ルインは、普段通りの時間に目が覚めた。いつも通り素振りや型の確認をした後は、朝食を作る。作り終える頃に皆集まり、食べ始める。
「そういえば、ベルがイシュタルファミリアに狙われているそうです」
ある程度各々の食事が落ち着いたところで、昨日聞いた噂を報告する。何故かベルは顔色が悪くなり、ヘスティアとリリの目線がきつくなる。命は申し訳なさそうに目を逸らしていたが。
「昨日簡単に調べてみましたが、少し気になったのですが、何かありました?」
ルインの疑問には、誰も答えなかった。いや、答えられたかった。ベル本人はもちろん、誰もが目線を逸らした。その様子にルインは困惑するが、ヴェルフが空気を読み耳打ちでルインに説明したことで気不味い空気は感じる前に引っ込むことができた。
ベルの色街デビューを聞かされるとは思っていなかったため、少し驚いたが、理由を聞くことで納得できた。ベルへ向けて理解したことを微笑みで伝えたが、ショックを受けた様子だったので、思わず苦笑いに代わってしまった。
「取り敢えず、情報共有を行いましょう。方向性を固めないと後手にまわります。杞憂で終わればそれで良しということにしましょう」
とは言っても、イシュタルファミリアの情報は少なかった。色街のシステム上、アマゾネスの団員が多いぐらいだった。
「それと、助けたい人がいるんだ」
「私からもお願いします。春姫殿をどうか」
ベルと命が頭を下げる。助けるためにはどうするべきか全員が考えるが中々、案はあがらない。ルインは、真剣に考えているヘスティアの姿を確認すると、全ての情報を精査し直した。
「おそらく今日か明日には、ギルドに高額の依頼が出されると思う。恐らく、罠だけど」
ヘスティアファミリアは、借金で有名になっている。それがないことは、団長もヘスティア本人すら知らないことだ。(団員は知っているが)大分、馬鹿げた罠だと思うけど、それが本当なら有効な手段だ。リリにギルド依頼を任せ、ベルに問う。
「罠に掛かる覚悟はある?」
ルインの言葉に、ベルは深く頷く。命もそんなベルの姿に、改めて覚悟を決めた。
ルインから最悪の予想を聞かされたヘスティアファミリアは、それぞれが行動し始めた。リリとヴェルフ組はギルドに向かい、想定通りの依頼を見つける。即答での受注は不自然と思われる可能性があるため、一度持ち帰るフリをした。
ベルと命も情報を集めるために街を巡った。幸いな事にヘルメスに出会い、殺生石について知ることが出来た。それにより、ヘスティアもイシュタルの思惑に警戒を強める。
翌日、罠を受けるために準備を行う。当日は、ルインはソロ活動や他ファミリアとの活動が多いというイメージを使い、別行動することにする。ヘスティアからは反対されたが、1番負担の多いベルの心配を強く強調して誤魔化した。
各々が、明日の目標を完遂すべく改めて出来る準備を行なっていく。
朝を迎え、食事をしっかりととる。わざと罠にかかるのだ。恐らく殺される事はない。生捕りが目的の筈だ。何度も繰り返し、なるべくいつも通りクエストに向かった。
見送るヘスティアは笑顔を絶やさないようにしていた。本当は地団駄を踏みたいが、可愛い我が子が決めた事だ。主神として余裕を見せなければならない。プルプルと震えるヘスティアを見て、その優しさに微笑みながらベル達の出立をルインは見送った。
ベルは確実に誘拐される。ルインは、ヘルメスファミリアからの情報だけで正当性を固めた。記憶に薄いあの神への恨みに近い感情から決めつけた。外れることで、デメリットもないからとも言えるが。なら、できる事はヘスティアを宥めること、情報を集めること、それと。
夜が深まる。予定ではベルは囚われている時間だ。今回もハズレだとリストの名前を消しながら、溜息を吐く。
「貴方が『疾風』を騙る者ですか?」
背後からの声に一旦作業を止める。姿を確認しなくても、殺気によって相手の強さは理解できた。両手をゆっくり挙げて、戦う意志がないことを示す。
「それなら人違いですね。誰にも名乗った事ないので」
「では、何故このようなことを?」
「依頼を受けたので。……いや、報酬はないので、この場合はなんて言うのでしょう?」
刺激させないように気を遣いながら振り向き相手の姿を確認する。想定通り、顔は隠しているが、隙の無い立ち姿に武人と想像する。
「もし『疾風』の関係者の方だったのなら、紛らわしくて申し訳ありません」
「質問に答えろ!何故このような事を行なっている?!」
「訂正の為です」
「訂正?」
「はい。我が主神の間違った情報が流れているようなので」
「嘘偽りを流されての復讐と?」
「復讐?いえいえ、主神はお優しい方なので、そんな事気にしませんし、求めません。なので、訂正する為に陰ながら動いているだけです」
「貴方は何を言っている?」
求めた答えが理解できなかったのか、訪問者は少しだけ後退る。
「近くに人の気配がしますね。そろそろ僕は失礼しますね」
殺気が緩んだ隙をついて、窓から抜け出した。だが、すぐには離れずに近くの家の屋根に気配を消して訪問者を見る。暗闇のため、しっかりと姿を見届けられなかったが、無事に離れられた彼女の姿にルインは少し安堵した。