まだ宗谷をドロップしていないので周回する必要がある!
大和は柳田の宣告を聞いて自分の周りの時間が止まったように感じた。柳田は何か言っていたが、遠く聞こえているかのようで耳に入ってこない
「──艤装のお陰で延命しているたけだ。普通の人ならとっくに死んでいる。いや、どのみち結果は変わらない。数日で死ぬだろう」
「嘘よね。助からない? 死ぬ? 冗談言わないで!」
大和は涙声になっていた。あの時雨が病で死ぬなんて考えたくもない
「資源もお金も何とかしますから! お願いします! 助けて下さい! 何が足りないのですか!」
「これは金銭面の問題ではない。治療法が全く無い」
大和は柳田の肩を掴み迫ったが、柳田は首を振った
「発症したら僕だけでなく僕たちの世界でも治らない。現代医学でも治療出来ない」
「ふざけないで!」
大和は悲痛の叫びをあげた。泣いていいのか、それとも相手を殴ればいいのか分からない
「仮に別の医者に診せても結果は同じだ。昏睡状態になってるが、時間が経てば死亡する」
「考えて! お願い! お願い! 時雨は数年前の戦いでひどい目に合った。今も苦しんでいる! だから、時雨を幸せにしてあげたい!」
「言いたいことはわかる。しかし、これは──」
「ねぇ、じぐれを助げでよ! 何でもずるがら! お願い! お願い! お願いじまず!」
大和は恥も外見も殴り捨てていた。誰もいないのだから問題ない
しかし……柳田の返事は同じだ
「済まない。あのウイルスに対抗するものはない。手がない訳でも無いが……三浦会社の新薬研究部門が新たな抗ウイルス薬を開発した。関わった時期がある。あの新薬なら助かるかも知れない」
「ぞれなら!」
大和は声を張り上げたが、柳田ははっきり言った
「しかし、新薬は強力過ぎる。副作用が大きすぎて患者を殺してしまった事がある。治験も中止されデータを取っただけだ。一応ターズに作らせたが、今の時雨の状態に投与すれば死期を早めるだけだ」
「そ……んな」
大和は崩れ落ちた。陸奥が言っていた天才すらお手上げなのだという
「……済まない。せめて意識だけでも回復すれば見込みはあるが……あの状態ならな」
柳田は静かに言った
だが、大和は違った。彼女は気が狂いそうだ。教授でも治せない? 何で?
「どうじて!? やっと平和になったと思ったらアイツが復活して時雨は誘拐ざれ臓器を奪われだ! 時雨は瀕死で臓器を取り込んだ人は健康になるなんて! あんまりよ!」
大和は泣きながら喚いた。柳田は何も言わなかったが、ハッとして大和に聞いた
「おい、時雨の臓器で思ったが、誰に移植された?」
「テレビで革命とか喚いている田中よ! 終末宗教団体の教祖と結衣に! 時雨から聞いただけだから分からないけど! でもそんなのどうでもいいから治じて! 敵は時雨を食い物にしてノウノウと生ぎで、じぐれがじぬなんてだえられない!」
大和は大声で叫んだ。大和は涙を流し泣いていたが、柳田は違った。状況を整理していた
(……まさか……テレビの田中があんな状態になったのは……いや、確かに筋が通る。 そうとしか考えられない)
柳田はようやく何が起こったのか分かった。感染源はわからないが、時雨が奇跡的に回復してくれたらこっちのものだ
しかし、あのウイルスは発症したら治療法がない。エボラウイルスよりも性格が悪い
「大和……辛いのは分かる。しかし、奇跡でも起きない限りは無理だ」
柳田は泣き崩れる大和の肩に手を置いた。医者の辛いところは死亡宣告である。相手の気持ちも考慮しないといけないが、場合によっては嘘をつく必要もある
だが、あのウイルスはダメだ。昏睡状態になったら死ぬだけだ
不意に誰かがドアをノックした。ターズだ
『お話し中失礼します。教授、時雨の容体に変化がありました』
「何だ?」
柳田はターズの報告を聞いた。死亡したたいう報告だろう。提督や他の艦娘に説明する必要がある
しかし、ターズの報告は柳田の予想を遥かに上回っていた
『時雨の意識が戻りました』
「何だって!」
彼もこれは予想外だろう。致死率は高いウイルスなのに、意識が戻った?
柳田は大和を置いて医務室に向かった。時雨を寝かせているのはそこだ
あの症状にかかると光に過剰に反応するのでカーテンをして薄暗くしている。夕立が世話をしていたが、夕立は何も出来ないだろう
「何時、意識が戻ったんだ!?」
『現在時刻から3分45秒前の事です』
柳田は医務室に駆け込むように入ると時雨を見た
時雨は確かに目をうっすら開けている!
「嘘だ。信じられん。あの症状から覚醒どころか意識が回復した? あり得ない。普通なら死んでもおかしくのに」
柳田は驚くばかりだ
「いいか? 今から治療する。しかし完治するのは時雨次第。全く大和も無理な注文をするものだ」
時雨は柳田の声が聞こえているのか、頷いていた。聞こえているということは意識がある証拠だ
「ターズ、抗ウイルス薬は?」
『既に精製しました。データ通りに。しかし、あの薬品を使うのは反対です』
ターズは即座に反対意見を出した
『このまま様子を診るべきです。抗体さえ出来れば回復します』
「いや、ターズ。医療機器はそんなに無いから正確には分からない。それに再び悪化するかもしれない。ターズ、準備するんだ」
『しかし、生存確率は遥かに低いです。これ以上は──』
「やってください!」
ターズは反対意見を出そうとしたが、大和の声が聞こえた。恐らく追いかけたのだろう。医務室のドアの近くに大和がいた。大和の目は充血している
「責任は私が取ります。治療をお願いします! 提督はまだ回復していませんが、提督がいればそう言うはずです!」
大和ははっきりと言った
「大和、さっき言っていた抗ウイルス薬は試作段階の特効薬だ。ウイルスを殺すための薬だが、全身に激痛が走る。痛みの余り患者は叫びワメくほどだ。痛み止め薬の効果はほとんど無い」
「どれくらいの期間ですか?」
「成功した事例だが、投与してから完治するまで3日だ。要は3日も全身からの激痛に耐えないといけない。前の治験は10人中2人は完治した。死因もショック死か激痛に耐えきれず投与止め死んでいった」
「それでも2人は完治したんですよね」
大和はすがる思いで聞いた
「ああ。後遺症はないが、投与を受けた人から『こんな薬作るな!』と言われた。三浦社長は金で黙らせたが」
「それでもお願いします。可能性があるなら」
大和は真剣に言っていたが、柳田は迷っていた。恐らく大和は抗ウイルス薬の危険性を楽観視しているだろう
しかし……
彼も同じだ。楽観ではなく賭けである
「分かった。ただ、これだけは約束してくれ。抗ウイルス薬は脳や神経細胞に刺激を与えるから時雨は暴れる。体を固定しないといけない。また、時雨の悲鳴を聞いても投与中止は出来ない。治療を引き留めようとする艦娘を説得する事はできるか?」
柳田の説明に夕立は蒼くなった。時雨の治療は賛成だが、とても苦しいものらしい。夕立は大和を見たが、大和は既に腹をくくっていた
「やってください。矢矧たちには私が説明します。他の艦娘なら任せてください」
「そうか。夕張を呼んで来てくれ」
大和が夕張を連れて来たときには時雨はテーブルの上に寝かされていた。しかし、時雨の手足は拘束具で縛られている。ぐったりしているのにする必要があるのか疑問だった
「夕張だな。工廠妖精で建造する仕組みは理解できた。開発資材を弄って簡易的な賢者の石を生成したから内臓を生成する事はできる。書いてある通りにするんだ。臓器はしっかりと管理してくれ」
「え、えー! 作れるの!」
夕張は驚いたが、柳田は肩を透かした
「本人の細胞を採取して培養し臓器生成という再生治療は既にある*1。これは艦娘バージョンだ。数十年後には実用化出来るさ。それよりも厄介なのはウイルスの方だ」
柳田は早口で説明をした。兎に角、時間との戦いだ。悪化する前に手を打たないと!
時雨は自分がテーブルの上に寝かされているのを感じた。なぜ、そうするか聞きたい事はあったが、上手いこと声が出ない。意識はあるのに、身体が麻痺しているような感じがしている。にも拘らず、自分の身体は拘束されている。こちらは身動きすら出来ないというのに。今では呼吸すら難しい。酸素吸入器を取り外されたためというのもあるが
「いいか。今から治療を始めるが注意点がある。君の体内にあるウイルスは厄介でね。致死率が異常に高い。それを取り除く必要があるが、残念だが治療法はほとんど無い。この新薬である抗ウイルス薬はウイルスを殺すが、試験段階とはいえ荒治療であるために君の体を痛めつける。治験ではある患者はショック死した。例え耐えても君の精神状態では余りの痛さに精神が破壊されるかも知れない。治験では10人中2人は生き残った。生きるか死ぬかは君次第」
「う……うん」
時雨は教授という人から説明を受けていた。内容は何となくわかるが、想像を絶するものらしい
「それに抗ウイルス薬を使っても助かる保障があるわけではない。助かる可能性0%から、生きられる確立を2%与えるだけだ。そこから助かるか、助からないかは、お前の気力と運次第」
「痛みは……慣れたよ」
時雨は承諾した。自分でも死期が近づいているのは分かる。全身が鉛のように重い。恐らく艤装で生き長らえただけ。つまり、今後治る見込みはゼロだ
「いいな。忠告はした。そして君は同意した。地獄へ行ってこい」
柳田はそう言うと時雨の右腕に点滴の針を刺した。一見すると何の変哲もないものだ。ただ時雨は得体の知れない液体には恐怖を感じたが
しかし次の瞬間、右腕が焼けたかのような激痛を感じた
「ぎゃああああぁぁぁぁ! 痛いいいぃぃぃぃ!」
時雨は余りの痛さに悲鳴を上げた。今まで鉛のように動かなかった右腕を動くことが出来たが、拘束具のせいで離れられない。痛みは次第に全身に広がり頭まで広がった。頭部はまるでバットに殴られたかのような痛さだ。自分の身体は動かせたが、余りの激痛に時雨は暴れた
「おい、拘束具を2重にするぞ!」
『分かりました』
「時雨、落ち着いてっぽい!」
「痛み止めは投与しないの!?」
「夕張、さっき言っただろ。痛み止めは通用しないと」
周りにいた人たちのやり取りが聞こえたが、時雨はどうでもよかった。この痛みを耐えないといけないなんて!
「外して! 外してよ!」
時雨は喚いたが、相手は拘束具で時雨の体をしっかりと固定していた
数時間後
「提督、もう大丈夫ですか?」
「ありがとう、大淀。気分は最悪だ」
大淀が提督を確認したが、提督はたった今完治した所で今は軍服に着替えている。謎の生物兵器によって生死を彷徨っていたが、誰かに点滴を打たれたお陰で、嘘のように治ったのだ
「それで……何があった? 親父か軍医が治療薬を持ってきてくれたのか?」
「それなんですが」
大淀が矢矧の方に目をむけていた。どういうわけか矢矧は落ち着かない様子だ
「何があった?」
「それは……」
矢矧は口を開き今まで起こったことを説明していた
「柳田……陸奥が話していた奴か」
「勝手な事をしてすみません。ですが──」
「それはいい。それよりも、あの騒ぎは何だ?」
医務室の前では大勢の艦娘が集まっていた。しかも、一部の艦娘の中には取っ組み合いまで始まっている。特に武蔵は大和とにらみ合いをしている
「大和! アイツは拷問しているだろ! 何で止める!?」
「これしかないんです! 治療なんです! でないと、時雨は死にます!」
「拷問の間違いないだろ! 陸奥、アイツは本当に味方なのか?」
「そ、それは……」
「陸奥! 本当に信用できるのか!」
武蔵と大和は姉妹なのにここまで対峙したことはない。長門に問い詰められた陸奥は迷っていた。他の艦娘も同じだ。浜風や磯風が白露達と口論している
提督は駆け寄り騒ぎを収めようとした
「おい、止めろ! 止めるんだ! 何をしている! 武蔵、止めるんだ!」
提督が武蔵と大和の仲裁に入ったことで騒ぎが収まった
「提督! 陸奥が言っていた男が時雨を拷問している! 黙っているわけにもいかない!」
「拷問?」
提督は訝しげに聞いたが、提督は確かに聞いた。医務室から時雨の大きな悲鳴が。提督が医務室のドアを開けたが、医務室の中を見た提督は仰天をした
医務室のベットは片付けられ大きなテーブルが置いてあった。その上に時雨が何重にも縛られているのだ。しかも大声を上げて悲鳴を上げている!
夕立も夕張も泣きながら励ましているが、時雨の耳に入ってこないからなのか時雨は2人を見向きもしない。機械仕掛けのような人型機械が何やら機械で操作している
「何だ、これは!」
提督は仰天をした。これは何だ? 人体実験? それとも拷問? 提督は見慣れない人に近づき掴みかかった
「ああ、ようやく来たか。君が提督か? 身体の具合は?」
「そんなことよりもこれは何だ!? 時雨に何をしている!」
「治療だ」
「ふざけるな!」
提督は拳銃に手を掛けたが、誰かに止められた。目を見ると何と夕張が止めていた
「違います! この人は本当に治療をしています!」
「なら、何であんな悲鳴を上げているんだ!!」
提督は怒鳴った。拷問以外に何と呼べばいいんだ!?
「落ち着け。時雨は君たちにかかったエボラウイルスよりもヤバいものだ。時雨は死期に近づいていたんだ。僕はそれを治療している」
「どうだかな。あんたの事は知っている! 陸奥から聞いた! 天才科学者ではないのか!」
「そういう問題ではない!」
提督の問い詰めに教授は激昂した
「死ぬと決められた運命を逆らう事自体、大変なんだ! お前達がかかったエボラウイルスの治療法も先人たちの血の滲むような努力と、ウィルスに罹患してしまって死んでいった数多の人たちの犠牲の上にあるんだ! 時雨のものは厄介なウイルスだ! 治療法なんて本来無い。だが、今は立ち向かっているんだ!」
柳田の怒鳴り声に提督や他の艦娘は驚いた。こんな事を言った人はいたのだろうか?
「お前がやぶ医者ではないという根拠は?」
「やぶ医者ならとっくに安楽死させている! それとも解体させて建造しろ、とでも言わせる気か? いいや、僕は言わないね!」
「それだけか? そんな理屈は誰でも言える。薄っぺらな言い分だ」
「分かった──陸奥から聞いたかも知れないが、僕の妻は亡くなった。突然の出来事で。身内に不幸な出来事は起きないと誓った。色々と変な研究はしていたが、殺人等の犯罪はしていない。今の時雨は死にかけているが、生きている。なら、助けるまでだ。大和が、いや、他の艦娘が時雨は大切な存在。絶対に治してくれと頼まれた。泣きながら頭を下げて。だから僕は僅かな可能性を賭けて治療している。これでいいか? 陸奥から聞いたんだろ? これ以上、何を言えばいいか分からないが、これだけは言っておく。信じてくれ」
柳田の言葉に提督は何も言わなかった
信用できるかどうかは怪しいが、少なくともウソは言っていない。そして、確かに言う通りだ。やぶ医者ならまずは金を吹っ掛けてくる
「分かった。今回だけは信じよう。邪魔してまで悪かった」
提督は医務室から出た。後は彼次第だろう
「提督! アイツは──」
「武蔵、落ち着こう。少なくともウソは言っていない」
「しかし!」
武蔵は不満そうだが、大和は違った
「提督、私の責任です。治療法があんなものだったなんて知らなくて!」
「いいんだ。エボラウイルスだったっけ? 軍医や親父でも分からなかった病を治してくれたんだ。それに、陸奥の言う通りだな。偏屈な奴だが、悪い奴ではない」
「ええ。まさか大和達が連れてくるなんて。どう言えば分からないけど、無事で良かった」
陸奥は小声で言っていた。本人もまさかこんなところで会うとは思わなかったのだろう
(思い出した時に会ったらビンタしようと思っていたけど、今は止めておこう)
陸奥は心の中でそう呟いた
「取り敢えずは様子は見よう。いいな?」
「提督が言うなら従います」
赤城は頷き他の艦娘も渋々頷いた。こういう判断をするのは上官だ。従うしかない
そんな時、医務室の扉が開いた
柳田が出てきた
「提督が復活したのなら血清の副作用で寝込んでいる艦娘を快方してくれ」
「そんなに強力なのか、お前の抗体は?」
「ああ。子供にウォッカを飲ませるようなものだ。だが、エボラウイルス相手だからそんなことも言ってられない」
「お前の血は売り物になりそうじゃないか? どんな病原体を倒せるのだから」
武蔵は皮肉を言ったが、柳田は素っ気なく言った
「そういう考えていた人は過去にいたが、強力過ぎて患者に負荷がかかるというのが分かると速攻で諦めたがな。まあ、浅はかな嫌みだ」
「何だと!」
武蔵が掴みかかろうとしたが、提督が手で制した
「色々と話したい所だが、今は治療に集中してくれ。それで時雨はエボラウイルスといか言うウイルスよりもヤバいものにかかっていたのか?」
「ん? 聞いていないのか? 大和に説明したはずだが」
柳田が眉をつり上げた。確かに彼は大和に説明したはずだ。しかし、今の大和は廊下で座り込み必死に祈っている。何やら呟いているが、念じているのだろう。長門が声をかけても耳には入らないのか止めようとしない
「まあ、いい。説明は後でいいか? こっちは忙しいんだ」
「ああ」
柳田は医務室に戻った。未だに時雨の悲鳴は聞こえるが、こちらとしては何もしてやれない
「済まないが、やることがある。何かあったら呼んでくれ」
「分かりました」
矢矧は頷き、数名の艦娘は残った。気持ちは大和と同じだ
「『人類の絆、敗北』か。生物兵器で倒れている間にこんな事になっているとはな」
「米軍の海軍少佐が欧米の艦娘を輸送機に載せてやってくると連絡先があったそうです」
提督や大淀は早速情報収集しているが、世間はとんでもない事になっているらしい
ニューヨークに集まっていた連合軍はノコノコと現れたクラーケンである浦田結衣に攻撃を仕掛けたが、撃沈出来ないどころか、対深海棲艦用の兵器を含め壊滅させられ、ニューヨークは炎の海と化しているらしい。テレビではやたらと総攻撃派や政府を叩いているが、そもそも総攻撃派を持ち上げたのはマスコミであり、大半の国民はそれに賛同した。ようやく敵の力を認識したが、今さら手遅れだろう
「対深海棲艦兵器があるとは言え、9か国もの連合軍を相手にとって壊滅させたって……アイツは化け物かよ。艦娘でもあんな事は出来ないのに」
武蔵は呻いたが、アイオワは祖国の心配事より結衣の強さに恐怖を抱いた
兵器の分類は大まかに別けて二つ、戦術兵器と戦略兵器である
戦術兵器は戦車や戦闘機など、戦術にそって使う兵器のことを指し、戦略兵器とは一発で戦況を替えうる核兵器や核ミサイルなどを指す
幾ら人外でも艦娘は戦術兵器の域を出ていないが、クラーケンである浦田結衣は戦略兵器と言ってもよいレベルなのだ
浦田重工業が壊滅したため、数で圧倒すれば勝てると思っていたが、現実は違った。一人で都市を壊滅させられる力を持っている
「ミーがプレジデントなら原爆や水爆を落とすはず。対深海棲艦用として開発してもおかしくない。それでも効かなかったら……」
アイオワは呟いたが、数日後にはその恐ろしい現実を知ることになる。アイオワはW23核砲弾の開発を一時検討していたが、それは廃棄となった
そして、厄介な事に終末論者を筆頭とする勢力が急速に拡大している。明らかに浦田残党の仕業だろうが、これには警察も手を焼いているらしい
「提督、田中秦暗殺の許可を。私の艦載機なら出来ます」
「いや、加賀。止めとけ。今、田中秦を殺しても終末論者は暗殺を大々的に報じて更に勢力を増すだろう。と言っても、502部隊の曹長はスナイパーを送り込んだらしい。何時でも殺せるように」
提督はテレビに流れる終末論者の集会を睨むように見た
終末論者の集会では多くの人が熱狂していた。結衣が暴れたお陰で総攻撃派や艦娘不要論者が衰える一方、浦田残党と終末論者の勢力が拡大していった。警察も中々手を押せず、絶えずデモ隊と機動隊が衝突している。陸軍も治安維持に派兵したものの、マスコミは帝国主義と報じて批判し国民も鵜呑みして勢力に加わるという悪循環が起き解決にもならない
そんな中、警察庁は田中秦の狙撃を命じた。武田副社長は行方が知れず、暴動は拡大する一方だ。ではこの騒動の首謀者を始末すればいい
勿論、反対者はいた
『また君か。こっちは忙しいの。分かる?』
「電話を切らないで下さい! 今すぐ田中秦の狙撃を中止してください!」
杉田警部は何とか同僚に電話を話したが、その同僚は警察庁長官である
『君も分かっているが、田中秦は連続殺人犯なの。自殺偽装、脱獄、そして浦田残党や浦田結衣の復活まで手を貸した。警察の顔に泥を塗った相手に気を遣う必要ないよね? 仮に逮捕したとしても死刑判決が下るのは目に見えているでしょ?』
「その決断は早急です! どんな事情があっても、司法で裁くべきです!」
『君ならそう言うと思ったよ。残念だけど既にゴーは出して置いたよ』
警察庁長官はそう言うと電話を切った
「どうしましょう。警部の推測通りなら田中秦が狙撃されたら事態は悪化するだけですよ!」
「ええ。それを狙っているのでしょう。防弾チョッキを着ているかも知れませんが、撃たれたら終末論者はこの事実を大々的に広めるでしょう! だから阻止しなくてはいけません!」
杉田警部は現場に急行した
一方、田中秦は順調に物事は進んでいた事に喜んでは……いなかった
浦田結衣のニューヨーク防衛戦ではコテンパンにやっつけたし、こちらの支持も拡大している。暗殺されるという噂もあるが、一向に構わなかった。終末論の宗教団体は暗殺を革命の引き金として行動するつもりだからだ。世間は不安と恐怖に包まれているのだから当然だ
しかし、彼自身の体調は日ごとに悪化していった。時雨の腎臓を移植したことで悩みの種だった腎臓病は解消した。浦田結衣を倒した艦娘である時雨を踏み台にして生き延びるはずだが、予想に反して体調が悪くなる一方だ
発熱が数日続き、急に水が飲みづらくなった。飲む度に喉が痛むからだ
艦娘の呪いだとジョークを飛ばし周りを安心させたが、最近はそうも行かなくなった
「本当に大丈夫ですか? 教祖の容体も悪化する一方です。支持者の演説は誰かに任した方が──」
「ふざけるな! 浦田重工業の再建のために俺が出なくてどうするんだ! マスコミも来てるだろ!」
「しかし……明らかに異常ですよ! 医者から渡された風邪薬も効かないじゃないですか」
「所詮は三流の医大から出たペーペーだろ! やぶ医者寄越すくらいならマトモな医者を呼べ!」
明らかに異常事態だが、田中はやる気だ
「浦田結衣を育てたのは俺だ! 浦田重工業が復活して日本の実権を握れば警察に追われる事はなくなる!」
田中はそう言ったが、明らかに正常な判断を失っていた。臓器移植で体調悪化とかミットもない
田中は演説が終われば病院に見てもらおうと思っていたが、実は既に呪いが発動し彼を襲っていた。それは艦娘の呪いというオカルト類いではなく、あるウイルスが引き起こした病だからである。奇しくも時雨が苦しんでいるものと同じだからだ。仮にここに柳田がいてもお手上げだろう
「標的を発見。これから狙撃を開始する。マスコミがいるが、継続か?」
『命令に変更はない。奴を仕留めろ』
「了解」
警察から派遣された狙撃手は集会所の演説に田中が現れたのを確認。狙撃手がスコープを覗き引き金に指をかけていた
「艦娘や深海棲艦の時代が来たことにより、人類は絶滅するだろう! それを防ぐため我わ……は平和と繁栄を……うっ! がっ、がぁ……!」
田中は演説を開始したが、突然泡を吹いて倒れたのだ。突然の事態に、支持者や信者は慌てふためき生中継していたマスコミも困惑していた
「警察の襲撃でしょうか! これは公開処刑です!」
報道官は興奮したかのようにカメラに向かって話していたが、スコープ越しで一部始終を見ていたスナイパーも観測手も困惑していた
「勝手に倒れた?」
出来れば仕留めたかったが、最悪の事態は避けられただろう
生中継された映像は日本全国に知られる事になり、提督も艦娘も見ていたが、余り気にはしていなかった。公開処刑にしては可笑しすぎる。502部隊の曹長も首をかしげた。念のため、送り込んだスナイパーに聞いたが、まだ撃っていないと返信が来た。警察よりも先に仕留めるつもりだったが、何かが田中を倒したようだ
数時間後
鎮守府
医務室のドアの前には大和1人だけだった。他の艦娘もいたが、時雨の苦痛な叫びに耐えきれず離れていった。しかし、大和は動かずただただ祈っていた
長きに渡って悲鳴をあげていた時雨だが、突然、声が止んだ
「……まさか!」
大和は医務室の中に入った。時雨が治った!? そう思っていたが、時雨は縛られたままぐったりとしており、夕張も夕立も泣いている
「時雨は! 成功したの!?」
大和は柳田に聞いたが、柳田は首をふった
「ウソ……そんな! 何で!?」
「治療の途中で激痛が消える事はない。残念だけど」
「い、いやー! 時雨ー!」
大和は絶叫した。失敗!? そんな! 何で!
『時雨は21時間戦いました。残念です。意識が戻っていません』
「時雨、いぎがえっで! ねぇ!」
夕立は声を張り上げていたが、時雨は目覚める気配がない。揺らしても身体はされるがままだ。ターズは拘束具を外す作業に当たった。暴れたせいなのか、時雨の肌は拘束具の跡が残っていた
「提督に知らせないとな。時雨の死亡報告と時雨にかかったウイルスの説明を──」
柳田は暗い声で言ったその時、時雨が突然、動き出した! 上半身が起き上がり、荒い息をしている!
「はぁ……はぁ……もう……終わり!?」
「時雨!」
突然の出来事に、大和と夕立は歓声を上げ柳田は唖然としていた
「ウソだろ! まだ1日も経っていないのに! どういう事だ!?」
柳田もこれには驚いた。何故なら、治験ですらこんな事はなかったのだから
「水だ。飲めるか?」
柳田はコップに水を入れ時雨に差し出したが、時雨はコップを奪うように取ると一気に飲み始めた
『これは……あり得るのですか? 生存確率が0に近かったのに』
「新記録だな。ターズ、オペの準備を始めろ! 関係者以外は立ち入り禁止だ! 大和とそこの金髪娘、提督を呼んでこい!」
金髪娘とは夕立の事だが、夕立も気にはしていないらしく大和と一緒に泣きながら走り出した
「お前、何者だ?」
「僕は時雨。浦田結衣を倒すまでは死ねない。村雨如月吹雪の仇を取るまでは!」
時雨はきっぱりと言い、柳田はただただ時雨を眺めていた
精神すら破壊されていない! こんな艦娘がいるなんて!
時雨「地獄から帰って来たよ」
時雨、死ぬと定められた運命から脱した模様。一方、田中は……
予定では次話か、その次の話に時雨を襲ったウイルスの正体が分かります。今は田中秦と教祖がそのウイルスにやって死にかけているようですが