後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

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全力で頼っていく男

 はい、せっかく出会った美少女エルフとフラグを立てる間も無く復活怪人に連れ去られる無様を晒した男です。

 そんな俺があんまりにも情けなく見えたのか、まさかのアルシェとノルンにも船で慰められる始末。おじさんもう情けなさ過ぎて何も言えません。

 ということでロクシスの待つ港町まで戻ってきた俺は、双子から顛末を聞いて心配そうな表情のロクシスからも慰めの言葉を掛けられていた。うん、俺の醜態が弟子達の間で共有されることはもう諦めたよ……。

 というより俺は今からこの弟子達に更に情けないお願いをする必要があるので、そのお願いを聞き入れてもらうためにも弟子達の機嫌を損ねることはあってはならないのだ。

 

 俺の中で大聖母認定されているロクシスのお袋さんに相変わらず飯の世話になりながら、俺は今回の俺の不始末を自分の口から説明するという情けなさ二重底な状況に陥っていた。まあ一番の被害者は多分あの島で引き籠ってたエルフさん達だと思う。だって自分達が触るだけで酷い火傷するような劇物を何も知らないオッサンがしれっと持ち込んできたばかりか、何故か知らんけどエルフのお貴族っぽい人間がその種を誤嚥した結果再生怪人よろしくマネキン野郎が蘇ってしまったのだから。改めて思い返してみると余計なことしかしてないな俺……! 

 

「師匠と戦ってたあの化け物が復活したってのか……」

 

 俺の話を聞き終えたロクシスが深刻そうな顔でそう言う。復活した上に俺が以前会った時よりも新鮮だからか固かったからね。俺が前に会った時は油断してたのか弱ってたのか知らんけど俺でもギリギリ倒せたけど、再生怪人に同じ技は通じぬとばかりに今回はまともにダメージを与えられませんでしたという無様な話。

 つまり、俺は美少女エルフであるフィリを助けるためにはあの魔王を倒した真の勇者が必要な訳である。というかライネルだけじゃなくてソーンをはじめ他の弟子達も出来ればいて欲しい。だって絶対に四天王とか出てくるでしょ。前回はそれっぽいのいなかったし。

 

「前は俺達がオヤジを追い掛けたが、今回はオヤジが俺達を集めて回るってことだな」

 

 オナシャス! とロクシスに向かって頭を下げると、ロクシスが腕を組んでしたり顔で頷いている。君らの場合は執念深すぎると言いますか……、出来れば諦めて欲しかったと言いますか……。いや、今は余計なことを言うんじゃない、まずはロクシスの協力を取り付けるんだ……! 

 机にくっ付くぐらいに頭を下げる。どうだ、これ以上を求めるなら土下座も厭わんぞ俺は。俺の土下座なんて安いもんなのでいくらでもやってやらぁ。

 

「頭を上げてくれ、オヤジに頭を下げさせたなんてソーン兄に知られたらゾッとする」

 

 なんて言ってロクシスは笑う。やだ、なんて良い男……! やっぱり海の男しか勝たんということですな。

 

「ライネルは俺が呼びに行く。ノックスもローエンも今はこっちに戻って来てる。オヤジはそっちを迎えに行った方が早いだろ」

 

 化け物が飛んで行った先は分かってるのか? と聞く有能ロクシスくんに俺は頷いて懐から小さな矢を取り出す。ダーツの矢みたいなこれは島を出るときにエルフの王様っぽい爺さんから貰ったものだ。俺は情けなくもマネキン野郎の腕を一欠けさせることしか出来なかったものの、その欠片をあれやこれやと加工して作ってくれた。これを水に浮かべるとマネキン野郎のいる方角に矢じりが向くという便利アイテムである。「こんなことで償いにはなるまいが」とか王様は言っていたが、いやむしろ俺が取り扱い注意の劇物を不用意に持ち込んでこちらこそ本当に申し訳ない。

 

「あの長耳も最後に少しはマシなものを寄越した」

「これで大樹の化身を追うことが出来る。相も変わらず臆病だけど」

 

 アルシェとノルンは何故かずっとエルフに対して喧嘩腰である。何でですか、爺さんには優しいのに。そして俺の両隣で怖い顔するのやめて欲しい。君達ただでさえ普段から表情変わらないクール系なんだから怒らせたのかもなんてちょっとドキッとするんですよ。

 俺がそんなにエルフを悪く言わないであげてと宥めれば、二人はこれまた何故か機嫌を損ねたようにムッとした表情になる。やだ、怖くてもう二人の顔が見れなくなったわ。俺は目の前のロクシスをじっと見つめてどうにかしてくれとテレパシーを送る。海の男なら俺の救難信号も受け取ってくれ……! 

 

「ま、向かう先が明確だってんなら話は早い。俺はソーン兄とライネルを迎えに行く。あっちの残党狩りもひと段落してる頃だろうしな。オヤジは二人と一緒にシャーレイがいる都に向かうのが良いだろう。ノックスにも会えるだろうしな」

 

 というロクシスの助言もあった為、俺は双子とエルフの爺さんを伴って早速港町を出ることにした。ジルファのオッサンは同じ船乗りということもあってロクシスとばっちり意気投合し、気が付いたらロクシスと一緒に船に乗ってました。あのオッサン、もう引退してるとか前に言ってたよね? 元気過ぎませんか? 

 

「師匠との旅、楽しみ」

「今度は邪魔者もいない」

 

 なお双子は恐ろしく物騒なことを言っている模様。あの、一応エルフの爺さんもいるんですよ? 何故か俺からちょっと距離を取って微笑ましいものを見るような目でこっちを見てくるけどさ。これからこの双子に日夜命を狙われる俺が可哀想だとは思わんのか? 

 

 などと戦々恐々としていた俺だったが、意外なことに旅の途上は思っていた以上に平穏だった。双子はたまに手合わせという名の処刑を狙って来るくらい。いや、これをくらい、とかで済ませているあたり俺の感覚がバグってきてんな? これが弟子達の計画だとすればなんと巧妙なことか。

 といった感じで俺と双子、そしてエルフの爺さんは無事にシャーレイがいるであろう王都に辿り着くことが出来たのである。街に入る門番は相変わらずやる気の無さそうな兵士さん達だった。君らも全然出世しないね。いや俺が偉そうなこと言えた立場では全く無いわけなんですが。そしてこの門番共、相変わらず俺に絡んで来ようとしていたが、双子達の顔を見た途端に顔を真っ青にしてどっかに走って行ってしまった。どうしたっていうんですか、もしかして君達この街でヤバいことでもして指名手配されてんの? 

 

「さあ。前はシャーレイを拾っただけで特にここでは何もしてない、はず」

「私もアルシェも目立つから、かも?」

 

 なんで二人してちょっと自信なさげなのよ。君ら美人なんだから歩いてるだけでも噂になったりするんじゃないの。それでいて強いんだからナンパ男とかを玉砕して変な尾ひれ付いたりしてたりするんじゃないの? 

 

「……美人」

「そういうこと言うくせに……」

 

 何故か二人から腕をつねられました。痛ぁい! 二人の全力でつねられたら痕が残っちゃうでしょ! 

 

「どうやらもっと騒がしくなるかもしれんな」

 

 俺の後ろにいたエルフの爺さんが何やら呟いたので痛みを我慢しながら振り向いてみれば、何やら騒がしい足音がこっちに向かって近づいてくる。ドタドタ、ガシャガシャという音と共にこっちに突っ込んで来るのは見覚えのある深紅の髪。その長い髪をさながら犬の尻尾のように振り回しながらこっちに走ってくるのは、シャーレイ。

 

「──ォー!!」

 

 ん? なんか叫びながら走って来てる? 

 

「師匠ぉぉぉー!」

 

 ぐあぁぁぁぁぁ!? 

 

 何故か絶叫しながら俺の土手っ腹に全力で突撃してきたシャーレイ。俺は双子に両腕をつねられていたため当然何も防御することが出来ず、モロにその突進を喰らってしまったというわけである。これでも黙って表情を取り繕えている俺は凄いと自慢しても良いんじゃないでしょうか。今日の昼飯が凄まじい勢いで食道を逆流してくるのを全力で堪える。ついでに全身に力を籠めて吹っ飛ばされないように。

 そして最初の一撃では飽き足らず、追撃をするかのように俺の腹にぐりぐりと頭を押し付けるシャーレイ。こ、コイツ……! ニコニコとしてるだけに余計に質が悪い……! 

 

「バカ猫、離れろ。マーキングするな」

「どさくさに紛れて師匠の匂いを嗅ぐな」

 

「お二人はずっと師匠と旅をしてたのですから少しは良いじゃないですか!」

 

「ほう、言うようになった」

「また分からせてやる」

 

 俺の身体からベリっという擬音が聞こえてきそうな勢いで剥がされたシャーレイと双子が互いにぐぬぬと睨み合っている。仲良いね、君達。でもここって街に入る門でしてね? 人通りも結構あるのよ。せめて場所は変えませんか。

 

「いずれにしろ、師匠に来ていただいて助かりました。今、我々は大きな危機に直面しておりましたので」

 

 俺が場所を移そうと言うと先ほどまでの狂乱ワンコぶりはどこへやら、冷静な様子に戻ったシャーレイによって彼女の執務室という場所に案内された。今更取り繕ったって君がさっきまで大型犬もびっくりなタックルを食らわせてきた事実は無かったことにならないからね? そのあと双子と威嚇し合ってたのも。

 というか危機、危機って言いましたかアナタ? 俺が来て助かったってどういうことですか。俺に一体何をさせようって言うんですか。

 

「私とノックス、ローエンがこの国に戻ってきてすぐ、魔物の大量発生が確認されました」

 

 ほう、なるほど、魔物が大量発生したとな。

 

「その報を受けてノックスとローエンに討伐の依頼をしたのです。彼らと彼らが率いる騎士団は我が国でも屈指の練度ですから」

 

 ふむふむ。じゃあ二人に任せたら終わりでは? 

 

「それが、少し前に魔物が突如として秩序だった動きをし始めたらしく。報告では魔物の軍勢とも呼ぶべき規模になっているとか」

 

 なるほど、それは厳しい。でもゴブリンの群れを爆速で片付けた修羅勢の二人ならこの辺りの魔物なんて物の数でもあるまいよ。

 

「軍勢を率いているのが過去に師匠が相手取った木の像のような魔物とのことです」

 

 ……雲行きが怪しくなってきたぞ? ちなみにその魔物が確認されたのはいつ頃何ですかね? と聞いてみれば俺がエルフのところを出発してロクシスと会っていたくらいの頃。うーん、これはギルティ。

 つまり、俺の不注意によって復活怪人してしまったあのマネキン野郎は魔物がたくさんいるところに飛んでいき、そこで戦っているノックスとローエンに現在進行形で迷惑を掛けまくっているということだ。もしかしなくとも俺って大戦犯かましたのでは? 

 

「それに、ノックスが負傷してしまい、戦況はかなり悪化しているというのが最新の報告です」

 

 沈んだ表情でそう言うシャーレイ。双子がそれを見て何かを言おうとしていたが、まさか俺の戦犯ムーブを教えるつもりではあるまいな? ここでそれを口にしてみろ。今度は俺の腹に突き刺さるのがシャーレイの頭じゃなくてシャーレイに剣になるだろうが! ということでわざと大きめの音を立てて椅子から立ち上がる。これで周囲の注意を惹くという姑息戦法である。

 

「師匠……?」

 

 急に立ち上がってトイレでも行きたくなったんか? みたいなことを考えていそうなシャーレイに、ノックス達のいる場所まで案内出来る人がいないかを聞く。いや、多分エルフの王様が作ってくれたコンパスがあれば大丈夫だと思うんですけどね、流石に厳戒態勢でピリピリしてるところに怪しいオッサンがふらりと立ち寄ったら問答無用で捕縛からの尋問コースな気がするので身元保証をしてくれる案内人が欲しい。

 

「では……!」

 

 何故かパアッと明るい表情になるシャーレイ。何を勘違いしてるのか知らんが俺の評価が下がらないなら好都合だ。まあ俺は今からノックス達に土下座しに行くからすぐにその評価も下がるんだけどな! 

 ということで折角辿り着いた王都を楽しむ間もなく、俺は出発することになった。くそう、出来れば一週間くらいは滞在したかった……! 前にお世話になったお姉さま方にもう一度会いたかった……! しかし今はやらかしたことをさっさとノックス達に謝ったうえで更に協力をお願いするという超高難易度ミッションが俺には課されているのだ。

 

 シャーレイは馬を用意してくれると言ってくれたが、ただの一般人に馬乗れるわけないでしょ! 俺は先に走っていくから案内人さんも後から追いかけて来てね! 今までどんなところでもこの足で踏破してきたのだ。持久力には少しは自信が付いている。方角はエルフの王様特製コンパスで確認済みなので後は一直線に走るだけだ。どけぇい、クソ雑魚魔物め! 今の俺は死ぬほど焦ってるぞぉ! スライム? なんか前に見た時より大きい気がするけど知ったことか、既に弱点が割れている敵なぞ怖くも何ともないわ! 

 

 


 

 

「また、この王都付近で粘獣ですか……」

 

 魔王を打倒し、ノックス殿とローエン殿と一緒に国に戻ってきた私達だったけれど、海を越えたこの国まではまだ魔王を打倒した影響は少なかったということなのだろうか。束の間の平穏を享受したかと思えば、巡回している騎士から受けた魔物の発見報告に背筋が凍り付くような思いがした。

 

「団長、我々の手ももう足りぬほどです」

 

「東の砦で報告があった魔物の大量発生もまだ収まる気配も無く」

 

 部下から上がってくる報告に日夜気が滅入るばかり。特に粘獣ともなると高位騎士の魔法か、師匠の剣理を僅かなりとも再現できる私や数少ない私の直属の部下が出るしかなく、それでも一度の出撃で倒し切れないこともある。そうして逃がしてしまえば、また粘獣は周囲のものを吞み込んで傷を回復、肥大化して帰って来るのだ。

 

「シャーレイ団長、緊急の報告が!」

 

 私が執務室で何度目か分からないため息を零していると、顔中に汗を浮かべた一人の騎士が執務室に駆け込んできた。その顔を見れば、ノックス殿と砦に向かったはずの騎士。王都と砦の伝令役を担っている彼がここまで焦った様子で走り込んで来るとなると余程のことだ。

 部下を呼んで水を用意させ、今にも倒れてしまいそうな伝令役を少しでも回復させ報告を受ければ、今度は私の方が倒れてしまいそうになった。

 

「ノックス殿が負傷、だと……?」

 

「はっ、人型の木像のような魔物が突如空から出現。ノックス殿、ローエン殿の指示のもと、騎士達は砦まで後退。殿を務めたノックス殿が負傷し、戦闘不能に……」

 

 詳しく聞くほどにどんよりと暗雲が内心に広がっていく。人型の木像といえば、師匠がかつて重傷を負いながらも倒したあの魔物が思い浮かぶ。それを相手にして生きて帰れるとすれば当然ノックス殿やローエン殿くらいのものだ。その二人にしたって、師匠があそこまでの怪我を負ったのを見たところよく生き残ってくれたと言える。ただ、砦の状況は暗澹たるものだ。

 

「頭が痛い……。今からロクシスに応援を依頼したとして、ライネル殿とソーン殿を連れて戻って来るのにどれだけかかる?」

 

 どれだけ短く見積もったとしても、砦の陥落まで間に合う公算は無い。師匠はどこにいるのか行方も分からず、師匠を追ったアルシェとノルンもまた然り。王都だけなら最悪私の部下に任せるとして、私一人が砦に走ったとて役に立つか。ため息が出そうになり、報告に来てくれた伝令と部下の前だということを思い出す。

 執務室に重い沈黙が横たわっている中、扉が激しく叩かれる音で沈んでいた思考が急に引き上げられた。

 

「だ、団長! お伝えしたいことが!」

 

 その言葉と共に入ってきたのは市壁の門番担当の騎士。血相を変えていたのでまさかこんな時に魔物でも攻めてきたのかと思っていたが、彼から告げられた報告に私は思わず執務室を飛び出していた。こんな……、こんな幸運がまだ私に残っていたか! まさか今このタイミングでアルシェとノルンが王都に、いやあの二人がいるということは間違いなくあの人も……! 

 全力で人波を掻き分け、門へと急ぐ。そして特徴的な白と黒の髪、その間に挟まれているのはまさに今この時に最も必要な助け……! 

 

「師匠ぉぉぉー!」

 

 思わず口から出た叫びの勢いそのまま、師匠に向かってダイブする。後から思い返せば、軽装とは言え鎧を身に付けていた私からタックルを喰らったようなものだというのに、師匠は小動(こゆるぎ)もせずに私を受け止めてくれた。それに甘えてそのまま師匠の胸元に顔を埋めてしまう。師匠の前では、部下を率いる団長という立場で居なくとも良い。ソーン殿や他の弟子達と変わらず、師匠の弟子でだけいられるのだ。

 

「バカ猫、離れろ。マーキングするな」

「どさくさに紛れて師匠の匂いを嗅ぐな」

 

 私の至福の時間はアルシェとノルンによって強制終了させられてしまう。だが、私も今の今まで大きな重圧の下で頑張っていたのだから少しくらいは役得があっても良いとは思わないだろうか。

 

「お二人はずっと師匠と旅をしてたのですから少しは良いじゃないですか!」

 

「ほう、言うようになった」

「また分からせてやる」

 

 私の言葉にお二人の目が据わる。こういうやり取りをすると、皆と旅をしていたことを思い出して楽しくなってしまう。そして、師匠とアルシェ達がいることが間違いなく現実だと分かってこの上なく心強く思えるのだ。

 

「仲が良さそうで何よりだが、人目もある。場所を移した方が良い」

 

 師匠の言葉にハッとする。そういえば今はこういうことをしている場合では無かった。久しぶりに堪能した師匠の匂いに少しばかり我を忘れてしまっていたらしい。私は師匠達を自身の執務室に案内すると、部下達を下がらせる。部下達も師匠を見たいと言っていたけれど、それはまたの機会に我慢して欲しい。

 

「いずれにしろ、師匠に来ていただいて助かりました。今、我々は大きな危機に直面しておりましたので」

 

 腰を落ち着けることが出来たところで、私は本題を切り出す。旅をしてきて疲れているだろう師匠達には申し訳なく思うが、今は彼ら以上に頼れる人もいない。

 

「危機?」

 

 師匠が首を傾げる。確かに今ここに着いたばかりな師匠にとってはちんぷんかんぷんだろう。私はここ最近の状況について共有するため、机の上に地図を広げた。

 

「私とノックス、ローエンがこの国に戻ってきてすぐ、魔物の大量発生が確認されました」

 

 王都から東、かつて魔物の勢力が今以上に大きかった頃、魔物の侵攻を食い止めるために築き上げられた砦。そこに今になってかつてと同じかそれ以上の規模で魔物の攻勢が掛かっているという。

 

「その報を受けてノックスとローエンに討伐の依頼をしたのです。彼らと彼らが率いる騎士団は我が国でも屈指の練度ですから」

 

 私と直属の部下を除けば、ノックス殿達はこの国でも随一と言っても良い。砦にも我が国が誇る最強の騎士団が詰めているが、それだけでも十分というには不安だ。だからこそ、ノックス殿に応援を依頼した。

 

「あの二人がいて尚、問題があったということか」

 

「それが、少し前に魔物が突如として秩序だった動きをし始めたらしく。報告では魔物の軍勢とも呼ぶべき規模になっているとか。そして軍勢を率いているのが過去に師匠が相手取った木の像のような魔物とのことです」

 

 木像の魔物のことを口にした瞬間、師匠の様子が変わった。座っているはずなのに、魔物と対峙したときのような鋭い剣気。

 

「二人は無事か……?」

 

「…………それに、ノックスが負傷してしまい、戦況はかなり悪化しているというのが最新の報告です」

 

 師匠の質問に、私は少し逡巡したものの正直に答えた。師匠に嘘を吐くことは無い。けれど、正直に口にすることを躊躇うほどに、師匠が怖く思えた。

 私の言葉を聞いた師匠は黙りこくってしまう。どうにか師匠にノックス殿達を助けに行ってもらうようにお願いせなばならないが、今の私は王都で何もしないで頭を抱えている情けない体たらくだ。そんな私に師匠が起こってしまったのかもしれない。私はどうすれば良いとアルシェ達に視線を送る。私の助けに双子が口を開こうとした瞬間、勢いよく師匠が立ち上がった。

 

「師匠……?」

 

「……案内人はいるか? 俺一人だと砦に向かっても信用されんだろう」

 

 その言葉はつまり、師匠は私の悩みを何も言わずとも察してくれたということ。王都に来てゆっくりと身体を休めたかったはずなのに、私の話を聞いてすぐに動くことを決意してくれたのだ! 

 

「では……!」

 

「方角は分かる。ついて来られる者だけで良い」

 

 早馬を用意して街道沿いに乗り継いで行けばかなり日数を短縮できる。師匠とアルシェとノルン、そして長耳のご老人であれば荷物も少なく身軽だ。

 ついさっきまでは暗雲が立ち込めていた先行きに、唐突に眩い光が差した気分だった。そうであれば、王都を部下に任せて私も、と思ったところで粘獣の発見報告を受けていたことを思い出して思い留まる。せめて粘獣だけでも始末をしていかないと、私がこの王都を離れる訳にはいかない。

 

 私が馬を用意すると師匠に伝えれば、師匠はそれでも遅いと思ったのか、双子とご老人に後から案内人と一緒に追い掛けてこいとだけ伝えて風のような速さで王都を出て走って行ってしまった。その速さは、馬を使ってもそうそうに追いつけるかと思うほどの速度。

 

「シャーレイ、すぐに馬を」

「師匠の本気の足には馬じゃないと追いつけない」

 

「馬を潰すかもしれんという懸念は不要だ。儂の魔法で息を保たせれば潰れることは無い」

 

「了解。一日、いえ半日下さい。出立の準備を整えます」

 

 双子に言われ、私もすぐに執務室を飛び出す。ご老人の言うことが確かならとにかく一番速い馬を用立てれば良い。私が付いて行けないことは口惜しいが、それでも師匠達が砦に合流してくれるだけで百人どころか万人を味方につけた気分だ。

 

「じゃあシャーレイ、一足先に私達も向かう。ライネル達はロクシスが連れてくる。彼らと合流したらあなたも来て欲しい」

「あの木像は師匠の剣を弾いた。師匠も私達皆の力が必要だと思ってる」

 

「お主ら弟子が集まるまでは、儂があの者も含めて守りを担おう。長耳族の地に墜ちた信用を少しでも取り戻さんとな」

 

 ちょうど半日後、準備を終えたアルシェ達は、そう言って師匠を追って出て行く。師匠はとっくに私やノックス殿が陥る苦境を察していたのか。ロクシスを通じてライネル達もこちらに向かっているとは。私もさっさと粘獣を片付けて王都周辺の危険を取り除いておかねば! 

 師匠達が王都に来たのはほんの一日。けれど、その一日は私達が置かれた状況をがらりと変えてしまった。

 

「……師匠の残り香がまだ執務室に残っていないものか」

 

 ふと頭に浮かんだ馬鹿みたいな考えがつい口を衝いて出てしまった。これも師匠を見て安心してしまったからだと自分に言い聞かせた。決して普段からこんな不埒なことを考えている訳では無い。断じてないとも。

 

「だ、団長! ご報告が……!」

 

「ええい、今度は何だ!」

 

 双子達を見送ってしばらく門のところで悶々とした思考に耽っていると、見回りから戻って来たであろう部下がこれまた焦ったような表情で私の下に駆け寄ってきた。今日は朝から本当に急報を受けてばかりの日だな。

 

「ね、粘獣が!」

 

「見つかったのか!?」

 

「み、見つけたのは見つけたのですが……し、死んでいました」

 

「……は?」

 

 暢気なことばかり考えていたせいか、部下の口から飛び出た言葉に一瞬反応が追いつかなかった。ちゃんと聞き取れなかった、もう一度言ってくれと言えば、部下は先程と同じことを繰り返す。聞き間違いでは無かったらしい。

 

「倒した、ではなく?」

 

「既に倒されていました……」

 

 何を言っているのか訳が分からない。とりあえず部下に粘獣を見つけた場所まで案内させれば、そこに広がっていた光景は確かに部下が困惑してもおかしくないものだった。

 粘獣の身体を構成していたであろう周囲のものを呑み込んで溶かし尽くす粘液が、周囲の木々を溶かしながら地面に染み込んでいる。その量からして、元々の粘獣の大きさは私達の頭を遥かに越えるもの。恐らくは木々よりもやや低い程度までに巨大化していた個体。飛び散った粘液の中心には、綺麗に二つに分かたれた深紅の核。それを目にして、この粘獣が何と対峙したのかを私は理解した。

 

「粘獣を倒すほどの、何か別の魔物でしょうか……?」

 

「いいや、魔物ではない。これが師匠の剣だよ。私が常からお前達に言って聞かせていた通りだろう?」

 

「ほ、本当に剣で粘獣の核を斬ったと? どう考えても剣の刃渡りが届くような大きさではないですが」

 

「私達の常識で師匠を計っていては見誤る。これが私達の目指すべき剣の至高」

 

「鎧も剣も溶かし尽くす粘獣の身体を、剣で両断するのが、ですか」

 

「それも、行き掛けの駄賃とも思わぬような気楽さでな」

 

 冒険者や騎士が倒したのならば、間違いなく報奨金を得るためにもっと早く報告が上がってくるだろう。ここまで巨大化した粘獣を倒したとなれば冒険者なら騎士に採り立てても良いくらいだ。それが無いということは、粘獣を倒した本人にとってはこれが何ら誇るべき戦果ではないということ。

 

「魔力を剣に宿らせる。シャーレイ団長の訓練で少しは出来るようになったと思っていましたが、お師匠の剣というのはそんな程度で辿り着けるものではないようですね」

 

「当たり前だ。私の師匠は凄いだろう?」

 

 どこか諦めすら含んだような調子で呟く部下に向かって、私は少し自慢するように笑って見せた。

 

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