メインヒロイン面した謎の美少女ごっこがしたい!   作:バリ茶

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初心を忘れず

 鬼の形相で追いかけてきたレッカを、なんとか振り切ってから二日後。

 

 俺たちはとある片田舎の空き家で休憩をしていた。

 追いかけられたあの時は、何故かライ会長が電撃魔法で横やりを入れてきたおかげで助かったのだが、やはり彼女の真意は読めない。

 とりあえず俺たちはこの田舎の町で、改めて長旅をする準備を済ませることにした。

 

 ……あ、周囲の偵察に行ってた音無が帰ってきたな。

 

「ただいまッス。ひとまず敵影はありませんでし──」

 

 ここで衣月がやりたがっていた『イタズラ』を発動だ。

 

「「せーの、いらっしゃ~い♡」」

 

 玄関から入ってきた音無の両端から、女の俺と衣月が同時に、耳元へ向かって甘い声で囁いた。

 

「…………心臓が止まるかと思いました」

「いま音無、おどろいた。……紀依、イタズラは成功?」

「おうバッチリだ。イタズラを覚えたことで、更に世の中への見識が高まったな、衣月」

「うれしい」

 

 やった~、と抑揚の無い棒読みで喜びながら、両手を挙げてポテポテと部屋の中を歩き回る衣月。

 移動の際に邪魔になるかと思って結っておいた、白髪のポニーテールが上下に跳ねている。まるで無表情な顔の代わりに、感情の起伏を表現しているかのようだ。

 

「……ちょっと。先輩」

「な、何ですか」

 

 後ろから袖を引かれた。心なしか声音が低い。

 音無さん、もしかして怒ってらっしゃる……?

 

「衣月ちゃんに変なもの覚えさせんの、もしかして趣味なんすか?」

「そ、そうじゃなくてだな……衣月のやつ、これまでイタズラした事なかったらしいから……あっ、ほら、ちょっとした茶目っ気だよ。なっ、ゆるして♡」

「うわぁ……」

「何だよ」

「引くッス」

 

 もはや俺の正体を知っている後輩に対しては、少女モードで媚びても無意味だという事が判明してしまった。かなしい。

 ほぼ巻き込む形で半強制的に連れてきたわけだし、音無から見た俺への好感度、もしかしたらマイナスの方に振り切っている可能性もあるな。仲良くしたいところだ。

 

「それで先輩、これからどうするんですか。まだ神奈川っスよ」

「あー、今日と明日はこの田舎でのんびり準備するよ。衣月の体力も考えて、遅すぎず、急ぎ過ぎない程度で旅しようぜ」

「呑気だなぁ……」

 

 張り詰めてたってしょうがないからな。俺や音無はともかく、衣月はまだ幼い。小5とはいえ研究所で拘束されていた分、精神の成長も遅れているんだ。

 多少は衣月が楽しいと思えるような旅にしてやりたいと考えている。あいつが笑ってくれれば俺としてもメンタル的な意味で助かるしな。

 

「じゃあ俺昼と夜の分の飯、買ってくるわ。携帯食と移動手段の確保は明日で」

「移動手段って……車ですか?」

「それしかないだろ。運転した事ねぇけど、がんばる」

 

 少ししかない胸を張って答える。免許は持ってないが、俺には両親に託されたハイテクなスマホがあるんだ。運転方法なんてググればちょちょいのちょいだぜ。後輩にカッコいい所みせてやる。

 

「そういう事ならウチが運転しますよ」

「えっ」

「ジェット機とかあまりにも特殊なヤツじゃなければ、大抵の乗り物は扱えるッス。車程度ならお手の物って感じで」

「なにそれ……」

 

 後輩にカッコいいとこ見せられなかった。泣いた。

 

「え、なに、ハワイで親父に習ったとか?」

「ウチ、忍者なので。ふふん」

 

 ニンジャすげぇ……。

 まるでドヤ顔が気にならないくらい感心した。

 

「俺もなろうかな、ニンジャ。にんにん」

「あれ、もしかして馬鹿にしてます?」

「いやぁ流石だぜ。マフラーが異様にデカいだけの事はあるよな」

「マフラーの大きさは関係ないでしょ!」

 

 そこまで寒い季節でもないのに、マフラーを常備しているヘンテコな後輩に留守を任せ、俺は隠れ家を後にした。

 行ってきます。にんにん。

 

 

 

 

 で、こういった田舎に住む人々の生活を支えている、この地域で一つしかないスーパーに訪れたところ。

 

「……コク?」

「こんにちは」

「えっ。……こ、こんにちは」

 

 

 あ! やせいのレッカが あらわれた!

 

 

「──まさか、こんなに早く会うとはね……」

「ホントだね」

 

 とりあえず話は後に回して、お互いに買い物を済ませてから数分後。

 食材の入ったレジ袋をプラプラさせながら、俺はレッカと二人で、見るからに廃れた商店街を歩いていた。

 マジでド田舎な場所だけど空気がウマい。

 めっちゃ大都会の中心にある学園にいた頃とは大違いだ。心なしか気持ちが安らぐし、なんならレッカも無表情だけど目は穏やかだ。

 

 まるでいつもの休日に二人で散歩をするように、車通りが全くない道路の端を歩く。

 

「コク、この前はすまなかった。少し気が動転していたんだ」

「あれが当たり前。こちらこそ、何も言わずに去ってしまって、ごめんなさい」

 

 お互いに自分の非を認めて、歩きながら謝罪をする。

 たぶんレッカに非はないと思うけど。マジで色々とごめんな。

 

「レッカはどうしてこんなところに。学園は」

「部員が一人、謎の美少女に連れていかれたんだよ? 授業なんか受けてる場合じゃないでしょ」

 

 その節は本当にお騒がせいたしました。あの後輩ちゃんすっごく頼りになります。

 

「でも、理由はもう一つあるんだ」

 

 なんだろ。

 

「悪の組織から放たれた刺客が君たちを追っている。狙いがコクなのか、あの白い少女なのかは分からないけど……」

「もしかして、私たちを守るために?」

「勘違いしないでくれ。きみたちに同行してるオトナシを守るためだ」

 

 わぁ~! ツンデレっぽいセリフだぁ~~!!

 しかし確かにツンデレっぽいセリフなんだが、状況を鑑みるとガチの可能性もあるんだよな。コクに対しての好感度ってどうなってんだろうか。

 

「僕らはオトナシを奪還して、君たち二人も保護するつもりだよ。……できれば協力して欲しいところだけど」

「無理。あなた達と一緒に居て目立ってしまうと、ヒーロー部だけでは対処できないほどの、組織が手を回した大勢の人間から一気に狙われることになる。加えて警察の上層部には組織のスパイもいるから、最悪の場合は警察全体も相手取ることになって、ヒーロー部全員がお尋ね者になる可能性も捨てきれない」

「……スパイに、情報操作の可能性……大変な事態になってるな」

 

 隠すべき秘密はそのままにするが、共有した方がいい事実はどんどん教えていくつもりだ。

 この旅時においては、レッカたちヒーロー部は壁であっても敵ではない。共通の敵である組織の情報は互いに知っておいた方がいいだろう。

 

「……部長に言われてようやく気付いたよ。きみは、ヒーロー部を争いから遠ざけるために、あぁ言って僕の前から姿を消したんだな」

「…………」

 

 な、何の話です……? ライ会長どんな説明したん。

 一旦そういう事にしといた方がいい感じなのかな。

 

「いや、あの白い少女の為か。……それにしたって不器用すぎないか? 事前に言ってくれたら、何だって協力するのに」

「違うし。未来、見えてるし。レッカのことなんか嫌いだし、勘違いしないで。わぁ、殺される」

「おいおい……」

 

 割と勘が鋭いタイプなのか、ガバガバな嘘は割と早い段階でバレるらしい。未来が見える云々は、この様子を見るに半分くらい信じてなさそうだ。あえてバラしたりはしないけど。

 

「レッカ、あそこのベンチで、少し休もう」

「うん」

 

 俺は自販機でジュースを二本買い、ベンチに座っているレッカに向かって、片方を投げた。

 

「ほれ」

「んっ」

 

 やはりというか、しっかりキャッチするレッカ。いつも通りだな。

 

「……コク。買ったジュースを投げて渡すの、ポッキーの真似か?」

「えっ」

 

 やっべ、すげー普通にアポロムーブしてたわ。

 別にこれくらいなら大丈夫だろ。俺とコクは知り合いの設定だし。

 

「そ、そう」

「ハァ。きみの様子を見るに、あいつも元気そうだな。どうせ連絡は取り合ってるんだろ」

「……レッカ、なんか落ち着いてるね」

 

 数日前の激昂してたアレから想像できない程に冷静だ。

 もしかしたら俺に謎の美少女ムーブで引っ掻き回されすぎて、いろいろと慣れてしまったのかもしれない。

 

「一歩離れた位置から」

「……?」

「冷静に俯瞰して物事を見ろって意味。そうしろって部長に説教されたんだ。……僕もまだまだ未熟だったよ」

 

 どうやらここ最近の出来事やライ会長とのイベントも相まって、普通の巻き込まれ型ラノベ主人公から、一皮むけて成長したらしい。

 

「それじゃあ俯瞰しているレッカは、これから何をすればいいか、見通せているの?」

「ただ闇雲に逃げているようには見えないし、恐らくキミたちには目的地がある。だから護衛というわけではないけど、そこにたどり着くまでは、キミたちを付け狙う敵は僕たちが相手取るよ」

 

 おいおいおい一皮むけて成長どころじゃねぇぞ。めちゃめちゃ有能キャラになってんじゃん。お前だれだよ。俺の知ってるレッカは、米を炊くときに水の分量を間違えておかゆを作っちゃうようなヤツなんだぞ。あのポンコツを返せ。

 

「……その代わりと言ってはなんだけど、ポッキーを返してくれ」

「返せ、と言われましても」

「居場所や連絡先を教えてくれるだけでもいい。親友に会いたいんだ」

「…………」

 

 し、親友だなんて照れるぜ、ばかやろーめ。目の前にいるわあほ。

 正面切って親友って言われたせいか、ちょっと顔が熱くなってきた。やめろよ、俺がチョロいみたいじゃん。ぶっ飛ばすぞおまえ。

 どうしようこれ、コナンくんみたいに正体を隠しながら電話で知り合いに生存報告をする流れか?

 

「……彼は今、安全な場所にいる。けれど、連絡を取り合うことで場所が割れてしまうと、逃げ場がない」

「でもコクは連絡しているんだろ?」

「頻繁に話しているわけではない。彼とは心が通じ合っているから、お互いにやるべき事は常に理解している」

「心……」

 

 心が通じ合っているというより、二人で一人だからな。てか一人だわ。理解してて当然と言える。

 

「……き、聞いていいかな?」

「なに」

「その、二人って……つ、付き合ってんの?」

「ブフッ」

 

 思わずジュースを吹き出してしまった。

 何だその質問中学生かよ。面白過ぎるわ。

 

「げほっ、ごほ! ……っぅ゛ぁ……はぁ、もしそうだったら?」

「やっぱり何でもない……」

「レッカ、かわいいね」

「何だよ急に!?」

 

 突然有能なキャラになったかと思ったが、年相応な部分があっさり出てきて安心した。やっぱ変わってないわコイツ。

 

「物理的に不可能だから、安心して」

「なにその言い訳……ていうか、別に二人が付き合ってようが僕には関係ないし」

「じゃあどうして聞いたの?」

「うっ」

 

 やばいマジでニヤつく。その弄りやすい反応やめてくれ。楽しくなっちゃうから。

 ハーレムはおろかヒロインすら居ない俺が、お前の先を越すことは絶対にないから安心しろよ。

 

「……ポッキーの連絡先は教えてくれないんだな?」

「私からも連絡はしていない。あっちが大丈夫だと判断した時に限り、非通知で繋がってくる。だからレッカの方にも、近いうちに連絡が来ると思う」

「そうか……それなら、いいけど」

 

 こんな俺の事を心配してくれるレッカに感謝しつつ、飲み終わったジュース缶をゴミ箱に投げ入れた。そろそろ帰ろうかね。

 あと、明日にでも男の状態でレッカに電話してやるか。生存報告的な意味も含めて。

 

「そうだコク。これ、ジュース代」

「いい。さっきのはあなたへのお詫びだから」

「お詫びって……」

「すべてが終わったら全部話して、贖罪として何でも言うことを聞く。だからそれまでは、もう少し──秘密にさせて」

 

 そう言って僅かに微笑む。

 デフォルトが無表情なコクとしては珍しい微笑を見せたせいか、レッカは目を見開いて驚いた。

 久しぶりに美少女ごっこをした気がする。……何かもう少しやりたい気分があるな。

 

「……コク。きみは──」

 

 言いかけた瞬間、レッカのスマホが着信した。

 それに応答した彼は、真面目な表情に切り替わる。

 

「……はい、了解です。すぐに向かいます」

「どうしたの」

「部長から。この町の入り口付近にあるコンビニで、怪人が現れたらしい。しかも子供を人質に取ってるって」

「……なら、私も行く」

「へっ?」

 

 俺の提案にレッカは素っ頓狂な声を上げた。

 ここらへんで一度共同戦線を張って、コクの好感度を上げておきたい気持ちがある。

 わざわざ謎の美少女に変身して、この物語に割り込んできた者として、そこには譲れない信念があった。

 

「私が死角から魔法の矢で、怪人を攻撃する。それで隙が出来た瞬間、レッカが子供を救出して」

「大丈夫なのか?」

「顔はフードで隠す。それにここで子供を見捨てたら、オトナシに顔向けできなくなる」

 

 後輩に顔向けできないってのは本当だ。協力してもらってる以上、アイツができない分のヒーロー活動はなるべく代わりに俺がやる。

 

「……ちゃんとオトナシの事、考えててくれたんだな。嬉しいよ」

「うん。でもレッカのヒロインなのに、いつの間にか奪っちゃってゴメンね?」

「言っていい事と悪いことってのがあるんだぞ」

「寝取りだぁ~、ざまぁみろハーレム男~」

「ケンカ売ってるんだな……?」

 

 レッカのハーレム事情を逆手にとって弄り倒すとかいう、まるで男の姿だったときの様なダル絡みをしつつ。

 早急に現場へ駆けつけ、見事なコンビプレーで子供を救出し、ついでに怪人もやっつけたのであった。俺たち二人が手を組めば、勝てない敵などいないのだ。

 

 

 

 

 帰宅。

 

「「せーの、いらっしゃ~い♡」」

 

 そして玄関に入った瞬間、後輩による反撃を受けた。

 

 

「……心臓止まった」

「ウチの気持ちわかりました?」

「ごめんなさいでした」

 

 心の底から謝罪しつつ、心臓がバクバクしたまま買い物袋を床において、ようやく気がついたことがあった。

 音無が制服の上からエプロンを着けている。

 元々ブレザーを着ない身軽なスタイルも相まって、なんだか異様に似合っていた。

 

「先輩があまりにも遅いんで、ありあわせでお昼作っちゃいました。衣月ちゃんはもう食べ始めてるッスよ」

「おう、わり。作ってもらっちゃって」

「昼食くらい別に。ともかく無事で何よりッス。レッカ先輩を手伝うのもほどほどにお願いしますね」

「うす」

 

 レッカとの寄り道に加えて、怪人との戦闘もあったワケだから、帰る時間が大幅に遅れるのも当然であった。

 くっ、後輩に飯を作らせてしまうとは、先輩としてあるまじき不覚。こうなったら意地でも明日のお弁当のおにぎりは俺が作るぞ。

 

(あるじ)のサポートをするのも忍者の役目ッスからね~」

 

 俺の分のナポリタンを皿に盛りながら、何でもないように呟く音無。

 待て待て。

 その言い方だと俺がお前の主様ということになるが? 何か興奮してきたな。

 

「特別にご主人さまって呼んでくれてもいいぜ」

「は? いやです」

「ニンジャだからもっと和風な方がいいのか……あっ、お館様だ!」

「そういう問題じゃありませんから」

 

 エプロンを外した音無も衣月の隣に腰を下ろし、三人で食卓を囲んだ。

 ボロボロの空き家で、小さなテーブルに三人分の料理を乗せて食事をするの、いかにも逃亡生活中って感じで逆にちょっと楽しいな。

 

「いただきます」

「もぐ。きい、おふぁえいなはい」

「こーら衣月ちゃん、口にモノを含んだまま喋らないの」

「んぐ」

 

 衣月の口の端に付いてるケチャップを、甲斐甲斐しく拭き取る音無のその姿は、なんだか姉妹みたいだ。

 なにより二人とも美少女ということもあって、いま視界が幸せなことになってる。眼福眼福。

 いやぁ戦闘の後は目の保養に限りますわ。

 

「先輩。ニヤついた顔、キモいっすよ」

「え、そんな顔してた?」

「ミステリアスな女の子がしていい顔じゃありませんでした。鼻の穴が広がってたし」

 

 うわ、気をつけよ……。

 でも音無ちゃんも、チクチク言葉はいたいいたいだから、やめようね。普通に傷つくからね俺。

 

「……ナポリタンうまっ。え、音無もしかして料理めちゃめちゃ上手いヒト?」

「なんでそんな意外そうな顔なんスか。普通できますよコレくらい」

「普通の基準が高すぎるだろ……やばコイツ……」

 

 ちくしょう、料理上手でマウント取るつもりだったのに、先輩の威厳を見せよう作戦が台無しだ。

 このニンジャ何でも出来るじゃねぇか。俺の立場が無いぞ。

 

「紀依、よわい」

「あー悪口だ! 音無のせいで衣月が悪い子になっちゃったじゃん! 責任取れ!!」

「ウチのせいじゃないでしょ! ウチに会う前から衣月ちゃんにポンコツって言われてたの忘れたんすか!」

 

 こいつ、あんな些細な会話まで聞こえてやがったのか……。どんだけ耳が良いんだ。すごいぞ。

 レッカのハーレムメンバー、この音無だったり主人公に説教するライ会長がいたりとか、有能な人材が多すぎるだろ。普通にズルい。

 

「この野郎……だいたい何だよこのナポリタン! おいしいぞ!!」

「マズくて悪かっ──え? ちょ、あのっ、紛らわしいキレ方するのやめてもらえます?」

「紀依、うるさい」

「すいませんでした……」

 

 衣月にガチトーンで怒られたので、そろそろ静かにしよう。こわかった……。

 

「ちなみに話は変わるんだが、音無はレッカにご主人さま呼びするように言われたら、やんの?」

「先輩? あんまり茶化すと裏切りますよ……?」

「申し訳ありませんでした」

 

 今のは本気と書いてマジと読む類の脅しだった。てか今日だけで俺、何回くらい謝罪したんだろう。

 俺の言葉がどんどん安くなっていくぜ。

 

 

「──んっ」

 

 

 気を取り直してナポリタンを頬張っていると、音無が俺を見て何かに気がついたような顔をした。

 オイ待て、口の端に付いたケチャップくらい自分で拭くぞ。付いてないと思うけど。

 

「すいません先輩、ちょっと動かないでもらえますか」

「えっ、なに?」

「いいッスから、そのまま」

 

 わざわざ俺の隣に来て、ジリジリと距離を縮めてくる音無。本当に何事ですか、怖いんですけど。

 ま、まさか音無はレッカのヒロインのフリをしていて、実は百合派だった可能性が……? しかしどうして食事中に発情を!

 

「ジッとしててください」

「やっ、やめてぇ……」

 

 今の俺は女姿だ。このままだとグッチョグチョに犯される──!

 

「……取れた」

「なにが……?」

 

 凄い近くまで迫ってきて女の子特有の良い匂いで俺が倒れそうになった瞬間、彼女が俺の肩から何かをつまみ取った。

 指の間で持っているそれに注目してみると、なにやら怪しげな機械だという事は分かったが、その正体にはてんで見当がつかない。

 

「何それ」

「これ、探偵が使うような小型のGPSですね。……()()()()()()()、誰かにバレました」

「ウソでしょ」

 

 いつのまにィ!?

 

「レッカ先輩が部長の指示でやったか、もしくはスーパーで何者かに付けられたか……何にせよ、もう居られないッスね、ここ」

 

 マジかよ。もう少しここでのんびり休憩するつもりだったのに。車だってまだ調達してないんだぞ。

 

「紀依、音無。準備、できた」

「早すぎない?」

 

 気が付けばデカいリュックを背負った衣月が、玄関で靴を履いて待機している。

 ここを離れるの個人的にはアイツが一番ゴネると思ったんだが。

 えぇい、どいつもこいつも強かな女だな。俺も隠しヒロインとして、負けてられねぇぞ。

 

「俺の探知能力にはまだ引っかかってない! コレ食ったら出発すんぞ! ガツガツ」

「この場で一番食い意地が張ってるのは先輩だってこと、自覚してくださいね」

「ウ゛ッ! げほっ!」

 

 むせた。水ください。

 

「ゆっくりでいいッスから。ちゃんと噛んで食べてください」

「紀依、まるで子供……」

 

 ママみのある後輩に水を渡され、食うのが早すぎるロリっ娘に哀れむような視線で見つめられながら、俺はいつまでも給食が食べ終わらない小学生のような肩身が狭い気持ちで、昼食を胃に叩き込むのであった。

 はい、ごちそうさまでした。

 

 




なななんと朽木_様に本作のイラストをもう一枚頂いてしまいました 一日一万回感謝の正拳突きをさせて頂きます

今回はクソデカマフラー後輩ニンジャことオトナシさんです


【挿絵表示】


黒手袋の解釈一致度合いが凄くて笑顔になっちゃった

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