【完結】 劇場版 鬼滅の刃 千駄ヶ谷将棋所編   作:rairaibou(風)

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第14話 終局

 鬼による千駄ヶ谷の襲撃から、三日が経った。

 町の混乱はすでに収まり、復旧作業と、隠による遺族への対応が進んでいる。

 まるで無防備な町を実力ある鬼が襲ったと言う状況の割に死者は少なかったことだけが、鬼殺隊含む人間たちにとっての救いだった。

 

 

「土井さん」

 

 千駄ヶ谷近郊のある病院にて腕の治療を行っていた土井が入院している病室に、炭治郎が顔を出した。義勇、伊之助、善逸はすでに他の任務に向かっており、腕を切りつけられた炭治郎のみがフリーであった。

 

「やあ、楽しくやってるかな」

 

 土井はいつもの洋装ではなく白い病衣を身にまとい、それでもいつもの様子で炭治郎に挨拶する。錆刀によって切りつけられた左腕は三角巾でつられ、傷跡には生々しく包帯が巻かれていた。

 

「申し訳ないけど、お客さんだから外してもらえますか?」

 

 腕の処置を行っていた看護婦に、土井は申し訳無さそうに言った。まだ若い彼女は彼と炭治郎に一つ微笑んでから病室を後にする。土井と炭治郎はそれに顔を赤くするしか出来なかった。もしここに善逸などがいたら大変なことになっていただろうなと炭治郎は思う。

 

「その後はどうですか?」

 

 来客用の椅子に座りながら、炭治郎が問うた。

 土井の怪我は、狩人と言う鬼の血鬼術『錆刀』によるものだ。同じ攻撃を食らった炭治郎の様子から特別特殊な効力があるとは考えられなかったが、一応念の為にこうやって彼の元を訪れ、その病状を確認している。

 

「ああ、大丈夫だよ」と、土井は釣られた左腕を動かしながら微笑む。

 

「まだ痛いけど、君たちが言うようなよくわからない症状は出ていない」

「傷が深かったから、もしかしたらその痛みはあとになっても残るかも……」

 

 炭治郎はそれを悔いていた。土井のその傷は、自身がしっかりとしていれば防げたものだと考えている。

 だが、土井はそれに笑う。

 

「いやいや、かまやしないよ。右腕が無事なら何でもいい。ところで、君も同じような事をされていたと思うんだけど、それは大丈夫なの?」

「あ、はい、俺は大丈夫です。この通り」

 

 彼は肩を回して回復をアピールしてから続ける。痛みがないわけではないのだが、これまでの人生を考えれば大したことはない。

 

「長男なんで」

「へー、なんだかよくわからないけど大したものだね」

 

 幾つも不可解なことのある会話であったが、土井はそんな事を気にしなかった。気にしない、というのは、勝負師としての大きな才能の一つでもある。

 

 

 

 

 

「そうだ」

 

 しばらく他愛もない会話を楽しんだ後に、土井はそう切り出した。

 

「どうしても、炭治郎くんに伝えたいことがあったんだ。あれを持ってきてくれるかい?」

 

 土井が指差した先には、小さなテーブルに置かれた盤駒があった。

 

「道場の常連だった人が時間を持て余すだろうからと持ってきてくれてね。おかげさまで、この病院でも将棋の普及ができそうだよ」

 

 炭治郎はそれに苦笑しながらそれを土井の前に持ってきた。あれだけの決戦、血を流しすぎて彼岸を見るような経験をしても、彼が将棋に苦しむようがない事は、彼にとっては嬉しいことであった。

 土井は駒を平手に並べてから、それを動かす。

 

「こうして……こうだね」

 

【挿絵表示】

 

 それは、炭治郎も忘れることができない盤面であった。

 九九神が『初めて人を殺した』と公言していた盤面だ。

 土井が最後の金を叩きつけてから言う。

 

「この盤面から指し継げと九九神が言った時、君は真っ先に罠であることを疑ったはずだ」

 

「はい」と、炭治郎は頷く。

 

「私もそう思った、なぜならばこの盤面、一目見るとどう考えても先手番である私が圧倒的に有利に見えたからだ」

 

 炭治郎はそれに驚く。

 

「いや、有利という言い方は違うかもしれない。ちょっと見ていてくれ」

 

 土井が駒を手に取る。

 

 8三桂。

 同 金。

 7二銀打。

 同 金。

 6一金打。

 8二玉。

 7二桂成。

 

 それは、実際に土井があの場で指した棋譜の再現だった。

 彼は投了図である5六歩を打って続ける。

 

【挿絵表示】

 

「わかるかい、ここまではすべて王手で局面が進んでいる。というより、九九神が投了した局面まで、全てが王手だ。そして、この局面からはこう続く」

 

 更に彼は『その先』を続ける。

 

 4四玉。

 4五歩打。

 3三玉。

 2三角成。

 同 玉。

 3四角成。

 3二玉。

 2三金打。

 2一玉。

 2二歩打。

 1一玉。

 1二金 。

 

「これで、詰みだ」

 

【挿絵表示】

 

 土井が提示したその局面、たしかにそれは炭治郎でも、いや、初心者でも詰みだと理解できる盤面だった。

 

 それを見て、炭治郎は土井の言いたいことをなんとなく理解する。だが、それは彼には理解しがたいことであった。

 

「つまり……九九神が提示した局面は、そのまま三十五手に及ぶ実践詰将棋だった。有利とか不利とかではない、この局面、彼は負けている」

 

 もちろん、その局面から誰でもが勝てるというわけではないだろう。将棋を知らぬものならば当然、たとえ将棋を知っているものであろうと、この詰めを読みきらなければ、角不成と言う手順を思い浮かべなければ、王手を続けることができなければ、たちまち九九神の指し回しの餌食になっていたに違いない。

 

「知らなかったという可能性は?」

「いや、無いだろう。この私ですら、この詰みを発見することができた。私より角一枚分強い九九神が、この詰みを発見できなかったとは思えない……一日……半日……いや、もしかしたら彼は、ひと目見ただけでこの詰め手順を理解していたかもしれないな」

 

 この私ですら、というが、土井自身も優れた将棋指しである。だが、角落ちで一手違いまでもつれ込んだという事実は、彼が九九神を格上の将棋指しだと認めるのに十分な事実だった。

 

「私は鬼のことはよくわからないが、九九神という鬼は強い鬼だったのだろう?」

「はい、それは間違いありません。義勇さんや伊之助、善逸が束になっても首を斬ること、血を流させることすら出来ないなんて、今でも信じられません」

「そうか……私には、その理由がわかるような気がするんだ」

 

 炭治郎が沈黙をもって続きを催促していることを確認して続ける。

 

「彼は……この手順で負けることを望んでいた。彼にとってこの棋譜がどのようなものかはわからないが、おそらく、彼は負けたかったんだ」

「負けることを望んでいた?」

「ああ、だから彼はきっと、刀で斬られて死ぬことを拒否していたんだ」

「そのようなものでしょうか?」

「私はそう思う。この投了図がその証拠」

 

 彼は駒を手にとって投了図の形状に戻す。

 

【挿絵表示】

 

「この投了図、彼はこの歩打ちを待ってから投了した。これよりも前に投了することも出来ただろうし、これより後に投了することも出来た。しかし彼は、この歩打ち……私が指した角不成の意図を表現してから投了した。いや、そもそも、角不成の手順に至らぬ手順を取ることも出来たはずなんだ……彼は自ら望んでこの手順に飛び込んだ」

 

 炭治郎は将棋がわからぬ、だから土井の言っていること自体は理解できたかもしれないが、それが将棋指しのどのような感情から生まれるものかはわからない、彼らの中に流れる概念、盤上を支配する美学、炭治郎はそれを知らない。

 

「将棋という観点から見れば、彼はずっと首を差し出していたのだろうと思う。だが、自身を将棋で殺してくれる人間が現れなかった」

 

 盤面を眺めながら土井が願うように呟いた。

 

「人としては……人としては外道だったのだろうと思う。人を殺し、人を食い、そのために将棋を利用した。だが……私には、彼は将棋指しとしては誇り高かったとしか思えない。この棋譜だけを思い出にして良いのならば、尊敬できる戦友だったとすら思う……炭治郎くん、私は間違っているのかな?」

 

 土井はその感情の板挟みに苦しんでいるようだった。

 彼ら鬼が将棋を利用し、多くの人を殺さんとした。それは事実だ。だが同時に、彼が将棋指しとして誇り高く、尊敬することのできる技術を持っていることも、彼はおそらくこの世界で唯一理解できる。

 九九神に対してどのような感情を覚えるべきなのか、土井はまだ理解できていない。その答えを、彼は鬼殺隊である炭治郎に求めた。

 

 だが、炭治郎はそれに答えることが出来ない。鬼というものに対して複雑な感情を覚えているのは彼も同じだった。

 

「俺も、それはわかりません」と、炭治郎は言う。

 

 炭治郎の持つ優しさは、元々は人間であった鬼という生き物を一方的に切り捨てることのできる鬼殺隊に必要な要素が欠けている。

 

「そうか……」と、土井は呟き、恐る恐る切り出す。

 

「実は、今度新聞に連載を持つことになったんだ」

 

 話の流れがわからなかったが、炭治郎は「おめでとうございます!」とそれを祝福する。

 

「その一回目の記事に、私は九九神との対局の棋譜を載せようかと考えている。もちろん、詳細は伏せるが。どうだろうか? やはり問題になるのだろうか?」

 

 炭治郎はしばらく考えてからそれに答える。

 

「鬼殺隊は政府非公認の組織です。新聞記事を検閲する権力はありません」

「そうか、なるほど」

 

 土井は天井を眺める、それがつまり、決断を自分に手渡しされていることは理解していた。

 

「私は載せるよ」と、土井は言った。

 

「将棋の得意な友人との対局としてね」

 

 炭治郎は、それを否定しなかった。

 

「また、暇ができたら千駄ヶ谷に来なさい」と、土井は別れ際に言った。

 

「いつでも指導してあげよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということがあったんですよ」

 

 蝶屋敷。

 その縁台で、土井から貰った簡易的な盤を挟んで伊之助と対局する義勇を相手に、炭治郎は土井との話を伝えている。

 

「喋るな」

 

 盤を睨みつけながら、義勇はぶっきらぼうにそういった。だが、己の手番で指すべき一手を考えているがゆえに集中力を乱すなといいたいだけであることは、さすがの炭治郎でも理解できた。

 義勇は一手指してからそれに答える。

 

「確かにあの鬼は将棋に負けたから死んだ。だが、本当ならば俺達が斬らなければならない存在だった。それを斬れなかったのは、単純に俺達の実力が足りていないからだ。他の柱ならば斬っていただろう」

「おおおおおおおおし!!!!! ここに逃げるぜ!!!!」

 

 やかましく伊之助が指したのを義勇が確認する。

 

「詰みだ」

 

 そして一手指す。

 

「はああああああ???? まだここに逃げられるだろうが!!!」

「伊之助、そこは角が利いてるぞ」

 

 余裕綽々と王を移動させた伊之助に、それを傍から眺めていた善逸が指摘する。そして、その指摘は正しい、王の逃げ道を考える点に関しては、善逸は優れた感性をしていた。

 

「はあ”!?」と、伊之助は一瞬それに不機嫌そうな声色を見せたが、もう一度盤面を眺め、たしかにそのとおりであることを理解すると「マイリマシタ……」と小さく呟く。

 

 詰将棋を趣味にしているだけあって、義勇の実力は伊之助や善逸に比べて高い。

 だが序盤中盤をあまり知らず、逆に二人は序盤中盤の戦法についてある程度土井に指導してもらっていたので作戦勝ち自体は二人のほうが多く、毎回おもしろい展開にはなっていた。

 

 今度は炭治郎が、未だに解けぬ七手詰を皆で一緒に解こうかと駒を並べ直している時に「あの……」と、彼らに声がかけられる。

 

「それ、何やってるんですか?」

 

 見れば、蝶屋敷にて胡蝶しのぶの助手を行っている三人の女子が、おずおずとしながらも、それでいて興味深げにそれを覗き込んでいた。

 

「あー? 知らねえのかよ、将棋だよ将棋」

 

 ぶっきらぼうにそういう伊之助に、女の子たちは「将棋?」と首を傾げる。盤と駒は見たことがあるかもしれないが、その遊戯がどのようなものであるのかは知らないようだった。

 炭治郎は詰将棋を並べていた手を止め。土井の言葉を思い出す。

 そして彼は女の子たちに向き合って言った。

 

「この遊びはね――」

 

 

 

 

 

 

 

 将棋所編 完




『あとがき』

 以上で『劇場版 鬼滅の刃 千駄ヶ谷将棋所編』は完結となります! ありがとうございました!
 自分は将棋の歴史や戦法の移り変わりがかなり好きで調べたりするのですが(棋力はお察し)今回の話ではそれらの知識を活かすこと出来てよかったです。
 鬼滅の刃は世界観が平安~江戸~大正ということで、時系列的には将棋の歴史と非常によく絡んでいると思っていました。将棋は江戸の頃に幕府に認められ今現在まで続いていますし、『名人』という現代にまで続くわかりやすい権威もありますしね。
 とにかく一つの形として完結させることが出来てよかったです。
 ここまで読んでいただけた方はぜひとも評価の方よろしくおねがいします!
 感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
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