【完結】 劇場版 鬼滅の刃 千駄ヶ谷将棋所編   作:rairaibou(風)

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第13話 王橋光達(おうはしこうたつ)

 王橋宗棋は、江戸時代の将棋三家の一つである王橋分家に生まれた。

 彼が将棋の駒の動かし方を覚えたのは三歳の頃であった。将棋三家であるということから普段よりも将棋が身近ではあっただろうが、それにしても類を見ない速さであった。

 さらにそれを覚えてひと月後には三手詰を、四歳になる頃にはひと目で十一手詰めを解けるようになったという。将棋三家でありながらこれまで家元の輩出が少なかった王橋分家において、彼はまさに天が遣わした救世主であったことだろう。

 更に五歳で二十五手詰めを解くにいたり、更にこの頃には二十代の筆頭候補と平手でさせるような棋力になっていたのだという。

 そして彼が八歳の時、ついに当時の王橋分家の筆頭を平手で打ち破るに至る。だが、その当時は彼の天才性よりも、八歳の子供に負けた王橋分家の筆頭に将棋界からの非難が殺到した、もちろんそれには多少の政治的な意図はあっただろうが、彼の後を考えれば、筆頭が負けたのは仕方のないことだっただろう。

 そして、それを最も理解していたのはとうの筆頭であった、彼はその敗北を屈辱を覚える次元ですら無いときっぱりと認め、隠居。彼が実質的な王橋分家の筆頭になった頃、彼は『将棋そのものが得意』である意味である『宗棋』を名乗る。

 これに強く反発したのが将棋三家の一つであった王橋本家であった。将棋三家の中で最も格下である王橋分家が、よりにもよって『宗棋』を名乗るなど言語道断だと憤った。そして、王橋本家と王橋分家の勢力争いはより熾烈になっていく。

 

 

 宗棋は、九歳になるまで将棋というものを楽しく思ったことはなかった。

 もちろん、何かをなすたびに褒められたり献上品を貰ったりすることが得意ではあった。だが、それまでの彼にとって、将棋というものは手っ取り早く称賛を得るための手段であり、それを楽しいとは思えなかった。『相手がわざと詰められるような手を指すように思える』対局など、時間がかかるのみで何の達成感もない下らぬものだと思っていた。もちろん、相手はわざと負けようとしているわけではないが、優れた大局観を持つ宗棋からすれば、相手が勝手に悪手を指し勝手に詰められるようにしか見えていなかったのだ。それならば、ひと目見ただけで解くことのできる詰将棋のほうがよっぽど有意義だった。

 

 

 ところが、宗棋のそのような人生観は、九歳と少ししてから劇的に変わることととなる。

 ある日、宗棋はある少年と対局することとなった。

 その少年の名は王橋光達(おうはしこうたつ)、王橋本家の筆頭候補の一人であり、将来を嘱望されている宗棋の一つ年上の少年だった。

 光達との対局にて、宗棋はようやく『自分に勝とうとしている相手』と出会うことになる。読みが光のように達する事から光達と名付けられたその少年は、宗棋の読みについてくる、宗棋の指した手を理解する、宗棋と同等の棋力を持つ初めての人間だった。

 三日かけて四局戦い、宗棋の三勝一敗と言う成績で終わる。宗棋はこの一敗の経験で、将棋という遊戯によりのめり込むことになった。

 将棋をするために生まれてきたような聡明な頭脳に、いくらでも将棋に打ち込めるだけの環境、そして、何より将棋という遊戯を楽しく感じることのできる才能があれば、彼が強くなるのはもはや必然だった。

 

 

 その後、彼らは何度も戦うことになる。宗棋はその度に新たな趣向を凝らし、光達はそれを受け止めた。自分と比べれば少し終盤が弱いところがあるが、宗棋は新たな趣向が受け止められる度に、自らの手を理解されているように感じ、それがたまらなく嬉しかった。二人が会話をすることは殆どなかったが。彼は光達との対局において、盤上での会話を楽しんでいた。

 

 その幸せな時間に『最後の日』が現れたのは、宗棋十四歳の時であった。

 その日、彼らは将軍の前で演目を披露する『御城将棋』のための対局を行っていた。『御城将棋』はかつては本当の勝負を行う場であったが、宗棋らの時代にはすでに事前に指した棋譜を再現する儀式のようなものになっており、それについての勝負は前日に行われるようになっていた。

 そして、問題の場面が訪れる。

 

 宗棋の八十二手目である2三金。

 その手を見て、光達は席を外し、そして、二度と帰らず。死体が見つかった。

 その理由を、宗棋は知らない。

 ただ、説得力のある理由として将棋界を支配したのは『光達が王橋本家であることの重圧に耐えきれず自害した』というものであった。

 状況としては正しかった。

 光達はよくやっていたが、その対戦成績は宗棋が大幅に勝ち越しており、時たまに香落ちですら宗棋が勝利することさえあった。

 本家の光達がそれを苦にする理由として、それで十分だろうと考えていた。

 

 だが、そんな理由などどうでもよく、宗棋はただただ呆然と『自分が初めて人を殺した棋譜』を、三日三晩眺め続けたという。

 

「なぜだ、どうして死ぬ必要がある。遊戯だぞ、これは遊戯だ。こんな遊戯に、どうして命をかける必要がある!?」

 

 宗棋は苦しんだ。

 将棋というものは楽しいものだと思っていた。光達との対局は楽しいものだと思っていた。だが、もしやするとそれは自分だけの話だったのでは無いかという思いが、彼の中に生まれた。

 彼は将棋を信じられなくなった。

 自らが楽しんでいた数々の対局が、その実、友人だと思っていた光達を苦しめていたのではないかという疑念が、ずっとずっと離れなかった。

 

 そして、彼は鬼になった。

 

 鬼になることを誘ってきた無惨という男は、頭はいいかもしれないが将棋の弱そうな男だった。もちろん指したことはないが、将棋を指さぬということは自信がないことだ。

 彼はこのくだらない遊戯で自身を殺してくれる人間を待った。自分を殺すのは刀ではない、将棋だ。気づけば彼は誰にも斬られない鬼になっていた。

 

『指すことは生きること』であるが、彼の棋譜はあの時あの瞬間からずっと続いていた。負けないから、誰も自身の読みについてきてくれないから『指し終わらないから死ねない』という状況が百数年も続いていたのだ。

 

 美しい詰みであった。

 あの棋譜の続きには、こんなにも美しい詰みがあった。

 それが証明されていたのだ。

 本当ならば、あまりにも美しいこの詰みを、光達が将軍の前で披露するはずだったのだ。

 証明した、証明したのだ。

 その人間は、自身の友人である光達が優れた将棋指しであることを証明したのだ。

 

 

 

 

「なあ、小僧」

 

 ほとんど見えなくなった視界の中に、将棋の強い人間を捉えながら九九神が続ける。

 

「楽しかろう? 楽しいなあ、この遊戯は」

 

 その微笑みは、彼の見た目どおり、少年らしい屈託のない、純粋なもののように見える。

 そして、九九神は完全に消滅した。

 

 

 

 

 

 

 真っ暗だ。

 真っ暗な中に、自分が立っている。

 その少年、王橋宗棋は、ぐるりと回りを見回しても光の見えぬその空間に、大して恐怖を覚えなかった。

 

「ふうむ、死後の世界を信じていたわけではないが、どうも、ここは死後の世界だということらしいな」

 

 更に彼はため息を付いて続ける。

 

「まあ、極楽にはいけないだろう。となると地獄となるわけだが、果たして、閻魔は将棋ができるだろうか」

 

 仕方がないので、宗棋は少し歩いてみた。だが、どこまで歩いてもその景色は変わらず。いつまでも暗いままだ。

 

「こりゃあまいったぞ」と、彼は髪を掻く。

 

「これじゃあこれまでと何も変わらんではないか」

 

 もちろん、そこに盤と駒は存在しない。

 だが、宗棋ほどになれば、むしろ盤など頭の中にあるもので十分すぎるほどに十分だった。

 もう少しほど歩いて、宗棋は突然「なるほど」と納得して苦笑する。

 

「これが地獄だというのなら、理にかなっている」

 

 盤がなくとも、駒がなくともどうでもいいが。将棋の相手がいないとなれば、彼は何も楽しくはない。

 地獄とはよく出来ているものだ、と彼は感心した。

 しかし、その予測は、見事に裏切られることになる。

 

「お~い」

 

 もうしばらく歩いた頃、背後から自らを呼ぶ声があった。

 宗棋がそれに驚きながら振り返ると、よく知った顔が顔を赤らめながら何かを小脇に抱えてかけてくるのがわかる。

 

「お前来るのが遅いんだよ!」

 

 それは、宗棋のただ一人の友人、王橋光達であった。

 

「光達……!」と、宗棋は心の底から驚く。

 

「お前が来ないから僕はずっと暇してたんだ。極楽の奴らは将棋が弱くていかん。優しすぎる」

「極楽から降りてきたのか」

「ああ、つまらないからな、極楽は」

 

 光達はニッコリと笑って言った。

 

「宗棋! 早速やろうぜ。まずは六十番勝負くらいでいいだろ?」

 

 彼は小脇に抱えているものを彼に見せる。

 それは、折りたたみ式の薄い将棋盤に、箱に入った将棋の駒だった。

 

「極楽からくすねてきたんだ。なに、もう二度と戻ることはないだろうから構わないさ」

「いいのか?」

「いいよ、お前と将棋を指すほうがよっぽど極楽だ」

 

 彼はそれを地面において駒を広げる。

 

「時間だけはあったからな、沢山戦術を考えたんだ」

 

 楽しげであった。

 宗棋は、そうか、と気づく。

 彼はようやく開放されたのだ、家柄から、義務から。やらねばならぬ将棋から。

 

 宗棋は彼に沢山言いたいことがあった。

 なぜ死んだのか? 本当に自害なのか? あの盤面、どうして諦めたのか?

 だが、それはもはや必要ないだろうと思う。

 これからが、自分と光達にとって最も楽しい遊戯になるのだろうから。

 

「受けて立とう」

 

 足を崩して地面に座る彼に、光達が問う。

 

「なあ、お前の生きた時代に強いやつはいたのかい?」

 

 宗棋はそれに答える。

 

「ああ、いたさ。この遊戯の未来は明るいだろうな」




将棋コソコソ噂話

 作中の王橋宗棋と王橋光達の関係は江戸時代の将棋三家、大橋宗銀と伊藤印達の関係をモデルにしています。
 共に若い頃からかなりの棋力のあった将棋指しであったらしく両家の威信をかけて50数局ほど対局がなされたようです。ちなみに棋力としては伊藤印達のほうが上だったらしいです。
 しかしこの二人はこの対局で精根尽き果てたらしく、印達は15歳で、宗銀は20歳で死去したらしいですよ。



今日の夜に投稿する次話で完結です

感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
特に鬼滅の刃二次は初めて書くので評価やアドバイスもよろしくおねがいします!
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