【完結】 劇場版 鬼滅の刃 千駄ヶ谷将棋所編 作:rairaibou(風)
九九神は、棋譜をつぶやき続けていた
「3五歩、2六飛、4五歩、3五歩、5五飛、同 歩、同 角、4四歩打、同 銀、6六銀、3七角成、2四飛、5七歩打 、同 金、5五銀、2一飛成、3一歩打 、9五歩、5六歩打、5八金、5四桂打 、7七銀」
彼が棋譜を呟くたびに、新たに現れた盤面はそのとおりの手をひとりでに指している。
炭治郎はその光景の意味がわからず、土井は目の前で進められているその対局に夢中になっているようだった。
やがて、九九神の呟きが終わる。
「3四角打、2三金打、8四桂打、7一玉、2三龍、同 金……以上八十ニ手……」
盤面が落ち付き、現れた局面を九九神は目を細めて眺める。
「何もかもが懐かしい……これは俺が『初めて人を殺した棋譜』だ」
炭治郎はそれに驚き、土井は未だにその盤面に没頭している。
王橋宗棋の棋譜を並べたことがある土井も、その棋譜は知らなかった。
「どうだ? 先手を持って指し継いでみないか?」
その提案に、反射的に炭治郎が声を上げた。
「どうして最初から戦わない!? 鬼が提示した場面からなんて、信用できるはずがない!!!」
炭治郎の憤りは最もであった、しかし、九九神は悪びれずに言う。
「痣の小僧、お前は将棋がわかるのか? わからんだろう? わからんだろうなあ」
炭治郎に興味なさげにそう言った後、彼は土井の方に向き直して問う。
「小僧、お前はどうする? 俺としては、お前にこの盤面を指し継いでほしいのだが……」
土井は顎に手をやって考えていた。
この局面、自陣に詰みはないように見える。加えて自分の手番から始まるのだから、この局面ならば……。
「受けよう」
暫く沈黙してから続ける。
「だが、もし本当に私が勝てば……彼らに手を上げることを辞めてほしい」
「手を挙げるも何も、俺が負ければ俺は死ぬ。誓おう」
さらに九九神は畳を扇子で叩いて続ける。
「さて、まだ夜は長いが夜が明けては面倒くさいことになる、手前勝手ではあるが時間制限を設けたい」
気づけば、彼の背後には大掛かりな水時計が現れていた。
「細かいことは言わぬ、夜明けまでに勝負が付けばいい。水が溢れれば夜明けだ。なに、俺の時代にも時間の制限はあった」
「構わない」と、土井は答える。
「それでは始めよう、しっかり考え、俺を殺すことだ」
☆
龍王鬼の太刀筋は変則的ではないが、鋭く、そして重い。
「くっ……!!!」
横薙ぎにされたそれを義勇は刀で受けるが、彼の体はそれに少し浮き上がる。
龍王鬼はその機を逃さず、もう一方の刀を上から振り下ろして義勇を狙う。
『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 六連!!!』
善逸の剣技が龍王鬼の手足を狙うが、これまでの鬼と違い、傷つきこそするが、切断にまでは至らない。
「伊之助!!!」
「任せろ!」
『獣の呼吸
龍王鬼に飛び込んでいった伊之助が二本の刀で無茶苦茶に切りつける。
それも鬼の肉を斬るだけに留まるが、義勇を狙っていた二本の太刀はその軌道がずれて畳を切り裂いた。
だが、そこから生まれた衝撃波が義勇と善逸を襲う。
体が浮き上がり、畳に叩きつけられる。
義勇は受け身をとったが、体勢の悪かった善逸は胸を強く打った。
「かはっ……」
肺が膨らまない、空気を取り込めない。筋肉に酸素が行かず、動くことが出来ない。
そのような状態の善逸を、龍王鬼が狙わぬ訳がない。
足を振り上げ、善逸を踏み潰そうと狙う。
だが、義勇が善逸前に立ちふさがる。
『水の呼吸
連続した突きで龍王鬼がぐらつく。
だが、そのバランスのまま、鬼は二本の大太刀を振り下ろさんとする。善逸と義勇、当たらずとも衝撃波で片付けることができる。
『獣の呼吸
二刀による突き技を首元にくらい、龍王鬼が仰向けに倒れる。
「もらったあ!!!」
そのまま伊之助は龍王鬼に飛び込んでいく、が。
寝た体勢のまま大太刀を振るわれ、伊之助はそれを食らった。すんでのところで二本の刀によるガードが間に合ったが、決定的なチャンスを逃す。
伊之助は善逸と同じく畳に叩きつけられるが、持ち前の柔軟性でなんとか被害を最小限に抑えた。
「あああああ!!! クソがあああああ!!!」
「いや、よくやった」
「うるせえ!!! 首落とさねえと意味ねえだろうが!!!」
ゲホゲホと、ようやく肺が膨らんだ善逸がこれまで取り込めなかった酸素を十分に取り込んでから、絶望的な表情で答える。
「ふざけんなよ!!! これまでの鬼と全然違うじゃないか!!!」
「龍王ということから、おそらくあの鬼が駒の中では最高戦力だろう」
義勇は龍王鬼の実力を下弦の鬼相当だと見積もっていた。
あの鬼は、龍王鬼をどれだけ手駒にしている。
その規模によっては、あるいは無惨を相手にするよりも厄介な思いをするかもしれない。
「あれが複数出てくる可能性も考えておけ」
「おお!!! 腕がなるぜえ!!!」
「もういやああああああ!!!!!!!」
龍王鬼が体勢を立て直す。
「お前ら、耳を貸せ」
鬼は固まっている三人を視界に捉えると、すぐさま行動を起こす。
ぐっと間合いを詰め、両の大太刀を振り下ろさんとする。
『獣の呼吸
『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃!!!』
それぞれの剣技が龍王鬼の腕をそれぞれ弾いた。
無防備となったその中心に、義勇が飛び込む。
『水の呼吸
一回転しながら斬りつける。龍王鬼は柱のその攻撃をモロに食らってしまう。首が、足が、腕が切りつけられる。
だが、鬼はそれにぐらつくのみ、彼は両足を踏ん張り、義勇を視界に捉える。
そして、二本の大太刀を振り下ろした。
「今だ!!!」と、義勇が叫ぶ。
『獣の呼吸 参ノ牙 喰い裂き!!!』
『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃!!!』
二人の剣士が、その背後から一斉に龍王鬼の首を狙った。
義勇はその瞬間を待っていた。
龍王鬼にはスキがない。だから、あえて自分に意識を集中せざるを得ない状況を作った。
自らを狙う太刀筋が弱まる。
代わりに、龍王鬼の首が宙を舞った。
「いよっしゃあああああ!!!!!」
「こんなのが後何体もいるのかよおおおお!!!」
それぞれ着地した善逸と伊之助は、一先ずは荒い息を整える。
その様子を見ながら、まずいな、と義勇は思っていた。
龍王鬼一体にこれだけ手間取るようなら、複数出された時にどうなるか。
柱がやられるわけだ。あまりにも戦力が違いすぎる。
義勇は大広間の入口を見た。
すでにその扉は閉じられている。
しまった、と、彼は状況を理解した。
おそらくあの扉にはまた詰将棋の盤面が浮かんでいるはずだ、そして、鬼殺隊の中にそれを解ける人間はほとんどいないだろう。
閉じ込められた。
「行くぞお前ら!」
義勇は畳を蹴る。それについていくように、伊之助と善逸もそれに習った。
援軍は期待できない。
自分たちの力でその鬼を倒さなければならない。
彼らは将棋盤の前に座る鬼を再び捉えた。
しかし。
「やめてください!!!」
土井の左側に座っていた炭治郎がそう声を上げた。
突然のことに義勇らは立ち止まる。
そして炭治郎は、神妙な表情で続けた。
「この鬼は……多分、斬れません」
「何を言っている?」
「この鬼を、九九神を殺そうと思えば、おそらく将棋で倒すほかありません。この鬼には、隙の糸が見当たりません」
隙の糸とは、炭治郎が感じることのできる鬼の弱点、鬼の急所、鬼の首を斬り飛ばすことのできる隙を可視化しているもの。
炭治郎は、土井のそばにいながら、ずっと九九神にそれが現れないかを確認していた。
だが、それは現れなかった、その鬼に隙はない。
「この鬼を倒すには将棋しかありません。今、土井さんがこの鬼に挑んでいます。俺達は彼を信じるより無いと思います」
それは、状況から考えるに正しい理屈のように思えた。
その鬼は圧倒的に無防備でありながら、柱の攻撃を持ってしても首に傷一つ付かない。そのたびに駒鬼を繰り出されいたずらに体力を消耗するのならば、そもそも攻撃をしないというのも手の一つだ。
「痣の小僧、お前は賢いな」
九九神は鬼殺隊を眺めながら続ける。
「俺としても、小僧との対局に水をささせるのは好かん。もし俺を攻撃しないのならば、その間駒鬼は出さないでおいてやろう」
鬼が約束を守るかどうかはわからない。
だが、その言葉を引き出した後に、炭治郎は土井の傍に座り直し、伊之助、善逸もその場に座り込んだ。
「俺は土井さんを信じるよ」
「おう、俺もだ! 土井は将棋の王だ! 絶対に勝てる!」
その二人に呆れながら、義勇はそこに立ったまま納刀した。
炭治郎と九九神の言い分を全面的に信用するわけではないが、少なくとも駒鬼を繰り出されない限りは体力の回復に努めて損はないだろう。
☆
「やあ、ようやく静かになったなあ」
扇子を口元に当てながら、九九神は訪れた静寂を嬉しく思っていた。
鬼になってから百数年、静かに対局をすることなど殆どなかった。上弦の鬼である童磨とは飽きるまではよく対局していたが、彼もぺちゃくちゃとよく喋り静寂とは程遠い男だった。
「なあ小僧」
ようやく訪れた静寂が嬉しくて、彼は土井に声をかける。
「愚かだとは思わんか?」
九九神はぐるりと鬼殺隊を眺めて続ける。
「彼らは駒だ、力をふるい剣をふるい。斬って斬って斬って斬って、殺して殺して殺して殺して、それで一端の人間を気取っている。そんな事は獣でもできる。鬼殺隊の面々と、俺、どちらがより多くの命を奪ったのだろうな? この俺と彼ら、どちらが鬼なのかわかりやしない。小僧よ、我々将棋指しこそが高次元にいるとは思わんか? 暴力を振るうしか能がない彼らと、駒と頭脳を用い盤面で戦う俺達、どちらが」
挑発的な言い分だった。反射的に、炭治郎はそれを否定しようと声をあげようとした。
だが、それよりも先に、土井が「黙れ」と声を上げる。
「高々『将棋が強いだけ』の私達が彼ら戦士を笑うことができる立場だとどうして思えることができる? 我々がこの吹けば飛ぶような遊戯に身を任せることができるのは、ひとえにこの世が平和であるからだ、獣のような本能が下劣だと言われ、頭脳を用いることが高等だと言われる世があるのは、彼ら戦士が戦って平和を得たからだ」
土井は顔を上げ、炭治郎らをぐるりと見回した後に続ける。
「私がここに来れたのは、こうやってあなたと対面することができるのは、彼らが私を守ってくれたからだ。彼らのような戦士がいなければ、私はただ足を引きずるだけの存在だっただろうし、あなたもそうだったはず。たかが『将棋が強いだけ』で驕り高ぶるな、彼らを愚弄することは許さない。絶対にだ」
彼は盤面に視線を落としながら続ける。
「もしそのような物言いで私の思考を支配したいのであれば、それは成功している……だが、私はあなたを心の底から軽蔑する」
そう言って、彼は再び盤面の世界に没頭を始めた。
九九神はしばらく扇子で肩を叩きながら、じっとそれを眺めている。
炭治郎は彼の感情を嗅ぎ取る。九九神と対峙して初めて、炭治郎は九九神の感情を嗅ぎ取ることが出来た。
それは怒りではなかった、呆れでもなかった、ただただ、九九神は悲しみを感じていたのだ。
「……すまなかった」
九九神はそう呟き、炭治郎を見る。
「非礼を詫びよう、申し訳なかった」
更に彼は土井に視線を戻す。
「動揺させようとは考えていなかった、信じてくれ、そのような意図はなかった」
どうしてその鬼は悲しそうなのだろうか、と炭治郎は不思議に思った。
それから少しして、土井は顔を上げた。
彼は炭治郎と、義勇ら鬼殺隊を眺めて言う。
「皆、見ての通り、私は『将棋しか出来ない』男だ。そんな私が、君たちの命を握っていいか?」
それに、炭治郎は「はい!」と答える。
「もちろんです!!! だけど出来る限りは勝ってください!!!」
「当然よ!!! 今ここで豊島を信じずに誰を信じるってんだ!!!」
義勇は、それに言葉を返さなかった。だが、それを否定することもなく、小さく頷いている。
「わかった」と、土井は駒を手に取る。
そして、それを指した。
8三桂。
将棋コソコソ噂話
今我々が見ることができる将棋の棋戦では対局者同士が言葉をかわすことは殆どないと言っていいですが、今のようにカメラが対局を移すようなことがなかった時代には、作中のように対局者同士が雑談や軽口をかわすようなことはよくあったらしいですよ。時間管理もざっくりしていたので色々と問題が起きたり起きなかったり起きなかったことにしたりということもあったとか。
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特に鬼滅の刃二次は初めて書くので評価やアドバイスもよろしくおねがいします!