後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

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夢で戦うとかパワーアップフラグでは?

「遅いなぁ!」

 

 その声と共に俺の脳天に凄まじい衝撃が走り、尻もちをついてしまう。

 

「ぐぅえ!?」

 

 一拍遅れて潰れた蛙のような謎の声。はい、俺です。もはや痛みを感じるより先に衝撃が凄すぎて声を出すことすら一瞬忘れてしまいました。

 俺が見上げた先には、こっちを見てニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている故郷のジジイがいた。鞘に入ったままの剣がジジイの肩の上でポンポンと跳ねている。

 

「少しは剣が振れるようになったかと思えば、まだまだ生っちょろいよなぁ」

 

「じ、ジジイ……!」

 

 久しぶりに会ったかと思えば煽りから入るとかジジイのコミュニケーション能力どうなってるんですかね? 俺の煽り耐性は皆無である。つまりこのジジイをぎゃふんと言わせないことには収まらんのです。

 

「まだガキの頃の俺に負けたくせに!」

 

「ちょっと手加減してやっただけで調子に乗りやがる」

 

 俺が両手で剣を掴んでジジイの足目掛けて不意打ち気味に振り抜いてみせれば、それを素早く察知したジジイはジジイらしからぬ速度で少し跳んで剣を避けるとまだ完全に立ち上がっていない俺目掛けて剣を突き出してくる。鞘に入ったままとはいえ、それをまともに食らうと昨日どころか一昨日の晩飯くらいまではお口からこんにちはしてきそうなため、ゴロゴロと無様に地面を転がって避ける。

 

「鍛錬、サボってたんじゃないだろうな?」

 

 転がりながら立ち上がって俺に駆け寄ったジジイが俺の首をへし折らんばかりの勢いで剣を横薙ぎに振るう。それをどうにか受け流し、返す勢いで腰から掬い上げるような軌道でジジイを打ってやろうと目論む。

 

「見え見えだ」

 

「げっぶぇ!?」

 

 なお、その目論見はあっさりと看破され、カウンターでジジイの蹴りが俺の鳩尾に深々と突き刺さった模様。アカン……! 出ちゃいけないのが出ちゃいそう! 

 

「やっぱりサボってやがったな?」

 

「げっほげほ! おぇ……」

 

 膝をついてえずく俺を薄目で睨みつけるジジイ。やだ、ガキの頃は勝てたジジイに勝てなくなってるなんて……! 昔は連勝出来たのにここまで良いようにやられるということはジジイのサボっていたという言葉はあながち間違いではないということだろう。いや、日課の素振りは欠かしたこと無いんですがね。それこそ怪我してて寝てるとき以外は隙間時間見つけて素振りだけはやってたんですよ。何故かって? 弟子達の攻撃を少しでも凌げるようにだよ! 

 

「クローネに会ったんだろう。あれがお前に仕込んだ剣の源流だ」

 

 ようやく息が落ち着いてきたかなーなんて思っていたら、そんなことを言いながらジジイが俺の頭目掛けて剣を振り下ろしてきた! このジジイ容赦が無え!? 

 弾かれた様に立ち上がり、ジジイから距離を取る。俺の頭を狙った剣はそのまま地面に深々とめり込む。え、あれそのまま食らったら俺の頭はスイカ割りよりもひでぇことになりやしませんか? 

 

「剣一本で魔物を斬る。罠だなんだと教えたが、最後はその手の剣だけが頼りだ。俺も、クローネも北の街でそうやって生きてきた」

 

「……今日はよく喋るじゃねえかジジイ」

 

 ガキの頃、俺が勝ち始めたときにはもうこうした打ち合いの最中にジジイがこうやって喋ることは殆ど無かった。それこそ、俺がまだジジイにボコボコにされていたときはこんな感じで煽られたが。……思い出したらムカついてきたな。よし、俺もジジイが死なない程度に本気で打ってやる。たんこぶできても恨むなよ? 俺は年長者を敬うという精神は持ち合わせておらんのだ。

 

「よく喋る、ねぇ。……お前もな!」

 

 俺の言葉にそう返しながら、ジジイはニヤリと笑って間合いを詰めてくる。やだ、このジジイ、俺がガキの頃よりも速くなってますわよ! 年取ってるくせにもっと強くなるとかお前どこぞの戦闘民族か何かかよ! などと心の中で絶叫しつつ、俺は嵐のようなジジイの打ち込みを必死に捌く。何なら拳や蹴りまで使って来るものだから、剣どころか俺も拳や足を使って防御する羽目になった。

 

「少しは勘が戻ったか?」

 

「こ、のクソジジイ……!」

 

 何度目かの攻防の末、鍔迫り合いになって互いの顔も最接近する。ジジイは俺がガキの頃には見たことも無いような好戦的な笑みを浮かべて俺を睨みつけていた。うーんこのバーバリアン。弟子達しかり、やっぱりこの世界の人達って根本的なところで頭戦闘民族だよね? 

 なんて思っていると鼻っ柱に恐ろしい衝撃を受けて思わず仰け反ってしまう。それがジジイに頭突きされたことによるものだということは、こちらに向かって額を突き出したような体勢になって笑っているジジイを見て理解したことだ。

 

「誰がボーッとしろなんて言ったよ?」

 

「骨折ってやる」

 

 はい、もう許しませーん。絶対に鼻血出させてやります。ちょっと俺がジジイに気を遣ってやってたからって調子に乗ったな? え、さっき年長者を敬わないとか言ってた? 違います。ここから本気を出すんです、俺はスロースターターなんです。

 そこからは俺も守ってばかりではなく、ジジイの肩や足、腰をだけでなく首まで狙った一閃に加え、隙あらばボディに一発入れてやろうとパンチを繰り出したり、少しでも動きを止めようと足を踏みつけたりと何でもありな乱闘になった。

 

「良いぞ! 拳も、足も、頭も、何もかもその手の剣を届かせる布石だ」

 

「布石で結構ダメージ食らってるんじゃこっちは!」

 

 なんとこのジジイ、俺がどれだけ素早く剣を振ろうが、死角から拳を振り抜こうが反応して避けるどころかカウンターまで入れてくる。お陰で俺は身体中が痛くて仕方がない。一方で目の前のジジイは少し息を切らしているものの目立ったダメージは無い。あれ、俺のレベル低すぎ? 弟子どころかガキの頃には勝ってたはずの故郷のジジイにすら勝てなくなってるとかレベルアップというよりレベルダウンしてませんか!? 

 

「俺が持てる全てを叩き込んだ。それをお前は噛み砕き、昇華し、だが負けた」

 

 負けた? いや、確かに現在進行形でぼっこぼこに負けておりますが。それでもリスだったり猪だったり熊だったりといったお馴染みの雑魚魔物くらいなら普通に勝ってますが? 

 

「だからもう一度思い出せ。上等な剣があれば魔物を斬れるのか?」

 

 ノックス印のつよつよ剣のことを言っているのだろうジジイが、また恐ろしい速度で間合いを詰めてくる。かと思えば、俺の視界から瞬きの間に姿を消す。とっても嫌な予感がしたので何となく自分の左半身を守るように剣を立てれば、両手が痺れるほどの衝撃。

 

「俺は魔法が使えねえと言ったよな? クソガキ」

 

「俺もそうだよクソジジイ!」

 

 地面を這うくらいに姿勢を低くして俺の左側に回り込んだジジイの剣を受け止め、力任せに振り払う。後ろに跳び退って距離を取ったジジイを追撃するため、今度はこちらの番だとジジイに向けて走った。

 

「クローネもそうだ。だが魔物は斬れただろう!」

 

「クソ雑魚魔物だけだよ!」

 

 俺はジジイにやられたことをやり返してやろうと、先ほどのジジイと同じように相手の視界から消えるように姿勢を低くする。それに反応してジジイがさっきの俺と同じように左半身を守ろうと剣を立てるが、俺はジジイの左半身側に回り込んだりしていない。正面、低い姿勢からそのままジジイの胸目掛けて剣を突き出す。ジジイの剣は間に合わない、かと思ったが、俺の剣は途中で何かに遮られた。

 

「誰がお前に剣を教えたと思ってやがる」

 

「ええ……、めちゃくちゃだろこのジジイ」

 

 なんと俺の剣はジジイの肘と膝によって白刃取りされてしまっていた。しかもビクともしない。なんでジジイの身体からそんな訳分からん力が発揮されてるんだ! 

 

「どうする? このままじゃお前の身体ばっかりが傷つくぞ」

 

 剣を解放され、距離を取って睨み合う。さて、どうしたものか。このリミッターが外れているであろうジジイはまともに打ち込むとオートで反射してるんじゃないかと言いたくなるレベルの超反応で防御し、さらにはカウンターまで繰り出してくるクソゲー仕様だ。剣、拳、足、何なら頭も使った全身凶器とかいうどこぞの暗殺者もびっくりなスペック。異世界の猟師ってジジイでもこれくらい動けないといけないの? 怖すぎません? 

 とはいえ、じゃあどう攻めるかというところである。幸い、ジジイは余裕たっぷりといった様子でこっちの出方を窺ってくれている。ならばこの隙にちょっと考えよう。

 

「……考えは纏まったか?」

 

「せっかち過ぎぃ!」

 

 待ってくれていたかと思ったら突っ込んできた。このジジイ性格悪すぎる! 俺はジジイの攻撃を何とかいなしながら、一つの結論に至る。まずは全身凶器のこのジジイから武器を奪わねばと。俺もジジイも剣は鞘に収まったまま。つまり、腕や足を斬り落としたりは出来ない。というか流石に俺もそこまではしたくない。ということで狙うはジジイの剣である。あれを持てなくさせれば俺が有利だ。そうと決まれば、ジジイの右手を集中攻撃することに決定だ。

 

「む……!?」

 

 俺が攻め方を変えたことに感づいたのか、ジジイが眉を上げて俺の顔と剣を見比べたかと思うと、何故か楽しそうに歯をむき出して笑う。

 

「ハッ、良いじゃねえか。やってみろ、クソガキ」

 

「もうガキっていう歳じゃねえよジジイ」

 

 俺はとっくにオッサンと言って良い年齢になっているのだ。ジジイの中の俺はまだ村を出たばかりのガキンチョの頃で固定されてるのか。

 

「クソガキで十分だ。師を敬いやしねえ」

 

 どうやらジジイは俺がジジイのことを師匠と一度も呼ばなかったから臍を曲げているらしい。確かに色々教わったがジジイにはジジイとしか呼んでいなかった気がする。もしかしたらジジイも俺のように後方師匠面したかったのか。だとしたら申し訳ないことをした。お前が弟子にした人間は大した才能も無く、身寄りの無い子どもだったり世間知らずの坊ちゃん嬢ちゃんを騙してなんちゃって剣術を教えて師匠と呼ばせている詐欺師だ。

 とはいえもう老い先短いであろうジジイの願いを叶えないというのも申し訳ない気持ちが湧いてきた。

 

「なら俺が負けたら師匠って言ってやる」

 

 なお負けるつもりは無い。このバイオレンスジジイを師匠なんて呼んでたまるか! 

 

「言ったな?」

 

 俺の言葉を聞いたジジイはまたニヤリと笑うと、更に速度を増した剣閃が俺を襲う。このジジイまだ本気出して無かったのぉ!? 大人げなさ過ぎやしませんか!? 

 啖呵を切った次の瞬間にはゴロゴロと無様に地面を転がっている男は私です。

 

 ……というか、どうして俺はここでジジイと打ち合いなんかしてるんだ? 俺はいつの間に里帰りをしたというのだろうか。

 

 


 

 

「動ける奴はさっさと瓦礫を持って行きな! ちょっとでも砦の補強に充てるんだよ!」

 

 ライラ団長の鋭い声に従い、頭や腕に包帯を巻いた騎士達がボロボロになった会議室を慌ただしく行き来して片付けていく。それをどこか現実味の無い心地でぼうっと眺めていた私は、脳天に突如走った衝撃に視界に星が散ったように感じた。

 

「ぎゃんっ!?」

 

「なにサボってんだいシャーレイ!」

 

 いつの間に隣に来ていたのか、ライラ団長が私を見下ろしていた。確かにこんな時に何もしないでぼうっと突っ立っているなんて騎士として失格だ。

 

「す、すみません……」

 

「……心配しなくともあの男は死んじゃいないよ」

 

 首を縮めた私に、ライラ団長は一転していつもの様子からは考えられない優しい声で続けた。

 

「息はしてるし、熱が出てる様子も無い。普通の人間が受けたら首が捥げてたような攻撃で原形を留めてんだから、あれも大概化け物だよ」

 

 だから安心しろと言うように、団長に頭を撫でられる。そういえば私が騎士になりたての頃も、こうして励まされた覚えがある。あの時は同僚の騎士達から侮られ、騎士としてやっていくことを迷っていた頃だったか。魔法だけでなく、剣も扱って前線に立とうとする女性騎士は少ない。ライラ団長は自身が目も回るような忙しさだったにもかかわらず、よく目を掛けてもらっていたと思う。それにしても、励ましの言葉としては化け物は酷いと思う。

 

「いちおう、私の師匠なんですよ……? 化け物と言うのは流石に……」

 

「かっ、なーにが師匠だ。お堅いビビりだったのがすっかり色ボケやがって」

 

「べっ、別に色ボケてなどいませんにょ……?」

 

 噛んだ。それも盛大に。そんな私を見てこんな時だというのに、ライラ団長は楽しそうに笑う。

 

「数ある縁談を袖にしておいて、男の話題ときたらあのクソボケの話。隠す気あったのかい、あれで」

 

「ぐぐぐ……。いえ、師匠を隣国に引き抜かれまいとする高度な政治的駆け引きであり……」

 

「どこかで聞きかじった単語並べてんじゃないよ」

 

 そこまで分かりやすかった覚えは無いのです。本当です、自分では隠していたつもりだったのです。いえ、他の弟子の皆さんの前では隠したりはしていませんでしたが。でもあれだけアピールをしてもチラとも反応してくれない師匠もどうかと思います。

 そんなことを考えられるくらいに心に余裕が出てきたことを団長も察したのか、私の頭から手を退けると、先ほどまでのように真剣な表情に戻った。

 

「だけどね、そんな人間離れした男を一撃でのしちまうのがあの化け物だよ」

 

「……師匠が敵を前にして意識を失うような傷を負うなど見たことがありません」

 

「ならアタシが知る限り、あの化け物を倒せる可能性がある人間はもういないね。あの男がさっさと目を覚ますのを祈るしかない」

 

 師匠が目を覚ますのを待つことしか出来ない。けれど、それを待たずに魔物の侵攻は来るとライラ団長は言う。敵の最大戦力を動けなくしておいて、手をこまねいているような指揮官はいないと。

 

「魔物があの化け物に指揮されているんなら、減った魔物を補ってすぐに向かってくるだろうさ」

 

「……次の襲撃、防げると思いますか?」

 

「…………この砦の全てを使い潰すだけだよ」

 

 全てを使い潰す。それは文字通りの意味。今まさに他の騎士達があるもの全てを使って前線に築き上げている仮設の防衛線や、怪我人含めた動ける人間全て、師匠の弟子である私達、そしてライラ団長自身。それらを磨り潰して得られる結果を団長は口にしなかった。つまりはそういうことだろう。

 

「ま、元々魔物との戦いなんて分が悪いんだ。長耳族みたいに魔法に長けたのが援軍にでも来てくれるなら良いけどね。あの男から聞く限り望みは薄そうだ」

 

「随分と耳が痛い話だ」

 

 ため息交じりの団長の言葉にそう返したのは、杖をついた長耳のお爺さんだった。双子達と共に師匠から少し遅れて砦に着いたかと思うと、老いたその姿からは想像も出来ない程の魔法で砦の壊れた壁を木の根や蔓で補修してくれていたのだった。今もその長いローブには土埃が付いていることから、仮設防衛線の作成を手伝ってくれていたのだろう。

 

「砦の前に即席だが壁を建てた。どこまで堰き止められるかは分からんが……」

 

「いいや、最高の仕事だよご老人。まだこの世界にゃ少なくとも一人はマシな長耳がいたって知れただけでも儲けものだね」

 

「……同胞らは勇者と会う前の儂よ。立ち向かうことを恐れ、竦んでおる。儂のようにきっかけさえあれば」

 

「あの男と会って、話をして動いたのがご老人。動かなかったのがその同胞とやらだよ。動いたとて間に合わなけりゃクソの役にも立ちやしない」

 

 団長がそう吐き捨てるように言うと、長耳のお爺さんの顔が悩まし気に曇る。それに挟まれた私は居心地が悪くて肩を縮めるしかない。お爺さんの魔法には魔王討伐の時に何度もお世話になったのでお爺さんの味方になりたい気持ちもありつつ、ライラ団長の言うこともそうだと頷けるからだ。

 少なくとも、お爺さんは師匠と出会い、何度か言葉を交わしただけで立ち上がることを決意した。それを見た上で、師匠や双子達から話を聞いただけでも長耳族への印象は悪い。

 

「ま、アテにならないものについて考えたって仕方ない。ここをどう凌ぐか、あるいはどう無様に逃げるかを考える方が先決さね」

 

「逃げる手もあるのか?」

 

「少なくとも二人はここから逃がす必要があるだろう?」

 

 その言葉と共に、ライラ団長が私へと視線を移す。それに釣られるようにしてお爺さんも私を見て、そして納得するように頷いた。

 

「……ならばもう少し壁を補強しておかねばなるまい」

 

「悪いね、ご老人。こんな冷血女がいる砦に来たことを恨んでおくれ」

 

「儂はもう十二分に生きたとも」

 

 そう言ってお爺さんは足早に去って行ってしまう。その様子に、団長が何を言わんとしていたかを私も理解してしまった。ここから逃がす二人というのは、つまり。

 

「師匠と私だけでも逃れろということですか?」

 

「頭の回転は鈍ってないようで何より。分かったら荷物を纏めておきな。馬の用意もね」

 

「で、ですがここを逃れたとしてもこの砦を抜かれてしまえば王都が耐えられるわけが……!」

 

「誰が王都まで逃げろって言ったんだい」

 

 ライラ団長の言葉に私は二の句が継げなくなった。王都まで逃げるわけじゃない? では逃げろと言うのはどこへ? 私がポカンとした顔をしているのを見て、団長は深くため息を吐いた。その様子に、私の脳裏には嫌な想像ばかりが駆け巡る。背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「海を渡りな。海があれば、少なくとも魔物の軍勢は渡れないさ。あの化身は来るだろうが、目が覚めたあのクソボケと今代の勇者がいれば、まあ何とかなるだろうさ」

 

「国を捨てろと……?」

 

「元より一つの国だったのが海を隔てて分かれちまっただけなんだ。勇者がいる海向こうの方が本家本元だって思っておきな」

 

「わ、私はこの国の騎士です!」

 

「……それなら、猶更この砦を捨てな」

 

 お前が、この国があったことを知る最後に人間になるんだ

 

 そう言ったきり、ライラ団長は口を閉ざしてしまった。私が何を言おうと、周囲の騎士達に厳しい声で指示を飛ばすばかりで取り付く島もない。私と団長の会話を聞いていたはずの周りの騎士達も、何も言わずに作業を続けていた。その顔には、何故か笑みまで浮かべて。

 

 

「……酷い顔」

「誰にいじめられた」

 

「…………いえ、そういうわけでは」

 

 気が付けば、私は師匠が寝かされている臨時の医務室へと足を運んでいた。師匠が横たわっている簡素なベッドの横にはアルシェとノルンが座っていて、二人とも師匠の手を両手で包み込むような体勢で私の方を見上げていた。

 

「師匠は?」

 

「息はしてる。血も止まった」

「ただ、目は覚まさない。頭を打ったからかも」

 

 私の問いに、アルシェとノルンはいつもの淡々とした口調で答える。口調こそ平坦なものの、二人とも手が真っ白になるくらい力を籠めて師匠の手を握っているところから、その内心は推して知るべしだ。

 アルシェの隣に腰を下ろした私は、ベッドに横たわる師匠の顔を覗き込んだ。アルシェ達が看病のさいに拭ったのか、師匠の顔には血や埃は付いていない。ただ目を閉じて規則正しい呼吸で胸を上下させているだけ。それを見ていると、本当に師匠が寝ているだけのように思えた。

 

「治療魔法が使えるのはいないみたい」

「リミィはやっぱり天才だった。便利扱いしてるソーン兄は贅沢」

 

 二人はそう言うと、師匠の頬に片手を当てた。

 

「剣は回収した。服も整えてる」

「荷物はベッドの下に纏めた。いつでも出られる」

 

「え?」

 

 双子達まで何を言いだしているのだろう。まるで、ライラ団長みたいにこの砦から師匠を連れ出せと言わんばかりに。二人が師匠から離れるところなんて想像がつかない。何があっても師匠の傍にいると豪語していたあの二人が、どうしてそんな優しい笑みで私を見ているのだ。

 

「師匠は少し疲れてる。だからその間は私とノルンが埋める」

「師匠を傍で守る役目をシャーレイに任せる。凄く不安だけど……。嘘、シャーレイなら出来る」

 

「お、お二人が……!」

 

 師匠を連れて砦を出れば良い、と言おうとした私の口は、ノルンの人差し指で塞がれてしまった。

 

「少しでも長く戦える人間がこの場には必要」

 

「で、ですが」

 

「私とアルシェなら他の騎士の数倍は戦い続けられる。シャーレイが残るより戦力になる」

 

 気付けば、ノルンは師匠の傍を離れて私の隣に来ていた。双子に両隣から挟まれ、小刻みに震える両手が優しく包まれる。

 

「……どうしてお二人がそこまでする必要が」

 

「私達は師匠に助けられなかったら死んでいた」

「今の私達があるのは師匠が助け、育ててくれたから」

 

 彼女達はその口調と同じく、表情も普段からあまり変わらない。彼女達が今のように笑うのは師匠の前だけだ。けれどその笑みは私に向けられていて。

 

「師匠なら助ける。自分の身を呈してでも」

「だから私達も助ける。今まで師匠がそうしてくれたように」

 

 それが師匠の弟子であるということ。

 

 そう声を揃えて言ったアルシェとノルン。どうしてそんなに優しく笑うんですか。いつものように私を雌猫といって摘まみ上げてくれたら良いのに。生意気なことを言うなと、師匠を連れて行くのは自分達だと言ってくれれば良かったのに。

 

「お爺ちゃんを手伝ってくる」

「師匠を連れて出られるようにしておいて」

 

 そう言って二人は部屋を出て行ってしまう。後に残されたのは、眠り続ける師匠と情けなく顔を歪めている私だけ。

 

「師匠……」

 

 その情けない声音は、本当に自分の口から漏れたものだったのだろうか。師匠の傷だらけの手に添えられた、ブルブルと震える小さな手は本当に自分の手だったのだろうか。

 

「師匠!」

 

 師匠の胸に顔を埋める。心臓の鼓動は確かに感じるし、呼吸だって正常だ。今にも目を覚まして、いつものように仏頂面で、かと思うと少しだけ口元を緩めたような笑みを浮かべて私を仕方がない奴だというように見るのだと思ってしまうくらいに。

 私は騎士として厳しい鍛錬に身を投じてきた。師匠に出会い、更なる剣の高みを知ってからは心身共にこの国の騎士でも有数になったと思っていた。けれど違ったのだ。確かに師匠に出会ってから、剣の冴えは多くの騎士を凌駕しただろう。だが心は、師匠が常に重視していた心はどうだ。私の心にあったのは、師匠という大きな支柱だった。それが無くなってしまえば、何と頼りないことだろう。この砦にいる人間で、最も弱い心を持つのが私なのだ。

 

「師匠……、起きてくださいよぉ……!」

 

 震える声と共に、頬を流れた涙が師匠の胸に落ちて染みを作る。親と逸れた子どものように泣きじゃくる情けない人間が、ここにはいた。

 





あけましておめでとうございます(激遅)
書籍化について少しご説明せねばならないことがありますので活動報告を更新いたしました
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