目が覚めたと思ったら弟子達+αが俺の顔をじっと覗き込んでいるのですが、これは一体どういう状況で?
「師匠……?」
呆然とした表情で呟いているアルシェさん。良かった、起きた瞬間に「ようやく起きたかこの詐欺師め」とか言われなくて。というか目が覚めた瞬間から身体中が痛いんですが俺は改造手術でも受けたんでしょうか。などと思っていると俺の視界にカットインしてくる赤毛。
「もう目を覚まさないかと!」
何かと思ったらボロボロと泣いているシャーレイだった。俺の身体に覆い被さるような姿勢になった拍子に、彼女の腕が俺の胸を押す。痛ぁい! 相変わらず俺に的確にダメージを与えて来るなこのワンコ娘ぇ!
「起きたばかりなのに負担を掛けるな」
「私達だって死ぬ気で我慢してるのに」
「すみませんアルシェ、ノルン。ですが身体が勝手にぃぃ!?」
なおシャーレイは絶対零度の表情になったアルシェとノルンに引き摺られていった模様。南無、強く生きろ。
双子達が何を我慢しているかは分からんが、もし俺への怒りを我慢してるんだったら代わりに相手してください。
「師匠、私達が分かりますか?」
それに代わって俺の視界に入ってきたのは、銀髪をさらりと揺らすライネル。とりあえず俺が怪我のせいでしばらく入院していたっぽいということは分かる。それ以外はさっぱり分からん。怪しい種を誤嚥した結果、再生怪人となったマネキン野郎をソーンがぶっ倒してくれたのまでは覚えてる。言いたかった台詞も言えた気がして個人的には大満足だ。身体を起こそうと身動ぎをすると、両側からロクシスとローエンの二人が身体を支えてくれた。筋骨隆々の二人に挟まれると俺の貧相な身体が強調されるのでやめて頂きたい。看護師のお姉さまとかいたりしませんでした?
「記憶はハッキリしてるみたいだな、良かったぜオヤジ」
「一か月も目を覚まさなかったので、俺もノックス様も最悪を覚悟していました」
ん? ローエン君、今一か月とか言いました? 割と重体だったんですね、俺。身体が妙に重たく感じる訳だ。
「リミィの治癒魔法もありましたが、血を大量に失っていましたから。城に運び込まれてから一か月、治療に専念してくれたリミィには感謝の言葉もありません」
とはノックスの言。俺のお腹の風通しが良くなったのはかなりの大ダメージだったようだ。いや、普通に考えてよく生きてたな、俺。ところで命の恩人たるリミィさんは一体どこへ?
「リミィは今日も師匠にギリギリまで魔法を使ってくれたから休んでいます。ソーンが付き添ってくれていますよ」
俺がキョロキョロとしていると、察してくれたらしいノックスが教えてくれる。なるほど、つまりこの場には病み上がりの俺と弟子達しかいない、というわけだ。……どうしよう、今ここで俺が物言わぬ死体になっても事故で片付けられたりしません? 全員犯人で口裏合わせて医療ミスにされる可能性が頭を過る。出来れば弟子達以外の立会人もいて欲しい。主に俺の生命の保証として。
「あー、いえ、僕達だけというわけでは無くてですね」
俺の内心の祈りを聞き届けたように、ノックスが少し気まずげに切り出した。なるほど、神はやはり俺を見放していなかったらしい。俺の命の恩人になってくれるかもしれない方はどなたでしょうか。なんて思っていると、大柄なロクシスの後ろからひょっこり顔を出したのは見覚えのある茶に近いブロンド。
「あまりにも帰りが遅いから迎えに来てやったぞ。これが初の他国への外遊になるとはな」
どうやら弟子以外の人間とはライネルの妹であるユーリらしい。……これは詰みでは? よりにもよって弟子達と嬉々として口裏を合わせそうなお方じゃないですかやだー!
というか以前もそうだったけど、ユーリに顔を合わせるタイミングが初対面を除けば怪我で弱っている時しかない。段々と彼女の顔が死神のドクロに見えてくる今日この頃。
「まったく、双子達と山分けする前に死ぬなんて許さないからな」
またしても物騒なことを仰るユーリ嬢。あの山分け宣言、まだ有効だったんですね。出来れば忘れておいて欲しかったところです。今の弱っている俺にこれ以上近づくんじゃないとユーリの頭を手で押さえる。リミィさんの回復魔法で塞がった腹にまた穴を開けられたら堪ったもんじゃないからな!
「あ……。フフ、機嫌を取るのは少しは上手くなったようだな」
ユーリはというと、俺に頭を押さえられて何故か上機嫌に笑っている。ふふ、怖い。美少女が笑っているのは眼福だけどその美少女本人は俺を山分けするだなんて言ってるんだもの。
「だらしない顔をしている……」
すると、顔を伏せて笑っているユーリの下からひょっこりと顔を出す犬耳。あなたそんなところに居たのねコルン。ロクシスとローエンという筋肉の壁とライネル、ノックスのキラキライケメンオーラのせいで存在に気付かなかった。
「なんだ、コルン。悔しかったらお前もアピールをしてみたらどうだ?」
「ぐるるる……」
下を向いたユーリが何やら囁くと、コルンが低く唸る。君達って面識あったんです? いや、俺が一か月も寝てる間に仲良くなったのか。願わくば君がユーリの言う山分け宣言に組み込まれていないことを祈ってるよ。
「アルシェ! ノルン! こんなところで私達が争っている場合じゃありませんよ、抜け駆けが!」
「しまった」
「シャーレイのせいで警戒網を抜けられた」
「私のせいですか!?」
俺がユーリに戦々恐々としていると、部屋の隅でキャットファイトをしていたアルシェ達がそう言うや否やこちらに向かって駆け寄ってきた。かと思うとそのままユーリを俺から引き剥がしてまた何やらぶつぶつと言い争っている。
「……師匠も起きたばかりですし、皆さん一旦外に出ましょう」
その様子を見ていたライネルが呆れたようにそう言って部屋を出るように促す。おや、今ここで始末されるという最悪の展開は避けられたのでは? なおも俺を始末することが諦めきれないのか、渋っていた双子とシャーレイ、そしてユーリの四人だったが、ロクシスとローエンというマッチョ二人に小脇に抱えられて強制退室となった。やったぜ。弟子達が出て行ってしまい、広い部屋にポツンと俺だけが取り残される。……これは、逃げるチャンスだな?
そうと決まれば話は早い。俺は痛む体に鞭打ってなんとかベッドから立ち上がると、ヨロヨロと窓に向かう。扉を出たら弟子達と鉢合わせる可能性があるからだ。窓から脱出して弟子達から逃げ出す魂胆である。
「やだ、高い……」
なお窓から見下ろす地面はとてもじゃないが飛び降りることなど出来そうに無い高さ。というか入院患者のような布きれ一枚しか着ていないのに、どうやって逃げろと言うのか。逃げるにしても最低限の装備は必要じゃないか。というか俺の剣はどこにいったんだ。枕元には半分に折れたボロボロの剣しか置いていなかった。
「……まさかソーンに渡したまんまなのでは?」
確かに最終決戦っぽかったので師匠ムーブを兼ねて剣を渡した。だけどあげるなんて言ってませんよ!? ノックスから貰ったどえらい上等な剣なんですけど!?
これはいかん、すぐに回収しに行かねば。俺は踵を返して枕元のボロボロの剣を拾うと扉へと向かう。流石にお城の中で武器をぶら下げていたりなんかしないだろ。こっそりソーンの部屋を探し、俺の剣を回収。そして代わりにこの折れた剣を返しておこう。元々はソーンの剣だったんだから許してくれると嬉しいな。……いや、めちゃくちゃキレそうだな。うん、見つからないようにしないと。そう考えながら扉を開けば、扉の向こう側に立っていた人物と正面衝突しそうになった。
「師匠!? なんで起き上がってんだよ!」
顔面蒼白なソーン君だった。俺の肩を掴むと眉をハの字にして俺の顔を覗き込んで来る。凄く心配してくれてるようだがどうしよう、これでお前に渡した剣をこっそり返してもらおうとしてました、なんて言おうものなら肩を掴んでいる手がそのまま俺の首にスライドして来かねないな? 俺は身体を動かそうと思ってました、という苦し紛れな言い訳をする。
「身体を動かすって、目覚めたばかりなんだから無理するなよ……。師匠なら少し寝てたくらいでそんな変わらねえだろ」
ソーンの言葉が俺の胸に突き刺さる。確かに俺みたいなクソ雑魚冒険者はサボってようが変わらないかもしれないけどさ! 俺だって傷つくんですよぉ!?
俺はソーンに身体を支えられながらベッドに腰を下ろす。出来れば俺を物理的にも精神的にも傷つけない看護師のお姉様に介護されたかった……。俺が内心の落胆を表に出さないように視線を下に向けると、ソーンの腰にノックスから貰った剣がぶら下がっているのが目に入った。どうやら俺の剣はソーン君がしっかり肌身離さず管理しているらしい、詰んだわ。
「師匠のことだから身体を動かしてないと落ち着かないのかもしれないけどよ」
俺の視線に気付いた様子も無く、ソーンはベッドの横に置かれた椅子に座ると呆れたように言葉を続ける。なんか落ち着きのない子どもみたいな扱いされてません? 自分で言ってて苦しいと分かっているあの言い訳が通じてしまっているところにソーンの俺に対する評価が窺い知れる。
「師匠は少し休んだって誰も文句言わねえよ」
俺がいなくても誰も気にしない、ということを真正面から言われてしまった。泣きそう。確かに戦力にはならないかもしれないけどさぁ! マネキン野郎に腹ぶち抜かれてぶっ倒れた足手まといだけどさぁ! そこまで言わなくてもいいじゃない!? ソーンの中では、俺はもうクソ雑魚を通り越してミジンコレベルの扱いとなっているのではなかろうか。でも出来れば悪口は俺のいないところで言って欲しかった。俺も弟子達がいないところで思う存分に師匠面を満喫させてもらうから。
だが、と俺はそこで思い至る。ここまで俺に対する評価が落ちているのであれば、これは逆にチャンスじゃなかろうか。なにせ俺は弟子達の中ではクソ雑魚を通り越したクソ雑魚扱いである。ならば情けなくもノックスから貰った上等な剣を返して欲しいと申し出ても、これが無いと一人で街歩きも出来ないくらいにコイツは弱いのだと哀れんで返してくれる可能性が考えられないだろうか?
「師匠?」
俺がずっと黙って考え込んでいると、ソーンが心配そうな表情で俺の顔を覗き込んで来る。ここだけ見ると師匠の心配をする弟子の鑑なんだけどなあ、などと思いながら俺は口を開く。今はどうにかしてソーンから剣を返してもらうことを考えねば。まずはソーンを褒めて気を良くしてもらうことにする。いやホントに強くなりましたよね、ソーン君。俺とは大違いである。
「なんだよ急に……というか」
俺の褒め言葉にソーンは怪訝な表情に変わる。まずい、まだ褒め足りないのか、ならばと言葉を畳みかける。ソーンには真面目に感謝しているのだ、なにせ最初に拾った主人公候補がまさかの大当たりだったことに加え、マネキン野郎に腹をぶち抜かれた情けない俺を運んで助けてくれる聖人っぷり。並大抵の主人公力じゃない。
「だぁっ! なんだよむず痒くなることばっかり! いつもの師匠はどうしたんだよ!」
ソーンが椅子から立ち上がり、頭をガシガシと掻いている。照れちゃって、可愛い奴め。さて、褒め殺し戦法でソーンの警戒心が緩んだように見える。ここからどうやって剣を返してもらう話に持って行くか。
「ってか、俺が師匠より強いなんてある訳ないだろ。怪我して柄にもなく弱気になってるのかよ。だったらしっかり身体を休めてろよ、師匠」
ええ……、流石に謙遜が過ぎませんかねソーンさんや。というかここで謙遜されたら俺の方が弱いから剣を返してくださいって言い出しづらくなるじゃないか! ここからどうやって軌道修正をすべきか。そう考えている間に、ソーンは言いたいことは言ったとばかりに席を立つと部屋を出て行ってしまった。やだ、取り付く島もないわ。
どうしてこうなった……?
目を覚ましてから数日後、傷も塞がり、それなりに動き回れるようになった俺の前に立つのは訓練用の木剣を構えたソーン。更に周りには俺とソーンを囲むように弟子達のギャラリー付きである。おかしい、逃げ場がどこにも無いぞ?
ようやく身体も動かせると日課の素振りに精を出していたところ、ふらりとソーンがやってきてあれよあれよと言う間に模擬戦をすることになっていたのだ。理由を付けて
逃げようとしたのに他の弟子達まで勢揃いで俺の逃げ場を塞ぎにかかってくる始末。俺は今日ここで殺されるのかもしれない。
「いくぜ、師匠……!」
ソーンはやる気満々と言わんばかりに木剣を構えて全身に覇気を漲らせている。あの、俺が病み上がりだって分かっておられます? 加減してね?
かくなる上はこの機会を利用して弟子に越えられた師匠ポジというシチュエーションを存分に堪能するしかあるまい。俺はどうせ負けるなら精一杯カッコつけて負けようと思い直し、自分も剣を構える。ついでにここで負けた情けない俺を哀れんだソーンから剣を返してもらえるという深謀遠慮である。俺が剣を構えているのを見て、ソーンの顔が強張る。なーに緊張してるんですかね?
「っ!」
俺が挑発すると、ソーンは口の端を歪めたかと思うと一足で間合いを詰める。やだ、素早い。振り下ろされたソーンの剣を自分の剣で防ぐ。木剣だからと油断していたら予想外の重さに手が痺れる。
「これくらいは当然防ぐよな、師匠!」
もう今の一撃で手が震えて仕方ないんですが、と言う暇も与えられずソーンが連続で俺を攻める。病み上がりの人間に本気になるなんて恥ずかしくないんですか!?
この場から一歩も動かさないとばかりにソーンが前後左右と激しく位置を変えながら斬りかかってくるのをなんとか凌いでいると、ソーンが後ろに跳び退って距離を取った。
「ったく、こんだけやって息も切らさねえかよ」
ソーン君が何やら言っているが、走るどころか一歩も動かしてもらえなかったのだから息の切れようが無いのである。流石に病み上がりだけどそこまで虚弱体質じゃ無いやい! というかやるなら一思いにやってくださいよ!
「くくっ……、相変わらずだな、師匠は! なら俺の全力を見せてやる!」
サクッと仕留めてくれませんかね、という俺の願いが通じたのか通じてないのか、ソーンは剣を構え直すと姿勢を低くする。どうせ勝てないだろうし、出来るだけ痛くならないように急所だけ守ろうと剣を身体の正面に構えた。それを見たソーンがピクリと頬を震わせたかと思うと、先ほど以上の速度で俺に迫る。腰だめに構えた剣を俺の身体目掛けて振り上げるのを受け止めた。
「……手を抜いた、訳じゃねえよな?」
剣を振り抜いたポーズで止まったソーンが、俺を睨みつけてそう呟く。どうしてクソ雑魚の俺が主人公であるソーン相手に手を抜けると思ったんですかね。
「そうじゃねえなら、どうしてこんなにあっさりと俺が勝てるんだよ」
俺の持っていた木剣はソーンの持つそれに弾き飛ばされてしまい、俺達をじっと見つめている弟子達の足下に転がっている。受け止めようとしたら勢いが強すぎて木剣が弾かれてしまったのだ。もうね、手が痺れて痛いの。だがこれは師匠面ムーブをする絶好の機会。ここぞとばかりに、強くなったな、よくやったぞ的な言葉をソーンに掛ける。いや、もう弟子達には俺の実力はバレてるのだが、これは俺の自己満足なので弟子達に何を思われようと問題は無い。
「強くなったって……俺が……?」
ソーン君は何故かキョトンとした顔で自分の両手と俺を交互に見つめている。いったいどうしたんですかね、予想以上に俺が弱すぎたとでも言いたいんですか? 泣くよ?
まあそんなことはどうでも良い。こうして良い感じの師匠面ムーブも出来たことだし、後はソーンから剣を返してもらうだけだな。
いやー、流石ソーンだ。もう君に教えることは何も無いよ、うん。ソーンこそ俺の剣を受け継ぐに相応しい弟子だと思うんですよ僕ぁ。ということでノックスによって晒されてしまったクソ恥ずかしい剣の流派はソーンが継ぐということで。
「剣を継ぐ、か……」
俺の言葉を聞いたソーンは、何かを決意したような表情で俺を見つめる。うん? なんで俺に近づいてくるんです?
「俺だけじゃ荷が重いかもしれねえけどよ。師匠の剣、確かに継がせてもらうぜ」
俺の前に立つソーンが力強くそう言い切った。よし、決まり! 俺はソーンから剣を返してもらって田舎に帰らせてもらいますね!
「師匠から受け継いだこの剣と一緒に、俺が、俺達が師匠の剣理を繋いでいく」
……ん? 何か雲行きが怪しいぞ? ソーンが俺の剣を顔の前に掲げている。いや、確かに恥ずかしい流派名は受け継いでもらったけどその剣まで上げたつもりは無かったんですけどぉ!? だが、今更それを言い出せるような空気感では無い。少し離れたところで観戦しているアルシェ達の方をこっそりと盗み見ると、皆してとても真剣な表情でこちらを見ていらっしゃる。いや、真剣なんだけどどこか不機嫌そうじゃない? なんで?
ともあれ、ここでその剣返してくださいなんて言い出せるほど流石に空気が読めない俺ではない。幸い、ノックス印の超高級品であろう剣を貰えると分かったソーンが嬉しそうなので、俺へのヘイトをソーンに向けることでこの場を切り抜けることにする。
そうだ、ソーンはその剣を継ぐに相応しい。他の弟子も同じくらいに強いんだよ? でも俺はソーンのお古の剣を押し付けられちゃったからなー! かー! 惜しかったよなー!
他の弟子にも渡せるものがあったら渡したんだけどなー! などと言ってあくまでもソーンに渡したのは偶然なんですよ感を装う。あの上等な剣が欲しかったら後は弟子達で仁義なきバトルロイヤルをして奪い合ってくださいね、というわけだ。
俺の狙い通りというべきか、他の弟子達の視線がソーンへと向く。よーし、今なら俺がクソ雑魚なことはあまり追及されなずにこっそりと逃げられそうだ。なんて思っていると、その観客の中にフィリがいないことに気付いた。あれ、さっきまでギャラリーの一員だったはずだが、あのエルフ娘どこに行ったん?
そう思いながら、俺は後ろで賑やかにチャンバラしている弟子達を尻目に城門まで逃げていたところ、なんとそこでフィリとばったり出くわした。奇遇ですねぇ!
「あ、どうしてここに……?」
俺の顔を見たフィリがギクリとした表情でそう聞いてくる。今から逃げようと思ってました、なんて言うわけにはいかない。というか君こそ何してるんですかね。
「……私は只人とは違うもの、あなたや弟子達との時間を邪魔するわけにはいかないでしょ。あなたが目を覚ましたのも見届けた。あの島に帰るつもりも無いし、せっかくなら旅をしようと思ったの」
そう言ってフィリは空を見上げる。……一緒に旅しようって誘ったじゃん! そっちも満更でも無い反応してたじゃん! いや、悪堕ちエルフ仮面状態だったから正気だったかどうかは怪しいところだけども。でもクーリングオフ期間は過ぎている。もうフィリの旅にはクソ雑魚冒険者がセット販売されることが俺の中では決まってしまっているのだ。それを伝えたところ、フィリが驚いたように目を見開いている。
「本気で言ってるの? 私はあなたを弱くしたのよ?」
やだ、クソ雑魚バレしたからってそこまで嫌がらなくても良いじゃない。元から強くも無いんだから少し寝込んでたくらいじゃ変わらないって。……自分で言ってて悲しくなるな、これ。
「……私はあなたよりもずっと長く生きる。姿が変わらない私を、あなたは疎ましく思うわ」
えぇ……、ずっと可愛いままでいるエルフ娘を嫌う男なんていないと思うんですけど。いや、確かに俺はクソ雑魚冒険者である。唯一の取り柄であったノックス印の強い剣もなんやかんやでソーンにあげることになってしまった。自分で言っていてなんだがとんだ不良債権だな。これは遠回しに足手まといはいらないと言われても仕方ないかもしれない。でも諦めません、同行を勝ち取るまでは。
「それでも、一緒に行くって言ってくれるの?」
おや、風向きが変わったぞ? フィリが何やら不安そうな表情でこちらを窺っているが、俺としてはエルフ娘との旅だなんて土下座してでもついて行く所存である。安心して欲しい、ノックスの強い剣が無くてもリスの魔物くらいなら倒せるだろうから道中のお小遣い稼ぎくらいは出来ます。
「……もう、気を遣っていた私が馬鹿みたいじゃない。後でやっぱり無しって言ってももう遅いからね?」
そう言うと、フィリが俺の腕を取る。おや、クソ雑魚バレしたけど好感度がやけに高いな? やっぱり目の前で腹に穴開けた分だけ頑張った補正が掛かってるんじゃないだろうか。このままフィリと一緒に旅立ちENDで良いですね、これは。そう思っていると、急に腰にずしりとした重みが掛かり、一歩も動けなくなる。
「師匠、どこに行くつもり?」
「私達を置いてまで」
「今度は私だけでなくアルシェ達も一緒ですよ」
「ニオイで追跡も出来る」
その言葉と共に胡乱な目で俺を見上げているアルシェ、ノルン、シャーレイ、コルンの四人娘。げぇっ、いつの間に!? と言う隙も無く、フィリが掴んでいるのと反対側の腕がシャーレイとコルンに捕まえられる。これで腰はアルシェとノルン、上半身はフィリとシャーレイ、コルンに固められるクソ雑魚冒険者の完成である。あれ、このままじゃ俺の四肢が文字通り山分けにされてしまうのでは?
「二人旅なんて贅沢」
「もう置いて行くなんて許さない」
徐々に腰をホールドする力が強くなってますよアルシェさん、ノルンさんや。落ち着け、ここで俺をサバ折りにしようとしないで!
「ご安心ください、師匠。ソーンに与えた剣に代わり、次は私が最高の剣をお贈りしますので!」
なのでそれまでは何卒ここに滞在を! などと宣うシャーレイ。どうして旅に出るより命の危機がある場所に滞在せねばならんのですか!?
「旅に出るなら、クローネの爺ちゃんのところに顔を出しに行こ。爺ちゃんも待ってる」
えぇ……、あの爺さんには夢でボコられた嫌な思い出があるから個人的にはあんまり顔を合わせたくない。だって今度は現実でも襲い掛かって来そうだし、あの爺さん。
「それで、また私に挨拶も無しに出て行くつもりだったか?」
更にそう言いながら満面の笑みを浮かべて歩いてくるのはユーリ。やだ、笑顔なのにすっごく怖いわ。
「フフッ、あなたと一緒に旅をしてたら退屈しなさそう。……そうね、一緒に旅をするなら、いつでも思い返せるように記録をつけておかなくちゃ」
そんな俺を見て何故かフィリは笑いながら、懐から取り出した本に何やら書き込んでいる。やめて、俺の醜態を記録に残そうとしないで!?
「師匠はまだ目を覚ましていません。いや、今息をしていることが奇跡なんです。とにかくリミィの治癒魔法を信じて待ちましょう」
ノックスの言葉に、部屋の中には沈鬱な空気が立ち込める。彼を囲む弟子達から少し離れたところで、私はそんな資格も無いのにベッドで眠る彼を見つめていた。
私が攫われ、操られたのを救ってくれた彼は、今は彼の弟子達に囲まれながら眠っている。癒しの魔法が使えるリミィによってお腹に開いた穴を塞いだものの、あまりにも血を流し過ぎた。残った魔物の処理もそこそこに、すぐに城まで運び込まれた彼は、それから半月経っても目を覚ますことは無かった。
「気にするなって言われても無理かもしれねえけど、気にするなよ。親父がこうなったのはあんたのせいじゃない」
ロクシスと名乗った大柄の男は、そう言って私の肩に手を置いたかと思うと、彼の傍を離れようとしない双子を肩に担ぎあげる。
「離せ、ロクシス!」
「師匠の傍から離れたくない!」
「もう四日は寝てねえだろ。二人が倒れちまったらそれこそ親父が心配しちまう」
ロクシスに担ぎ上げられた二人は、騒ぎはするもののそれ以上の抵抗はしないまま、部屋を出て行った。言い争う声が徐々に遠ざかっていき、部屋の中がいっそう静かになった。
「僕達も少し休みましょう。魔物の残党だってまだ残っている。僕達が呼び出される可能性だってある」
「ノックス、今私達が師匠の傍を離れる訳には……!」
「師匠が守った国を、弟子である俺達が蔑ろには出来ません」
「ローエン……分かりました。休むことにします」
まだ何かを言いたげにしていたシャーレイだけれど、言葉を飲み込むように口を閉じた彼女は、二人と連れ立って部屋を出て行ってしまった。
それを見送った私は、急に人が減ってしまった彼のもとへと歩を進める。彼の傍に近づくのは、治療にあたるリミィを除けば彼の弟子達が最優先だった。
「……ぐる」
「大丈夫よ、操られたりはしてないから」
唯一、彼の傍にピタリとくっ付いて離れていなかった犬人族の娘、コルンが私を見て小さく唸る。最初は怯んだけれど、今はもう慣れてしまったそれを受け流して、私はベッドに投げ出された彼の手を取る。硬く、剣の柄模様が写ったと錯覚するようなゴツゴツとした手。瞬きの間にも満たない、一緒に過ごした短い時間の中で、時に私の頭を優しく撫でてくれた大きな手が、今は小さく感じた。
「……本当に眠っているみたい」
顔をじっと覗き込めば、今にも目を覚ますのではないかと思えるくらいに穏やかな表情をしている。だからこそ、この穏やかな眠りが二度と目を覚まさないものへと変わってのではないかと生じた不安を、彼の胸が呼吸で上下しているのを見て自身を安心させた。
「フィリオリーネは、師匠の新しい弟子?」
隣で私をじっと見上げているコルンがそう問いかける。ここに彼が運び込まれてから彼の他の弟子からも聞かれた気がする。私はその問いにはいつも首を横に振って答えていた。
「違うわ。彼の弟子なんて呼べるようなものじゃなかった。少し稽古を付けてもらったくらい」
「……そう。でも私達と同じくらい、師匠のことが大事なんだ」
「ええ、大事よ。私にとってはかけがえのない人。でも安心して、あなた達から彼を取ろうなんて思ってないから」
私の言葉が意外だったのか、コルンの耳がピクリと動いて私の方を向く。私が今こうしてここにいるのは、彼が目を覚ますのを見届けるためだ。それが叶えば、私は……。
もう一度だけ、彼の手を少し力を籠めて握ると私はベッドの傍を離れ、部屋を出る。
「只人と私達は流れる時間が違う。本当なら交わるはずが無かったんだもの」
それからまた半月、方々に出ていた彼の弟子達が集まったという図ったようなタイミングで、彼は目を覚ました。弟子達だけじゃない、ライネルの妹だというユーリという女性まで来ていた中での彼の目覚めは、当然のことながら大騒ぎになった。
「師匠、私達が分かりますか?」
「……どうやら不甲斐ない姿を見せたようだな、ライネル」
彼の顔をじっと覗き込んでいるライネルをじっと見つめていた彼は、そう言うと身体を起こそうと身動ぎをする。一か月も眠っていた人間にそんなことをさせまいと大柄なロクシスとローエンが両側から身体を支えながら彼を抱き起すと、彼は部屋中を見回した。
「随分と大所帯だ」
「記憶はハッキリしてるみたいだな、良かったぜオヤジ」
「一か月も目を覚まさなかったので、俺もノックス様も最悪を覚悟していました」
「一か月、随分と寝過ごした」
「リミィの治癒魔法もありましたが、血を大量に失っていましたから。城に運び込まれてから一か月、治療に専念してくれたリミィには感謝の言葉もありません」
ノックスの説明を受けながら、右手を握ったり開いたりしていた彼は、また視線を上げると誰かを探すように部屋を見回す。
「リミィは今日も師匠にギリギリまで魔法を使ってくれたから休んでいます。ソーンが付き添ってくれていますよ」
彼の内心を察したようにノックスがそう言えば、彼は納得したように頷いた。それからは、目を覚ました彼に弟子達が次々と群がっては何やら言い募って騒いでいる。私はそれを少し離れたところから眺めていた。その輪の中に私の居場所は無い。
「……師匠も起きたばかりですし、皆さん一旦外に出ましょう」
ライネルの言葉に促され、私達は師匠を残して部屋から出て行く。弟子達の顔は皆、喜びに満ちていた。それは彼がどれだけ慕われているのかを私にまざまざと見せつける。
「師匠が目を覚ましたって!?」
廊下の向こうから走ってきたソーンが、私を見つけるなりそう言ってくる。だから私は微笑んで頷いた。
「ええ、目を覚ましたばかりだから、皆部屋を出たところ」
「あっ、そうか……。確かに目を覚ましたばかりだもんな……」
「ソーン一人くらいなら、大丈夫だと思うわよ?」
「そうか? ……いや、でも」
「少し覗いてみて、眠っていたらそっとしておけば良いじゃない」
私がそう促せば、ソーンはそれでも躊躇いがちながら、彼の部屋へと向かっていった。やっぱり、彼を慕う人は多くいる。二人で過ごしている時も、彼は自分の弟子達の話を楽しそうにしていた。彼が弟子を想うのと同じくらい、弟子も彼のことを想っている。
「そんなあなたと、縁を繋げたことは私の宝物なのかもね」
彼も、弟子達も皆が死んでしまっても、私は生き続ける。長耳族にとっては瞬きをするような僅かな時間、そこで出会った只人は、あまりにも鮮烈だった。
「あの霧の島から出たいと思っていたけれど、あの島に帰って二度と外に出ない方が良いのかも、なんて」
生きる時間が違うというのは、それだけ残酷だ。
それからほんの数日、彼が目覚めるまでと決めていたはずなのに、私はもう少し彼が回復するまではとズルズルと出立の日を引き延ばしてしまっていた。その間に彼は驚異的な回復を見せ、もう立ち上がって歩き回るようになったかと思うと、今は彼の弟子であるソーンと木剣を手に向かい合っていた。
「いくぜ、師匠……!」
一足で詰めるには遠い間合いで向かい合った二人。手の中で剣の重さを確かめるように何度か持ち替えていた彼は、病み上がりとは思えない淀みない動きで剣をピタリと構えた。木剣であっても、それなりの重さはあるというのに、一切のブレが無い構え。それを受けたソーンの顔が強張るのが分かった。
「どうした、緊張でもしたか」
「っ!」
彼がそう声を掛けたと思うと、ソーンが地面を蹴って跳んだ。一足には遠いと思っていた間合いは、彼らにとってはそれでも近すぎたらしい。目で追うのがやっとの速さで振り下ろされたソーンの剣は、けれどあっさりと彼に受け止められていた。
「これくらいは当然防ぐよな、師匠!」
それは予想の内だとソーンは飛び退くと、すぐさま連撃で追い詰める。時には手足も交え、縦横無尽に跳ねるソーンを、彼は一歩も動くことなく捌いていく。
「あれが病み上がりの人間の動きかよ……」
隣でロクシスがそう呟くのが聞こえた。見ている人間全員の内心を代弁しているその言葉を、否定する者はいない。彼の周りの地面は、ソーンが地を蹴り、剣を振るう度に削れていく。しかしソーンの攻撃を全て弾き落とす彼の剣が届く範囲だけは、嵐のようなその剣戟が凪いでいる。
「ったく、こんだけやって息も切らさねえかよ」
息もつかせぬ攻撃の嵐、それを捌き切った彼も、ソーンもそれが準備運動だと言わんばかりに息も切らしていない。人間の域を踏み外した攻防は、ソーンがもう一度距離を取って小休止を挟んだ。
「あれが魔力を持たない人間なんだから。銀糸の勇者、というのもお笑い草だな」
「あれを同じ人間に分類するのはそろそろ怪しいと思いますよ、ライネル」
ライネルとシャーレイが乾いた笑いを漏らしながらそう話しているけれど、横で聞いている他の弟子達が全員頷いていたから、シャーレイの言葉もまたこの場にいる人間の総意だったんだと思う。
「一歩も動いてないからな。次は全て籠めて、来い」
「くくっ……、相変わらずだな、師匠は! なら俺の全力を見せてやる!」
そう言ってソーンが低く構えた後、今度こそ私の視界からその姿が消えた。私の目ではとてもじゃないけれど追い切れない速度になったのだ。気が付けば、離れたところで二人を見守っていた私達の足下に半ばからへし折れた木剣が転がっていた。それを成したのは、彼じゃない。
「師匠が……」
「負けた……?」
その事実を口にしたのはアルシェとノルン。
「……手を抜いた、訳じゃねえよな?」
「当然だ」
「そうじゃねえなら、どうしてこんなにあっさりと俺が勝てるんだよ」
勝ったのはソーンだ。けれど、勝った張本人はそれに納得していない。負けた側が笑っているのに、勝った側が悲壮な表情をしている。
「お前が強くなったからだ」
「強くなったって……俺が……?」
「俺の剣は、お前が継いだ。後は任せる、嘘にはしないんだろう」
魔樹の化身との戦いの最後、彼がソーンに掛けた言葉。それはその全てを彼が弟子に託したという意味。でも、彼が視線を自分の手に落としたのを私は見逃さなかった。さっきの決着の一撃、万全の彼だったら本当にソーンに負けていただろうか。自分の手を見下ろして、惜しむように目を細めた彼は、自分が以前までの自分では無いと悟ってしまったんじゃないか。
「剣を継ぐ、か……。俺だけじゃ荷が重いかもしれねえけどよ。師匠の剣、確かに継がせてもらうぜ」
彼の様子に気付いたのは私だけみたいだ。それほど、ソーンも含めて他の弟子達にとって彼が弟子に負けたという事実は衝撃的だったみたい。
「師匠から受け継いだこの剣と一緒に、俺が、俺達が師匠の剣理を繋いでいく」
「……俺もお前から、お前達から繋いでもらった。今の俺には、剣の他に渡せるものは生憎と無いが」
それ以上、私はこの場にいるべきじゃないと思った。私は他の人達に気付かれないように、そっと足音を殺してその場を離れる。彼が目を覚まして、こうして動けるようになるところまで見届けた。もう十分だ。これ以上居ると、また決心が鈍ってしまう。
誰にも止められないまま、私は城の門まで辿り着くことが出来た。旅支度はずっとしていたから、今身に付けているものだけでもう旅に出ることが出来る。後は町で少しばかり食料なんかを買い足すだけ。
「どこに行こうかしら。これまで見られなかったものをいっぱい見ないと……」
誰もいないけれど、自分に言い聞かせるようにあえて明るい口調でそう言った。せっかくの旅立ちの日なのだから、湿っぽいのは嫌だ。
「ずっと島暮らしだったから、山を登ってみるのも良いわね。これだけ大きな街が他にもあるのかしら」
旅に出たら、自分が何を見たのかを記録に残そう。これからずっと先、孤独を感じたときにそれを読み返して慰めを得られるように。過去の私が、未来の私の隣に立てるように。
「きっと楽しい旅になるわ、きっと……」
気が付けば、足が止まっていた。楽しい旅、そう私に言ってくれた人を置いて行く。それは私にとっても、彼にとっても幸せなことのはずだ。元々交わることの無い運命だったのだから。それでも、視界が少し滲んでしまうのを止められそうになかった。そんな私の背後から、誰かが走って来るような足音が迫る。振り向けば、私が置いてきた人がそこにいた。
「あ、どうしてここに……?」
「フィリこそ、どうしてここにいる。どこへ行く」
私の質問に答えないで、彼はそう言って私の方へと歩を進める。
「……私は只人とは違うもの、あなたや弟子達との時間を邪魔するわけにはいかないでしょ。あなたが目を覚ましたのも見届けた。あの島に帰るつもりも無いし、せっかくなら旅をしようと思ったの」
「一人でか。一緒に旅をする、そう約束した」
ああ、やっぱりあなたは優しいからそう言うのね。あんな死にそうな目に遭っても、それでも私のせいじゃないと。だけど、その優しさに甘えてしまう程、私は孤独な未来に怯えてしまう。最初から繋がりなんて求めない方がマシだと思うくらいに。
「本気で言ってるの? 私はあなたを弱くしたのよ?」
「少しばかり寝込んでいたが、そう変わるもんじゃない」
嘘つき。あなたは衰えを感じた。折れた剣で魔樹の化身にトドメを刺せてしまうくらいの神域の剣には二度と至れないと知ってしまったのでしょう。
「……私はあなたよりもずっと長く生きる。姿が変わらない私を、あなたは疎ましく思うわ」
そしてあなたと会えた幸運を、一人になった後日談で不幸だと呪うようなことはしたくない。ここで別れることが出来れば、あなたとの思い出は黄金のように煌めくままでいられるのに。それでも。
「それでも、一緒に行くって言ってくれるの?」
「変わるものもあれば変わらないものもある。それが外見だからといって、嫌う人間はいない。少なくとも俺は」
あなたはそう言って私に手を伸ばしてくれた。
「……もう、気を遣っていた私が馬鹿みたいじゃない。後でやっぱり無しって言ってももう遅いからね?」
あなたが私の名前を呼んでくれるから、もう離れられない。私の旅の記録は、あなたとの旅を綴るものになる。それはきっと、遠い未来でもずっと私の心を照らす灯になってくれる。気が付けば伸ばされた手を取っていた。そのまま私の身体でその腕を抱え込む。あなたと行くなら、どんな旅路でも怖くない。
そう思っていると、また何人かの足音を私の耳が捉えた。多分、その足音の主は私も彼も予想が容易い。
「師匠、どこに行くつもり?」
「私達を置いてまで」
「今度は私だけでなくアルシェ達も一緒ですよ」
「ニオイで追跡も出来る」
その言葉と共に、空いている彼の腕と腰にアルシェとノルン、シャーレイとコルンまでが取り付いていた。
「……重い」
私を含め五人に身体を掴まえられたせいか少し顔を顰めているけれど、彼は私達を振りほどこうとはしなかった。
「二人旅なんて贅沢」
「もう置いて行くなんて許さない」
「ご安心ください、師匠。ソーンに与えた剣に代わり、次は私が最高の剣をお贈りしますので!」
「旅に出るなら、クローネの爺ちゃんのところに顔を出しに行こ。爺ちゃんも待ってる」
「それで、また私に挨拶も無しに出て行くつもりだったか?」
そして後ろから追いついてきたユーリも含め、彼の周りはまた騒がしくなる、けれど、今度は私はその輪から外れようとはしなかった。だって、彼から一緒に旅をしようって言われたんだもの。彼と彼の周りにいる人達も、私はもう関わらないでいられない。
「まだどこに行くかは決めてなかったが……」
「フフッ、あなたと一緒に旅をしてたら退屈しなさそう。……そうね、一緒に旅をするなら、いつでも思い返せるように記録をつけておかなくちゃ」
この記録が完成したら、どんなタイトルを付けるのが良いかしら。
あら、また来たのね。家の仕事のお手伝いは良いの? ……そう、終わらせてきたのね。そこまで必死にならなくても、まだしばらくはこの村にいるつもりなのに。
というか、姉ちゃん姉ちゃんって言ってるけど、私はあなたよりも、あなたのお父さんやお祖父ちゃんよりもずっと年上なんだからね?
信じられない? ……まあ良いわ。今日もまた私の話が聞きたいんでしょ? そうね、何を話すのが良いかしら……。
え、この本? ……ええ、そうよ、これは私が書いている本なの。あなたに話してあげた冒険譚もこの本に書いてあること。これはね、私と私の大好きな人達の旅路を綴った本なの。一緒に旅をしてくれたあの人は、いつもこの本の中にいる。たとえ同じ時を共に過ごせなくとも、この本に刻まれた記録が私と一緒に旅を続けてくれるの。
中を見てみたい? 良いけれど、読めないと思うわよ? ……ね、やっぱり読めなかったでしょう? 多分、前半は読めると思うわ。そこは私が書いたところだし、一部は旅芸人の演目になっていたり、写本だって出回っているくらいだもの。ま、原本は私だけどね!
この本の後半は彼が書き加えたところなの。彼の周りの人や弟子達から聞いた話を記録していたところに、彼が凄い顔をして書き加えたもの。それも彼以外には読めない文字でね。だから彼が書いたところは私も読むことが出来てないのよ。結局、読み方も教えてくれなかったから。
何が書いてあるか気になる? フフッ、そうね。私も気になる。でも、あえて解読しようなんて考えたりしていないの。あの人は言っていたもの、いつか自分と同じようにこれを読める人間がまた生まれるかもしれないって。私はその人に会うまで、これを読めないままでいたいの。その人にこれを渡して代わりに答えを教えてもらう日まで、私は私がこの手で書き記してきたあの人の、私の旅路を伝え続けるの。
っと、ごめんね、前置きが長くなっちゃった。それじゃあ改めて、今日はどんなお話をしましょうか。前回までで、あの人の弟子達は皆登場したかしら?
一番弟子で、あの人の剣の全てを継いだ勇者。東の砦を越え、滅びに瀕したこの国を救った勇者、ソーン。
魔物に蹂躙された村の生き残り。自分達と同じような人を出すまいと、常に弱い者を救い続けた異体同心の双月、アルシェとノルン。
最初にクランを結成してあの人の弟子達を纏め上げ、やがては国の宰相として剣だけじゃ無くその知恵と統率で人々を魔物から守り続けた守護者、そしてそれを傍で支え続けた最優の騎士、ノックスとローエン。
あの人の剣を只人が理解できる形にまで落とし込むことに最初に成功した弟子であり、只人の剣の母、シャーレイ。
誰よりもあの人を父と慕い、自身もまた船乗りの父と呼ばれた冒険者であり、開拓王と呼ばれたロクシス。
自身の血筋とあの人の剣理を結び付け、魔物を退ける人々の希望の光であり続けた銀糸の勇者の末裔。失われた長耳族との交わりを復活させた偉大なる王、ライネル。
同胞を失いながらも諦めず、その耳と鼻であの人を導き続けた犬人族。後の探索で、僅かに生き残った只人以外の種族を再び発見した先導者、コルン。
ノックスが立ち上げたクランは、師匠の旅に同行した後、彼らはそれぞれの旅に出たの。
魔物を信仰する村で騙されて生贄にされそうになりながら、魔物を逆に討伐して村を救ったお話。
人語を解する魔物が都市を支配していたのを、剣だけじゃ無く知恵で見抜いて救ったお話。
海の底に沈んだ大昔の遺跡を見つけ、そこを守る暴走した魔法のカラクリを掻い潜って宝物を手にしたお話。
山を越え、人との交わりを絶って久しい亜人族の集落を発見し、魔樹を生み出す存在を突き止めたお話。
砂漠を渡り、砂の巨人を倒して砂に覆われた国を救ったお話。
そして三度蘇った魔樹、それを只人だけじゃない、これまで紡いできた人々の結束で今度こそ討滅せしめたお話。
その旅はとても今日だけじゃ語り尽くせないくらいに波乱万丈で、命の危険だって数え切れないくらい。さて、今日は誰についての話が聞きたい? ……多くの勇者を導いた師匠の話? ……ええ、もちろん良いわよ!
ソーン達は彼らの旅の途中でどれだけ傷つこうと、絶望的な状況だろうと諦めたりなんかしなかった。だって、彼らの後ろにはいつもあの人がいた。旅に出た彼らと時に合流して衰えない剣を魅せ、たとえ離れていても彼らの助けとなった師匠が。
あの人には魔力なんて無かった。伝説の勇者が持つような剣だって無かった。ただの寒村の、農民の子どもだった。
だけど、誰よりも強い心を持っていた。誰よりもひたむきに剣を振るい続けたその人は、いつしか誰よりも強くなったの。ただの数打ちの剣が、伝説の武器を越える鋭さを持つくらいに。
確かお爺さまも言っていたっけ、只人でも魔物を討つことが出来る剣理を拓いた彼は、最も新しい伝説だって。あの人は私との約束通り、一緒に旅をしてくれたの。私は一人じゃないって教えてくれた。
それじゃあ今日は私と彼が初めて会ったところから話そうかな。最初に彼と会ったのは私が海岸を散歩してた時で……もう聞いた? そうだったかしら。
そんなところよりも彼と弟子の話をもっと聞きたい? それこそ前に話したと思うけれど……。え、自分もいつかはその人みたいに色んな人を導くことが出来るような冒険者になりたい? ……そうね、あなたならきっとなれると思うわ。別に根拠も無く励ましてるわけじゃないわよ。だってあなたは私がこの村に来る理由の一つだもの。一番新しい伝説を塗り替えるのは、もしかしたらあなたかもしれない。
そういえばあの人もあなたと同じくらいの歳に、似たようなことを言っていたらしいわ。こういうの、先祖返りって言うのかしら?
おおよそ書きたいことを書いたので一区切り。
これからは小ネタ、番外編、後日談的なエピソードを初心に帰って一話完結、長くとも二話完結程度のネタとして不定期に投下していくことになると思います。
多分、次は里帰り編。
ついでに活動報告も更新しました。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=333445&uid=311923