ノックスにスライディング土下座をかますため、全速力でコンパスが指し示す方向へと走っている俺であるが、どういうわけか後ろから追いかけてくるはずの案内人と双子が一向に追いついて来ない。ついに見捨てられたかとも思ったが、そういえば双子はこの便利なコンパス持ってないんだった。多分、俺が道とか関係なく一直線に来てるせいですれ違ってるんだろう。俺のことはどうでも良くても、同じく俺の詐欺被害に遭ったノックスを放って置くような薄情者じゃないだろうし、等と自分に言い聞かせながら走り続けることしばし。俺はようやくそれっぽい建物を目にすることが出来た。
「止まれ、何者だ!」
なおノコノコと近づいたせいで不審者として警備していた兵士さんに捕まった模様。俺のバカ! どうして後から来る案内人を待たなかったんだ!
自分の迂闊さを呪ったが、行き当たりばったりなのはいつものことなのでどうにか信じてもらえないかと言い訳を重ねる。言い訳をすればするほど取り調べしてる兵士さんの目が冷たくなっていくんですけど!?
「こんな辺境の砦に徒歩で、しかも単独で来ただと? 馬鹿も休み休み言え!」
うーん、この隙の無いド正論。自分で言っていて怪しさしかない。でも俺はノックスにスライディング土下座をするという使命がありましてね……。
「ノックス様だと……?」
俺がノックスの名前を出すと尋問していた兵士さんの表情が変わった。いやそうなんですよ。王都から援軍も来ててその先触れ的な何かなんですよ俺は! 怪我したって聞いたんでお見舞いでもしようと思って来たんですよ!
「……ちょっと待ってろ」
俺の必死の弁明を聞いた兵士さんはちょっと考え込むように黙ると、それだけ告げて部屋を出て行ってしまった。しかもそれから結構な時間帰って来ない。やだ、疑い濃厚過ぎて尋問室が牢屋に変わってしまったとかいうオチがあったりします? そんなのって無いよ!
もはや扉を蹴破ってでも脱出すべきか、なんて血迷ったことを考え始めた頃、扉が開いて兵士さんが戻ってくる。何故か後ろには白髪の婆さんも付いて来てるけど。
「この男かい。援軍だってのは」
「はい。ノックス様の名も、怪我をしていたという情報も出していましたので、ご報告をと」
「……ほう」
そんな会話を繰り広げながら、婆さんが俺の前にドカっと音を立てて腰掛ける。白髪だし顔に皺もあるくせに鎧着てるわデカい剣も携えてるわで怖い。絶対このババア強いやつじゃん、睨まないで。
「手を見せてみな」
そう言ってこっちに右手を突き出してくるババア。逆らうのも怖いので俺は大人しく右手を差し出す。俺の手を掴んだババアはしげしげと顔を寄せて掌を舐め回すように観察する。ってか握力強い! めっちゃ握られた手が痛いんですけど!?
「……剣士の手だね。坊やが言ってた剣の師かい」
眼光鋭くこっちを睨みつけながらババアは呟く。多分本人としては普通に喋ってるんだろうけど目つきが悪すぎて怒ってるようにしか見えなくて怖い。もうちょっと他人からどう見られるか気にしたりしません? 怖いよ? とは流石に言えず、黙ってコクリと頷く。するとババアも一回頷くと何故か深いため息を吐いた。
「なるほど、聞いてた通り太々しい野郎だね」
俺のことをなんて話したんですかノックスくん!? いや、確かにお貴族様にもなんちゃって剣術を教えるような詐欺野郎だってことは否定できないけれども! でもこんなお強そうなババアに睨まれるなんて想像してませんでしたよ!?
「嘘は無さそうだね」
「ライラ団長、よろしいので?」
「少なくとも剣は扱えるんだ。猫よりもよっぽど使い様のある手だね」
ライラ団長、と呼ばれたあたりこのババアはお偉いさんなんだろう。多分この砦の指揮官的な立ち位置と見た。結構年もいってるだろうに、と思ったが鎧着てる上に足下から胸くらいまである長さの剣を携えてるような女傑だ。偉いし強いに決まってる。ということで俺は余計なことは言わずに聞かれたことには素直に答えるマンになったわけである。
「一応聞いておくが、剣は我流かい? ノックス坊の剣を見る限り、妙に見覚えのある剣だ」
見覚えがあると言われても俺の剣は故郷の猟師のジジイから教わったものが原型である。クローネの爺さんの相棒だったらしいからもしかしたらクローネとも似てるのかもしれんが。なんて言うと、ババアは目を丸くし、口の端をニッと吊り上げて笑った。
「クソ忙しい時だってのに、ちょっと懐かしくて笑えてきちまうね。なるほど、剣狂いの頭が悪い方の弟子かい」
故郷のジジイが頭悪い扱いされていた件について。いったいこのババアとどんな因縁があるんですか。というかジジイが頭おかしい方だってんならクローネの爺さんはどういう扱いなんですかね?
「なに、開拓時代にちょっと関わっただけさね。剣狂いの頭悪いのと頭おかしいのには手を焼かされた」
クローネの爺さんは頭おかしい扱いされてるみたいですね。絶対に昔この婆さんとあのジジイ二人大喧嘩でもしたでしょ。こんだけ言われるほどってよっぽどですよ。
そして微かに浮かべた笑みをさっと消したババアは、援軍だって言うなら働いてもらおうかと立ち上がる。はよ来いと言わんばかりに入り口を顎でしゃくって示すので立ち上がれば、ババアと一緒に砦お散歩というまさか過ぎるデートイベントが発生した。でもあっちこっちで人が走り回っているあたり、本当に忙しいタイミングで俺はお邪魔してしまったらしい。ホントに余計なことしかしない男ですみません……。
「坊やが怪我したってのは聞いての通り。だが、戦えないわけじゃない」
つかつかとしっかりした足取りで前を歩きながら、ババアが最近あったことを教えてくれる。
聞けば、ノックスとローエンが援軍として引き連れてきた騎士団は魔物の侵攻に直面した砦の重要戦力として大活躍中とのこと。ただ、それを最前線で率いていたノックスがある日現れた動く木像の魔物に手傷を負わされ、ノックスの周囲にいた騎士にも少なからぬ被害が出てしまったらしい。
「坊やまで倒れちまったときたら士気に関わる。だから情けないことに無理させちまってるんだがね」
どうやらノックスは怪我を押して戦いに繰り出しているらしい。貴族の鑑かな? こんな高潔な貴族を騙した上に怪我する原因を作ったクソ雑魚冒険者がいるらしいですよ? ……はい、俺です。
説明を受けながら連れて来られたのは戦場が一望できるという砦の壁の上。横には剣を杖のように掲げた鎧姿の騎士の皆さんが次から次へと魔法を飛ばしており、眼下では剣と盾を構えた騎士の皆さんがずらりと並び、飛びかかってくる魔物を弾き返したり、剣を叩きつけたりなんかして押し留めていた。というかノックスはどこにいらっしゃるんですかね……?
「あの子らはあの辺りだろう」
俺が下をまじまじと観察していると、俺の意図を察したのかライラの婆さんがデカい剣で指して教えてくれる。あの、一番魔物と騎士が入り乱れてる混戦地帯のように見えるんですが……。
「坊やがあそこで厄介なのを押し留めてくれてるんだよ」
なんて言いながらババアの構えた剣の先からどでかい光の弾が飛んで魔物の波の中に着弾する。着弾地点の魔物が枯れ葉みたいに吹き飛んでるんですが。もうこのババア一人で良くないか?
「……ったく、リミィでもいりゃもっと楽できたものを」
なんて思ってたらババアが額の汗を拭っている。どうやら魔法を使うのも結構体力を消耗するらしい。そりゃあんだけ強そうな魔法使ってるしもう歳だもんね。
「失礼なこと考えてんじゃないだろうね?」
やだ、勘が鋭すぎるわこのババア。目を合わせると内心を読まれそうなので真面目な表情を取り繕ってノックス達がいると言われた場所を見下ろす。あそこに突っ込むのかぁ、嫌だなぁ。でも今行かないと俺の評価もっと下がるよなぁ……。あの混戦模様の場所に突っ込んだら背中からバッサリといかれる可能性が高いと思うんですよ僕ぁ。
「さて、アンタにゃ坊やの救援に向かってもらいたいところだが」
目を合わせなくても俺の内心を見透かしたのか、ババアにそう言われて俺の退路は断たれる。怪我したんなら戦場には出てないだろうと高を括っていたちょっと前の俺をぶん殴ってやりたい。事情説明したら絶対に俺が余計なことしたせいだってことがバレるじゃないですか。目下のところ、俺にとっての最大の脅威が怒り狂った弟子による闇討ちという非常に情けないものなんであんまりあそこ行きたくないですとは流石に言えない。いや、逆に考えればピンチなところを救ったら有耶無耶に出来る可能性もあるか?
「っ!? まずい奴が出てきやがった!」
俺が悶々と考えを巡らせていると、隣でババアが焦ったような声をあげている。なんだなんだと意識を眼下の戦場に戻してみれば、ノックスがいると指された場所にバカデカいスライムが出現していた。君どっから出てきたのよ。
「総員、粘獣に向けて魔法を集中させな! 前線にあれは荷が重すぎる!」
ババアの指示に慌ただしく他の騎士さん達が次々とバカでかスライムに向けて魔法を放っている。もしかしてあれか、いつもの雑魚じゃなくてボス級のスライムだったりするんですか、あれ。確かに今まで見たスライムの中でも一番デカい。ここに来るまでになんかついでに倒してきたスライムよりもよっぽどデカいし。下で戦ってる人達と比べても二倍以上はある。
「あんな大きさの粘獣がどっから出てきやがったんだい。……最悪の場面ばかりが思い浮かぶじゃないか」
ババアも口の端を苦しげに歪めながら剣先から光の球を射出してはスライムにぶつけてるが、スライムの身体を貫いても核に当たってないのかすぐに元通りの形に戻ってしまっている。剣だろうと魔法だろうとスライムって核に当てて会心の一撃出さないと倒すの面倒なんですねぇ……。とはいえ、割りと魔法は当たってるしあのボススライムの体力も削れてきてるだろう。
……今なら弱ったスライムを良いとこ取りして倒しながらノックスに恩を売ることが出来るのでは?
突如降って湧いた邪なアイデアを勘の鋭すぎるババアに見透かされる前に、俺はそうっとババアの隣から姿を消す。壁の上には下にすぐ降りられるようにか、簡易の梯子が掛けられていたのでそれを利用させてもらうとしよう。
「あの男はどこに行ったんだい!? この忙しいときに!」
俺が必死に頑張っていらっしゃる騎士の皆さんを横目にえっちらおっちら梯子を降りていると、俺がいないことに気付いたババアの怒号が頭上から聞こえてくる。ヤバイ、もうバレるとは思ってもみなかった。勘の鋭すぎるババアだ。
「何してんだいアンタは!」
なんでもう見つかってるんですか!? 見上げれば、ババアが物凄い形相で俺を睨み付けていた。その様子にビビってしまったせいか、俺の足が梯子を掴み損ねてしまう。あ、やべ。
支えるものがなくなってしまった俺の身体は梯子を急降下していく。唯一の命綱は梯子の両脇を握る両手のみである。手の皮が剥けるゥ!
幸いなことに俺の手がズタボロになる前に両足が地面に着地してくれたため、身体的なダメージは最低限で済んだと言えよう。ババアに怒られて梯子から足を滑らせた情けない男という社会的に甚大なダメージには目を瞑るものとする!
さて、気を取り直して剣を抜いた俺は、ノックスがいるであろう方向を見る。下に降りてもバカデカスライムのお陰で迷子になったりはしなさそうだな、ヨシ! ということでスライムに向けて全速前進。道中にいる魔物なぞノックスから貰ったミスリルの名剣の前にはただの有象無象である。やっぱり最終装備を序盤にポンとくれるノックスおかしいよ!
そうして騎士さん達を避けながら、邪魔な魔物をノックス印の剣の錆びにしながら進んでいけば、スライムの触手攻撃をローエンと共に剣で防いでいるノックスの姿を視界に捉えた。ちょうど俺がスライムの横っ腹を殴れるような位置だ。いや、スライムの向きとか俺には分からんけども。どちらにしろ俺の接近に気がついて無さそうなのは都合が良いことこの上ない。このまま魔法を喰らいまくって弱っているだろうデカスライムにラストアタックかまして経験値ドロボー兼颯爽と助けに来た恩人アピールというのが俺の作戦である。狡すっからいとか言わないで。ということで俺の頼みの綱に何してくれてんだバカデカスライムぅ! 責任取って俺の経験値になぁれ!
「ノックス様!」
ローエンの声は戦場においてもよく響く。僕を呼ぶその声がやけに遠く感じたのは、僕が文字通り宙を舞っていたからだろうか。
過去、魔物の侵攻を幾度となく食い止めてきた砦。そこに再び魔物の影があるとシャーレイから聞かされ、ローエンと共に騎士団を率いて救援に訪れた僕達を出迎えたのはかつて北の町で小鬼を迎え撃ったとき以上の魔物の群れ。
この国で最精鋭と謳われる王都の騎士団。最古参であるライラ団長に率いられた彼らがそれでも苦戦するほどに、魔物の攻勢は大規模だった。
僕達の手勢にて魔物の勢いを押し止め、ライラ団長を初めとした騎士達の魔法によって殲滅する。それでしばらくは小康状態を保てていた。それが崩れたのは、あの木像の魔物が現れてからだ。あの姿は、師匠がかつて対峙した魔物と似ていた。あるいは奴の出現こそがこの魔物の大侵攻の切っ掛けか。
突如として現れ、部下を蹴散らした木像は、そのまま私とローエンにも牙を剥いた。一瞬で部下とローエンを打ち倒したそれは、過去に目にしたどの魔物よりも速い。もしかすると、師匠よりも。ここで僕までもが退くわけにはいかないと覚悟を決めた僕を嘲笑うかのように、木像は腕の一振りで僕を吹き飛ばした。最後に目にしたのは、地面に激突した僕に向かってローエンが足を引きずって走ってきている姿だった。
「まったく、自分が情けないったらない。坊やに頼らざるを得ないなんてね」
次に意識を取り戻した僕が最初に目にしたのは、眉間に深い皺を刻んだライラ団長。かつて北の最前線で魔物を相手に剣と魔法を武器として戦い続けた女傑は、しかし今ではくたびれたようにため息を吐いている。
「情けないのは僕の方です。この程度で負傷してしまうなど」
僕はそう言って左腕を上げて見せる。地面に落ちたときに肩をぶつけたのか、動かそうとすると違和感と共に鈍い痛みを生じる。むしろこの程度で済んだのが奇跡と言って良いだろう。
「アタシはもう前線を張れないような老い耄れだ。今の前線は坊やとローエンが肝だ」
「ライラ団長、ノックス様の分まで自分が戦えば……」
僕を庇うようにローエンがそう言ってくれるが、ことはそう簡単じゃないだろう。次にあの木像の魔物が出てくれば、僕やローエンでないと生きて帰ることが出来るかすら怪しい。現に、僕の部下だけでなく砦に詰めていた他の騎士もあの木像に襲われて少なくない被害を被ってしまった。僕達二人がかりで一蹴されてしまったのだ。ローエン一人だけで無事に帰って来られるなんて楽観視は出来ない。
「ローエンだけよりも、怪我をしていても僕も出た方がまだマシでしょう。剣が振れないわけじゃない」
「そうだね。あの速さじゃ魔法を当てることも叶わないだろう。こんなときにアタシの知る剣バカ共がいてくれりゃあこき使ってやったものを……」
ライラ団長が言う剣バカというのは僕が北の町で出会ったクローネという元冒険者のことだというのは、彼女が食事の席で話してくれたことだ。
「僕も、師匠がいてくれたらとここまで思うことはありませんよ」
「アンタ達の剣の師かい。剣一本で魔物を殺しきるなんてトンチキなことを言う人間があの剣バカ以外にもいるなんて思わなかったよ」
「それを僕達のような凡人にも可能な理にしたのが師ですよ」
「凡人、アンタが凡人ならアタシはミソッカスさね」
僕の言葉を聞いたライラ団長はそう言って笑った。僕としては、その歳になってもまだ前線に立ち指揮官として騎士達を率いているライラ団長こそ人間をやめていると思うのだが。衰えたとはいえ、剣の腕も魔法の冴えも今なお一線級だ。師匠といいライラ団長といい、僕の知る最上位の人々は皆自分に対する評価が辛すぎる。
「王都には伝令を飛ばしてる。シャーレイなら何か動いてくれるだろうが、向こうもバタついてるみたいだからね」
王都への定期報告の内容を聞けば、王都周辺でも魔物の発生が見られ始めているとのこと。その状態でこちらに援軍を出す余裕が向こうにあるだろうか。シャーレイが来てくれるだけでも変わるだろうが、望みは薄い。
「さて、話し過ぎたね。怪我人にする話でも無かった。次の襲撃に備えて少しでも休みな」
重苦しくなってしまった空気を払しょくするように、ライラ団長はそう言うと、ローエンを伴って部屋を出て行ってしまった。
一人残された僕は言われた通り身体を休めようと目を閉じたものの、ぐるぐると思考が落ち着かないまま眠ることも出来ない。あの木像が再び現れたらどうすべきか。腕の一振りで騎士達が薙ぎ払われた。僕やローエンの剣で傷つけることも叶わない。
結局、どうすべきかの答えを見出すことも出来ないまま、僕達は再び魔物の侵攻に対することとなってしまった。
「ノックス様、くれぐれも無理は……」
「無理を通さなければここを凌ぐことすら出来ない」
隣に立つローエンが周囲に聞こえないように呟いたそれに、僕も声を小さく返した。周囲で緊張した様子の騎士達に聞かせて余計に士気を落とすわけにはいかないからだ。
僕達の眼前には土埃を上げて迫る魔物の群れ。数の上ではまだ僕達の方が多いと言えるが、魔物は一匹いれば騎士四人には優に相当する。守りを固め、壁上の騎士達による魔法で削り切るしか手が無い。
「ライラ団長も連日の侵攻で魔力が尽きかけています。これ以上は……」
「援軍は来るさ。シャーレイなら送ってくれる」
それはローエンに、というよりも僕自身に言い聞かせるような言葉。この砦を抜かれてしまえば、王都まで魔物の侵攻を食い止められそうな場所は殆どない。ライネル達に窮状を知らせる頃には亡国になっていることもあり得てしまう。だからどれほど望みが薄くとも、僕達はここに立ち続けなくてはいけない。
魔物達の先頭を走るのは捻じれた禍々しい角をこちらに向け、蹄で地面を踏み鳴らしながら突進してくる蹄獣。
「撃てぇーッ!」
壁上から聞こえる号令と共に、前に立つ騎士達が大盾を構えて身を寄せる。その直後、魔法の一斉射撃が魔物の群れに突き刺さり、轟音が僕達の鼓膜を叩く。
「来るぞ! 腹を括れ!」
ローエンが声を張り上げたと同時、魔物達が土埃の向こうから僕達に殺到してくる。最初の一撃は騎士達が受け止め、そこからは泥沼の混戦となった。
騎士達と代わる代わる背中を預け合いながら、魔物の攻撃を躱し、硬い外皮を削る。視界の端に映る赤が魔物のものか味方のものかはもう分からない。分かるのはまだ自分が死んでいないことだけ。目の前で姿勢を低く唸る魔狼に向けて剣を振らねばならないということだけ。
「ローエン!」
「承知!」
どこにいるかも分からぬ右腕を呼べば、すぐさま返事があった。それと同時に、僕の剣に合わせてローエンの剣が魔狼に突き刺さり、その首を刎ね飛ばす。
「キリが無い!」
「言っても仕方ない。少しでも数を減らして他の騎士への負担を減らす!」
壁上から飛ぶ魔法で魔物の数は着実に減る。だが、それ以上にこちらに被害が出る速度が速い。魔物の動きが統率され、的確に弱い部分を狙おうとしているからだ。あの木像が現れてからというもの、多少はこちらに傾きかけていた形勢がすっかり逆転してしまった。
「ノックス!」
思考が一瞬現実から離れていたらしい。次に我に返ったのはローエンが焦ったように僕を呼んだとき。その声と共に僕は横に突き飛ばされており、ローエンが隣で膝をついていた。
「ローエン!?」
「厄介なのが出てきました……!」
彼の左腕を覆う鎧がジュウジュウと音を立て、嫌な臭いを発する煙と共に溶けていた。その溶解液が鎧を貫通する前にローエンは左腕の鎧をむしり取る。
僕とローエンの目の前には、見上げるほどの大きさの粘獣が鎮座していた。どこからと思って見回してみれば、粘獣の傍に空いた穴。地下から粘獣が侵攻してくるなんて聞いたことが無い。
「退けぇ! 魔法使いに任せるしかない!」
考えるより前に周囲の騎士に撤退を指示する。全てを溶かし喰らうあの触手と身体を前にしては、僕やローエンのように剣に魔力を纏わせなければただ餌になるだけだ。
僕とローエンが前に出て粘獣の注意を惹く。こちらに殺到する触手を剣で弾き、斬り飛ばすが大したダメージにはならない。魔法が命中しているが、その体積を僅かに減じるのみだ。
「シャーレイの言っていた核を攻撃するしか!」
「そこに届く前に飲み込まれます!」
粘獣の身体の中心近くにあるという核。それを攻撃すれば、粘獣は形を保てずに崩壊するとは師匠がシャーレイと初めて会ったときに見せた技。ただ、剣の刃渡りどころか片腕を粘獣の身体に埋めたとてその中心に切っ先が届くかは怪しい。
そうして防戦一方な間にも、捌き切れなかった触手に貫かれた騎士達が倒れていく。動ける者が逃げた後は、僕とローエンの二人だけが残される。徐々に剣が纏う魔力が薄れていくのを感じる。体力の限界も近い。
「ノックス! 我々も撤退を!」
「どこに逃げるんだ!」
僕達が逃げたとて、粘獣は見逃してはくれない。魔法で削り切るまでに砦に辿り着かれてしまえば、その身体は砦そのものを溶かし呑み込んでしまうだろう。そうなれば逃げる先がそのまま僕達の棺桶だ。
左肩がズキズキと痛む。痛み止めで誤魔化していたが無視できなくなってきたらしい。四方から迫る触手を弾くが、一本弾き損ねたそれが僕の頬を掠る。ジュッという音と共に、不快な臭いが鼻を突いた。
「ノックス!」
ローエンが弾き損ねた触手を斬り飛ばしてくれるが、彼ももう限界だ。その剣は半ばからボロボロに溶かし尽くされてしまっている。魔法によってその体積を僅かながら減じているものの、まだその核に届くには遠い。その前にこちらの自衛手段が尽きてしまう。
「一か八か、突っ込むしか無いか」
「馬鹿なことを言わないでください。瞬く間に骨まで溶かされて終わりです」
「全身を魔力で覆えば溶かし尽くされる前に貫けると思うか?」
「その決断をするにはもう消耗し過ぎました」
じりじりと触手に囲まれ、逃げ場を奪われる。ここに至って、僕とローエンは手段が尽きたことを悟る。度重なる侵攻で既に限界まで消耗したところにこの粘獣の出現。魔物達の攻勢が偶然にしても噛み合い過ぎている。僕達を確実にここで殺す為にこの粘獣が投入されたような、そんな気さえしてくるのだ。
「けれど、諦めてたまるか。そうだろう、ローエン」
「ええ、師匠の教えに諦めるというものはありませんでした」
何度剣を叩きつければ倒れるのか分からない。そんな魔物を前にしても、師匠が戦うことを諦めるとは思えない。ならば僕達も諦める訳がない。
「核を叩くなら、俺が少しでもどてっ腹に風穴を開けてやりましょう」
「任せます。僕が何としても一撃で仕留めます。どちらにしろ、剣を振れるのは後一回が限度だ」
そう言葉を交わし、突撃の準備をと思ったところに全てを溶かし喰らう触手が殺到する。相対するのは半ばから折れた剣を持ったローエンと、今にも倒れてしまいそうな僕の二人だけ。
こうなれば身体を貫かれようと先に進むしかないと覚悟を決めた僕達を、嵐のような暴風が襲う。
「退け」
その声は、僕達の予想を裏切るもので。けれど、たった一言で僕達を安心させてくれるものだ。
「俺の弟子に、何をしている」
銀の嵐。そうとしか表現の出来ない、まさに暴風のような剣戟。その暴風が過ぎ去った後には、一太刀で斬り捨てられた魔物の姿だけが残る。
気付けば、僕達に殺到していた触手は全て動きを止めていた。視線を粘獣の胴体に向ければ、砲弾が貫通したような大穴が開き、穴の側面からは抉られたように一部を欠けさせた真っ赤な球体が覗いていた。
そして粘獣は一度、大きく全身を震わせたかと思うと、その形を保てなくなったのか地面にドロドロと崩れ落ちていく。粘獣の死を如何なる方法で悟ったのか、先ほどまで砦に取り付こうと向かって来ていた魔物達も勢いを弱め、それどころか退いて行く。
「怪我をしたと聞いた。無事か?」
粘獣を一撃で打ち倒したその人は、いつもとまるで変わらぬ表情で、息一つ切らさぬまま僕の元へと歩いてくる。その姿に安心してしまったのか、僕の足からは情けないことに力が抜けて地面に倒れ込みそうになる。その前に、彼が僕を受け止めてくれたお陰で情けない姿を晒す羽目にはならなかった。いや、今でも十分に情けないか。
「情けない姿をお見せして申し訳ありません、師匠」
「今のお前を情けなく思うものかよ。俺の誇りだ」
その言葉は現実に師匠が言ったものだったのだろうか。緊張が解けて意識が朦朧とした僕の夢だったのかもしれない。でも、恐らく夢じゃないと思う。
書籍化に関する活動報告を更新しました。
ちょっとしたアンケート企画の予告に加えてキャラデザの公開なんかもしてたりします。
ようやく皆さんに色々と情報をお出し出来る準備が整ってきました。
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