森の都、グリダニア。場所で言えばアルデナード小大陸の東真ん中ぐらいで、アラミゴの西、ザナラーンの北辺りだ。この辺は黒衣の森と呼ばれる大森林地帯が広がっていて、グリダニア市街はこの森の中心の、翡翠湖を見下ろす高台にある。
「ん? 燃えてる敵にファイアする理由?」
俺は仲間とよく晴れた翡翠湖を望む酒場、カーラインカフェのテーブルを囲んでいる。ここは冒険者ギルドも兼ねていて、依頼の斡旋、宿泊施設、飯、と重要な施設が固まっている。割の良い依頼は大抵ここに集まるし、冒険者をやっていれば必ず利用するだろう。
仲間ってのは2人いて、今喋っていたココル・コル。こいつは他種族の子供みたいな外見に尖った耳を持つ、ララフェル族の呪術士だ。前に幻術士に間違えられたのを気にしてか、今はつばの広いハットを被っている。呪術士ギルドの奴らは、フードを被るイメージの方が強いけどな。それにハットを白く染めているせいで、結局幻術士っぽく見える。
……やけに真っ白だけど、それ高い染料じゃねぇの? 元はどこかのお嬢様のようで、名前もホントは……違った気がする。
「ああ。おかしいだろ。燃えてる敵には氷、植物みたいなやつには炎。そういうもんじゃねえのか?」
今喋った斧を背負った大男が、もうひとりの仲間トール・クラウドだ。そう言えば、こいつもホントの名前じゃない。トールの種族は、巨体で目立つルガディンの一部族、赤い肌が特徴的なローエンガルデだ。山奥に住む部族らしいが傭兵をやることが多かったらしく、人里に降りるときには自分でエオルゼア共通語の名前をつけるらしい。こいつの名前の由来は、背の高い雲、つまり、かみなり雲ってことだな。
「っかぁ──! これだからエーテルの使い方ってものを知らない、肉体言語の使い手は。はぁぁ、仕方がない……、このココ様がエーテルの奥深さとその考察についてご教授しておいおいおい胸倉つまんで何する気だよぉ」
「……てめえの話し方がまだるっこしくってなあ。肉体言語とやらで会話した方が早そうだ」
今日は依頼も受けておらず、昼前からエール片手にだべっている最中だ。ここしばらく依頼続きだったからな、今日ぐらい良いだろ、戦士の休息ってやつだ。まったく、せっかくの休みだってのに静かに出来ないのかこいつらは。しょうがない、このチームの? リーダー的存在? なこの俺が、この場を収めないといけないみたいだ。
「やめなよ。他のお客の……」
「上等だてめぇトールかかってこい!」
「ココ、てめえはそろそ「年下の癖に生意気なんだよ! 敬語はどうした!」被せんじゃねえ!」
「おい!! 無視するんじゃねぇ!!」
……俺の名前は、フロスト・カーウェイ。種族はミッドランダー、双剣士をやっている。冒険者だ。
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「えっと、ファイアのことだったよな」
ここグリダニアはどちらかと言うと排他的で、静黙とした落ち着いた雰囲気を是とする文化だ。最近は冒険者の出入りも増えてマシになったが、あんまりぎゃあぎゃあ騒いでいるとカフェから追い出されかねない。
ようやく騒ぐのを止めたココルは、ジョッキを片手に話し始める。
「そうだな……。確かにファイアの呪文は炎をまとってるし、熱も持ってる。触れば熱いし火傷だってする。だけど、別にそれが目的じゃ無いんだ。ファイアを唱える目的は、敵を打ち倒すこと。分かる?」
さっぱり分からん。敵を倒すために火ぃ吹いてんだろ? それが目的じゃねぇか。
「……なるほどな。火や熱は副産物か。本命は衝撃そのものってことか?」
トールが顔を上げて口を開く。意外なところから賢そうな意見が出たな。こいつは色んなものを見るため、知るために山から降りてきたらしい。だから意外と知的好奇心が旺盛だ。
「……意外なところから賢そうな言葉が出たな」
今のはココルだ。お前は思ったこと全部口に出すんじゃない。ココルは先生ぶった雰囲気を出して話す。
「でもそのとおり! 炎は、いち現象に過ぎない。もっと言うと衝撃も、ちょっと違う。ファイアの目的は、”破壊”そのものだ」
うーむ、分からん。ココルは大げさな手振りで話を続ける。
「つまりな、ファイアという呪文が六属性における一つの火属性そのもの、っていう認識がちょっとズレてるんだ。注目すべきなのは六属性を支配する二つの極性、すなわち星極性と霊極性。極性については知っているよな? ファイアは確かに六属性の中では火に属するんだけど、注目するべきなのはその星極性への偏らせ方なんだよ。星極性の本質は活発や発展、つまりは”動”そのもの。他のイメージでいうと促進、興奮そして振動。そこに偏らせきったファイアという呪文はその性質を体現することで破壊的な振動、衝撃、熱的変動性をもたらすってわけ。乱暴に言うとファイアは火属性呪文というより、星極性呪文ってことだ。分かる?」
「待て。早い長い、分からん」
ひとつも分からん。そもそも星と霊ってなんだっけ。六属性はあれか、火風氷水雷土だったか。
「……なるほどな。極性の極端な偏りと火属性による”現象”か。……だがココル、氷の呪文は…」
「トール、待ってくれ。俺は付いていってない」
全然分からん! 頼むから置いてかないでくれ! ココルが「え〜〜っと」と眉間にシワを寄せて考え込む。トールも目を瞑って言葉を選ぶように目を瞑る。……なんだろうな、この、置いてけぼり感ていうか、足手まとい感。いたたまれない、早く終わらせてくれ。
ココルが「ああ」と顔を上げ、説明を始める。助かる。
「つまり、あれだ! ハンマーで釘をガンガン叩くだろ? 釘めっちゃ熱くなってるだろ? だけど釘を刺される相手にとっては熱かろうと冷たかろうと関係ないんだよ。つまりそういう事。……どうだ?」
「……! 分かる、分かったぜココル! ったく最初っからそういう風に説明しろよな!」
……なるほどな。ようやく分かったぜ。詰まるところは、ファイアってのは燃える釘を投げてるってことだったわけだ。
「……ホントに分かってんだろうな、フロスト?」
ココルは訝しげな顔で言う。分かってるよ、釘を刺すみたいに言うんじゃねぇブハハ!
「……氷の呪文はどうなる? ココル。お前に言う通りなら、ずっとファイア放ってれば良いだろ。だがお前はファイアとブリザド、順番に唱えてるよな。何なんだありゃあ」
トールが髭をいじりながら話し、ココルも頷きながら答える。
「よく見てんな。もしかして、ココの……ファン? 待って、落ち着けって拳を降ろせって。……えっとブリザドはな、効率が良いんだよ。そもそも呪術士は環境エーテルを使って、現象を起こす。でも自分のエーテルを全く使わないんじゃない。特に動的な星極性に偏らせるファイアは消費が激しい。発散しようとするエネルギーを集めて、固めて、投げるわけだからな」
ココルは言葉を一旦切って、ジョッキを傾ける。
「ぷはっ……想像つくだろうがブリザドはファイアの反対、霊極性に偏らせて現象を起こす。氷の生成、エーテルの阻害・停滞だ。んで停滞を司る霊極性だからさ、留めやすいんだよ。ファイアに比べて集めて、固めて、のところが楽なんだ。おまけに霊極性に偏らせるときに星極性が周囲にあぶれる。その局所的な星極性の偏りを、魔法の推進力に利用することが出来る」
もう話は全く頭に入ってこない。しかし楽しそうに喋るやつだな、今までこういう話をする相手がいなかったのかもしれねえな。
「簡単に言うとファイアは自分で思いっきり投げないといけないけど、ブリザドは自分ですっ飛んでくれるって感じだ。ただし”破壊”って面ではブリザドはかなり劣る。まあその辺は仕方がない。破壊に向かない極性を、破壊に転ずるための呪文だから。どちらかというと体内エーテルの極性に大きなメリットがあるんだけど、今度にするか。一気に喋ったら疲れた」
そう言ってココルは一方的に話を打ち切った。トールはふーむ、と低く鼻を鳴らし満足げだ。自分の中で話を噛み砕いているのだろう。俺は、両手でジョッキを持ってぐびぐびとエールを飲むココルに話しかける。
「よく分からなったが、大したもんだ。そういうのは呪術士ギルドで習ったのか?」
「いや、ココはギルドには入ってない。家に来てもらってたお師匠に教えてもらったんだ。」
「ふーん、家庭教師ってやつか。俺はてっきり、お前の口の悪さは呪術士ギルドのマスターたちの影響かと思ったぜ」
5つぐらいの小さな黒い影と笑い声が脳裏に浮かぶ。そういや名前も似ているしな。……親戚じゃないよな?
「何だフロスト、お前ウルダハに居たことがあるのか?」
「ああ、リムサ・ロミンサの前はな。剣闘士。賞金稼ぎ。遺跡荒ら──調査。結構色々やってたぜ」
海の都リムサ・ロミンサも砂の都ウルダハも、ここエオルゼアの都市国家だ。ここから南のザナラーン地方にあるウルダハは商業が盛んで「黄金都市」なんて呼ばれることもある。エオルゼアのギルのほとんどがウルダハにある、なんて話だ。
「へえ! 良いなあ、いっぺんは行ってみたいんだよな。砂漠に荒野、古代都市の遺跡群……くぅ〜〜見たい!」
「こいつ。遺跡荒らしって言いかけてたぞ……。ウルダハか、蒸留酒が美味いって話だな」
興味を引かれたのか、トールも体を乗り出しながら話に入ってきた。……まずいな、この流れは。
ココルが手を打ち鳴らしながら、嬉しそうに声を上げる。
「じゃあじゃあ行こう、ウルダハっ! この辺も随分回ったしさ。そろそろ場所も変えて、一攫千金狙いに行こうよ!」
「悪くないな。金も少しは貯まったところだ。斧と鎧、良いモノがありそうだ」
トールがココルの提案に同意する。かなり乗り気みたいだ。……やっぱりこういう話になったか。どうするかな。
ココルとトールがこちらを向いて問いかけてくる。
「フロストも良いだろ! な? わぁあ、どこから見て回るかな」
「別に構わねえよな? ウルダハに居たってんなら道案内、頼むぜ」
俺は片手を上げて、好き勝手喋るこいつらの注意を引く。
「待て、俺はウルダハには行けない。俺にも事情ってもんがある」
「……ありゃ。何だ、結構やばめなのか?」
「仕方がねえが。ザナラーン全域ってわけじゃねえだろ。他の街ならどうだ?」
深刻な俺の声に、2人は耳を傾ける。意外と真剣に聞いてくれてるな、こいつらなら事情を話しても良いかもしれない。力にもなってくれそうだ。
俺は少し声を落として、ウルダハでの罪について告白することに決めた。
「実はな…………借金があるんだ」
「なあどうやって行く? 船? チョコボ?」
「飛空艇は許可書が無えしな。エーテライトはどうだ? 近くで交感してるところはねえのか?」
「エーテライトか……、あっホライズンならある! 子供の頃あの辺の港に、船で停泊したことがあったんだ」
「お。そりゃ都合が良いぜ。俺もホライズンはリムサ・ロミンサからの荷運びで行ったことがある」
「おい! 俺を無視して話を進めるんじゃねぇ!」
俺が声を上げて主張するが、2人の反応は冷たい。2人は同時にため息をついて、首を横に振り、代わる代わるに言う。
「自業自得じゃん」
「借りたものは返せ」
……ごもっともです。
「大体、借金てのはどれぐらいなんだ」
トールがジョッキを卓に置き、椅子に寄りかかって言う。何だ、代わりに払ってくれるのか? 淡い期待を寄せながら、俺はトールとココルに「こんなもんだ」と言いながら指でその貸しの大きさを示した。
「フン、大したことねえじゃねえか」
「そうだよ、それぐらいに普通に返したら良いじゃん?」
「……そ、そうだな……」
……借りた時から、金額が変わってなけりゃね。1年以上放置していたけど、利子がどれだけ付いているか分かったもんじゃない。そもそもまともな借金じゃないしな。だけど俺はつい同意してしまった。それを言うとまた、自業自得だなんだと言われそうだ……。
盛り上がる2人を前に、どう諦めさせるか思案していると、近くに人が立つ気配がする。その人はテーブルに座る俺たちを見下ろして、声を掛けてきた。
「君たち、ウルダハ行くのかい?」
「ん? どうも、ミューヌさん。いやまだ行くって決まったわけじゃ……」
声を掛けてきたのはカーラインカフェの店主、エレゼン族の女性のミューヌさんだ。彼女は冒険者ギルドのマスターでもあり、ここにいる間はすごく世話になっている。……すごくご迷惑もおかけしております。
何とかウルダハ行きを阻止したい俺は、言葉を濁す。しかしもう行く気満々のココルの口までは止められない。
「ミューヌさん、ちわ! そうなんだよ! ミューヌさん行ったことある?」
「フフフ、仕事で良く行っていたよ。それよりも、どうだい? ウルダハの冒険者ギルド、クイックサンドに紹介状を書こうか?」
ミューヌさんが微笑みながら言う。冒険者ギルドのマスターの紹介状なんて、誰でもおいそれと書いてもらえるもんじゃない。その冒険者の強さや性格、素行なんかの文字通りお墨付きがもらえるわけだからな。仕事の斡旋なんかでかなり優遇されるはずだ。はずだが……。
「いいのっ? お願いするよ!」
「随分気を利かせてくれな。助かるぜ」
「……」
ココルとトールは素直に喜んでいる。だけど俺は懐疑的だった。確かに俺たちはここグリダニアで、そこそこの依頼をこなしてきた。鳥人蛮族のイクサル族との戦い、ゲルモラ遺跡の調査、その他それなりに役に立ったと思う。でもそれ同じぐらいに迷惑を掛けたはずだ。依頼を選り好みしたり、依頼人と喧嘩になったり、騒いだり、壊したり、酔いつぶれたり、他の冒険者と喧嘩になったり、依頼を忘れてたり。……そんなもんか、大したこと無いな。
ミューヌさんは嬉しそうに答えるココルとトールを見てニコニコしながら言う。
「すぐに書いてあげるよ。いつ出発か聞かせてくれるかい? 今日? 明日?」
……! そうか、この人、俺たちを追い払おうとしている……!
日程や経路について話す3人を眺めながら、俺も密かにウルダハ行きを決意した。こう嬉しそうにされちゃな、水を差すのも野暮だろう。借金は、まあ、どうにかなんだろ。
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「ホントに今日出発するとはな」
俺は淡い青の光を放ち、ゆっくりと回転するエーテライトを眺めながら呟いた。ウルダハ行きの話が出た、今日の午後である。俺たち3人はカーラインカフェの裏手のエーテライト・プラザに立っている。善は急げとばかりに宿に散らかしていた荷物をまとめ、その間に書いてもらった紹介状を受け取り、その足でここまで来た。
「早く早く! ココ、テレポするの初めてだ! どうするんだ?」
「俺も初めてだ。……本当に一瞬で移動するのか? どういう理屈なんだ」
きゃっきゃと騒いでいるココルとトールは初めてらしいから、簡単に説明してやるか。テレポってのは本当は、地脈に近いところならどこからでも出来るんだが、今回は初心者向けだ。俺はエーテライトに手を伸ばして言う。
「こうやってエーテライトに手を向けて、エーテルの流れに集中してみな。ここのエーテライトからエーテルの流れが木の根みたい伸びてるのが分かるか? それが地脈だ。」
ココルとトールは言うとおりにエーテライトに手を伸ばして、目を瞑ってエーテルの流れを探っている。
「こうか? ……ああ、へえ、こうなってるんだ」
「……なるほどな。……ここを中心に広がっているようだが、ここが特別なのか?」
どうやらちゃんと地脈を感じ取ることが出来ているようだ。俺はトールの質問に答える。
「特別っちゃ特別だな。ていうのもエーテライトってのは地脈の集まるところ、結節点にしか置けないんだ。ここ以外の地脈が重なってるところ、分かるか、エーテルが強くなってるだろ」
「あるある。……結構多いな?」
「……ああ」
数は、分かんねえな。エオルゼアに建てられてるエーテライトの数だけでも、数十はあるだろうな。
「そん中のエーテルの……パターンっていうかな、見覚えがあるのを見つけられるか? それにエーテルで触る感じだ。やってみりゃ分かる」
「お、おおすげえ! 分かる! これホライズンだ!」
「おおー……。一回交感しただけなのに、分かるもんだな……ん?」
交感ってのはエーテライトのパターンっていうか、信号っていうかを体に刻むことだ。大抵は一生失われないし、触れれば体が思い出す。あとは地脈に乗って、このパターンにエーテルを共鳴させることで、目的の場所で地脈から抜け出すことが出来る。
「……! お、おい、フロスト。何だ、体が持っていかれる感じがするんだが、合ってるのか」
「コ、コ、ココも、ひ、引っ張られれる、こ、怖っ」
「ん? ああ、地脈の流れを掴んだか。合ってるぞ。きちんとホライズンのエーテライトと共鳴させておけよ。……失敗すると永遠に地脈を彷徨うことになるぞ」
「え!? 嘘だろ! ちょまっわっ体が浮く──!?」
「ふざけんな! 聞いてねえぞ! う、お──!」
2人の体は一瞬、浮いたあと、虚空に吸い込まれるように消えていった。上手くいったみたいだな。最後のは、からかっただけだ。そうならないためのエーテライトだしな。そんなことは……まあ、滅多に起こらないはず。
さて、俺も行くか。俺は地脈に意識を集中し、自身のエーテルをホライズンのエーテライトに共鳴させる。地脈の大きな流れに引っ張られるような、感覚に身を委ね、テレポを行使する。
気が滅入るな。初めてらしいから、あいつらには言ってないが、テレポってのはすっげえ疲れる。そんでもって酔う。俺たち冒険者は割と濃いエーテル密度を持っているが、それでも1,2日は使い物にならなくなるだろう。そんなリスクが無かったら、飛空艇も船も要らなくなるだろう。こんなもん1日に何回も使えるやつが居たら、そりゃ化け物だ。