ねぇ?
……いや、おかしいだろ。
いつも通りの、土曜朝八時五十分。本来であれば、午前中に行われるKnockersの音合わせをして、そのまま事務所に行くなら事務所へ、何も無いなら家に帰った引き続き練習と、そんな一日を過ごすはずだった。
しかし、今日は麻弥さんとのデートの日。流石にジャンジャカかき鳴らす訳にも行かないので、ルーティーン分だけ弾いてギターは置いた。
そこまではまだいい。そこまでは。問題はこの先。
突然の質問で申し訳ないが、本来デートと言えば、どこか一箇所に待ち合わせして……と言うのがお決まりである。
あまり恋愛やラブコメ作品を見ない僕で分かる、デートの開始のスタンダード。当然僕もそうするだろうと、金曜日の夜に、遥に選んで貰った服を用意していた(サイズが小さすぎていいデザインが少なかったのは内緒)。
そんな時だ。麻弥さんから電話が掛かってきたのは。
『こんばんわッス! 明日のデートは朝九時にそちらのお宅に迎えに行きますので、それまでのんびりお待ち下さい! それじゃあ、失礼します!』
これだけまくし立てて、そのまま一方的に電話を切られた。
一人でスマホを眺めながら呆然としていた僕は、傍から見たらなんとも間抜けな顔をしていたのだろう。
駅前くらいだったら一人でも行けるし、商店街だったとしても一人で行ける。どこぞの超方向音痴少女でも無いのだから、普通であれば二、三ヶ月も住めば街の地図は頭に入る。
……まぁ、僕は普段からよく出向く場所以外はの道は怪しいし、地図を読むのも苦手だが。
手持ち無沙汰になった僕は、数少ない所持品であるスマホを取り出す。今日のデートプランを書いたメモ帳を写し、最終確認。
上原さんとひたすらに詰めた……という程でもない、上原さんいわく「ありきたり」なデートプラン。
ショッピングモールに行き、ウィンドウショッピング。昼食を取って後は自由。
プランとすら言えないのでは? と思ってしまう。この方が僕としてもやりやすいが。
「はぁ……不安だ……」
山ほどある不安。最早多すぎてどれから解決すればいいのか分からない。
麻弥さんをきちんとリードできるのか、だとか、ボロ出さないか、だとか。
ギターなら大丈夫。それ以外は多分やらかす。
自分の技術や能力に関する自信だけは、一丁前だった。
そんな時に鳴り響く、何十回目かのチャイム音。
平日は毎日、休日もたまに鳴る朝の音。これを聞くと、あぁ、今は朝なのだと実感出来る。
その程度としか思えない当たり、色々と終わっている。
「はいはーい……」
少しだけ上擦った声。いつも通りに返事したはずなのにな、と首を捻る。
ショルダーバッグを持ち、長財布をその中に入れ、スマホと部屋の鍵をポケットに入れる。
そのまま玄関に向かい、深呼吸を一つしてから扉を開ける。
「フへへ……おはようございます! 翔さん!」
言葉を失う、とはこういう事を言うのだろう。
普段事務所へ向かう時のようなラフな格好かと思っていた。しかし、今回の彼女が如何に今日のために気合を入れてきたか、舐めていた。
単刀直入に言うと、本当に可愛かった。
暖かくなって来た春先に似合う若草色のカーディガンを羽織り、その下には淡い水色のワンピース。肩から下げられたポーチがいいアクセント。
掛けているメガネはいつも通りだが、いつもと違って髪に可愛らしい星のヘアピン。
不覚にも、見蕩れてしまった。普段から可愛い可愛いと思ってはいたが、きちんと着飾ればここまで他人を魅了することが出来るのか。
また、麻弥さんの僕の差を見せ付けられた気分だ。
「……翔さん?」
「っ、あぁ、ごめんなさい……おはようございます、麻弥さん。すっごく可愛いです」
挨拶、後にベタ褒め。
上原さんから、『麻弥先輩の格好は必ず初手に褒めること! 何を忘れてもそれだけは忘れちゃダメ!』と口酸っぱく言われていたこともあるが、そうでなくとも僕は褒めちぎっていただろう。
ときめいた。こんな感情初めてだ。
「っ!? も、もう翔さん……お世辞が上手ッスね!」
「いや、本当に可愛いですよ」
「そ、そんな訳ないじゃ無いッスか!」
「可愛いんですってば。信じて下さいよ」
「いや、翔さんの事は信じられないッス」
「僕だって怒るんですからね?」
顔を赤くしながら否定していたが、最後だけスっと真顔になり、僕の事は信じられないと一蹴する麻弥さん。流石にイラッとした。
信用される訳が無いとは思っていたが、即答されるとは思っていなかった。
もう少し誠実に生きようか……と、今までの行いを反省。
「冗談ですよ! 翔さんは可愛い後輩です!」
「そうですか。麻弥さんは可愛い先輩ですよ?」
フへへ、と悪戯っぽく笑う彼女にむっとした僕は、彼女の言葉をそっくりそのまま返す。こうなったら、麻弥さんが認めてくれるまで続けてやろう。
大体、彼女は自分に自信が無さすぎるのだ。何故自分がアイドルやっていけているのか、何故ファンがきちんと居るのか。その辺をきちんと理解して欲しい。
可愛いんだってば、麻弥さんは。
「あぁ、もう! 掘り返さないでください! 分かりましたから……フへへ」
褒められれば嬉しい癖に、それを受け入れるまで時間が必要な人。どこぞのちびっこ革命家程とは言わないが、せめてもう少し自分の事を認めてやれよとも思う。
まぁ、彼女の笑顔を見てしまえば半分どうでも良くなるのだが。
「それじゃあ、行きますか……取り敢えずショッピングモールにでも行きますか?」
「良いッスね! ジブン達の身の丈に合ってます!」
「まぁ、僕見た目小学生ですからねぇ……姉弟で遊びに来たと見られるって意味じゃ身の丈に合ってますね……」
「そんな意味じゃ無いですよ!?」
何故か、彼女の一言をかなりマイナスに取ってしまった。
しかし、頭の中の上原さんが、『デートは二人でやるもの! 相手のことを楽しませると同時に、自分もしっかりと楽しむこと!』と語りかけて来る。
それを聞き、僕は自分を奮い立たせる。そうだ、落ち込んでいる暇はない。
「分かってますよ……それじゃ、楽しみましょう」
「……はい!」
かくして、これから何度も行う事になる、僕と麻弥さんのデート。
その記念すべき第一回が、今まさに始まったのであった。
「……あれ、デートプランのメモ消えてる」
「翔さん!?」
──
『こちらCチーム! ターゲットの出発を確認!』
「了解。そのまま尾行を続けて」
『了解!』
『なんで俺が沙綾と……』
『ふーん? ……嫌だった?』
『ばっ! んなわけねぇだろ……』
惚気が始まった遥と沙綾さんからの通話を切り、スマホをポケットの中に仕舞う。周りに居る数名に目配りし、全員の気が引き締まったのを感じ取る。
「ターゲットが出発した。全員、準備は良いか?」
「たーくんカッコいい!」
愛しの彼女の褒め言葉に頬が緩みそうになるが、ダラしない顔を見せる訳には行かないので、気を引きしめる。
これから俺達がすることは、決して褒められたことではない。しかし、翔の事を考えた場合、絶対に決行しなければならない。
例え、誰かが命を落とす結果となったとしても──!
「これより……『翔及び麻弥先輩のデートを尾行して、二人を弄り倒せるネタを採取しちゃおう作戦』を決行する! 普段は弄りにくくて堪らない翔の意外な一面を激写せよ!」
「「「了解!」」」
二人のデートと同時に、多数のバンド仲間を巻き込んだ、それはそれはアホな作戦が決行されていたことを、ターゲットの二人は知る由もなかった。
ご閲覧ありがとうございます。女の子の服なんて分かんないよ。二時間位調べまくってました。なんか、疲れた。
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それでは、また次回。
追記
新作開始しました。よろしければ是非
『反骨の赤メッシュがでろっでろに甘えてくるんだけど』
https://syosetu.org/novel/243488/1.html