後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

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俺の知らないところで話進んでる……

 故郷の村で猟師してる爺さんへ。お元気ですか。いや、手紙もあったから元気なのは分かってるけども。

 以前は手紙で故郷に戻って猟師するとか嫌だって抜かしてましたが最近は気が変わってきました。何なら今すぐ何もかも捨てて故郷に戻るのも良いかもしれないと思う程度には気が変わっています。

 

「師匠……、その隣のは何?」

 

 原因? そら目の前で修羅もかくやと言わんばかりの雰囲気を醸し出していらっしゃるアルシェさんのせいですね、はい。その隣には一言も発してないけどノルンさんもいるんですよ、フフ、怖い。

 

 発端は悲しいことにもはや不意打ち上等を隠そうともしなくなったフィリの襲撃を今日も今日とて捌き切った日のこと。うん、あんまりにも煽ってたら気付いたら俺が気を抜いてるときを狙って仕掛けてくるようになったの。どうして俺の知ってる女性は皆バーバリアンになっていくのか。これが分からない。

 

「今日も負けたー!!」

 

 何度か地面に転がすと立ち上がる体力も尽きたのか地面に大の字になって手足をバタバタとさせて悔しがるフィリ。なんかこの娘どんどん幼児退行してませんかね? 初対面の時のキリッとしたクールな印象はどこに行ってしまったんですかね。

 もう不意打ちは無しだよ、と念を押しながらフィリに手を貸して立ち上がらせる。俺の手を取りながらこっちをジト目で睨みつけて頬を膨らませる姿は可愛いんだがもはや幼女である。

 

「もう……、少しは手加減してくれても良いんじゃない?」

 

 そんなこと言いながら本当に手加減したらどうせ怒るじゃないですかやだー。というかもう立ち上がったのにいつまで手を離してくれないんですかね? 

 

「今日はこのまま私の散策に付き合ってもらうわ」

 

 不意打ちを回避したと思ったら結構な時間に渡って組手してたというのにこのまま山に入るですと? エルフって皆そんなに体力あるの? 俺もう疲れたよ? 

 そこはかとなく家に帰ろうよオーラを出したものの、何するものぞと右手を引いて前を歩くフィリに引き摺られていく。どうして……。

 散策、と言いつつやることというと山菜だったり木の実を集めたり、後は仕掛けた罠に獣が掛かっていないかを見て回るというお仕事なので別にただの散歩でも何でも無い。

 意気揚々と背中に担いだ籠に目ぼしい山菜だったりを鼻歌交じりに放り込んでいくフィリを見て、なんでこの娘はこんなに上機嫌なんですかと言いたくなるのを堪えて俺もお手伝いに励む。美少女とお仕事ってだけでも役得なので今の俺は贅沢だな、うん。

 

 まあ二人で山を回れば必要な量を集めるのも割とすぐに済むもので、籠がいっぱいになった後は本当にただの散歩になったわけですが。

 

「こっちよ! 川が流れているの。冷たくて気持ちいいのよ」

 

 山を案内してあげる、というフィリに付き従って山を歩けば、あの木の実は食べられるけど凄く渋い、あの鳥は実が一番熟したのを逃さず食べるからいつも競争になるのといったほのぼの散歩である。そうそう、これだよ。この島に流れ着いてから、俺の理想の異世界生活が出来ている気がする。後は弟子が俺を追って来なくてどっか遠くで武勇伝でも打ち立ててくれてたら満点なんですけどね! 

 

「もう! 聞いてるの?」

 

 俺があらぬ方向に思考を飛ばしていることに気付いたのか、フィリが俺の目の前まで来て拗ねたように頬を膨らませていた。余計な事考えてたのは実際事実なので素直に謝る、ごめんて。

 

「……仲間を探しに行きたいの?」

 

 俺が謝ると、フィリが不安そうな顔でそう言って俺の手を取る。いや、俺はそんなつもりは全くありませんが。爺さんも今頃仲間のエルフと会って思い出話に花でも咲かせてる頃だろうし、ジルファのおっさんもある程度観光したら帰るでしょ。何ならここで骨を埋めるまで考えてますよぼかぁ。

 

「ホント!?」

 

 そんなことをぼかしながら話せば、フィリの顔がぱぁっと明るくなる。やだ、美少女の笑顔が眩しいわ! 

 先ほどまでの不機嫌はどこへやら、ルンルンという擬音が見えそうなくらいの上機嫌で歩いて行く。その後ろをだらしなく緩みそうな表情を必死に抑えながらついていく変質者は俺です。

 と、少し開けた場所に出たところで前を歩くフィリの足がピタリと止まった。まさか俺の邪な下心が感知されたかと慌てて師匠面表情筋をフル稼働させたが、原因はどうやら違うらしい。彼女の目線の先にはこちらを見て目を丸くしている人間達が立っていたからだ。

 

「師匠……?」

 

 あ、やっべ。

 

 ということで現実逃避、走馬灯、もとい回想は終わり。俺は目の前に聳え立つ現実に直面せざるを得なくなった。

 

「師匠、ってことはあれがあなたの弟子?」

 

 フィリさんや、どうしてあなたまで険しい顔をしてらっしゃるんです? 

 

「師匠、その隣のは、何?」

 

「教えて欲しい」

 

 声にドスが利いておられますよ、アルシェさんにノルンさん。そんなに怖い顔したら美人が台無しですよ、なんてふざけたことを言うと俺の首が胴体と悲しみのお別れをしてしまいそうなのでお口チャックである。ちなみにこの子は俺が流されてたところを助けてくれた恩人です、ハイ。

 

「恩人……」

 

 俺が恩人と説明すると双子の表情が僅かに和らいだような気がした。

 

「この人達は?」

 

 なおそんな双子の表情はフィリが不安そうな表情でこっちに引っ付いてきたせいでまた修羅に戻った模様。なんということをしてくれたのでしょう。匠のビフォーアフターによって俺が生き延びる一縷の望みが断たれそうになったではありませんか。

 いや、双子の怒りは理解できる。二人から見た今の俺はどうかと言えば、エルフの美少女を探しに行くとかいうふざけた理由でまた逃げ出したロクデナシの居場所を突き止めたと思ったらそのロクデナシはエルフの美少女に鼻の下を伸ばしていたという図だ。いかん、ただでさえ底値を打った俺の株がまたストップ安になってしまう。

 フィリには双子を以前にも話していた弟子だと紹介する。怖い顔してるけどその殺意の矛先は多分俺なので大丈夫です。

 

「弟子……、そう、あれが」

 

 どうしてフィリまでちょっと剣呑な表情をしてるんです? あれか、俺みたいな冴えないクソ雑魚冒険者があんな美人姉妹の師匠やってるのは犯罪臭がするとでも? 事実なので何も言い返せませんな。

 早くも俺の味方がいなくなったような気配を感じたのでどうにか逃げられないかと周囲を見渡してみれば、双子の後ろにまだ何人かいるのが見えた。おや、あれはエルフの爺さんにジルファじゃないか! 同じ男のよしみで俺を助けてくれたりしませんかね? 

 そんな望みを託して二人に視線を送ったが、二人は神妙な表情で俺から目を逸らすばかり。望みが断たれたー! 

 

「なんだ。あれが貴様らの言う人間か。あれのどこに貴様らの言うような素質があるのか……」

 

 俺が絶望していると、双子の後ろから進み出てくる輝く金髪のイケメンエルフ。何やら俺を見て鼻で笑いながら近づいて来ているが、誰だお前は。

 

「……礼儀がなってないな」

 

 名前を聞いただけなのに滅茶苦茶嫌そうな顔されたんですが……。何故か双子の殺意マシマシの視線がイケメンエルフさんにも刺さっている。イケメン無罪という言葉はどうやら双子には無いらしい。お兄さんも俺みたいにゴミを見る目で見られたくなかったらあんまり変なこと言わない方が良いと思うんだ。

 

「家族ごっこでもしているつもりか? 忌み子であるお前が」

 

 俺の目の前まで来たエルフの兄ちゃんがそう言って俺の隣に視線を移す。そう言えばさっきからフィリが静かですねえと俺も隣を見てみればそこには俺の腕に縋りついてぶるぶる震えるフィリの姿。めっちゃ怯えてるじゃないですか。

 

「……王の慈悲で追放で済んでいたものを。我らの目に付かぬところで隠れ住む程度であれば見逃していたというのに」

 

 エルフの兄ちゃんが何かを言う度に俺の腕に縋りつくフィリの身体の震えが大きくなる。その様子が普通じゃないので何だなんだと双子達の方を見やれば、彼女らも俺じゃなくエルフの兄ちゃんの方を汚物でも見るような目で睨みつけていた。うん、なんかメインクエスト的な何かが進んでたやつですねこれは。そこに何も知らない俺が巻き込まれたということ。なるほどなるほど。

 

「なんだその目は。何か言いたいことでもあるのか」

 

「……ッぅ!」

 

 エルフの兄ちゃんを見上げ、何か言い返そうとしているフィリだが、口を開けど言葉は出て来ない。うんうん、無理しないで良いんだよと俺は彼女の頭に手を乗せる。

 

「貴様も何か文句でも……ぶるぁ!?」

 

 しまった、つい手が出てしまった。何か言おうとしていたエルフの兄ちゃんの顔面に向かって俺の右拳がクリーンヒット。相手はと言えば、殴られた衝撃で地面に尻もちをついている。

 

「き、貴様ぁ!」

 

 殴られたところだけじゃなく耳まで赤くして兄ちゃんがこっちに怒鳴っているが、俺はエルフっていうファンタジーは好きだけどエルフの美少女の方が優先度は高いんだ。俺程度のパンチも避けられないということはこの兄ちゃんも俺と同じで大して強くないと思われるため、小心者の俺もいつもより強気である。

 おいおい、兄ちゃんよ。黙って聞いてたら好き勝手言ってくれちゃって。礼儀がなってないのはあんたの方じゃ無いんですかあぁん? 気分はカツアゲしている不良である。

 

「この、無礼者がぁ!」

 

 エルフの兄ちゃんがブチギレの様子でこっちに向かって掴みかかって来るが、その腕を躱し、勢いを利用して投げ飛ばす。地面に倒れ込んだエルフの兄ちゃんが苦しそうに咳き込んでいるので、ここぞとばかりに煽りを入れる。

 

 ざーこざーこ。簡単に投げ飛ばされてやんの。

 フィリの方がすぐに立ち上がって向かって来るだけ根性あるぞ。

 俺みたいなクソ雑魚冒険者のパンチすら躱せないとか恥ずかしくないんですかぁ? 

 

 俺の心の中に住まうクソガキ精神を最大限に発揮して煽ってやれば、相手は増々頭に血が上った様子で立ち上がり、腰に佩いていた剣を抜いて俺に突き付けてきた。しまった、煽り過ぎたかもしれない。などと思って視線を横に逸らせば、こっちを心配そうに見つめているフィリと目が合う。……向こうも美少女を言葉責めしてたからセーフだな! 

 

「腕の一本は覚悟してもらうからなぁ!」

 

 そう言いながらこっちに斬りかかってくるので身構えていたが、その動きはあまりにも遅い。何なら俺が会ったばかりのまだ主人公覚醒してない弟子達とそう変わらない程度。なるほど、この島には魔物がいないとフィリも言っていた。エルフ達は戦う必要も無く、クソ雑魚冒険者レベルすらいないということか。あるいはこの兄ちゃんが偉そうなこと言ってるけど大したことないボンボンか。多分後者だろう。だって台詞があまりにもよくある見掛け倒しのボンボン的な発言ばかりなんだもの。

 ということで俺はこっちに斬りかかってきた相手の懐に潜り込むと、振り下ろそうとしている腕を取る。そのまま俺の背中に乗せるようにして相手を地面から浮かすと、背負い投げの要領で地面に思いっきり叩きつけてやった。背中からもろに地面に落ちた衝撃で兄ちゃんの手から剣が零れたのでそれを蹴り飛ばし、動けない間に左腕を身体に抱えるようにして膝で相手の左肩を抑えつける。

 

「ぐうっ!?」

 

 剣抜いたのに素手の相手に制圧されるとか恥ずかしくないんですかぁ? 

 腕の一本は覚悟、とか言ってたのに逆に腕折られそうになってるとか情けなーい。

 ……しまった、心のクソガキ精神がまだ絶好調だったようで煽りを入れてしまった。

 

「こ、こんなことをしてタダで済むと……!」

 

 なおも何か言おうとしていたので膝に力を入れて肩をグリグリと抑えつける。こちとら恩人を馬鹿にされてるんですが? 

 エルフの美少女を泣かせようとした罪は重いので俺もオコである。というかまずはこっちに事情を説明せんかい! 

 ですよね、と同意を求めてフィリの方を見てみれば、やはりというか泣いていた。ほら、やっぱり泣いたじゃないか! 反省しろ! 

 

 


 

 

「今日も負けたー!」

 

 何度目か分からない程に慣れてしまった地面に倒れて見る空。私は今日も彼から一本取ることが出来ないまま地面に転がされていた。

 今日なんかは食事の後の少しボーっとしていたところを狙ったのにもかかわらず、私の動きを見もしないで彼は不意打ちに対処した。

 

「もう……、少しは手加減してくれても良いんじゃない?」

 

 動いたせいで少し乱れた衣服を直した後、手を貸して私を立たせてくれた彼に膨れながら言ってみせる。

 

「手加減されて嬉しければ、そうしよう」

 

 そう言われてしまえば何も言えない。彼は全力では無いけれど、いつだって私に本気で向かい合ってくれている。そんな彼を認めさせないと意味が無い。手加減されて勝ったとしても、それで私が気になっているあの種を素直に受け取れるかと言うと……、今は自信が無かった。

 

「いつまで手を貸せば良い?」

 

 何も言えずにいると、彼は私と繋がれている左手を掲げた。確かにもう立ち上がっているのだし、手を離しても構わない。けれどあまりそうしたくなかった。

 

「今日はこのまま私の散策に付き合ってもらうわ」

 

 そう言って少し怪訝な表情を見せた彼をあえて無視して、私は彼の手を引いて歩いて行く。勝負には負けてしまったけれど、今日はもう少しだけ甘えたい気分だった。

 山に入るのは毎日の食料を採集するためだったり、罠の様子を見て回るという作業が主目的だった。普段は彼と私で別々で行っているそれ。私が回っているところと被らないようにしてくれている彼にとって、私が普段歩いている山の景色はあまり馴染みが無いはずだ。

 

「今日は私がこの辺りを案内してあげる!」

 

 日課になっている採集が一区切りついたところで、もう少し一緒に山を歩きたい口実としてぴったりだった。

 

「この実は食べられるけれど凄く渋いの。小さい頃に何も知らずに食べて、しばらくは水も渋く感じたわ」

 

「……酔い覚ましには良いかもな」

 

「ほら、あの鳥。鳥って一番熟して美味しい木の実を狙って食べるからいつも取り合いになるの」

 

「鳥は実が熟す時期を知っているからな」

 

 私が話せば、彼はそれに言葉少なに相槌を打つ。私が一方的に話しているような格好になっているけれど、それを不満に思ったりはしなかった。彼が私の話を聞いてくれていることが分かるから。そして彼の表情が普段よりも穏やかなものに見えたから。

 

「こっちよ! 川が流れているの。冷たくて気持ちいいのよ」

 

 山の中でも、私のお気に入りの場所を紹介しようと彼を先導する。少し勾配のある道を上って彼の方を振り返ってみれば、彼はどこか遠くを見つめているようだった。それは今この場じゃない、別の何かを思っているような。それに言いようのない不安を掻き立てられた私は、彼の前まで戻ってその顔を覗き込む。

 

「もう! 聞いてるの?」

 

「………………考え事をしていた。すまない」

 

 そう言って私を見る彼の目が、また私じゃない遠くを見つめたものになったような気がして。私は思わず彼の手を取っていた。

 

「……仲間を探しに行きたいの?」

 

 こんな言い方は卑怯だと分かってる。彼の優しさにつけ込んでいることは理解している。

 

「…………いや、もうしばらくは良いだろう」

 

「ホント!?」

 

 でも、これだけ温かい場所を知ってしまえば。孤独を忘れさせてくれる人を得てしまえば。罪悪感よりもそんな卑小な独占欲が勝ってしまうのだ。

 

「師匠……?」

 

 私の背中に掛かるそんな言葉に、私だけの時間が終わりを告げたことを悟ってしまったのだ。

 

「師匠……、その隣のは何?」

 

 私達の前に立ち、恐ろしい気配を放っているのは黒髪を長く伸ばした女の人。その隣には、私と同じ白髪の、黒髪の女性と似た顔立ちの女の人も立っている。

 師匠、という言葉から彼女達が彼の話していた弟子ということなんだと思う。

 

「師匠、ってことはあれがあなたの弟子?」

 

 分かっているのにそう聞いてしまったのは、全く知らない赤の他人だと彼が否定してくれるかもしれない希望を持っていたからかもしれない。

 

「師匠、その隣のは、何?」

 

「教えて欲しい」

 

 彼から返事が来る前に、目の前の女の人達が彼に重ねて問い掛けていた。彼は何度か私と彼女たちの間で視線を行き来させた後、彼女らの方へと視線を向けた。最初に私を紹介することにしたらしい。

 

「海に流された俺を助けてくれた恩人だ」

 

「恩人……」

 

 恩人、という言葉に目の前の二人の雰囲気が和らぐ。それと対照的に、私の胸はチクリと痛んだ。彼の中で私を指す最初の言葉は恩人であり、それ以上の意味を持たないから。

 

「この人達は?」

 

 そんな不安を少しでも和らげたくて、私は彼に身体を寄せた。目の前の二人から放たれる雰囲気がまた重苦しいものになったけれど、それは無視することにした。

 

「前にも話した弟子だ。二番目と、三番目の」

 

「弟子……、そう、あれが」

 

 改めて彼から言葉にして告げられたことで、私も覚悟が決まった。彼女達が弟子なのだとしても、それが彼を譲らねばならない理由なんかにはならないと。

 そう決心して目の前の二人をキッと睨みつければ、彼女達からも鋭い視線が返ってくる。本当なら、まるで剣を突き付けられたようにも思えるその視線に震えていたのかもしれない。けれどそれ以上に、彼女達の後ろにいる人が視界に入った瞬間、私の身体は固く硬直してしまった。

 

「なんだ。あれが貴様らの言う人間か。あれのどこに貴様らの言うような素質があるのか……」

 

 二人の後ろから進み出てくる金髪。私を虫でもみるように見下ろす碧眼。隣に立つ彼に対しても、見下すような表情でこちらに歩いてくる。

 私を忌み子と呼び、母と共に集落から追いやったこの島の守り手、エルネスト。その目は、幼い頃の記憶とちっとも変わらない冷徹な光を宿していた。

 

「誰だ、お前は」

 

 エルネストと向かい合った彼は、私達を嘲るエルネストを一顧だにせずそう言った。その言葉にエルネストの顔がピクリと反応する。

 

「……礼儀がなってないな」

 

「初対面の人間を見下すことが礼儀か」

 

 そう言われて不快そうに顔を歪めたエルネストは値踏みするように彼を上から下まで睨みつけたかと思うと、今度は私の方へと視線を移した。

 

「……王の慈悲で追放で済んでいたものを。我らの目に付かぬところで隠れ住む程度であれば見逃していたというのに」

 

 その目が、その言葉の一句が、私の身体に突き刺さっているような心地になり、私の身体は無意識に震えを増した。指先から身体の芯までが冷え切ってしまったような気がして、私は唯一触れられる温かさに縋りつき、せめてもの反抗としてエルネストを睨み返した。

 

「なんだその目は。何か言いたいことでもあるのか」

 

 けれどその反抗心は、冷たい言葉で両断される。何かを言おうと口を開いたけれど、言葉は喉に張り付いて出て来てくれなかった。

 

「よく頑張った」

 

 その言葉と共に、ふわりと頭を撫でられる。視線を上げてみれば、彼が私の頭に手を置いていた。頭の先からじんわりとした温かさが広がって、身体の震えが徐々に収まっていく。

 

「貴様も何か文句でも……ぶるぁ!?」

 

 そして次の瞬間には、彼の拳がエルネストの顔面を殴り抜いていた。

 

「文句なら山ほどある」

 

「き、貴様ぁ!」

 

 手振りで離れているように示されたので、名残惜しさを感じながらも彼から離れる。

 

「この、無礼者がぁ!」

 

 そんな彼に向かってエルネストが激昂した様子で掴みかかっていたが、ひらりと身を躱した彼がその腕を取って逆に予想以上の勢いをつけ、エルネストを投げ飛ばした。受け身を取ることも出来ないまま地面に顔から倒れ込んだエルネストに向かって、ゆっくりと彼が歩み寄っていく。

 

「フィリならすぐに立ち上がる。さっきの拳も、俺の弟子なら躱していた」

 

 ヨロヨロと立ち上がるエルネストに向けて、彼が静かな、けれど確かな怒気を孕んだ口調で言う。その怒気は、私に向けられたものでもないのに背筋に冷たいものが流れる感覚に襲われるほど。私の視界の端には、白髪と黒髪の双子、その後ろにいるお爺さん達も汗を浮かべて動けないでいる様子が映っていた。

 

「腕の一本は覚悟してもらうからなぁ!」

 

 そんな彼の怒りに気付いていないのか、それとも正面から受け止めて尚そう言えるのか、エルネストはついに腰の剣を抜き放って彼へと迫る。

 それに対しても、彼は剣を抜く素振りすら見せないまま、一瞬の交錯の中でエルネストを地面に叩きつけ、手から零れた剣を蹴り飛ばして制圧してしまった。

 

「ぐうっ!?」

 

「遅い剣。だから無手の相手に負ける」

 

「離せぇ!」

 

「腕の一本は覚悟、それはお前も一緒だ」

 

 身体を抑えつけられながらも暴れようとしたエルネストの左腕を捩じり上げ、抵抗を封じる。その動きを見れば、今朝の私が何度挑んでも勝てなかった理由がすぐに分かる。

 エルネストはこの島のエルフの中で最も腕の立つ剣士だ。だけど、彼はエルネストとは格が違う。彼が私に聞かせてくれた冒険の話、魔物との戦いの中で磨かれたその戦闘術、戦いに向かう精神。

 

「こ、こんなことをしてタダで済むと……!」

 

 腕を封じられてなおも何かを言おうとしているエルネスト。それを彼はいっそ冷たさすら感じさせるほどの怒りを籠めた目で見下ろしていた。

 だけどその怒りは、もはや私にとっては恐ろしいものではなく、むしろ……。

 

「フィリを泣かせるな」

 

 どこまでも私を慮ったものである温かなものだった。堪えようとしていたのに、私の目からは自然と涙が零れていた。

 けれどその涙は、辛いから流れるものじゃなかった。

 






書籍化について、イラストレーターも決まり、冬頃刊行を目指して現在鋭意作業中です。各キャラクターのイラストなんかも少しずつ出てきました。ようやく色々と形になってきた気がします。
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