後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

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それっぽい用語や世界観は、ちみつなせってい(ライブ感)に基づいています

息抜きだから……


弟子第四号、地方貴族三男坊のノックス

 白黒双子のアルシェとノルンを放って街を出た俺は、そろそろ人の多いところを目指すべきかと思っていた。

 

 というのも、これまでの弟子は皆言っちゃ悪いが田舎出身だ。始まりの町にも劣る環境では出てくる魔物もしょぼいのしかいない。現に、いても熊か狼レベルの魔物しかいないのはあまりに芸が無いんじゃなかろうか。そう考えた俺は行く先々で人の多い街はどこかと聞いてはそこを次の目的地として旅を続けていた。

 

 後に四人目の弟子となる奴と出会ったのはそんな旅の途上だった。

 

 ある日、今日も今日とて歩くしかないとえっちらおっちら街道という名のろくに舗装もされていない、草が生えていないから人の通り道だと分かる程度の道を歩いていた時のこと、俺の後ろからけたたましい音を立てて馬車が迫ってきたのだ。慌てて道の端に飛び退いたは良いものの、なんだなんだと思っていると馬車を追って現れたのは猪の姿をした魔物。下顎からは恐ろしく太い牙が生え、普通の猪の何倍もの大きさをした真っ赤な毛並みの魔物だ。そいつが馬車を追っていたらしい。道の端に飛び退いた拍子にそいつの目の前に飛び出してしまったらしく、その魔物は猪らしからぬ急制動をかけて俺を睨みつけていた。

 なんだコイツ、やんのか? 死ぬぞ、俺が。こういう時は目を逸らしたら負けだとガン飛ばしてくる魔物と睨めっこをすることしばし、俺の隣に先ほどすれ違った馬車に乗っていただろう筋肉ムキムキのおっさんが並んだ。俺なんかじゃとても手に入れられなさそうなピカピカの鎖帷子を身に付け、豪華な装飾の剣まで持っている。なんだこの敗北感、泣きそう。

 

「先ほどは失礼した。及ばずながら加勢しよう」

 

 いきなり来ておいてとんでもないことを言ってくる御人である。なんで勝手に戦う流れにしてくれてるんです? 俺はこのまま睨めっこを続けながら徐々に距離を取って魔物が呆れて帰ってくれないかと祈ってたんですよ? というか何故俺より少し後ろに立つんです? その立ち位置だと魔物と正面張ることになるのは俺になるじゃないですか! あんたの方が強そうな武器使ってんだからあんたが前に出てよ! 

 でもここで抗議したら魔物よりも先にこのおっさんによって俺の儚い命が散らされてしまいそうなので渋々ですよ、という雰囲気を全開にして剣を構える。隙を見てこのおっさんに押し付けてやる。

 

 そう考えていると雄叫びを上げて魔物が突っ込んでくる。正面から受けたら結果は火を見るよりも明らかなので身体の動きを最小限に、しかし魔物との芯をずらし、魔物の進行方向を剣でおっさん側に逸らす。猪というのは猪突猛進と言って曲がれないなどと思われているが、実際はかなり機敏にコーナリング出来てしまうのだ。だからこそ重心の動きを悟らせず、魔物の目を欺きながら回避する。これぞ俺が長年の鍛錬で身に付けたコソコソ回避術! 

 

 結果として魔物と対峙する羽目になったおっさんは鎖帷子を着ているくせにおっかなびっくりと言った様子で魔物を威嚇している。なーんでそんなに強そうな装備でビビってんですかね。実はそんなに強くないのか? 

 とはいえ、魔物の視線が豪華なおっさんに釘付けになっている今が大チャンス。俺は魔物の背後に回ると、気配を殺しながら剣を振り上げ、魔物へと突き立てる。狙うは固い表皮を持つ魔物といえど一番弱い場所、すなわち眼である。眼であれば何度も切り付ける必要も無く、運が良ければ一撃で倒せてしまうのだ。俺は魔物の眼に剣を突き刺し、背中に跨って更に剣に体重を掛ける。うおっ!? この魔物滅茶苦茶に暴れるやんけ! 思わず口から絶叫が漏れてしまう。前世から絶叫マシーンが苦手な俺にはロデオマシーンですら恐怖ものである。

 

 だがここで剣から手を離すと怒った魔物に無残なことにされてしまうのは確定なので根性で剣にしがみつく。気付けば魔物は息絶え、巨大な体躯を地面に沈めていた。結局何も役に立たなかったおっさんはというと、

 

「これほど凶悪な魔物をいとも容易く。よほど名のある剣士とお見受けする」

 

 などと慌てて取り繕っていた。コイツ……! マタギでも倒せそうな猪を凶悪なとか言って俺を過剰に持ち上げることで自分の情けなさを誤魔化す作戦か! 親近感湧いてきたな。

 まあ勘違いしてくれる分には訂正する理由も無いので、俺は黙って遠くに停まっている馬車を眺めていた。俺は自分で自分のことが強いとは決して言わない。自分で強いと言っちゃうとそれは詐欺になるけど、相手が勘違いしたのを放っておくのは別に俺は悪くないもんね、という理論だ。

 そうして格好つけていると、馬車がこちらに向かってきて、俺の前で停まった。なんだなんだ、お礼に近くの街まで乗せていってくれるのか? 

 

「旅の剣士! 見事な技だった。この僕を救ったこと、褒めてつかわす!」

 

 馬車の扉が開け放たれて現れたのは金髪碧眼のイケメンボーイ。なお言動とこれ見よがしなドヤ顔で俺の中ではクソガキ認定されたものとする。

 

「救ってもらっておいて何も恩返しをしないのはフェアハウト家の沽券に関わる! ローエン、この方を馬車へ!」

 

「ハッ、承知しました、ノックス坊ちゃん」

 

 ノックス、というらしいクソガキに命じられたおっさんは俺に対して馬車を手で示しながら遠慮なく、と言って乗るように促す。まあそろそろ歩くのも飽きてきたから遠慮なんかする気もないけどね! というかローエンっていうのね、このおっさん。強そうな見た目と名前なのに猪にビビりやがって。

 

 どうやらこのノックスというガキンチョはこの辺り一帯を治める辺境伯の三男坊らしい。馬車に相乗りさせてもらって辿り着いた要塞みたいな城でガキンチョの親父さんから聞いた。ちなみに親父さんもローエンと同じくムキムキなナイスミドルだった。

 そこからはあれよあれよという間に話が進んだ。ノックス君は三男坊ということでこの国の首都に留学している長男、次男と違って自由にして良い、というかあまり期待されていないらしく、唯一興味を持っているのが剣と狩りとのこと。ローエンが護衛兼師匠になっていたらしいのだが、期間限定で俺を剣の師範として雇いたいとのこと。

 正直ノックスには主人公の気配など微塵も感じられない。むしろどちらかというと物語序盤で噛ませ犬になる踏み台貴族ポジションだし。流石にそれを言って親父さんを怒らせたら俺も命が無いので適当なことを言って誤魔化していたのだが、親父さんが提示した金額を聞いた瞬間一も二も無く剣の講師を引き受けていた。魔物を狩ってチマチマ稼ぐよりよっぽど割が良いやんけ! ひゃっほい! 

 

 そうしてノックス君に剣を教えることになったのだが、一つ問題が浮上した。

 

 それはノックス君も、彼に剣を教えていたローエンも、本来の戦闘スタイルは剣と盾を使った正統派スタイルだったということだ。俺? 貧乏人に盾が買えるわけないだろ! いい加減にしろ! 

 ということで妬み半分、教えづらいという合理的理由半分でノックス君には盾を手放してもらうことにした。剣一本で魔物と対峙すると聞いてノックス君も流石にクソガキムーブは出来なかったらしい。これがショタコンなら生意気ショタの気弱な一面を見てコロッといくところかもしれないが俺にそんな性癖は無い。安心させるように笑いながら、ノックスを剣でボコボコにしてあげた。

 そんな剣の講義、という名の拷問に何故かローエンまで参加してきたのは誤算だったけど。もしかしたら俺のせいで剣の師匠というポジションを奪われたから粗探しに来たのかもしれない。なら粗探しの暇もないくらいにシゴいてやろう。

 

「こ、これほどまでに苛烈な鍛錬を……師範殿はされていたというのか」

 

「し、死ぬ……」

 

 俺の訓練(拷問)を受けたローエンとノックスは顔面蒼白で地面に倒れこんでいる。まったく、貧弱なもやし共め、その筋肉は飾りか。ソーン君やアルシェ、ノルンの方がよっぽど根性あったな。やはりアイツらは主人公だったか。

 相対的に過去の弟子三人への期待値が上がっていくのを感じながら二人に稽古を付けてやっていたのだが、その中で一番困ったことがあった。

 どうやらこの国では剣術にはその開祖が名前を付けるのが習わしらしく、俺の剣はこれまで見たどの流派とも違うので何という流派かとしつこく聞かれたのだ。子どもの頃にがむしゃらに剣を振って、型とかどうでも良いから魔物を取り敢えず斬れるように振ってて流派とか無いなんて言えない……。

 魔物一匹狩れないお前にはまだ早い! なんて誤魔化し誤魔化し逃げていたのだが、ローエンだけでなくノックスまで予想以上の根性を発揮して狐みたいな魔物を狩ってしまって期待に満ちた目で俺を見てくるからいよいよ逃げ場が無くなってしまった。

 もしかしたらノックスは典型的噛ませ犬キャラかと思いきやノブリス・オブリージュ体現系の乙女ゲー攻略対象キャラなのか? 主人公では無いがそれならノックスもそれなりに有名になりそうだな。

 

 というか名前どうしよう……、迫真一刀流とかどう? だめ? やっぱり? 

 

 パッと頭に思いついたくだらない名前を言ってみたものの、ノックスもローエンもあんまり反応してくれなかったので悲しくなってその日は稽古も無しにして一日部屋に引きこもった。ネーミングセンス無いのは分かっとるわい! 

 それからもノックスとローエンからは度々質問攻めにされた。なに? 剣一本で盾を使わないのは何故か? 剣は片手で振るより両手で振った方が強いという前世の某漫画に登場するトンチキ理論で誤魔化しておいた。

 

 そしてノックスを鍛え始めてからしばらく経ったある日、珍しくソワソワしているノックスの様子に悪いもんでも食って腹を壊したのだろうかと思っていたらその日の夜にプレゼントをもらった。どうやら俺に剣を教わっていて今までろくにお礼も出来ていなかったから何か恩返しがしたいとのこと。俺がやったことって気まぐれにノックスとついでにローエンをボコボコにしてフラフラになるまで素振りさせた後は魔物狩りに連れ回してたくらいなんだけどな。まあ貰えるものは貰っとこう。恭しくローエンが手渡してくれたのは簡素な見た目ながら名工が手掛けたのだと分かる業物だった。聞けば魔力を通し易い金属で出来ており、高名な冒険者はこれに魔力を纏わせて魔物を切り裂くのだとか。魔法使えないし魔法使いも仲間にいない俺への当てつけか! 

 思わずツッコミを入れそうになったが、流石にプレゼントを貰っておいてそれは失礼なので黙って受け取っておく。魔力云々は置いといても切れ味は良さそうだし、俺が今使っている剣もボロボロになってきたからちょうど良い。廃品回収ついでにローエンに俺が今まで使っていた剣を押し付けておいた。プルプル震えて怒りを堪えているが今日は俺が主役! 怒らないでね? 

 

 さて、ここでしばらく過ごしてだいぶお金も貯まったし、良い物も貰ったしそろそろ旅に出るか。最近親父さんから直属の騎士団の顧問になってくれという誘いがしつこくなってきた。ノックスのお守り役のローエン程度ならともかく本格的な騎士団相手に俺が教えようとすればすぐにへっぽこが露呈してしまうので答えはノーだ。親父さんには旅したいからという理由で押し切って首都までの道を教えてもらい、街を出ることにした。何故か出るのは街の門が開く早朝にしろとか言われたけど。嫌がらせか? 

 

 まあ言われたからには仕方ない。俺は日が昇り始めると同時に城を出て街の門まで行く。あ、門番さん、この道って北に向かってるので合ってます? あ、違う? すいません……。

 

 さらばノックスにローエン! いつか魔王が復活したときに魔将軍が率いる軍勢を寡兵の騎士団を率いて返り討ちにする英雄譚の主人公になることを期待しているぞ! そうなったらこっそり戻ってきて酒場で吟遊詩人の歌を聴きながらほくそ笑むぞ! 

 

 


 

 

「本当に行くのだな……?」

 

「父上、これでも遅すぎたくらいだと僕は思っています」

 

 ここ最近、小さく見えるようになった父上の眼を正面から見据えて僕ははっきりと告げる。師匠がこの城を後にしてからというもの、ローエンと二人でこの近辺の魔物狩りに精を出し、騎士団の練兵にも参加した。この辺りで僕を超える剣を身に付けた人間はいないと胸を張って言えるくらいまで、僕は自分を鍛えたつもりだ。

 

「ハァ……。兄達と違って覇気の無かったお前がここまで育ったのは嬉しく思うが、我が領を飛び出すほどまで逞しくなってしまうとはな」

 

「そもそも、師に別れを言わせてくれなかった父上も悪いのですよ?」

 

 師が街を出ると父上に告げた日、父上は師をまだ夜も明けきらないうちに送り出したらしい。僕が師に縋りついて引き留めようとするのが目に見えていたからというのが父上の言い分だ。それは確かに合っているが、だからといって師との別れにお礼すら言えなかったというのは師に対する耐え難い不義理だった。

 

「あの方からお前への伝言はしっかり伝えたであろうに」

 

 僕を見て父上がため息をつきながらぼやく。父上が師から預かった伝言、

 

『俺はもう行く。甘ったれを卒業できたと思ったらまた顔を見せるかもな』

 

 それは僕が魔物を狩れるようになったとはいえ、心の奥底では師匠に頼り切っていることを見透かした言葉だった。

 かつての僕は、控えめに言っても腐っていた。優秀な二人の兄と比べて秀でたものが何も無く。ただ兄達のスペアとしてワガママに過ごしていた。騎士団長のローエンを無理やりに近い形で護衛兼師範とし、僕の棒振り遊びに付き合わせてしまっていた。師匠と出会ったのは、ローエンに無理を言って鹿狩りに出た帰りのことだった。森を出る直前で森一帯を縄張りとする凶悪な魔物に見つかり、死に物狂いで馬を走らせていた時にたまたま出くわした師匠。

 ローエンが恐怖で震える中、師匠は迷いなく、美しい一太刀で魔物に剣を突き立てた。裂帛の気合で剣を深く突き刺し、魔物を容易く地に沈めた師匠の姿。最初はそれに怯えた。だから敢えて傲慢に振る舞って強がった。本当なら魔物以上に怖いこの男から逃げ出したかったが、魔物よりも強いこの男から逃げ切れる気がしなかったから褒美と称して引き込むことにした。

 

 そして馬車の中で、僕は師匠への印象を一転させることになった。馬車に乗った師匠は先ほどまでの恐ろしい気配など微塵も感じさせず、親しみやすく、旅好きな人柄を前面に押し出して僕と話してくれた。城に戻る頃には、僕はすっかり師匠に篭絡されてしまっていたのだ。

 

「あなたから剣を学ばせてください!」

 

 城に帰り、父上に事情を話してから夕食の席で師匠に頭を下げた。

 

「断る。お前に剣を教えるつもりは無い」

 

 だが僕の願いはすげなく断られた。思えば、生まれた時から何でも周囲に僕の要望を通していたこと、そんな僕の甘ったれた性根を見抜かれていたのだと思う。

 

「ノックス様。かの御人に弟子入りするならば、これまでのようなお遊びではいけませんよ」

 

 ローエンからも釘を刺された。師匠の戦いを間近で見ていた彼だからこそ、師匠の剣に宿った修羅を感じ取っていたのだろう。だけど、生まれて初めてとも思えるほどの強烈な渇望に動かされるまま、僕は父上も巻き込んで師匠に弟子入りを志願し続けた。その熱意に嘘は無いと父上も分かってくれたのか、父上からもお願いしてくれるようになった。

 

「剣士殿。どうだろう、ここまでノックスも言っておることだ。どれほど地獄を見せることになっても構わん。我が城に滞在している間だけでも、見てやってはくれぬか?」

 

「……」

 

 ある日の夕食後、父上にここまで言ってもらってようやく師匠は考え込むように黙り込んだ。ここが攻め所だと父上は言葉を重ねる。

 

「もちろん報酬は払う。ギルドで魔物を狩る以上に、この程度は「引き受けよう」……真か!」

 

「だが、引き受けるからには何が起きても、俺の指導に口出しは止めてもらおう」

 

 父上が報酬の話を切り出した途端に師匠は頷いたものだから、最初は報酬に目が眩んだのだと思ったが違った。師匠は父上から僕の指導に関して一任するという言質を取りたかったのだ。それほどまでに、師匠の修行は厳しいものだと彼は言っているのだ。

 僕は父上と目を見合わせると、覚悟を決めて頷いた。例えこの修行で死んでしまうとしても、今のまま何も成せずに生きるよりはよほどマシだと思えたから。

 

 そしてそれからの修行の日々はまさしく地獄という言葉が生易しく感じるものだった。

 

 倒れるまで走らされたかと思えば、すぐに剣を持たされ手の皮が爛れるまで素振り。間髪入れずに師匠との手合わせ。意識を失おうと次の一撃で半ば強制的に覚醒させられる。水すら飲めぬうちに夜が明け、朝を迎えたこともあった。

 僕と同じく師匠の剣に魅せられたローエンも同じように訓練に参加していたが、騎士団でも最強の座に就くローエンすら師匠の修行には耐えられなかった。

 僕とローエンは互いに血反吐を吐き、倒れ、それでも死ねずに毎日師匠の修行をこなした。本当に死んでしまうかと思うくらいだったが、師匠は悪魔のような観察眼でそのギリギリ一歩手前でいつも止めてくれる。そうして師匠との手合わせをこなすうちに、師匠の剣技が生まれた時から身に付いていたもののように僕の身体に吸収されていくのが分かった。

 

「盾? そんなものいらん。魔物を斬るには剣一本で十分だ」

 

 師匠の剣は防御という概念が無い。ただ魔物を切り裂くことだけに一点特化した剣であり、盾などという不純物が混ざることを彼は嫌った。

 僕も騎士団の皆も王都で主流な盾と剣を組み合わせた流派を使う。あまり使い手はいないが剣のみを用いる流派もあることはあるが、師匠はそのどれとも異なる剣だった。気になって流派を聞いてみたが、

 

「せめて魔物を狩れるようになってからだな、それを教えるのは」

 

 そう言ってはぐらかされてしまった。それを聞いてからは僕とローエンは修行にますます熱を上げて取り組んだ。彼の流派はこの世界を跋扈し、容易く人間を屠ってしまう魔物への切り札になる。

 師匠の剣は、極薄の魔力を剣に纏わせている。それが数打ちの剣でも刃毀れせずに魔物を断ち切ることが出来る秘密だと気付いたのは、今は亡き母上から受け継いだ微かな魔法の才によるものだった。

 師匠は剣に魔力を纏わせる方法を教えてはくれず、ただひたすら剣を振れと言った。恐らく、言葉では伝えきれない秘奥があるのだ。

 

 そうしてローエンに遅れること一か月、僕もついに魔物を単身で狩ることが出来た。

 

「ついにやりました。これで、流派の名を教えていただけますね?」

 

 魔物の亡骸を前に、僕とローエンは師匠に問う。師匠は少しの沈黙の後、諦めたように笑みを浮かべた。

 

穿(はく)神一刀流……」

 

 そして一言だけ呟くと、今日はこれでおしまいだと城へと戻っていった。

 

 神を穿()く一太刀

 

 それが師匠の剣が冠する名。

 

 地の瘴気を受けて獣が変質したとされている魔物。一頭だけでもそれなりの村を壊滅させてしまう暴虐の化身。そんな魔物を単身、魔法も無しに狩ることが出来る彼の剣は、まさしく人類の未来を切り開く術になる剣ということだ。彼が呟いた名は僕とローエンが身に付けた剣技にしっくりと馴染んだ。

 これまでも彼は数少ないが弟子を取ってきたという。彼は自らの剣の価値を理解し、それと決めた相手に自らの剣を継承させてきたのだ。そう思うと、それに選ばれたと思えば血反吐を何度吐いたとて大した問題じゃない。

 それから師匠は僕に剣だけでなく色々なことを教えてくれた。

 

「お前は貴族だ。貴族なら、民を守れ。貴い人は、貴ばれるだけの功績があるからこそ人の上に立つ」

 

「剣が強ければ愛する者の身体を守ることが出来る。だが心は守れない。心を守れるのはお前の優しさだけだからだ」

 

「剣を振るのに片手で振っては魔物に刃が立たん。剣というものは両手で振るう方が強い」

 

 師匠の言葉は剣の技だけに留まらなかった。自分は寒村の生まれだと師匠は言うが、彼の言葉はそれだけでは説明がつかない深い見識に溢れていた。僕は師匠から剣だけでなく貴族としての誇りまで教えてもらったのだ。

 

 そして季節が二度廻った頃、僕は師匠の恩に報いるため、ローエンや父上の力も借り、彼のために最高級の剣を用意した。師匠はどのような剣でも魔物を断つ。だが、魔力を通すミスリル鋼で出来たこの剣は、師匠の魔力を纏わせる神業を更なる高みに押し上げてくれるだろう。

 そう思って師匠に渡したのだが、彼の反応は思った以上に淡泊だった。

 

「……切れ味の良さそうな剣だ」

 

 それだけ言うとさっさと剣を鞘にしまい込んだ。喜んで頂けなかったかと落ち込みそうになったが、師匠は腰に佩いた自らの剣をローエンへと押し付けた。

 

「代わりにこれを渡しておく。数打ちの剣だがな、俺と共に幾多の魔物を斬った相棒だ」

 

 そう言って師匠はいつもと変わらない様子のまま、僕の頭をポンと軽く撫でると居室へと引き上げていった。

 なんでそんな素晴らしい贈り物をローエンにするんですか! あれですか、僕じゃなくてローエンが剣を手渡したからですか!? 

 内心で暴風が吹き荒れる僕とは対照的にローエンは感激に男泣きしている。師匠が部屋を出るまでは耐えていたようだが、流石に堪えきれなかったみたいだ。クソぅ、僕だって欲しかった……。悔しさを紛らわせるように師匠に撫でてもらった頭に手を添える。そういえば、父上からも久しく頭を撫でてもらったことは無かったな。

 

 そう思うと僕の心の暴風も少しは収まるのだから安い男だ、僕も。

 

 師匠との日々を噛みしめるように思い返しながら、過去に思いを馳せていた僕の頭は今に焦点を合わせ、父上に別れを告げる。

 

「父上、僕は師匠を追って諸国を巡ります。師の剣で魔物を断ち、民草を救うのが私に与えられた使命です」

 

「……やれやれ、あの日、あの方をお前の師範として就けたのはワシの人生最大の功績にして最大の間違いだった。これほど素晴らしく育つと分かっていれば手放したりしなかったものを」

 

「手紙は出します。何かあれば、いつでも戻ってくると約束いたします」

 

「フン、ワシには優秀な息子が後二人もおる。放蕩息子一人くらい放り出したところで揺らがんわ」

 

 それはつまり、家のことは気にせず師を追えという父上の優しさだ。

 僕は父上の座る椅子に歩み寄ると、そっと父上を抱きしめる。いつの間にか、あんなに大きいと思っていた父上は僕よりも小さく縮んでしまった。いや、僕が大きくなったのか。それでもまだ父上の器には及ばない。師の器になど言うまでもない。

 

「我が領が始まって以来の傑物二人を手放すことになるとはな……。いや、これも定めか。かの御仁がこの地を訪れた時から決まっていたことなのやもしれん」

 

 そう言った父上から近辺の地図と僅かな路銀を受け取ると、僕は城を出る。

 

「自分を置いて行こうとするのは薄情じゃないですか?」

 

「置いて行くつもりなど無かったさ、ローエン。もう一人の師にして兄弟子」

 

 城門で僕を待っていてくれたのは、僕と共に師匠の薫陶を受けた兄弟子であるローエン。彼も騎士団長の職を辞し、僕と共に師を追う旅に加わってくれた。

 

「自分は弟弟子ですよ。いつだって彼はあなただけを見ていた。自分はついでです」

 

「あの人から剣を賜っておいてよく言う」

 

 僕はローエンの腰に括りつけられた古いながらもよく手入れのされた剣に目をやる。師から剣を賜ってからというもの、ローエンがその剣を身から離したところを見たことが無い。

 ローエンは僕の視線に気づいて肩を竦めると、馬を曳きながら僕の隣に並ぶ。

 

「あなたは師匠からその剣技を余すことなく受け継いだ。足りなかった自分は師から物を受け取った、それだけのことです。それより、本当に良いんですか? 社交界ではあなたを想って枕を濡らす淑女がたくさんいるというのに」

 

 ローエンの言葉に僕は苦虫を嚙み潰したような顔になってしまう。脳裏を過るのは社交界で出会った多くの女性たち。師からの教えを守っているだけだというのに、彼女らは僕を持て囃すものだからどうしたものかと困った。女性に慕われるのは嬉しいが、それ以上に僕には成すべきことがあったから彼女らの好意に応えられないのが余計に心苦しかった。

 

「……仕方ないさ。僕が師と共に行くことで、より多くの人を救うことが出来る。彼女らにもよく言って聞かせた」

 

「なら良いんですがね。それじゃあどうします? 一気に王都を目指しますか?」

 

「いや、近隣の街にも顔を出す」

 

「へぇ、そいつはどうして?」

 

 僕の提案にローエンは意外そうに目を見開いた。僕のことだから一目散に師を追うと思われていたのかもしれないが、それではダメだということは師匠との修行の日々で学んだ。

 

「師匠は僕らのほかにも弟子を取っていると言っていた。僕らと同じく魔物を切り裂く穿神一刀流の使い手だ。師の教えを受け継ぐ者たちは恐らくだが皆高名な冒険者になっていたりするだろう。彼らとも合流する」

 

「それはまたどうして?」

 

 僕の言わんとするところが理解できないのか、ローエンが質問を重ねた。

 その言葉に、師匠が出ていった日、街の門番が言っていたことを思い出す。師は北を目指すと言っていたらしい。王都を目指すだけなら王都と言えば良いのに、あえて北と言った。つまり王都は師にとってただの通過点。本当の目的地は王都より更に北、そこにあるのは伝説にある勇者を除けば人類が未だかつて踏破出来なかった地、極北山脈。その向こうには魔物を生む瘴気の源があると伝承に語られる地。

 

「師は極北山脈を目指すだろう」

 

「極北山脈!?」

 

「彼の地は常人であれば半刻と保たない絶死の地。そこに至るのは未だ半人前の僕らだけじゃダメだ。師匠なら可能だとしてもね。穿神一刀流の使い手を集め、師についていけるだけのクランにする。まずは地盤固めだ」

 

 そこまで言ってローエンは僕の目的が分かったのか、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「なるほどね、やっぱノックス坊ちゃんは人を率いる貴族ですなぁ」

 

「もう坊ちゃんはやめてくれ、ローエン。さ、行こうか」

 

「承知! 我が主人よ!」

 

 師匠。あなたの育てた芽は、一本一本は頼りない若木かもしれない。ですが、あなたを助けるため、今こそその若木を束ねて師を支える杖となり、師が本懐を遂げるための柄となり、自らを燃やして灯りとなしましょう。

 





師匠包囲網(善意)が構築され始めた模様

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