それはともかく、今回も残酷な描写はあります
ご了承ください
「起きて、起きてよ」
誰かに声をかけられたため、時雨は目を開けた。
ここは……寮部屋? 確か出撃していたはず? そして、今の声は……
「どうしたの、時雨?」
「村雨……なんで?」
目の前には村雨がいた。ツーサイドアップの髪型をしてベレー帽まで被っている事から間違いない
近くには吹雪と如月もいた。こちらも同じだ
「そうだ! 鎮守府は!? 敵はどうなったの!?」
「落ち着いて、私達は無事だから」
時雨は今までの事を思い出しながら問い詰めたが、如月は安心するかように言った
「そうだよ、艦娘は簡単には死なないから」
「どうしたの?」
吹雪のニッコリとした笑いに時雨は安心できなかった。何かおかしい
仲間や妹がいるのに、背筋が凍るかのようだ
(これは……夢?)
時雨は頬っぺたをつねろうとしたが、村雨は時雨の右腕を掴んだ
「目覚めたらダメ!」
「え?」
「兎に角ダメ! 時雨は辛い経験したでしょ!?」
「それはどういう?」
時雨は村雨に聞こうとしたが、村雨の表情を見て固まった
何かに怯えているかのようで、焦っているみたいだ
「村雨はね、ずっと見ていたの。時雨がPTSDにかかった時、心配していた」
「村雨?」
「だから、これ以上辛い思いはさせない。身内を廃人になんかさせない!」
村雨が何を言っているか分からない。しかし、嘘をついているようには見えない
だが、それと同時に時雨は理解した。これは夢だ。なぜ、そう思ったかは分からない。直感だ
確か以前までの記録は……
時雨の表情を読み取ったのか、如月と吹雪は顔を見合わせていた。何か決意したらしく再び時雨の方へ向いた
「提督と睦月ちゃんにサヨウナラと伝えて」
「今から長い旅に出るから。時雨ちゃんは司令官のことをよろしく」
「村雨は……僕は……もしかして……」
時雨は何かに気づいたが、村雨は人差し指を立てながら口元へ近づけた
そんな……
「村雨……まさかもしかして……」
「楽しかったよ、時雨。でも、忘れないで。離ればなれになっても一緒だよ」
急に視界がボヤけた。これは夢だ。だが、なぜ夢だと思ったかは確信した
確か僕は……僕は……
(全身麻酔を受けたんだ! 起きないと!)
段々と直前の記憶が蘇ってきた。供給マスクを無理やり付けられ眠らされたんだ!
僕に付けた相手は結衣! 抵抗したが、なす術が無かった!
目を開いた。ぼんやりとしているが、眩しい光が目に入る。太陽の光ではない。電球だ。しかし、それにしては眩しい
眩しすぎるため腕で覆おうとしたが、動かない。いや、正確には体が動かない。指一本すら動かせない。何かに縛られているらしい。また、麻酔の供給マスクが口に覆われているため、声は出にくい
しかし、時雨は視界に映る光景に絶叫した。絶叫せざるを得なかった
自分の身体は上半身裸だった。いや、それだけならいい。以前に扶桑山城から暴漢に襲われたら全力で逃げるよう言われたことがある
性犯罪は実際に存在しているし、狙ってくる人もいるだろう。憲兵隊である502部隊が護衛してるが、自己防衛も出きる
だが、今行われているのはおぞましいものだった。レイプよりも残酷な仕打ちを受けている!
「いや……嫌だ嫌だ嫌だ! 止めて!」
何と自分の身体を誰かが手術している! しかも勝手に!
医者らしき人が自分の腹部に何かをしている! しかも腹部はパックリと裂かれており……
「おい、目覚めたぞ。……結衣、麻酔を弱らせたな」
「いいじゃない。ショック死したらそれまでだけど」
「いやああぁぁぁ!」
時雨は絶叫して再び失神した。見るに絶えなかったからだ
「はっ!」
どれくらい時間が経っただろうか。気がつくと時雨は眼を覚ましていた。起きた場所は床の上。冷たいコンクリートで横になっていた。場所は薄暗くて良く見えない。だが、外ではない事から拘束されている状態だ。しかし、今の手術は……
さっきのは夢だ! 夢のはずだ! しかし、何か身体がおかしい
「ゴホゴホ……」
身体がとてもダルい。風邪でも引いたのか? しかし、自分の身体は特に異常はない。だが、何かおかしい。それに、上半身に何か違和感がある
「これって?」
時雨はマジマジと見た。黒い箱型の形をしたものがあったが、長い電線が数本出ている。バッテリーなのか? が、今はそれが問題ではない。バッテリーの電線は全部時雨につながっている
慌てて腹部に手をやったが、間違いない! 電線が身体の中に入っている!
電線が時雨につながっているのだ!
「何なの……これ……?」
時雨は何が起こっているのか分からない。ここが牢屋であるのは分かる。場所は恐らく硫黄島あたりだろう。てっきり拷問を受けるかと思いきや、全く別の事が起こっているからだ
どういう訳だろう。
「電気で生きているって事?」
何故だろう。電線を切ってはならないような気がした。体内に何が起こっているんだ?
それを答えるかのように返事がした
「半分正解だ。お前はそのバッテリーで生きているようなものだ」
時雨は飛び上がり身構えた。声の主は結衣だ! 深海棲艦姿ではない。人の姿だ!
「そんなに激しく運動したら身が持たないぞ。心拍数が上がる訳がない」
「黙れ!」
時雨は怒鳴ったが、それよりも時雨はさっきの言葉が気になる
心拍数が上がる??
「そうだ。お前は私達の邪魔ばかりしている。兄を倒し私を殺した。有数な浦田重工業を崩壊させたんだ。そして、さっきの戦いでも数少ないF14を撃墜させた。あれを手に入れるのに苦労した。流石は幸運艦だ。褒めてやるよ」
「僕に何をしたんだ?」
時雨は嫌な予感がした。あれが……あの手術台が夢でないなら……もしかして!?
「お前が生きているのは幸運だからだ。偶然でも何でもない。勝利の女神ってやつか? だから、運を分けて欲しくてね。初めは身体が欲しかったが、今は要らない。リリといかいうロボットのお陰だからな。だが、それだけではダメだ。運も実力の一つだ。お前の心臓を頂いたよ」
結衣の衝撃的な言葉に時雨は愕然とした。心臓を奪った!? あの手術は臓器摘出をしていたのか!?
「じゃあ、なんで僕は生きているんだ!?」
時雨は怒鳴った。いくら身体能力が優れていても心臓が無ければ意味がない!
しかし、結衣は口角を吊り上げた
「お前に埋め込んだのは全置換型人工心臓。要は機械の心臓だ。リリのデータにこれがあってね。リリの能力は凄い。限定的だが、材料さえそろえば機械は作れる。面白いものだ」
「機械の心臓?」
「ああ。外付けバッテリー式だ。電線を切ったり、バッテリーが上がったりしたらお前はあの世だ」
時雨は結衣が言っている事が半分ほど分からなかった。だが、分かったことがある。心臓を奪って機械の心臓を僕に入れた!?
「僕の心臓は何処!?」
時雨はかみついたが、分かっていた。何処へやったのかを
「私の身体の中だよ。時雨のお陰だ。本当は他の幸運艦の臓器を奪いたかったが、簡単にいかなかった。まあ、いいさ。しかし、私ももう人間ではないな。研究員に聞いたが、適合関係なく臓器を取り入れるらしいぞ。面白いだろ」
「ふざけないで!」
てっきり拷問されるかと思いきや、予想外の行動に頭がついてきけない。これは予想外だった
「まあ、お前がまだ生きているのは必要としている者がいるからな」
「どういう事?」
嫌な予感がした。また何かしているのか?
「お前の腎臓1つを田中湊に分け与えたさ。アイツは逃亡生活で身体を悪くしているんだ。感謝しているよ。しかも、これは運よく適合しているから問題はない。膵臓は浦田残党を支援している深海教に寄付するよ」
淡々と話す結衣に時雨は眩暈がした。こんな事が許されるのか? 臓器移植した?
しかし、逆に言えばこうも言い換えられる
(僕が臓器移植用として見られているなら痛い目に合わせないはずだ。それで助けが来てくれたら……)
「安心しきっているな。残念だけど、もう臓器はいい。まだやりたいことはあるからな」
「え?」
結衣が凍り付くような目でこちらを見ている。以前にも見たことはある
命の危機はないが、碌なことではない!
結衣が近づいてきたため、艤装を構えた。艤装は艦娘の身体能力を上げるものであり、武器でもある。また、防御力も増すため艦娘はそう簡単には死なない
だが、相手が怪物だったら別だ! それにこういうのは予期しているらしく艤装に搭載していた砲弾も魚雷も全て抜き取られている
「勝てる訳ないだろ。少しは学べ」
結衣は時雨に掴むと強引に地面に叩きつける。時雨は咄嗟に振り払おうとするが、相手は容赦なく乱暴に押さえつけられた
暴行は直ぐに収まったが、両手に手錠をかけられていた
手錠は天井から垂れている鎖につるし上げられ、時雨は手を上に上げた状態で固定されていた
(前と同じだ!)
時雨は焦った。またやる気だ! 拷問の下準備だ!
時雨は焦っていると結衣は手から何かを取り出した。それは……
(鞭!?)
間違いない! 乗馬鞭のような形はしているが、鞭であることには変わりない!
結衣が近づいてくる。時雨は咄嗟に周囲を見渡した。密室であることには間違いない。それ以前に時雨は拘束されて動けない。手錠の冷たさを時雨はいっそう感じた
「そう言えば以前は使わなかったな。鞭打たれるのは初めて?」
「あ、当たり前だ!」
「そう。なら、前回の続きをしてやる」
そう言って結衣は腕を大きく振りかぶった
「がぁ!」
殴られたような衝撃が走り、時雨は息を詰めた
「ヘェー。これも効くんだな」
結衣は嘲笑っているが、時雨はそれどころではなかった。思っていた以上に痛い。叩かれた場所は背中だが、一回打たれただけで激痛が走った。鏡がなくても痕が分かるかと思うほどだ
時雨は結衣の仕打ちに対しての怒りと恐怖に身体が強張った
「どれくらい持ち堪えられるか楽しみだな!」
風邪を切る音ともに再び無知が振り下ろされる
「ッグ……!」
衝撃と痛みに涙が出そうになった。痛みが全身を鋭く駆け巡った。だが、相手は容赦しない。同じ場所に鞭が振り下ろされる
背が避けるような痛みに身体が大きく揺れる。時雨は逃げ出したい思いで宙に浮いた足をもがいた
だが、結衣は手を休めない。鞭をふるい続けながらも、結衣の手には疲れが見えないのだ
鞭が打たれる度に背中一面が止めるように熱く、ズキズキと痛んだ。また、結衣が持つ鞭が短い理由が分かった。狙った場所を打つためだ! 背中だけでなく足や腕にまで鞭を撃ちこんできた
何発打ち込まれた分からない。全身傷だらけなのだろう
不意に結衣の手が止まった。だが、時雨は痛みの余りに涙が滑り落ちていた
前回に味わった拷問をまた味わうのかと思うと気が気でなかった
時雨は恐怖に顔を歪めた。仲間はどうなったのだろう? 村雨も如月も沈んだ。吹雪も……
鎮守府は生物兵器を撃ち込まれている
助けなんて早々にやってこない。だが、提督なら乗り切れるだろう
「時雨、お前は仲間を信じているらしいが……いいだろう。もう用済みだ。仲間の所に送ってやるよ。まあ、初めから潰しても面白くないからな」
結衣は底冷えするような笑顔で笑いながら言ったが、時雨は信じられなかった
僕を逃がす? なぜそんな事を?
「精々楽しむことだな。お仲間によろしくな」
次の瞬間、腹部に激痛が襲い時雨は気を失った。結衣が時雨の腹に殴ったのだ。そのため、意識を保つことが出来なかった
時雨が目を覚ましたのはベットの上だった。最初に眼にしたのは真っ白い天井だった。意識が少しずつハッキリしていく、どうやら随分と眠っていたらしい
「ここは?」
ここが何処なのか分からない。ただ医務室であることは分かる。ベッドに横たわっていた
そして、近くには数人の艦娘がいた。矢矧と大和と夕張、そして夕立もいた
「目が覚めたっぽい!」
「夕立?」
時雨は困惑した。夕立? ここは何処だ? 夢なのか? 夕立は時雨に抱き着いてきた。何があったのか分からない
「ここは……また夢?」
「違うわ。貴方は敵に誘拐されたの。そして呉近海で救難信号を受信したの。貴方を見つけた」
淡々と説明した口調で矢矧は言った
「まさかと思ったけど本当に良かった。全身傷だらけで放置されていたんだから」
矢矧の言葉にハッとした。結衣が自分に何をされたのか!
「矢矧さん! 僕は──」
「分かっています。夕張さんが時雨の身体を調べたとき、驚いていました。まさか、臓器を抜き取るなんて! しかも、機械の心臓を埋めるなんて!」
大和が怒りを抑えながら言った。どうやら、結衣が何をしたのか薄々と気が付いているのだろう
時雨は今まで起きた事を話した。自分に受けた仕打ちは話す気にはなれなかった。四人はショックを受けていた
「時雨の心臓を取り込んだ? でも、なんで?」
大和は困惑した。臓器移植用で腎臓や膵臓を奪うのは兎も角、心臓を奪って取り込むのは聞いたことがない
「分からない。しかも、僕を鎮守府に送り返すなんて。……そうだ! 提督は何処? 敵は硫黄島にいる!」
時雨はベッドから出ようとしたが、夕張に無理やり押し戻された
「貴方は7日も行方不明なの! しかも、機械の心臓を埋められているの!」
「だからこそだよ! アイツを倒したいんだ! 吹雪も如月も村雨も撃沈された! アイツを許さない!」
時雨は必死だった。結衣が何を考えているか分からない。わざと逃がした理由はどうでも良かった。慢心しているのだろう。それなら、一刻も早く反撃に転じなくては! もう自分の妹である村雨も一緒に楽しく話していた吹雪も如月もいない! 結衣が沈めたのは確認している!
だが、大和は黙ったままだ。矢矧も夕立も暗い顔をしている
「そう……やっぱり撃沈されたのね……」
「撃沈されたんだよ! どうして反応が薄いの! アイオワさんは何処? 山城や扶桑に会わないと! 満潮と朝雲は? 浦田結衣がなぜか僕を逃した! 何を考えているのか分からないけど、このまま引き下がれない!」
時雨はイラついていた。なぜ仲間が死んだのに誰も悲しまないのか分からない。一周目の世界ではそんな事は無かった!
しかし、夕張は暗い声で時雨に言った
「時雨、落ち着いて……多分、私達がどういう状況かを分からせるために送ったと思う。私達は出来ないの……だって今は謎の病原体で生きるか死ぬかなのよ」
「え?」
時雨は悪寒がした。何が起こっているのか分からない。僕がいない間何があったのんだ!?
「あの防衛戦の時に生物兵器が撃ち込まれたのを覚えている? 提督は消毒を命じたけど、遅かった。この七日で鎮守府全体は謎の伝染病によって蔓延しているのよ」
「どういう事?」
夕張の説明はこうだ
時雨が捕まっている間、提督は結衣が撃ち込まれた生物兵器の対策を行った。しかし、結衣は霧状の緑の液体を散布していた。砲弾には無数の子爆弾らしきもので広範囲に広めたらしくほとんどの艦娘が浴びてしまったのだ。502部隊とあきつ丸と神州丸は提督の警告で慌てて離れて行ったため緑の液体にかからず助かったが、鎮守府と艦娘は隔離された
たまたま離れて難を逃れた艦娘は数人いるが、感染している疑いがあるため呉鎮守府の近くである柱島に臨時設営した
そのため、時雨を助けようにも助けられなかったのだ。
初日は特に異常は無かったが、数日経つと変化が見られた
初めは高熱や頭痛を訴える者が出始めた。入渠は病を治す効果はないため、隔離して明石と秋津洲が治療を行っていた。初めはインフルエンザに似た症状であったため、浦田残党が保有する生物兵器は不発に終わったのでは? と思われていた。しかし、症状はみるみる悪化。嘔吐や血便をする者も出始めたため、手が付けづらくなった。そして、ほとんどの艦娘が謎の病に倒れていった。健全な艦娘はほとんど居ない。廊下や会議室などには毛布に被さるだけで横になる艦娘が多数いた。全員、辛そうでうめき声もあげている。提督も感染したらしく、隔離されている
「空気感染ではない! それは確か! だけど、何の病原体なのか分からない!」
明石はそう言ったのを最後に倒れた。明石も感染していたのだ
艦娘は艤装を纏えば身体能力が上がり簡単に死ぬことは無い。しかし、病を治療することは出来ない。生命維持装置のような扱いになるため、解決策ではない
またウイルスも容赦ない。謎の病原体は無差別に症状を悪化させている。力自慢である武蔵や長門でさえ謎の病原体に倒れた
「……ここは呉鎮守府建物から離れた施設。無事な艦娘はここにいる者を含めても12名しかいない」
夕張の簡潔な説明に時雨は真っ青になった。ここまで悪化しているとは思わなかったのだ
「治すことは出来ないの?」
「無理よ。私や工廠妖精が防護服を着て鎮守府建物内を見回っているけど、快方に向かっている艦娘はいない! もう戦う艦娘がいない!」
夕張の悲痛な叫びに時雨は結衣がなぜ呉鎮守府に送り返したのか理解した
これを見せるためだ。呉鎮守府は陥落した。しかも、よりによって生物兵器のせいで!
「どうすることもできないの!?」
「……ここから十キロ先に502部隊が陣地を作って監視という名目でいるけど、何も出来ないの。軍医と提督の父親である博士が頼り」
「しかも全身から血を噴出した艦娘までいるの。私にはどうすることも……」
「もう……皆アイツにやられちゃったぽい」
矢矧も大和も夕立も悔しそうに言った。なぜ夕立や大和が村雨や如月や吹雪の撃沈を報告しても誰も反応しなかったのか、分かった
ほとんどの艦娘がウイルス兵器のお陰で感染しているんだ
「このまま改善できなかったら死ぬ可能性もある。艤装を纏った艦娘でも衰弱死することもある」
「そんな……」
時雨は目の前が真っ暗になった。提督も他の艦娘も感染して身動きできない?
このままでは結衣や浦田残党は、こちらを気にせずに好き放題して来る!
502部隊の陣地
「隊長殿、時雨が保護されましたのであります」
「そうだな」
夕張からの通信を聞いたあきつ丸は曹長に伝えたが、彼は気を落としていた。生物兵器が撃ち込まれたという提督の警告に咄嗟に逃げた。そのため感染は免れたが、提督やほとんどの艦娘が謎のウイルスに感染している
そして、数日前には国防大臣から命令が下った
『浦田残党狩り作戦は中止。呉鎮守府は命令があるまで隔離封鎖を行う。お前達は艦娘護衛の任務を解く』
無線からは判を押したかのような答えが返ってきた
『朝霞陸軍基地へ向かい指示を待て』
「502部隊は小隊長である大佐の命令を受けている。元帥からです!」
『そちらが軍の命令だというのなら、こっちは総理の指示を受けている。直ちに撤収させろ』
国防大臣の命令に全員が耳を疑った。このままだと不味い!
「感染した艦娘は放置ですか!?」
『いいか、未知のウイルスが蔓延して呉鎮守府周辺は汚染された。731部隊を初めとする防疫給水部隊*1がいれば別だが、数年前の浦田重工業の反乱で全員がやられた。新設された防疫部隊は実戦レベルにも達しない。艦娘と深海棲艦との戦いで我々は巻き込まれている。これ以上、彼女たちの戦力に頼る必要はない。我々の戦いでこの戦争に勝つ。軍事戦略を駆使してな』
スピーカーから聞こえる国防大臣の言葉に曹長は耳を疑った。近くにいた無線員もポカンとしている。確かに艦娘と深海棲艦との戦争で民間人や兵士が巻き込まれているのは間違ない。だが、これは賛成し兼ねない
「今の状況では、あらゆる戦力が必要な時です。戦力を潰すのは間違っている」
『まず対深海棲艦や対浦田残党の戦略を立て直す。外交的な手段も探る。国際協力も必要だ。そのためには──』
「失礼ですが、正式な命令がない限りは貴方の命令を聞けません。話なら私の直属の上司である大佐を無線で出してからです!」
曹長は無線を切った。大佐が粘るだろうが、長続きしないだろう
「クソったれが」
曹長はイラついた。こんな事になるとは……。大佐は粘っているらしく、まだ撤退命令は出ていない。現在ではある任務を受けていた。と言ってもほとんど軍医の仕事である
「白露が見つけた二発の不発弾が見つかって良かった」
不発弾……それは結衣が撃ち込んだ砲弾の中には炸裂せずに地面に転がっていたものもあった。白露が見つけたらしく、工廠は大騒ぎになった
明石は砲弾の中に子爆弾らしきものがぎっしりと入っているのを確認。恐らくカプセルにウイルスが入っているだろうと予測していた
だが、鎮守府がウイルスに蔓延しているため解析は出来なかった。夕張は感染に免れた妖精に502部隊の陣地に運ぶよう指示。無事に届けられた
「軍医に未知のウイルスが分かるのでありますか?」
「アイツを信じろ」
曹長はニヤリとした。アイツの能力は小隊長である大佐も認めている
そんな中、部下がこちらに駆けつけてきた。何やら会いたいものがいると。それは……
「警察の出番ではないでしょ。でも他の刑事さんや警官よりかはマシそうだ」
「そのようですね。先日は失礼しました」
曹長は呆れた。誰かは分かる。杉田警部と鶴川巡査長だった
「化学防護服に腕章を安全ピンで刺して呉鎮守府に入ろうとした間抜けな警官隊がいましたね。お陰で全部ダメになって捨てる羽目になりましたが*2」
「ええ。我々も認識が不足していました」
杉田警部は頭を下げた。未知のウイルスが使われた事で軍も警察も動いた。動いたのはいいが、警察は軍から借りた化学防護服にあろうことか腕章を安全ピンで刺して現場に入ろうとしたのだ。軍医が慌てて止めたため一大事にならずに済んだが。隣では鶴川巡査長は気まずそうにしていた。彼も防護服に穴をあけた警官の一人だった
「早速ですが、本題に入ります。ウイルス兵器が入った不発弾を見つけたとか」
「そうです。後は野生の動物が死んでいるのを発見している。丁度、私も知りたかったところだ。一緒に行きませんか?」
一行は軍医が謎の病原体を調べている場所へ行った。幾つものテントが立っており、防護服を身に着けた歩哨が立っている事から、防疫態勢は万全なようだ
曹長たちは使い捨ての白衣と防護服を着せられ、専用の靴と手袋を身に着けさせられた。あきつ丸と神州丸もである。艤装じゃ要らないので外に置いてきた
最近を通さないフルフェイス式のマスクを被らされ、消毒液を噴霧させられた上で中に入ることが出来た
中は物々しいものだった。テーブルには多くのフラスコやビーカーがあり、試験管やペトリ皿が置かれている。そして、問題の砲弾と動物の変死体。20名ほどの人が作業に没頭していた
「何処からこんな人を?」
杉田警部は質問したが、答えたのは軍医だった
「提督の父親である中将に頼んで寄越してくれたのです。助言もあるお陰で作業がはかどります」
「そうですか。それで何か分かった事はありますか?」
杉田警部だけでなく、他の者も同じだ。あきつ丸も神州丸も同じだ。ウイルスが何なのか突き止めないといけない
「専門用語ばかりになるので、簡潔明瞭な説明にします。呉鎮守府付近にいた猫や犬などの動物の変死体や夕張から報告が来ている艦娘の症状を見て考えられる病原体は出血熱でしょう」
「出血熱って何です?」
鶴川巡査長は質問した。聞きなれない用語だから無理もない
「病名通りです。感染すると内臓が冒され激しく出血し最悪の場合、死に至ります。あの野口英世も黄熱病で命を落としたウイルスだ」
軍医の説明にあきつ丸や神州丸は真っ青になった
出血熱は昔から確認されている病である。テング熱や黄熱などである。南米だとアルゼンチン出血熱やボリビア出血熱など知られている
「つまり、未知のウイルスですか?」
「その可能性は高いです。出血熱だとすると、基本的に接触感染。空気感染する心配はない。問題は治療法が見つかるかどうか。症状からして新たなウイルスの可能性がある」
「お願いします、仲間を助けてください!」
神州丸は前に出て頭を下げた。このままだと本当に命を落としてしまう!
鎮守府ではもう一つ問題が起こっていた。時雨が倒れたのだ。突然、意識を失い倒れたと
「何が起こっているの!?」
時雨の人工心臓の電力供給は問題ない。では、何だ?
「明石がいれば……」
夕張は自分の非力を呪った。工廠能力はあるものの、明石には及ばない。その明石は未知のウイルスで倒れている。このままだと全滅してしまう!!
大丈夫……救いは……
ウイルスくらいなら艦娘は平気……かな?
余談ですが、前話あたりで生物兵器は取り扱いが難しいと説明しましたが、全く使われないことは無い
現在において蔓延しているコロナウイルスが研究機関から漏れ出した物かどうかは分かりません。ただ生物兵器でないのは確かだと思います。生物兵器は(というかあらゆる兵器は)制御できなければ何の意味もないですから