後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

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これが酔った勢いというものだ

 うーむ、真っ暗過ぎて何も見えない。何なら自分の手すら見えない為、文字通り手探りで自分の身体がどうなっているかを確認する。腰にあるはずの剣が無かった。絶体絶命です。

 魔物も魔法もあるんだし、狐か狸に化かされたのかと思ったが、それにしてはアルシェ達の気配も無い。となるとこの状況に陥った原因として考えられるものは一つだ。

 

「え、酔っぱらい過ぎて追い出された?」

 

 バカな、酒は飲んでも飲まれるなをモットーにしていた俺がそんな醜態を晒すなど……。いや、そういえばロクシスに修行つけてたときに記憶失くしたことあったな、しかもそれを機にロクシスからオヤジ呼ばわりされる始末。どうやら酒癖が悪い可能性がここに来て濃厚になってきたようだ。どうしよう。

 

「俺はともかくアルシェ達まで追い出されたりしてないだろうな」

 

 そうなっていたら流石に申し訳なさ過ぎる。というか俺が原因で雨の中追い出されたなんてことになったら今度こそ怒れる白黒姉妹に殺されてしまうのでは? 接待明けの二日酔いの介抱まではギリギリ許されたかもしれない、だが雨に降られる中、ようやく休めるかと思ったら俺のせいで宿無しにされたとなるとその怒りの程は想像に難くない。まあ雨は凌げる洞窟っぽいところに放り込んでくれたということを考えると、あのおっちゃんは質の悪い酔っ払い相手でも優しさを見せる聖人と予想出来る。つまりアルシェ達は何事も無く休めている可能性もあるのだ。翌日になったら酔っ払いが一人追い出されていたことを知るだけ。

 双子+フィリに八つ裂きにされる最悪の未来から考えを逸らす為にあれこれと自分に言い聞かせる。というより雨を凌げるのは助かるが、ここから出られないというのも困る。せめて明かりくらいは置いて行って欲しかった、いや追い出された身で何を生意気なことを言ってるんだと自分でも思うけども! 

 

「とりあえず先に進まないことには仕方ないか」

 

 このままここで寝ていても、日が昇ったかどうかも判断できない。少しでも外に近づいておかなければ。

 視界がまったくもって機能していないため、周囲を手で探りながら壁伝いに立ち上がる。頭上に手を伸ばしても天井に届く気配が無いため、それなりに広い洞窟らしい。

 

「あとは出口がどこなんだという話なわけだが……」

 

 風が流れたりしないかと思うが、特に空気の流れを感じることも出来ない。そうなると洞窟の奥に間違って進んでしまう可能性もあるので安易に動くことが出来ない。やはり明かりは必要だろう。火を熾す道具はある。旅の必需品として懐に仕込んでいる。

 

「問題は燃やせるものが無いことだ」

 

 普段なら乾いた枝なんかを拾って来て焚火をするのだが、こんな洞窟の中に都合よく木が生えているわけも無い。せっかく立ち上がったは良いものの、意気消沈して地面に座り込む。棒か何かがあればそこに外套の切れ端でも巻き付けて即席の松明なんかにもしてやろうと思ったのになー、などと思いながら地面に寝転がって当てどなく手を彷徨わせていると、指先が何か硬いものに触れる。

 

「ん?」

 

 なんだと思いながらそれを引き寄せてみると、表面はつるりとしている短い棒のようなもの。やだ、豪運過ぎるわ。これ幸いと外套の端を力づくで破り、暗闇の中で四苦八苦しつつも即席の松明を拵える。これで明かりが確保できればこっちのものよ! 

 真っ暗闇の中に灯った即席松明の明かりが洞窟の壁をぼんやりと照らす。その温度と目が覚めてから久しぶりの光に身も心も温まった後、そういえばと手元の棒に視線を向ける。地面に転がっていたそれは、木の枝にしては表面がつるりとしている。

 

「というか骨では?」

 

 俺が暗闇の中で手に取ったのはどうやら何かの動物の骨らしい。ほう、ということはこの洞窟は何らかの野生動物の巣である可能性があるわけだ。

 

「……いやだいぶマズいなこの状況」

 

 今の俺は丸腰である。手元には無いよりはマシだが頼りない即席松明一本のみ。雨除けの外套がその用を為さなくなるまで引き裂いたとして、後何時間もつかどうかといったところ。

 

「雨に濡れるのは我慢するからもう少し入り口近くに置いて行ってくれなかったかな、あのおじさん」

 

 とはいえ、洞窟の奥まで俺を置いて行けるということは実はもう既にこの洞窟の主だった動物はいないということも考えられる。というかそう考えないと怖くて動けない。どうすんだよ、暗闇の奥から超強い魔物とか出てきたら。流石に山奥の村近くの洞窟でそんな魔物はいないか。などと自分に言い聞かせながら、よっこいせと立ち上がる。流石にこのままじっとしている訳にもいかないので、そろそろ出口を探して彷徨うことにしたのである。幸い、道が分岐している訳でも無く、前か後ろ、どちらかにすすむだけの一本道のようなので、ここは俺の勘を信じて進むしかあるまい。

 

「出来れば目印みたいなのがあれば良いよなぁ……」

 

 誰に聞かれるでもない独り言を呟きながら、俺は洞窟の壁伝いに歩き始めた。

 

「……出口が見えない」

 

 洞窟の出口を目指して歩き始めて体感数十分、既に心が折れそうになっています。道は相変わらず一本道なものの、明かりが頼りない足下では何かが足にぶつかる頻度が高くなってきた。何かと濁したがどう考えても動物の骨なんだよ、どう考えても最初の二択を外したよ。これ以上先に進んだとしても出口に辿り着く可能性は殆ど無いだろう、後は引き返せば出口に辿り着けるだろうと思うと逆に気が楽になってきたので休憩がてら腰を下ろす。

 手に持った即席松明のぼんやりとした明かりを眺めて心を落ち着かせていると、俺の耳が微かな物音を捉えた。ぺたぺたと何かの足音のような音。本当に野生動物がいるじゃないか! あのおじさんとんでもない所に放り込んでくれたな! 何が出てくるのかと身を固くしていると、松明の頼りない光に寄ってくるように、その音が近づいてくる。

 

「そ、そこに誰かいるの……?」

 

 暗闇から現れたのは怯えたような表情をした子ども。なんだよ驚かせやがって、俺以外にもこの洞窟に迷い込んだ迷子がいたってことだな! 

 先ほどまでビビりにビビりまくっていた自分を誤魔化すように、しゃがみ込んで少年と視線を合わせる。どしたん、話聞こうか? ついでに君が歩いてきた方向には出口があったりしませんかね? 

 

「に、逃げなきゃ……!」

 

 俺が安心させようと視線を合わせたのに、少年はそれには目もくれず俺の背後に回ると背中にしがみついてきた。やだ、話聞いてくれないわこの子。俺の背中を掴む手がぶるぶると震えているので、この真っ暗な洞窟で迷子になって相当怖かったんだろう。かくいう俺も心細かったもの。

 

「早く……!」

 

 子どもを落ち着かせようとするものの、俺の気遣いなんて知ったこっちゃないとばかりに俺の服をぐいぐいと引っ張る。もう、落ち着きの無い子だね。逆方向に向かえば恐らく出口に辿り着くだろうし、この洞窟は攻略したも同然なのだから安心したまえ。などと言っていると、俺の耳がまた妙な物音を捉えた。それはずるずると何かを引き摺るような音で、徐々にこっちに向かって来る。

 

「き、来た……!?」

 

 その音が聞こえたと同時、子どもの怯えが更に深刻なものになり、俺の服を引っ張るどころか背中にしがみつくような格好になる。え、そんな典型的な二段オチみたいに洞窟の主みたいなのが姿を現わしたりなんかしませんよね……? 

 そう思いながら暗闇の奥に目を凝らせば、こっちを見つめ返す二つの目玉と目が合った。それと口先から覗く真っ赤な舌に、額から突き出た捩じくれた赤黒い角。

 

「蛇の魔物?」

 

 洞窟の天井に迫りそうなくらい太い身体と、俺を丸呑みに出来そうな口。蛇にしてはあまりにオーバーサイズな上に今の俺は剣も持っていない丸腰である。これはもうやることは一つしかない。俺はこちらをじっと睨みつける黄色い目玉から視線を逸らさないようにしながらそっと立ち上がると、ジリジリと後退り。するとそれに合わせてお相手もこちらとの距離を詰めようとする。……どう見ても獲物としてロックオンされてますね? 

 

「落ち着け、俺のようなオッサンを食っても美味しくないぞ」

 

 落ち着かせようと両手で蛇を制するも、俺の言葉が通じている様子も無く、蛇はこちらに向かってズルズルと尚も距離を詰めようとして来る。そりゃ当然言葉が通じる訳無いわな。俺は背中に子どもがちゃんとおぶさっていることを確認してからくるりと後ろを振り向くと、全速力で走る。それはもう脱兎のごとく。こんな田舎の山の中に魔物がいるだなんて誰が予想出来るんだバカ! いや、そういや俺の故郷も田舎だったけどリスの魔物いたな、チクショウ! 

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

 俺が悪態を吐く以上に、後ろの子どもが絶叫している。ちょ、首が絞まってるぅ!? どうやら蛇の魔物がだいぶ後ろに迫ってきているらしい。こちとら頼りない松明もどきの光しかないので足下が覚束ないのだ。とはいえ、ここで足を緩めて二人仲良く蛇の晩飯にされる訳にもいかない。つまり俺が背中のガキに絞め落とされるか、蛇の魔物に追い付かれる前にこの洞窟を逃げ出さないといけないらしい。難易度高くない? 

 

 そうして走り続けることしばらく、地面の石ころに躓きそうになったり、後ろから迫る蛇の魔物の気配が更に近づいて来てもう舌先くらい触れてんじゃないかと思うくらいに追い詰められながら、ついに俺の前方に微かな光が映る。それと共に地面の感触がぬかるんだものに変わり始めた。つまりは外で降った雨が流れ込んできているということ、このまま走り続ければもう出口は目の前ということだ。勝ったな。

 

「頑張れ、もう少しだぞ!」

 

 自分を奮い立たせるようにそう言いながら、俺と背中の子どもはついに洞窟を脱出することに成功する。顔に当たる雨粒に、久しぶりの外の空気だと嬉しくて叫びだしたい気持ちになるが、その前に俺の目の前に鱗に覆われた表皮が壁のように立ち塞がった。どうやら洞窟を出た喜びで足が緩んだ隙に、蛇の魔物が洞窟を出て回り込んでしまったらしい。あれ、こういう時って大体は洞窟の外まで追って来ないってのがお約束では? 

 洞窟からずるずると這い出てきた蛇の魔物は、とぐろを巻くようにしてその長い身体で俺の周囲をぐるりと取り囲む。そして俺を一飲みに出来そうな口を備えた頭が鎌首をもたげて俺を見下ろした。こっちの持ち物は右手に持った既に火の消えた何かの動物の骨と、背中におぶった子ども。戦力の差は火を見るよりも明らかというやつである。うーん、絶体絶命。

 

「師匠!」

 

 だがそんな絶体絶命のピンチに、まるで図ったようなタイミングで俺を呼ぶ声。流石は主人公だ、やっぱりこういう土壇場には駆けつけてくれると信じてたぞアルシェ、ノルン! 

 俺が期待を込めて声のした方に目をやれば、そこにはアルシェとノルン、フィリの他にもう一人いた。誰よその男! と聞くまでもなく、その正体は俺達を家に招き入れてくれたカウロ少年であった。え、どういう組み合わせ? 

 

 


 

 

「逃げてください……!」

 

 私とノルン、フィリのいる部屋に静かに入ってきたカウロの第一声は、私達の予想を裏付けるものだった。

 

「この村は、おかしいんです」

 

 声を潜めて続けた彼の視線は、先ほど彼が入ってきた扉へと向けられていた。誰に聞かれたくないのか、やはり彼の父親と思しき人物だろう。

 

「おかしいって、何が?」

 

「今は話している時間は無いんです、窓から出ましょう……!」

 

 ノルンの質問にも答えず、彼は木窓を押し開けると窓枠を乗り越えて外に出た。

 

「早くこっちに……」

 

「待って、師匠がまだ向こうの部屋にいるはず」

 

 こちらに向かって手招きをするカウロにそう言って私は視線を扉へと向ける。向こうにはまだ師匠がいる。ここに一人で師匠を残して行くのはあまりにも危険だ。

 

「彼なら既に外に出ています!」

 

「もう外に……?」

 

「外で合流出来ます」

 

 カウロは師匠が既に脱出していると言う。そんなことがあるのだろうか。少なくとも私達に渡されたカップには妙な薬が盛られていたはずだ。

 

「早く! この家が囲まれる前に!」

 

 そう急かされ、フィリが不安そうな表情で私と彼の間で視線を行ったり来たりさせている。もし彼の言葉が本当なら、この家に向かってくる人間の目当ては私達だ。このままここに残っているのもマズい。少しの逡巡の後、私達はカウロに続いて窓枠を越えて外に出た。

 

「こ、こっちです!」

 

 そう言って雨の中、私達の前を行くカウロ。夜と雨が相まって視界はほぼ無いも同然だが、声を頼りに山道を降りる。私達だけだと間違いなく道を見失ってしまうだろうが、先導する彼の頭の中にはこの辺りの道は全て頭に入っているのだろう。

 

「カウロ、師匠はどこで私達を待っている?」

 

「もう少し、もう少し先です!」

 

 その背中に声を掛けるが、返って来たのは私の期待する答えでは無かった。

 私はカウロの手を取ると、地面に足を踏ん張って急制動を掛ける。突然のことに彼はつんのめって地面に転びそうになるが、私に腕を掴まえられていたお陰か頭から地面に突っ込むことにはならなかった。

 

「村からはある程度離れられたはず。そろそろ狙いを話して」

 

「あ、アルシェ……?」

 

 私の行動に目を丸くしているフィリをよそに、ノルンがカウロの両肩を掴んで背後の木に押し付けた。

 

「言え、師匠はどこに連れて行かれた?」

 

「ど、どこって、この先に……」

 

「嘘を言うな。土地勘が無い、それもこんな雨が降っている夜中に不案内な人間がここまで来られる訳が無い」

 

 ノルンの言葉に、カウロの目が泳いだ。やはり師匠がこの先で待っているというのは嘘だった。私はノルンによってカウロが押し付けられた木の幹を指差す。そこには私達が村を訪れる前に目にした縄が巻き付けられていた。

 

「私達だけを逃がそうとでも? 一体何にそこまで怯えている?」

 

「そ、それは……」

 

 私が問えば、彼はますます身を固くする。

 

「師匠は見捨てたくせに、私達だけは助けてやろうとでも言うつもりか」

 

「あ、あの人はもう無理です……! 山神様のところに連れて行かれました」

 

「山神……?」

 

 カウロが口にした山神という言葉に馴染みが無く、私とノルンは揃って首を傾げた。後ろではフィリも何のことだと言わんばかりに顔を顰めている。

 

「それが村がおかしいという話に繋がるのね?」

 

「は、はいぃ……!」

 

 フィリの言葉に、彼は苦しそうに喘ぎながら頷く。彼を押さえつける手は、肩からその襟に移っており、ノルンの両手に絞め上げられているカウロの顔色がどんどんと悪くなっている。このままじゃ話を聞く前に意識が落ちてしまうと、ノルンの肩に手を置けば、ノルンはハッとしたような顔で両手を離した。それと同時に地面にどしゃりと尻もちをついたカウロが、空気を求めて咳き込む。

 

「山神について聞かせろ、師匠をどこに連れて行ったのかも」

 

 ノルンがドスの利いた声でカウロに告げる。彼の不幸は、間違いなく私やフィリだけでなくノルンの前で師匠を蔑ろにしようとしたことだ。弟子達の中で一番、私以上に師匠に対する想いが強い妹は、今この瞬間も腰の剣に手を掛けている。

 

「山神様は、村の皆が崇めている神様なんです……。山に住んでいて、生贄を捧げないと村が滅ぼされるって……」

 

 村から少し離れた洞窟を住処としている化け物。巨大な蛇の姿をしていて、村から定期的に生贄を送っていれば村まで下りてくることも無いが、腹を空かせると村まで下りて来て村の人間を喰い荒らすという言い伝え。代わりに、その化け物以外は人に害をなす様な獣もその化け物が喰っているのかこの近辺には狂暴な野生動物はいないとか。

 

「だ、だから村の大人たちは山神様って呼んで、災いが振りかからないように生贄を……」

 

「……その生贄に師匠を選んだわけか」

 

 そう言って剣を握る手に力を籠めたノルンを制するように、私も彼女の肩に乗せた手に力を入れる。気持ちは分かる。でも、それをしてはいけない。師匠から教わった剣は、人を斬る為のものじゃない。

 

「もう間に合いません。その人はとっくに山神様に喰われてます。だから早く逃げましょう!」

 

 カウロが顔を上げて私達を見回す。彼がどうして私達だけを助けようとしたのか、それが何となく分かってしまった。村から逃げ出したいが、外の世界のことも分からない。そんな中訪れた旅人である私達は、彼の前に転がり込んだ大きなチャンスだったんだろう。師匠は既に薬を飲んで動けなくされてしまった一方で、私達はまだ薬を盛られていない。それに女だから、騙しやすいとでも思ったのかもしれない。

 

「自分が逃げる為に、私達を利用したな?」

 

「ひっ……!」

 

 自分でも驚くほど冷たい声が口から出ていた。ノルンを抑えていたはずなのに、今はノルンが肩に乗せられた私の手に、自身の手を重ねて落ち着くように促しているほどに。

 

「そ、それは……」

 

「こうして外に連れ出して、村から十分に離れた所まで来れば諦めると思ったのか」

 

「し、仕方ないじゃないか!? あんな化け物に敵う奴なんかいない! 自分だけでも逃げたいと思って何が悪い!」

 

 その言葉は、彼から初めて聞く怒声だった。彼には師匠のような人はいなかった。魔物という不条理な存在を打ち倒す、不条理を上回る理不尽な剣の鬼が。あるいは目の前の彼の姿は、師匠が現れなかった私とノルンの姿だったのかもしれない。魔物に心折られ、自分を守る為の理屈で動こうとしない。そう思うと、自分の頭が急速に冷えていくように感じた。師匠のことだから、こうなることだって見越していたはずだ。だから一人だけ、あの酒を呷った。そして私達に後を頼んだのだ。

 

「逃げたかったのなら最初からそう言えば良かった。中途半端に騙して、私達に縋ろうとする」

 

 私達が、師匠を見捨てて村に背を向けて逃げ出すと思ったのか。残念だがそんな思い通りにはしてやらない。カウロの腕を掴んで立ち上がらせる。

 

「教えろ、山神とやらの住処はどこだ」

 

「い、言えない。行ったって無駄だ……!」

 

「無駄じゃない。私達は、師匠は神様にだって負けない」

 

 たかが田舎の村で崇められているだけの神様が何だ。師匠はそれよりももっと恐ろしいものにたった一人で立ち向かってきた。そしてその全てを打ち倒して来た。その背中を追い続けた私達だって、強くなった。

 

「その神様とやらは、魔王よりも強いのか」

 

 その言葉に、カウロの目は一層大きく見開かれた。

 

 カウロの案内に従い、木々の間を潜ってぬかるんだ山道を駆けあがっていく。幸い、雨足は弱くなりつつあり、雲が薄くなったところから差す月の明かりがぼんやりと周囲を照らしてくれている。そのおかげもあって、慣れない道でもなんとか足を取られずに進むことが出来ていた。

 

「この崖に沿って登ったところが山神様の洞窟です」

 

 後ろから聞こえる声に従い、右手に続く崖に沿って足を早める。すると、私達の耳に、何かが地面を這いずるような音と共に、木々が折れる音が届く。雨で緩んだ地面が崩れたものとはまた違う。

 

「や、山神様の音だ……!」

 

 その音を聞いたカウロがそう言って急に震え出したことで、音の正体を知ることが出来た。どうやら目的地はすぐそこ。師匠が山神とやらに殺されているとは微塵も考えてはいない。だけど、視界も足下も悪い中、薬を盛られたであろう師匠が怪我一つせず無事であるとも考えにくい。私とノルンは、互いに顔を見合わせて頷いた。

 

「フィリ、悪いけど後からカウロを連れて来て」

 

「私達は先に行く」

 

「え? ちょ、ちょっと二人とも!?」

 

 ブルブルと震えているカウロとフィリを置いて、私とノルンは剣を抜き放って全速力で山道を駆けあがる。もしも師匠が山神への生贄にされたのだとしたら、武器も取り上げられてしまっているはず、流石の師匠も丸腰では厳しい。……もしかしたら素手でも魔物を倒すくらいは出来そうだけど。

 山道を上り切った私達は、視線の先に蠢く大きな影を捉えた。薄くなった雲の切れ間から差す月光が、その影を徐々に照らしだす。

 ぬらぬらと月の光を反射する鱗に覆われた長大な身体が地面にとぐろを巻き、鎌首をもたげた先、額から生えているのはあらゆる魔物に共通する特徴である捻じれた赤黒い一本の角。その角の根元には黄色く光るぎょろりとした目玉。そして目玉が睨みつけているのは、とぐろの中心に立つ男。

 

「師匠!」

 

「アルシェ、ノルン!」

 

 背中に子どもを背負った師匠が、見上げるほどに大きな蛇の魔物と対峙していた。

 

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