き止まりの可能性が高い。そうなるとこのままここに居ては遠からず弟子に見つかって八つ裂きにされてしまう……! 俺は虚の後ろに回り込んで後ろに通路が無いかを探すが、現実は非情だ。行き止まりである。

 

「いや待てよ……。ここは最強装備を手にして苦戦しているライネルに渡しに行く、というのはどうだろうか」

 

 顎に手をやって考える。ピンチのところに颯爽と駆け付けて最強武器を主人公に与える小悪党。これは株爆上がりの予感……! これで少なくともライネルは俺の味方に付いてくれる可能性が高まった。吊り橋効果というやつだな、うん。

 そうと決まれば話は早い。俺はさっさと虚の中にあるであろう最強装備を手にする為、木でできた人形らしきものに手を伸ばす。すると、ただの像だと思っていた人形がこっちに手を伸ばすように身体を傾けたのだから驚いて手を止めてしまった。え、なにコイツ動くの? 

 

「……お前、動くんかい」

 

 思わず口に出してツッコんでしまったが、もちろん木の像から返事は無い。俺と像が互いに手を伸ばして中途で両者固まっているという何とも格好の付かない状態になってしまった。実はただのアイテム保管庫じゃなくて試練を与えてくる系のイベントだったりする? ただの木像のくせに? 

 そう考えていると、木像のくせに痺れを切らしたのか、こっちに伸ばした手を引っ込めた。あ、時間切れ? と思ったが違うらしい。どうやら強制イベントらしく、俺の周りをうぞうぞと木の根っこが蛇のように這い寄ってくる。この木像、腰から下が木と一体化しているだけあって周囲の根っこやらを操るのもお手の物らしい。そういう戦いで見極める系のやついらないんで最強装備だけ寄越せや! 

 

 槍のように鋭く尖った根の先端がこっちに殺到してきたため、悪態を吐きながら飛び退く。木の根っこのくせして動き速すぎるんだよぉ! 腕掠りましたよ今! 

 木像はと言えば虚から身を乗り出してこっちを威嚇するように睨みつけている……んだと思う。いや、だって口しか付いてないんだもん。その口だけが歯軋りしてるみたいに食い縛ってるからさっきの攻撃が当たらなかったのが悔しんじゃないかなって。

 

「にしても見極めるだけにしては殺意が高すぎませんかね……?」

 

 さっきの根っことかまともに当たってたら普通に身体貫通して大ダメージだったと思うんですけど。最終ダンジョンに低レベル縛りで潜り込んでるようなものだから防御力足りてないのかもしれないけどちょっと難易度おかしくない? さっきの牛頭くんと比べても攻撃の頻度と速度上がってて避けるのも一苦労になってきてるって! 

 前後左右から縦横無尽に襲い掛かってくる根っこ、というか触手を剣を盾にして受け流したりしながら何とか凌いでいく。ライネルぅ! この木像割と面倒で時間かかりそうだから最強装備は無しで魔王倒してもらって良いかなぁ!? 

 俺の届かぬ祈りをよそに木像、というか触手の攻撃は加速していく。剣で弾いたりたまに斬り飛ばしたりしていると、木像がますます憎々し気に叫ぶように口を開くと、両の手に木の槍を持つとこちらに投げ飛ばしてくる。お前も攻撃に参加するんかい! 

 

「ふ、ざ、ける、な!」

 

 ただでさえ回避で忙しいのに飛び道具も増えるとかやってられるか! こっちに次々と投げ飛ばされる木の槍に俺の中の怒りゲージが溜まっていく。剣一本で弾いて斬って避けるのはそろそろ限界かもしれん……。とりあえずこっちに次から次へと槍を投げ飛ばしてくる木像に腹が立って仕方ないので投げ飛ばされた槍をキャッチしてそのままの勢いで一回転、木像に向かって投げ返してやる。

 正直当たるとは思ってなかったけど、運よく俺が投げた槍は木像の片腕を貫いて木の幹に縫い付けることに成功した。ざまあみやがれ! 

 俺が反撃してきたことが予想外だったのか、根っこの攻撃もやや緩んだ。その隙を衝いて木像の下へと走ると、幹に縫い付けられた方の腕を斬り飛ばしてやる。

 

「------!!」

 

 木像は何を言ってるかはさっぱり分からないどころか無音のままだが、斬られた方の肩を無事な側の腕で押さえ、何か叫ぶように口を開いている。血も流れないくせにいっちょ前に痛がりやがって。痛いのはさっきから木の根っこがあっちこっち掠って傷だらけにされてる俺の方なんですけど! 

 

「もう一撃食らっとけ!」

 

 まあダメージが入ってるならちょうど良い。そのまま更に剣を一振り、脇腹から肩にかけて斬り上げるように振り抜く。コイツ攻撃は速いけど防御力無いな? やはり所詮は木が素材の敵の限界だな、うん。ちょっとドヤ顔になりそうだったが、その前に腹に凄まじい衝撃を受けて壁まで吹き飛ばされてしまった。

 

「い〝ッ!?」

 

 しかも最悪なことに、木の根が深々と俺のお腹を貫いて壁に縫い付けてくれるオマケ付き。痛すぎぃ!! ちょ、息も出来ないくらいに痛い! 

 

「っだぁ!!」

「■■■■■■■ーッ!!!」

 

 俺が痛みに悶えていると、この地下部屋まで震わせるような何かの叫び声も響いて来て最悪なシンフォニー。これってあれか、上でライネルが魔王相手に結構いいダメージ与えてたりするのか!? だったら俺がここまで頑張って最強装備手に入れる必要無いじゃん! 

 幸い、俺が斬りつけたダメージがあるのか木像から追撃が来ることは無い。俺の腹を貫いてくれたふてぶてしい根っこを斬り飛ばすと、床にどしゃりと墜落する。肩から落ちたせいでこっちも痛ぁい! 

 

 くそぅ、牛頭くんの棍棒みたいな打撃属性ならともかく刺突属性は衝撃を和らげるとかそういう概念が無いからダメだろ! 

 俺の腹からこんにちはしている木の根を見下ろす。これ、引き抜いたら血がドバドバ出てダメなやつだよなぁ……。痛すぎてちょっと動きたくない、と思ってたらこっちにそろそろと這い寄る根っこ共。こ、コイツら……! 休ませる気が無い、だと!? 

 痛いけどこのままじっとしていたら痛いで済まないことになりそうなので離脱! 俺が先ほどまで蹲っていたところには何本もの木の根が殺到してドスドスと突き刺さっていた。危うくダーツの的にされるところだった……。

 木像が本体だろうからあれを倒せばこの根っこも動かなくなるんだろうが、向こうは腕一本失くしただけで攻撃の手段自体はまだまだ残っているのに対し、こっちは通勤か通学中に来たら絶望するレベルの腹痛を遥かに越える痛みをもらっている。これはいけません。

 

「------!」

 

 チラリと見える木像は、こっちに向かって何かを話すように口を動かしているけれども、何を言っているのか分からないどころかそもそも声も聞こえない。勇者じゃなくて選ばれた人間の力とか持ってないとコミュニケーションすら取れないタイプのイベントボスだったりする? だとするとこのバトルの終了条件が相手を完全に沈黙させることしか無くなるんですが……。

 木像はと言えば、俺に槍を投げ返されたのがトラウマになったのか、こっちに槍を投げて来ることは無くなり、ひたすら木の根をけしかけてくることに終始していた。しかもちょっとでも近づこうとすると木の根を壁のように並べて進路を塞ぐ徹底ぶり。この敵、木像のくせに小賢しい戦いをしやがって……! 

 けれどその小賢しい戦い方のせいでこっちは何も出来ないまま消耗させられる。こういうときに飛び道具も無い剣一本しか使えないクソ雑魚冒険者だということが歯痒い。どっかに石ころでも落ちてないかと探すが、床は生憎と木の根に完全に覆われていて小さい欠片すら見つからない。ふと見下ろせば、俺の腹からこんにちはしている木の根。いやいや、さっきダメなやつだって言ったばかりだし……、いやでもこのままってのも……。

 

「……南無三!」

 

 こんな場面じゃ無ければ言いたい台詞上位に入る台詞を言いながら根っこに手を掛けて一気に引き抜く。痛すぎぃ! 思わず足を止めそうになるが、足を止めたら俺の身体に空く穴が二つ三つどころじゃなく増えそうなので死ぬ気で走り続ける。木像はこっちをニヤニヤと口の端を歪めながら眺めている。このマネキン野郎……! その口にこの槍ぶち込んでやるからな……! 

 痛みに耐えながら上からも下からも迫ってくる根っこを避け続ける。剣を片手に持ったままなせいでお腹を庇うことも出来やしない。ライネルゥ! 早く魔王にダメージでも与えてさっきみたいなデカいリアクション引き起こしてくれぇ! それに気を取られたマネキン野郎にこの槍ぶち込んでやるんだから! 

 

「■■■■■■■ーッ!!!」

 

 俺の祈りが通じたのかそうでないのか、再び地下空間に響き渡るおぞましい叫び声。それに根の動きも、マネキン野郎の動きも一瞬止まる。その隙を逃してなるものかと俺の血がついた即席の槍をマネキン野郎に向かって全力投球する。

 

「----!!」

 

 俺が投げた槍は見事なコントロールでマネキン野郎の腹に突き刺さる。やったぜ。

 今度は物理的に周囲の壁と床も震え始める。ん、震え始める……? 

 

「ライネル、もしかしてやったか?」

 

 魔王倒しちゃったやつ? これってダンジョンが崩壊する予兆的なやつでは? 

 しかも厄介なことにまだマネキン野郎は動いている。俺と同じように腹貫通したけどしぶといマネキン野郎め。

 

「お前は寝てろ」

 

 トドメとばかりにまだ手に持っていたノックスから貰った剣も投げつける。俺の投げた剣はくるくると回転しながら飛んでいき、マネキン野郎の胸に突き刺さって虚の奥へと吹き飛ばしていった。それと同時に更に揺れが増し、頭上から石がパラパラと降ってくる。あ、これ本格的に崩壊するやつだ! 

 かと思えば天井が一部崩れ、そこから大量の瓦礫や木の破片と一緒に何かが降ってくる。黒い人型の何か、と他にも何人かいそうな……。

 

 げぇっ! あれライネル達じゃねえか!? 

 

 


 

 

「ぅ……ぁ……っ!」

 

 瓦礫に埋まった身体を何とか起こそうとするものの、私の身体は意思に反して動きが鈍い。ライネルを囲みつつある魔王とその分身、ライネルの手には見慣れた銀の輝きは無く、力無く項垂れているのみ。

 

 なぜ私は師匠に見出されたのか。

 

 なぜ私はここに至ったのか。

 

 魔物への憎悪は勿論ある。だけど、私の実力が師匠や兄弟子の旅について行けるものだと自惚れてなんかいない。犬人族の力、俊敏性がありながら、師匠や弟子の誰にも勝てたことが無い。私は極北山脈を越えたところで帰れと言われるものと思っていた。何でもするからついて行かせてもらおうと密かに固めていた覚悟は、けれど不発に終わった。

 

 だから、私にはまだ何か役割があるのだと思った。ライネルと共に魔王と戦う場に、私が出来ることがあるのだと。

 

 でも何も無かった。私の攻撃は魔王に効かず、相手の攻撃を受け止めることすら出来ない。そしてライネルも自らの力不足を感じて戦意を喪失してしまった。

 師匠が私達を見捨てるわけが無い。そう思っているのに、分かり切ったことのはずなのに、魔王が発する不可思議な言葉は私達の頭に染み込んでくる。

 

「ライ、ネル……!」

 

 立ち上がって欲しい。あなたは師匠がただ一人ついて行くことを許した人なんだ。

 

 諦めないで欲しい。その銀の魔力は、勇者の証なんでしょう? 

 

 そして何よりも、こんなことを考えてしまう私が情けなくて仕方がない! 

 

「あなたが、出来ないなら……!」

 

 私がやる! たとえ無謀だと言われようと、ここまで来たのが私とライネルだけなら。ライネルに出来ないと言うなら、私がやるしか無いじゃないか! 

 

「う、ぁああああ!」

 

 動かない自分の身体を叱咤し、震える手で剣を握り締める。動け、動く……! 

 身体を引き摺るように起こし、足に力を籠める。魔王はその分身も含め、こちらを見てすらいない。だから今しかない。私が奴に攻撃できるとすれば、今この時を置いて他に無い。

 

 床を飛び跳ねるように、犬人族の膂力を存分に発揮して、床にヒビが入る程に踏みしめて。

 

「く、らえぇぇぇぇ!!」

 

 数歩で飛び込んだ私の間合い。分身していようと、その本体を私が見分けられないはずがない。犬人族は目だけに頼らない。その耳も、鼻も、只人を遥かに越える鋭さを誇る。四体の魔王、その中で一体だけ、異質なニオイを放っている。それが本体だ。

 

「コ、ルン……!?」

 

 魔王に囲まれたライネルが目を見開いてこちらを見ている。そのまま見ていろ、あなたが出来なくとも、師匠の弟子は一人じゃない。

 私の剣は、魔王の首を正確に捉えた、はずだった。

 

 虚しく響く金属音。私の剣は、魔王の鎧を僅かに欠けさせるに留まった。ほんの少しも食い込むことなく、私の剣は魔王の鎧に阻まれた。

 まるで鬱陶しいハエを払うように、魔王が左肩から生えた触手を振り抜き、私を吹き飛ばす。

 

「コルン……!」

 

 ライネルが私を案じるように声を上げる。

 ああ、やっぱり私には出来なかった。魔王に傷を付けることすらも出来ない。「魔王を倒すとすればライネル」と師匠が言っていた言葉の意味を、理解した。魔王にとってライネルは忌まわしい力を振るう邪魔者だ。けれど、私は魔王にとって邪魔にすらなっていない。ただ周囲を煩く飛び回る羽虫程度にしかなれていない。

 

 じゃあ私が今ここにいる意味は何? 

 

 ライネルと私がこの場に辿り着けた理由は? 

 

 師匠はどうして私とライネルをここまで連れて来たの? 

 

 頭の中をぐるぐると取り留めの無い思考が回る。そして、一つの結論に思い至る。

 

 私はライネルを戦士にする為に、ここにいる。

 

 こんなところでライネルを死なせない為に、ここまで生き延びて来た。

 

 師匠が私に回避を教え続けたのも、今ここでライネルを死なせないため。

 

 だから、今ここで私がすべきことは……! 

 

 吹き飛ばされ、床に転がった私は両手足を使って再び魔王の下に駆ける。目の前には、ライネルを亡き者にせんと大剣を振りかぶった魔王の姿。それを呆然と見上げるライネルの前に、その視界を塞ぐように飛び込む。

 

「ライネル、あなたは勇者なんだ。師匠が認めた、ただ一人の」

 

 私の吐く言葉はライネルにとって呪いになるだろう。けれど、それでもライネルには立ち上がってもらわないといけない。

 不思議と時間の流れが遅く感じる。目の前に振り下ろされる大剣を前にして、私の心は不思議と凪いでいた。

 

「……師匠」

 

 私をここまで連れて来てくれて、ありがとう。

 

 そっと目を閉じる。数瞬もしないうちに、私の身体を魔王の大剣が斬り裂くだろう。だから、その瞬間までは、師匠を思い浮かべていよう。

 

「よく頑張った、子犬」

 

 けれど、私が予想した痛みも、衝撃も来なかった。代わりに届いたのは、ここにいるはずの無い人の声で。

 

「妹弟子がここまで身体を張っているのですから、私達も頑張らないわけにはいきませんね、ノルン!」

 

「なんで急に来て主導権を握っている、雌猫」

 

 恐る恐る目を開けてみれば、私を食い破らんと迫る大剣は三本の剣によって止められていた。その剣の持ち主は、私を子犬扱いする白と黒と赤。

 

「アルシェ、ノルン、シャーレイ……!」

 

「私達だけじゃない」

 

「魔王が四体もいるとは驚きですが、こっちも数じゃ負けていません! 一体は私とローエンで抑えます。そっちは任せましたよ、ロクシス!」

 

「任せろ!」

 

「残り一体は私達がってこと!?」

 

「まさか、ワシがここまで来ることになるとは……」

 

 私達を囲む残り三体の分身、その内二体をノックスとローエン、ロクシスとソーンの剣が抑えつけ、残りの一体は長耳族の老爺とリミィの魔法によるものか、火の鞭によって縛り上げられていた。

 

「まずは距離を取る」

 

「ライネルもこっちに!」

 

 私はアルシェとノルンに、ライネルはシャーレイに引っ張られて魔王の囲いから脱出する。

 今度は逆に四体の魔王を私達が囲むような形になった。

 

「コルン、どれが本体?」

 

 私の肩を支えながら、ノルンが剣で魔王を指す。私は自身の鼻に従い、並んで私達をぐるりと見渡す魔王の内、一体を指差した。

 

「あれ、アイツだけニオイが違う」

 

「……なるほど、見た目じゃ分からない。けど、コルンなら区別が付けられる」

 

「でも肝心のライネルがあれか」

 

 ノルンとアルシェはそう言ってシャーレイに抱えられたライネルを冷めた目で見つめる。

 

「シャーレイ、どうして私を……」

 

「仲間を助けない騎士はいません! ライネルも何しょげてるんですか!」

 

「私では……、魔王に勝てない……」

 

 シャーレイに叱咤されてもライネルは元に戻らない。

 

「弱い私は、師匠の為の捨て石にすらなれなかった」

 

「あ、何を言って……?」

 

 ライネルが小さく呟いた言葉を、魔王の剣に弾かれて後退してきたソーンは聞き逃したりしなかったらしい。

 

「私は、師匠が魔王を倒すために消耗させる捨て石でしか……」

 

「……師匠はお前が魔王を倒すと言っていたぞ」

 

「私の力では、魔王を倒すことなど……」

 

「ソーン! あなたに抜けられたらこっちの負担が増えるんだけど!?」

 

 ライネルと話すソーンに向かってリミィの悲鳴のような声が飛ぶ。ソーンがロクシスと二人がかりで凌いでいた魔王を、今はロクシスとそれを援護するリミィ、そして老爺で抑えている。魔法使い二人は更にもう一体の魔王を魔法で牽制し続けているため、その消耗も激しい。

 

「コルン、私達も加勢しないと厳しそう。さっさとライネルを立ち直らせて」

 

「私とアルシェで一体は引き受ける」

 

 アルシェとノルンはそう言うと、私を置いて魔王へと向かっていく。二人は剣を擦り合わせ、魔力を互いに受け渡しながら魔王へと躍りかかる。二人で代わる代わる斬りかかるものの、魔王は右手で振るう大剣と左肩から生える触手で二人の攻撃を容易く防ぐ。そればかりか、私が目で追うことも難しい速度で反撃に転じる。師匠に勝るとも劣らない速度のそれを辛うじて凌いでいられるのは、彼女らが私とは違う、師匠に認められた弟子だから。

 

「二人がかりで防戦に手一杯とは!」

 

「それもいつまで保つか……!」

 

 ノックスとローエンが魔王の攻撃を躱しながら口惜しそうに漏らしている。このままじゃ皆も……。

 最悪の未来を想像した私は、ライネルとソーンの下へと走っていた。

 

「ソーン、一回退くべき! このままじゃ皆が……!」

 

 ライネルを引っ張り上げながらソーンに告げる。今のライネルは戦力にならない。こちらには魔法使いが二人もいる。何とか離脱して態勢を整えれば、この人数ならライネル抜きでも勝てる。

 

「安心しろ、コルン。ライネルも、ちょっと前の俺みたいに弱気になりやがって」

 

 けれど、私の不安をソーンは笑顔で蹴っ飛ばす。彼はそのまま膝をつき、俯いたライネルの肩をがっしりと掴んで視線を合わせた。

 

「聞け、師匠はお前が魔王を倒すと言っていたんだ。魔王がお前を怖れているというのも嘘じゃない」

 

「ですが、私の力はあの存在にはとても……」

 

「だから師匠はここに居ないんだよ」

 

「それは一体どういう……?」

 

 ライネルの弱々しい呟きに返ってきたのは意味を掴みかねる言葉。けれどそれを発した本人は自信満々だ。私もソーンが何を言っているのか理解できずに首を傾げたが、それを見たソーンはしょうがないなぁと言わんばかりに頭を掻いた。

 

「塔の下で魔物の死体を見つけた。それと地下へと降りて行った師匠の足跡も」

 

 そう言ってソーンは視線を四体の魔王へと向ける。

 

「アレが化け物だってのは分かる。それを放ってでも師匠が下に行ったんなら、そこには絶対に意味がある」

 

「ソーン! もう抑えきれない!」

 

 ソーンが説明している途中、リミィの声と共に、爆炎を突っ切って魔王の一体がこちらへと向かって来るのが見えた。兄弟子たちの攻撃も、リミィ達の魔法も全くダメージになっていないのはその淀みない足取りから見て取れる。

 

「長耳族の爺さんが言ってたんだ。魔王は過去の勇者との戦いで半死半生の傷を負った」

 

 けれど、それを見てもソーンは焦っていなかった。向かって来る魔王に向けてゆっくりと自分の剣を構える。

 

「力の源であるこの樹と半ば一体化してる状態なんだってよ」

 

 自身の魔力をそのまま剣の形にして振るうライネルとは違う、周囲の魔力を巻き込んでただの剣を魔物への特効とする師匠を再現したソーンの剣。

 

「師匠が降りてった先には何があると思う?」

 

 実際の大きさの数倍にも見える程の威圧感を放つソレを前にしても、ソーンが構えた剣には揺れ一つ見られない。

 そしてソーンの目前にまで迫った魔王、その右手に握られた大剣が今まさに振り下ろされようとしたとき、その動きがピタリと止まる。

 

「「「「■■■■■■■ーッ!!!」」」」

 

 次の瞬間、アルシェ達と戦っていた他の三体も含めて、魔王が天を仰いで苦悶の声を上げた。左肩から新たに生えた腕と鎌を備えた触手が痛みに悶えるようにでたらめに振り回される。

 

「お前の大事な大事な力の源が今誰と向かい合ってると思う?」

 

 そしてその隙を逃さぬよう、ソーンが暴風のように渦巻く魔力を纏った剣を振りかぶった。

 

「この世界で最強の剣士だよ!」

 

 その言葉と共に振り下ろされた剣は、魔王の左肩から生えた触手をあっさりと斬り飛ばしてしまった。

 まるで血のように、どす黒い液体を切り口から吹き出しながら魔王が初めて警戒するように私達から距離を取った。ソーンは振り返り、ライネルに向かって手を伸ばした。

 

「これでもまだ師匠が俺達を見捨てたって思うか?」

 

「師匠は……一体どこまで……」

 

「さぁな。だけど、このままでいいのか? そこで項垂れてるんなら、後は全部俺が片付けちまうが」

 

 そこまで言われてライネルはソーンを見上げていた目を伏せ、小さく笑った。

 

「どうしたんでしょうね、私は。さっきまで絶望しかしていなかったのに」

 

 そう言ってソーンの手を取ると、ライネルは立ち上がる。さっきまでの弱気が嘘のように、その表情に活力を溢れさせて。

 

「魔王とやらの、あるいは瘴気の影響を私も受けてしまったのかもしれません」

 

------(ドコマデジャマヲスル、ギン)

 

 魔王の頭部にある裂け目から掠れた音が、その意味するところが直接私達の脳に響く。

 

「なんだ、この音? 何かの言葉か?」

 

 けれどソーンにはその意味が伝わっていないようで、首を傾げていた。魔王が操る言葉は、魔力の素養を持たない者には通じないのかもしれない。

 

「ただの雑音ですよ、ソーン」

 

「そう、ただの雑音。聞く意味も無い」

 

 だったらライネルと私にとってもアレが発する言葉には何の意味も無い。私はライネルの横に立って剣を構える。それは師匠に最初に教えてもらった剣。相手の攻撃を観察し、生き残ることを第一に考えた受けの剣。

 

「ライネル、私なら魔王の本体を嗅ぎ分けられる」

 

 アルシェとノルンに言われて気が付いた。きっと、それが私がここに立つ意味だと。

 

「それなら指示は任せました。私とソーンで本体を叩きます」

 

 ライネルは私の言葉に頷くと、自身の右手を目の前に翳した。その右手が一瞬強い光を放ったかと思えば、次の瞬間には銀の光が剣の形を成して手に握られていた。

 

「この力が魔王にとって恐るべき力であるのなら、これだけじゃ足りない」

 

 それだけに終わらず、ライネルは左手にも同じように銀の剣を造り上げたかと思えば、それをソーンの剣に重ね合わせる。

 ソーンの剣に既に纏わりついていた暴風のような不可視の魔力が、ライネルの魔力を巻き込んで誰の目にも明らかな光となってその姿を露わにした。その光は、ともすればライネルの右手に握られたそれをも越えるような輝きを放つ剣となる。

 

「いつの間にこんなことも出来るようになってやがった」

 

「アルシェとノルンを見て考えてはいました。師匠かソーンでなければ上手く受け渡せないでしょうが」

 

 肩を並べて私の前に立つ二人は、互いにニヤリと笑う。

 

------(ドコマデモ、メザワリナ)

 

 掠れたような音に乗せられた魔王の思念、そこに初めて焦りの色が滲んだように私は感じた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。