後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

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書籍発売日を迎えました。感慨深いです。


許されざるよこれは……!

 魔物をノックス印の魔剣の錆びにしながら進む。その後ろからはソーンが同じように魔物をズバズバと切り刻みながら追ってくる。なんでソーン君は特に名剣とかじゃないはずなのに同じようなこと出来るんですかね。速度を緩めた瞬間に後ろのソーンに魔物ごと斬られるかもしれないと思うとペースを落とすことも許されない。というかソーンのペースがちょっと早くなってきたからこっちもペースを上げないとマズい。とうとう唯一弟子達に勝ってると思っていた逃げ足すら負けそうになってるんですが……。

 

「し、師匠、ストップだ!」

 

 俺が焦りながら走り続けていると、後ろのソーンがそう声を掛けてきた。一体どうしたのよもう! と思って振り向けば、俺とソーンが走った後には魔物達の無惨な死体の道が出来上がっていた。そして俺達が止まったのを良いことに前後左右が魔物に囲まれてしまう。

 

「お出ましだぜ、師匠」

 

 その言葉と共にソーンが前方を顎でしゃくって示す。その先には、俺を牙を剥き出しにした凄まじい形相で睨み付けている四本角のゴブリンさんの姿。無我夢中で走ってたらもうこんなところまで来てしまっていたらしい。というか遠くから見てても思ったけどやっぱコイツデカくない? 見上げるほどのサイズとかちょっと想像以上なんだけど。

 

「露払いは任せてくれ。一匹だって通しやしない」

 

 ソーンはそう言って俺に背中をピッタリとくっ付ける。こ、コイツ……! 目の前のボスゴブリン見て早々に俺に押し付けやがった……! そんなところまで俺に似なくても良いんだよ。そこはお前みたいな雑魚に任せられるか! ここは俺が何とかする! くらい言ってくれても良いんですよ? 

 とはいえ、そんなことを今ここで口にしてしまえば魔物の前に俺の首が飛ぶことは確実である。ということで俺はここでノックスから貰った魔剣を鞘から引き抜いた。そういや随分久しぶりな気がする。だってこの子ったらやんちゃ過ぎて鞘に入ったままのクセにバカみたいに切れ味良いんだもの。お手入れくらいしかすること無いよ。

 俺が剣を引き抜いて構えれば、目の前に立つボスゴブリンも俺の背丈ほどありそうな棍棒を掲げて吠える。鼓膜がぶち破れそうなその声と共に、俺とソーンを囲む魔物が一斉に飛び掛かってきた。

 

「通さねえよ!」

 

 だが今の俺には最強の戦闘民族たるノリノリソーン君が付いている。何なら俺より遥かに強いまであるソーンが剣を一薙ぎすれば、俺に噛み付こうと突進してきた狼の魔物の首がいくつも地面に落ちる。やだ、コイツ強すぎるわ。マジで子どもの頃に騙しててごめんなさい。頼むから戦いが終わっても俺を殺さないでくれ。

 というかこのままここでボーッと突っ立っていたらソーンの邪魔にしかならないな? ソーンも魔物を次から次へと倒しながら俺に向かって早く行けよと言わんばかりに視線を向けてくるし、仕事をしているフリだけでもしないと魔物と一緒にソーンの剣の錆びにされるかもしれない。

 俺はこれ見よがしに集中してますよ感を出しながら目を閉じる。こんな戦場のど真ん中で目を閉じるとか自殺行為? ボスゴブリン以外はソーンが相手してくれるしへーきへーき。少ししてから目を開ければ、ボスゴブリンがこっちに向かってドスドスと走ってくる光景が目に飛び込んでくる。どうして急に突っ込んでくるんですか!? 敵がいきなり目を閉じるとか舐めプしたらこれ幸いと攻撃するわな、なんでこんなアホなことしたんだ俺のバカ! 

 俺に向かって振り下ろされるバカでかい棍棒を紙一重で避ける。棍棒は地面に重たい音を立ててめり込み、大きなクレーターを作った。こんなの掠っただけでミンチよりひでぇことになること請け合いでは? 

 

「師匠!?」

 

 土ぼこりの向こうから俺を呼ぶソーンの声が聞こえてくる。残念ながら俺はまだ生きてます。地面の汚い染みになる事態は避けられてます。ボスゴブリンも手応えが無いことは分かっているのか、地面にめり込んだ棍棒が横に振り抜かれて俺の眼前に迫る。こんなもの正面から受け止めようものなら膝から上が空の彼方に射出されてしまうこと間違い無しなため、俺はハードル飛びをするように飛び越えると振り抜かれて無防備な右手首に向けてノックス印の魔剣を突き立てる。

 

「■■■■■■──ー!?」

 

 精々手首に突き刺さる程度だと思っていたらボスゴブリンさんの右手がバッサリ切断されてしまったんですが。明らかに剣の幅よりも太い手首を一突きで落とすってどういうことなの……。

 ゴブリンさんも予想外だったのか、俺には理解出来ないけど痛いってことは確実に分かるような叫びを上げている。離れたところで見ているソーン君もポカンとした顔だ。安心してほしい、本人が一番理解出来てないから。とはいえ、ゴブリンさんも流石の強者。すぐに気を取り直し、棍棒を手放したかと思うと空いた左手で俺を捕まえようと迫る。掌だけで俺の足先から首まですっぽりと覆えそうなそれは、壁が迫ってくるのと同じようなもの。だが今の俺にはノックス印の魔剣が付いているわけで、手首よりも薄い掌なんて物の数にも入らないだろう。頼みます、先生と頭の中で唱えながら逆袈裟に剣を振り上げる。

 

「■■■……?」

 

 すると、ゴブリンさんの左掌は俺の目の前でピタリと止まった。え、もしかして失敗した? 確かに何も手応え無かったけど……。心なしか掌越しに見えるゴブリンさんの表情も怪訝な感じだ。少し気まずい沈黙が俺とゴブリンさんの間に流れる。うーん、ここから助かりそうな選択肢ってまだありそうですかね? 

 

「な、何が……?」

 

 ソーンの困惑したような声が耳に入る。俺もいきなりゴブリンさんとにらめっこが始まって混乱してるからセーフか。何がセーフなのかはさっぱりだけど。あんまりにもゴブリンさんが動かないのでそろそろお暇させてもらおうとソーンの方を振り返ってみれば、直後にドスンと何か重たいものが倒れるような地響き。肩越しにチラッと視線を向けるとゴブリンさんが綺麗に真っ二つになっていた。え、もしかして掌どころか身体ごとぶった斬ったの、この魔剣? 使い手はともかくしっかりファンタジーしてる剣である。ホントに優秀よね、君。

 返り血も付いて無いのになんで斬れてるんだよこの剣、なんて思いながら俺がしげしげと刀身を眺めていると、鏡のようにツルリとした刀身越しに何かが俺の背後に迫っているのに気付いた。

 

「師匠、後ろだ!」

 

 ソーンの焦ったような声が聞こえると同時、俺は振り返って剣を顔の前に盾のように掲げれば、ゴォンと鈍い音と共に両手がビリビリと痺れた。俺の目の前には、トゲトゲしい突起があっちこっちに付いている真っ黒な金属質の籠手に包まれた拳。おんや、なんかこの感じ見覚えがあるような気が……。

 

「魔王……!?」

 

 後ろでソーンがそう呼ぶ声が聞こえる。どこかで見た覚えがあると思ったら前にライネルが倒した魔王じゃないですかコイツ!? 運良く止められたから良かったもののなんでこんなところにラスボスが来てるんだ! 

 

「離れろぉ!」

 

 剣を叩き折ろうとしてるのかと思うくらいに力を籠められているせいで動けなくなってしまった情けない俺が焦れったくなったのか、ソーンが剣を構えて突っ込んでくる。それを見るまでもなく後ろに飛び退いて回避した推定ラスボスは、俺とソーンを見比べて何故か首を傾げる。どっちが強いかが分からないんだろうか、明らかにソーンの方が強いから安心して彼の方に襲い掛かってくれ、頼む。ソーン君や、体力まだ余ってたりしません? というかあのマネキン野郎はともかくどうしてラスボスまで復活してるんですか。

 

「ハッ、余裕!」

 

 はい、当の本人もまだまだ元気だと言っているようなので後はお若いお二人に任せてオッサンはここらで退散……させてくれる訳も無く、魔王は俺に向かって拳を構えて駆け寄ってくる。どうして的確に弱い方から潰そうとするの! いや、確かに戦略としては当たり前なんだけども! 

 

「師匠! クッソ、魔物がまた増えて……!」

 

 助けてソーン! なんて思いながら視線を向けると、そこには四方八方をゴブリンに囲まれて焦った顔をしているソーンの姿。今さらゴブリンくらいに苦戦しないでしょ君! 俺が耐えてる間にパパッと倒して早くこっち加勢して! 

 

「すぐに片付ける!」

 

 俺の必死の願いが通じたのか、ソーンはそう言って剣を縦横に振るって魔物に斬りかかっていく。それを眺める暇もなく、俺は魔王とやらの拳や蹴りを剣一本で捌く羽目になった。ってか鎧着てるくせにどうしてコイツはインファイトスタイルなんだ。武器はどうした武器は! 

 

「……ァ!」

 

 俺が心の中で悪態を吐きまくりながらなんとか魔王の猛攻をやり過ごしていると、真っ暗な兜の隙間から息が漏れるような音が聞こえた。どうやら魔王と言ってもちゃんと生き物のようで、息継ぎは必要らしい。良かった、このまま攻め立てられていたら俺が先に酸欠でぶっ倒れるところだった。

 少し距離を取って息を整える俺と、こっちを観察するようにぼっ立ちしている魔王。こ、コイツ、俺が弱いからって余裕を見せてやがる……! 事実防戦一方なんですけどね。

 

 などと自分で自分にツッコミを入れていると、再び魔王が俺目掛けて攻撃を仕掛けてくる。大振りなパンチが来たかと思うと、ローキックを仕掛けてきたりと多彩なパターンだ。いや、朧気だけど見覚えがある攻撃パターンで助かった。ジジイの夢落ちブートキャンプが無かったらマジで五回くらいは死んでたんじゃないか……? 

 

「ん? ジジイの夢……?」

 

 なんで推定ラスボスの攻撃が夢で見たジジイと似たようなパターンなんだ? 

 そんな疑問が浮かんだ直後、目の前に迫った魔王の姿が消える。その瞬間俺の臆病風センサーが反応し、それに従うまま地面を蹴って飛び上がれば、眼下には姿勢を低くして足払いを仕掛けている魔王の姿。……いやいや、まさか。

 そんなアホなことがあるわけ、なんて思いながら俺は真下にいる魔王に向けて足を向ける。足裏に感じる衝撃を幾分か膝で殺しながら、勢いに乗って離れた地面に着地した。今の一連の流れに既視感があるんですが……。

 

「ちょっとその兜脱げ」

 

 着地してすぐに魔王に向けて走り寄り、体勢を立て直す前にその兜に向けて剣を振るう。ちょうど剣の先っぽが兜に引っ掛かるように。

 キン、という硬質な音がして、真っ黒な金属質の兜はあっさりと地面に転がった。兜が無くなった場所には、真っ白な髪がハラリと広がる。その奥から覗く赤い目と尖った耳。

 夢で見たジジイの攻撃パターンとよく似ているわけである。俺がジジイとの鍛練で仕込まれ、そしてつい最近似たようなものを彼女に仕込んだのだから。

 

「フィリ……?」

 

「ット、アエタ……!」

 

 こっちを虚ろな目で見つめながらも口の端を吊り上げて歪な笑みを向けてくるのは、マネキン野郎に拐われたエルフっ娘、フィリオリーネでした。まさかのヒロイン悪堕ちである。

 

 ……いや、許されざるよこれは。

 

 


 

 

「くっそ、コイツら次から次へと……!」

 

 もう何匹目になるか分からない、小鬼を斬り伏せながら、俺の口から吐く息と共に悪態が飛び出す。壁のように俺を囲み、師匠と分断する小鬼共はどれだけ同胞が地面に沈もうと俺を逃すつもりは無いらしい。

 指揮官だったであろう四本角の鬼を師匠があっさりと始末してしまったところまでは予想通りだった。師匠なら今更魔王や魔樹以外の敵に苦戦するだなんて思わなかったし、師匠自身もそのつもりだったはずだ。

 自分の身の丈を優に超えるほどの、大木をそのまま引っこ抜いたような棍棒を躱し、音も置き去りにする速さで振るわれた師匠の剣は奴を真っ二つに切り裂いた。多分、斬られた当人もそれに気付かなかっただろう程の鋭さ。こんな時だというのに以前、双子から聞いた師匠の薪割りの話を思い出した。

 

 本当に鋭い刃は、斬られたものにもそうと気付かせない。

 

 それはどれほど鋭くとも、刀身の幅という制約で実現不可能な極致。魔力を、瘴気ですら不可視の刃として振るえる師匠の剣の真骨頂だ。

 これで魔物の軍勢は瓦解し、戦いは終わると思ったのも束の間。真っ二つにされた鬼の後ろから、かつて見た漆黒の鎧が師匠へと襲い掛かるのを目の当たりにした。

 

「まだ戦えるか?」

 

「ハッ、余裕!」

 

 俺を気遣うような師匠の言葉にそう返した直後、魔王が目で追うのもやっとな速度で師匠に迫ったかと思うと、俺の方にも大量の小鬼が群がってきて見事に分断されてしまった。

 

「師匠! クッソ、魔物がまた増えて……!」

 

 小鬼の壁の向こうで魔王と戦う師匠の姿を視界の端で捉えれば、師匠も俺の方を見ていた。かつて対峙した魔王は、俺を含めた弟子とリミィや長耳の爺さんも含めた総力戦でどうにか押し切った化け物。師匠が負けるなんて考えちゃいないが、それでも一人では、なんて焦っていた俺に向けて師匠が一度だけ頷くのが見えた。

 

 焦るな、心を研ぎ澄ませろ。

 

 そう言われたような気がした。今この場にいるのは俺と師匠の二人だけ。どうして師匠がこの局面で俺を連れていくことにしたのか。魔物に囲まれた中に切り込んでいく無謀な突撃。それに俺が選ばれたのは、消去法じゃなく意味があるはずだ。不測の事態が起こったとしても、俺ならついていけると。

 

「すぐに片付ける!」

 

 俺は師匠から視線を切り、目の前の小鬼に集中する。俺は師匠よりも弱い。そんな俺がどうして自分よりも強い人間を心配出来る? むしろ師匠が俺を心配しないように動くべきだ。

 俺には魔力を扱う才能も無いし、俺自身に魔力なんて欠片も無い。だが、師匠の背を追いかけて剣を振り続けたその先で、ほんの僅かだがその剣理に指先を掛けることが出来た。

 

「お前らの瘴気とやらが、お前らだけに有利なものだなんて思うなよ!」

 

 そう叫ぶと同時、俺が振るった剣は、その間合いを超えて五体の小鬼の胴を切り裂いた。リミィに掛けてもらった魔法は彼女の魔力を使い果たして尚、俺の刀身を覆い、魔物を容易く切り裂くもう一つの刀身となっている。

 瘴気は、魔力を吸収した魔樹が吐き出すもの。銀の魔力を扱う勇者は瘴気を打ち払い、更にその魔力の輝きを増す。長耳の爺さんとライネルの二人が言っていたことだ。瘴気すら己の力とすることこそ、師匠が辿り着いた勇者の剣。

 

「まだ師匠みたいに自力じゃ無理でもよ。きっかけさえあれば、俺だって真似事くらいは出来んだよ!」

 

 俺の剣が小鬼の持つ武器ごと身体を斬りつけ、真っ二つに両断する。自分の持つ魔力を使うこと無く、魔物が増えて周囲の瘴気が濃くなるほどに自身が利用できる力も増していくこの剣技は、ライネルが師匠こそかつて魔物に抗する為に人々が目指した銀の魔力の完成形だと言った程のものだ。

 

「人を斬る剣じゃない。確かに師匠の言った通りだ」

 

 かつて師匠がライネルに言ったことは、文字通りの意味だったわけだ。師匠の剣は、魔物に対しては際限無くその力を増していく一方で、瘴気が無ければただ只管に疾く鋭い剣。もちろんそれだけでも師匠の強さに疑いは無いが、理外の力にまでは及ばない。師匠の剣は、人を魔から守る為の剣であり、人同士で力を誇示し、争うためのそれなんかじゃ無い。こうして師匠の剣に近づくほどに、かつては理解の及ばなかった難解な師匠の言葉一つ一つの意味が解けていく。いつしか、自然と俺の口には笑みが浮かんでいた。言葉を交わさずとも、剣を振るうだけで、師匠のことを理解出来ていく。必要なことは最初から全て弟子である俺達に伝えられていた。師匠の言う通り、剣を振り続けた先で自然と理解出来るように道は整えられていた。

 

「だから、魔王なんかに負けたりしないよな、師匠!」

 

 気が付けば、俺を囲む小鬼の壁の向こうで魔王と対峙する師匠の後ろ姿がその隙間から見える程にまで小鬼は姿を減らしていた。地面には赤黒く変色した部分が無いほどにまで流れた血で染まっている。

 

「これで、終わりだ!」

 

 俺を囲む最後の小鬼の首を斬り飛ばしたと同時、キンという硬い音が耳に届く。そちらに目を向ければ、師匠が剣を振り抜いた姿勢で固まっていた。師匠の前には、ノルンに似た白い髪を靡かせ、虚ろな赤い目で師匠を見つめる女の姿。

 

「……魔王の中身がまさかあの女だってのか?」

 

 あの姿は、ここに来るまでに緑の王と名乗った長耳に聞いたものと一致している。魔力を持たない長耳の異端。魔樹の種を取り込んで化身へと変貌した長耳に拐われ、師匠はそれを追っていたと。それがどうして魔王の姿で俺達と向かい合っているんだ? 

 

「フィリ……」

 

 師匠が小さく呟いたのが聞こえた。師匠にしては珍しく、驚いたような感情が少し滲む声音で。

 

「ャット、アエタ……!」

 

 抑揚の無い声でそう返した長耳の女。意識が無くて操られているのか、あるいはかつて俺達が対峙した魔王のように魔樹に取り込まれたのか……。

 

「っ!?」

 

 突如、俺の背中が粟立つのを感じた。頭上から俺を地面に押し潰してしまうような圧力。思わず剣を取り落としてしまうかもしれないと思うほど。この感覚には覚えがある。

 

「随分と良い趣味をしている」

 

 魔物によって滅ぼされた小人族の国。かつて魔物と戦って散っていった戦士達がその魔物によって死体を操られ、冒涜されているのを目の当たりにしたとき。

 

「魔物というのはどいつも似たようなことをする」

 

 人の記憶を読み取り、他者の姿を真似る魔物が瀕死の重症を負ったロクシスの姿をとって不意打ちをしようと師匠の前に現れたとき。

 

「いつだって人の大事なものを踏み躙る」

 

 俺達に直接向けられたものじゃないはずなのに、膝が震えて手から力が抜けそうな心地がした。

 

「学ばんのか、学んだ上で繰り返すのか」

 

 けれど、今目の前に感じるそれは、これまで感じたそのどれよりも強く、重かった。

 

「それがお前達のやり方なのか」

 

 恐らく本人も気付いていないだろう。あまりに強く握られた剣の柄から、血がポタリポタリと地面に落ちていることに。

 

「それしか知らんのか。悪辣で、卑劣なやり方しか」

 

 言葉を発する毎に周囲の空気が凝縮し、呼吸すら苦しくなるような錯覚を覚えるほどの怒り。

 

「それなら良いだろう、今度は種すら残させん」

 

 修行の時も、一緒に旅をしたときも、師匠が感情を露にすることはごく稀だった。たまに見せるのは、少しだけ口元を緩めた笑顔。俺達に向けられるのは、いつだってそんな温かい感情だけだった。

 これほどまでに重く、冷たく、けれど近づくだけで火傷してしまいそうに熱い矛盾した激情を師匠が見せるのは、初めてだ。

 師匠が地面と水平に掲げた剣が、沈みかけた日の光を浴びて紅色の光を纏う。本来、青銀(ミスリル)で鍛造されたその剣は清涼な青い刀身のはずなのに、今のそれは師匠の内心を反映しているかのように、真っ赤に見えた。

 

「お前達を許してなるものか」

 

 俺は生まれて初めて、師匠を怖いと思った。

 





各書店さんで買うと付いてくる特典一覧はこちらの画像の通りとなるらしいです。結構色々ネタを考えたんだとしみじみ。気になるのがあればぜひお手にとって頂ければと思います。

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