後方師匠面したい系転生者   作:TATAL

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弟子第七号、落ちこぼれ王子のライネル

 ロクシスの母親から船のチケットを貰って海を渡った俺は、船の目的地である港町にしばらく滞在することになった。

 何故そうなったかと言うと、きっかけとしては単純なんだが俺にとっては大変なことがあったからだ。

 

 船旅の途中、俺が船酔いで完全グロッキーになっているときに俺が乗っている船が別の船を見つけたようで、更にその船が海賊に襲われていたものだからさあ大変。

 後で船乗りのおっさんに聞いた話では、商船や軍船関係なく、海賊船に襲われている船を見つけたら救援することは義務であるらしく、商人だって言うのに血気盛んな海の男たちは襲われている船を助けるため猛然と海賊船に突っ込んでいったのだ。

 当然、それに相乗りさせてもらっている俺もなし崩し的に助太刀する羽目になるわけで。剣持ってるからって戦えると思うなよ! ただでさえクソ雑魚なのに船酔いで更に戦力半減してんだぞ! 今ならスライム程度にボコボコにされる自信あるぞ! え、謝礼は払われるはず? しかも襲われている船が豪華な作りだから多分結構高額? ……ちょっとだけなら手伝わんことも無いよ? 

 厳ついおっさん達に対して反論できる気概が俺にあるはずもなく、こうして俺は泣く泣く襲われている船に乗り込む助っ人要員にされてしまったのだった。せめてもの抵抗として船に乗り込むのは一番最後にした。というか綱かけてターザンするとか怖すぎない? もし手が離れたら大海原に真っ逆さまなんですけど? そう思ってぐずぐずしてたら船長のおっさんにケツを蹴られて不本意ながら船にダイブすることに。飛んできた俺の下敷きになっちゃった人ごめんね? 

 

 なんて謝ろうと思ってたけど、よくよく周囲を見てみれば近くには高級そうな軍服に身を包み、こちらに軍刀を突き付ける銀髪イケメンの姿。なるほど、俺の下で気絶してる奴、さては海賊だな? じゃあ謝るのやーめた。警戒され続けるのも嫌なのでさも最初から狙ってましたよ感を出しながら助けにきたことをアピールすれば、イケメン君は俺を味方だと認識してくれたようで構えを解いてくれた。だが、味方と思ってくれたのは良いけどそのまま共闘を申し出てくるのは止めてくれませんか? 

 え? 一緒に部下を助けに行ってほしい? いや、ちょっと自分は着陸時の衝撃で腰が痛くてですね、あ、逃げられない感じですね、ハイ。

 

 そうして俺はイケメン君の後ろを渋々剣を抜いてついて行くことにする。というかこのイケメン君十分強くない? 後ろから見ててばっさばっさと海賊を斬り倒してて俺が出る幕無いんですけど? いや、船酔いと辺りに漂う血生臭さで今にも色んなものが口から逆流しそうな俺はハナから戦力になんかならないんですけどね? 

 むしろこのイケメン君の目の前に墜落出来て良かった。これなら何もせず後ろで吐いてるだけで俺の仕事は終わりそうだ、なんて楽観的なことを考えてながら、酔いが限界に達した俺はイケメン君を尻目に手すりにもたれかかっていた。すると、突如船が大きく揺れたかと思うと、凄まじい生ごみ臭が海風に乗ってきた。その臭いにトドメを刺された俺が盛大に胃の中身をぶちまけていると、海中から何やらうねうねと動く影。まだ状況を理解出来てなさそうなイケメン君を呼んで見てもらうと、イケメン君は顔をさっと青褪めさせて、怪獣だと叫んだ。怪獣? 魔物じゃなくて? 

 首を傾げているとうねうねと動く影が海面に姿を現す。どうやらデカい触手、吸盤ついてるしタコかイカっぽい。あ、コイツがこの海で出るっていう海の魔物じゃないか? なるほど、やっぱり本物は違うな、ロクシスのところで見たタコと比べたら触手一本でも太さが丸太くらいはあるし、段違いじゃないか。もはやデカすぎてコイツがタコなのかイカなのかよく分からんけどとりあえずタコだと思っておこう。

 

 ということで俺はさっさと逃げることにする。こんなデカいタコの化け物、勇者じゃないと絶対に倒せない。俺はここでタコの餌になるつもりは無いんだ。イケメン君と他の面々には悪いが一足先に俺は帰らせてもらうぞ! 何ならこの船に乗り込んだのも半ば強制的だったんだからこれは緊急避難だし問題ないよね?! 

 俺は船に渡された綱の一本を手に取り、しっかりと固定されているかを引っ張って確かめる。船から船に乗り移った後は、手近なところに数本の綱を括りつけて橋のようにしているらしい。なら俺が渡った後にこの綱を一本残らず切れば良いということだな! 

 イケメン君が何か俺に向かって叫んでいる。多分「逃げるなぁ! 卑怯者ぉ!」みたいなこと言ってるんだろうけど知ったこっちゃない。俺は自分だけでも生き残りたい! さらばだ! 

 そして一歩目で足を滑らせた。海水とかで濡れた綱だし、靴の底ってゴムじゃなくて革だし、かなり滑りやすいんですね、うん勉強になったよ。

 

 言ってる場合じゃねえ! 死ぬぅ! 

 

 しかも最悪なことに、俺の眼下には海面に姿を現そうとしているタコ怪獣の頭が見えていた。これってあれでは? 直接お口にダイブしてしまう奴では? 

 

 ざんねん、ししょうづらしたいおとこのぼうけんはここでおわってしまった! 

 

 そんな言葉が脳裏を過るが、まだ後方師匠面でニヤニヤすることも出来てないのに死んでたまるか! 俺は腰の剣を抜くと、タコの口に落ちるくらいならと剣を力いっぱいタコの身体に突き立てる。この剣を手掛かりにして何とか口に落ちないようにするしか生き残る道は無い! 

 なんて思っていると、俺の剣は予想以上に深々とタコの頭にぶっ刺さった。するとどうだろう、先ほどまで船に纏わりついてうねっていたタコの触手がぶるりと大きく震えたかと思うと、やがてダランと力無く垂れ、身体が海に沈んでいくではないか。

 そういえば、朧げな記憶だけどタコって目の下かそこらに急所があってそこを切れば締めることが出来るんだったか? どうやら俺の剣が思った以上に深く刺さったことでこのタコの化け物を図らずも締めてしまったらしい。でもこれってあれじゃない? このままだと俺も一緒に沈んじゃうんじゃ? 

 そう思って途方に暮れて上を見上げていれば船から綱が投げられる。どうやらさっきのイケメン君が俺に投げ渡してくれたらしい。それを掴んで引っ張り上げてもらうと、船上では喝采の嵐。何なら先ほどまで戦っていたはずの海賊まで喜んでた。君ら敵じゃないの? 

 

 話を聞けば、この辺りの海域では知らぬものはいない怪獣らしく。数多の船が沈められてしまったのだとか。海賊たちも、元は商船だったのだがこの怪獣に船を沈められ、荷物を全て失って生きる術を無くし、こうして海賊に身を窶すことになったのだとか。はえー、そんなにすごい奴を倒しちゃったんですね。完全に偶然というか、あのタコからしたら交通事故どころか落雷レベルの不幸な事故だったと思うんだけどね。たまたま剣が上物で深々と刺さった上に刺さった場所がタコの急所だったとか敵ながら可哀想過ぎない? 

 とはいえ俺を持ち上げてくれるならそれを否定することはしない。さも狙ってやりましたよ感を醸し出す。同時に多くは語らないスタイルで話さずに誤解してもらうスタイルだ。更に嬉しいことに、銀髪イケメン君は俺が向かっている港町、というか国の王族らしい。港町がそのまま首都になってるんだと。そんなパターンもあるんだなぁとボケっと聞いていると、帰ったら城で歓待させてくれとのこと。謝礼貰って終わりかと思ったら結構しっかりもてなしてくれるじゃん? あのタコの化け物ってそんなに厄介だったんすね。

 

 という中々鮮烈なはじめましてを経て、俺は銀髪イケメン君の居城に居候させてもらうことになったわけだ。王様だという偉そうなおじさんからも直接お礼を言ってもらえた。てか王様とイケメン君あんまり似てないな? イケメン君は銀髪なのに王様は茶髪だし、その隣にいる短髪の弟っぽいのも茶に近いブロンドだし。複雑な事情がある感じですか? 

 とはいえそんなことは俺には何の関係もない。謝礼も貰えてこの町で過ごす間の身分保障に宿もある。ノックスの家でお世話になってた時みたいな歓待を受け、俺は久々の贅沢暮らしを満喫していた。まあタコに喰われて死ぬかもしれなかったと考えるとこれくらい良い思いしても許されるだろう。

 

 そしてノックスのときと違うのは別に剣の指南も頼まれていないため、本当にやることも無く日がな一日ブラブラとしているだけで良いこと。何なら暇すぎていつも以上に鍛錬に精を出すくらいには暇だった。

 まあ旨い飯も食えるしふかふかのベッドで寝られるし、このままここでのんびり鍛錬しつつ弟子達が煌びやかな活躍をして噂になるのを待てば良いかな、なんて思っていたのだけど、そんな俺の興味を惹く噂話がある日俺の耳に入った。

 いつも通り城の裏手の目立たないところでやることも無いので剣を振っていた時のこと、たまたま通り掛かったんだろう使用人達が話しているのが聞こえてきたのだ。え、なんで目立たないところで鍛錬してるかって? そりゃ表では本職の人達がくっそ厳しそうな訓練に精を出してるんだし、邪魔するわけにはいかないというか巻き込まれて俺も訓練を受けることになるなんて御免被るというか、あの船に乗ってた騎士っぽい人が俺を何とか訓練に引き込もうと誘ってくるんだもん。

 

「ライネル様は未だに魔法をお使いに……ないのか……」

 

「兄王子がこれでは……」

 

「現王はどう……伝承に……銀の魔力……」

 

 途切れ途切れに聞こえてきた内容だが、俺の脳内に格納された主人公っぽい奴設定集が欠けた細部を見事に埋めてくれた。

 つまり、銀髪イケメンことライネルは伝説の勇者か何かの子孫なんだろう。たまに先祖返りでああいう親とは似つかないのが生まれてきて、例外なく選ばれた勇者になる。だけどライネル君はと言えば伝説的な魔法使いでもなんでもなく、期待外れとしてこうして陰口が叩かれている始末というわけだ。

 しかも弟も優秀で、そっちを次期国王に推す声もあるというのがテンプレだろう。なるほど、これは近いうちに追放されるフラグだな? 

 

 ここまで考えたところで俺は確信した。なるほど、ライネルこそ俺が探し求めていた主人公かもしれない。落ちこぼれだと思われていた人物が実は凄まじい力を秘めていた、というのは王道中の王道だ。しかも今の俺はライネルのピンチに颯爽と駆け付けた謎多き剣士ポジション。ならば後方師匠面するのにこれほど相応しい相手もいるまい! 

 だが問題はどうやってライネルの師匠ポジに収まるかだ。生憎と船上での戦いを見る限りライネルは既にかなりの剣の腕を身に付けている。元より魔法の才能なんか無い俺がライネルの魔法の師匠になるなんて出来るはずもない。 さてどうしたものかと考え込みながら城を練り歩いていた俺だが、考えが纏まる間も無く俺の目の前には剣の訓練に精を出すライネルの姿。なんだか浮かない顔をしてますねぇ。どしたん? 話聞こうか? 

 

「あなたか……、客人に心配させてしまうとは情けない話だ」

 

 なんだコイツ、いきなり話しかけた俺にも非の打ち所がないイケメン対応しやがって。主人公の鑑がこの野郎……。ただ、このままだと心配するなで押し通されてしまいそうなので訳知り顔で適当なことを呟いておこう。君、魔力あるのに魔法使えないってマジ? 使用人に噂されてたけどヤバくない? 

 そんな感じのことを言うとライネルのイケメンな顔が曇ってしまう。

 

「所詮、私は伝承に謳われる勇者の紛い物に過ぎない……民の期待にも応えてやれない」

 

 思った以上に凹んでしまわれている。いや、凹ませたかった訳じゃないんだ。ただちょっと相談に乗って心の師匠的ポジションになろうと思っただけで他意は無いんだ。

 このまま放っておくとイケメンを曇らせた罪で縛り首になるんじゃないだろうかと不安になったのでフォローもしておこう。大丈夫大丈夫! 魔法が使えなくとも魔物倒せるんだし、問題無いって! それに魔法が使えないんなら単純に魔力を放出させたりするだけでも良いじゃん! 主人公だったらそれくらい出来るっしょ! 

 そう言うとライネルはポカンとした顔で俺を見た。え? 俺なんか変なこと言った? 魔法使えないけど有り余る魔力で無双する系主人公とかよくある話じゃないの? 

 なんて思っていたんだけど、ライネルはピンと来てない様子。魔力って自由に使えるもんじゃないん? だってポンコツ女騎士ちゃんが剣に纏わせたりするとか言ってたからそういうもんだと思うじゃん? 主人公なんて隠された才能に溢れてんだから「これが、俺の刃だ!」とか言って魔力を剣にしたりするんじゃないの? 

 そんなことを思わず口にしてしまったところでライネルが予想以上の食いつきを見せてきた。え? やり方? そんなこと俺に聞かれても俺に魔力とか無いし……。でもここで教えられませんとか言ったら千載一遇の師匠ポジに収まるチャンスを逃してしまう……! 

 

 よし、ここはそれっぽいことを言って修行するフリに徹するか! どうせ主人公だったら勝手に覚醒するだろ! 

 

 そう割り切った俺は訓練と称した嘘八百を吹き込むことにした。じゃ、まずは俺と一緒に手の皮が千切れるまで剣を振ろうね? え、何の意味があるって? そら魔力を剣の形にするんだから剣が身体の一部に感じられるくらいまで鍛錬するんだよ(適当)。

 

 半信半疑ながらもその日からライネルは俺の弟子として鍛錬に励むようになった。え? 俺の剣に流派を変えた方が良いか? 別に今のままで良いんじゃないですかね。俺の剣なんて王子様に教えられるようなちゃんとしたものじゃないよ? 

 しかし流石は主人公。他の弟子がひーこら言いながらこなしていた鍛錬を涼しい顔で続けてやがる。やっぱり本場の訓練した人ってスゴイ。じゃけん更に鍛錬を厳しくしましょうね。次は魔力を死ぬ寸前まででたらめに放出しながら剣を振るんだぞ。なんでそんなことをする必要が? そらあれよ、魔力を放出しながら剣を振ることに慣れる訓練よ(でまかせ)。

 

 なんて言いながらライネルをシバき回していたある日、ライネルの弟から物凄い剣幕で詰め寄られた。鍛錬と称した拷問で兄を苦しめるのはやめろ? これ以上は大逆罪として処刑する? じゃあやめます! 死にたくないからやめよう。うん、ライネルもごめんね。適当ぶっこいて変な修行させちゃって。うん、まあ誰にでも間違いはあるってことでここは一つ手打ちにしません? 

 もう修行やめるって言ってるのになおも険しい顔の弟君。これはもう土下座して夜逃げしかないか? そう思って徐に地面に膝をつこうとすると、その前にライネルが弟君の前に立ちはだかった。

 

「やめろ、俺は俺の意思でこの鍛錬に身を投じている。それに、もう少しで何かが掴めそうなんだ」

 

 あのでたらめな修行で何か掴めそうなんです? 俺と弟君は両方とも同じ顔してたと思う。まあ俺は慌てて取り繕ったからバレてないと思うけど。

 やっぱ主人公って才能の塊だな。怖すぎ。

 なにはともあれ、ライネルの修行は続行となった。なんか弟君も監視と称して隅で見張ってくるようになった。しかも俺が何か言ったらすぐに噛みついてくるし。こんな修行で本当に魔力の扱いを身に付けられるか? やれやれ、お前には分かるまいよ、俺に見えているものは。俺にも分かってないけどな! 

 

 ライネルをボコボコにしながら、噛みついてくる弟を適当にあしらったりと割と忙しい毎日を送っていた俺だが、ライネルに修行をつけてやれない日もあった。どうやらライネルは城の兵士を引き連れて魔物狩りをしているらしい。へぇ、やるじゃん。この辺りにどんな魔物が出るか知らないけど、主人公がいるとなったらスライムとかだろう。そういえばここに来てから魔物狩りをしてなかった気もするし、ちょっと行ってみるか。スライムなら経験値にちょうど良い。

 そう思い立ち、ライネルも不在のある日、俺は一人で町を出て近くの森に出掛けていた。もし手に負えなさそうな魔物が出たら逃げよう。町に引き連れていくことになったらどうする? 町には兵士もたくさんいるんだし何とかなるだろ。

 

 そんな感じで森を探索し始めた訳だが、出くわす魔物と言えば鹿っぽいのだったり、リスばかり、ここにもまともな魔物はおらんのか! とひとしきり狩り終わったので休憩がてら近くの木に寄りかかる。ん? なんか木のツタが目の前に垂れてきたんだけど? 

 なんと俺がもたれかかった木は偶然にも木の魔物だったらしい。木の魔物て……、もはや動物モチーフですら無くなってるじゃないか。ツタを触手みたいに振るっていて、それ自体は中々素早いが、どこまでいっても木は木である。普段やってる薪割りと変わらない要領でスパっと一刀両断してやった。なんか斬ったら一瞬で葉が落ちて枯れたんだけど。しかも枝とかからっからに乾いてるし、薪にちょうど良いな。そう思っていると、同じく森を探索していたらしいライネルと弟君、それとお供の兵士さん達にばったり出くわした。あ、どうも。ちょっと散歩がてら魔物狩りでもと思いまして。コイツ? 動く薪でしたよ。

 

 俺が事情を説明するとライネル達はドン引きした顔をしていた。なんで? 

 

 何故かその日からライネルの修行への熱の入り方が変わった。なんかめっちゃ真剣になってるんだけど。後ついでに弟君が噛みついてこなくなった。それはそれで寂しいな。まあいくらライネルが本当は才能溢れる主人公だとしても、俺のデタラメ訓練なんかで強くなれるはずもなく。それはそれで良いかとのんびりと考えていたある日のこと、たまにはライネルの修行も休みにして町で遊ぼうと昼間っから酒場で心地よく酔っぱらっていると、船乗りたちの噂話が耳に入ってきた。

 

 なんでも最近、別大陸で有名な冒険者のクランが立ち上がったらしい。ふむふむ。

 

 そのクランに所属するものは皆単身でも魔物を討伐できる強者揃いとのこと。ほうほう、噂になるくらいだからリスとか鹿だけじゃなくオークとかゴーレムくらいは狩れるんだろうな。

 

 クランに所属したいと言う人間が後を絶たないが、厳格な条件でクランメンバーが認めた人間じゃないと所属出来ないという。更には自分の実力を過信した冒険者なんかはそのクランの人間に性根を叩き直されているとか。良いじゃん、そういう物語の強者ポジ的なやつ、好き。

 

 そこまで精強なクランなのに目的は富でも名声でも無く、一人の男を探し出す為に旅をしているとか。さすらいの強者集団とか絶対に物語の中盤で主人公を鍛える奴じゃん。憧れる。

 

 そのクランの名前は迫真一刀流というとか。なんだその変な名前。そんなアホみたいな名前つけるような奴がいるとか笑っちゃうんすよね。

 

 ……いや、それ昔に俺が気の迷いで言っちゃった名前じゃねぇか! ってことはそのクランってノックスがリーダーやってるの!? 

 しかもそのクランって魔物討伐して、性根の歪んだ冒険者を成敗したりしてる……あ、これ俺が実はクソ雑魚ってことがバレて俺を追いかけて来てるやつじゃないですか? 探してる男って俺で、俺のことを成敗するために手当たり次第に俺みたいなクソ雑魚冒険者を成敗して回ってるのでは? しかも俺の黒歴史を現在進行形でばらまきながら! 

 

 …………よし、逃げよう! 

 

 思えばこの町にも長く居すぎた。もしかしたらノックスは他の弟子にも話を聞きながら俺を追いかけてきているかもしれない。ということは俺がこの町に来たことも奴の耳に入ってしまう。だが流石にここまで来て王子のライネルにまで話が出来るとは思わない。ならここから出て行ってしまえば手掛かりは無くなるはず。

 そう考えたからには旅支度を済ませねば。今日は最後の晩餐といこう。

 

 ということでその日の夜。俺はいつも通り手に持てるだけの荷物を持ってこっそりと城を抜け出そうとしていた。なんで城からもこっそり抜け出そうとしているかって? 何故か王様に気に入られて引き留められまくってるからね。易々と行かせてくれなさそうだし。

 抜き足差し足で城の廊下を歩いていると、曲がり角で誰かと鉢合わせてしまった。ヤバい、バレた? と思ったけど相手はライネル。どうやら俺が城を出ようとしていると感じたらしく、何故か手伝いをしてくれるという。なんてイケメンなんだ。出来ればお前だけは俺を師匠と勘違いし続けていてくれよな! 

 

 ライネルの案内で無事城を抜け出し、市壁も越えたところで次はどこを目指すのかと聞かれた。うーん、とりあえず北で。海の美味しいものはここで食べたけど次は山の美味しいものが食べたいから山目指すぞ! 

 ライネル! もしかしたら追放とか辛いことが待ってるかもしれないけどお前はきっと主人公だから魔王が復活したら先陣切って戦うんだぞ! 俺は北で期待して待ってるからな! 

 

 


 

 

 勇者の末裔、選ばれし銀糸の勇者。

 

 生まれた時から分不相応な肩書が自分にはついて回った。私の家系は、かつて魔物の大侵攻を食い止め、魔物を生み出す瘴気の源を極北山脈の向こう側に追いやったと言い伝えられている勇者を祖としていた。この国は瘴気の源に近く、それ故に生まれる魔物も強大なものになる。歴代の王家には、かつての勇者と同じ銀の髪と膨大な魔力を受け継いだ先祖返りが生まれ、その力で北の要衝で魔物と戦う者がいた。民はそれを、美しい銀の髪になぞらえて銀糸の勇者と呼び称えた。

 今代の銀糸の勇者として生まれた、()()()()()()()()私はしかし、その膨大な魔力をうまく扱うことが出来なかった。

 

 喉が裂けるまで呪文を唱えようとも、

 

 どれほど高名な魔法使いに師事しようとも、

 

 古今の魔法使いが記した専門書を読み解こうとも、

 

 私の内に眠る魔力はその形を成すことは無かった。伝承に謳われる勇者のように、人々を導く光となる力を私は発揮できなかった。

 そのときの周囲の目がどれほど私にとって恐ろしいものだったか。それから逃げるように、私は剣の腕を磨いた。聞けば、私の祖である勇者は魔法だけでなく剣にも秀でており、強い魔力を纏わせて魔物の外皮を容易く切り裂いたらしい。それならば出来るかもしれないと、私はひたすらに剣の道に邁進した。

 その期待が儚い希望に過ぎないと思い知ったのは、既に一人前になろうという歳の頃だった。私は剣だけで言えば、この国の兵の誰よりも秀でていると胸を張って言えただろう。だが、それだけではダメなのだ。私に求められている役目を、私は果たせていなかった。

 

 そんな鬱屈した思いを抱えた私の前に、師は文字通り飛び込んできた。

 

「ん? ……あー、助けは不要だったか?」

 

 何を思ったか、我が国の旗を掲げる船に破れかぶれの特攻を仕掛けてきた海賊達。近年我が国の海運を悩ませている海獣の調査に出ていた私達の船を、食い詰めた海賊が襲って来たのだ。既に失うものの無い者達ほど厄介なものは無い。数に囲まれ、流石に息も切れてきた頃、その人はまるで散歩でもするかのような気楽さで私の前に降ってきた。今まさに私に斬りかかろうとしてきた海賊を下敷きにして。

 

「いや、危ないところを助けられた。感謝する」

 

「そうか。まあ助ける必要は無かったかもしれんがな」

 

 私の周囲に転がった海賊たちを見て、彼はそう呟く。鉄火場だというのにどこまでも冷徹に凪いだ目は、どこを見ているかすら定かではない。かといって頼りないかと言われたら違うと答える。それだけ、この人物が醸し出す剣気に私は圧倒された。

 

「まだ部下が戦っています。どうか助力を」

 

「ん……、いや、おう……」

 

 だが、私が助力を願うと、彼はどこか心ここにあらずといった様子でぼんやりと頷いた。その姿に一抹の不安を覚えつつ、甲板にいる海賊達と切り結びながら部下との合流を目指していた私だが、彼は一緒に戦うどころかあちらこちらに落ち着かなさげに視線を動かしていたかと思うと、手すりにもたれかかって船の下を覗き込んでいた。

 一体何をしているのかと怒鳴り付けそうになったが、その直後に船が座礁したときのように大きく揺れ、更には独特の生臭さが辺りに立ち込める。見ると、甲板で戦っていた海賊と部下も皆手を止め、不安そうに周囲を見渡していた。これは……まさか。

 

「おい、あの下にいるのは何だ?」

 

 そんな私の耳に飛び込んできたのは先ほど手すりにもたれかかっていた男の声。それに誘われるままに私も海面を覗き込めば、そこにはうぞうぞと蠢く悍ましい触手の姿。やはり、これは。

 

「海獣が出たぞー!」

 

 私は甲板に向かって叫ぶ。最悪のタイミングだ。万全の状態であれば、甲板には爆薬や魔法使いも待機していた。だが、今は海賊との戦闘のせいで爆薬の入った樽も割れ、魔法使いも疲弊しており万全とは程遠い状態。このままでは全員揃って海獣の餌になる未来しか無い。

 海獣の触手は、その全てが筋肉だ。しかも表皮はしなやかながら頑丈で、更にぬるぬるとした粘液に覆われており、火の魔法で焼くか強い魔力を籠めた武器でないと傷一つ付けることが出来ない。今の私達では勝てるはずもない相手だった。

 

「一旦退くぞ! この船を捨てろ!」

 

 慌てて部下達に声を掛け、私自身も救援に来てくれた船に乗り込もうとしたとき、手すりにもたれかかっていた彼が更に身を乗り出して船同士を繋ぐ綱の様子を確認しているのが見えた。

 まさか自分だけ先に逃げようとしているのか? ダメだ、触手が這い登ってくる方が速い。一人で先走ると真っ先に触手に捕らわれてしまう。

 

「よせ! 一人だけで行くんじゃない!」

 

 そう叫ぶと、彼は私を一瞥した後、予想もしていない行動に移った。なんとその身を宙に投げ出したのだ。気負う様子も無く海に身を投げた男は、腰に佩いていた剣を抜き放つと、しかと柄を握り、海獣を正面から見据えていた。

 

 そのときに私は見た。彼が手にする剣の刀身に薄く、されど魔法の才がある人間ならばはっきりと見て取れるほど強固な魔力がもう一つの刀身のように纏わりついているのを。それは周囲に漂う微小な魔力を、まるで渦が周囲の波を巻き込んでその勢いを増すように取り込みながら海獣へと目掛けて躍りかかる。

 

 銀の剣。

 

 伝承に謳われた勇者の剣を、私はそこに見た。

 

 次の瞬間には、矢を弾き、鉄の砲弾すら意に介さない海獣の表皮を、まるで積もった雪に焼き鏝を押し当てた時のごとくすんなりと貫いていた。

 船の手すりを越え、マストに絡みつこうとしていた触手は一度大きくブルリと震えたのち、力無く垂れ下がる。あの一太刀、一突きで勝負は決していた。

 先ほどまでの騒ぎはどこかに消えてしまい、静寂が船上を支配した。だが、海獣を仕留めた彼はと言えば、自分が成したことを何でも無いような様子でこちらを見上げていた。それをしばし呆然と眺めていて気付く。彼を早く引っ張り上げなければ! 

 慌てて船員に指示を出して彼を引っ張り上げてもらえば、船上に歓声が爆発した。周囲の船員が口々に彼を褒め称えているが、それすらも涼し気に受け流し、彼は私を見ていた。今思えば、彼は初めて会った時から私に目を付けていたのかもしれない。

 

 自身が王族であることを明かし、城で歓待させてほしいと申し出てみれば、彼は黙ってそれに頷いた。

 

 父である現王、そして母と()にも彼を紹介し、海獣を仕留めたことを報告すれば父は頭痛の種が一つ減ったと喜びを露わにし、彼を城で持て成すことに反対するどころか後押しするほどだった。

 

 そうして彼を食客として我が国に迎え入れたのだが、彼はどこまでも寡黙な武人であった。海獣を一撃で仕留めた腕前を知りたいと熱心な兵達が彼に訓練を申し入れても、

 

「俺の剣は人を斬る剣じゃない」

 

 と言って人目に付かない城の裏手で一人鍛錬に励むのだ。彼に気付かれぬよう、その鍛錬を覗き見てみれば、彼はそれこそ日が暮れるまで剣を振り続ける。それも最初から最後まで太刀筋に寸分の狂いも、淀みも見せず。そこだけ時が切り取られ、無限に繰り返されているように見えるほどに。あの境地こそ、私が目指すべきものかと思わせられた。

 そんなある日、彼の鍛錬を真似して剣を振り続けていた私の前に彼がふらりと現れた。

 

「浮かない顔をして剣を振るな。悩みがあるのなら言ってみろ。部外者にこそ、言えることもあるだろう」

 

 剣に真摯な彼だからこそ言える言葉だった。私は内心の動揺を悟られぬように、最初は誤魔化そうとした。

 

「魔力はあれど魔法を振るえぬ。使用人たちの口さがない噂に心を振り回されてどうする」

 

 その言葉は周囲からの期待に押し潰され、失望に耐えられなかった私の心を大きく揺さぶった。

 

「所詮、私は伝承に謳われる勇者の紛い物に過ぎない……民の期待にも応えてやれない」

 

「……魔法が使えずとも魔物は斬れる。それに、魔法だけが魔力の扱いとは限るまい」

 

 私の諦念に満ちた視界に、か細い糸が垂らされた気がした。

 

「魔力を魔法に出来ぬのなら、そのものを刃とすれば良い」

 

 そんなことをどうやって……、という呟きが思わず私の口からは零れていた。だが、海獣を相手に彼はそれを成してみせた。詠唱も必要なく、それこそ周囲に漂う僅かな魔力を剣に纏わせ、刃として海獣に突き立ててみせた。

 勇者の振るう剣。この方はそれを成し遂げている。だが、私のように才の無い人間がその境地に辿り着けるのか? 私自身への疑いが晴れぬまま、だが私は彼に師事することにした。私を見つめる彼の目が、私を信じていると語っていたから。

 師匠の行う鍛錬は、私がこれまで行ってきた鍛錬と大きく変わらない。だが、そこに向ける意識はまるで違った。

 

「剣を身体の一部とする。魔力が身体に根差すものであるならば、身体の隅まで意識を通わせることを当然と思うように、剣に意識を通わせる」

 

 師匠にとっては剣を振ることは手を振ることと何ら変わりがない。そこに師匠の慮外の動きは無く、故にごく自然に振るわれる剣は常に変わらぬ軌道を描く。

 指の先、剣の先まで意識を張り詰めさせて行う素振りは予想以上に私の体力と精神力を削った。城の兵士達と日頃から鍛錬に打ち込み、そのどちらにも自信のあった私ですら、師匠に合わせて剣を振り続けることは出来なかった。

 それは私の剣の型が師の剣の型と合わないせいかと悩んだこともある。改めて師の剣を学ぶべきかと問うたこともある。

 

「俺の棒振りなんぞよりよっぽど上等な剣術、捨てることは無い。俺はお前に棒振りを教えているつもりは無い」

 

 だがそれに対しての返答はこれだった。師匠は私の剣を既に認めてくれていた。ただ、そこに足りない何かを足そうとしているのだと言う。それを身に付けるどころか、きっかけすら掴めるか怪しい私が、形だけ師匠を真似したところで意味は無いと喝破されたのだった。

 それでも体力だけはついてきたのか、剣を振ることに慣れてきた頃、師匠から次の課題を言い渡された。

 

「剣を振りながら魔力を放ち続ける。倒れるまで、死ぬ寸前まで」

 

 魔力とは生命力から生まれる。魔力を持つ人間は、魔法という形でその力を行使することが出来る代わりに、限界を超えた使用はそのまま死へと直結する。師匠はそれを分かっているのだろうか。

 思わず師匠に口答えをしてしまった。そこまでリスクのある鍛錬をするのは、この国の王族であるからこそ出来ないと。

 

「俺には魔力が無い。だから魔力を使い果たして死ぬ感覚が分からん。だが、魔力を切らして死ぬのと、魔物を斬れずに死ぬ。そこにどんな違いがある?」

 

 返ってきたのはそんな答え。その言葉に気付かされた。師匠は既にここが魔物と対峙した戦場だと言っているのだ。満足に魔物を斬れぬまま死ぬのと、魔力を使い果たして死ぬ。戦場ではその二つに違いなど無い。どちらも魔物に喰われて死ぬ結末が待っているだけだ。

 剣のみを頼りに魔物と渡り合う規格外の師匠だからこそ、その剣理は常に生きるか死ぬかの紙一重を行き来する。

 

「己の身体を十全に使いこなす為に限界まで剣を振らせた。ならば次は己の魔力を十全に使いこなす為に魔力を使い続けろ」

 

 私の反論は既に意味を為さなくなっていた。その日から、私は城中の者が私を心配するくらいになるまで自身を追い込むようになった。私自身が納得しているからそこに文句は無いのだが、そう思わないものも周囲にはいた。

 

「何の根拠もない鍛錬と称した拷問で兄上を苦しめるのはやめろ!」

 

 そのうちの一人が私の妹、ユーリだ。ある日、私と師匠が鍛錬しているところに乗り込んできて師匠に食って掛かっていた。不甲斐ない私を少しでも助けようと、女でありながら髪を短く切って自身も鍛錬や勉強に励んでいる愛すべき妹。そんな彼女の頭の中にあるのは、私への心配だったのだろう。

 

「この国最高峰の魔法使いですら成しえなかったことをどこの誰とも知れぬ、それも魔力も持たない凡人が出来るなどと嘯いて兄上に取り入ろうなど……、恥を知れ!」

 

 物凄い剣幕で師匠に詰め寄るユーリだが、それを正面から受け止めている師匠はと言えば、相も変わらず考えの読み取れない表情でユーリを見下ろしていた。

 

「そうか、お前がそう言うのなら。もう鍛錬は止めよう」

 

 彼の口から出たのは私も予想外の言葉だった。彼はあっさりと鍛錬を止めると言った。だが、それを口にする前に彼が一瞬だけこちらを見たのが全てを物語っていた。「お前はこうして守られていて満足か?」と目で問い掛けてきたのだ。私に覚悟が無いのなら、このまま鍛錬からも逃げ、蜘蛛の糸を掴むどころか、見ることすら無くなるだろうと。

 

「やめろ、俺は俺の意思でこの鍛錬に身を投じている。それに、もう少しで何かが掴めそうなんだ」

 

 気付けば、私は師匠とユーリの間に割り込んでそう言っていた。何かが掴めそう、というのは嘘だ。ただ、そうでも言わないとユーリは納得してくれないと思った。

 私の言葉に驚いたのはユーリだけではなく師匠もだった。どうやら私は師匠からも根性無しだと思われていたらしい。だからこそ師匠も鍛錬を止めようと言い出したのだろうが。

 それから、私の鍛錬の時にはユーリも立ち会い、私と共に剣を振る師の横で度々師に噛みつく姿を見るようになった。

 

「このような非合理的な訓練で魔力を扱えるようになるとでも?」

 

「お前に見えてるもんが世界の全てじゃない。さりとて俺も世界の全てを知っているわけじゃないが」

 

 ユーリの言葉に師匠は答えになっているのか分からない言葉で答える。最初はそんな師匠にイライラしている様子のユーリだったが、そうやって自分が雑に扱われるのは初めてだったからか、遠慮の無い言葉の応酬を楽しむようになっているのが見て取れた。

 そして鍛錬を受けている私も、微かではあるが確かに変化を感じ始めていた。

 

 剣を振るのに意識せずとも同じ型で振るえるようになった。

 

 剣を握っていないことに違和感があるほどに手に剣が馴染んだ。

 

 魔力を放つことに躊躇が無くなり、息をするように魔力を放つことが出来るようになった。

 

 今まで出来ていなかったことが少しずつ出来ていく感覚に、私は鍛錬にのめり込んでいくようになった。そんなある日、私は師匠から休みを言い渡された。今までも王族として求められる仕事はこなしてきた上で鍛錬をしていたのだが、たまには散歩でもしろと言われてしまった。

 

「俺も少し出掛ける」

 

 そして師匠もそれだけ言うと城どころか街を出てしまった。一人で森に向かってしまったのだ。北の瘴気が活発になる兆しを見せ始め、今の森には魔物が多い。そんな場所に、散歩するように気軽に出かけてしまう師匠に対して、私も兵士達も呆れてしまった。心配? 海獣を一刀で斬り伏せる師匠を心配する者など誰もいなかった。

 

「ユーリ様が! かの方を追って一人で森に!」

 

 だが、兵の一人が血相を変えて持ち込んできた報告に、私も、父も血の気が引いた。

 父に命じられ、私は兵を率いて慌てて森へと乗り込む。師匠はどこまで森に入っていったのか、そしてユーリはそれを追ってどこまで行こうとしているのか。

 既にかなり先行しているであろう師匠とユーリを見つけることは困難を極める。そう思っていた私だが、その予想は良い意味で裏切られた。

 

「これは……、魔物達が全て斬り伏せられて……」

 

 森に入って少し歩けば、いっそ美しいとすら言えるほどの太刀筋で両断された夥しい数の魔物の姿。地面には足跡が二つ。血はまだ乾ききっていない。つまりこれは師と、それを追うユーリの足跡に違いなかった。

 あまりにも分かりやすすぎる目印を頼りに進めば、木のざわめきと共に森の奥で一斉に鳥が飛び立つのが見えた。まず間違いなくあそこに師匠とユーリはいる。私達が先を争うようにその場所を目指せば、茂みのそばで身を潜めているユーリの姿を見つけた。

 

「ユーリ! 何をしている! こんな森の奥まで来るなんて!」

 

「あ、兄上……あれを……」

 

 私がユーリに駆け寄って叱責しようとすれば、ユーリは心ここにあらずといった様子で先を指差した。何かと思ってユーリが示す方角を見てみれば、そこには師匠が剣を片手に佇んでいるのが見えた。彼の周囲には道すがらと同じく両断された魔物達の姿。更に師匠の目の前にいたのは、魔樹と呼ばれる魔物。

 地脈を流れる瘴気を吸収し、魔物と化した木。それは自らの周囲に溜め込んだ瘴気をばらまき、更に魔物を増やす。放っておけば森そのものを魔物と化す恐るべき魔物。それがこの王都近くに発生していた。哨戒の兵士達の報告には上がっていなかったものを、師匠はどういう理屈か見抜いていたというのか。

 

 茂みから出て、師匠の前に姿を現せば、師匠は散歩途中に顔見知りにでも会ったような気楽さでこちらに挨拶をしてくる。たまらず、魔樹について聞いてみると、

 

「……薪割りをしていた」

 

 とだけ返ってきた。魔樹を薪と言い切ってしまう師匠の強さに、その場にいた全員が言葉を忘れてしまった。

 

 その日から、師匠に課せられた鍛錬を疑う気持ちは完全に消えた。魔力を持たないと言い、実際に魔力を感じられないにも拘わらず、師の剣は魔力を纏う。それを可能にする師の剣理を理解すれば、私が目指すものに手が届く。それを確信させられたからだ。

 そう、私はあくまで純粋に師の剣を学びたかった。ただそれだけだったのだ。

 

「かの御仁をこの国の将として招き入れる」

 

 私と父だけの執務室で、そう断言した父に私は抗議をしないわけにはいかなかった。

 

「海獣を葬り、魔樹すらも歯牙に掛けぬほどの御仁を在野に放っておけるほど我が国に余裕は無い。お前も理解しているだろう? 魔樹がこの王都にまで迫ってきているということは、極北山脈から漏れ出す瘴気が増してきているということを。一刻の猶予も無い。お前が銀糸の力を発揮できぬ以上、かの剣士を勇者として囲い込むことが今出来る最善の策よ。将で不満なれば、ユーリを宛がう。ユーリも嫌とは言わん。それだけの価値がある」

 

 為政者としての父の言葉に、私は何も言い返すことは出来なかった。それでも、師匠が国に仕えることを好ましく思わないだろうことは今までの鍛錬の中で彼と会話して理解していた。彼は旅を続け、その途上で私のような弟子を取ってきたと語った。剣理を伝え、魔物の脅威を退ける力を広げ、そして自身は北を目指す。師の目的が何であるかなど問うまでも無かった。そしてその目的は、ここで囲い込まれては達成できないものだ。

 だというのに、私の力不足の為にその道を閉ざされる。親としての父はこんな私を深く愛してくれているが、王としての父はどこまでも冷徹で計算高い。私がどれだけ言葉を重ねても、父の決定は覆らない。ならばどうするか、私は夜半に師匠の部屋を訪ねることにした。

 

「長居しすぎた。俺はもう行く」

 

 師匠は相変わらずどこまで耳聡いのか、父の思惑を見抜いており、既に旅支度を整えていた。

 

「お前に伝えるべきことは伝えた。剣を身体の一部と為せ。魔力を呼吸のように放て」

 

 街の外へ向かう途上、師匠は最後の教えを授けてくれた。それは普段の鍛錬から言い続けていた言葉。師匠は、最初から明快に私に剣理を伝えてくれていた。

 

「お前の歩む道は険しい。だが、お前の力がお前を導くだろう。北で待っている」

 

 北で待つ。師匠はやはり全てを見通していたのか。北で瘴気が活発化していることも、私が伝承の勇者の力を受け継いでいることも。何も知らぬとばかりに寡黙で、そのくせ私に足りないことを余すことなく教えてくれた。その上に私が力を身に付けるまで北を抑えるとまで言う。

 

 夜闇に紛れて街を出て行く師匠の後ろ姿に、私は伝説の勇者の姿を重ねていた。

 

 


 

 

「師は恐らく極北山脈に辿り着いた頃。今から追えば何とか追いつくことが出来るだろう」

 

「なるほど、ようやく我々は師の影を見ることが出来る程度にはあの人の足跡に追いついてきたというわけですね」

 

 私の目の前に座る男。今、国を越えてその勇名が轟くようになったクラン、穿神一刀流のリーダーであるノックスがそう呟いた。

 

「師匠はあなたにだけ、北で待つと言った。それはつまり、あなただけが師の後を追うことを師から許されたということですね。悔しいですが、銀糸の勇者の末裔とあれば認めざるを得ません」

 

「止めてくれ。私は勇者の才を持ちながら、それを使いこなせない未熟者だ」

 

 私を持ち上げるノックスの言葉を、手をひらひらと振って否定する。師の教えが無ければ、私一人では一生開花することの無かった才能。私自身で成し遂げたことなど何一つ無いというのに褒められるのは逆にいたたまれなくなってしまう。

 

「だが、師匠に認められたのはライネル王子だけだ。だとすりゃ、弟子である俺達が認めないわけにゃいかねえ。俺達の役割はライネル王子を極北山脈、瘴気の源まで連れて行くことだろうよ」

 

「師匠と同じく海獣を仕留められるロクシス殿にそうまで言われるのは些か面映ゆいな……」

 

 褐色の肌をした偉丈夫であるロクシスは、私の言葉に照れるなよと豪快に笑った。この国に至る航海の途上、彼らの乗る船がかつての私達と同じように海獣に襲われたという。だが、ロクシスは巧みに船を操ると海獣の拘束を逃れ、師匠と同じく一突きで海獣を仕留めたらしい。それを見ていた船乗り達にとって、ロクシスはまさしく英雄に思えた事だろう。

 

「よせよ。俺ぁ師匠と一緒にあのタコ野郎は飽きるほど見たんだ。それくらい出来なけりゃここまで来ようなんて思えなかった」

 

 謙遜するロクシスだが、その謙遜は恐縮から出るものではない。師匠から伝えられた剣への絶対的な信頼。教わった通りに剣を振るえば、魔物を断てるという師の剣理への自信から生ずるものだ。

 

「同じ師に学んだ仲だ。師に認められたなら実力を疑うことは無い。だが、一つ見せてくれないか? 銀糸の勇者の末裔の力とやらを」

 

 そう言って私の前に歩み出てきたのは鮮烈な赤毛が目を惹く男、ソーン。このクランを率いているのはノックスだが、彼らの中心にいるのは間違いなくソーンだ。師匠に剣を学んだものの中に序列は無いとは言え、最初に見出された彼に、最も長く師の剣理を体現してきた彼に敬意を払わない者はこのクランにはいないのだろう。

 だからこそ、彼が私に手合わせを申し出てきたのは道理だ。ソーンが認めるなら、他の面々が認めないわけが無い。

 

「長兄が見るのなら文句はない」

「だけど、この雌猫は連れて行かない。雌猫は二匹もいらない」

 

「誰が雌猫ですって!?」

「アルシェ、ノルン!? 雌猫とは私のことですか!?」

 

 何故か初対面のときからユーリといがみ合っている白黒の姉妹、アルシェとノルンもソーンの言葉を肯定する。というか、何故お二人はユーリとあそこまで険悪になっているのか。師匠が城を発ってから髪を伸ばし始め、身体つきも女らしくなってきたユーリだが、それでも私の真似をして剣の鍛錬は欠かさなかった。同じように剣を扱うアルシェとノルンとは仲良く出来ると思っていたのだが。何故か最年少で有力な上級騎士となった才媛、シャーレイ殿も流れ弾を喰らっていた。

 

「あそこでミャーミャーうるさいのは置いといて、どうですかね、いっちょ準備運動がてら手合わせというのは」

 

 そう言って呆れたようにため息をついたのはノックスに仕える騎士でありながら、師の弟子だというローエン。

 彼女らの騒がしさで話の腰を折られたが、私にとっても否やは無い。

 

「もちろん、受けるとも。私とて、ただ守られるだけのお荷物では無いと示さなくては。生憎と私の剣の型は師のものとは違う。しかし、根底に流れる剣理は何一つ変わらない」

 

 言いながら私は右手を自身の目の前に掲げる。師匠を見送ってからしばらく。一刻も早く父ですら認める力を身に付けようとそれまで以上に死に物狂いで鍛錬に励んだ結果、身に付けた私の新たな力。最初は寸刻と維持出来なかったそれは、今や呼吸と同等に自在に操ることが出来るまでに至った。

 私の右手が一瞬強い光を放ったかと思えば、次の瞬間には銀の光が剣の形を成して私の手に握られていた。

 

「それが、師が認めた銀糸の勇者の力。師の剣が実を結んだ一つの完成形。剣に魔力を纏わせるでも無く、魔力そのものが魔物を断つ剣となる」

 

 その光に目を奪われたように、ノックスがポツリと呟いた。

 

「銀の剣。悪いが加減は出来ない」

 

 師の教えと私の力を示すためにも。何より、目の前の相手に手加減をして勝てると思うほど私は自惚れていない。

 だが、ソーンは臆することなく、むしろ好戦的な笑みを浮かべて私を見据えていた。師の一番弟子ともなれば、それも当然か。

 

「上等ぉ! リミィ、怪我したら頼む!」

 

「ええ!? 怪我する前に止めてよ!」

 

 胸を借りるつもりで挑ませてもらおう。師の剣理の一端にすら届かない剣が、瘴気の源に届くわけが無いのだから。

 

 

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