アポロの自宅を走り出て、近所を走り回ってようやく本人を見つけて。
今までの事を謝り、これからの事を話し、荷物を代わりに持って一緒に帰路に就いた。
僅かに存在していた彼との間の蟠りは、これで全て無くなったように思える。僕はようやく、彼と友人になる事が出来たのだ。
それもこれも、僕のこれまでの行いを指摘してくれた、あの少女のおかげだ。
帰ったらお礼を言うつもりだった。
アポロの家をアジトと呼んでいたし、きっとこれからは今までと違って、定期的に会うことができる関係になれたと思った。
彼女と僕は信頼のおける仲間になれたのだと──そう思い込んでいた。
【さよなら】
そう書かれた手紙が、たった一枚だけ。
家の中にはいない。
僕は一瞬固まり、我に返った途端に家を飛び出した。
時計の針は左下を向いており、オレンジ色に染まっていた明るい空は、気づけば漆黒に包まれていた。
胃が痛む。
呼吸が荒い。
心臓の鼓動が早まってくる。
胸の中がこれまでに無い程ざわついた。
「どうして──」
静寂が支配する空の下で、零れる様に呟いた。
彼女が何を思ったのか。
何処へ行ってしまったのか。
本当に分からなかった。
コクは僕の友人の事でさえ気にかけてくれる、人並み以上に思いやりのある──普通の少女だ。
少なくとも、彼女と言葉を交わしたあの時は、そう考えていた。
僕のために怒ってくれた。
友人のことに気づかせてくれた。
彼女は恩人であり、まず一番に感謝を伝えるべき相手だった。
だというのに、たった一言も、何も、言えないまま。
「…………っ!」
忽然と行方を晦ましてしまった少女の、僕を送り出してくれたあの微笑みが脳裏によぎり、再び走り出した。
──黎明だ。
空を覆っていた漆黒が、燦然と輝く太陽に、塗りつぶされていく。
もう、夜が明けていた。
◆
レッカに対して緊急措置でなんとか誤魔化したあの日から、ちょうど今日で二ヵ月が経過した。とても長かった。もう夏が近い。
この二ヵ月間、俺は新しくヒーロー部として入部した後、怪我を治してからずっと
部活で鍛えた事で俺は、いわゆる探知能力というやつに覚醒したのだ。忍者であるオトナシの助けもあって、ここ最近は怪しいヤツを事前に見つけておくことで、事件を未然に防ぐことに成功している。
そして何より、探知能力による俺の情報提供で警察が動き、ヒーロー部の出番を極端に減らすことが出来ていた。
一学生であるにもかかわらず、警察から強い信頼を寄せられているのは、ひとえにヒーロー部のおかげだろう。それほどまでにヒーロー部は多くの人々を救ってきた。
つまり、レッカの戦う機会も順調に減ってきている。
当初の目的であった『レッカを戦わせない』という目的は、努力によって概ね完了したワケだ。
だから普通の男子高校生として、日々を送っている。
テストや課題に苦しみ、些細なことで楽しみを共有し、放課後や休日にはバカ騒ぎして、また学校に通って。
そんな平凡で普通の日常を手に入れた。
他人の為に傷つきやがるお人好しのアイツを戦わせないという、ずっと抱えていた俺の願いは叶えられたのだ。
だが、重要なことが一つ。
俺は俺自身の行動を振り返った結果、つまりレッカに対してキャラブレブレの説教を行ったあの時、かなり大変なことに気がついてしまい、あの日以来ずっと少女姿には変身せず、大人しくしていたのだ。
その重要な事とは、いったい何なのか。
答えはとっくに出ている。
──謎の美少女感、薄れてね?
いや、マジで。
あのリカバリー説教は、あの場を切り抜けるために必要な事だったけど、アレのせいでコクが普通に仲のいい女キャラとして、あまつさえ仲間として定着してしまいそうな流れは、非常に危ういと感じた。
違ぇんだよ。そうじゃないんだ。
謎の美少女ってのは、そんな簡単に仲間になって、容易く好感度が上がる存在じゃないだろ。
もしあの流れのまま正体が俺であることを隠したまま、上手いことコクとして彼らと接していたら、間違いなく『後半に加入しただけのハーレムの一員』になってしまっていたハズだ。
ただ登場時ちょっと意味深だっただけで、その後は普通にヒロインたち取り巻きと一緒に居るだなんて、そんなの特別でも何でもないじゃないか。
おい俺。今一度、しっかり思い出してみろよ。
お前は良いヤツなのか?
コレは友達との青春を取り戻すために、必要だからやった事ですって、そう開き直るつもりか?
ふざけるなよ、そんな事をしていい人間じゃねぇだろ。友達想いの正義の味方なんかじゃないだろうが。
俺はそもそも『楽しむため』に変身して、友人をからかった悪いヤツだ。
そうだ、俺は自分の欲望に正直な、れっきとした“悪”なんだ。
その悪事の果てに生み出した存在である漆黒の少女を、用済みになったからポイだと?
どこまで中途半端なんだ。お前はいつもそうだ。いつも肝心なところで失敗する。いろんなところに手を付けるが、一つだってやり遂げられない。誰もお前を愛さない。
かぁ~っ! 見んねコク! 卑しか男ばい!
誰に対しても現状ウソつきでしかない俺が、唯一誠意を果たせる存在は、この俺自身が生み出した『漆黒』という少女をおいて他にはいない。
彼女をこのまま捨て去るってのは論外だ。
なにより謎の美少女感が無くなってしまうのは、とても悔しい。
正しいかどうかじゃない。
俺のプライドが許さないのだ。
悪人なら悪人らしく、最後まで我を貫き通した方がカッコいいでしょ。
最低で最悪だろうと関係ない。親父が言ったような、止めてくれる人が現れるまで、縦横無尽に世界を駆けるんだ。俺の本当の力を見せてやる。
──っしゃあ! いくぜェッ!!
魔法、TS
……
…………
はい、というわけで仮病を使って、まずは学校を休みました。
レッカには『今日は休む』とだけメッセージを送った。アイツのことだから仮病ってことには気づいてるんだろうな。
話を戻して。
今回、俺は謎のヒロインとしてのストーリーを一気に進めていく作戦を思いついた。
このままフラッと現れてまた居なくなってでは、進展も無いしレッカもそれに慣れてしまうだろう。
さよなら、という手紙だけを残して二ヵ月も姿を消し、彼がコクの安否を気にしまくっている今がチャンスだ。マジでタイミング的には今しかない。
今日は大雨が降っている。
主人公に対してヒロインが『決別』を告げるには、これ以上ない良シチュエーションだ。
そう、俺は本日レッカに対して、コクの重要な事実を暴露する。
そして彼に対して本当の別れを告げ、ついに攻略できなかったヒロインとして、彼の関心を一気に引きつける作戦を決行するわけだ。絶対驚くぜあいつ。
まずは透明マントを使って学内に侵入し、現在の状況を見てみる。
時刻は昼休み。
ヒーロー部もひと固まりではなく各々別に動いていていた。
ライ会長は生徒会メンバーと一緒に生徒会室。コオリとヒカリは食堂で友達と談笑している。
レッカは他のヒロイン……ウィンド姉妹の二人と一緒に、購買へ向かっているようだ。
「そういえばレッカ。いつも一緒にいるアイツはどうしたのよ」
「ポッキーはけびょっ……か、風邪で休みだよ」
「レッカさん? そこまで言ったら訂正する意味ないと思いますよ?」
姉のカゼコと、妹のフウナに囲まれて、いつも通りのイチャイチャだ。ふざけやがって。
ちなみに俺の風魔法は、あの二人のすっげー強い風魔法を参考にして練習してたのだが、結局ウィンド姉妹本人たちとは、コクの姿ではあまり接したことなかったな。やっぱハーレム六人は多いよ。
唯一の下級生であるオトナシは見当たらなかったけど、まぁたぶん友達の教室とかで飯食ってんだろ。簡単に姿を見せないところが、いかにも忍者っぽいが、アイツを探して昼休みが終わっては元も子もない。
そもそもずっと透明マントを着ているから、誰にもバレていないはずだ。
「……なーんか、ずっと見られてる気がするのよね。気のせいかしら」
っ!?
「後ろには誰もいないよ、お姉ちゃん。だってほら、あたしたち購買の列の一番後ろだし」
「うっ。そ、そうね……出遅れたせいで、目的のものが買えるか不安だわ……」
妹ちゃんナイスカバー。助かったぜ。
ったく、勘が鋭いお姉ちゃんの方には気を付けないとな。
「カゼコとフウナにファンがいるって噂は聞いたことあるよ」
「えっ、わたしたちに?」
「ヒーロー部はそこそこ有名だしね。それに二人ともかわいいから、ファンがいても不思議じゃないっていうか」
「かっ、かわっ!?」
「あぅ……」
わっっっかりやすいレッカの天然ムーブで赤面するカゼコと、困るフウナ。
さすが主人公、自分のヒロインを照れさせることなんざ造作もねぇってか。やりますね。
「急に変なこと言うんじゃないわよバカっ!」
「いてっ! ご、ごめん」
「お、お姉ちゃん、叩いたらダメだよ……」
強気な姉に、内気な妹か。
より取り見取りで羨ましいよ、レッカくん。それでも理性的で、性欲に流されず好青年のままでいられるキミに敬意を表するぜ。
っと、少し雨が強くなってきたな。
マントが多少雨具としての役割を果たしているとはいえ、割と激しめの雨粒に打たれ続けて、少し体が冷えてきた。傘は一応折りたたみのを持ってきたけど、荷物になるという理由で学校の出口付近に隠してきたため、今は手元にない。
風邪ひく前に、そろそろ作戦開始といきますか。謎の美少女モードに切り替えだ。
「……」
透明マントを脱いで畳み、ポケットに入れる。
途端に、ざぁっと頭に雨粒が降り注いだ。まるでシャワーでも浴びているような気分だ。
制服の胸ポケットから家の鍵を取り出し、わざとコンクリートの下に落とした。
「っ!」
落下による僅かな金属音に、レッカだけがピクリと反応した。よしよし、計画通り。
普通なら雨音でかき消されるような弱々しい音だが、レッカなら気づくだろうという確信はあった。
ここ最近はことあるごとに色々な音や人影に反応してしまうほど、コクを探していたのだ。こういう時でも気づいてくれるって信じてたぜ。
購買からギリギリ見える範囲の物陰からあちらを覗いていると、キョロキョロと周囲を見渡しているレッカと、ついに視線がぶつかった。
「コク……っ!?」
「──」
焦らず、ゆっくりと校舎の陰へ姿を消し、鍵を落としたままその場を離れて、誰もいない校舎裏に向かって歩いていく。
走る足音が後ろに聞こえる。ちゃんと追ってきてくれているみたいだ。
彼に声を掛けられる前に、校舎裏の開けた場所まで移動し、いかにも待ってましたと言わんばかりに背を向けて待機する。
「はぁっ、はぁっ、コク!」
「……」
きたきた。
無言のまま振り返る。
レッカは相当急いで追いかけてきたのか、傘を持っているにもかかわらず、制服の肩が濡れていた。
「っ、はぁ……ず、ずっと探してたんだ、きみを。これ、アポロの家の鍵。持ってたってことは、今日はあいつの家にいたのか?」
肩で呼吸をしているレッカは、息を整えつつ顔を上げた。
彼の表情は安堵だ。
コクを見つけることが出来て、どうやら主人公くんはホッとしているらしい。
いいね、ゾクゾクしてきた。これからその表情を崩してやるから、覚悟しろよな。
「今日まで何してたんだよ。何かやるんだったら、相談してくれればいいのに。僕たち仲間じゃないか」
「…………仲間、じゃない」
「えっ?」
レッカは眉を顰める。口元は笑っているが、何を言っているのか分からないといった表情だ。
「な……なに言ってるんだ? キミは、敵対するつもりはないって、そう言ってたじゃないか。それに僕の戦いを終わらせるって──」
「そう」
少しだけ声を大きくして、彼の言葉を遮る。
「レッカの戦いを終わらせると、そう言った。そしてその通り、戦いは終わった」
実際のところ、ヒーロー部としての戦いはほとんど終わっている。
悪の組織だか何だかはやっつけてないが、それの相手は現在政府や警察が当たっていて、それが本来あるべき形だ。アレらを大人に任せることができた以上、彼の戦いはほぼ終わったと言っても過言ではない。
「おかげで未来は変わった」
「未来……?」
ここからは、説教したあの日から長いこと考え続けてきた、コクの設定を披露する時間だ。
「私には断片的な未来が見える。眠っている途中、予知夢としてこれから起こる出来事を」
「……そんな、能力を」
「以前見えたのは、レッカと私が一緒に戦う夢。……敵の攻撃から私を庇って、あなたが死んでしまう未来」
「っ!?」
どどん! 衝撃の展開。まぁそんな夢は見てないんですけどね。
主人公補正バリバリのレッカが死ぬわけない。
「だから私は、あなたが戦う事をやめれば、あなたは死なないと考えた。私のせいで誰かが死ぬのは、見過ごせないから」
「……けど、きみは未来が変わったと言った。その予知夢から何が変わったんだ」
──だが、仲間入りをしていない、謎のヒロインなら果たしてどうかな。
「私が、あなたに殺される未来」
その言葉の後、俺と彼の間に静寂が流れる。
レッカは動揺のあまり声が出ず、手に握っていた傘が傾いた。
「……どう、いう」
「そのままの意味。断片的にその瞬間しか見れなかったから、経緯は知らない。でもこのままあなたの近くに居たら、私はいずれあなたに殺される」
「ばっ、馬鹿なこと言うなよ! そんなことするわけないだろ!? だいたい理由がないじゃないか!」
「知らない。ただ、私が見た未来は、私自身が必要以上に変えようとしない限り、絶対に変わらない」
もちろんレッカが俺に手を出す理由なんざコレっぽっちも存在しない。だからこそ、めちゃめちゃに焦るのだ。焦らせてごめんな。楽しくて……。
「僕は……ボクはきみのことを、大切な友人だと思ってる。アポロとの蟠りを無くしてくれた恩人に、手をかけるワケがない」
「友人になった覚えはない。あなたの事も大切だとは思っていない」
「っ……」
悔しいだろ。今まで出会った仲間の少女たちは、例外なく全員攻略してきたもんな。この学園に来て主人公になってから、ここまで女の子に拒絶されたのは初めてに違いない。
でもレッカに嫌いって直接言うのは、やっぱ心が痛いな。
……うぅ、気をしっかり持て。妥協するなよアポロ・キィ。
お前は人を弄んで遊ぶ悪役なんだ。コクという存在に敬意を払うなら、しっかりと悪の意思を保て。
「アポロ・キィの事を持ち出してあなたを焚きつけたのも、未来で私が人殺しにならないため。庇ったあなたが死ぬことで、周囲の人間から私の責任だと揶揄されるのを、避けるため。何もかも自分の為にやっていた。何一つ、あなたのために行動した事などない」
場面によってはツンデレにも聞こえるセリフだが、今この状況なら無情な現実を突き付けるシリアスなセリフになってくれる。お前の為じゃない、っていうセリフ、意外と汎用性があるな。
……ていうか濡れすぎて寒くなってきた。
「私は殺されたくない。だからここを去る。私がいなくなればレッカは清廉潔白な英雄のままでいられる。止める理由なんてないはず」
「でも!」
雨脚が強まる。
彼が差している傘の雨粒を跳ね返す音が大きくなった。
魚でも跳ねているのかと錯覚するほどに、びしゃびしゃ、ばしゃばしゃ、水を通さない布を雨が叩き続ける。
「あなたといた日々は、常に心が休まらなかった」
「……ッ」
レッカは何かを言おうとしたが、混乱していて言葉が出ず、押し黙ってしまった。
では、そろそろこの場を離れるとするか。
最後にヒロインっぽいことを口にして。
「でも、屋上で話したあのとき。……お昼ご飯に誘ってくれたのは、少しだけ嬉しかった」
「っ! ……こ、コク……ぼくは」
「さよなら」
「あっ。まっ──」
「待つんだ、コク!!」
うえぇっ。なんだなんだ。レッカじゃない別の声だ。
風の魔法で飛んでいこうと思った矢先に、第三者に呼び止められてしまった。
思わず固まった。
「……?」
レッカの後ろの方からだ。
目を向けると、そこには傘も差していない、息も絶え絶えの状態な、ずぶ濡れのライ会長が立っていた。
「……ライ、会長」
「っ! ふふ、わたしの名前を憶えててくれたんだな、コク。うれしいよ」
「先輩! どうしてここに……」
「レッカ、きみは知らないな。……その子の、正体を」
エエエエェェッェェッ!!!!?
ばばっば、ばばっ!!
いいいつの間にバレたぁ!? そんなボロ出してた?!
や、やっぱり仮病で休んだのは浅はかだったのかッ!!
「……二ヵ月と少し前のことだ。悪の組織の研究所から、とある実験体が組織を裏切った研究者によって、外へ連れ出されたという情報が入った」
…………んっ?
「実験体の能力はまだ開発段階だが、完成すれば最強の……それこそ、世界そのものを破滅させられるようなモノらしい。それを危惧した研究者が
ちょ、ちょっと待って。
なんか急にまったく知らない話をされてるんだけど、なに?
「名前までは情報には載っていなかったが……」
「せ、先輩、まさか……」
「……コク。その実験体が、キミなんだな?」
……………………そ、そうゆうことに、しとこっかな~。
「好きに考えてくれて、かまわない」
「ちょ、待てよコク!」
その答えに反応したのは、意外にもレッカ。
だがこれ以上の応対は、頭がパンクするから無しだぜ……!
風魔法を使い、俺は宙に浮いた。
「ライ会長」
「……なにかな」
「結局お茶ができなくて、ごめんなさいと、ヒカリに伝えておいてもらえますか」
「っ。……あぁ、わかった」
「ちょっと先輩!?」
どんな考えがあるのかは分からないが、ライ会長は俺を止めようとはしない。
その様子に困惑したレッカがこちらに手を伸ばす頃には、彼が届かないくらい高く飛んでいた。
「レッカ。改めて──さよなら」
「待てって! コクっ!!」
ヒロインに追いすがる主人公くんを振り切って、なんとか俺はその場を離れることができたのだった。
はてさて、これからコクをどう動かそうかな。
◆
──その、数分後。
「…………」
「…………」
俺の家の前には、びしょ濡れのまま体育座りしている、見知らぬ白髪の少女がいた。
男に戻っている俺に見下ろされている、その髪がとても長い少女は、茫々とした黄金色の瞳でこちらを見つめている。
……いや、分かっている。
さっきの会長の発言からして、確かにフラグは立っていた。
不意に現れてもおかしい話ではない。このスピード感はギャグでしかないが。
しかし、俺は決して主人公ではない。なりたくもない。
別にヒロインとかいらんし、そもそも無表情系の謎の美少女はこの俺だ。同じ属性の被っている輩が現れてしまったら、キャラがパンクを起こして大変なことになる。
ゆえにこういう時は、警察に通報だ。
似たようなヒロインなどいらない。こいつは主人公であるレッカにも任せず、国を守るお巡りさんの元で安全に保護してもらおう。当たり前だよな?
「……んっ」
「あ? な、なに……スマホ?」
無口な金眼白髪少女が、懐からスマホの様な何かを取り出して手渡してきた。なんか妙に近未来的なデザインだ。
「何だってんだよ……」
とりあえずそのハイテクスマホ(仮)をタップして起動すると──
『あぁ! 無事に帰ったなアポロ! よかった、繋がったよ母さん!!』
…………二ヵ月前に海外赴任で飛んだはずの両親が、画面に映りました。
それに加えて二人とも白衣姿という、とても懐かしい恰好をしている。
「……あの、えと。……その、な、なに? これ……」
『詳細は追って説明する! 今はそのスマホを渡した少女を、自宅の中に匿うんだ!』
「え、嫌なんだけど。警察に通報するね?」
『だっ、ダメだ! 警察の上層部に一人だけ組織のスパイが紛れ込んでいる! 証拠をつかんでヤツを引きずり下ろすまで警察には頼れないんだ!』
「うるせえバーカッ!!」
『エェッ!?』
うっせぇ。うっせぇ死ぬほどうっせぇわ。
『あ、アポロにおこられた……どうしてぇ……』
『しっかりしてあなた。あれが普通の反応よ』
ほんとっ、もう……マジで──あのさァ!?
いいよいいよ? 百歩譲って俺に海外赴任って嘘をついて、怪しげな研究所からいかにも隠しヒロインっぽいロリっ娘を助け出したのは、別に悪い事じゃないよ。すごーいウチの両親って裏で世界を守ってたんだ~って感心するだけだったからさ。賛美すらする。
でも俺がヒロインとしてその設定をかすめ取った数分後に、本物をよりにもよって俺に任せるのマジで何なんだよ。レッカにしとけや。アイツならこのロリも攻略してハーレムにするし、なんならそのまま世界も救っちゃうからさ。
あ、そうじゃん。今からコイツのことレッカに任せよう。
もうコクの設定が矛盾するとか知らん。悪の組織から狙われてるような、典型的なロリっ娘ヒロインなんか匿えるか。やらねぇよ。おれ主人公じゃなくてヒロインがやりたかったんだよもうホントこいつが現れたせいで美少女ごっこも終わりだよクソぁ!!
『電話代わってあなた。……もしもし、アポロ』
「あぁ母さん。この子は頼れる俺の親友に任せるから、心配しないで」
『ごめんなさい。情報が拡散されてしまうから、それは無理だわ。尾行されてる可能性もあるから、あなたも早くその子を連れて、安全な地下室へ避難して。地下から安全な場所まで抜ける道は用意されてるから』
あれ、もしかして母さんも無茶ぶりするタイプ?
『それから外に出るときは、ペンダントを使って女の子になっていた方がいい。私たちの資料からアポロの顔もバレてしまっている』
「なにしてくれてんの?」
『貴方が女の子に変身する機械を熟知してくれていて助かったわ。……きっと近いうちに悪の組織とは決着が付く。そうなればまた家族三人、平和に暮らすことができるわ。お願い、がんばって』
シリアスそうな声音で言われても困りま~す。何で俺が……泣きそう……。
『母さん! 追手が来た!』
『くっ、追いつかれたか……ごめんなさいアポロ、もう切るから! 私もお父さんもあなたを愛してるわ! それじゃね!』
「おいおいおーい!」
いやもうほんとバカ。何がバカって展開のスピードがバカ。
だって十分くらい前に『……さよなら』って、ヒロイン面して主人公に別れを告げたばっかりなんだぞ。何で別の意味で物語の中心にされてんだよ。黒幕から被害者に変わっちゃったよチクショウ。
「……へっぷし!」
うーん、かわいいくしゃみだね♡ それレッカの前でやれば守ってくれるよ。俺がやりたかったくしゃみだよ。
「……ごめんなさい」
「あぁもう分かったよごめん、ウチ入ろう。かわいそうなムーブしないでくれ頼むから」
「むーぶ……?」
ロリっ娘を持ち上げて帰宅する。そして俺の心は泣いていた。
……あああああああぁぁぁ゛ァ゛ァ゛ッ゛!!!
レッカが主人公でぇ! コクがヒロインじゃなかったんですかァ!?