「師匠師匠師匠ー!」
親方! 空から犬耳娘が! といわんばかりのシチュエーションで降ってきたコルンさんはそう言いながら俺の上を占拠し、ハスハスと胸に顔を埋めている。やだ、この娘ったら匂いフェチだわ。あるいは俺があまりに香ばしい匂いを発していて服の中におやつでも隠していると思われているのだろうか。
「こ、コルン! 流石にそれはズルいのではないですか!?」
シャーレイさんや、君は何を言っているのかね。俺の懐にはおやつも何も入っていませんことよ?
「うるさい。こっちはライネルに引っ張られて長耳の島まで行く事になったんだ。師匠分が足りてない」
俺はいつから何かしらの栄養成分になったんですか。いや、そんなことよりもですね、さっきの空飛ぶ船は一体何なんですか。
「あれはジルファの船。長耳が魔法で飛ばしてた」
うーん端的すぎて経緯がなにも理解できない。そして話す時間も惜しいとばかりにフガフガと顔を埋めるのやめなさいよあなた。放っておいたらずっと俺から離れそうにないコルンを何とか引き離すと、何故か不満げな彼女から事情を聞き出す。
どうやらロクシスと合流したライネル君は俺が結構なやらかしをしたと理解したらしく、エルフ達に協力を要請しに行ったということらしい。そして首尾よく協力を取り付けたライネルはこのままえっちらおっちら歩いて行ったんじゃ間に合わんぞということで、エルフ達のトンデモ魔法で船を文字通り飛ばしてきたと。やだ、俺の弟子が有能すぎる。もう俺の出番無いじゃん。今から行っても空気読めずに飲み会遅れて来ちゃった奴みたいになるじゃん。
「師匠、これなら……!」
シャーレイがキラキラとした顔でこちらを振り向く。これなら、とか言ってるけど多分俺の仕事はもう無いよ? 後片付けくらいなら全力でやらせていただく所存ですが。そして船が飛んでいってくれたおかげでようやく砦の方向が分かったことだし、そろそろ行きますか。そう言って立ち上がれば、先程とは打って変わって元気溌剌な表情のシャーレイも立ち上がる。俺一人が戻るって言ったときはあんなに悲壮な顔してたのにライネルが援軍に行ったって聞くとそんなに元気になるの? 俺の信用度低くない? いや、俺だってそうなるけどさ。誰だって自称フリーランスの推定無職おじさんが来るよりもイケメン御曹司が来る方が嬉しいものだ。どっちが俺か? 聞くまでもなかろうよ。
じゃ、とりあえず俺はライラの婆さんにスライディング土下座をぶちかますためにひとっ走りすることにしよう。コルンから受けた垂直自由落下式体当たりのダメージも回復した頃だ。ということで君たちは後からゆっくり歩いてくるように。俺は走る。この二人は弟子の中でも恐らく、比較的、ほんのりと俺に対する怒りは少ないと見た。であれば俺がライラの婆さんに前髪が無くなる勢いで土下座している姿を出来れば見せず、俺の株価を少しでも保っておきたい。ということで二人が制止するのも聞かずに俺は脱兎のごとく駆け出した。走るのは得意なのだ。これでも弟子から逃げ回ってたもんで。
空飛ぶ船が消えていった方角を目指してひたすら真っ直ぐ走っていれば、なんと魔物の姿がチラホラと目に入る。まさかあのババアが率いる砦をすり抜けている魔物が他にもいるとは、リスの魔物も俺に迫る逃げ足の持ち主らしい。
ただ、出会ったのが運の尽きよ。今の俺の手元には鞘に入ったままだろうと魔物の血を啜ろうとする正真正銘の魔剣があるのだ。先生、お願いしますと鞘に入ったままの剣に心の中でお祈りしながら振るえばあら不思議、リスの魔物の首がポロリするという寸法だ。いや、マジでこの剣恐ろしいな。などと思いながらしばらく走っていると、少し前にも見た覚えのある石造りの壁が見えてくる。遠くからはかすかに爆発音なんかも聞こえてくる。砦で防衛戦だなんて言ってたのに肝心の砦はそこまで騒がしくないというか、人が全然いなかった。どうやら俺が寝ている間にあの戦神ライラ大明神は前線を押し上げることに成功していたらしい。強すぎない?
さて、砦の中を走り回り、なんとか戦場と思しき方角に出たは良いものの、目の前に広がっている光景は俺の想像を越えたカオスだった。
砦より前方に築かれた植物の蔦や瓦礫が積み上げられた即席感溢れる手作り要塞の上で、恐らくライラのばっちゃんが飾りだと思ってたバカでかい剣を振り回してゴブリンを斬りまくっている。遠いからハッキリ見えないけど多分あの大暴れしてるのはババアに違いない。だって前の口ぶりから察するにジジイ共の知り合いでしょ? ということは戦闘民族確定だ。……うーん、あそこに俺がアホ面で割って入っていったらゴブリンと一緒にずんばらりんと真っ二つにされてしまうんじゃなかろうか。なんて思いながらも、だからといって回れ右して帰るわけにもいかず、俺は瓦礫で出来た即席砦をえっちらおっちら登っていく。
そうして登頂に成功した俺の目に飛び込んできたのは、戦場のど真ん中に豪快に鎮座しているでかい船と、そこから色取り取りの閃光を魔物に放っているエルフ。そして先頭に立って元気よく戦っているライネルを始めとした弟子達。やっぱり俺いらなかったな、うん。
「さあ、次はどいつだい!」
俺が壁からひょっこりと顔を出して様子を窺っていると、ライラの婆さんがそう叫んで周囲を威嚇する。しかし、歳のせいか息が荒く、心なしか剣を持つ手も震えていらっしゃる。そういやライラの隣にあのエルフの爺さんもいて魔法で援護しているが、そっちも苦しそうな顔をしている。寄る年波には勝てないということか、この分なら今出ていっても疲れてるんだしすぐに俺への折檻が始まることは無いと思いたい。
そしてそんな俺のこすっからい思いをアシストするように、一際小柄なゴブリンが物陰から短刀を持って婆さんに迫っているのが見えた。よーし、ここいらで少しでも点数稼ぎをさせてもらおう。
ということで、ババアの隙を衝いて飛び出してきたゴブリンを防ぐために俺も物陰から同じように飛び出してその進路を塞ごうと駆け出す。なおその一歩目で足元に飛び出していた石に蹴っ躓いた。走り出そうとした勢いそのままに俺の手からすっぽ抜けて飛んでいく我が愛剣。当然のごとく鞘に入ったままである。
「コイツ、いつの間に!?」
そして婆さんは背後から迫りくるゴブリンに気付いたらしく、迎え撃とうとするけれどそれよりも先にゴブリンが懐に入り込む方が速い。それよりも速いのが俺の手からすっぽ抜けた剣な訳ですが。
無手で突っ込む訳にもいかず、ゴブリンの頭に良い感じにめり込んで転ばせてくれたりしないかしらとハラハラして見守っていると、ぶっ飛んでいった俺の愛剣は見事にゴブリンをヘッドショット。そのまま首から上をスパンと斬り飛ばしてしまった。……え? 斬り飛ばした?
「一体何が……?」
ゴブリンが襲いかかってきたと思ったら急に頭がどっかに飛んでいってしまうとかいうトンデモ映像を目の当たりにしたババアがキョトンとした顔で剣の飛んできた方角、すなわち俺の方を向く。あ、どうも、恥ずかしながら帰って参りました。怪我とかしませんでした?
「な、おま……!? 何故ここに、いやシャーレイは……!」
おお、仏頂面か呆れ顔しか見たことなかった婆さんがあんぐりと口を開けてらっしゃる。シャーレイは置いてきた。(俺の逃げ足に)ついて来られそうになかったからな。
「置いてきただと! なんだってここに戻ってきやがった! 何の為にアタシらがここで……!」
ふざけたことを言おうとしたらババアに思いっきり胸ぐらを掴まれた模様。魔物よりもよっぽど怖いんですが、この婆さん。だが大丈夫だ、シャーレイだけじゃなくコルンも一緒にこっちに来てるし、二人が道に迷うことはない。というか俺も迷わなかったし。
「この……! ハァ、もうやだよこの男は。滅茶苦茶なところまで奴らそっくりだ、本当に」
「やはり、来てくれたのだな」
何やら呆れ返ったように天を仰ぐライラの隣に来て笑うのはエルフの爺さん。顔中が汗で濡れているが、何故かキラキラとした目で俺を見ている。久しぶりに運動してスッキリしたんだろうか。
「見てくれ、あそこで同胞が戦っている。お主が儂をもう一度立たせてくれたように、今度はお主の弟子が我が同胞を立ち上がらせた」
そう言って爺さんが指し示すのは俺がさっきも見てビビった戦場のど真ん中に鎮座する船。いや、うん、ライネルはホント凄いんですよ。俺の尻拭いが早すぎる。
ともあれ、爺さんのお陰でババアの拘束から逃れられたことだし、俺は壁にめり込んでしまっている剣を引っこ抜きにいく。相変わらず血の一滴もつけず、瓦礫の壁に深々と突き刺さっていた。君、鞘に入ってるんですよ? 自分が斬れないってこと分かってます?
壁から引き抜いた剣をしげしげと眺めていると、婆さんが俺の剣を見てまたあんぐりと口を開けていた。
「まさか、その剣で小鬼の首を落としたってんじゃないだろうね? その鞘に入ったままのそれで」
いや、実はそのまさかなんですよ。俺もビックリしてるんですよね。寝て起きたら剣が魔剣になってるとか。
「……もう驚くだけ無駄かもしれないね。いや、それよりもだ。ここに戻ってきたってんなら早速仕事だよ」
何故か俺をドン引きしたような目で見ているライラの婆さんは、そう言って剣で戦場の奥を示す。
「小鬼共を指揮してる頭がいる。四本角の一際デカい鬼だ。幸い、魔樹の化身は姿を見せちゃいないが」
その言葉に目をよーく凝らしてみると、豆粒のようなシルエットが見える。ほうほう、あれがこの魔物どもを率いているボスということですな。ならそれはライネルに任せれば……。
「頼んだよ」
はい、俺の仕事のようです。いや、大丈夫だ。ジジイ主催の夢ブートキャンプで鍛えられた俺と俺の魔剣を信じろ。後者が強すぎて俺の夢イベントが霞んでるが。俺が夢で強くなるよりもノックスの剣が魔剣に進化した方が強化幅大きいとかバグでは? まあそんなことよりもあんな奥の奥までどうやって行くかという方が問題なわけですが。それを言い訳にすればしばらく仕事しなくても許されたりしません? ダメ?
「あそこまで行くのならこれを使うと良い」
お、何か良いものでも作ってくれたんですかね、爺さん。そう思って声の方へと振り向けば、そこにあったのは所謂投石器。皿のところに石を乗せて皿と反対側に繋がった縄を切れば、皿が勢い良く持ち上げられてそこに乗せられた石が飛んでいくというあれだ。……これに乗れと?
「お主なら問題は無いだろう」
やだ、爺さんからも扱いがぞんざいになってきてる気がするわ! 分かった、分かりましたよ! 人間砲弾でもなんでもやって得点稼ぎますよ! その代わり無事に戻ってきたら何か奢れよ! あ、ちょっと待って、まだ心の準備が出来てないの! そんなに絶叫系得意じゃないのぉぉぉぉ!
長耳達が空飛ぶ船で援軍に来てくれたお陰で戦線は持ち直した。長耳達の魔法で魔物の侵攻を押し戻せたし、こっちにまで流れてくる魔物はぐんと減った。
「それでも、こっちがもう保たないね」
「儂らはすでに疲弊しきっておる……」
壁を登ってきた魔狼の首を落とし、蹴り落とす。首から上を無くした胴体は更に登ってこようとする後続の魔物を落とす岩代わりだ。
「歳は取りたくない。もう息が上がってきた」
「壁を登ってくる魔物を一人で捌いているのだ、無理もない」
長耳のじい様はそう言ってくれるが、あのクソボケなら息も切らさなかったろうよ。爺になってるだろうが、あの剣狂い共がいたら、なんて柄にも無く無い物ねだりまでしてしまいそうな程。
この砦を抜かれないことは最低条件。前線は今でもノックスの坊や達と援軍に来た他の弟子達が踏ん張ってくれている。だが、それだけじゃ手が回りきらないのも確かだ。
アタシが倒れるまではこの砦の誰もくたばらせない。その気力だけで握っていた剣もずっしりと重い。気を抜けば剣を取り落としてしまいそうになる。
「だがね、諦めちゃいないのさ。……さあ、次はどいつだい!」
自分を叱咤するように張り上げたその声に応える唸り声は無かった。一息つくことが出来る程度には、魔物の侵攻を抑えることが出来たのだろうか。そう思って短く息を吐いた瞬間、背後でヒタ、と鳴る足音。
「コイツ、いつの間に!?」
振り返れば、口元を醜く歪めた小鬼が倒れた騎士から奪ったのだろう短刀を持ってこちらに走り寄ってくるのが見えた。疲労を紛らわそうと上げた声が、自分の耳を鈍らせた。疲れきったこの腕じゃ、いくら力を籠めようが防御は間に合わない。身体は迫りくる死に抵抗しようと動き続けながら、頭の中の冷静な部分はそうやって自分の死を冷たく分析する。もしここでアタシが死んだとて、銀糸の勇者が戦場にいる。まだ戦線は保つはずだ。
自分でもいっそ笑ってしまいそうなほど諦めた思考が頭を巡る。半分受け入れていた死は、しかし予想外の方向から文字通り飛んできた部外者によって小鬼の首から上と一緒に消えてしまった。
「一体何が……?」
アタシを殺そうと、殺意を漲らせていた小鬼の首は何かが視界を横切ったかと思うとあっさりと宙に斬り飛ばされていた。その何かは、小鬼の首を飛ばしたことを歯牙にも掛けずに壁に深々とその身体を埋め込む。壁から覗くその柄には見覚えがある。まさか、そう思って飛んできた方向に目をやれば、こちらを見るクソボケの顔。しかし、隣にいるはずのシャーレイがいない。
「な、おま……!? 何故ここに、いやシャーレイは……!」
こんなに動揺したのはいつぶりだと思うような上ずった声がアタシの口から漏れた。まさか本当に目を覚ますとは、そして長耳のじい様の言う通り戻ってくるとは。
「シャーレイは置いてきた。ついて来られそうに無かった」
その言葉を聞いた途端、先程までの疲労も何もかもを無視してアタシはクソボケの胸ぐらを掴み上げていた。置いてきた!? あの状態のあの娘を! アタシのワガママだとは分かっている。だが、この男はあの娘を守るべきだ。剣が強くなろうと、あの娘の心は他の弟子よりも弱い。
「置いてきただと! なんだってここに戻ってきやがった! 何の為にアタシらがここで……!」
「大丈夫だ。もう迷わん」
荒げたアタシの声は、その言葉に二の句を継げなくされた。たった二言に籠められたこの男の意思に、アタシの口は閉ざされた。
「コルン、もう一人の弟子もついている。直にここに来る」
弟子達が、自分の育て上げた人間の心が強いと信じて疑っていない目。微塵も揺らいでいない目だ。信じる対象が自分か、弟子かは違えどあの剣狂い達と同じ目。何かを突き詰めた者だけが見えるものを見ている目だ。そんな人間が見えているものを、アタシのような凡人は一生理解できない。
「この……!」
何かを言い募ろうとして、アタシは言葉に詰まった。この目をした人間に何を言っても無駄だということを、アタシは数十年前に学んだのだから。
「ハァ、もうやだよこの男は。滅茶苦茶なところまで奴らそっくりだ、本当に」
「やはり、来てくれたのだな」
嬉しいのか悲しいのか、自分でも良く分からなくなって天を仰いでいると、長耳のじい様が隣にやって来て嬉しそうに告げる。
「良い顔をしている」
これ以上は一滴も絞れないというくらいに魔力を振り絞ってくれたじい様に最初に掛ける言葉がそれだった。怒れば良いのか呆れたら良いのか分からない。
しかし、長耳のじい様は気分を害した様子も無く、戦場を指差した。
「見てくれ、あそこで同胞が戦っている。お主が儂をもう一度立たせてくれたように、今度はお主の弟子が我が同胞を立ち上がらせた」
「ライネルか、アイツならやり遂げる。人を動かすのは、俺よりもよっぽど上手だ」
そう言って嬉しそうに笑みを浮かべながら、クソボケは壁に埋まった剣を引き抜く。曲がったりしていないかを確かめるように柄頭から鐺まで真っ直ぐ眺めたり、埃を払うように掌で鞘を撫でている。……鞘を撫でている?
「まさか、その剣で小鬼の首を落としたってんじゃないだろうね? その鞘に入ったままのそれで」
アタシが剣を指差しながらそう聞けば、クソボケはこちらを見て少し首を傾げた。
「夢を見た。ジジイ達と会った」
そして口から飛び出したのはこれまた意味の分からない内容だ。
「剣を打ち合い、目が覚めた。剣は、ノックスが言うにはよく魔力を通すらしい。俺には分からんが」
そう言いながら剣を軽く振れば、鞘を包むように輝きを増す銀の光。周囲の魔力、魔物達によってばらまかれる瘴気すらも飲み込んで輝くその光は、魔力の素養のある者の目には疑いようもなく理解出来る。
銀の剣
その言葉が指すのは、武器としての剣じゃなかった。それに値するものが手にすれば、何物をも討魔の武器とする人間を指して言う言葉だったのだとアタシは初めて知った。
「儂の言った通りじゃろう? あの男こそ、勇者であると」
「……もう驚くだけ無駄かもしれないね」
アタシにだけ聞こえるように囁かれたその言葉に、肩を竦めてため息を吐くことしか出来なかった。こうも目の前で見せつけられちゃ、信じるしかないだろうに。
「いや、それよりもだ。ここに戻ってきたってんなら早速仕事だよ」
そう言って気を取り直し、アタシは戦場の奥を指す。
「小鬼共を指揮してる頭がいる。四本角の一際デカい鬼だ。幸い、魔樹の化身は姿を見せちゃいないが」
小鬼の角は、吸収した瘴気の量でその本数を増やす。そしてより狡猾に、より残忍に、他の小鬼を使役するようになる。戦場の最も奥で時折唸り声を上げているのは、間違いなくあの四本角が小鬼以外の魔物も含めたこの侵攻を指揮している証拠だ。あれが魔樹の化身によって生み出された今回の侵攻の将軍ということだろう。
「頼んだよ」
そう言えど、目の前の男はじっと遠くに立つ四本角を睨み付けたままアタシの言葉なんか聞こえていなさそうだった。
「遠いな」
勝てるかどうか、相手が強いかどうかじゃなく、ただ距離だけが問題だと言わんばかりにこのクソボケはそう呟いた。
間合いに入れば、剣が届くと思えば、斬れる。気負いも何もなく、そう考えている。その姿がどれほど憎たらしく、そしてどれほど頼もしいか。
「あそこまで行くのならこれを使うと良い」
そしてその問題を解決する手段を、長耳のじい様は作っていた。少し回復した魔力を使い、魔法によって成長した木によって組み上げられた投石器。まさかそれで人を飛ばすなんて言うんじゃないだろうね。
「飛んでいくのか」
「お主なら問題は無いだろう」
頬を引き攣らせるアタシをよそに、クソボケとじい様はそれだけの言葉を交わすと、いそいそと皿に上る。そしてアタシとじい様を見下ろした。
「戻ってきたら酒でも奢ってくれ」
そう言い終わるや否や、跳ね上げられた皿がクソボケの身体を持ち上げ、宙へと放り出す。あっという間に戦場の奥へと飛んで行くその軌跡は、一筋の光となって薄暗くなり始めた空に刻まれる。
「酒でも奢れ、かい。ここを生き残るのは当たり前なわけかい」
「夢、か。儂にも何があったかは分からんが、また一つ勇者は強くなったのだろう。ならば、もう安心しろというあれなりの優しさよ」
「あのクソボケがそこまで考えてるもんか。手伝ってやるから何か寄越せ、くらいの考えしかないよ、あれには」
「ハッハッハ、かもしれん」
「……だから生き残るのさ。あのクソボケ、いやさ勇者に酒を奢ってやった人間だって語り草にしてやるためにもね」
そうしたら、どこかに引っ込んじまってるあの爺共に自慢してやらなくちゃいけないね。アタシはお前らがしたくて堪らなかっただろう体験をしたよ。奴を育てたのはお前らかもしれないけどね、そうして育った勇者の戦いを一等地で見られたのはアタシだ。
アタシは伝説の勇者と肩を並べて戦っているんだ。