『プロメア』の二次創作小説になります。
プロメアの事後世界を題材としております。



以下 あらすじ

世界の破壊と再生が起こった。その際に人間を救ったのは二人の英雄。
燃える火消しのガロ・ティモス。沈着な炎使いのリオ・フォーティア。
二人は世界の平和にする為、炎の救急隊(バーニング・レスキュー)として、日々の危険を退けていた。しかし、炎の人種(バーニッシュ)のテロ行為と、『プロメティクス理論』の提唱により、リオの精神は少しずつ削られていき−−

彼は凶行に及ぼうとする。



エログロ表現はありませんが、若干成人向けの描写が入ります。
ご注意いただければと思います。


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劇中歌image(プロメア・サントラより)

冒頭文:『Inferno』
前半:『NEXUS』・『燃焼ING-RES9』
後半:『RE:0』・『PIROMARE』


プロメティクスの烙印

 均一でいて無機質な街並み。オフィス街が並ぶ、世界経済を司る街である。そこはプロメポリスという大都市だ。大きな金が動く為、テロ活動が盛んに行われる場所としても有名だった。従って、テロ行為にいち早く対応できるよう対策が講じられている。かつてテロ行為の中で、世界で一番恐れられていたのは、世界の半分を焼き尽くしたとされるバーニッシュのテロだった。

 

それによりマジョリティは、嘘つきの狼男に喰われないよう注意深く、火元となりそうな人間を見つけては迫害した。それに対抗すべく炎の人種のテロは激化していく。卵が先か。鶏が先か。どちらが先に敵意を向けたのかは、もはや誰にもわからない。止めどなく抗争は続いていた。

 

 そのテロ行為に対抗すべく結成されたのが、フォーサイト財団が母体となる炎の救急隊(バーニング・レスキュー)だ。

 

「オォ! 今日も威勢よく燃えてらぁ! 火消魂(ひけしだましい)が唸るねぇ!」

 

 男がビルを見上げる。青髪を怒髪天のように立てていた。ソーダ・ライトの瞳は、燃え盛る炎を写して爛々と輝いた。彼はレッド・オレンジの防火服を纏っている。厳しい要求性能のアプローチに準拠したものだ。分厚くありながら、しなやかさを兼ね備えている。資金が潤沢でなければ造れない機能性だ。警告を示す蛍光黄色のラインが、胸と上腕にひかれている。

 

 世界はとある一件で、めまぐるしく移ろう。世界は燃えぬ炎で覆われた。破壊され、同時に再生した。そこから世界は一歩を踏み出したのである。バーニッシュは炎を扱う力を失い、世界に平和が訪れたはずだった。

 

 しかし、この世界に炎は消えることはなかった。

  

 ウウウンと耳に劈く警報音。バチバチと炎が建物を飲み込み、崩落させていく。嘲笑うかのように火柱から、火の粉が散った。煙で息が詰まり、目に痛みが走る。ビルに取り残された人間の悲痛な叫び声。彼はその防火服をおもむろに脱ぎ捨てる。薄く浮き出た腹直筋と、大きく盛り上がった僧帽筋が習慣化した厳しい鍛錬を物語っていた。汗をかいてぬらっと身体が光る。

 

 彼は両手には大きな槍のようなものを持って、その炎と相対していた。真白の柄は(すす)で汚れている。その穂先は傘のように華やいだ。馬簾(ばれん)と呼ばれる房飾りが風車のように回りだす。

 

 「オレの『マトイ』があれば、鬼も泣く子も黙るってもんさぁ!」

 

 彼は啖呵(たんか)を切って、そのマトイに力を込める。その回転率は扇風機よろしく、暴れ馬のようになっていった。風はうねるようにして炎を吹き消していく。荒々しい風神の様相だ。

 

 この男こそ、世界の再構築をする際に、燃えたぎる炎から人類を救った英雄である。彼の名を知らぬ者はいない。炎の着ぐるみをもがれ、そこには顔に刺青の入った女が姿を現した。そしてマトイを持つ青髪の男を睨む。その目には畏怖の念が込められていた。

 

「アンタは……ガロ・ティモス!」

 

「オレの名前を呼んでくれるなんざ、嬉しいねぇ。オマエが火の元かぃ。派手にやってくれたもんだなぁ」

 

『燃える火消し』。ガロ・ティモス。彼が狙った者は逃さない。炎を一番に憎み、炎を消す為に命を捧げる覚悟を持った男だ。絶対的正義。それは漲るほどの熱量で、敵を圧倒する。容赦のない眼光は、刺青の女へ向けられた。

 

「ガロ。待て」

 

「……アァ?」

 

 ガロが今にも飛びかかろうとしたところを、一人の男が止める。その声はこの緊迫した状況に同調せず、落ち着いた声だった。ガロは振り向いて、眉を(ひそ)める。声の主もガロが着ていた防火服を身に纏っている。脱いでしまったガロと対照的で、彼は防火服のファスナーをぴちりと上まで閉めていた。煤も謙遜してしまうそうなほど、艶のあるプラチナ・ブロンドだ。ショート・ボブのようでありながら、細い髪は風で優雅にたなびいた。華奢な身体つきをしていて、腕は小枝のように折れてしまいそうだ。

 

「リオ。オマエ良いとこどりしようって魂胆かぁ?」

 

「黙って下がれよ、ガロ。ここはボクがやる」

 

 ガロの悪態を一蹴する。彼の名はリオ・フォーティアという。彼もまた、この世界の英雄だった。炎の意志を一身に受け、世界に放出し、炎をバーニッシュから解放した者だ。しかし、これを英雄と認める者はごくわずかだ。

 

「リオ! 攻撃的な集団(マッド・バーニッシュ)のボスが、憎きフォーサイト財団の飼い犬に成り下がって! この恥晒し!」

 

 刺青の女はリオを指差し喚いた。ガロに向けた敵意とは別種の情が渦巻くようだった。リオの瞳は紫水晶のようだ。その美しい輝きが、微かに曇る。リオは炎の人種の過激派テロ集団であるマッド・バーニッシュの首領(ボス)だったからだ。ガロが何か言い返そうとしたが、リオはそれを制止した。

 

「アンタには聞こえないの? 炎の意志が。私達の仲間の怨嗟の声が!」

 

 その女は、胸元から果物ナイフを取り出した。そしてリオ目掛けて突進してくる。理性的とは思えない無防備さだ。リオは腰に携えた警棒を引き抜いた。それは警棒というには長く、彼の為に改良した物だ。それはレイピアのように鋭利で、しなやかな動きを可能にする。リオは彼女の鳩尾目掛けて警棒を振るった。それは鈍い音を立て、彼女の臓腑をえぐる。「がっ!」と小さな悲鳴を上げて、彼女は地に伏した。

 

 リオは腰のホルダーから、手際良く拳銃を取り出す。彼女の手首へ発砲した。それは実弾が入っているわけではない。そこには瞬間凍結剤が詰まっており、彼女の手首を拘束する。そのまま腰を落とした。躊躇することなく、女の口に親指を入れたのだ。彼女はリオの指を喰いちぎる勢いで閉じようとする。無理やりに彼女へ轡をはめた。

 

 リオの指には黒く光沢のある手袋がはめている。それが唾液で透明な糸をひいた。何事もなかったかのような涼しい顔で、ガロに向き直る。

 

「お手柄だなぁ。リオ」

 

「……別に。後は頼む」

 

 リオはガロを一瞥して、彼女の身柄を任せる。ガロは肩を竦めて無線で仲間に『確保をした。至急輸送車を送ってくれ』と連絡を入れた。リオの意図をガロは汲んだようだ。その連絡を遠くのほうで聞きながら、風と水で痩せ細った炎を見つめていた。赤く燃える炎が黒い煙となり、灰を散らしながら消えていく。彼女に噛まれた親指が、じくじくと痛んだ。

 

 

 

 

 世界の変革後、バーニッシュは炎を失った。これでマジョリティと同種となり、同じ人類として歩んでいこうとした。しかし、そう簡単に双方の壁を破ることはできなかった。マジョリティは炎を失ったバーニッシュを「炎に見捨てられた人種」となじった。憎しみは廻り、抗争は終わらない。

 

 そして、とある論文研究が状況に拍車をかけた。

 

 その内容は「プロメティクス理論」というものだ。

 

 バーニッシュの操る炎は特殊な炎(バーニッシュ・フレア)と呼ばれている。その炎は並行宇宙に存在する炎生命体(プロメア )の意志に共鳴した人間が扱える。この人種がバーニッシュとなった。

 

 研究者はその共鳴はどのような条件で起こるのか、検証したのだ。性差や地域別の身体的なものから、精神的・社会的アプローチなど検証した点は多岐に渡る。そして、独自の研究していく中で、その共鳴した人間にはある共通点があると結論づけた。

 

『共鳴した人間は一定数値よりも攻撃性を示す数値が優位だ』ということだ。

 

 それは研究者達が機密として守ってきたものだったが、排他的な団体がそれを奪い、大衆に公表した。バーニッシュの差別を助長するには十分だった。

 

 リオはその風潮を破るべく、自らが死亡率が高い職場である、バーニング・レスキューに入隊を決意したのだ。そのバーニッシュの偏見から、二人の英雄の扱いは雲泥の差である。そんなことはガロとリオ、共にどうでもいいことだと思っていた。しかし、周りは、傍観者は無責任に二人のことを扱う。

 

 英雄とは偶像だ。そして大きな感情の吐口なのだ。そこには花束を投げようが、石を投げようが、構わないと信じ切っている。

 

 

 出動して何時間か経過し、事態が落ち着いたのでガロとリオは自宅へ戻ってきていた。今はどっぷりと夜に更けている。リオはガロの部屋に住んでいた。ガロの家は1LDKのお世辞にも広くないアパートである。ガロは自室で眠っていた。英雄の対価として莫大な金が手に入ったそうだが、広い家なんて落ち着かないし、オレは食うものに困らなければそれでいいと、ここに棲み続けている。

 

 リオはとある一件後、フォーサイト財団から家を買い与えると話があった。しかし、財団から住所の知れた家に行くということ、また貸しをつくることが彼にとって非常に不愉快だった。それを断ると、今度はバーニッシュの受け入れ施設へ行くように要請された。そんなことをやりとりしている内に、ガロがそれならオレがリオを引き取ると言ったのだった。財団もお目付役がいるのなら、構わないだろうとそれを了承したのである。

 

 ガロのいびきが壁越しに聞こえる。リオはリビングのソファで寝起きをしていた。ガロは整理整頓することが滅法苦手なようだった。読み終わった青年雑誌は放り投げられ、飲み終わったペットボトルは散乱している。リオのソファからキッチンまでの導線のみ、塵ひとつ落ちていなかった。折りたたみ式の机上には、ノート・パソコンと書類が山積みになっている。その書類の多くはリオのサイン待ちだ。

 

 リオはソファに寄りかかりながら、ブラック・コーヒーを口に含む。白い湯気が乾いた目に染みた。そして瞬きを数回した後、書類に目を通していく。

 

 リオが首領を務めたマッドバーニッシュは一件の後に解体した。現在はバーニッシュの養護団体として姿を変えている。もう暴力で解決できるフェーズは終わったのだ。『非暴力・被服従』。印度(インド)の思想家の言葉だ。それを己の身で示し、プロメティクスの理論を論破していかなければならない。

 

 ふと、リオの親指がじくっと痛んだ。思わずその書類を手元から落とす。慌ててその紙を拾おうとするが、その時に途方のない眠気を感じた。しかし、リオはどうしても眠ることができなかったのだ。

 

『この、恥晒し』

 

 刺青の女が耳元で囁やかれた気がした。リオは背筋が凍り、はっと顔を上げる。机に頭がぶつかり、コーヒーカップの黒い液体が書類にかかる。真白い紙が、黒く染まっていく。

 

『アンタには聞こえないの? 炎の意志が』

 

 耳にこびりついて離れない。顔は能面のように振る舞うことができるが、内側から腐る大木のように、内側から少しずつリオの精神を削っていったのだった。呼吸が乱れていく。耳を塞ぐように、リオは頭を掌で覆う。激しい頭痛がして、コーヒーを早々に吐き出しそうになった。

 

「くそ……どいつもこいつも……!」

 

 リオは呻くように言う。プラチナ・ブロンドが乱れた。リオは炎を自由自在に操った。その形状を見る度、炎に愛されていると感じていた。『燃えなければ生きていけない』そうリオは言い続けていた。しかし、もうバーニッシュ・フレアは身体から生み出すことはできない。

 

「う……ぅ……!」

 

 ひりつく指の痛みは、熱の衝動と似ている。己の観念ではもう炎を生み出すことはできないとわかっている。それに反して、己の血肉はまだ炎を生み出せると信じてやまないのだ。血管から血が吹き出るかと思うくらいに脈動している。口が乾く。コーヒーはもうコップに残っていない。粘つく唾を何度も呑んだ。

 

 手には汗をびしょりとかいていた。

 

 ふらつく足は、そのまま突き当たりのキッチンに向かう。異常なほどに水が飲みたくなったのだ。蛇口を捻り、透明な水が流れ出す。我慢ができず、そのまま顔を突っ込もうとした。だがその時に、リオの目には琥珀色に輝く液体が入ったボトルが目に入る。

 

(駄目だ。それだけは駄目だ!)

 

 理性が本能を縛ろうとする。しかし、血走った目はそのボトルに釘付けになっていた。それを用いて、ガロにベーコン・エッグを作ったことを思い出した。ボリュームがあれば何でもいいような様子だが、アレだけ勢いよく食べてもらえたのは清々しく思えた。

 

 ボトルに入っているのは、炎を生み出す油だ。

 

 リオはそのキャップを外した。手が震えていて、キャップは洗面台に落ちる。それにかまいもしなかった。質量のあるそのボトルの取手を握り、利き手である右手に垂れ流す。

 

 ネトリとしたモノが掌に流れ、手首を伝い、落ちていく。それを指先で遊ばせるようにこね回した。「はぁっ」と、か細く息を吐いた。その息は細切れに、次第に荒れていく。それは水を嫌う。そして炎を愛する、美しい燃料だ。油を絡ませた手をガスコンロの前に置く。後は人思いに、スイッチを押すだけだ。

 

「もう一度……ボクを。ボクを……」

 

 罅(ひび)割れた己を、舞い踊る姿へ戻したかったのだ。

 

 リオは溢れ出すプロメアで竜を形どり、空を舞った過去に想いを馳せた。許されざる宿敵に敵意をぶつけた時、己は一切の柵を取り払い、身体が感情の中に溶けていったように感じた。憎しみに身を委ねた時、あるがままの姿だと思ってしまった。快感だった。あの冴えた感覚が忘れられない。

 

 リオは誰よりも、確信していた。だが核心に触れないよう、拒み続けていた。

 

 プロメティクス理論は『本当』だと言うことを。

 

 炎を失ってもなお、憧憬が消えない。燃やしてしまいたいのだ。だが、それを認めてしまっては、もうこの社会で生きることは難しいだろう。自慰と自傷を混ぜ合わせた行為だとわかってはいても、もう限界だった。

 

「リオ!」

 

 リオは自らの名を呼ばれ、びくっと震えた。おそるおそる振り返る。そこにはガロがいた。走ってきたのか息を荒げている。その足跡さえ、リオは気付かなかったのだ。それだけ行為へ夢中になっていた。リオは目を見開きガロの姿を捉え、そのまま目線が横に逸れる。

 

「ガロ……ガロ、ボクは。す、すまない……」

 

 崩れ落ちるように、終いには下を向いていた。ガロの真っ直ぐな瞳に応えられなかったのだ。顎に力が入らない。消え入りそうな声で呟いた。

 

「ごめん……ごめんなさい……」

 

 リオはガロに許しを乞う。同時にそれがどれほどおこがましいことか、と思った。

 

 ガロは炎によって家族を奪われた。そして人生を狂わされた。その炎への憎悪からバーニッシュ・レスキューへの入隊を決めたのだ。誰よりも炎を憎んでいる。こんな姿を見たら軽蔑して当然だ。だからこそ、炎で身を焼こうとするところなど、絶対に見せてはならなかった。

 

 それでも許しを得ようとしてしまうのは、一重にリオにとってガロは特別な存在だったからだ。共に世界を救った戦友。リオの言葉足らずを、彼なりに理解をしてくれた。振り切るような笑顔に何度も救われた。甘えっぱなしだったとリオは自覚していた。

 

(駄目だ! 許されていいはずがない。間違いなく、許容の範疇を超えている)

 

 幻滅されたくない。でも、無理だ。

 消えゆく光に縋ろうとする亡者のようだ。リオのかろうじて保っていた体裁が、壊れていく。ぐちゃぐちゃに混ざった感情が溢れ出す。

 

 リオは崩れるようにソファに(うずくま)った。思い出したかのように外で雨が降り出した。雷鳴が遠くの方で聞こえる。雨音が屋根を叩いていた。それが責苦のようで苦しく感じた。リオは凍えるように震えていたのだ。

 

 強くなる雨音に隠れて、彼の嗚咽が響き、部屋に木霊するのだった。ガロはリオの背中がひどく小さく見えた。この背中にどれほどのものを背負っているだろう。ガロはリオの隣に腰掛けた。そして一瞬躊躇ってから、リオの背中にそっと触れたのだ。

 

「燃やしてもいいぜ」

 

 そしてガロはボソッと呟いた。嗚咽を漏らす背中は、嘔吐をしているかのようだ。リオの表情はソファで隠れている。構わず、ガロは話し続けた。

 

「オマエはさ。あったけぇ炎を持っていると思う。でもよ。それがリオの中を焼いちまうのなら、ダメだ」

 

 リオは背中から感じる熱に、喘ぐように息をした。過呼吸のようだ。そんな言葉をかけられたら、元の能面に戻れなくなる。ガロの大きな掌はあまりにも暖かったのだ。

 

「オレはオマエが這いつくばるのを止めようとはしねぇよ。だから、やるだけやって。吐き出したくなったら、吐いちまえばいい。この家を焼こうとしたんだろ。上等だぜ!」

 

 ガロは屈託のない笑い声を立てた。リオの乱した髪を、わしゃわしゃと撫でる。乱していた事実を消し去る、優しい暴風だった。

 

「オレは最高の火消しになるんだ。オマエの自己中な炎なんざ、消し取ってやるよ。オレがオマエを救ってやるさ。だから魂の炎だけは、バーニッシュの誇りはそこに持っておけ。たとえ、それがオマエを焦がすほどのものでもな」

 

 リオの嗚咽は少しずつ落ち着いていった。ガロの気配で雨雲が吹き飛んだのか、雨音も比例するように微かになっていく。リオは顔を上げた。目を腫らした顔を見せたくなかったのだろう。ガロから目を逸らしたまま、大きく息をついた。

 

「ガロは……本当に、馬鹿だな」

 

『強いな』と。本当はガロにその言葉が伝えたかった。しかし、ちっぽけなプライドが邪魔をして言えなかったのだ。その言葉でどれだけ救われることか。計り知れなかった。リオの言葉を聞いて、ガロは「おうよ」と応える。気を悪くしたように見えない。多分、そこも含めてこの男にはお見通しなのだろう。

 

「……『炎から灰へ、灰から土へ。安らかに眠れ』」

 

 リオは呟く。ガロの隣に座り直す。その姿はこじんまりとしている。しかし、肚(はら)に力を込めて両手を腿に置く。凛とした姿勢だ。紫水晶の瞳は赤みがかっている。

 

「ボクらの死に方は灰になると決められていた。でも。もうボクはバーニッシュではない。灰のように散れるのか、人間のように死顔を晒すのか。どのように死ぬのかわからない……」

 

 リオの瞳には、コーヒーで汚れた書類の山が写っていた。それは時間の経過により、少しづつ乾いている。未だに右手は油で濡れて、気持ちが悪い。だが、それが今の自分なのだろうと、漠然と思った。

 

「ガロ。オマエが見届けてくれ。ボクの死に様を。そして生きていく様を」

 

 そのリオの横顔を見て、ガロは目を細める。そして目を閉じて大きく頷いた。

 

「わかった。約束するぜ」

 

 リオはガロの大きな青いトサカが頭を垂れたことを見届ける。乱れたプラチナ・ブロンドの髪を手櫛して整えた。口をへの字に曲げる。

 

「だから、ボクより先に死なれたら困る。まずは食生活からなんとかしろ。毎日こってりしたものだけじゃ駄目だ。明日の朝ご飯はベジタブルにつくってやるからな」

 

 リオの悪態に、ガロはいつも通りに文句をつけようとした。だが、その前にリオはガロに背を向けて、もたれかかるようにした。ガロは驚いて身体を離そうとしたが、リオが全体重を預けているようで、身を引くには気が引けた。そうこうしている内に、リオが小さな寝息を立てていることに気づく。ガロは自分の顳顬(こめかみ)をかいてから、はぁっと大きくため息をつく。不服そうに腕組みをしながらも、大きな欠伸をして、ガロも目蓋を閉じた。

 

 雨音が去った後に、高らかに虹は架る。

 そんな朝になることを期待して、二人はソファで眠るのだった。

 

 

 

 

>END


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