後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

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おかわりは聞いてない

「そうら、避けてみろ!」

 

「なんで速度上がるんですかねぇ!?」

 

 逃げ場を塞ぐように繰り出される剣閃から身を捩って逃れる。ジジイは本当に一本しか剣を持ってないのかと疑いたくなる。なんだか残像で剣が何本もあるように錯覚するほどの速度。やだ、この覚醒ジジイ強すぎるわ! 

 距離を取った俺を見て楽し気に笑うジジイ。そして息を整える間も与えてくれず、俺をぶっ叩こうと少しは歳を考えろと言いたくなる速さで間合いを詰めてくるのだ。

 

「自分の強さを隠してたとか卑怯だと思わんのかジジイ!」

 

「鏡見やがれ」

 

 なんて楽しそうに言いながら嫌になるくらい見事にタイミングをずらし、避けられない軌道で俺の首をぶった叩こうと迫る剣を何とか弾き返す。目で追い切れず、ブレて見える剣を受け止めた手がビリビリと痺れて剣を取り落としそうになるが、掌が痛むくらいに剣の柄を握り締めてまたジジイから距離を取る。

 

「そんなんだからあのマネキン野郎に負けるんだ」

 

 肩で息をする俺を見てそう言うジジイ。なんで俺がマネキン野郎に伸されたこと知ってんですかね? というか俺は一体どうやってあそこから故郷の山まで帰って来たんだろうか。いかんせん頭がボーッとしていて記憶が曖昧である。というかそこら辺を考えようとするだけの余裕はジジイのせいで無い。奥の手を隠していたかあるいは謎の覚醒をしたとかいう主人公的ポジションのお株を奪うジジイの躍動により、俺の脳のリソースはそうした冷静な思考に割くことが出来なくなってしまっているのだ。

 

「考えるな! お前がどうして負けたのか思い出せ」

 

「矛盾したこと言ってくれてんじゃねえジジイ!」

 

 思い出せって言いながら考えるなってどういうことよこのジジイ! 

 痺れた手で縦横無尽に振るわれるジジイの剣を何とか捌いているうちに、俺は内心ドンドンとイライラが募っていた。どうして俺がここまで一方的にボコボコにされなきゃいかんのだ。そう思いつつ、剣を弾き返すだけじゃなく、お前の手も痺れろとばかりにこっちから剣をぶつけてやる。

 

「……ほう、良い、良いな」

 

 俺の嫌がらせに気付いたのか、ジジイが面白そうにニヤリと笑って剣を振る速度が更に速くなる。今でも目で追えるギリギリなんですけどぉ!? 

 

「ハッ、俺みたいな老い耄れについて来れないようじゃ、あのマネキン野郎に負けるのも頷ける」

 

 俺を馬鹿にするように鼻で笑うジジイ。やだ、このジジイ性格が終わってやがりますわ。俺は自分が煽るのは良いけど人に煽られるのは大嫌いなんだよ! 

 その苛立ちを籠めながら、俺はジジイの手を集中的に狙うことにする。痺れそうになったら柄から片方の手を離して休ませたり、靴底で剣を受け取めたりと曲芸みたいなことをする羽目になった。

 

「ようやく本気になり始めたな?」

 

「うる、さいッ!」

 

 俺の神経を逆撫でするニヤニヤ顔のジジイを燃料とし、最大限に高められたイライラが籠もった剣は、ようやくジジイの手から剣を弾き飛ばすことに成功する。だが同時に、俺の手からも剣が飛んでいき、周囲の木々の隙間に転がって行ってしまった。

 

「……ようし、やっと第一段階は終わったな」

 

 剣が弾き飛ばされた手をじいっと眺めていたジジイが訳の分からないことを言って満足そうに笑った。

 

「ここまでが俺の仕事だ。……そろそろ顔の一つでも見せに来い」

 

 そしてジジイは、またまた訳の分からないことを言いながら剣を拾いに行ったのか霧深い森の奥へと進んでいき、その姿が霧に溶けてしまう。顔を見せに来いと言われてもさっきまで嫌という程顔を合わせたどころか剣や拳を合わせたりしてませんでしたかね……。

 などという思考もあまりの疲労に霧散してしまい、俺はようやく訪れた休憩時間にホッとしながら弾かれた剣を探しに行こうかなーなんて思ってジジイとは反対方向へと進んでいく。一体どこまで飛んでいってしまったのかと霧がかかった木々の隙間を覗き込めば、うっすらと目に映る剣の柄。それに手を伸ばして掴んだと思った瞬間、俺の目の前に拳が飛び込んできたものだから折角掴んだ剣を飛び上がった勢いで放り投げて後ろに跳び退る。今度は一体誰なんですかねぇ!? 

 

「おう、なんとも情けなく息を切らしてるじゃねえか」

 

 げぇっ!? クローネ! 

 

 まさかのジジイ再びである。

 

「久しぶりだなぁ。あんまりにもツレないもんだからこっちから顔を出してやったぜ?」

 

「ツインジジイシステムとか誰得なんだよ……」

 

 ジジイのお代わりという悍ましい絵面に遭遇してしまった俺はげんなりと肩を落とす。そんな俺を前にして少年のように目を輝かせているクローネ。どうしてジジイ共は揃いも揃ってそんなに元気いっぱいなんですかね。こちとらぶっ飛ばされてノックアウトされたってのに。……ノックアウト? 

 

「そんじゃ、第二ラウンドだ」

 

 何かが頭に引っ掛かった気もしたが、そんなのお構いなしとばかりにクローネが仕込み杖を抜き放って俺に斬りかかって来る…………抜き放ってぇ!? 

 

「真剣じゃねえか!?」

 

「じゃねえと意味がねえだろ?」

 

 このジジイ、ついに本格的に俺を殺しにかかることにしたようである。さっきまでは鞘に入ったままだったから当たり所が悪ければ危ないが、大体は骨が折れる程度で済んでいたはずだ。だが、今クローネの手の中にあるのはギラリと輝く白刃。細身だが両刃のその剣には峰打ちという概念は無い。当たれば俺の身体のどこかは永遠にさようならしてしまう代物だ。

 

「前から斬り合いてぇと思ってたんだ」

 

 どこぞの戦闘狂かと言いたくなるようなことを言いながらクローネが白髪を振り乱しながら俺に向かって剣を振るう。俺はというと、先ほどぶん殴られそうになったときに驚いて剣を後ろに投げてしまったため無手。これでどないせいと? 

 とにかく俺に迫る剣を避けて避けて避けまくる。さっきまでとは違って掠っても危ないので割と大袈裟に。

 

「そんな無駄の多さでどこまで保つ?」

 

 けれど、そんな俺を馬鹿にするように笑いながらクローネは的確にこちらを追い詰めてくる。本当に止めて頂きたい。ただの打ち合いならともかく真剣なんだからそら頑張って避けるよ。しかし、それでもクローネの剣が速すぎて避けきれず、腕や太ももを掠めた剣が俺の肌に赤い線を作る。

 

「剣を拾いに行かせるような隙は作らねえぞ」

 

「性格が悪い……!」

 

 しかも最悪なことに、俺が剣をぶん投げてしまった方へと逃げようとするとそれを牽制し、反対方向へと押し込めようとするクローネ。

 

「ほれ、打ち返してこい」

 

「剣も拾わせてくれないくせに!」

 

 リーチが違い過ぎると思いませんか! なんている俺の心の抗議も虚しく、鋭く横薙ぎにされた剣が前髪を数本持っていく。さっきまで疲労でげんなりしていた俺の内心は、ツインジジイシステムによる燃料追加投入によって再びストレスの炎で激しく燃え始めていた。

 

「その拳は飾りってか」

 

「……やってやろうじゃねえかこの野郎!」

 

 俺の煽り耐性は濡れた紙と変わらないレベルなんだぞ! そんなに煽るんならその鼻凹ましてやんよ。ということで俺は真剣を持ったジジイを相手に徒手空拳で挑むという無謀なチャレンジを敢行する羽目になった。

 前に踏み出すと同時に脳天を真っ二つにしようと振り下ろされたクローネの剣を横っ面から殴り飛ばす。もうこうなったら拳の間合いに潜り込んでまともに剣を振らせない戦法に限る。

 

「そうだ。この間合いじゃ、剣を振るより殴る方が速いんだ」

 

 殴る方が速い、なんて言いながら当の本人は俺の拳を器用に掻い潜って身体を斬りつけようとしてくる。間合いが近くてもお構いなしとかなんだよこの妖怪剣豪ジジイは。

 いつ自分の手が真っ二つにされるかヒヤヒヤしながらクローネの剣を捌いていれば、ますます楽しそうにクローネの口の端が吊り上がっていく。

 

「そんなにベタ足着いてちゃ足下掬われるぜ?」

 

 そう言ったかと思うと俺の視界からクローネが消え、次の瞬間には視界がぐるりと反転。身を屈めたクローネに足払いをされたのだと思ったときには、大上段に剣を振り上げた姿が俺の目に映る。

 

「死ぬぅ!」

 

 地面に手を着いてバク転してなんとか逃れれば、僅か数瞬前に俺の頭があった場所をクローネの剣が通り過ぎて行った。なんなら俺の前髪が何本かおさらばした。やだ、おかっぱになっちゃうわ、って言ってる場合か! 

 人間死ぬ気になれば大抵のことは出来るんだなぁ、なんてどこか暢気な考えが頭に過りつつ、ズザザと足で地面を掻いて勢いを殺す。クローネはすぐに追いかけては来ず、肩に剣を乗せて憎たらしい笑みを浮かべていた。

 

「ちょこまかとしぶといなぁ」

 

「弱い者いじめ反対」

 

「たっは! 弱い者か、そうだな。弱っちい弱っちい。たかが木偶の坊にぶっ飛ばされるんだもんよ。それで気絶してりゃ世話ねえ」

 

 うん? 故郷のジジイだけじゃなくクローネまで俺がマネキン野郎に無様に負けたことを知られているだと? 一体どうやって知ったんだ……、ジジイネットワーク恐るべし。

 

「だがよ、それで寝たままっていうのはダッセえよなぁ。お前の尻拭いで弟子共が煩わされてんだ」

 

 尻拭い? そういや俺がぶっ飛ばされた後は一体どうなったんだ? 双子もノックスもローエンもシャーレイもいた上にクソ強そうなライラのばっちゃんもいたんだし、あのマネキン野郎をさっさとボコボコにしてくれたんだろうけど。

 

「仮にも師匠が弟子にケツ拭いてもらうのか?」

 

 俺の内心を見透かしたようなことを目の前のクローネが言う。でも弟子達の方が絶対に俺より強いし……。

 

「そうだな、お前よりも弟子の方が強い。何故なら()()()()()()()()()()()()な」

 

 そうそう、クソ雑魚冒険者……ん? なんかおかしくなぁい? 

 いつの間にか鼻先がくっ付かんばかりの距離まで迫っていたクローネがじっと俺の目を覗き込んでくる。やだ、ジジイとキスする五秒前だわ。

 

「ほうれ、殴ってみろ」

 

 そう言ってこれ見よがしに顎を突き出してくるクローネに俺の脂取り紙よりも薄い堪忍袋の緒が切れる音がした。このジジイ絶対泣かす! 

 思いっきり振り抜いた拳はしかし、ジジイの華麗なスウェーバックで躱される。ジジイのくせに侮れない柔軟性してやがるぞコイツ! 

 

「そうそう、もっと怒れ。目の前の俺をマネキン野郎と思って殴り抜け」

 

 煽りを忘れないクローネの策略により、俺は自分の剣を拾うことも忘れて殴りかかるという大暴挙に走ってしまった。はい、アホは俺です。

 出来るだけクローネの手を狙うが、拳の軌道上にクローネが剣を置いてくるため、自分で自分の手を切り裂くとかいう更なるアホをやらかさぬように気を遣う羽目になる。どうして剣を拾いに行かなかったんだ俺の馬鹿! 

 

「なんでぇ、自分の手がそんなに可愛いか」

 

「当たり前では?」

 

 クローネの中で俺は自分で自分の手をチョンパするようなアホだと思われてます? 

 

「自分を中途半端に守るのを止めろ。そうすれば勝てるさ」

 

 また訳の分からないことを言ってくるクローネ。中途半端どころか全力で自分を守ってるつもりなんですが。

 にしてもこのジジイ、自分が剣を持ってて超有利だからと余裕綽々である。俺がいくら殴ろうが蹴ろうが剣で弾いてくるのだから。このままじゃ埒が明かないと思っていると、クローネがジリ、と足を後ろにずらしたのが視界の端に映る。まさか距離を取るつもりでは? 間合いを開けられたら今度こそ死ぬぅ! 

 クローネが後ろに下がろうとする前に更に自分の方から距離を詰めるため、半ば無理矢理足を踏み出して懐に潜り込もうとする。何故か目の前にクローネの剣が迫っていた。……あるぇー? 

 どうやら後ろに下がろうとする動きはフェイントで、俺が突っ込んでくるのに合わせてカウンターを仕掛けてきたらしい。それが分かるくらいには目の前の景色がゆっくりと流れている。

 

「ほれ、このまま自分だけ死ぬか、それとも俺も殺すかだ」

 

 その中で何故かハッキリと聞こえたクローネの声。気付けば俺は剣を避けようとするのを諦めてクローネの顔面目掛けて拳を繰り出していた。少なくとも俺のパンチが防がれることは無い。

 

「そうだ、それで良い。安心しろ、あの木偶人形は俺より弱い」

 

 その言葉と共に視界が白く染まり、予想していた手応えも痛みも無いまま。次に視界に捉えたのは何故か涙目で俺を覗き込んでいるシャーレイの顔だった。

 

「し、し、じじょ〜〜!」

 

 かと思ったら辛うじて言語と認識出来そうな声をあげてシャーレイが俺の身体を締め上げてきた。いだだだだっ!! どうしてお前は俺に会うたびに俺を絞め殺そうとするんだ! 

 

 


 

 

 遠くに見える黒い波は、あの木像が率いる魔物の群れだろう。長耳の長老が協力してくれたお陰で急造の防衛線は予想よりもしっかりとしたものになった。瓦礫やらガラクタを長老の魔法で生み出した木の根で結びつけたそれは、アタシを含めた騎士達が上に乗ってもびくともしない。ただ、それが目の前の魔物の群れに対してどこまで持ち堪えてくれるかは心許ない。

 幸い、視界を埋め尽くすほど、なんていうお伽噺で聞いたみたいな軍勢じゃない。ただ、今の疲弊したアタシらでどこまで食い下がれるかは怪しい。魔物ってのはそういう現象だ。

 

「団長! 来ました!」

 

 自分を呼ぶ部下の声に頷くと、防衛線の前に陣取るノックスの坊や達へと視線を向ける。ちょうどこちらを振り返った坊やと目が合った。良い男じゃあないか。あのクソボケが育てただけあって覚悟の決め方は一流だ。

 

「それで、一発目は任せて良いんだね?」

 

「構わぬ。これを打てば儂の魔力とて尽きるだろうが」

 

 横にいる長耳の長老がそう言って捻じくれた木の杖を一振すれば、防衛線の前にうっすらと霧が立ち込め、人の形をとり始める。

 

「霧の兵士。便利な魔法だね。アタシでも使えれば良いんだけどね」

 

「只人の持つ魔力では、たとえ命を賭したとしても形に出来ぬほどに負担が大きすぎる」

 

 さらりと恐ろしいことを言ってのける。アタシら人間の全力の魔法は、長耳が息をするようにこなす魔法と何ら変わらないと。それだけに、どうして立ち上がらなかったと今更な考えが頭を過る。

 アタシら人間が北端の地で魔物共を押し込めようと鉄と血を注ぎ込んでいた頃、長耳はさっさと逃げてどこかの島に引き籠っていたってんだから。ため息の一つも出るもんだ。

 

「シャーレイはちゃんと逃げてんだろうかね」

 

「砦を出たのは確認した」

 

 知らずに漏れた呟きを拾ったのは顔中に汗を浮かべたご老人だった。ちょうど足の速い魔狼が霧に入っていったところ。霧の向こうからは魔物の雄叫びが響いては消えてくる。

 目の前に迫った魔物の脅威に、何故かアタシの頭の中は冷えきっていた。こんなときにシャーレイのことを考えるくらいに暢気だ。

 

「娘のようなものか」

 

「……かもしれないね。それなりに目を掛けてた。リミィも魔法の研究だってことで少し絡んだことはあるが、シャーレイは騎士に成り立ての頃から見ていた」

 

 魔物に対峙するのに怯えていたのも知っている。それならそれで良いとも思った。アタシのように剣を携えて前線に立たずとも、魔法に長けているだけで十分だ。

 それがある頃を境にメキメキと剣の腕を伸ばし、前線を率いるようになった。

 そしてあろうことか極北山脈を越える旅に出たと聞いたときにはアタシは目眩がしたものだった。

 

「アタシはね、あのクソボケは好かないよ」

 

 あのまま怯えたままだったら、剣を諦めて前線に立つことは無かっただろう。あの娘の才なら、後方で魔法を撃つだけでも十分に戦えたはずだ。そうでなくとも貴族の娘。結婚して、幸せに生きてくれたらそれで良かった。アタシが諦めた生き方をあの娘がしてくれたらと。

 だが、あの男に師事して変わった。自身を守る盾を捨て、剣だけを携える無謀な戦い方で魔物と対峙するようになった。

 

「せめてシャーレイは守ってもらうよ、あの男には」

 

 それがあのクソボケに取らせる責任だ。

 他の弟子達、ノックスの坊やとローエンにあの双子。誰がシャーレイの代わりにあの男と逃げたところでこの場の結果は変わらない。ならばせめて、アタシが生かしたいと思った人間を生かすことにした。アタシの言葉を聞いた長耳の長老は何が可笑しいのか分からないが笑っていた。

 

「なに笑ってんだい」

 

「いや、勇者ならばシャーレイ以外も守るだろう」

 

「あのクソボケが勇者だって?」

 

「本人は否定するだろうが」

 

「勇者は銀糸の魔力を受け継いだライネル王子じゃないのかい」

 

「儂に……僕にとって勇者はあの男だ。信じれば必ず応えてくれる」

 

 そう言ったご老人の顔はどことなく幼く見える。その言葉に頷くことはしたくなかったが、アタシの顔は苦虫を噛み潰したみたいなものになっていただろう。

 

「あのクソボケ、アタシが昔会った二人の冒険者にそっくりなんだよ。妙に自分を卑下するところも、それでいて強いところも……気に入らないね」

 

 ご老人が何かを言おうと口を開くのを待たず、アタシは霧を抜けてきた魔物の一群に魔法を打ち込んだ。身体中からごっそりと力が抜けたような感覚と、くらりと頭が揺れる感覚。連日の戦闘でアタシの魔力はもう絞りきった雑巾みたいになっているんだろう。だが、ここで倒れるわけにはいかなかった。

 幸い、霧を抜けたところで魔物の身体はあちこちから血を流すほどに傷まみれだったものだから、アタシの魔法で吹き飛んだあとはピクリとも動かなくなる。

 

「……これ以上は抑えきれんか、口惜しいが」

 

「十分だよ。後はアタシらが踏ん張るだけなんだ」

 

 アタシの後に続いて霧から抜け出てきた魔物に次から次へと部下達の魔法が殺到する。それだけじゃ滅しきることは出来ずとも、防衛線に到達する前にノックス坊や達がいる。

 手負いの魔物に複数の騎士達が群がる。まともに喰らえばひとたまりもない魔物の攻撃を何とかいなし、その隙を他の騎士が衝く。魔物の第一陣は、驚くほどに軽微な損耗で切り抜けられた。倒れている騎士の数よりも、立っている騎士の数の方がまだ多いんだから。

 けれどそれで喜んでいる場合じゃない。次の波が霧の中から湧いて来てるんだから。魔狼よりは足が遅いものの、より脅威となる魔物、小鬼の群れだ。爺さんの魔法で削られているだろうが、奴らの足取りはちっとも緩んじゃいない。その群れに魔法を打ち込もうと腕を上げて、また身体がぐらりと揺れそうな感覚を覚えた。……なるほどね、もう終わりってことかい。

 

「ご老人、勇者は信じれば必ず応えてくれるんだね?」

 

「ああ、必ず」

 

「……なら、似合わない神頼みでもしてみようか」

 

 震えそうになる手を押さえてまた剣を構える。霧の向こうから、ひと際すばしっこい小鬼が防衛線を抜けようと登って来るのが見えた。ただ、部下達も黙って通したわけじゃないのか、あちこちに傷が刻まれている。むしろ今まで一匹も防衛線に取り付かせなかったことの方が驚きなんだ。

 即席の防衛線は手掛かりがたくさんあって小鬼はするするとアタシの前に登ってきた。この中で一番偉そうな奴を狙ったのか、あるいはアタシが老い耄れだから容易く殺せると思ったか。

 

「ライラ団長!」

 

 慌てた様子でアタシの前に出ようとする部下を手で制した。後ろにいるのは剣で魔物と渡り合えるような力は持っちゃいない。

 

「下がってな、無駄に命を捨てるんじゃないよ」

 

「しかし……!」

 

 たった一匹、しかし目の前の小鬼はニタリと勝ち誇った笑みを浮かべていた。まあこの距離まで近づいて、アタシのようなババアなんて物の数にも入らないと思っているんだろうね。

 

「今でこそ後ろっから魔法を撃ってばかりだけどね。この剣は馬鹿でかい飾りじゃあないんだ」

 

 アタシの言葉なんか分かるはずも無いだろう小鬼に、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。命乞いでもしてると思っているのか、小鬼は手に持った棍棒を掲げてアタシに飛び掛かってくる。ヨボヨボのババアが振る剣ごときじゃ傷一つ付かないなんて言いたげだ。

 

「あの男にゃとても敵わないだろうがね」

 

 鞘を投げ捨てるようにして、長い刀身を陽光の下に晒す。両手で柄を握り締め、こちらに向けて振り下ろされる棍棒に向けて狙いを定めた。

 

「アタシも、かつてはあの剣に憧れたんだ」

 

 剣一本で魔物の群れに切り込んでいく狂った馬鹿二人の背中を何度見たことか。目を閉じても瞼の裏に焼き付いた剣閃を、あのクソボケを見たときに思い出した。

 シャーレイを娘のように思っていたことも嘘じゃないが、何のことは無い。あの娘にはアタシのように後悔して欲しくなかったというだけ。自分の焦がれたものに手を伸ばすチャンスを逃すなと。

 盾を持たない無謀なスタイルも、たった一太刀で魔物のそっ首を落とす太刀筋も。全ていつだって思い出せる。目の前に浮かび上がるその軌跡に、アタシの剣を沿わせるだけ。そうすれば、小鬼の棍棒を弾いたアタシの剣は驚愕に歪んだ表情の小鬼を腰から肩にかけて大きく斬り裂いた。

 

「それで、アタシは簡単に殺せそうな老い耄れだったかい?」

 

 何が起こったか理解していなさそうな小鬼の身体を足で防衛線の下に蹴り落とす。そうして後ろに目をやれば、あんぐりと口を開けている部下達の姿。

 

「何をボーッとしてんだい」

 

 そう言えば、部下達が慌てて眼下の戦場へと再び注意を向けた。霧で弱っていたから、ここに辿り着くまでに多くの部下が傷を付けていたから、あれほどあっさりと倒せた。そういう意味じゃ、万全の状態の小鬼にとっちゃアタシは簡単に殺せる老い耄れだったかもしれないね。だけど、それでもアタシは倒れてやるわけにはいかない。

 

「ここにはアタシがいる。お前達は気絶するまで魔法を撃ちな。お前達が死ぬのは、アタシが死んだ後だよ」

 

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