──正義のヒーローとして戦い始めたあの時は、こんな光景を目にするなんて思いもしなかっただろう。
「と、とっても美味しいですわ。このお料理のお名前は……?」
「確かついったーでは……これ、ソーキそば」
「あら、ありがとうございます。衣月さんは物知り博士さんですね」
「ねぇねぇヒカリ、聞いてくれたらアタシも答えられたよ。アタシも郷土料理詳しいよ」
「あの、コオリ先輩? 自分より幼い子と張り合うのやめません?」
たくさんの仲間と食卓を囲み笑い合う、この平和としか言いようのない姿こそが、かつて孤独だった僕が幼き頃に抱いた夢だった。
「はい、コクさん、あ~ん♡」
「ぁ、あーん……」
「ばっちりよフウナ! その調子で自分がいないとダメになっちゃうくらい堕落させてしまいなさい!」
「えへへ……! 頑張るねお姉ちゃんっ!」
「ふむ。部長としてコレは止めるべきか否か、判断が難しい所だな」
「早く止めてください会長、もう食べられなムグゥッ」
本当に心の底から、ここまで戦い続けてきて良かったと思える。
おかげで大切な仲間たちと巡り合い、こうして同じ時を共に過ごすことができるのだから。
僕の家系は才能重視の実力主義だった。
かつて世界を救った勇者の末裔なのだから、当然といえば当然だ。
勇者の血を引く他の一族に比べて、ファイアの姓を継ぐ者は代々魔法に乏しく、周囲から見下されている。
そして両親はいつもそんな状況に腹を立てていた。二人はとてもプライドの強い人だったから。
故に、僕よりも遥かに優秀だった兄が優遇され、ダメな弟の僕が両親から見放されるのは当然の摂理だった。
二人の血を色濃く継いでいる兄はとても高慢で、そんなプライドの塊のような彼を反面教師にしていたからこそ、僕はファイアの姓でありながら、一族の誇りを持たない『ただの少年』になれたのかもしれない。そういった意味では、両親や兄には感謝している。
ただの少年になれたのは幸運だった。
誇り高く生きることはできないけれど、両親や兄のように多方面から常に敵意を向けられる事もないから。
何よりダメダメだったおかげで、僕はあの親友と出会うことができたのだ。
優秀ではないからこそ巡り合える運命というのもあるのだろう。
兄は大成し、僕は仲間を得た。
それぞれの正解を見つけたこともあり、兄に対しての劣等感は当の昔に消え去った。アポロと一緒に居たことで、無理をしてまで優秀になろうだなんて、そんな考えはしなくていいのだと知れたんだ。
本当にありがとう、親友。
「おーい、れっちゃん」
「っ!」
一旦食事の席から離れ、店の外で風に当たってたところで、後ろから声を掛けられた。
振り向いたその先には──久方ぶりに再会した親友の姿があった。
「ポッキー。……ぁ、あれ? コクは……」
「あー、えと、交代した。せっかくの機会だしってことで、コクが気を利かせてくれたんだ。……ほれっ」
ジュースの入ったコップを手渡してくれた。
僕が言い淀んでいるうちに彼は隣に座り込み、自分のコップを差し出してくる。
「店ん中は姦しいからさ。お互い最近は女子とばっかり過ごしてるし、たまには男二人で話そうぜ」
「ははっ、確かにそうだね。……うん、じゃあ、乾杯」
「かんぱ~い」
コップを合わせて音を鳴らし、クイっと飲料を口に含んだ。
悪の組織との本格的な抗争が始まってから、こうして二人でゆったりする時間は、確かになかったな。
そもそも彼がもう一人の少女と入れ替わっていたせいもあるけど。
「オトナシや衣月ちゃんとはどう? 上手くやれてる?」
「いきなり母親みたいな質問」
アポロは苦笑いになってしまったが、やはり気になるところだ。
コクがあの二人と仲が良いのは知っているが、依り代である本人は果たしてどうなのか。そもそも会話をする機会はあったのだろうか。
「ふっふっふ……そりゃあもうバッチリよ。信じられないだろうが、アイツら俺のこと大好きだぜ」
「でた、いつもの勘違い」
「んだとコラ」
「学園じゃ女子と目が合っただけで『マズいぞ、俺の運命が始まった!』とか言ってたじゃん。ほんと頭の中は幸せ者だよね、ポッキー」
「テメェ!!」
軽口を叩いたらアポロにヘッドロックされてしまった。ちなみに全然痛くない。
「生意気な口ききやがって……」
「いたいよぉ、はなしてぇ」
「大体お前はどうなんだよ。いい加減共通ルートは終わったんだろうな?」
「それは……まぁ」
「おっ。どれ、話してみなさいよ」
パッと首を離したと思ったら、軽くつまめる料理が乗った小皿を二人の間に置くアポロ。どうやら本格的にここで時間を潰すつもりらしい。
「えっとね……まず、コオリに実質告白された」
「ブッ!!」
「わっ、汚ねっ!」
めっちゃ盛大に噴き出すじゃんコイツ。もっと心構えしっかりしてると思ったのに。
「う゛ぅ……ぃ、いつだ。いつどこで、どんな風に言われたんだ」
「コクとコオリが沖縄に来た日の夜だよ。夜中にコクと話し終わって、部屋に戻ったらコオリがいたんだ。それで『この戦いが終わったら伝えたいことがある』って」
「……死亡フラグみたいな告白だな」
「それは僕も思った……」
絶対に死なせるハズなどないが。
それにしたってあの発言はもう実質告白みたいなものだろう。この戦いが終わって学園に戻った暁には、彼女からの告白イベントがあるに違いない。
……イベントって言い方をするあたり、僕もだいぶアポロに毒されてるな。
「ふんっ、なんだよ、じゃあ氷織ルートで決定かよ。おめでとさん」
「何で半ギレ」
「うるせぇよお前、アレだぞアレ。そのままだと事故が起こるぞ。ちゃんとヒカリとカゼコの事はフッたんだろうな」
「いや二人にも似たようなこと言われて……」
「クソぁッ!! このハーレム主人公がッ!!」
激しく悪態をついたアポロは小皿に乗っていたピーナッツや枝豆を食い尽くしてしまった。ハーレム主人公に食わせる飯はねぇ、とのことで。
「どーすんの! おまえもしかしてヤンデレでも誘発させるつもりなのか! アイツら三人一緒だなんて──」
途端に言葉が詰まるアポロ。
何かに気がついたようだ。
「……一緒でも仲良くやりそうだな」
「この前三人で話してるとこ見かけたよ。問題は一夫一妻制の法律だけ、とか言ってた気がする」
「公認ハーレムかよ。死ね」
「ド直球な悪口が来たな」
ゆるせねぇ~~、とか言いながら頭をかきむしってる親友の隣で、僕は飲み物を舐めるように少し飲む。
これからどうなるのか分からない。
自分がどういう判断をするのか見当もつかない。
彼女たちは言うまでもなく魅力的な存在で、大切な仲間であり少なからず意識してる異性でもある。
ここでアポロから露骨な後押しでもされたなら、きっと迷わず彼女らを受け入れてしまうことだろう。
でも、そうはなっていない。
彼が知っているのかは不確かだが、誰よりも直接的に僕を求めてきたあの少女の事がある。
「ハァ……れっちゃんがこうなら、もうコクなんて眼中に無さそうだな……」
「……どうかな。たぶん、今の僕が一番気にしている
「うぇっ!? そ、そうなの……」
さっきからオーバーリアクションが過ぎるだろ。
それとも本気で一喜一憂するほど僕の恋路に肩入れしてるのか。
「えっえっ、ちなみに何で。お前ロリコンだったのか」
「めちゃくちゃな解釈するのやめてくれる?」
確かにコクはヒーロー部のメンバーと比べたら小柄だし、こう言ってはなんだが胸もあまりない。
だがそういう問題ではないのだ。身体的特徴を気にするターンはとっくに終了している。
「……僕も分かんないよ。自分の感情をしっかり理解してるワケじゃない」
「おっ、主人公特有の独白タイムだ」
「キミから聞いたんだから真面目に聞けよ。殴るぞ」
「ごめんなさい」
『(´;ω;`)』みたいな顔しやがって。うざいなこの男。
もちろん、コオリたちとは深い絆がある。
一年間も一緒に悪と戦ってきたのだから当然だ。学園内の他の人は知らないような、彼女たちのクセや秘密だって僕は知っている。逆もまた然りだ。
素直に言えば好意を抱いている。
僕は彼女たちを信頼しているし、好きかどうかと聞かれたら好きだと即答するだろう。
──だが、あの漆黒の少女に対して抱いた感情は、彼女たちへ向けるそれとは異なっている。
同情だと言われてしまえばそれまでかもしれない。
人を依り代にしなければ自由に生きられない彼女に、かわいそうだとか不憫だとか、そういう感情を向けていないと言えば嘘になる。
「……でも、なんか違うんだよ」
初めて会ったあの夜はただただ不思議な謎の少女だと思っただけだった。
しかし屋上でしっかりと話したあの日から、僕はどこか彼女に──惹かれていたのかもしれない。
突風が吹いてもスカートを押さえなかったり、サイズの合わないアポロの服を着たりなど、どこか抜けているところがあって。
真摯に親友との付き合い方を叱咤してくれた。
子供を助けて怪我をしたのに、僕たちの前から姿を消したりだとか、強がりな部分もあった。
たまにポッキーみたいに煽ってきたり、子供っぽい発想をしたり、年相応なかわいらしい振る舞いもしていて──
なにより親友を守ってくれていた。
その身を挺してアポロを守り、僕に敵対されようともその意思を曲げることはなく、いつだって力強く立ち上がっていた。
でも僕との繋がりを求めるような、儚さを感じる一面もあって。
その事実に、その姿に、僕は──
「もういい。もういいぞれっちゃん」
「だから、もしかしたら僕は」
「やめとけ! もういいからぁ!」
何だよ、いいところまで話したのに。むしろここから先を聞きたいんだと思ってたぞ、僕は。
てか何で赤くなってんだよ。こんな話で恥ずかしくなるほど初心じゃないだろ君は。
……いや、でもちょっとニヤついてるな。
友達の恋バナ聞くのそんなに楽しいかい、ポッキー。
「十分だぜ。俺はその話を聞いて満足だ」
「あっそ。……言いふらさないでね」
「んな口軽くねーから安心しろって。俺とお前だけの秘密だぜ。誓いとして握手をしよう」
「う、うん」
何で握手……?
「じゃあ先に戻ってるから。またコクに変わってるかもしれないけど、アイツとも仲良くしてやってくれ」
「言われるまでもないよ」
そういって店の中へと消えていくアポロ。
もしかしたら彼は、一番近くにいた相棒のような存在であるコクの恋路を、密かに応援していたのかもしれない。だから喜んでいたんだ。
「……さて、僕も戻るか」
すっくと立ちあがり、彼が置いていった皿を持ってお店の中へ戻っていく。
ふと振り返ると雲一つない空が広がっていた。
あぁ、今日は月が奇麗な夜だ。
感想をいくつか頂きましたので、R18版に需要があるようでしたらIFルートとして50000分の1くらいの確率で執筆します