後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

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里帰りの前の一幕のようです。


弟子にたかるクズが私です

 さて、フィリとのんびり二人旅プランが早々に崩壊し、何故かアルシェとノルンが里帰りに同行することが俺の与り知らぬところで決定してしまった日のこと。弟子達が俺を逃がさないとばかりに代わる代わる毎日監視しに来るせいで俺は夜逃げも出来ない状況に陥っていたのだった。弟子達に俺の行動パターンが読み切られている、だと!? 

 

「んふふ~、今日は私の番ですからね」

 

 そして今、俺の隣にはご満悦な表情で俺の右腕を捕まえているシャーレイの姿。上機嫌な美少女騎士とデートなんて羨ましい? 確かに俺も当事者じゃなければそう思っていた。捕まえられている右腕の関節が完璧に極められている状況じゃ無ければな! いや、ホントに一切抜け出せる気配が無いんですが。とうとう力任せの突進だけでなく技まで身に付けたのこの娘? 

 

「師匠、今日は私が懇意にしている鍛冶師のもとにお連れしますね! 最高の剣を師匠に贈らせていただきます!」

 

 そう言って俺を見上げてふんすふんすと鼻息を荒くするシャーレイ。その表情は持ち前の美貌もあって可愛らしいことこの上ないのだが、いかんせん俺の腕が一ふんすの度にぎしりと悲鳴を上げている。あの、ちょっと離していただけませんこと? 

 

「ダメです」

 

 俺の決死の願いはたった一言で斬り捨てられてしまった。先ほどまで弾ける笑顔だったシャーレイの表情がすとんと抜け落ちている。怖いよ。

 

「師匠が目を離すと風のようにいなくなってしまうことは骨身に染みているので。絶対に逃がしません」

 

 手を離したら迷子になる子ども扱いされているような言葉だが、口調がもはや罪人に刑を宣告する裁判官なのよ。おかしいな、シャーレイは俺への殺意が他の弟子よりも弱いと思っていたんだが、もしかしたら俺の勘違いだったのかもしれない。でも新しい剣をくれるって言ってるが、GPSでも仕込まれてるんじゃなかろうな。

 

「さ、気を取り直して参りましょう!」

 

 俺が疑心暗鬼に駆られていると、シャーレイはまたニパッと笑みを浮かべて俺の腕を引っ張る。その温度差がコワイよぉ! 

 初めから逆らう気は無かったが、タイミングを見計らってこっそりと町遊びに出掛けようとしていた俺の気持ちまでもが見る見るうちに萎えていく。久しぶりにお世話になったお姉さま方に会いに行きたかったんだが。

 

「……師匠は弟子は放っておくのに彼女らには自分から会いに行こうと言うのですね?」

 

 俺の微かな呟きはシャーレイの鋭すぎる耳に捉えられてしまったらしく、ジトリとした視線が俺に突き刺さる。だって君らは放っておいても何故か俺を目掛けて突っ込んできたし……とは流石に言えない。でもあのお姉さま方はロクシスのお袋さんという女神と同じくらい、俺の心のオアシスだったのだ。……それにちやほやしてくれるし。

 とはいえ、今はさっさと買い物終えてお姉さま方のところに行こうとは言えない。それを言ったが最後、俺の右腕が人体の可動域を越えることになってしまうからだ。まあいい、今じゃ無くともチャンスはある。ソーンには既にリミィというヒロインがいるが、ロクシスあたりなら丸め込んで一緒にお姉さま方のところに行ってくれるかもしれない。だから今しばらくは我慢の時だ、俺。

 ということで、人質となった俺の右腕の為にも、シャーレイを宥めすかしながら歩いていると、前方から談笑しながら歩いてくる剣を帯びた二人組の騎士。

 

「しゃ、シャーレイ隊長!?」

 

「お疲れ様でありまぁす!」

 

 彼らはシャーレイの姿を一目見るなり先ほどまでの和やかな雰囲気はどこへやら、背筋をピンと伸ばしてシャーレイに気合の入った挨拶をする。え、騎士ってそんなに体育会系だったの? 

 

「巡回ご苦労様です。変わったことはありませんか?」

 

 シャーレイの方は彼らの態度を当たり前の顔で受け止めると、キリッとした表情でそう問いかける。だがその両腕は俺の右腕をがっちりホールドしたままだ。……これって俺が今まさにシャーレイに連行されているように思われるのでは? いや、あながち間違いじゃないんだけど。

 

「はっ、本日も特に問題ありません!」

 

「ところで隊長殿、隣のお方は……?」

 

 ハキハキとした声で答えた彼らが興味津々と言わんばかりの表情でシャーレイに問う。そりゃ気になるよね。問われた側はといえば、何故かドヤ顔で胸を張って俺の腕をぐいっと引っ張る。やめて、関節極められた状態でそんなに引っ張られると引っこ抜けちゃうから! 

 

「以前話していた私の剣の師匠だ!」

 

「おお、これが噂の……!」

 

 シャーレイの言葉に、騎士の男達は驚きとも畏怖ともとれるような表情で俺を見る。待て、俺に関するどんな話を彼らに吹き込んだんだこのポンコツエリート女騎士は。

 

「お前達に課した厳しい鍛錬は、私が師から受けた修行を簡易化したものだ」

 

 そう言ってふんすふんすと鼻息を荒くするシャーレイ。それに伴いギシリギシリと嫌な音を立てる俺の右腕。もってくれよ、俺の肘関節ぅ! 

 というか話を聞くにシャーレイは彼らに剣を教えたらしい。それも俺が彼女にやったようなやり方で。……いや、あのデタラメでただのイジメみたいな修行を本職の騎士にさせたんです? 

 

「もちろんです! とはいえ、私には師匠の深遠なる剣の理を完全に紐解くことは出来ませんでした。歯痒いことに、彼らに課した鍛錬は師匠のそれに遠く及びません」

 

 俺が恐る恐る聞けば、ぶっ倒れるまで素振りさせてボコボコに打ち合いするだけの修行とは名ばかりのデタラメ鍛錬をあろうことか本職の騎士に大真面目にさせたのだと、シャーレイは何故か誇らしげに胸を張る。なんてことをしてくれたのでしょう。彼らが俺をどうして複雑な表情で見たのか分かった。「あんな鍛錬とも呼べない馬鹿みたいなことをさせるとは、なんて頭の悪い奴なんだ」ということだったわけだ。ノックスといいシャーレイといい、俺の黒歴史を晒した上に悪評までばらまく徹底ぶり、どうやらソーン達のように肉体的な死を望むだけに飽き足らず、社会的にも俺を殺しにかかってきているらしい。俺の弟子達の精神攻撃が的確過ぎる。

 

「あれでまだ足りないのですね……」

 

「思い出すだけで吐き気が……」

 

 シャーレイの言葉を聞いた騎士さん達が青くなった顔を引き攣らせている。ちょっと待て、どんな拷問を彼らに課したというんだ。絶対に誇張されてるだろ! 

 なるほど、外見だけを見れば文句なしの美少女騎士であるシャーレイがどうして彼氏の一人もいないのかと不思議だったが、謎が解けてしまった。こやつ、同僚の騎士からゴリラ扱いをされておる。見ろ、彼らのシャーレイに対する態度を。同僚の美少女騎士だというのにヤンキーにカツアゲされているがり勉メガネ君のような緊張感だ。シャーレイ、お前、同僚から怖がられてるよ……。

 

「では我々はお邪魔ですね。ここで失礼いたします」

 

 そう言いながら騎士さん達はシャーレイに頭を下げると歩き去っていく。適当な言い訳して逃げたな。そして残された俺は、再びシャーレイに引っ張られて通りを歩き始める。

 

「最近は魔物の活動も沈静化したお陰か、近隣の村だけでなく領地を跨ぐような商流も活発化してきたのです」

 

 へぇ、そう言われて通りを見渡してみれば、道端に商品を広げて道行く人に売り文句を飛ばしている商人の兄ちゃんの姿が多い。ソーンがマネキン野郎を倒したお陰で平和になったらしい。そして少し開けた広場にやって来ると、円形になっている広場の中心で何やら人だかりが出来ている。

 

「人々を喰らう忌まわしい魔物とそれを生みだす伝承から蘇った魔王。今度こそ魔王を討伐し、人々の未来に光を灯す為に私は北を目指す」

 

「ああ、その剣こそ導きの銀! 師より賜ったこの剣理にて、その行く先を切り拓きましょう!」

 

 人だかりの中心から芝居がかった声が聞こえてきた。なんだ、演劇でもやってるのか。周囲の観客達が何やら大盛り上がりしているが、そんなに鉄板の演目なの? 

 

「ああ、あれは最近になって旅芸人たちの間で流行っている劇ですね。もとは行商人達の噂話のようです」

 

 へぇ、やっぱり魔王を倒す勇者っていうストーリーは時代どころか世界が変わっても鉄板なんですねぇ。などと当たり障りのない感想を呟いていると、シャーレイがじっとこっちを見ていた。急にどうしたん? 

 

「いえ、何も。やはり師匠は師匠なのだなぁと」

 

 そう言ってシャーレイは何故か笑う。えぇ……、演劇の良さも分からない田舎者ってことぉ? 確かに演劇には特に興味無いけどさ。その後もどこか機嫌が良さそうに俺の腕を拘束しながら歩くシャーレイに連行されてやってきたのは、扉の外までカンカンと金属を打つ音が聞こえてくる町外れの小屋。

 

「店主殿!」

 

 やはり鍛冶屋というものはこういう町はずれにあるのがテンプレだよな、うんうんなどと思っていると、シャーレイが扉を開けてズカズカと入っていく。そして音の出処であろう店の奥に向けて声を張り上げれば、カンカンという音が止んだ。

 

「なんだ、嬢ちゃんか。隣にいるのはいつぞや話してた男だな?」

 

 そんな言葉と共に店の奥から顔を覗かせたのは煤で顔を真っ黒にしたムキムキのおっさん。この異世界、美少女との出会いは少ないがおっさんやジジイとの出会いに事欠かなさ過ぎやしませんかね? 

 

「そうだ。師匠に剣を贈りたいのだが。私が知る限り最も腕の立つ鍛冶師である店主に力を貸してほしい」

 

「……そこらに転がってるので十分だろうが」

 

 シャーレイの言葉を受け、俺を頭のてっぺんから爪先までじっくりと睨みつけた鍛冶師のおっさんは、呆れたようにため息を吐くとそう言って店の奥に引っ込んでいってしまった。どうやらこの鍛冶師、見る目は確かなようだ。俺のような底辺冒険者には適当な剣で十分だと見抜いておられる。

 

「ちょ、店主!?」

 

 シャーレイは呆気にとられたような顔で俺の腕を拘束することも忘れて店のカウンターに駆け寄っているが、俺としてはこの鍛冶師のおっさんの実力が保証されたことが分かって安心している。このおっさんが鍛えた剣なら数打ちの剣だって十分な切れ味があることだろう。俺はおっさんに言われた通り、カウンターの横に乱雑に置かれている剣を一本手に取る。

 

「師匠!? そのような数打ちの剣を使わずとも……!」

 

 シャーレイはそう言うが、この剣もすごく振りやすくて良い剣よ? 俺程度だったら十分じゃないですかね? なんて言いながら何本か手に取っては物色していると、店の奥に引っ込んでいったはずのおっさんが顔を覗かせていた。盗むかどうか疑われてるんだろうか。そんなつもりは無いことを示すために剣をカウンターに置く。

 

「……手に馴染んだのはそれか」

 

 するとおっさんは何を勘違いしたのか、カウンターに置かれた剣をじっと見るとうんうんと頷いている。いや、確かに振りやすそうだなーとは思ったんだけども。良い剣ですよねと言ってご機嫌を取っておこう。

 

「お前に見合う剣はウチには置いてねえ、悪いな」

 

 そしておっさんの口から出た言葉に俺の心は砕けそうになった。ご機嫌を取ろうとしたのにまさか面と向かって実力不足だなんて言われるとは思わなかった。でも俺としてはせめて一本くらい買わせていただけると助かるんですが。主に襲い掛かる弟子たちから身を守るためにも。

 

「なら持っていけ。お代はいらん」

 

 剣あげるからさっさと出て行けと言われたでござる。泣きそう。これ以上ここにいると心がボロボロになって立っていられなくなりそう。俺はボソボソとお礼を言うと、さっさと店を出ることにした。気難しい鍛冶師なんて異世界ファンタジーのテンプレなわけだが、俺のように主人公じゃないモブに対しては厳しい世界であることが改めて理解できてしまったのだった。

 

 


 

 

「師匠に新しい剣を贈りたい」

 

 事の発端はソーンの放ったその一言でした。ソーンとの立ち合いの後、旅に出ようとした師匠を私達が総出で引き留めた翌日のこと。

 

「確かにそれは良いアイデアです、が」

 

 それに最初に賛同の意を示したのはノックス。師匠に青銀(ミスリル)の剣を贈ったのだから、今回も同じように剣を用意するのかと思ったものの彼の表情は暗い。

 

「あの鍛冶師にもう一度剣を鍛ってもらうことは不可能でしょう」

 

「でしょうなぁ……、あの御仁もまごうことなき職人でした」

 

 ノックスの言葉にローエンも頷いている。聞けば、あの剣はたった一度だけという約束で造られたものらしい。既に剣の材料も無く、同じものを造り上げることは不可能だとのこと。それを聞いた私達は皆揃って黙り込む。

 

「今の親父に見合う剣……」

 

「そんなの無い」

「ソーン兄の剣くらい」

 

 ロクシスと双子の言葉に私達も頷くしかない。ソーンに負けたと師匠は言うが、あの大怪我から目を覚ましてたったの数日で剣を振るまでに回復しているのだ。恐らく今戦えば、師匠はソーンにあっさりと勝ってしまうのではないだろうか。

 

「とはいえ、それで俺のボロボロの剣を持たせたままだってのもダメだろ」

 

 それはソーンの言う通りだ。師匠は大事そうにソーンが使っていた剣を身に付けているが、これからまた旅に出るのならきちんとしたものも持ってもらいたい。そしてそういうことであれば、この王都は私にとって好都合だった。

 

「では私が懇意にしている鍛冶師のもとに案内しましょう。私や上級の騎士達の剣を手掛ける王都最高峰の腕です」

 

「それを口実に師匠と街歩き?」

 

「……鋭いですねコルン」

 

 師匠に剣を贈る。それはつまり、師匠をその鍛冶師のもとまで案内するということ。その過程で王都を散策するのも致し方ないことなのです。ええ。そうでしょうとも! 

 私がそう言えば、アルシェとノルン、コルンがゆらりと立ち上がった。

 

「それはシャーレイから鍛冶師の場所を聞き出して私達が案内しても良い、ということ」

 

「師匠と街歩きなんて羨ましいことを許すわけがない」

 

「久しぶりに師匠と散歩に行きたい」

 

「師匠との最初の旅はアルシェとノルンでしたからね、ここは譲りませんよ」

 

 そう言って私達は剣を手に取って部屋を出て行く。後ろでソーン達が生暖かい目で私達を見ているような気がしますが、今は気にしていられません。何故なら乙女としてここを譲るわけにはいかないからです! 

 

 

「んふふ~、今日は私の番ですからね」

 

 そして私は見事に勝ち取ったのです、勝利を! 隣を歩く師匠の腕を取り、私は上機嫌に鼻歌を歌う。勝因は街歩きに参加できるのは一人と限定したことでしょうか。それでアルシェとノルンの連携を崩すことが出来て僥倖でした。

 

「師匠、今日は私が懇意にしている鍛冶師のもとにお連れしますね! 最高の剣を師匠に贈らせていただきます!」

 

 そう言って師匠を見上げれば、師匠は私が捕まえている腕を反対の手でちょいちょいと指差す。

 

「歩きにくい。少し離れ」

「ダメです」

 

 思わず師匠の言葉を遮っていた。

 

「師匠が目を離すと風のようにいなくなってしまうことは骨身に染みているので。絶対に逃がしません」

 

 それこそ最初に出会った時のように、師匠は目を離すと次の瞬間には姿を消していることがあるのだから。もう魔王という脅威も去った今、師匠が私達を置いて行ってしまわなければいけない使命は無いと私は思うのです。なのでこの腕を離すことはありませんと懇切丁寧に説明すれば、師匠は何故か目を少し泳がせながら頷いてくれた。どうやら納得してくれたようですね。

 その後、巡回中の部下達に出会う一幕もありつつ散策を続ける。部下達からの生暖かい視線の意味は理解しているが、数少ない機会を羞恥心から逃すわけにはいかないのだ。

 

「人々を喰らう忌まわしい魔物とそれを生みだす伝承から蘇った魔王。今度こそ魔王を討伐し、人々の未来に光を灯す為に私は北を目指す」

 

「ああ、その剣こそ導きの銀! 師より賜ったこの剣理にて、その行く先を切り拓きましょう!」

 

 そして広場に差し掛かると、人だかりの中心から朗々と通る声が響く。その台詞は私もよく知る演目のものだ。横を見れば、師匠も足を止めて声の出所へ視線を向けていた。

 

「ああ、あれは最近になって旅芸人たちの間で流行っている劇ですね。もとは行商人達の噂話のようです」

 

 正確には行商人の噂話と私達弟子からの証言を繋ぎ合わせ、大衆受けするように詩人達が創意を加えた演目なのだが、それは説明せずとも師匠も理解しているだろう。

 

「勇者の物語か。いつの時代も憧れるものだな」

 

 そう思っていると、師匠は他人事のように呟いていた。……まさか師匠は題材がご自身だと理解されていない? そんなバカなと師匠を見上げる。

 

「なんだ、俺の顔に何か付いているか?」

 

 そう言った師匠の顔は、自身が語り継がれるような存在なのだとは思いもしていなさそうな様子。出会った頃から功名心という言葉とはかけ離れたところにいる人だと思っていたけれど。

 

「いえ、何も。やはり師匠は師匠なのだなぁと」

 

 つまり師匠は今も昔も変わらず師匠なのだと、私は嬉しくなってつい笑ってしまった。どのような偉業を成そうと、彼は驕るどころか何も語ることすらない。ただ私達にその背中を見せ、その在り方で英雄とは何たるかを示し続けるのだ。

 だからこそ、師匠には今贈ることの出来る最上級の剣をお渡しせねばなるまい。

 

 決意を新たに歩みを進めた先は、街から外れた位置にある鍛冶師の住む仕事場兼住居となっている小屋。

 

「店主殿!」

 

 そう声を張り上げれば、店の奥から響いていた金槌の音は止み、しばらくして小屋の奥から熱気を纏った職人が姿を現した。

 

「なんだ、嬢ちゃんか。隣にいるのはいつぞや話してた男だな?」

 

 彼こそが私を始め、多くの騎士達の剣を鍛えた王都最高峰の鍛冶師。今の師匠に相応しい剣を造ることが出来るとすれば、彼を置いて他にはいないと断言できる。

 

「そうだ。師匠に剣を贈りたいのだが。私が知る限り最も腕の立つ鍛冶師である店主に力を貸してほしい」

 

 私がそう言えば、店主殿は師匠を観察するように上から下まで視線を這わせる。ともすれば不躾に取られかねないその仕草を、師匠は平然とした顔で受けていた。そして店主殿の目が師匠の手に留まり、僅かな時間の後でため息が彼から漏れる。

 

「……そこらに転がってるので十分だろうが」

 

「ちょ、店主!?」

 

 私の思い描いていた展開と全く違うのですが!? 店主殿の目は確か。だから師匠の実力を過たず見抜き、店主殿の力作を師匠に贈ることが出来ると……。

 なんとか店主殿を呼び戻そうとカウンターに駆け寄るが、店主殿はとっくに店の奥、作業場に姿を消してしまっていた。

 

「なるほど、良い剣だ」

 

 一方の師匠はと言うと、それに気分を害した様子もなく、いくつか置かれている数打ちの剣を手に取っては重さを確かめるように手の中で何度か握り変えていた。

 

「師匠!? そのような数打ちの剣を使わずとも……!」

 

 私がそう言って師匠から剣を取り上げようとすれば、師匠に目で制される。

 

「確かな腕を持った人間が並べているんだ。良い剣に決まってる」

 

 そう言って師匠は何本か握ったうちの一本をカウンターに置く。

 

「……手に馴染んだのはそれか」

 

 いつの間に出てきていたのか、店主殿が奥から顔を出してこちらを窺っていた。てっきり店主殿は師匠を見て早々に興味を失くしてしまったのだと思っていたのだが、それはどうやら私の勘違いだったらしい。

 

「数打ちなんて言うと失礼だな」

 

「お前に見合う剣はウチには置いてねえ、悪いな」

 

 店主殿は一目で間違いなく師匠の実力を見抜いていた。しかし、店主殿でさえ師匠が振るうに相応しい剣を造ることが出来ないと思ってしまったのだ。

 

「見合うかどうかなんて考えたこともない。一本用立ててもらえるか?」

 

「なら持っていけ。お代はいらん」

 

 師匠の言葉に、店主殿は諦めたように言う。師匠は一度頷くと、カウンターに置いた剣を手にとって店を出ていってしまった。

 

「……とんでもない男に師事したもんだな、嬢ちゃんは」

 

「そこまで仰るほどですか……」

 

 師匠の姿が消えてから、店主殿は緊張が抜けたように大きく息を吐いた。

 

「何を振るおうがあの男が持つなら名剣だ。だからこそ、あの男が剣そのものを求めるような状況に耐えられる剣なんざ、俺には造れん」

 

 見合うものを造れと言われれば、金槌を捨てることになる。

 

 店主殿はそう言った。鍛冶を生業とするものが両手をあげて降参したに等しい宣言だ。

 

「同じ剣士なら憧れるだろうが、鍛冶屋にとっちゃ恐怖だな。刃を潰してようがお構い無く切るんだろうからな。鍛冶屋の商売上がったりだ」

 

 それを聞き、そういえばアルシェとノルンが話していたことを思い出す。ただの木の枝で薪を真っ二つに断ってしまったと。

 

「店主殿、師匠は本当にあの剣で旅に出てしまうと思うのですが、大丈夫でしょうか?」

 

 カウンターの横に積まれていた中から師匠が手に馴染むと選んだ剣。もちろん良い剣には違いないが、どうせならもっと良いものをと思ってしまう。私の懸念を聞いた店主殿は、憮然とした表情で鼻を鳴らした。

 

「心配いらねぇよ。並べてた中で一番良い剣だ。改めて鍛えるまでも無え」

 





2025年滑り込み最終投稿です。今年は書籍1巻が出たり色々ありました。
2026年も引き続きお楽しみいただければ幸いです。
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