都合の良いことにライネルの魔法であたりの魔物を一掃出来たため、これは後ろでこっちを監視しているだろうババアを待っても良いんじゃないかなんて考えていた。なんでババアが後方腕組ポジにいるんだよ、そこは俺が居たかった場所だよ。
「師匠、魔物の侵攻が止まった今が好機。行きましょう!」
しかしそうは問屋が下ろさないのが我らが主人公、ライネルだ。見渡すばかりの魔物だらけを一掃するような超絶魔法をぶっぱなした後だというのに、そんな何も疲れてません、むしろ今や巻き返しの時ですと言わんばかりの様子で鼻息を荒くしている始末。
一応形としては援護でやって来た俺としては、ライネルを思い止まらせる口実は何も思い付かない。俺がここに来てからやったことと言えば、空から降ってきて膝を痛めたことだけ。自分で言っててなんだこの無能はと言いたくなるような惨状なため、そろそろ少しは働いているところを見せねば不味いのだ。
「ライネル、後ろのボスがこっちに魔物を差し向けてきてやがる」
俺が視線をあちらこちらに彷徨わせながら答えあぐねていると、ソーンも近づいてきて俺の背後を指差す。そちらに視線を向けてみれば、当初目的にしていた四本角のゴブリンが怒り狂ったような表情で俺を棍棒で示しているのが見えた。え、どうして俺なんです? そこはライネルじゃないの!?
まさか俺のクソダサ着地とライネルの魔法の着弾が重なったせいで俺が部下の皆さんを消し飛ばしたと思われているのだろうか、やだ誤解です。後ろのイケメンがやったんです。
「双子はしばらく休ませないとだめだ。ここを守る人間もいる」
「ノックスとローエンも満身創痍、今私とソーンまで抜ければロクシスへの負担が大きいですか……」
こちらに向けてブチギレ大行進を続けている魔物の皆さんを前にして、ソーンとライネルが何やらヒソヒソと相談を交わしている。俺は何も口を挟めず黙ってこっちを睨み付ける四本角のゴブリンさんと遠距離で睨み合いを続けていた。だって戦術とか良く分かんないし……。というかゴブリンさんの視線が怖い。視線だけで人が殺せたら俺は十回くらい死んでるレベルの怨念が向けられてると思う。冤罪なのに。
「銀の勇者」
やることもないまま、それっぽい表情を取り繕って遠距離にらめっこをゴブリンと繰り広げていると、いつの間に集まったのか、エルフの皆さんが何故か俺の傍に寄ってきて皆片膝をついていた。先頭にいるのはまさかの島で会ったエルフの王様だ。なんで王様が戦場に来てるんだろう。てか勇者ってなによ、それは後ろにいるライネルのことなんですが。
「いいや、我らにとってはそなたこそ銀の勇者。瘴気を退け、我らを導く光をもたらす者。守り人の言葉の意味を、今ようやく悟った」
俺が否定しても何故かエルフの王様は聞き入れてくれなかった。何よ、俺の知らない設定出すの止めてよ! まさか遠くにいる四本角ゴブリンだけじゃなくてエルフの皆さんもライネルの魔法を俺がやったと勘違いしてらっしゃる?
「我らは只人よりも瘴気に弱い。されど、ここで勇者達の足を引くわけにはいかぬだろう。行くが良い」
俺が違うと言っても聞く耳を持ってくれないエルフの王様は、そう言うとこちらを睨み付けているゴブリンを指差した。
「そなたの弟子達は、我らが身を呈して守ろう」
だからお前はさっさと行ってこいとでも言いたげな様子。勇者のことを鉄砲玉か何かと勘違いしてらっしゃる? と言いたくなったけどぐっと堪えた。ここで誤解を解いてしまうと俺がただ単純に地面に着地して膝を痛めただけだということがバレてしまう。さっきまで必死に戦っていたであろうエルフの皆さんを前にしてそんな情けないことを暴露してしまった俺の末路はどうなるか、想像に難くない。
俺がせめて弟子の一人は連れて行きたいと駄々を捏ねてみる。多分そんな場合じゃないんだろうけど、俺一人で行くのは流石に……。あのブチギレゴブリンさん、もう視線で俺を穴だらけにしそうなくらいに睨みつけてるんだもの。
「師匠が選んで頂けませんか?」
判断を人に委ねるんじゃないよライネル! しかも俺みたいな小市民に割と重大な選択肢を突き付けやがって!
落ち着け、これは恐らくルート分岐だ。ここで誰を連れて行くかによって俺の今後が決まると見た。とりあえずこの場に居ないアルシェ、ノルンとシャーレイにコルンは対象外として……。
「やっと追いつきましたー!」
「し、師匠……、足、速すぎ……」
俺が取り繕った表情の下で全力で選択肢を吟味していると、元気の良い声と共にシャーレイの頭が毎度の如く俺の腹に突き刺さる。貴様ぁ! 緊張とは別の意味で胃の中身をぶちまけるところだったぞ!
そんなシャーレイの後ろで膝に手をついて息を切らしているコルン。ここに来て選択肢を増やすんじゃないよ! 優柔不断が服着て歩いているような存在が更に決められなくなっちゃうでしょうが!
「師匠、敵が体勢を整えつつあります」
そんな俺の悩みを見透かしたようにライネルが俺を急かす。見れば、俺を呪殺しそうなゴブリンリーダーさんが何やら号令を掛けて魔物達の隊列を作っている様子。なんで俺は空から降ってきて膝を痛めた直後に割と重大っぽい選択を迫られているんですかね。こういうのは主人公たるライネルがすべきことだと思うんですけど。なんて儚い願いを込めてライネルに視線で助けを求めてみるも、ライネルは何も言わずに頷いて俺を見つめるのみ。やだ、この人どさくさ紛れに俺に責任押し付けようとしてません? 俺は何の権限も持ってない一般通過クソ雑魚冒険者なんですけど?
アルシェとノルン、今は寝てるだろうからナシ。
シャーレイ、元気そうだけど連れて行ったら俺の腹に不意打ちを食らわせそうだからナシ。君はなんだって的確に俺の鳩尾を攻めるんだ。
ロクシス、何かこの場は任せろとばかりに色々と仕切ってるからナシ。連れてったら他の騎士さんから恨まれそう。
ノックス、ロクシスと一緒に怪我人の手当てだったり場を仕切ってるからナシ。ローエンも同じくノックスの補佐してそうだからついて来てくれなさそう。
コルン、流石にトラウマのゴブリン、それも更に強化版っぽい奴のところに連れて行くのは気が引けるのでナシ。
ライネル、……ダメだ、ライネルの方に視線を向ける度にエルフさん達の表情が固くなってるもん。絶対連れて行かれたら困るって思ってるよ。やっぱり君らが頼りにしてるのってライネルですよね? 俺のこと勇者って言いながら鉄砲玉くらいにしか考えてませんよね?
慎重に熟慮を重ねた結果、選ばれたのはソーンでした。頼むソーン、その赤毛は敵の返り血で染まったから的な逸話が出るくらい活躍してくれ。
「俺か、任せとけよ師匠。俺が追った背中、指先くらいは届いたぜ」
俺の言葉を聞いてニッと笑うソーン。指先も何も君が追いかけてきた詐欺師の俺はもうがっつり囲まれて逃げ場を無くしてるんですが……。
「やはり最後はソーンですか、これでも彼に負けないように鍛えてきたんですが」
ライネルがそう言って笑うが、出来れば君も連れて行きたいんですよ? でもエルフの皆さんから顰蹙を買いそうだし……。そんなことを言えば、王様が申し訳なさそうに頭を下げる。
「結局こんな時まで、お主らに頼り切ってしまった」
いや、そんなにしょんぼりしないでよ。他のエルフさん達の視線で針の筵みたいになってるから、何俺らの王様に頭下げさせてんだって言いたげに口元がプルプル震えてらっしゃるから。とりあえずここはライネルさん達にお任せしたので、皆無理しない程度に頑張ってくださいね? せっかくエルフの爺さんも同族と会えたんだし。と言えば何故か凄まじく気合の入った声でエルフさん達が答えた。どこでスイッチ入るのか分かんないよ君達!
このままだと俺が無限に居た堪れない気分にされそうだったので俺はソーンに目配せして早く行こうと急かす。流石にあんな滅茶苦茶な数の魔物には多勢に無勢だろうけど、まあソーンなら大丈夫でしょう。俺は逃げ足を活かしてまともに戦わずにさっさとあの親玉っぽいゴブリンさんの所まで行く気満々である。
「それじゃ突っ込むか。リミィ、頼めるか?」
「任せなさい!」
俺と一緒に船の縁から身を乗り出したソーンが肩越しに振り返ってリミィに言えば、リミィは心得たとばかりに長々と呪文を唱える。するとソーンの剣がメラメラと炎を纏い、俺とソーンの顔を照らす。え、何このカッコイイ技。俺そんなの知らないんですけど。
「言っとくけど、長く維持は出来ないわよ?」
「大丈夫だ、きっかけがあれば良い。師匠を見て、コツは掴んだ」
俺を見て一体何のコツを掴んだんですか……。そんなカッコイイ技使った覚え無いよ。膝を酷使する着地くらいしか見せてませんよ……?
無を見て何かを習得したらしいソーンさんに戦々恐々としながら、俺もあんな感じのカッコイイ技使えたりしないかなーなんて思いながら弟子達へと目を向ける。誰か俺の鞘に入ってても魔物をぶった斬る魔剣さんに魔法をエンチャントしてくれても良いのよ?
そんな俺の思いとは裏腹に、誰も俺に魔法を掛けてくれるどころか、呆れたような笑みすら浮かべている始末。アホなこと考えてないでさっさと行けってことですかね、はい、すみませんでした。
ノリノリなソーンとは対照的に俺はしょんぼり気分のまま船から飛び降りる。今度はカッコつけた着地は自重し、膝を労わることにした。そして俺とソーンの二人目掛けて殺到してくる魔物の波。それから逃げるどころか二人して向かっていく。まあ燃える剣なんて必殺技を編み出したソーンなら何とかしてくれるでしょう。というかなんか思い出すと思ったらロクシスになんちゃって修行つけてるときに似たようなの見たな。あのときはタコばっかりだったけど。
「そう言えばロクシスから聞いた気がするな。てことは師匠にとっちゃ今回も大したこと無いんじゃねえの?」
俺の独り言が聞かれていたのか、横を走るソーンが野性味溢れる笑みを浮かべながら俺に問い掛けてくる。いや、今回はタコにビビるロクシスじゃなくてソーンがいるからもっと楽出来ると思ってます。何なら戦う気も無いくらいに。
「ハハッ! やっぱり人のやる気を引き出すのが上手いよな、師匠は!」
俺の自堕落宣言を聞いたソーンは何故かやる気を漲らせて魔物へと斬りかかっていく。俺の情けない発言で怒りのボルテージが上がったりしたんだろうか、フフ、怖い。
迫り来る魔物に躍りかかり、斬り捨てて進むソーンとは対照的に、俺は目の前に来た魔物を魔剣さんで両断しながら進む。相も変わらず魔剣さんは鞘に入ったまま魔物を抵抗なくズバズバ斬っていくデタラメっぷりである。
ここ最近、騎士さん達も狼の魔物をヒイコラ言いながら倒してるのを見たりもしたから実は俺ってそれなりに強かったりするんじゃないか、なんて思い始めてたけど多分勘違いだわ。ノックスがくれた剣が強すぎるんだもの。多分誰が振ってもこの剣だったら魔物をサクサク倒せちゃうよ。
双子を抱えたロクシスが船室に降りていくのを見送った俺は、師匠によって生まれた空白の時間を最大限に活かす為、剣をしまって少しでも身体を休めようとしていた。
「師匠、魔物の侵攻が止まった今が好機。行きましょう!」
ライネルが師匠の常識外れの技を見て興奮冷めやらぬ様子で言うが、師匠が見つめる先に目をやった俺はこの休息が僅かな時間しかもたないことを悟った。
「ライネル、後ろのボスがこっちに魔物を差し向けてきてやがる」
俺の言葉に、ライネルも師匠の視線を追うように魔物の軍勢へと目を向ける。そうして気付いただろう、遠くからでもハッキリ分かるくらい、師匠に憎悪の視線を向け、バラバラになった魔物を統率してこちらに再度差し向けようとしている四本角の鬼の姿に。師匠がアイツのところに辿り着く前に、魔物共が体勢を立て直してこっちに向かって来るだろう。そうなれば、ここを防衛するための戦力だって必要だ。
「双子はしばらく休ませないとだめだ。ここを守る人間もいる」
俺の言葉に、ライネルが難しい顔をして考え込む。
「ノックスとローエンも満身創痍、今私とソーンまで抜ければロクシスへの負担が大きいですか……」
ライネルが考えていたことは俺も分かる。師匠の力でこじ開けたこの戦線の穴に全戦力を投入し、軍を統率しているであろうあの四本角を倒す。だが、それをする間に後方は今度こそ壊滅する。少なくとも師匠が奴を倒すまで、ここで持ち堪える役が必要だ。
師匠は俺とライネルの会話が聞こえているだろうに話に入って来ることはせず、その内心がどうなっているのか伺い知れないままじっと四本角へと視線を向けていた。視界を埋め尽くすような魔物を、ライネルの魔法を利用したとはいえ一掃したってのに、その立ち姿には微塵も消耗した様子が無い。一瞬、師匠に全部任せちまえばそれで解決するんじゃ、なんて浮かんだが、いつまでも親離れ出来ない子どもみたいな考えだと思わず苦笑する。だが、そう思っても仕方ないくらいにさっきの一撃は鮮烈だった。
ライネルの銀の魔法が師匠の剣に纏わりつき、それが魔物を嵐のように食い破って行った。魔力の素養が無い俺にも見える銀の魔力、今まで俺には見ることが出来なかった師匠の剣の深奥が、ライネルの魔力のお陰で見えた。
ずっと師匠を追い掛けていた俺ですら、頭の奥がチリチリと灼けるような興奮を覚えてるんだ。
「銀の勇者」
俺よりも、その光に鮮烈に灼かれた奴らだって当然いる。
「その称号はライネルのものだ」
長耳の王様が師匠の前に膝をついていた。魔力の才に長け、只人よりも魔力を鋭敏に感じられる彼らにとっちゃ、さっきの師匠が見せた剣は太陽に匹敵するほど輝いて見えただろうな。
「いいや、我らにとってはそなたこそ銀の勇者。瘴気を退け、我らを導く光をもたらす者。守り人の言葉の意味を、今ようやく悟った」
俺の予想通り、長耳達は皆師匠にやられちまったらしい。ライネルをそっちのけで師匠を勇者と言う。肝心の師匠はそんな称号にはこれっぽっちも興味を示しちゃいないが。
「我らは只人よりも瘴気に弱い。されど、ここで勇者達の足を引くわけにはいかぬだろう。行くが良い」
だが、それのお陰で長耳達が覚悟を決めたのなら俺達も腹を括りやすい。長耳はリミィやシャーレイのような魔法を使える只人よりも瘴気に弱い。魔物が増えれば、その分周囲に漂う瘴気もその濃さを増す。魔物と対峙することは、長耳にとっては只人よりもよほど危機的な状況になるのだとあの王様が言っていたことが本当だとすれば、それでもライネルを送り出しても良いという言葉には相当な覚悟が籠められてるんだろう。
「そなたの弟子達は、我らが身を呈して守ろう」
四本角を指差してそう言った長耳の王様を前にして、師匠は俺達を見回して少し逡巡したかと思うと口を開いた。
「一人だけ、連れて行く」
遠くに見える魔物の波を前にして、たった一人だけ連れて行くと言った師匠に、師匠を除く全員が静かに身体を強張らせた。俺達の会話を聞きながら、周囲に指示を出しているロクシスとノックス達もだ。師匠が連れて行くその一人は、恐らく師匠が一番その力量を信頼する人間。それに選ばれることの意味を、俺達弟子なら全員が分かっている。
「……師匠が選んで頂けませんか?」
ライネルが緊張を滲ませて言えば、師匠は今度は俺達一人一人をじっと見つめる。何かを見通そうとしているかのように。師匠の眉間に、深い皺が刻まれた。
「やっと追いつきましたー!」
「し、師匠……、足、速すぎ……」
そんな緊張感に満ちた空間は、次の瞬間僅かに緩む。俺に似た、けれどより鮮やかな赤毛が師匠に向かって突っ込んでいったからだ。師匠と一緒に後方に退いていたシャーレイと、師匠の気配がすると言って長耳が飛ばしていた船から止める間もなく飛び出していったコルンがようやく追いついた。これでここには休んでいるアルシェとノルンを除いて弟子が全員揃ったことになる。
「師匠、敵が体勢を整えつつあります」
ライネルの言葉に、師匠の視線が俺達を順に行き来する。そして最後に、師匠の視線は俺のところで止まった。
「ソーン、頼む」
その瞬間、頭の先から背筋を通って足の先まで電流が走ったみたいな感覚が俺を襲った。師匠が言ったのはたった一言。けれど、そのたった一言は俺が名実共に師匠の一番弟子であることを認めるものだったからだ。
「……俺か、任せとけよ師匠。俺が追った背中、指先くらいは届いたぜ」
少しの間を置いて発した声が震えてはいなかっただろうか、そう思うくらいに俺の心臓はドクドクと煩く脈打っている。あの日、俺が憧れた剣閃。どれだけ鍛錬を重ねて追いかけてもそれ以上の速さで遠ざかっていく師匠の背に、僅かでも届いたと言えるようになったのはその剣の鋭さを、師匠と同じ魔力の才が無い俺が僅かなり再現出来たから。そのことを、夢の影をようやく踏めそうなところまで辿り着いたことを、俺の憧れが肯定してくれたんだ。
「やはり最後はソーンですか、これでも彼に負けないように鍛えてきたんですが」
ライネルが俺の横でそう言って小さく息を吐く。努めて軽い口調にしていても、背中に回された左手が固く握り締められていることがライネルの内心を物語っていた。だが悪いな、勇者の称号に興味は無いが、一番弟子の座は誰にだって譲らねえ。
「二人は贅沢だ。守りなら、ライネルだろう」
ライネルへ掛けた言葉は、そのまま俺が師匠にとって戦力として数えられていることを示していた。極北山脈のときはライネル以外は戦力として考えられていなかった。だが、今は俺が師匠の隣に立って戦うことを認められた。
「結局こんな時まで、お主らに頼り切ってしまった」
「ここには勇者が、ライネルがいる。だから命を捨てるな。爺さんとの約束がある」
王様の言葉にそう返した師匠。約束、というのはあの長耳の爺さんとの約束だろうか。確か、同じ長耳の同胞を探すと言って旅を再開していたんだったっけ。
その言葉に勇気づけられたのか、長耳達が気合の入った雄叫びを上げて師匠に応える。たった一振りで絶望的な戦場を塗り替え、沈んだ士気すらたった一言で高揚させる。確かに王様の言う通り、師匠は人に勇気を与える者、正しく勇者だ。
傷つき、疲れていても魔物に立ち向かう意思を漲らせる長耳を見て、師匠は準備は十分だと悟ったのか、俺に視線を送る。それに頷くと、俺は師匠と一緒に船の縁に足を掛けた。
「それじゃ突っ込むか。リミィ、頼めるか?」
「任せなさい!」
そして肩越しに振り返ってリミィに言えば、リミィは心得たとばかりに長々と呪文を唱える。リミィだって魔力は限界に近いはずなのに、そんな疲労を表には微塵も出さずに俺の剣に魔法をくれる。俺が師匠の剣を再現するための、最後のピースを。
俺の剣がリミィの魔法によって炎を纏い、赤々と光を放つ。リミィの魔法を呼び水として、俺が剣を振るえば師匠のように俺の剣は周囲の魔力や瘴気を巻き込んで炎の勢いを増す。
「言っとくけど、長く維持は出来ないわよ?」
「大丈夫だ、きっかけがあれば良い。師匠を見て、コツは掴んだ」
さっきの理外の一撃。ライネルの魔法を、リミィのように剣に纏わせるなんて考えていないそれすら巻き込んで放つ一撃。師匠はどこまでも優しいくせに剣だけはとことん自分勝手だ。自分が振るう剣が頂点だと言って憚らない。周りの全てが師匠の剣を研ぎ澄ませるための砥石になる。それが許されるほど、鋭く極められた剣理。それを目の当たりにした今なら、また一歩、それに近づける気がした。
そして師匠と二人、地面に降り立てば、目の前に俺達を蹂躙しようと迫る魔物の波。
それから逃げるでもなく、俺と師匠は隣り合って真正面からぶつかりに行く。横を走る師匠はいつも通りの鉄面皮だ。
「……前にも見たな。こうして迫る魔物の群れは。あの時は海からだったが」
そんな師匠がポツリと呟いた言葉が俺の耳に届く。海から、という言葉に、師匠を追う旅の途上でロクシスが話してくれた一幕を思い出す。海から上がってくる海獣の群れを、まだ修行途中だったロクシスと師匠のたった二人で全滅させたっていうふざけた所業を。
「そう言えばロクシスから聞いた気がするな。てことは師匠にとっちゃ今回も大したこと無いんじゃねえの?」
俺が冗談めかして言えば、師匠はフッと小さく笑った。
「確かにそうだな。今は、お前が隣にいる。楽が出来るな」
そう言われ、俺の全身が燃えるように熱くなるのを感じた。
「ハハッ! やっぱり人のやる気を引き出すのが上手いよな、師匠は!」
その勢いのまま、目前に迫る魔狼に剣を叩きつければ、肉の焼ける臭いと共に魔狼の首が落ちる。それを見届ける暇も無く、俺は更に歩を進めて今度は鼠獣の身体を袈裟切りにする。魔物が増えれば、瘴気もその濃さを増す。魔力を操る人間にとっては苦しさを増すその環境は、俺と師匠にとっては剣を研ぎ澄ませるのにうってつけな環境に様変わりする。
「ッラァ!」
気合の声と共に振り抜けば、俺に飛び掛かってきた小鬼が二体纏めてその首を胴体から落とす羽目になる。周囲を魔物に囲まれているっていうのに、師匠と二人だけで数え切れない魔物に切り込んでいるというのに、まるで恐怖は無かった。むしろ、身体の底から炎が燃え盛るように力が漲ってくる。
俺がそうして魔物を斬り捨てていくのと対照的に師匠は静かに、しかし俺より遥かに早いペースで魔物を斬り、前へと進んで行く。師匠の前に立ち塞がる魔物だけを、最小限の動きで斬り、避けて進むその姿は、魔物が何の障害にもなっていないんじゃないかと思わされるくらいだ。それに何より目を惹くのは。
「……おいおい、何で鞘に入ったまま斬れてんだよ」
師匠は剣を鞘から抜いてすらいなかった。あんまりにも滅茶苦茶だ。俺がリミィの魔法を呼び水に周囲の瘴気を巻き込んで魔物を叩き斬っている以上に、師匠は瘴気を巻き込みながらそれ自体を剣にしている。文字通り、今の師匠はその全身が剣だ。
「どんだけ俺達の先を行けば気が済むんだよ、俺達の師匠は」
自分で言っていて口元に笑みが浮かぶのを感じる。少しでも追いついたと思ったら更に底深いところにいる。そんな人間が自分を隣に立つ戦力としてくれた。
「なら、その期待には応えるぜ、師匠!」
後2週間ほどで書籍発売みたいですね。自分で書いててびっくりです。
ちょっとしたお知らせがあったので活動報告を更新しました。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=326470&uid=311923