黒と金のアヴェンジャー 作:主将
アレンと戦ったシグルスはホームから近い酒屋に来ていた。それは南のメインストリートにある酒場で大きな酒場ではないしとりわけ飯が美味いわけでもない。安酒が並んでいてお世辞にも清潔な場所とは言えない、いわばならず者の冒険者の店だろう。普段ならば豊饒の女主人なり行きつけのパブなりバーなり行くからこんな店には入らないのだがアレンとの戦闘で疲れたシグルスは近場で酒を飲みたかった。手持ちの金がそんなにあるわけではなかったというのも理由である。
塩気の濃い料理を粗悪品のジンで流し込みながら店を見渡していると二つ程隣の席に見知った顔を見つけた。彼も俺を見つけたようで舌打ちをしている。何か声を掛けようかと思ったが辞めた。安酒でただでさえ悪い酔い方をしかけている。変なトラブルは生みたくなかった。そうして飲んでいるうち、さらに見知った顔が入ってきた。
ベルの前にはパーティメンバーの
腹も満たされ、酔いも回ってきたとき店内に1人の声が響いた。
「なーにがレベル3だよ!レコードホルダーだかなんだか知らないけどインチキも程々にしろよな」
店内に嫌な笑いが立ち込めた。声の主はアポロン・ファミリアの小人族。『トマト野郎』のときもそうだが酒場でこう言うことは日常茶飯事だ。このくらいはベルでもなんとかできるだろう。
「逃げ足だけが速い兎がモンスターから逃げまくってランクアップ!今度はレベル3も近いだぁ?オイラだったら恥ずかしくてホームから出られねぇよ!」
ベル達はやれやれと言った様子で口を挟むのはやめたようだ。妥当な判断だろう。1発くらい殴っても怒られやしないようにも思えるが。
「見ろよ!仲間は他派閥の寄せ集めだ!売れないヘボ鍛治士にちっこいガキのサポーター!ま、インチキルーキーにはお似合いってとこか?」
アポロン・ファミリアの他の団員が小人族の話に下品に笑った。酒を一気に飲み込んだシグルスは拳の関節をパキパキと鳴らした。
「まぁそれも仕方ないか!腰抜け兎のファミリアは弱小も弱小、最下層だ。なんだって威厳も尊厳もない!あるのは胸だけの落ちこぼれ女神が率いているんだからな!」
その一言を小人族が言うとベルが弾けたように立ち上がった。
「取り消せ!!」
急に立ち上がったベルに小人族は驚いた。そして震え声で続けた。
「は!図星だから怒ったんだろ!?白状しろよ!本当はあんなチビ女神の眷属なんて恥ずかしくってしょうがないって!」
小人族がその一言を言い終わった瞬間、彼の顔にジャッキが投げられめり込んだ。投げたのはヴェルフだ。
「手が滑った」
彼の一言で酒場は大荒れだ。アポロン・ファミリアの冒険者達対ベル&ヴェルフの殴り合いが勃発した。ベル陣営は2人だけだけど奮闘していた。寧ろ少し押している。これでいいんだ。ベルの状況が俺でもオッタルだとしてもこうしていた。オッタルなら喧嘩のレベルで済んでいないだろうが。
「次はどいつだ!」
乱闘に混ざっていたアポロン・ファミリアの全員を始末したヴェルフがそういうと「相手になろう」という声と共に茶髪を後ろで纏めた端正な顔の青年が出てきた。
そいつはベルやヴェルフより速く強い。唐突に肉迫してきた青年に呆気に取られたままヴェルフは殴り飛ばされた。次いでベルは青年に速さに反応できず顔に連打を受けて血を流した。青年は怯んだベルの首を掴んで持ち上げた。
「その程度かリトル・ルーキー。まだ撫でただけだぞ」
「あいつ!アポロン・ファミリアのレベル3、
レベル1つ分の差は大きい。ベルは首が吊られて苦しそうな声を出している。
「我が仲間を傷つけた罰は重い。相応の報いを受けてもらおう」
ベルの首が一層絞まる。気色悪く口元を歪めるヒュアキントス。シグルスは立ち上がった。
「三下がいきがるな。不快だ」
唐突に現れた人物にヒュアキントスは目を見開いて驚愕した。周りの冒険者も驚愕している。
「戦…鬼……」
そしてその沈黙を破るように椅子が蹴飛ばされる音が響いた。
「珍しく同感だ。揃いも揃って雑魚がうるせぇ。酒が不味くなる…失せやがれ…!」
さらに現れた第一級冒険者。ヒュアキントスにはシグルスとベートに言われてもなお反抗する勇気は無かったらしくベルを投げ捨てた。
「…興が削がれた。行くぞ」
倒れた仲間にそう指示したヒュアキントスは店を出た。倒れた団員達が支え合いながらヒュアキントスの後に続く。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ」
ベートも倒れているベルにそう言って店を出た。残されたシグルスはヴェルフが動けるのを確認するとベルを背負った。
「こいつのホームまで案内しろ」
シグルスの指示にリリルカは返事をするとシグルスの前を歩き出した。
ヘスティア・ファミリアの本拠についたシグルスはヘスティアにベルを預けて帰ろうとしたがお茶の一杯でもと半ば強引に呼び止められてしまいソファに座っていた。
「ボクはビックリだよー。まさか君みたいな子とベル君が知り合いだなんて!」
「それはそれは。しかし災難ですね。
高価なわけではないのだが温かく美味しいお茶は酒で荒れた胃を癒している。ホームの中は良い意味で賑やかで手当てを受けたベルとヴェルフがリリルカやヘスティアと騒ぎ合っている。そんな光景をどこか遠い目で見ているとヘスティアに話しかけられた。
「何かあったかい?」
「いえ、楽しそうなホームだと」
「ハハハ。そうかい?」
「ええ。とても」
フレイヤ・ファミリアの本拠が楽しくないわけではない。幼い頃から感じてきたあの張り詰めた空気はやはりシグルスの肌にはよく馴染む。ただこんな本当の家族のようなファミリアも良いものだと感じた。
ヘスティア・ファミリアを後にしたシグルスは本拠ではなくフレイヤの自室へと向かった。ベルについての出来事は報告するように言われていた。