これについては何も言いません
ただ戦争が一刻も早く終結するのを願うばかりです
とある世界
「……以上が報告です」
柳田優子2等海尉は報告を行った。その場所は地下にあり、極秘の場所だ。対面しているのは吉村海将と数名の幹部自衛官、そして科学顧問となっている
「そうか。これがリリの残骸」
吉村海将は金属の塊となっているリリをマジマジと見つめていた
このAIロボットによって全てが始まった。アメリカのブラックホール兵器で事態は収拾したが、別世界で厄介な事を引き起こした。流石に深海棲艦を撃退する能力は無いし、別世界に送れる余力もない
「だが、これは我が国の宝だ。解析すれば、役に立つだろ?」
「はあ……どこまで出来るかは分かりませんが」
吉村海将は長谷川に聞いたが、彼は頭をかきながら答えた。何処まで技術を拾えるかわからない。だが、やるしかないだろう。それにある強敵と融合したのだから、独自進化していいだろう。恐れよりも好奇心の方が勝っていた
「丁重に扱えよ。起動した途端、人類滅ぼそうとして深海棲艦量産する、とかだったら目も当てられない。それはそうと……それで、君の父親と……彼が作ったAIロボットは?」
「別世界に残りました。あることをするために」
「君の父親は何をするつもりかね?」
「それは──」
優子は少しためらったが、ハッキリと報告をした。それを聞いた吉村海将は啞然とし、周りの幹部たちも顔を見合わせた
「……本気なのか?」
「データは提供すると言っていますが」
吉村海将は苦笑した。別世界とはいえ、半世紀前の世界でとんでもない事を考えている
「いいんじゃないですか? うちらはそんなプロジェクトは夢のまた夢ですから」
長谷川は目を輝かせていた
実行するのはいいとして、誰が乗るのだろうか? 陸奥か?
元の世界
硫黄島から帰った提督と艦娘たちは、深海棲艦との停戦協定により、暫しの平和を満喫していた。資源の備蓄もしないといけないが、大発を搭載できる艦娘も多くいたため、貯蔵庫は資源満杯になってしまった。あの大食いとされる赤城も食いきれないほどである。よって、遠征もほとんどやっていない状況である
しかし、その平和も停戦協定の期限を過ぎるまでだ。再び深海棲艦との戦いが待っているが、何もやっていないわけではない
演習で常に力を磨いている。元は戦闘艦でない艦娘も能力を上げていたが、特に苦労したのは新艦娘である宗谷である。耐氷型雑用運送艦であるため、砲も魚雷も搭載できない
そのため専ら対空戦闘と潜水艦による回避行動だが、意外にも被弾率は少なかった
「なあ、戦闘艦ではないから水上機母艦や補給艦のように被害は多少仕方ないと思っていたが、あの子何気に強くない?」
「凄いよ」
提督は呟き、時雨は息を飲んだ。何しろ、魚雷は不発で、逆に爆雷を墜として敵役であるゴーヤを中波まで追い込むという荒業をやってのけた*1
「戦闘よりも測量や輸送をやりたいです!」
演習が終わるや否や宗谷は訴えたが、他の艦娘はそうではなかった
「貨物船なのに超が付くほどの幸運艦!?」
「ラッキージャーヴィスよりも素晴らしい事をするなんて!」
「肌で分かる。この子はやる」
瑞鶴やジャーヴィスは歓声を挙げたが、雪風は息を飲んでいた。オーラで分かったのだろうか
「そ、そんなに褒められても……私はそんなことないです」
宗谷はもじもじしていた。ここまで歓迎されるとは思わなかったのだろう
「そう言えば、建造される前の事を覚えている?」
「んー……年号が令和になった事くらいです」
時雨は宗谷に聞いたが、彼女はあまり覚えていないらしい。第二次世界大戦の事だけでなく、戦後の時の事も覚えていたらしい
「南極観測船になったり、海上保安庁所属になったり……」
宗谷は考えながら言った。彼女のエピソードは驚く事ばかりだ
「恥ずかしがる必要は無いよ。幸運艦は沢山いるから。多分、幸運のオーラは僕に負けると思う」
「いえ、時雨の方が幸運度は高いと思いますよ」
時雨はそう言ったが、宗谷は真顔で返した。時雨はそんな事ないよ、と言ったが、周りは違った
「誰も時雨の真似なんて出来ないわよ」
山城は呟いたが、他の艦娘も同じだろう。幸いにも時雨本人には気づかないようだ
「まあ、いい。そんな事より宗谷は戦闘以外に何かしたいことはあるか?」
「え?」
宗谷は驚いた。艦娘として戦うよりも何があるのか?
「ええっとですね。別の事をやりたいです」
「そうか。では、ある人の壮大な研究と付き合ってくれないか?」
提督はそう答えるや否やあの二人組がやって来た。その二人組は柳田教授とターズである
『こんにちは』
「こんにちは、宗谷。提督、借りていいんだな」
「え? 提督?」
柳田教授は宗谷に挨拶したが、時雨は警戒した。宗谷に何をする気だ?
「大丈夫。別に怪しげな実験ではないよ。内容はぶっ飛んでいるが」
提督は落ち着くよう言ったが、提督自身も困惑しているらしい
「宗谷に何をする気? というか、なんでこの世界に残ったの?」
「変な事ではないよ。ちゃんと話を聞いてくれ」
陸奥は詰め寄ったが、柳田教授はきっぱり言った
「僕は本来の世界の方が好きさ。だけど、この世界の情勢とあんた達が戦っているのを見て考え直した。やりたいことが出来た。娘の優子も立派になったし、もう子供でもない。だから、この世界でちょっと貢献はしたいと思う」
それを聞いて陸奥は驚いた
「どうした?」
「い、いえ。その……貴方はてっきり自分の居た世界が嫌いだったから帰らないのかと」
陸奥は困惑したが、他の艦娘も同じだ。あれほど、帰りたがっていたのに、何か目標が出来たのだろうか?
「何の研究をするつもりなの?」
時雨は質問したが、柳田教授はにっこりとほほ笑んだ
「笑わないでくれよ。この世界の日本人を月に送る」
これを聞いた艦娘たちは目を丸くした。特にアイオワは反応した
「月って……あの月!?」
長門も窓の方に指を差した。昼間であるため月は見えないが、彼女にとってはどうでもいいことである
「そうだよ。ターズもいるし、立派な科学者が日本にいる。後はパイロット候補だけど、艦娘を代表として宇宙へ飛び立とうと思わないか?」
柳田教授は宗谷の肩を手に置き訴えた。本人は真剣そのものだ
時雨は宗谷の反応が気になった。困惑するか反対するかのどちらかだろう
しかし……
「はい! 月へ行きたいです!」
「「「「「えー!」」」」」
宗谷の予想外の反応に皆は驚いた。まさか、賛成するなんて……。恐らく、恐れよりも探求心が勝ったかも知れない
「ちょ……月へ行くのって可能なのですか!?」
「
大淀は困惑したのも無理はない。まだ、宇宙船が存在しない時代に月へ行くなんて空想科学の世界である。しかし、アイオワとイントレピッドは違った。確かにアポロ計画で月ロケットを開発したが
「そ、そんな事出来るの?」
「流石に一人とロボットだけでは無理だから、元帥と提督のお父さんの推薦で研究施設を提供してくれたよ。丁度、基地航空隊にあるMe163や秋水のデータとニューヨーク決戦で使用したV2ロケットの残骸が手に入ったからね」
柳田教授はさらりと言ったが、どうやってV2ロケットを手に入れたのだろうか? ニューヨーク決戦で誰かがどさくさに紛れて奪ったのか?
時雨は心配そうに提督を見たが、提督は力なく言った
「あー、実は田村1尉と話していた時期に、心配されたんだ。何らかの形で浦田結衣かそれに準ずる敵が現れたら負ける可能性がある。浦田残党が海外に潜伏している可能性も捨てきれないし、深海棲艦の拠点も転々としていて打撃が与えられない」
「それと何の関係が?」
「敵の場所を知る必要がある。だけど、偵察機だけでは無理だ。そのため宇宙から監視する衛星と呼ばれるものを開発してはどうかと言われたんだ」
提督の話に時雨達は困惑したが、無理もない。まだ人工衛星がない時代に言われてもピンと来ないからだ
しかし、後から聞いた話によると宇宙開発を推し進めるのに苦労したらしい
提督の父親である博士は、論文をまとめると軍や政府関係者に直訴した
「これは、あるドイツ人技術者が1928年に著した論文をもとに、執筆したものです。無線信号を中継する人工衛星を静止軌道上に設置する方法の基本原理が描かれています」
内容は内容なだけに軍の関係者も政治家もチンプンカンプンだったが、日本に居ながら世界中の状況を知ることが出来るという仕組みには食いついたらしい
元帥もゴーサインを出した。丁度、捨てられたV2ロケットを回収したし、超が付くほどの天才科学者が複数いるのだからやらせた方がいい。艦娘不要論とか唱えておきながら超兵器を開発して無意味な戦争をするよりかは遥かにマシと判断した
「宇宙ロケットを作れそうな人と田村1尉のデータがあるから、案外早く作れるだろうな」
「それだけで可能なの? 人工衛星を打ち上げるにはメンバーは心細くない?」
イントレピッドは珍しく声を上げた。イントレピッドも人工衛星については知っている。だが、浦田重工業の恩恵とはいえ、科学技術が正史よりも進んだくらいで作れるものなのか? 浦田結衣によって殺された科学者も結構いるはずだ
だが、柳田教授は違った
「いや、浦田結衣の魔の手から逃れた者が居たんだ。珍しい人が。連合軍の無茶ぶりに嫌気がさして三人の科学者が亡命したって聞いたか?」
「それは聞いたけど、二人は祖国に帰ったぞ?」
「アインシュタインとハンス・カムラーだろ? そんな人は必要ないさ。ロシアの科学者がまだいる。彼の名前はセルゲイ・パブロヴィッチ・コロリョフ。正史だとソ連宇宙開発の父と呼ばれている男*2だ」
提督は指摘したが、柳田教授の話を聞いてタシュケントとガングートは反応した
ソ連宇宙開発の父?
「そんな人が居たのか?」
「ロシアに無理やり働かされた事もあってか、ニューヨーク決戦で連合軍が破れると隙を見せて脱走し日本に逃げてきたんだ。元帥に説得して居させるようにした」
柳田教授は答えたが、ガングートは困惑した。ソ連宇宙開発の父と呼ばれる人がどうして祖国を裏切ったのか?
なので、ガングートは何時ものようにソ連推しを行った
「同志をソ連復活のために連れ戻さないと──」
「コロリョフは政治犯としてカザンの強制収容所に投獄された過去があるのに?」
「え?」
予想外の指摘にガングートは固まった。政治犯?
「スターリンの粛清の影響だ*3。まだ存命していた時にね。それに、第二次世界大戦が無くなったお陰で汚名返上のチャンスすら出来なかったから、ただの囚人だよ。浦田結衣がロシア国内の科学者や政治家を沢山殺されたから仕方なく戦闘機開発に従事させただけなんだ。だから当の本人はロシアに帰りたくないって言っていた」
これを聞いたガングートは頭を抱えた。祖国は大事だが、本人の経緯を考えると思いとどまるかも知れない
お陰でガングートだけでなく、タシュケントも頭を抱え葛藤していたが、そんな二人を無視して柳田教授は切り出した
「だからいいかな? 冷戦時代はもう訪れないから平和なのはいいが、科学技術の進歩は大きく遅れている。そのためには進ませないと」
「提督、陸奥さん、本当にいいの?」
「心配するな。少なくともまともな研究だろ?」
「確かにマトモね」
柳田教授と宗谷が車に乗っていくのを見送りながら時雨は聞いたが、双方とも否定はしなかった。宇宙ロケットが開発され、人工衛星が地球を周回するのは想像が出来ない
だが、一部の艦娘……アイオワやイントレピッドが必要不可欠であると言ったからには画期的な代物だろう
ガングートやタシュケントはどうやって彼をロシアに連れ帰そうか悩んでいそうだが、柳田教授の言う通り第二次世界大戦、独ソ戦が行われていない世界ではコロリョフの汚名返上は無理そうだ
数日後・岐阜空軍基地
岐阜基地は日本空軍が飛行実験場として運用している基地である。そのため、試作機や退役した航空機がある。しかし、その滑走路にはMe163と秋水であるロケット機があった。艦娘の妖精が運用しているロケット機ではなく、実物である。当然、艦娘の支援や妖精の加護はない
戦闘機ではなく、実証機だ。情報規制もされており、奇妙な実験が行われている
『高度一万メートルまで上昇して下さい』
『本当にこの機体は大丈夫ですよね!?』
ターズの指示にパイロットは無線で叫んだ。軍人になる事は別にいい。お国のために戦う、は時代遅れの感じがするものの、戦闘機乗りにとっては誇るべきことである
異動が決定され、試験パイロットとして活躍してもいいと考えたが……これは予想外だ! 見知らぬ科学者もロシアの科学者も『最終目標は君が月へ行く事だ』と言われた事に思考停止状態になった。艦娘もパイロットして搭乗することが些細な事だった
『大丈夫です。動作に問題ありませんから。燃料は水化ヒドラジンと過酸化水素だから気を付けるように』
『落ち着ける要素がありませんよ!? 宗谷、中止しよう!』
『断る! 南極に行った後に……宇宙へ行けるなんて』
『ダメだ、話を聞いていない!』
まさかの宗谷の拒否にパイロットは絶叫した。ここの所、奇妙な航空機を操縦したり、過酷な訓練をしたりしている。特に減圧訓練は最悪で終わった後はフラフラ状態である
『本来は戦闘機だが、その機体はロケット機の試作機。ジェット機開発やロケット開発には貴重な存在だ。特に音速を突破する機体開発は必要不可欠だ。数年分の遅れを一気に取り戻すぞ』
『やってやる!』
パイロットはそう答えると酸素マスクをつけた。秋水は本来だとある会社が製作されるはずの局地戦闘機だ。その機体が実証機なっている。形姿も正史と若干異なっており、機首には小さなプロペラがついていた。そのプロペラは操縦席の電気装置に電力を供給するためである
滑走路脇の信号機が赤から青に変わると同時にロケット機は上昇するとそのまま高度一万メートルまで急上昇していった
「彼、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。何しろ、正史では初飛行で死んでいましたから」
滑走路でコロリョフは聞いて来たが、柳田は苦笑した。二人は既にうち溶け合っており、宇宙開発の夢を語る仲となっていた
『そうです。実験は順調で、事故も小規模です。運要素は関係しているかも知れません』
ターズは答えたが、実は秋水に乗っている人間のパイロットは犬塚豊彦大尉*4であったからである。彼は正史において悲惨であった。犬塚大尉と宗谷が二人の科学者の無茶ぶりに付き合ったためロケット開発や宇宙開発に大きく貢献したのは別のお話
宗谷が柳田教授の宇宙開発に手伝っている頃、時雨達は広島を観光していた。まだ、横須賀鎮守府に戻れそうにないからである。提督曰く、呉で何かしらイベントをやるらしい
「すっかり元通りっぽい!」
「まあ、ほとんど海上戦だったから被害は余りなかったけどね」
夕立は人や車が往来する道路を見てはしゃいでいるのをみて、時雨はクスリと笑った
あの時の戦いが遠い過去に思えてしまう。電気も電話も復旧し、完全では無いとはいえ、復興は順調だ。一時期、深海棲艦による経済攻撃を受けたが、国が新札を発行した事で金融システムは無事に収まったのだ
街には人々の活気が溢れ、人々は日常を取り戻しつつある
艦娘不要論は今や完全に下火になったため、提督は外出制限を完全に解いた。艦娘達は歓声を挙げた。勿論、全員を外出するわけにはいかないので、数名は勤務についていたが
それはともかく、時雨達は金剛姉妹と一緒に観光していた。万が一、暴漢に襲われるか心配していたが、現在のところはない
「これで暫くは安泰デース!」
「安泰ってお姉さま。まだ早いです。榛名もそう思います?」
比叡は聞いたが、榛名は居なかった。いや、彼女はある方向に目をやって立ち止まっていた
「榛名、どうしたのですか?」
金剛は心配そうになって駆けつけたが、榛名の目線を負うと金剛は黙ってしまった
「あれって……」
時雨や夕立も駆けより目線で追った。そして、榛名がなぜ立ち止まったか分かったからだ
川岸の向こうにある建物が建っていた。それは、大胆なヨーロッパ風の建物であり、ドーム状の屋根もあった。だが、時雨達は田村1尉や浦田重工業が持っていた歴史資料では廃墟となったドーム状の姿を見たことがある
「あの建物は無事だったと思うと安心します」
榛名は静かに言った。正史なら広島は原爆が落とされ、あの建物は原爆ドームとして世界遺産に登録されるだろう*5。だが、この世界では起こっていない
「危うく広島が核攻撃されるところだったよ」
時雨は不意に言った。あの時、浦田結衣は呉鎮守府を地上から消すため核攻撃を仕掛けていたが、軌道計算によると広島に向かっている弾道ミサイルも数発あったのだ
浦田結衣が放つ核ミサイルは、米軍が使用した原爆の数十倍。被害は容易に想像できる
「僕たちは未来を守ったんだ」
時雨はそう言い聞かせた。数日前に変な夢を見たが、あれは悪夢であって、現実に起きていないと割り切っていた。そんなバカげた話は聞いたことが無い
「気持ちを切り上げて提督のお土産を買いまショウー!」
不意に金剛は明るい声で言った
「今は過去に浸るよりも楽しむことが大切デース!」
「うん! そうだね」
時雨はニコリとした。ここで気持ちを引きずっても意味がない。重要なのは提督も仲間も無事であることを感謝していくことが大切だ
時雨達は繫華街に足を運んだ
時雨「僕の運なんて宗谷さんと比べたら大したことないよ」
宗谷「いや……貴方のような真似は出来ません(時雨の経歴を見ながら)」
提督(どっちが凄いのか分からなくなってきたな)
第二次世界大戦も起こらず冷戦時代は突入しないため、宇宙開発も遅延するのは確実
よって、柳田教授とターズは宇宙開発をすることに……
まあ、何も無い所から約10年で月ロケットを完成させた少年(千空)も出来たのだから、彼も出来るでしょう(艦娘の宗谷は宇宙探査船(?)になるかも?)