【完結】 劇場版 鬼滅の刃 千駄ヶ谷将棋所編   作:rairaibou(風)

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第11話 王手を続ける

 

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 駒音高く指されたその手に、九九神は「ほう」と目を細める。

 その手は、九九神の王を直接狙う手だ。

 だが、いたずらに相手の持ち駒を増やす手でもある。

 危険だ、相手の駒台に駒が増えるということは、それだけ相手の戦力が増えるということでもある、しかもその相手は、将棋の神だ。

 

 同金。

 

 九九神は時間をかけること無く手を指す。その手に驚くような素振りはない。

 

 土井は再び考え、「大丈夫、大丈夫だ。大丈夫」と呟きながら次を指す。

 

 7二銀。再び王を狙う手。

 

 同金。

 九九神の駒台に銀が増える。

 

「大丈夫、大丈夫だ。詰む、詰んでいる」

 

 土井のつぶやきに、炭治郎は驚いた。

 詰んでいるのか? この盤面が。

 とてもではないがそうは見えない。

 

 6一金打。

 8二王。

 

 返す九九神の手付きに迷いはない。悩む様子もなければ、苦しむ様子もない。

 炭治郎は、九九神が喜んでいるよう感じた。冷静なようにありながら、九九神は心の底から喜んでいるように嗅ぎ取れる。

 止めるべきか、と、彼は悩んだ。

 その手順を、九九神が喜んでいることを、土井に伝えるべきだろうか。

 しかし。

 

「詰む詰む詰む詰む詰む詰む詰む詰む詰む詰む詰む詰む」

 

 小さくつぶやき続ける土井の剣幕に、狂気をはらんですらいるそのつぶやきに、炭治郎はその考えを心の奥底にしまった。それを止めようとしたことを恥じすらもした。自分が錆刀の鬼と戦っている時、土井が戦い方を指図したか?

 

 土井の息が段々と荒くなる。駒に伸ばす手が震え、額から頬にを汗がつたう。

 

 7二桂成。

 同王。

 

 九九神の手付きは淀みない。

 彼の駒台にまた駒が増える。

 

 土井は大きく息を吐き、二、三度強いまばたきをしてから、少し思考の時間をとる。

 ハンカチで顔の汗を拭ってから、駒を手に取る。

 

 6二金。

 7三王。

 6三金。

 同王。

 

 王手の連続に、九九神はそれから逃れる。

 

 土井は震える手で駒台の角を掴み、指すべき場所を確認するようにつぶやきながらそれを打つ。

 

「5二角……打」

 

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 弱々しい声であったが、叩きつける駒の音は強い。

 その手を見て、それまで淀みのなかった九九神の手が止まる。

 

「そうか……」と、彼は頷いて土井に目をやった。

 

 土井は震えていた、息は荒く、九九神と視線を合わせることは当然ない。

 震えながら盤面に集中しているその男を見て、九九神は王を手にとった。

 

 6四王。

 

 土井は何度も頷きながら、自身の考えを反芻して駒台に手をやる。

 

「6、三……金……打」

 

 九九神はすぐに指す。彼の王が逃げる、逃げる。

 

 6五王。

 

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 ここだ。

 土井は自らの頭の中にある構想を再び一から考え直す。

 ミスはない、ミスはない、ミスはない筈だ。

 霞む目を強く瞬いて盤面を食い入るように見つめる。

 震える手をニ、三度畳に打ち付ける。

 この手こそが正しいはずだ。この手で詰んでいるはずだ。詰んでいるんだ! 詰んでいるはずだ!!!

 勝つ!!! この手を指して勝つ!!! この手を指すんだ!!!

 

 土井は5二の角を掴んだ。

 

「4……三……角、な――」

 

 それを持ち直し、盤面に叩きつけようとしたその時。

 ぐらり、と、地面が傾いた。

 

 

 

 

 

「土井さん……?」

 

 突然、崩れ落ちるように右側に倒れた土井に、炭治郎は一瞬、意味がわからないと言った風に戸惑いながらその名を呼んだ。

 だが次の瞬間、土井の左腕から滲んでいる血に、炭治郎はようやく彼が怪我をしていたことを思い出す。

 

「土井さん!!!」

 

 考え違いをしていた。

 土井の気迫から、剣幕から、炭治郎は、彼もまた自分たちと同じ戦う存在であると感じていた。自分たちと同じであると、心のどこかで思っていた。

 だが、そうではない。

 土井は将棋の鍛錬こそ積んでいたかもしれないが、肉体的な鍛錬など一つも行っていないただの人間だったのだ。腕を斬られれば痛み、血が流れれば気が遠くなり、生死をかけた勝負に身を落とせば精神を消耗する。ただの人間であったのだ。

 血を流しすぎだ。人の命のかかった、神との対局をこなすには、狩人に流された血はあまりにも尊かった。

 炭治郎は土井の体を起こそうと手をのばす。だが、力の抜けた彼の体は重く、腕はだらりとだらけるだけだ。

 

「嘘だ……」

 

 善逸は身を乗り出して土井を覗き込みながら呟いた。土井の顔色は青白く、まぶたは閉じられている。

 

「おい……ふざけんなよ土井!!! お前! 勝負から逃げるなって言ってたじゃねえか!!!」

 

 伊之助は善逸の逆に憤っていた。目の前で起きたことの、心の整理がまだできていなかった。ただ、彼の中にやり場のない憤りが真っ先に生まれただけだ。

 

 炭治郎は九九神に視線をやった。その鬼は半分ほど広げた扇子で口元を隠しながら、ちらりと水時計を目にやる。まだ時間に余裕はある。

 

「4三角成だ」

 

 盤面を眺めていた義勇が炭治郎に言った。

 

「4三角成で王手が続く」

 

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 それは、倒れる寸前に土井がつぶやいていた手と一致する。

 炭治郎は力のない腕をとり、その手にある角を代わりに指そうとした。

 だが、その角を土井から奪うことが出来ない。

 その全身から力が抜けているような状態であるのに、人差し指と中指で挟まれているだけのその駒を掴む力が凄まじく、炭治郎はそれを取ることが出来ない。

 否、もし仮に炭治郎が全力を出せばあるいはそれを奪うことは出来たかもしれない。だが、その想像以上の抵抗が、炭治郎からその駒を奪う気力というものを奪っていたのだ。

 炭治郎は土井の胸に耳をやる。

 わずかにではあるが、まだその心臓は動いている。

 

「土井さん……」

 

 炭治郎は立ち上がって叫んだ。

 

「勝負から逃げるな!!!」

 

 それは、優しい彼らしくない言葉だった。

 

「あなたは俺達の命を預かったんだ! 死ぬな! こんなところで死ぬな! 指せ! 指せ! 指すんだ!!!!!」

 

 パチン、九九神が扇子を鳴らす。

 彼が小声でいった言葉を、善逸は聞き逃さなかった。

 

「小僧、『指すことは生きること』だぞ」

 

 

 

 

 

 

「師匠! 師匠!」

 

 土井は、そこがどこであるのかはわからなかった。

 川の浅瀬なのだろうか、足首までが水浸しで、足場の丸い石は体のバランスを崩す。

 見れば、周りには彼岸花が幾つも咲いている。

 だが、土井はそれらに目を奪われることはなかった。

 そんなことよりも、目の前にある見覚えのある小さな背中を、彼はただただ左足を引きずりながら追いかけている。

 

「師匠! 師匠! 今一度、今一度指導をお願いします!!!」

 

 その年老いた小さな背中は、大野三平太(おおのさんぺいた)、かつての将棋名人であり、土井の師匠であった。

 すでに他界したはずの師匠が何故目の前にいるのか、土井はそれを不思議には思っていない。

 ただただ、彼はもう一度師匠の言葉を聞きたかった。将棋を教えてほしかった。なぜかはわからないが、そうしなければならない気がしていた。

 だが、彼なりに走っても走っても、その背中には追いつかない。歩幅を合わせなくとも年老いた自らと同じ速度で歩く彼の足の不具は、大野名人にとって彼が愛おしい理由の一つであった。

 丸い石に右足を取られて、土井は前のめりに躓いた。水の中に両手を付き、膝を打つ。

 それでも、彼は師匠の名を呼んだ。

 

「師匠! 指導を、指導をお願いします!!! 強くなりたい! 私は強くなりたい!!! まだ、私は弱い!!!」

 

 土井が師匠に対してこれほどまでに指導を渇望することは初めてのことだった。

 どうしてかはわからないが、強くならなければならないという焦燥感があった、強くならなければ、なにか大切なものを守れないような気がしていた。

 

「どうか! どうか!!!」

 

 水に浸かるように頭を下げる土井が顔を上げると、大野は彼の方に向き合っていた。

 相変わらず、柔らかい表情の人だった。昔は厳しかったという話を聞くが、少なくとも土井にとって、大野は優しい師匠であった。

 

「知太郎」と、大野が続ける。

 

「私がお前に教えられることなどありはしないよ」

 

 そんなことはない! と、土井はそれを否定しようとした。

 だが、それよりも先に、大野が続ける。

 

「こちらに来るには、まだお前は若すぎる……勝てる勝負を投げるでない」

 

 勝てる勝負。

 勝てる勝負とは何だ?

 私は勝負をしていたのか? 誰と? どこで? どんな?

 やがて、大野は目の前からいなくなっていた。

 立ち上がろうと右手に力を入れると、その指先に、何かを掴んでいることに気がついた。

 水の中から手を抜いてそれを確認すると、それは将棋の駒、角であった。

 

 なぜ角がある?

 なぜそれを持っている?

 

 ふと、角から目線を外すと、そこには将棋の盤があった。並ぶ駒は、ある一局の終盤を表している。

 

 あれ、と、土井は思う。

 

 この角を、あそこに打てば……

 

 彼は思い出した。

 

 

 

 

 

 

 右手をついて、土井は起き上がった。

 霞んで焦点の合わない目は、なんとかその盤面を捉えようと努力している。

 息苦しかった、大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。

 自らの名を呼ぶ声に土井が気づいたのは、目が盤面を捉え始めたときだった。

 

「土井さん!」

 

 自分を指させるために左側に座っていてくれていた炭治郎が呼ぶ声に、土井は頷いて答える。

 

「ああ……すまない。少し、気を失っていたようだ」

 

 盤面を確認する、指そうと思っていた角がない。そう思えば、自らの右手が、痛いほどにその駒を掴んでいることに気づいた。

 

「小僧、時間はまだある。ゆっくり考えるといい」

 

 対戦相手であるはずの九九神は、何故か目を細めてそう言う。自らを殺そうとしている敵を気遣う不可思議な助言だ。

 だが、もう土井に時間は必要ではなかった。

 時間が経てば、またいつ自分が気を失うかわからない。

 

「炭治郎くん、私は大丈夫だ」

 

 未だに背中を支える少年にそう言って、土井は姿勢を正す。

 そして、誰に言うでもなく呟く。

 

「彼岸で……師匠に会った……」

 

 それに反応したのは九九神であった。

 

「ほう、なんと言っていた?」

「私に教えることはもう無いと……勝てる勝負をから逃げるなと」

 

 土井は角を持ち直して続ける。

 

「私は、あなたに勝つ」

 

 それを振り下ろした。

 

 4三角不成(ならず)

 

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将棋コソコソ噂話

 作中で土井の師匠として登場する大野三平太(おおのさんぺいた)は、実在した名人である小野五平がモデルの一つとなっています。
 彼は明治時代に江戸時代の将棋三家(大橋家、大橋分家、伊藤家)以外から選ばれた初めての名人であり、この時まだ家元制であった名人位を大正10年、91歳で死去するまで持ち続けていました。相当な長生きですが、相当に長生きしてしまったがためにその後の将棋界を大きく変える大変革の引き金となったようですよ



感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
特に鬼滅の刃二次は初めて書くので評価やアドバイスもよろしくおねがいします!
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