足の小指ぶつけまくって腹が立ったのでやりました

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ゴッ!!


足の小指ぶつけた。

 鈴虫の音色が秋の夜を飾る中、一人の少女の苦悶の声が辺りに響き渡った。

 

 

 箒に跨がり空を駆ける、如何にも魔女を思わせる様相をした少女、霧雨魔理沙はとある異変の調査に乗り出していた。

 異変と言っても彼女がそれを実感した訳では無い。

 ここ数日、人里でそういった騒ぎが起きていると人伝に聞いただけであり、彼女自身、はたしてこれが異変と呼べる代物なのか未だに決めかねているのだ。

 それでも調査に乗り出した訳は、友人にその異変のものと思われる事態が起こったからだ。

 人里での騒ぎも友人に起こった事も、全て偶然によるものだったとしたらそれはそれで丸く収まるだろう。

 実際、魔理沙はそうである可能性が高いと踏んでいた。

 しかし、仮にこれが本当に異変と呼べる事態であったとしたら。

 主犯の目的は分からないが、今後も影響が広がり続け、ましてやそれが強まる恐れもある。

 それを思うと動かない訳にはいかないと、今こうして調査を始めたのだ。

 とは言っても。

 

「しょうもなさ過ぎるんだよなぁ……」

 

 異変の内容、それは皆が足の小指をぶつけてまくる事である。

 ただそれだけ、これ以上の事は何も起きないその程度の事態。

 幻想郷を揺らす様な事もなく、殆どが人里で収束している。

 だからこそ、魔理沙はこれを異変と考えるべきか迷っていたのだ。

 

「ま、異変解決のスペシャリストである私にかかれば、異変かどうかなんてすぐ分かるだろ」

 

 考えるのは大事だが、考えてばかりでは何も始まらないのも事実。

 まずは人里で聞き込みかな。

 気怠さに欠伸が出るのを堪えながら、魔理沙は人里へと急ぐ事にした。

 

 ◆◆◆

 

「あれ、魔理沙さんじゃないですか」

「お、早苗じゃん。どうしたんだよ」

 

 どうした事か、現在の人里は普段からは予想も付かない程の喧騒で満ちていた。

 歩く場所が見当たらない程に人々は溢れ返っているものだから、秋だというのに酷く蒸し暑く感じる。

 そんな中で魔理沙がばたりと出会ったのは守矢の風祝、東風谷早苗である。

 彼女もこの人集りには参っている様で、額に浮かぶ汗がそれを物語っていた。

 

「私は異変の調査ですよ。ほら、最近話題のやつです」

「あー奇遇だな。私もだよ」

 

 如何やら早苗も同じ異変を追っているらしく、人里に訪れていたらしい。

 立ち話も何だからと、近場で人気の団子屋へと入り、適当に席に着いた。

 

「それにしても、何でこんな人が多いんだ? 祭りでもあるまいし、歩き辛いったらありゃしない」

「あぁそれですね、如何もみんな家に居たく無いみたいなんですよ」

「どういう事だ?」

「色々聞いた所、家にいると小指をぶつけるからという事だそうで」

 

 確かに家の方が家具やら何だらで小指をぶつけ易い環境ではあるが、こうまでするとは。

 やり過ぎだと思う。注意すればぶつける事など無いのだし、きっと神経質になっているのだ。

 魔理沙は呆れを通り越して笑いが込み上げていた。

 

「それで、なんか進展はあったのか? 私は調べ始めたばっかだし特に無いんだが」

「私は結構色々聞けましたよ。えーと何処行ったけな」

 

 早苗曰く、紅魔館、白玉楼や永遠亭等々。

 そして人里という事で幻想郷で目ぼしい所は粗方行き尽くしたという。

 随分軽いフットワークだなと半ば感心しながら、魔理沙は話の続きを聞く事にした。

 

「まず紅魔館は外で門番やってる美鈴さん以外全滅でした」

「全滅!? 全滅って何だよ、あの咲夜も駄目だったのか? 確かに抜けてる奴だけど、そういう所はしっかりしてる筈なのに」

 

 しっかり駄目だったそうです、と早苗が淡々と告げる。

 

「白玉楼とかお寺とか神子さんの所にも行きましたけど、幽霊以外の人はやっぱりみんな駄目でした。永遠亭に行った時はびっくりしましたよ。何せあんまりにも小指をぶつけるものだから小指切り落としてましたもん」

「うわぁ……やっぱ蓬莱人って考える事違うわ」

 

 因みに、こんなに苦しいのなら小指など要らぬ! とか叫んで小指を切り落としていた妹紅も目撃したそうで。

 まるで何処ぞの聖帝を想起させる台詞である。

 小指故に人は苦しむってか、勝手にしろ。

 

「幽霊は体無かったり足無かったりなんかふわふわしてたらするからぶつけて無くても普通だろうな。まぁ問題は、それ以外の奴等みんなぶつけてたって事なんだが」

 

 ぶつけても可笑しくない奴も居たが、ぶつけそうに無い奴がここ数日で何度も小指をぶつけてしまうというのは、はっきり言って異常である。

 魔理沙はこの事態を本格的に不味いのではないかと思い始めていた。

 どうせただの偶然が重なったものと楽観視していたが、幻想郷の大半の者が数日の間に何度も小指をぶつけるというのを偶然とは考え難い。

 やはり、異変と考えるべきなのか。

 

「早苗、他は何かあるか? 傾向というか共通点みたいなさ」

「んーこれと言った共通点の様なものは見つからなかったんですよねぇ。ただ、人間側は結構被害が出てるようでして骨折してる人も結構居るんですよ。妖怪は丈夫だから殆どは軽くで済むそうですけど」

 

 成る程。それでは人里がこの現状なのも頷ける。

 たとえ小指をぶつける程度であっても痛いものは痛いし、骨折にも繋がるのだ。

 自分の力ではどうしようもならない訳だし、人々が恐れるのも尤もである。

 犯人の目的も、恐らくはこれにあるのだろう。

 人間からの恐怖を得るという妖怪としての本分を全うする、きっとそれが狙いなのだ。

 妖怪に向けても同じ事が起こっているのは未だ謎ではあるのだが。

 そうなると、犯人はどの様な能力を持つ者だろうか。

 誰に気付かれる事も無く、人の小指を何かしらにぶつけさせる。

 相手がただの人間ではあれば、そう難しい事では無いのかもしれない。

 しかし、幻想郷に於いても手練れとされる者達に、ただの一度も気付かれる事なく複数回小指をぶつけさせる事など、果たして誰が可能なのか。

 

「いや、うーん、居るっちゃ居るな。その気になれば出来そうな奴」

「そうなんですよー、だからまだ犯人を絞れてなくて」

「まぁ、そんな連中が居るのが幻想郷だしなぁ」

 

 お互いに団子を頬張りながら溜め息をつく。

 折角の甘味もこんな気分では台無しである。

 

「あ、そう言えば霊夢さんはどうしたんですか? 異変解決に向けて何か行動でも起こしてるんですか?」

 

 魔理沙は言葉を詰まらせた。

 早苗がその様な疑問を抱くのは至極当然であり、本来であれば何を思うでもなく答えられるのであるが、如何せん今回は状況が違う。

 流石の魔理沙も今回ばかりは霊夢の名誉の為に言う事を憚られたのだ。

 ただ、やはりそこは魔理沙である訳で。

 やっぱり霊夢の名誉なんてどうでも良いや。

 どうにも面倒になったので言う事にした。

 

「あーあいつ、この前小指ぶつけて骨折したから多分家で休んでるよ」

「え、そうなんですか!?」

「うん。永遠亭に行く前に足見せてもらったけどめちゃくちゃ腫れてたもん」

「あぁ、まさか霊夢さんが異変に屈するなんて……」

「……誰が屈したって?」

 

 どうにも聞き覚えのある声がした。

 魔理沙と早苗はお互いに目を合わせながら、何度か瞬きを重ねてゆっくりと横に目を向ける。

 彼女らの直ぐ隣に立っていたのは、やはり見覚えのある紅白の巫女服を着た少女の姿だった。

 

「霊夢! お前足は大丈夫なのかよ」

「大丈夫じゃないわよ。動かすと痛いからって固定してもらってるし、まだ靴も履けないから常に浮いてなきゃいけないの」

 

 そう言って、霊夢は自らの右足を二人に見せる。

 彼女の右足は、包帯が何重にも巻かれていて酷く痛々しく見える。

 

「永遠亭で話を聞いたら、どうも足の小指をぶつける異変が起きてるみたいじゃない。とんだふざけた異変だけど、実際私は痛い目に遭ってる訳だし犯人をボコボコにしないと気が済まないわ」

 

 霊夢は苛立った様子で捲し立てた。

 彼女の機嫌の悪さは最高潮に達している様で、額には青筋が浮かんでいる。

 こうなった時の霊夢は悪魔よりも恐ろしい為に、魔理沙は異変の犯人に同情を抱かざるを得なかった。

 

「何はともあれ、霊夢さんが異変解決に乗り出してくれるなら有り難いです!」

 

 早苗が勢い良く立ち上がり、早く異変解決に向かおうと二人を急かし始めた。

 霊夢の方は、一刻も早く犯人を見つけたい様で早苗の意見に同調している。

 魔理沙はそんな彼女らの様子を見て渋々立ち上がった。

 早苗と共に会計を済まし、一足先に店を出ていた霊夢の許へと向かう。

 早苗は自信に満ちた表情しながら意気込んでおり、魔理沙の後を軽快な足取りで付いてきていた。

 ゴッ

 魔理沙が丁度暖簾をくぐり終わった時、背後から何か鈍い音が聞こえた。

 

「早苗? どうかしたのか?」

 

 魔理沙が不審がって振り返ると、顔面が蒼白と化しながら硬直している早苗の姿があった。

 

「ぐわーっ!」

 

 突如悲痛な叫び声を上げ、早苗が足を押さえて蹲る。

 何事かと魔理沙が駆け寄ると、早苗は声にならない呻き声を漏らしながら必死に何かを堪えている。

 彼女が押さえている足を見ると、その手は小指へと伸びており、酷く痛む様子を見せている。

 

「魔理沙さん……霊夢さん……あとは頼みました……がくっ」

「ああ……早苗がやられた……」

 

 早苗は目に大粒の涙を浮かべながら、無念そうな顔で二人へと想いを託した。

 早苗の事は忘れない、仇は必ず討つと二人は固く決意を結んだ。

 

 未だ店前で蹲る早苗を置き去りにし、魔理沙と霊夢は異変解決の為に歩き始める。

 裸足かつ足を包帯でぐるぐる巻きにしながら浮かぶ霊夢の姿は周囲の目線を酷く集める為、魔理沙は何処か気恥ずかしく感じたが、霊夢はお構いなしに先へと進んでいく。

 人の視線も気にならない程、彼女は異変解決に向けて集中しているらしい。

 そう言えばと、魔理沙はある疑問が浮かんだ。

 果たして霊夢は犯人の見当が付いているのだろうか。

 霊夢に追いつく為に少々早歩きになりながら、魔理沙は霊夢の肩を叩いた。

 

「なぁ霊夢、お前異変の主犯が誰か分かってるのか?」

「いや別に」

「おいおい、じゃあどうするんだよ」

「私の勘が近くに犯人が居るって言ってるのよ」

 

 なら安心だと、魔理沙はこれ以上の言及を止める。

 博麗霊夢の勘、それは神懸かった、一種の予知と言っても過言では無い。

 そんな彼女の勘が働いているのだ、魔理沙が言うべき事は何も無かった。

 そうして、霊夢の赴くままに人里を歩き回り、遂には人里の出口へと至った。

 

「おいおい、外出てきちゃったよ。霊夢、本当に犯人が居るってのか?」

「居る、絶対この辺に居る」

 

 魔理沙の心配を余所に、霊夢の顔付きが険しくなる。

 どうやら、この近辺に居ると踏んでいるようで既に臨戦態勢に入っている様だった。

 辺りを静寂が支配する。

 緊張が駆け巡り、二人は固唾を呑んで周囲の気配を探っていた。

 

「ああもう焦ったい!! ここら一帯ぶっ飛ばしてやる!!」

「おい、霊夢!」

 

 魔理沙の静止を振り切り、霊夢は周囲に密度の弾幕を放つ。

 一つ一つにかなりの力が込められている様で、それらの衝突の度に激しい爆音と衝撃が響き渡る。

 

「あーあーあーこりゃ酷過ぎるだろ」

 

 魔理沙はこの惨状に呆れるばかりであった。

 道は荒れ、木々は傷つき、人々は何事かと騒ぎ立てている。

 明らかにやり過ぎであろう。

 魔理沙はこれ以上は見ていられないと、霊夢を止めに入ろうとしたその時であった。

 

「そうそう! 急に襲ってくるなんて酷過ぎるわー」

「!?」

 

 何処からか声が聞こえる。

 ただ、周囲には二人以外の姿は見えない。

 不気味さが彼女達の神経を更に掻き立てる。

 とんとんと、肩を叩かれた様な気がした。

 魔理沙が驚き振り返ると、目の前には空虚な瞳を携えながら笑みを浮かべる少女の顔があった。

 

「こんにちはー」

「うわ……ってなんだこいしかよ」

 

 現れたのは古明地こいし。

 覚妖怪でありながら、第三の目と共に心すらも閉ざした無意識の権化。

 幻想郷を放浪とする、神出鬼没のよく分からない妖怪だ。

 そんな彼女が一体ここで何をしていると言うのか。

 危うく霊夢の弾幕に巻き込まれかけてたし、偶然なら不憫ではあるが。

 いや、もしかしたら異変の犯人はこの古明地こいしなのかもしれない。

 何せ、霊夢の勘が此処に犯人が居ると告げたのだ。

 辺りにはこいし以外の姿は見えない。

 詰まるところ、こいつが犯人なのではないか。

 魔理沙にそんな考えが浮かんでくる。

 

「なぁこいし、お前がこの異変の犯人なのか?」

 

 魔理沙の言葉に、こいしは一切の表情を変えない。

 相変わらずの奴だと、苦笑が漏れる。

 

「んー多分そうだと思う。私も良く分からないけれど」

「良く分からない?」

「うん、あんまり覚えてなくって。でも覚えてる事もあるよー」

「ん、なんだ、話を聞かせてくれ」

「最初はお姉ちゃんに悪戯をしようと思っただけなんだけどねー。お姉ちゃんが小指ぶつけた時の反応が何かハマっちゃって、その後はあんまり覚えてないかな。気付いたら誰かの家に居て家具を動かしてたりしてたくらいしか覚えてないの」

 

 これまた随分としょうもない理由である。

 姉への悪戯が面白かったから他人にも同じ事をしようなど完全に迷惑極まりない。

 妖精がする様な程度の低い悪戯など身内で済ませて欲しい。

 

「それで人里の人間にも手を出したのか? 随分大胆な事をするな」

「それはやってないよ。小指がぶつかり易くなっちゃったのは、多分私の無意識に当てられちゃったからじゃないかな」

 

 無意識に当てられた、こいしの能力によって人間が無意識に小指がぶつかる様になってしまったと言う事だろうか。

 こいしの小指をぶつけさせようとする無意識が、他の人間達に影響したのだろう。

 

「当てられたって言っても人里の人全部じゃないだろうけどね。大方は偶然だったんじゃない? それが何となく重なってこんな騒ぎになったんだろうけど」

 

 こいしの言い分を纏めると、こいしの無意識に当てられた一部の人間が噂を流す事で、偶然ぶつけた人もその噂に同調するなどして、一種の集団ヒステリーの様なものが起きた、恐らくはこういう事である。

 相変わらずの流され易い連中だと、魔理沙は溜め息を吐いて呆れる他無かった。

 

「で? 話は終わった?」

 

 霊夢の声が二人の話に割って入った。

 霊夢の顔を見ると、前にも増して苛立っており、襲い掛かろうとするのを既の所で堪えている様だった。

 霊夢はこいしへと詰め寄り、見下ろす様にして彼女を睨み付けた。

 

「私はね、あんたが犯人だって分かれば後はどうでも良いのよ。私と早苗の小指の仇。ついでにあんたのせいでやられた小指達の痛みも背負ってる」

「ん? あー思い出した。貴方の小指折れちゃったんだっけ、あの時はいい反応を見せてくれて面白かったわー」

 

 魔理沙は、何かが切れた音を聞いた。

 恐る恐る霊夢の顔を見ると、彼女の顔には鬼神が宿っていた。

 

「……小指との別れは済んだ?」

「わーい、久しぶりに暴れても良さそうで嬉しいなー」

「ぶっ飛ばす」

 

 刹那、魔理沙は大地が割れる音を聞いた。

 

 ◆◆◆

 

「で、怪我の具合はどうだったんだよ」

「右小指の突き指、左手小指剥離骨折、右足小指骨折の悪化、あとは擦り傷。もう一ヶ月追加で安静にしてろって怒られたわ」

 

 時刻は朝。

 霊夢と魔理沙は博麗神社で朝食の最中であった。

 先日の異変に負った怪我により、満足に料理が作れない為、暫くは魔理沙が手伝う事になったのである。

 そうは言っても、普段から魔理沙は神社に割と入り浸っていたので変わった事というのはそれ程無い様に思われる。

 霊夢は食事をするのにも痛む様で、時折顔が歪むのが見て取れた。

 

「そういや、なんでお前ら小指ばっかり狙ってたんだよ。お前の怪我も大概だけど、こいしだって両手両足の小指バキバキだったじゃん」

「え? そりゃ小指をやられたんだから小指にやり返しただけよ。目には目を的なあれだって」

「うーん、いまいちこいつらの感性が分からん」

 

 魔理沙は、霊夢とこいしの謎決闘に未だ疑問を抱き続けており、きっとそれが解決される日は来ないのだろうと半ば諦めていた。

 お互いに小指だけを狙い続けるルールなど、聞いた事も無い。

 まぁいいや、こいつらの事だし深く考えない方が良い。

 それより朝食を楽しもうと、彼女は気持ちを切り替える事にした。

 今日の献立は自慢のきのこをふんだんに使っているのでとても美味いのだ。

 

「あーやっぱ私の作る飯は美味いな……ゔっ」

「魔理沙? どうしたのよ」

 

 口内が熱を帯び、ほのかな鉄の香りが魔理沙の鼻腔を擽った。

 苦痛に顔が歪む。

 目には少しだけ涙が溜まり、口内に纏う熱に堪らなくなって、魔理沙は口を開けた。

 

「いってー、ベロ噛んじった……」

 


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