【完結】 劇場版 鬼滅の刃 千駄ヶ谷将棋所編   作:rairaibou(風)

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第12話 不成(ならず)

 4三角不成(ならず)

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 その手に、炭治郎らを始めとする鬼殺隊は一様に驚いた。

 

「なんで!? なんで成らないの!?」

「おい羽生!!! 何考えてやがる!!??」

 

 炭治郎は言葉を失い、義勇も口にこそ出さないがその一手に動揺していた。

 将棋の駒というものは、自分から見て上部、敵陣の三段に移動、もしくはそこからの移動の際に駒を裏返して『成る』事ができる。これは将棋の基本的なルールの一つであり、駒の動かし方の次に覚えると言っても過言のない決まりだ。

 もちろん、すべての駒が絶対に成るべきと言うことはない。例えば独特の動きをする『香車』『桂馬』『銀』などは、その動きから成らないほうが結果役に立つということもある。

 だが『歩』『角』『飛車』、この三種類の駒は、成れば純粋に動くことの範囲が増える。故にこの三種の駒は『成らない理由が殆どない』

 まして言えばこの局面は九九神の王が詰むか詰まないかと言った局面である。この場面で駒の利きを増やさない意味がわからず、困惑している。

 朦朧とした意識のせいだと言われたほうがまだ納得することができる状態だった。

 だが、土井は姿勢を崩さず、その手に違和感を覚えている様子もない。彼は確信を持ってその手を察している。

 そうであるのならば。

 

 彼を信じよう。と、炭治郎はそれ以上土井を疑うことをやめた。

 今この場では彼に頼るほかない。

 炭治郎は九九神を見る。

 その目は、じっと指された角を、成らなかった角を眺めていた。

 やがて、しばらくそれを眺めた後に口を開く。

 

「小僧、この手は彼岸で見たのか?」

 

 土井はそれに首を振る。

 

「いいえ、この手が見えたから、私はあなたとの勝負を受けた」

「そうか……」

 

 九九神は姿勢を正した。そして、駒台の駒を整えながら続ける。

 

「小僧、鬼に成らないか?」

 

 その言葉に、鬼殺隊は緊張感を持った。さらに義勇は刀に手をやる。土井の返答次第では、すぐさまにその首を落とさなければならないだろうと考えていた。

 九九神は身を乗り出して続ける。

 

「お前のような才能が人間の身を持っていることは惜しい、鬼に成ろう。鬼に成ろうではないか、俺と共に鬼と成り、いつまでも、いつまでも将棋を指そう。指し続けよう、生き続けよう」

 

 炭治郎は、その鬼から溢れ出る喜びの感情を嗅ぎ取っていた。

 負けることを、死ぬことを恐れて、この勝負をなかったコトにしたいがためにそのようなことを言っているのではない。ただただ、この鬼は土井の将棋の実力に喜んでいるのだ。

 

 土井は、その言葉にすぐには返答しなかった。

 静かに盤面を眺めることに没頭し、鬼の言葉が届いているのかどうかもわからない。

 やがて、土井は首を振ってそれに答えた。

 

「断る」

「なぜだ?」

 

 九九神は更に身を乗り出した。

 

「死が怖くないのか? これまで対局してきた将棋指しは皆死を恐れていた。死に逃げるものもいれば、この遊戯の真理を得るより先に死ぬことを恐怖していたものもいる。私が鬼だと知ると望んで鬼になりたがったものもいた。なぜだ? なぜ小僧は死を恐れない?」

 

 土井は盤面を見つめながら答える。

 

「死なない、将棋指しは死なない」

 

 土井の返答に九九神は押し黙った、不死である自分に対し、人間である土井がそのように主張する意味がわからない。

 彼は続ける。

 

「将棋が続く限り、人々が将棋を指すことを辞めない限り、棋譜が残る限り。我々の血潮は、盤上に流れ続けている」

 

 現代将棋は、過去の将棋指し達が紡いだ棋譜の流れを組む。

 人々が何気なく、当然のように指す一手には、過去の棋譜を参考にしたものが多い。

 土井はそれを知っている。自分たちの将棋こそが、過去に生きた素晴らしい将棋指し達の生きた証であり、この未来に続く、まだ生まれてもいない将棋指しが歩く道になるということを知っている。

 

 九九神は肩を扇子で叩きながら問うた。

 

「それは、王橋宗棋もか?」

 

 それは、人間であった頃の彼だ。

 

「無論、私はあなたの棋譜を何度も並べた」

「そうか……申し訳ないが嬉しいとは思えぬ。俺が人間であった頃の将棋など、何も知らぬ子供の将棋だ。何を学べる? 何がわかる? 今の俺のほうが遥かに強い」

 

 それは最もな理屈だった。

 王橋宗棋が強かったことには間違いがないだろう、だが、王橋宗棋は若くして死に、その棋譜は途絶えた。

 そして、その後百数年もの間、九九神は王橋宗棋の聡明な頭脳をそのままに、これまでと同じく、否、鬼として寝ることを忘れ、昼も夜も、この『御城将棋』にて、将棋という遊戯を追求し続けていた。途中鬼殺隊などという将棋を知らぬ連中とのいざこざはあったが、長き時を生きる彼にとって、それは対局の合間に戯れに行う背伸びのようなものだった。

 それだけの棋歴を得れば、人間であった頃の棋譜を「子供の将棋」だと切り捨てることに何の疑問があろうか、たとえそれが王橋宗棋の棋譜であったとしてもだ。

 

 だが、土井はその言葉に首を振って答える。

 

「私は、王橋宗棋の棋譜から『手を追求すること』を学びました」

「ほう」

 

 九九神はそれに意外そうな表情を見せた、考えてもいなければ、これまで言われたこともない言葉だった。

 

「何が言いたい?」

「確かに、あなたの棋譜は現代では目新しいものが少ないかもしれない。だが、それは『その手を王橋宗棋が指したから』そうなった。あなたがその手を指していなかったら、果たして後世の我々はその手を指すことが出来ただろうか? あなたは何もない時代においてまさに破天荒であったはずだ。王橋宗棋の棋譜からは、常識にとらわれず、一手を追求する気概を学べる」

 

 それは、王橋宗棋の棋譜を並べた土井だからこその考えだった。彼は王橋宗棋が、無から手を作り、それを未来に残したことを理解していたのだ。

 

 九九神は扇子を開いて口元にやった、目は盤面をぼうっと眺め、手は駒台の駒を並べている。

 

「もう一度だけ問う、鬼に成らぬか?」

 

 惜しい、あまりにも惜しい。

 

「私の答えは変わらない、時間が限られているからこそ、人は歩を進める」

「惜しいな……無駄な質問であった、申し訳ない」

 

 駒台の歩を手に取る。

 5四歩打。

 

 土井もそれに素早く反応し、駒を手に取る。

 6六銀打。

 同と。

 同歩。

 

「ははは、逃げ切れんな」

 

 5五王と逃げる。

 

 土井は盤面を駒台を交互に見やる。

 自らの指し手に間違いはないはずだ。

 彼は駒台の歩に手をやった。

 そいて呟く。

 

「感謝します」

 

 その感謝の意味を、炭治郎は理解できなかった。

 

 彼はその歩を打つ。

 

 5六歩打。

 

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 マス目の真ん中、駒音が響く。

 

「打ったな……」

 

 パチン、と、扇子を閉じそれを顎にやった。

 

「ふうん」と、九九神は鼻を鳴らし。盤面を眺めていう。

 

「小僧、今日から将棋所(しょうぎどころ)を名乗るといい」

 

 将棋所、とは、江戸幕府が将棋の家元に与えた役職、現代で言うところの名人に当たる。土井はその意味を知っている。

 そして彼は、それをつぶやき始めた。

 

「7六歩、3四歩、2六歩、4四歩、4八銀、4二銀、5六歩、5二飛、6八玉、6二玉、7八玉、7二玉、9六歩、9四歩、5八金、5四歩、3六歩、6二銀、4六歩、4三銀、2五歩、3三角、4五歩、5五歩、2四歩、 同 歩、5五角、3二金、3七桂、5四飛、5七銀、3五歩、2六飛、4五歩、3五歩、5五飛、同 歩、 同 角、4四歩打、 同 銀」

 

 棋譜だ。

 

 それがこの『初めて人を殺した棋譜』であることは土井はすぐに理解したし、炭治郎を始めとする鬼殺隊も、その場の流れというものからそれを理解していた。

 だが、その行為を理解することは出来ぬ。

 

 何をやっている?

 炭治郎と義勇は、その行為に憤りと不気味さの両方を感じていた。その行為に意味があるとは思えず、むしろその行為は、時間を稼ぐことで土井の体力の消耗を狙っているようにすら思えたのだ。

 なぜならば、この局面で考える必要がないからだ。

 九九神の王は逃げねばならず、そして、その逃げ切れる場所は一箇所しか無い。4四王だ。詰将棋の得意な義勇と炭治郎はそれに気づいている。

 

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 そこのみが、土井の駒の利きが無いのだ。斜めにしか動くことの出来ない角という駒の盲点とも言える地点を――。

 

 そこまで考え、義勇と炭治郎がハッとそれに気づいたのは、ほとんど同時だった。

 

 角成なら詰んでいた。

 

 そうだ、この局面、もし4三の角が馬であったら、この歩打ちで九九神は詰んでいた。

 

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 だが二人は、それが『成立しない手』だということにも気づいている。

 なぜならばその手は『打ち歩詰め』

 駒台から打った歩で相手を詰ませる禁じ手となる手だからだ。

 

 まさか、そんな。と、炭治郎は息を呑んだ。

 

 あの極限の状況、人の命を背負った戦いにおいて、土井はそれを見切っていたというのか。

 末恐ろしい人だ、と、彼は盤面を眺める土井に恐怖めいた尊敬を覚えていた。

 

 九九神はまだその棋譜を呟いている。

 

「8二玉、7二桂成、同 玉、6二金、7三玉、6三金、同 玉、5二角打、6四玉、6三金打、6五玉、4三角不成、5四歩打 、6六銀打、同 と、同 歩、5五玉、5六歩打 」

 

 はあ、と、九九神はため息を付いた。

 

「美しい」

 

 更に彼は盤面を覗き込んで続ける。

 

「美しい棋譜だ……素晴らしい……まさか人間との対局においてこのような素晴らしい棋譜を紡げるとは考えてもいなかった……。あまりにも惜しい……」

 

 彼は扇子を畳に置いた。更に襟元を正しながら続ける。

 

「小僧、この棋譜を、覚えていてくれるか?」

 

 それに、土井も背筋を伸ばして答える。

 

「忘れられるはずもありません」

「そうか」

 

 九九神は盤面から目を離さない。

 蛇足だ。

 これ以上は蛇足。

 すでにこの棋譜は完成している。

 これ以上指し続けることはこの棋譜に対する冒涜でしかない。

 

「ならば、もう思い残すこともあるまい」

 

 九九神は駒台に手をやり、頭を下げた。

 

「参りました」

 

 彼が鬼となって、初めての投了であった。

 

 その瞬間、炭治郎はそれに気づく。

 隙の糸だ。

 九九神の首元に、隙の糸が見える。

 どうするべきか、と、炭治郎はためらった。斬るなら今だ、確実に仕留められる。

 義勇も同じことを思っていたのだろう。彼は刀に手をやり抜刀の体勢を取ろうとする。

 

 だが「待ってくれ!」声を上げたのは土井だった。

 

「盤面を、血で汚さないでほしい」

 

 無茶な要求だ。

 鬼は首を切らねば死なず、今こそが絶好の機会であるのだ。それこそ土井がいたからこそ成立した絶好の機会。

 これを逃せば、もう二度と九九神を倒す機会は訪れないかもしれないというのに。

 わずかに一瞬、義勇の判断が遅れた。

 普段ならば絶対にありえないことだ、鬼殺隊の柱である義勇が、鬼を殺すこと躊躇することなど、彼の知る限り一度しか無い。

 だが、今目の前で命をかけた勝負を行った土井の言葉には力があった。

 

 その一瞬に、九九神が土井と炭治郎を見やって呟く。彼は、炭治郎が自身を斬ることをためらったことを理解していた。

 

「礼を言う。ありがとう」

 

 九九神の体が、散るように崩れ始める。

 鬼の崩壊が始まっていた。

 鬼殺隊らは、それを信じられないものを見るような目で見ていた。

 自分たちは何もしていない、なのに、その鬼は崩壊を始めている。

 それは自死だ、彼自らが、鬼であることを放棄したのだ。

 理由は単純明快だろう。

 将棋に負けたからだ。

 将棋に負けた、たったそれだけの理由で、彼は鬼としての不死を放棄したのだ。

 そんな約束、いくらでも反故に出来たはずだ。それなのに九九神はそれをしなかった。

 わけがわからない、わけのわからない鬼だ。

 

 崩壊する自らの肉体を理解しながら、九九神ははその盤面を眺めている。

 自らの王はすでに詰んでいる。まだ逃げることはできるが、これ以上は蛇足、これまでの自分の生き様のように、見苦しい棋譜を残すだけだ。

 何より素晴らしいのは目の前の人間だ。彼はこの『初めて人を殺した棋譜』を見事に指し継ぎ、詰みを発見した。角不成と言う妙手を、彼はこの状況で発見した。安全も取らず、自陣を固めることもせず、ただ一直線に、王を詰ませに来た。

 そして、自らは負けた。

 

 ああ。

 

 薄れゆくその盤面を、あまりにも美しいその盤面をなんとか目に焼き付けようと努力しながら。彼は思う。

 

 馬鹿だ、大馬鹿者だ。勝っていた、お前は勝っていたのに。

 死にゆく時、彼には走馬灯が見えた。

 そこには、ある少年の姿があった。

 

 お前は大馬鹿者だよ、光達。




将棋コソコソ噂話

『投了図』

 自分たちのような初心者が将棋を指す時には、その大体が最後の最後、自分の王様がもう逃げることの出来ない『詰み』の状態まで指すことが多いと思いますが、上級者やプロ棋士などは我々よりもはるか先まで読むことができるので、一つの美学として初心者がひと目見ただけでは意味がわからないような状況で投了していることもあるようですよ。
 その逆にプロや上級者の対局でひと目で分かるような『詰み』の状況まで指すことがあれば、それは負けた側が相当に悔しかったと考えることもできるらしいですよ。



感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
特に鬼滅の刃二次は初めて書くので評価やアドバイスもよろしくおねがいします!
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