あらかわい、え?この子たち世界壊せるってマ? 作:うろ底のトースター
『おはよう、神谷くん。良い朝だね』
「おはようございます」
日本に来て2日目の朝。クロステストの予定がみっちみちです。
こちらで俺の予定の管理等々をしてくれているのは、壮年の博士だ。おじさんと呼ぶには貫禄があり、おじいさんと呼ぶには若々しい、柔和な顔つきの裏に豊富な経験を感じさせる人、という印象。
アメリカの博士に比べて眉間の皺が少ないので、そういったストレスの管理が上手い人なんだろうなと思う。
『さて、早速だけどクロステストだよ。情報は端末に送信してあるから、時間までに準備するようにね』
「分かりました」
と、こんな感じで、軟派者やら不貞やらで日本では人気のない俺に色眼鏡なしで接してくれる。正直すごくありがたいです。
さて、今回の御相手の話をしようか。
「うーんKeterだ」
怖いSafeにもはや字面が怖いKeterが続く。
SCPー1004ーJP アザラシじゃらし
オブジェクトクラスはもちろんKeter
あざらしの人魚?みたいな見た目のオブジェクト。身長が2mほどと、人と比べたらまぁ大きい。強い衝撃を受けると爆発するが、こちらが何もしなければ痛い程度のぺちぺちしかしてこないので、殺傷能力はKeterにしては乏しい。
問題は、瞬間移動みたいなのができるってこと。どうやら多少塩分が混じった水場に瞬時に移動できるらしい。これを防ぐ手段を財団は持ち合わせていないので、Keterに指定されてるわけだね。
下手なSafeやEuclidよりよっぽど安全に見える、気がする。
ともあれ、他のKeterみたいに失敗すれば世界が終わる、なんてわけじゃないのだから、気張らずに行こうと思う。
さて、久しぶりに水着を着るわけだけど。
うん、頭ん中がうるさい。
「あら〜」とか「エッッッッ」とか聞こえてくる。あと
閑話休題。
オーソドックスなボクサーパンツの水着に、上着として防水のパーカーを羽織っている。通信機も防水性で、首に掛けてある。
さて、行きましょうか。
「哀れな少年よ、何故愚かな人類共を庇う」
「えっと・・・」
出会って5秒の質問である。プール端に引っかかるように両腕を組み、顔を出して下から見つめてくる。なかなかそそられるシチュエーションだが、大真面目な表情と質問の内容のせいで反応に困る。
顔立ちは幼さが残った、まさに少女から大人へ成長する途中って感じ。可愛さと美しさがいい塩梅で共存してる。髪色は明るい灰色、長い髪を水面に遊ばせていて、乏しい表情と相まって儚げでどこか機械的にも見える。
2mの身長の大半を下半身のあざらしの部分が占めており、プールの中でゆらゆらと揺れているのが分かる。スレンダーな上半身と比べるとどこかアンバランスさを感じるが、それがむしろ彼女の美貌を盛り上げている。
「質問を繰り返そう少年。何故愚かな人類を庇う」
聞こえていないと思ったのか、それとも答えを促そうとしているのか、再度質問するあざらしさん(仮称)。
「庇うというのは、その・・・」
そもそも、俺は人類だ。庇うも何もありはしない。何より俺に一生物全体を庇えるような力は、ない。
「気付いているはずだ、貴様の声かけ一つで万物を手に入れることも、万象を破壊することも易いはず。そして、人は愚かだ、滅ぼして然るべき存在だ。であるのに何故しない」
ああ、そういうことね。
「俺は彼女達に何かを命令するつもりはないよ」
俺がKeterに指定されている理由の一つがこれだ。実際、俺が世界を滅ぼせ!なんて言えば、人類はその文明と歴史ごと消えてなくなるだろう。あるいは本当に世界が壊れてしまうかもしれない。
尤も、俺はそんなことはしないし、そもそも命令なんてする気はない。
「何故」
「対等だから、かな。少なくとも俺はそう思ってる」
そう、対等。対等であって然るべき。色恋であっても友人関係であっても、その間に主従があっちゃいけないでしょ。応えるかどうかは別だけども。
「すき」
「え?」
ん?今なんか聞こえたような。脳内ラブコールが騒がしすぎて音の識別がしずらい。
「続けろ」
あ、はい。
「人類を滅ぼさないのは、俺が人を好きだから」
「好いている女がいるのか」
「そういう意味じゃなくてね?」
「違うのか」
この感覚って人間独特なのかな。
「戦争やら環境破壊やら、人が愚かなのは認めるけど、でも全員が全員そうってわけじゃない。俺は、そういう一部の善い人が好きなんだよね。だから滅ぼそうなんて考えたこともない」
「優しいな、すき」
「え?」
今のはちゃんと聞こえたな?真顔でなんてこと言うのあざらしさん。せめて顔赤らめるとかさ。いや無表情ってのも味があるんだけど。
表情が乏しいせいでどういう感情なのか分からん。
「しかし理解したぞ」
理解してもらえたのだろうか。
「善き人類以外は滅ぼすべきだな」
「ダメだよ?」
何も理解してないやこの娘。
「エゴが故か」
「その通り」
そこは分かるんだ。
「難しいものだな」
「人の気持ちって、往々にしてそんなものだよ。単純なようで複雑で、一直線に見えて難しい、そんなところも好きなんだけどね?」
「やはり好いている人間が」
「だから違うってば」
どこをどう読み取ったらその結論に至るんだ。
「話題を変えよう」
「あ、はい」
急だな。会話のペースが独特で、考えてることが分からない。
端に腰を掛け、足をプールに浸からせて冷たさに慣れさせていく。
「少年、愛する女はいるか」
思いっきり体勢を崩して顔からプールに着水した。すかさずあざらしさんが腕を掴んで引き上げ、立て直しを手伝ってくれる。
「大丈夫か」
色んな意味で大丈夫じゃないです。さっきまで騒がしかった頭ん中が一気に静かになった。睨み合いどころか殺気飛ばし始めたよ。やめてよ俺ん中で俺のために争うの、割とマジで。
「それで、いるのか」
「答えたら世界終わるんですが?」
「私はどうだ、尽くすぞ」
「聞いてる???」
あと尽くすって、対等がいいって言ったでしょ僕。
「しかし、少年。貴様温かいな」
「だから話聞いてる???」
マイペースすぎる。こんなに会話についていけないの久しぶりかもしれない。いや待て、2人きりで話してて会話についていけないってなに?
「いかん眠気が」
「ダメだよ!?」
「少年、胸を貸せ」
「物理的に胸を借りることあるんだ!?」
少しだけ体重がかけられ、程なくして穏やかな寝息が聞こえてってマジで寝たのぉ?
う、こんなに可愛い娘が胸に頭を預けて寝てるの、破壊力がすごい。すごいんだけど内側からの圧力もすごい。もしみんなが現実にいたら本当に世界終わっちゃうな。
「ところで、これいつ解放されるんだろ」
結局、彼女が目を覚ましたのは1時間後だった。俺はしっかり風邪をひいた。ついでに俺の胸板が大人気だったことも報告しておこうと思う。
俺は枕じゃない。
神谷朱里
☆5評価の超高反発枕。めちゃくちゃ硬いのにめちゃくちゃ人気。
あざらしさん
お返しは爆殺で。殴られたら自爆するしかない系オブジェクト。なんで人類滅ぼさないん?という素人質問をぶち込んできた。恋の駆け引きを一切知らないので遠慮なく好きな人を聞いてくるし自分の売り込みはガンガンしてくる。
少年の胸板は私のモノ。
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