後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

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1か月以上も放置してすみませんでした……


銀の勇者

 それにとってはただの生命活動でしか無かった。

 

 大地に芽吹き、地脈から魔力を吸い上げ、自身の糧とする。その過程で自らが魔力を基に生成したものを吐き出し、自身にとって都合の良い環境へと変えていく。生物として当然の行いをそれは行った。

 自らが生成したものを求めて、大地を歩く者が一匹、自分を大きく育て、成長することを助けようとしていることにそれは気付いた。

 それは魔力をより多く吸収し、魔力が流れ込む地脈を利用して自身の支配領域を拡大した。

 自身に魅せられた二本足がそれの生み出すものを多く吸収すればするほど、それの支配は強まった。いつしか二本足は水も、食事も必要としなくなった。ただ、それから生み出されるもののみを甘露として生きるようになった。

 自身と異なり、大地を自由に闊歩する他の生き物たちも、自身と似て大地に根を張るものたちも、それから生み出されるものを取り込めば、それの支配下に置かれることに気付いた。

 

 それは当然の本能だった。

 

 二本足で生きるもの達はそれが成長するために必要な魔力を消費する。それが生きるため、より繁栄するために、支配下に置かれた者たちはそれの意思を汲み取った。

 

 競合相手を退けよ。

 

 自身を脅かすものを滅ぼせ。

 

 支配領域を拡げよ。

 

 その意思に従って、それの支配下に置かれたもの達は戦いを始めた。その先頭には、最初にそれに魅せられた二本足が立つ。

 

 二本足は自身に甘露をもたらすそれを守るように、黒い石の塔を建てた。

 

 いつしか、それの生み出すものは瘴気、その二本足は魔王と呼ばれ、支配下に置かれたもの達は魔物と呼ばれるようになった。

 

 ある時、魔王は瘴気の守りを破る銀の光の前に敗れた。魔王の敗北は、それにとっても大きな痛手となった。自らが支配領域を拡げるのに、あの銀の光は脅威だ。二本足達はそれの生み出す瘴気の前に倒れるばかりだった。だがあの銀は瘴気を物ともせず、それどころか瘴気をも巻き込んで銀はその力を増す。あの銀の光がある限り、自身の繁栄は無い。

 

 だからこそ、それはやり方を変えた。地脈に送り込む瘴気を増やし、じわじわと自身の支配領域を拡げる。尖兵として戦い、銀の前に敗れた魔王はそれと同化を進め、来たるべき時に再び立ちはだかるであろうあの銀を、今度こそ始末するために。

 

 そうして眠っていた目の前に、唐突にそれは現れた。

 

「……お前、動くんかい」

 

 こちらに向かって手を伸ばす二本足。かつての下僕と同じく、自らの生み出す甘露を享受しようとするものと思ったその手は、途中で止まった。

 そしてそれは気付く。二本足が持つ剣に、忌々しい銀の気配を感じたことに。だからこそ、それは自らに手を伸ばす二本足を糧とすることに決めた。根を伸ばし、その肉を貫こうとした。

 

「たかが木のくせに」

 

 ただ、それの攻撃は難なく躱されてしまう。最小限の動きで、それの動きが遅いのだと言葉が通じなくとも理解させるようにあえてギリギリで、表情一つ変えずに。

 かつて感じた忌々しい気配にそれは怒りのままに根を振るう。その肉を貫き、血を啜ろうと。

 

「にしても見極めるだけにしては殺意が高すぎませんかね……?」

 

 それでもその根は二本足の服を掠め、僅かにその下の肌色を露出させるのみ。

 それは自身の下僕を(かたど)った表情を歪めた。まるでこちらを愚弄するかのように、それは忌々しい銀の気配を剣に纏わせ、自身の身体の一部である根を斬り飛ばしていく。

 それは自らの一部を尖らせ、切り離すと目の前を踊るように飛び跳ねる二本足に向けて投擲した。地脈に根差すそれにとって、大地を無駄に動き回る必要性は皆目理解出来なかったが、物を掴み、投げることのできる手の有用性は理解できていた。苛烈さを増す攻撃は、未だ有効打を与えられていないものの、着実に二本足の安全圏を削り取っている。少しずつ、赤い血が目の前の生き物から流れ出している。あれがもっと増えれば、目の前の生き物が死ぬことを、それは知っていた。

 

「ふ、ざ、ける、な!」

 

 だが、目の前の二本足が何かを言ったかと思った次の瞬間、それは物を掴み、投げるための手を使い物にならなくされてしまった。

 自身から切り離し、二本足を貫くために放った一部をあろうことか投げ返し、それによって手が幹に縫い付けられている。自身に起こったことを理解する前に、眼前には銀の気配を色濃く纏った二本足の姿。

 

「攻撃を緩めたな?」

 

 また何かを言った。同時に、それは自らの身体を侵食される痛みを感じた。それが生み出す瘴気すら、それ自身を破壊する力に変える凶暴な銀の光。それを纏った剣が幹に縫い付けられた手を斬り飛ばした。その瞬間、それに流れ込んで来る銀がそれを内部から食い荒らした。

 

「------!!」

 

 下僕を模ったが故にそれに痛覚染みた感覚が生じたのか、あるいは銀の光が本来感じるはずの無い痛みを錯覚させたのか。いずれにせよ、それにとっては生まれて初めての痛み。魔力を操る才を持つ者であれば、耳をつんざくような悲痛な叫びを聞いただろう。瘴気に浸かり切った者であれば、自らもまた身を裂かれたかのような痛みを感じただろう。

 

「もう一撃食らっとけ!」

 

 それだけに留まらず、更なる痛みがそれを襲う。錯覚しようの無い痛みに、それは生存本能のまま、眼前の二本足を自身から遠ざけようとした。

 忌々しい銀が、もうこちらに近づかないように根を伸ばし、肉を貫いて壁に縫い付けた。

 

「■■■■■■■ーッ!!!」

 

 それ自身をも震わせるような何者かの叫びは、瘴気に浸ってそれと同化している下僕が痛みにあげた叫び。何故、大地を二本足で歩くものが下僕に攻撃されて理解不能な鳴き声をあげたのか、それは今になって理解した。

 

「------!」

 

 それは自身を攻撃したものに対する殺意を抱いた。自身が糧とする魔力を横から奪う競合相手ではない。自身を明確に殺そうとするものだ。血肉を啜り、糧にしてきた他の二本足とは異なる。この場に充満する瘴気が、二本足を容易に殺しうるだけの濃度のそれが、二本足の持つ剣に銀となって纏わりついている。自身を殺そうとしている。

 

 気付けば、壁に縫い留めたはずの二本足は床に落ちていた。まだ生きている、殺さなくては。

 根を伸ばし、今度こそ仕留めようとする。手数を増やしたくとも、もう自らの一部を切り離して投げつけたりはしない。それは目の前の敵に対しては悪手だ。何をしてくるか分からない。自らの一部であったはずなのに、この敵はそれにすら銀を纏わせる。だから万に一つの可能性も残さない。根を立て、目の前の敵との間に壁を作る。こうすれば敵はそれに近づくことは無い。根に一度貫かれた敵は命の源たる赤を垂れ流している。このまますれば遠からず自身が勝者になるだろう。

 

 それは口を模った部位を歪める。怒り、殺意と同じく、それの中に初めて生じた愉悦の感情。

 

「■■■■■■■ーッ!!!」

 

 だが次に感じたのは、下僕の叫びと共に襲い来る激痛。それ自身は何も攻撃を加えられていない。生じた痛みは、それと同化が進んだ下僕が負った傷の痛みだ。

 過去、銀の光に身体を大きく斬り裂かれた下僕を自らと同化させ、欠損した身体の多くをそれが補填した。そのことにより、下僕はその存在を変容させ、元の生き物の意識を僅かに残したまま、大半をそれの端末とした。故にこそ、端末となった下僕はそれが受けた痛みを共に感じ、逆もまた起こる。

 焼けつくような痛み。下僕を模った身体を真っ二つに引き裂かれるような痛みと熱。どうして下僕まで銀による攻撃を受けている? かつて下僕の前に現れた銀はただ一人のはずだ。それ自身の前にいる一人以外に、銀がまだいたというのか。

 

 想定外の痛みが襲い掛かり、それの意識は目の前の敵からほんの一瞬逸れる。壁に遮られているはずの敵の姿が、それの前に僅かに現れる。

 

「止まったな?」

 

 風切り音と共に、何かがそれに向かって飛来する。そう認識したと同時、その何かは腹に当たる部分に深々と突き刺さっていた。

 敵を壁に縫い留める為に伸ばした根。鋭く尖らせたそれには敵を貫いた時に付いたであろう赤。そして微かに、だが確かに感じられる銀の力。

 銀が、忌まわしい力がそれの身体を侵食する。突き刺さった部分を起点とし、それ自身の中でそれが生み出す瘴気を飲み込み、反発し、内側から殺そうとする。

 

「----!!」

 

 同時、再び感じた不可視の刃に斬り裂かれたかのような痛み。それの端末が受けた傷の痛みだ。端末に流れ込んだであろう銀の力が、それを同時に侵食する。

 端末はもはや尖兵としての役割を果たせない。母体たる自身を守るどころか、自身に痛みを与える存在になってしまった。であれば、目の前の敵を確実に殺す為に採る手段は一つだけ。

 かつて端末がそれを守る為、それに寄り添うように築き上げた漆黒の塔。その塔を飲み込むようにそれは成長した。その塔の石組みのありとあらゆる隙間にそれの身体は入り込んでいる。それが自らの巨体を震わせれば、その漆黒の塔は目の前の敵の墓標となるだろう。たとえ端末が諸共その石の下敷きになろうと、そのことはそれにとって致命的な事態を引き起こさない。それよりも目の前の敵を消せないことこそが、致命的だ。

 

 自身を脅かすものを滅ぼせ。

 

 それは当然の本能だった。

 

「お前は寝てろ」

 

 そしてそれが漆黒の塔を崩落させるよりも早く、目の前の敵が何かを言ったかと思うと、再びの衝撃。

 自身の胸から生えた青銀の輝きは、投擲された勢いのまま下僕を模ったそれを吹き飛ばす。銀の力を纏い、破壊的な力を持ったまま。

 だが、同時にそれが塔の床を崩した。石組みが崩れ、轟音を立てるそれが、目の前の敵を葬り去るだろう。

 

 それで良い。それ自身が絶えたとしても、目の前の敵が死ぬのならば。

 

 


 

 

「本体が左に移った!」

 

 コルンが自らの鼻を頼りに魔王本体の位置を教えてくれる。

 

「こっちは私達が」

 

「始末する」

 

 アルシェ、ノルンが本体から分身を引き離すように斬りかかる。

 

「ローエン!」

 

「言われなくともぉ!」

 

 もう一体はノックスとローエンが。

 

「流石に私じゃあれを正面から受けられません!」

 

「だったら俺の出番だなぁ! 船乗りの根性舐めんなよ!」

 

 シャーレイとロクシスが残りの一体を引き受けてくれる。

 

霧よ(ミスティル)兵となれ(ソルヌス)

 

 老爺の詠唱と共に森で私達を襲った霧の兵士が現れ、彼らの援護を始めた。

 

「それじゃソーン。前衛は任せたわよ」

 

「おう、任せとけ。行くぞ、ライネル」

 

 リミィの言葉に気負った様子も無く答えたソーンが私を見た。彼に応えるように私も頷き、銀の剣を構えた。

 

「頼りにしています、ソーン」

 

「おいおい、こっちの方が頼りにしてるんだぜ?」

 

 そう言って呆れたように笑うソーン。彼は理解しているだろうか。師匠に追いつくまでの旅で、どこまでも私達の中心であったのは彼だ。クランリーダーとして私達を纏めていたのはノックスかもしれない。純粋な剣技だけで言えば私やローエンの方が上かもしれない。けれど、私達の先頭を行く者として認められていたのはソーンだ。最も師匠の剣理を体現しているのは彼なのだから。

 

 私が理想とした剣が師匠の剣だとすれば、私が剣士として憧れたのはソーンだろう。

 

「さあ、行くぞ魔王とやら」

 

 物語の登場人物のように、人に勇気を与える者を勇者と呼ぶのなら。

 

「今の俺達の剣は一味違うぞ!」

 

 まさしくソーンこそが勇者なのだろう。

 

 彼と並んで魔王の本体に向かって駆ける。その後ろから、私達の頭上を越えて火球が魔王に向かって飛び、その表面を焦がそうとする。

 

――――(ムダナコトヲ)

 

 掠れた音と共に再び私に届く魔王の思念。ソーンと私、それぞれが左右から挟み込むように銀の剣で斬りかかれば、私の剣は魔王の大剣によって、ソーンの剣は魔王の左肩から生えた鎌の触腕によって防がれる。私達の体重も乗せた一撃の勢いを受け止め、反対に吹き飛ばしてやろうと魔王の圧力が増す。

 

「させない!」

 

 けれどそれを邪魔するように、魔王の頭を炎の槍が打ち抜いた。リミィの魔法だ。彼女の魔法は、王宮に仕える魔法使いですら及ばないと分かる威力。並の魔物なら簡単に焼き貫いていただろうその魔法も、それ自体は有効な攻撃にはならなかった。しかし、私達にかかる圧力を逸らす役割は十分に果たしてくれた。

 

「ソーン!」

 

「おうよ!」

 

 私が一言、彼の名を呼べばそれだけで通じたようにソーンと私は魔王の拘束を抜け、その周囲をぐるりと周って互いの位置を交換する。リミィの炎で少しでも視界が悪い状態であることを期待し、そのまま私とソーンの剣で前後から鋏のように魔王の首に向かって剣を振るう。

 私とソーンの銀が魔王の漆黒という一点で交わろうとした瞬間、魔王の左肩から生えた触腕が私の剣を叩き、魔王は姿勢を低くしてソーンの剣を躱した。

 

「まだまだぁ!」

 

 反撃とばかりに迫りくる魔王の大剣を自らの剣に滑らせるようにして受け流し、目にも止まらぬソーンの連撃。

 負けていられないと、私も魔王へと斬りかかるが、魔王はこちらを一瞥もしていないにも関わらず、左肩から生えた触腕は的確に私の剣を弾き、こちらの身体を抉り取ろうと先端の鎌を振るう。

 

「ライネル!」

 

 私が避けきれないと見るやソーンが私の前に割り込んでその攻撃を受け止める。私達二人の足が止まったのを良いことに、魔王は他の分身に紛れようと私達から距離を取った。姿形がそっくりな四体の魔王は、それぞれが入り乱れてしまえばその姿だけで真偽を判別することは不可能だ。ここにコルンがいなければ。

 

「逃がさない! 姿は同じでも、私には分かる!」

 

 コルンはすぐさま本体の位置を突き止め、指示を出す。

 それは私とソーンが本体を攻撃出来るようにするだけじゃない。その証拠に、私とソーンは自分達の目の前に現れた魔王の分身を抑えることに集中する。それだけでも十分だ。今、この場においては。

 

「たとえ入れ替わったとしても」

「逃げ場はない」

 

 自分達と相対していた魔王が分身から本体に代わったと知ったアルシェ、ノルンの剣が白い軌跡を残して振るわれる。

 

――――――(ナゼ、ココニモ)

 

 驚きの思念が魔王から伝わってくる。銀の魔力を使えるのは確かに私だけかもしれない。けれど、ここにいるのは皆が師匠から魔を断つ理外の剣を受け継いだ者達だ。

 

「私達はライネルほど優しくない」

「耳障りな音にはもううんざり」

 

 アルシェとノルンの二人が互いの剣を交差させれば、そこを起点として二人の魔力が交わり、力を増す。私がソーンにただ魔力を譲渡したのとは一線を画す、正しく互いの魔力を融和させ、ただ合わせる以上の力を発揮させる二人だけの戦術。一瞬だが、その出力は私の全力とも拮抗するほど。

 二人の剣がクロスするように振るわれ、魔王を覆う黒い甲殻を削り飛ばす。それを受けた魔王は驚愕故か、二人への警戒故か、再び距離を取れば分身たちに紛れるように姿を消す。

 

「皮一枚も切れなかった。硬い」

「また逃げるつもり」

 

「今度はノックスとローエンの前に!」

 

 そうして再び本体の位置を索敵するコルンが指差したのは、ノックスとローエンに対峙する一体。

 

「あの双子が特別だと思いましたか?」

 

「だったらとんだ思い違いですなぁ!」

 

 二人に向かって無造作に、しかし尋常ならざる速度で横薙ぎに振るわれた大剣は、二人のどちらかに掠ることすら無かった。姿勢を低くしたローエンの背中に手をついて中空に身を躍らせたノックス。

 

「あの二人ほどじゃないですが!」

 

「こっちにも主従の絆ってのがあるんだよ!」

 

 魔王の目を惹くように大仰な動作で剣を振り下ろすノックス。それを目晦ましとして地を這うように距離を詰めたローエンが足を払うように剣を横薙ぎに振るう。二人の剣は私やソーン程の魔力を纏うことは無い。双子達ほど一つの生き物のような連携にまで達してはいない。

 だが、長年の訓練と共通の剣術を基礎とした二人の連携の真の強みはそこには無い。相対する敵にとっては読み辛い連携かもしれないが、共に戦う者からすれば慣れ親しんだ動き。

 

霧よ(ミスティル)貫け(ペントレ)

 

 長耳族の老爺が生み出した霧の刃が、二人の剣の隙間を縫うようにして差し込まれる。その密度はともすれば二人も諸共巻き込んでしまいかねないほどのもの。

 

――――(バカ、ナ)

 

 けれど、老爺の霧の刃も、二人の剣もそれぞれが互いを全く邪魔することなく魔王へと到達する。黒い金属質な甲殻がまた一部、欠ける。

 動揺を振り払うように魔王の大剣が大きく周囲の空間を薙ぎ、それに巻き込まれまいとノックスとローエンは距離を取った。

 

「コルン! また入れ替わるつもりです!」

 

「分かった!」

 

 ノックスの言葉通り、三度魔王は分身と本体の位置を入れ替える。そして本体が次の標的に見定めたのは。

 

「ようやく俺の所に来やがったな! 俺達も良いところ見せようや、シャーレイ!」

 

「ええ、ロクシスと自分なら「後ろは任せた!」言った傍から一人で突っ込まないでください!?」

 

 突然の行動に出遅れたシャーレイを尻目に、ロクシスは雄叫びを上げながら魔王へと迫る。いっそ無謀にも思えるその吶喊に対し、魔王は先程より余裕を感じさせる動きで剣を構え、ロクシスに向かって振り下ろす。その剣に合わせ、左肩から生えた触腕も振り下ろされる。目の前の男を確実に亡き者にする為の一撃。

 

「舐めるんじゃねぇ!!」

 

 それをロクシスは自身の剣を頭上に構えて受け止めた。私どころかソーンですら受け流すことを選んだ魔王の剣を、正面から。

 轟音と共にロクシスの足下の床がひび割れ、陥没するほどの衝撃。魔王の剣がどれほどの威力を持っているかを雄弁に示すそれを受けてなお、ロクシスは不敵な笑みを浮かべた。

 私達の中で、誰と立ち会ったとしてもロクシスは倒れることが無い。海の荒くれもの達を纏め、一つのギルドの長となって街を守った男は、誰にも勝る打たれ強さを身に付けた。

 

「おいおい、魔王の剣ってのは随分軽いじゃねえの。時化の中で帆を張る方がよっぽど辛えぞ!」

 

「なにやせ我慢してるんですか!」

 

 ロクシスが正面から剣と触腕を受ければ、シャーレイに向く攻撃は減る。魔王の背後に回り込んだシャーレイは、魔王のがら空きになった背中に向けて無数の刺突を繰り出す。シャーレイの剣は、的確に魔王の背中の一点を突き、確実にその装甲を削った。見惚れる程に正確な剣技。弱点を見抜き、そこを突く能力でシャーレイの右に出る者はいない。

 

――――(コンナコト、ガ!)

 

 アルシェ、ノルン、ノックス、ローエン、シャーレイの攻撃によって遂に魔王の装甲が一部崩れる。その内側に微かに見えるより暗い漆黒。

 

「僕達に出来るのはここまでです!」

 

「後は任せたぜ、ソーン兄にライネル!」

 

 ノックスとロクシスがそう言うと同時に四度、私達から距離を取った魔王とその分身。その隙に私達も後ろに立つリミィ、コルン、老爺を守る為に陣形を整える。

 

「来る、正面から!」

 

 そしてコルンが私とソーンの正面に立つ魔王を指差した。他の分身と違ってその装甲には僅かにヒビが入っている。

 

「さあて、ここまでお膳立てされたんだ。勇者らしく決めないとな、ライネル?」

 

 そう言って私を挑発するように笑みを浮かべたソーンに、私もらしくないと思いつつも同じように口の端を吊り上げて笑う。

 

「ええ、二人で決めましょう、ソーン」

 

――――! (ギン! イマワシイギン!)

 

 そして私達は再び魔王本体へと肉薄する。魔王の怒りを表すかのように縦横に暴れる触腕を私の光剣が弾き、ソーンの剣が受け流しながら着実に距離を詰める。

 

「っち、さっきよりも暴れやがる!」

 

 しかし、魔王の大剣を警戒すべき範囲に踏み込むと、魔王の戦い方がこれまでとはがらりと変わった。

 先ほどまでの力任せに大剣を振り回していただけとは打って変わって、明らかに剣術を知っている者の動きになる。私やソーンの動きに対応して間合いを調整し、大剣を両手で巧みに操る。ここに来て剣術を“思い出して”きているかのように。

 

「そこぉ!」

 

 攻めあぐねた私達を見かねて、リミィが炎の矢を魔王に飛ばして援護するが、魔王は優に十は越えるリミィの矢を大剣で切り落とし、逸らし、いなしていく。だが、私達が距離を詰める僅かな隙も同時に生まれた。

 

「ソーン!」

 

「っ、おう!」

 

 私の言葉に、ソーンも素早く反応した。一歩でも踏み込めば剣の暴風に晒されることが分かり切っている魔王の射程圏内、そこにリミィの援護もあり、ついに私達は足を踏み入れる。

 

――――――(コンドコソ、ホロボソウ)

 

 魔王の触腕と剣が吹き荒れる中、私とソーンはじわじわと距離を詰めるが、リミィの援護を受けてなお、あと一歩が足りない。

 

「後、少しなのに!」

 

「しつ、こい……!」

 

 歯を食い縛って魔王の息をつかせぬ攻撃を凌ぎ続けていれば、突如としてその暴風の圧力が減った。

 

「私も、師匠の弟子なんだ!」

 

 その切っ掛けとなったのは剣を構えて魔王の背後に迫るコルン。その気配を魔王が捉えたからだった。先ほどまでのアルシェ達との攻防で魔王にとってはコルンの攻撃が自身にとって有効打になり得るかどうかにかかわらず警戒の対象となる。故に、三人に増えた敵への警戒に、攻撃の圧力が僅かに分散する。

 

 ここだ、私とソーンにとって千載一遇のチャンスは、ここしかない! 

 

 ソーンもそれを感じ取ったのか、私達は目配せも無いまま、同時に踏み込んでいた。それを認識していながらも、魔王は触腕をコルンへと振るう。

 

「剣が通じなくとも、避けるだけなら!」

 

 そしてその触腕をコルンはしなやかな動きと、只人を凌駕する五感を駆使して躱す。師匠との修行の中でコルンが身に付けた回避術。それは確かに、私達が魔王に踏み込む最後の一歩を支援した。

 

「これで!」

 

「終わりだぁ!」

 

 ひと際強い光を放ち、私とソーンの剣が魔王に向かって振り下ろされる。その剣は、アルシェとノルンによって綻び、ノックスとローエンによって広がり、ロクシスとシャーレイによって穿たれた魔王を覆う漆黒の装甲の無い部分を斬り裂くことに成功した。

 

「――――――!!?」

 

 ガラス同士が擦れ合うような、鼓膜を直接引っ掻くような不快な音が私達の耳を打つ。それと同時に、魔王の分身がその姿をぐずりと崩した。

 そして魔王は天を仰ぐような姿勢になったかと思うと、そのまま動かなくなった。程なくして立っていられない程の揺れが私達を襲う。

 

「この揺れは!?」

 

「分かりませんが全員固まって!」

 

 私が状況を把握しようと周囲を見渡せば、ノックスが素早く指示を出してリミィと老爺を囲むようにかたまる。

 

「これマズいんじゃねえのか!?」

 

「ここが崩れたら無事じゃすまないぞ!」

 

 ロクシスとローエンが焦った様子で言う。

 

「リミィ、この揺れ止められるか!?」

 

「無茶言わないで! だけど、出来ることはする!」

 

「力を貸す!」

 

 ソーンに言われ、リミィが杖を構えて意識を集中させる。それに合わせ、長耳族の老爺も捩じれた杖を掲げて祈るように目を閉じた。

 その瞬間、私達の周囲を透明な揺らめく膜のようなものが覆う。リミィと老爺の魔法によるものだ。それが私達を完全に覆うと同時、私達の足下の床が崩れ、瓦礫となって下方に落ちていく。

 

「私が風を!」

 

「維持は儂に任せよ」

 

 そんな中、周囲の崩落に逆らってリミィの魔法によって生み出された風が、私達を覆う膜に下から当たり、落下速度を和らげようとする。

 こうなると私達に出来ることは何も無い。ただ二人の魔法使いに私達の命運を預けるだけだ。

 

「もう少し……!」

 

「このまま行けば何とか……!」

 

 額に玉のような汗を浮かべながらリミィと老爺は魔法の維持に集中する。塔の崩落は更に進み、私達が昇って来た階段は見るも無残にただの瓦礫となって崩壊していく。落下する瓦礫によって最下層の床も抜け、師匠が降りて行ったであろう地下が露出していく。

 私達の落下も、降りるべき地面が低くなるに合わせて長くなる。そして多くの瓦礫の重みに耐えかね、ついに最後の層が破られ、地下に広がっていた空間が姿を現す。

 

 そこには、天を衝かんと聳える大樹の幹と地中に伸びていく根、それと対峙する一人の男の姿。

 

「師匠!?」

 

 身体中から血を流し、頭上から瓦礫が降って来ているというのにそれでも普段と全く表情を変えずにこちらを見上げている師匠が、そこにはいた。

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