【完結】 劇場版 鬼滅の刃 千駄ヶ谷将棋所編   作:rairaibou(風)

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第3話 将棋連合会 六段

 千駄ヶ谷のハズレ。

 ある男が、息を切らしながら夜道をかけていた。

 しかし、突然に足が絡まり、前のめりに倒れる。

 荒く不揃いな小石が肌を擦った。だが、痛みに気を取られている場合ではない。

 体を跳ね上げようと腕を伸ばそうとした、だが、腕が動かなくなっている。

 まただ、と、男は絶望した。

 なにかに手足を封じられているのだ。

 すでに口はそれに封じられている。故に大声を出すことが出来ない。

 

「気はすんだか?」

 

 背後から声がする、だが、その方を見ることは出来ず、起き上がることも出来ない。

 男は恐怖する、そして後悔する。

 

 どうして、真剣なんかを行ってしまったのか。

 

 狩場であった将棋道場を追い出された苛立ちはあっただろう。そして、思わぬ大金に目がくらんだということもあるだろう。

 信じたのだ。

 自らの将棋の腕ならば、二度続けて負けることなどありえないと信じていた。

 否。

 自らの将棋の腕を信じていたのではない、自分には、将棋の腕しか信じられるものがなかったのだ。

 死にたくはない、死にたくはない、死にたくはない。

 だが、自分は。

 

「貴様は将棋に負けた。代償を差し出せ」

 

 駒にまみれた、走馬灯が見えた。

 

 

 

 

 

 

 千駄ヶ谷、炭治郎ら三人は、未だに鬼の気配を感じ取れないでいた。

 厄介なことに、彼らはまだこの地に鬼がいるかどうかもわかっていない。故に彼らは、そもそも気配を感じないことが、鬼の力によるものなのか、それともそもそもこの地に鬼がいないのか、と言うところが判断できない。

 

「丸山!!!」

 

 伊之助は未だに土井の名前を覚えていないようだ。

 将棋道場、炭治郎らが顔を出すと、奥から土井が嬉しげに笑いながら現れる。

 

「やあ、来たんだね」

 

 彼は道場の端の席に座ると、手招きして彼らを呼んだ。

 

「遊び方は覚えてきたかな?」

「はい!」

「おう、あの指南書でもうバッチリよ! 今日俺はお前に勝つぜ!!!」

「無理だろ」

「いやいや、心意気やよしだよ。ささ、座って座って」

 

 土井は三人を横一列に座らせると、その前にそれぞれ、合わせて三枚の将棋盤を用意し、駒を並べはじめる。

 三人はその意味がわからなかった。土井をあわせて自分たちは四人であるはずなのだから、必要な盤は二枚のはずだ。それとも、この後二人ほど合流するのだろうか。

 だが、土井は彼らにとって信じられないことを言った。

 

「今日は私が一度に相手をするからね」

「三人をか!?」

「そうだよ」

 

 初心者相手に三面指し、土井にとってはそれほど難しいことではないだろう。

 

「あと、今日の対局は六枚落ちでやるからね~。少し厳しいかもしれないけど頑張ってね」

 

 そう言って彼は自陣の角、飛車、そして香車と桂馬を盤面から取り除いた。

 

【挿絵表示】

 

「六枚落ち?」と首をひねる炭治郎に、将棋を多少知っている善逸が説明する。

 

「手加減だよ手加減。実力に差があるから手加減してくれてんの」

「はぁ!? 手加減とか舐めてんのか塚田!!!」

「まあまあ、最初だからね、これに勝てたら平手でやってあげるよ」

「よっしゃあ! 目にもの見せてやるぜ!!!」

「いくら土井さんが強いと言っても、角と飛車が無いと不利だよね」

 

 やる気に満ち溢れている伊之助に、手加減をもらったことに納得しながらも少し余裕のある炭治郎を横目に見ながら「馬鹿はいいよなあ」と善逸は呟いた。

 

 

 

 

 

 十数分後、彼ら三人はそれぞれがそれぞれの意気消沈っぷりを見せてていた。

 

「土井さん強すぎる……」

「ナニモデキナカッタ……オレ、ナニモデキナカッタヨ……カトウツヨユギルヨ……」

「なんで俺将棋なんてやってるんだろう……禰豆子ちゃんと遊びたい……」

 

 土井が席を外したため、対面に誰もいなくなってる彼らの盤面は見るも無惨であった。

 特に伊之助の盤面が酷い、猪突猛進に気持ちよく攻めていたのは最初の十数手ほどであり、後は土井の迎撃にいいようにやられてしまった。

 

「やあ、おまたせ」

 

 道場の奥から再び現れた土井が足を引きずりながら彼らの対面に座る。手には幾つかの書物などを持っていた。

 

「勝敗を気にすることはないよ、君たちよりも私のほうが将棋を知っているだけのことだ。それに、みんな悪いところばかりではなかった。一つ戦法を覚えればもっと強くなるよ」

 

 彼は善逸に目線を向けて続ける。

 

「善逸くんは王のことをよく考えているけど、少し弱気なところがあるね。相手がこちらに踏み込んできているときには、こちらも相手を攻めるタイミングであることが多い。君には四間飛車と美濃囲いが向いていると思うから。この棋書を読んでみてね」

 

 そう言って彼は一冊の本を善逸に手渡した。

 

「あ、ありがとうございます」

「書いてあることでわからないことがあったらなんでも聞いていいからね」

 

 更に彼は伊之助に視線を向ける。

 

「伊之助くんはだいぶ凹んでるけど。攻めには迫力があったし、ほとんど考えずに指してた割には良い手もあった。だけど将棋は自分が攻めてる時に相手も攻めてくるゲームだからそれを無視したら駄目だね。後で棒銀戦法を教えてあげるから、覚えたらもっと強くなれるよ」

「オレガンバリマス……」

 

 最後に彼は炭治郎に視線を向けた。これまでの流れから有益なアドバイスが貰えるだろうと炭治郎はキラキラした目でそれを待つ。

 だが、土井の表情は複雑そうであった。

 

「炭治郎くんは……将棋を始めてすぐだとは思えないくらい頭がいいけど、少し優しすぎるね」

 

 善逸と伊之助は一斉に顔を上げた、それは炭治郎という人間を表現するのにぴったりな言葉だった。

 そして、将棋を指すだけでそんな事がわかるのかという驚きもある。

 例えば善逸が弱腰であるとか、伊之助が猪突猛進であるとか、そんな事は見ればわかるとそれぞれがそれぞれに思っている。だが、炭治郎が優しすぎるということは見ただけではわからないだろう。

 

「将棋は攻めるにも守るにも駒を犠牲にしないといけないし、相手の嫌がることを考えないといけない遊戯だから、あまり優しすぎると強くなれない」

「そうですか……」

 

 今更性格は変えようがない、シュンとする炭治郎に土井が続ける。

 

「でも君はよく戦況を読めているから。詰将棋で力を発揮できると思うよ」

 

 彼はまたも一冊の本を炭治郎に手渡す。それはやけに古ぼけ、所々が折れ曲がっていた。

 

「詰将棋は相手の王を詰ませる遊戯だ。これは私が子供の頃に遊んでいたものですごく古いが……良ければ遊んでみてくれ」

「良いんですか?」

「構わないよ、私はもう全部の盤面を覚えてしまったし、もうそれは優しすぎるんだ」

「土井さん……!」

 

 それを胸に抱いて土井を感激の目で見る炭治郎に、更に彼は止めと言わんばかりに続ける。

 

「あと……君たちは同じ奉公先に務めているというのは本当かい?」

「はい、そうです」

「そうか、それならこれを持っていくと良い」

 

 彼は二つ折りの木の板を差し出した。

 代表して炭治郎がそれを受け取って見ると、それにはマス目が引いていある。二つの板を合わせて一つの将棋盤と知って扱う簡易的な盤だった。

 

「後はこれね」

 

 更に彼は小さな木箱を善逸に手渡す。

 

「あまりいいものじゃないんだけど、我慢してね」

 

 善逸がその箱を開けると、中には将棋の駒が入っていた。

 

「土井さん……」

「大山……お前、なんて良いやつなんだ」

 

 感動のあまり言葉を失う善逸と伊之助に、炭治郎もそれに心打たれながら「土井さん」と問う。

 

「どうして、俺達にこんなに良くしてくれるんですか? 俺達は将棋も知らないし、明日から来なくなるかもしれないのに……」

 

 土井はその問いに目を丸くしていた。そのような可能性をまるで考えていなかったのだろう。

 だが、彼はすぐさま笑顔を作って答える。

 

「好きだからだよ、将棋が」

 

 

 

 

 

 

「中原は天才だ」

 

 盤面を眺めながら、伊之助は唸った。

 棒銀戦法を土井から教えてもらった伊之助は、その戦法の破壊力に感動していた。まさに猪突猛進、飛車の能力を最大限に活かす野生の戦法だ。すでにコマ落ちで敗北したショックなど吹き飛び、その戦法で将棋の王になることを夢見ている。

 

「確かに、あの人は強すぎる」

 

 詰将棋を盤面に再現しながら、炭治郎も唸った。三面指しで駒落ちであるが、自分では考えもしなかった手を指してくる土井の実力は、将棋を知らなくても理解できた。

 

「なんであんなに強いんだろう。何か参考になるかも」

 

 三人が首を傾げると、大きなため息とともに「お前ら、本当に何も知らないのな」と割って入る声。

 見れば時たま炭治郎らと会話をする常連の一人が、ずいと彼らのそばに腰掛けて続ける。

 

「土井さんは将棋連合会の六段だぞ? 強くて当たり前なの」

「連合会? 六段?」

「将棋連合会ってのは将棋の強い連中が集まってる会だよ。日本中の将棋が強い連中の中でも強いんだよあの人は」

「なんだ? すげーやつなのか?」

「すげーやつだよ、お前ら一からあの人に指導してもらえるとか本当に幸せものなんだからな、将来の名人候補だぞ」

「名人? 名人ってなんだ?」

「名人ってのはだな……えーっと、なんて説明すれば良いんだ?」

 

 三人が食い気味にそれの答えを求めるものだから、男はそれに困った。

 

「それは私が説明しよう」

 

 助け船を出すように、再びひょっこりと現れた土井が三人のそばに座る。

 男はそれ幸いと元の席に戻った。

 

「名人、というのは端的に言えば将棋界で最も名誉ある称号だ。江戸の頃、家康公が王橋宗桂(おうはしそうけい)という人に将棋の家元として権威を与えた。その後江戸の終わりまでは王橋宗桂の家系である王橋本家、王橋分家、阿藤家という三つの家系が競い合い、彼らの中で最強の男が名人を名乗っていたんだ。だけど、江戸幕府の終わりとともにこの家元制度は無くなった」

 

 将棋の歴史を語る土井も楽しげであった。どうやらこの男、遊びとしての将棋のみが好きだというわけではないらしい。

 

「明治に入ってからは家系は関係なくなって、年功ある実力者が選ばれるようになった」

「ふ~ん。それで、小野もその名人ってやつになるのか?」

「ははは、私のような若造はとてもとても」

 

 土井がもう二、三言話を続けようとした時「土井さん」と、彼を呼ぶ声があった。

 それ自体は、なんてことのない千駄ヶ谷の住民のものだった。

 だが、炭治郎は不意に表情をこわばらせて、道場の入り口に立つその男を凝視する。

 炭治郎は鼻が利く、彼のその鋭い嗅覚は、その男からわずかであるが鬼の気配を感じ取っていたのである。

 だが、善逸と伊之助は特にその男を警戒しているようではなかった。

 

「これ、土井さんのとこのだろ?」

 

 彼が土井に手渡したそれに、炭治郎は目を見開いた。

 

「ああ、歩か、一枚無くなっていたんだよ」

 

 その男が手渡した将棋の駒、歩には、やはり僅かではあるが鬼の気配があった。

 

「すみません! これ、どこにあったんですか!?」

 

 善逸と伊之助は炭治郎のその言葉に反応した、彼らは炭治郎が鼻が効くことを知っていた。

 突如としてそう問うた炭治郎に少し戸惑いながらも男が答える。

 

「ハズレのあぜ道だよ。なんでそんなところにあったのかはわからないけどな」

 

 ハッ、と、炭治郎が状況を理解する。

 あの真剣師の男が持って行ったんだ。

 真剣師が道場を後にした後、歩が一枚どこかに行っていた。あの真剣師の男が土井を困らせるために駒を一枚くすねていたということは十分に考えられる。

 そして、それに鬼の臭いがあり、あぜ道に落ちていたということは……

 

 いる。

 

 この千駄ヶ谷に、将棋指しを食う鬼がいる……。




将棋コソコソ噂話

 今の時代では将棋を司る組織といえば「日本将棋連盟」というものが最も大きいですが、実は鬼滅の刃の世界観、関東大震災前の将棋界は分裂気味で『将棋連合会』のモデルとなった『将棋同盟社』など複数の派閥に分裂していたようですよ。



感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
特に鬼滅の刃二次は初めて書くので評価やアドバイスもよろしくおねがいします!
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