後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

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着地のことも考えて欲しかった

「ところで俺はどうやって着地すれば良いんだろうか」

 

 はい、絶賛空の旅を満喫しているところで湧いた疑問です。まさかの超原始的な方法で空へと放り出された俺だったわけだが、どう考えてもパラシュートは背中には無い。なんなら持ってるのはつい最近魔剣にレベルアップして俺の手ごとぶった斬ってしまう可能性も考えられる愛剣一振のみ。これまじどうすんべと思いながら眼下に広がる戦場へと視線を向ければ、そこには白く帆を張ったエルフ達の乗る空飛ぶ船の姿。なるほど、神は俺を見捨ててはいなかったな! 

 ババアに言われたボスっぽいゴブリンからは遥か手前になってしまうが、俺は着地点を地面に鎮座する帆船に決めた。だってこのままだとボスの前に辿り着くと同時に地面のシミになること確定だからな! 

 ということで全身を出来るだけ広げて風を受け、少しでも飛んでいる勢いを殺そうと試みる。その試みが功を奏したのか、エルフの爺さんの絶妙なコントロールが成す技か、俺の身体は徐々に高度を下げていき、目の前に広がる帆へと一直線である。それと共に、眼下で戦っているライネル達の様子もハッキリと見えてきた。

 

「負傷した騎士を可能な限り収容するんだ! アルシェとノルンも早く!」

 

「まだここに辿り着けてない騎士がいる」

 

「私達は良いから前線を」

 

 ライネルと双子達が何やら大声で話しているのが聞こえる。どうやら怪我人を船に乗せようとしているようだ。このまま着地したら俺も足挫いたりしそうだし怪我人ってことで船で休ませてもらえたりしませんかね? などとアホなことを考えていると、俺の身体がパァン! という音と共に帆に叩きつけられる。痛すぎィ! プールの飛び込みで失敗したときの三倍くらいの痛さァ! 

 なんとか帆に受け止めてもらったのは良いものの、ズルズルと身体が下に滑り落ちていく。このままだと地面のシミにはならなくとも、船の床に叩きつけられてしまう未来が不可避である。ということで船の持ち主には申し訳ないと思いながら俺は剣を鞘から抜き放つとそれを帆に突き立てた。これでちょっとでも勢いが緩められたりしません? 

 そんな俺の儚い思いはまるで熱したナイフでバターを切るみたいに抵抗無く剣が帆を切り裂いていくのを目の当たりにして見事に砕け散る。切れ味良すぎ! こういう時くらいはもっと鈍くなっても良いのよ! 頼むからもう少し抵抗になってくれと両手で柄を握りしめるも、スルスルと切れに切れていく帆。

 

「船にも魔物が乗り込んできている! 船倉には下りさせるな。怪我人がいる!」

 

「こんなところで足踏みしてられねえってのによぉ!」

 

 俺がなんとか帆の一番下にある横木に辛うじて着地すれば、その真下ではライネルとソーンが背中合わせになって魔物を次から次へとズンバラリしていた。やだ、カッコいい。あれは紛うことなき主人公ですわ。船には次から次に魔物が取りついて上ってきていて、それをエルフの皆さんとリミィさんが魔法で打ち落とし、それでも入り込んできた魔物はソーンとライネル、ロクシスの男三人がズバズバと切り捨てている。やっぱり俺いらなかったですよね、はい。

 ほへーなんて間抜けに口を開けながら覗いていると、俺の足が丸太を見事に踏み外す。やだ、さっきから俺の足下が覚束無さ過ぎるわ! 

 俺の身体は重力に従って船の床に迫る。流石にこれくらいなら足が痺れるくらいで済んでくれないかなー、なんて考えていると、俺の下にタイミング良く滑り込んでくる魔物。それも狼の魔物だったが、流石に上から何かが降ってくるのは予想外だったのか、俺のケツに見事に押し潰されてしまった。

 

「し、師匠!?」

 

 そしてその姿をバッチリと目撃してしまったであろうライネルが、目を丸くして上から降ってきた俺を見つめていた。どうしよう、突然上から降ってきたかと思うと盛大に過ぎる尻餅で魔物を押し潰したアホ男はここからどうすれば株価を持ち直せますか。とりあえず助けに来ましたよ感を出しておけば大丈夫だったりしませんかね。

 

「……フフッ、何だか前もこんなことがありましたね」

 

 俺がどう言い訳しようかとそれっぽく取り繕った表情の下で懸命に頭を回転させていると、ライネルが何故か笑っていた。前も? こんなアホみたいなこと前もありましたっけ? 

 というか戦場のど真ん中で笑うとか余裕じゃないですか、俺が助けに来たって言っても意味ないじゃないですかヤダー! 

 

「いや、危ないところを助けられた。感謝する」

 

 俺が助ける必要も無かったかもね、なんて不貞腐れたことを言えば、ライネルが何だか勿体ぶった言い回しに変わる。なんか距離を感じるんですけど! この一瞬でライネルから俺の株価が下がる音が聞こえた気がするんですけど! 

 

「まだ部下が、仲間が戦っています。どうか助力を」

 

 かと思うと、ライネルがそう言って俺に手を差し出す。うん? なんかこのやり取り既視感が……、いやまさかとは思うけど、俺とライネルが初めて顔を合わせたときと同じやり取りしてません? 

 

「こんな時ですが、少し懐かしいと思ってしまいました」

 

 俺がまさかと思いながらライネルに聞いてみれば、少し照れたように笑うイケメン。なんだコイツ、はにかんだ顔もイケメンとか主人公補正強すぎない? しかもなんでそのイケメンフェイスを向ける先が俺なんだ。せめてヒロインに向けろよ。

 俺がそんな感じのことを言いながらライネルの手を取って立ち上がれば、何故かライネルが俺と背中をぴったりとくっ付けて立つ。え、急になんですか。押しくら饅頭でもするんですか。

 

「師匠の目的は奥にいる司令塔でしょう? そこまで、お供させてもらいますよ」

 

 なんと、昨今の鈍感系難聴主人公にあるまじき察しの良さでライネルは俺がババアから押し付けられた仕事を見抜いた上に、それを手伝ってくれると言う。やっぱお前が主人公だよ、うん。

 

「おいライネル。勝手に決めるなよ。俺もいるんだからよ」

 

 イケメン主人公ムーブをかまして何故か俺の好感度を上げようとしてきているライネルに対抗するかのように、ソーンが俺とライネルに迫る魔物を切り捨てて割って入ってくる。キミタチ、こんなオッサンをときめかせてどうするのよ。そんな主人公ムーブは俺が安全地帯でニヤニヤ出来るタイミングでしてよ! せっかく後方師匠面で思う存分ニチャニチャ出来そうだったのにィ! という悔しさ半分で、俺は目の前の敵に集中するように二人に言う。というかこの二人も別に俺をこの場で処してやろうなんて思ってなさそうだな? 情けなく気絶したオッサンに挽回の場を与えてくれる二人には感謝しかない。いや、別にそのままボスを倒してもらっても私は一向に構わんのだがな! 

 

「師匠の言う通りだ。まずはこの場を切り抜ける。後ろじゃなく、前に向けて」

 

「船の上は粗方片付けたが、まだ下にぞろぞろいやがる」

 

 俺がボーッとしてる間にライネルとソーンが魔物をサクサクと処理してくれた模様。やっぱり俺いらなかったんじゃないですかね? と思ってしまうくらいに二人だけレベルが違う。だって他の騎士とかエルフの皆さんがヒイヒイ言いながら魔物の相手してるのにこの二人だけ息も切らしてないんだもん。

 そして顔をしかめたソーンが指差す先には数えるのもうんざりするような魔物の群れを前に奮闘しているアルシェとノルンの姿。しかし二人とも肩で息をしているし、だいぶお疲れの様子だ。あれを良い感じに助けられたら好感度爆上がりしたりしません? 

 

「私も援護します。まずは銀の剣で二人の周囲を一掃しま……師匠!?」

 

 ということで善は急げ、俺は船から颯爽と飛び出すと、双子に向けて急降下する。背後でライネルが何やら焦ったような声を上げているが気にしない。今の俺にはノックス印の魔剣がついているのだ。鞘に入ったままであんだけ切れ味良いんだったら剣を抜けば見えない刀身が伸びて魔物だけをずんばらりんしてくれたりするだろう。そうでなくとも双子の周りにいるのはゴブリンばかり。ゴーレム的な魔物すらいないとは笑止。俺が何匹お前らを斬ってきたと思ってるのか。弟子達から逃げようとした夜に山小屋を囲まれていたのを思えば双子の周りにいる数くらい経験値にもならんわ! ということで大きく振りかぶった剣を地面に叩きつけるようにしてスーパーヒーロー着地を決める。

 

「っづあああああ!?」

 

 なおスーパーヒーロー着地は俺の膝に甚大なダメージを与えた模様。膝の皿が十枚くらい割れたんじゃないかという不意打ちの痛みに俺の口からは情けない悲鳴が上がる。やだ、カッコ悪い……。

 これはやらかしたと気まずさのあまり顔を上げづらく、こっそりと視線だけで双子を盗み見れば、呆けたような目であらぬ方向を見ている双子がまず視界に入った。どこ見てるんですか。いや、俺の情けなさすぎる姿からあえて目を逸らしてくれてるのだとしたら俺からそれを指摘するわけにはいかないんだけど。

 というか双子はともかくさっきまで周りにいたゴブリン共は何してんだと思って顔を上げてみれば、周りを囲っていたはずのゴブリンが綺麗さっぱりいなくなっていた。綺麗さっぱりというかあっちこっちに上下か左右に真っ二つにされたゴブリンだったモノが転がっていた。やだ、スプラッタ……! 

 

「し、師匠……?」

 

 俺が黙っているのが居たたまれなくなったのか、アルシェがおずおずといった様子で声を掛けてくる。俺はようやく痺れが取れはじめた膝をこっそり庇いながら立ち上がれば、アルシェの後ろからノルンも追い付いてきた。二人とも土埃やら血やらでベタベタである。更に服もあちこち破れてしまって最初に会った時を思い出すようなボロボロ具合だった。うーん、可哀想なのはNG。とりあえず二人とも疲れてそうだし休んでおいでと船の上を指差す。

 

「で、でも……まだ魔物が」

 

 魔物は今ライネルの魔法が綺麗さっぱり吹き飛ばしたでしょうが。俺はただ剣を地面に叩きつけて膝を痛めただけの間抜けになったわけである。自分で言ってて泣きたくなるくらいダサい。

 とはいえ男には無様と分かっていても見栄を張らねばならない時があるのだ。具体的には助けに来た感を出しておきながら膝を痛めただけなんてことがバレないように外面だけは取り繕わないといけない今みたいな時だな! 

 俺の情けない姿を見てみぬフリしてくれる双子に感謝しつつ、後はライネルとソーンに任せて休んでなさいと言う。どうせあのババアもまだまだ元気なんだろうし、もう少し待てばシャーレイもコルンも来る。あのバーバリアン達の参戦があればここいらの魔物くらいなら大丈夫だろう。ガハハ、勝ったな。

 

「もう、師匠はいつも滅茶苦茶……」

 

「でも、いつも通り……」

 

 俺が自分の情けなさを無限に棚上げしていると、二人は呆れたように笑っていたがぷつりと糸が切れたように俺に向かって倒れ込んでくる。危うく二人が地面と熱烈なキスをしてしまいそうだったが何とか持ちこたえ、頭上でこっちを心配そうに見ているライネルに向かって引き揚げてくれと合図を送る。颯爽と飛び出したくせに出戻りが早すぎる……。というか二人の好感度を稼ごうと思ったのにこれじゃあ全く意味無かったのでは? いや、俺のアホ過ぎる様を見て怒るのもアホらしい呆れモードに入ってくれたと考えればこの戦いの後に迫る俺の命の危機も少しは遠ざかったと考えよう、うん。

 

「師匠、一体どこであんな技を?」

 

 ソーンが投げて寄越した綱を身体に括りつけて引っ張りあげてもらえば、ライネルが驚いたような顔で聞いてくる。膝を痛めるデメリットしかない格好つけ着地だからって当て擦りのように聞いてくるんじゃないよ! 嫌味かキサマ! 

 とはやはり言えないチキンなので、夢で見たんだと誤魔化しておく。すまん、爺さんズ。今日からお前達は膝を痛め付ける着地術の開祖だ。

 

 


 

 

「魔法の援護を絶やすな! 瘴気は私が何とかする!」

 

 周囲で額に汗を浮かべながら魔法を繰り出す長耳族の戦士達に檄を飛ばす。それと共に、船全体を包むように自身の魔力を放出して立ち込める瘴気を吹き飛ばした。

 魔物の軍勢が迫るほど、奴らが纏う瘴気が只人も長耳族も区別無く蝕む。その影響を受けずにいられる者は少ない。

 

「まだまだぁ!」

 

 その数少ない人間であるソーンが、船まで這い上って来た魔狼の首を斬り飛ばした。周囲の魔力のみならず、瘴気すら巻き込んで刃とする師の剣の秘奥。魔王と魔樹との戦いで更に一つ階段を上った長兄の剣は、この戦場においてこの上なく頼もしかった。そして頼りになるのはソーンだけじゃない。

 

「ロクシス!」

 

「おうよ! ジルファ、右舷、目一杯下げろぉ!」

 

「弾込めヨーシ! ぶっ放せぇい!」

 

 私の呼び掛けに心得たとばかりに船倉に向かって声を張り上げるロクシス。彼の大音声に負けないだけの音量で、この船の持ち主である老人の声がしたかと思えば、爆音と共に黒い砲弾が次々と魔物の群れに飛び込んでいく。

 私は特に瘴気に弱い長耳族が倒れないように瘴気を自身の銀の魔力で中和しながら、ソーンが船に取りついた魔物の掃討、そしてロクシスが船乗り達を指揮して大砲で魔法と共に魔物達へと攻撃を加える。その攻勢により、崩壊しかかっていた前線は何とか持ち直し、ノックスとローエンが船倉に負傷者を運び込んでいた。治療魔法を唯一使えるリミィが運び込まれた負傷者の治療にあたり、魔物の侵攻を押し返すとまではいかなくとも、拮抗状態まで持ち直すことが出来ていた。しかし、

 

「ライネル! 俺達から打って出るべきだ!」

 

「今私達がここから抜けてしまったら均衡が崩れます!」

 

 ソーンの言葉に、こちらも叫ぶように返す。戦局は確かに持ち直した。だが決定的に戦力が足りていない。魔物の群れの向こうに見える司令塔らしき鬼の魔物は、まだこちらを値踏みするような目でこちらを見ている。ということはこの均衡は見かけだけのもの。こちらが全力を尽くして保っている天秤の平衡は、敵が更に一気呵成に攻めて来てしまえば容易く崩れ去るような危ういものでしかないのだ。

 向こうは待っている。この均衡の要である私達が痺れを切らして突貫してくるのを。それを数の暴力で擂り潰してしまえば、今度こそこちらに勝ち目は無くなる。下手に本陣の守りを薄くしてこちらを一気に叩き潰すことなどしなくとも、敵はこちらが息切れするまで魔物を寄越すだけで良い。

 

「だからってこのままじゃジリ貧だろうが!」

 

 しかし、ソーンの反論も尤もだ。このまま私達が戦い続けたとして、終わりの無い魔物の波をいつまで捌き切れるか。まるで地の底から湧いて出てくるように、魔物の侵攻は途切れることがない。いくらソーンが一騎当千の働きをしようと、万の軍勢が押し寄せては多勢に無勢は覆せない。私達が援護に来たことで多少身体を休められたアルシェとノルンも、限界は近い。

 

「くっ……」

 

 自分が伝説に語られる勇者であったなら、地を埋め尽くす魔物をその銀の光で尽く焼いたと謳われる魔法が使えたなら。今の自分に出来るのは、魔力を無造作に放つか、剣の形に纏めて打ち出すくらい。それだけではこちらを覆い尽くさんとする魔物の波を消し飛ばすことなど出来ない。こんなとき、師匠がいたなら……。

 

「いや、いつまで私は師匠に頼るつもりだ……!」

 

 自分の思考がまた弱い方へと流れそうになるのを悟り、頭を振ってそれを追い出す。師匠の助けになろうとしながら、自分達は師匠に頼りっぱなしだ。そんな情けないことでどうする。この均衡で敵の戦力が底を尽くまで持ち堪えられたなら……。

 

「ロクシス! もう弾が無くなる!」

 

「飛ばせるもんなら何でも弾にしてくれ!」

 

「もうやってらぁ! ナイフもフォークも、靴も飛ばしちまった!」

 

 ジルファとロクシスがそう怒鳴り合う声。均衡が崩れる音がした。

 

「負傷した騎士を可能な限り収容するんだ! アルシェとノルンも早く!」

 

「まだここに辿り着けてない騎士がいる」

 

「私達は良いから前線を」

 

 船の上を駆け回って指示を出しながら、眼下で戦うアルシェとノルンの二人にも声を掛ける。しかし二人はノックスとローエンが担いでいる騎士達が船に乗るのを援護するため、前線で魔物と対峙することを止めなかった。

 大砲の弾が尽き、続いて長耳族の戦士達の魔力も尽き始めた。弾幕が薄くなるほど、持ち直した前線に迫る魔物の圧力は増し、船に辿り着く魔物の数も増えた。ソーンと背中合わせになりながら船上に雪崩れ込もうとする魔物を押し留める。反対側ではロクシスも雄叫びを上げながら鼠獣の首を斬り飛ばしているのが見える。

 

「船にも魔物が乗り込んできている! 船倉には下りさせるな。怪我人がいる!」

 

「こんなところで足踏みしてられねえってのによぉ!」

 

 牙を剥き出しにしてこちらに襲いかかってくる小鬼の棍棒を受け止めず、身体を屈めて懐に潜り込む。小鬼の岩石のように硬い胸に手を当て、銀の剣を形成して貫いた。瘴気を中和するために常に魔力を放出し続ける分、普段のように常に剣を展開して戦うことも躊躇われる程度には自分も消耗を感じ始めていた。最悪の場合、残った長耳族の戦士に言ってもう一度船を浮かし、後方にいる騎士達も回収して戦線を後退させることも考えられるくらいには、戦局は悪化していた。ソーンの苛立ったような声は、そのまま私の内心を映している。視界の端で、魔狼に食い付かれて船から引き摺り下ろされていく長耳族の戦士の姿が目に入った。

 これ以上被害が拡大すれば、撤退することすら出来なくなる。最悪の選択が自分の脳裏にチラつき始めたと同時、私の背後にドサッという音が響いた。

 

「し、師匠!?」

 

 その音に反射的に視線がそちらに向く。そうして視界に入ったのは、信じがたい光景。

 

「……助けは不要だったか?」

 

 魔狼の首に鞘に入ったままの剣を突き立てて下敷きにし、こちらを見上げているのは、この場にいるはずの無い師の姿。双子から事情を聞き、少なくともこの戦場に来ることは無いと思っていた姿が、自分の目の前にあった。

 船の上、背後に迫る敵、空から降ってきた師匠。ああ、どうして彼はいつも劇的な形で自分の前に姿を現すのだろう。

 それはまさしく、自分が初めて師匠と出会ったときの場面の再現だった。

 

「……いや、危ないところを助けられた。感謝する」

 

 震えそうになる声をなんとか抑えて、あの日と全く同じ言葉を口にする。それを聞いた師匠の目が少し見開かれる。師も思い出したのだろうか。

 

「そうか、助ける必要も無かったかもしれんがな」

 

 その言葉も覚えている。あの日と同じだ。こんな時だというのに、私の心臓は疲労とは別の意味でドクドクと激しく脈打っていた。

 

「まだ部下が、仲間が戦っています。どうか助力を」

 

 そう言って師匠に手を差し伸べる。その手が震えていることに気付かれてはいないだろうか。一度目は同じ人間同士で困窮し、争う戦場で、そして二度目は魔物と対峙する絶望的な戦場で。師匠の登場はいつも出来すぎている。夢か何かだと勘違いしてしまいそうなくらいに。

 

「……おう」

 

 師匠は短く答えると、私の手を取って立ち上がった。その硬い掌の感触に、温かさに、これが現実なのだと認識して安心すら覚えてしまう。

 

「随分と久しいやり取りだな」

 

「こんな時ですが、少し懐かしいと思ってしまいました」

 

 師匠に言われ、感傷に浸っていた自分を自覚して少し恥ずかしくなる。しかし、すぐに頭を切り替えると師匠と背中合わせになり、周囲の魔物と対峙する。

 

「師匠の目的は奥にいる司令塔でしょう? そこまで、お供させてもらいますよ」

 

 先ほどまでは撤退することまで視野に入れていた。けれど、師匠が来たと分かった途端、その選択肢は自分の頭から消え去ってしまっていた。背中に感じる師匠の熱が、自分の臆病な心を鼓舞し、奮い立たせる。逃げる必要など無い。自分が来たと言葉も無く語る師の背に、先ほどまでの絶望感が霧散していくのを感じた。

 

「おいライネル。勝手に決めるなよ。俺もいるんだからよ!」

 

 師匠の姿を見たソーンが魔物の壁を斬り開いてこちらに近づき、好戦的な笑みを浮かべる。

 

「まずは目の前の敵を片付ける。やれるな?」

 

「「はいっ!」」

 

 師匠の言葉に、ソーンは先ほど以上に戦意に満ちた顔で周囲の魔物へと躍り掛かっていく。それに合わせるように、私も魔物へと斬りかかる。不思議だ、さっきまでは魔力を節約して戦わないといけないとまで考えていたのに、今はそんなことを考えるまでもなく無限に力が溢れてくるようだ。

 戦意を漲らせた私とソーンの攻勢により、船の上に上ってきた魔物が次々に片付けられていく。今までの戦いの疲労もある、このペースで戦い続けられるなどとは思っていない。しかし、今は師匠がいる。彼がいれば、自分やソーンが倒れたとしても安心できる。そう思えるから、全力を超えて私達は戦える。

 

「師匠の言う通りだ。まずはこの場を切り抜ける。後ろじゃなく、前に向けて」

 

「船の上は粗方片付けたが、まだ下にぞろぞろいやがる」

 

 まだ船の下ではノックスとローエンが騎士達を回収しながら戦っており、双子はそんな彼らを守るために最前線で懸命に戦い続けている。船上が多少落ち着いた今、次は彼女らの援護に回るべきだろうと考えていると、師匠も彼女らの方を見ているのに気付いた。

 

「アルシェ、ノルン……」

 

「私も援護します。まずは銀の剣で二人の周囲を一掃しま……師匠!?」

 

 まずは二人の周囲にいる魔物の数を減らそうと私が剣の形に固めた魔力を展開し始めたと同時、二人の名前を呟いたか師匠は手すりを超え、二人の方へと飛び降りていってしまった。しかも私が射出した銀の剣がその背中を追う軌道を描いている。すぐに魔力を霧散させようとした私を、更なる驚愕が襲った。師匠が大きく振りかぶった剣、それに吸収されるように、私の魔力が私の意思を離れる。それだけではない。周囲に漂う瘴気も全て取り込みながら、師匠の剣は目を開けているのも難しい程の眩い光を放つ。その光は、魔力の素養を持つ者にしか見えない、目を灼く導きの光。その光は、海獣に向けて師匠が振るったときのそれを遥かに凌駕する。アルシェとノルンの前に降り立ったと同時、師匠の剣が地面に向かって振り下ろされる。

 

「っづあああああ!」

 

 普段の静かな姿からは想像のつかない裂帛の叫びと共に、刀身に溜め込まれた力が解放された。師匠の剣筋に沿って生み出された無音の嵐が、アルシェとノルンに迫る魔物だけではなく、その先にいる魔物までもを巻き込んで薙ぎ払っていく。後に残ったのは、その一撃の反動によるものか肩で息をしている師匠と、彼の剣が起こした奇跡を目の当たりにして呆けている双子。

 

「し、師匠……?」

 

 戦場に突如生じた空白に、アルシェの声が響く。その声に顔を上げた師匠が、二人を交互に見ながら立ち上がる。

 

「随分とボロボロだ。まずは休め」

 

「で、でも……まだ魔物が」

 

「もういなくなった。良く頑張ってくれた。後は任せろ」

 

 優しい、しかし有無を言わさぬ口調でそう言った師匠は、ここが戦場などでは無く、普段から鍛練をしている宿か何かだと思わせるほどにいつも通りだった。

 それを見て二人とも張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、ふらりと身体から力が抜け、師匠に受け止められる。その目が今度はこちらを捉え、何を言わんとしているかを察したソーンが綱を投げれば、双子を抱えた師匠は綱を自分の身体に巻き付ける。

 そうして三人をロクシスとソーンの助けも得て引き揚げると、師匠はロクシス達に双子を預けた。

 

「休ませてやってくれ。情けない俺の尻拭いをさせた」

 

 一体誰が師を情けないなどと思うのか。喉まで出掛かった言葉を飲み込み、先ほどから頭の大半を占める疑問を口にする。

 

「師匠、一体どこであんな技を?」

 

 師匠は確かに周囲の魔力や瘴気すら自身の力にすることが出来た。しかし、あれほどまでに高密度に、そして他者の魔力すらも巻き込んで馬鹿げた威力を出すほどでは無かったはず。

 私の疑問を聞いた師匠は、少しだけ考える素振りを見せてから口を開いた。

 

「爺さん達が、俺に教えてくれた。夢にまで出てくるお節介焼きだ」

 

 その言葉に、自分が師匠を理解出来る日はまだまだ遠いのだと思い知らされるのだった。

 

 




なんか来月についに1巻が発売されるらしいですね。

大変お待たせいたしました。
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