【完結】 劇場版 鬼滅の刃 千駄ヶ谷将棋所編   作:rairaibou(風)

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第4話 詰めろ

「よっしゃあ!!! これで俺の勝ちだ!!!」

 

 伊之助は駒台代わりの駒箱から歩を掴んで玉の前に叩きつけた。

 

 藤の紋の屋敷、その寝室にて、善逸と伊之助は土井から貰った盤を使って対局を行っていた。

 二人共、暇をつぶす時に選択する程度には将棋に興味があった。伊之助にとってはほとんど初めて触れる遊戯であったし、善逸は命の取り合いではないそれが嫌いではない。

 戦況は伊之助の棒銀が善逸の四間飛車を攻め潰しているところだった。二人の実力は拮抗していたが、たまたまこの対局では伊之助の攻めっぷりに善逸が押し負けていたようだった。

 

「おら『参りました』だ! 参りましたと言え!!!」

 

 自分が言うときにはさんざん渋るくせに、自分が言わせるときにはウキウキしながらせっつく。伊之助とはそういう男だった。

 対する善逸はやかましい伊之助に憮然としながらも「うるさいなあ、ちょっと待ってろ」となにか思うところがあるのかペラペラと指南書をめくっていた。

 やがてあるページで手を止めて「やっぱりな」と呟く。

 

「伊之助、それ禁じ手」

「は?」

 

 今度は伊之助が憮然とする番であった。

 

「禁じ手なんかやってね―よ、どこも二歩じゃねえ」

 

 伊之助は未だに将棋の基本が怪しくはあるが、同じ筋に二つ歩をおいてはならないという『二歩』という決まりに関しては理解していた。

 

「二歩じゃね―よ、これだよこれ『打ち歩詰め』」

 

 善逸はそのページに書かれている盤面を見せる。

 

【挿絵表示】

 

「歩を打って詰ませるのは禁止なんだよ」

 

 伊之助はそれを覗き込むが、盤面は理解できてもそこに書いてある文字は読めない。

 

「なんでだ?」

「いや、それは知らないけど」

 

 やがて、伊之助はため息を付いて言う。

 

「お前さあ……『参りました』って言いたくないからって嘘つくの最低だぞ……」

「うそじゃねええええよ!!!!! ほんとにあるの! そういう決まりが!!! なあ炭治郎!!!」

 

 認めぬ伊之助に善逸はムキになって炭治郎に助けを求めたが。炭治郎は詰将棋の本に目を落としたまま「んー、ちょっとまってね」と生返事だ。

 炭治郎はここ数日ですっかりと詰将棋の魅力に夢中になっているようだった。何より、土井が勧めた詰将棋は盤上すべての駒が活躍する手順の美しいものが多く、それも炭治郎の性分とあっていたのだろう。

 

「なあああ炭治郎、詰将棋に夢中になってないで答えてくれよおおおおお」

「最低だぞお前……」

「わかったよ! 明日道場に行って土井さんに聞けばいいだろ!!! それなら納得するだろ!!!」

「よし! 米長が言うなら納得してやろう。ただし、もしお前の行っていることが嘘だったら権八郎の頭突きを食らってもらうからな」

 

 彼らがもう少し言い争いを続けようとしていた時、不意に寝室の襖が開き。膝をついた家主が現れた。

 

「お客様でございます」

 

 その背後から見知った顔。彼らを千駄ヶ谷に派遣した水柱(みずばしら)冨岡義勇が現れる。

 それまでの彼らの声が聞こえていたのだろう、義勇はちらりと盤駒をみやってから言った。

 

「随分と楽しそうだな」

 

 随分な皮肉に聞こえるだろう。

 だが、恐ろしいことにそれは言葉以上の意味などかけらもない義勇の本心であった。彼はそもそも将棋については心得があるから、本心から炭治郎たちが将棋を楽しんでいることを悪いことではないと思っているし、むしろ勉強熱心だなとすら思っているだろう。

 しかし、寝室に走ったのは緊張であった。

 義勇はその意味がわからなかったが、別にどうでもいいことと畳に座り込んでから話を勧める。

 

「手紙は読んだ」

 

 炭治郎らは、義勇に向けて書簡を送っていた。

 千駄ヶ谷に鬼がいることは確実であること、そして、その鬼は炭治郎らの能力では見つけることが出来ていないこと。その二つが意味する事は、この鬼は気配を消すことができる上等な鬼である可能性があること。それらを伝えた。

 

「お前ら、もう帰れ」

 

 突然の宣告に、三人はそれぞれ驚く。

 

「は? なんでだよ!」

「もおおおおお!!!! この人はま~たこうだよ!!!」

「どうして帰らなければならいないんですか?」

 

 その反応が意外だったのだろうか、義勇は一度彼らが静かになるのを待ってから答える。

 

「お前らを千駄ヶ谷に派遣したあと、ツテをたどって近辺の行方不明者を調べてみた。結果、この地では真剣師の失踪が江戸の頃より起きていることがわかった。そして、柱も何人か行方知れずになっている」

 

 ゾクリ、と、三人の背筋が凍る。

 義勇の言葉から考えれば、この千駄ヶ谷に潜む鬼は、江戸の頃から人間を食らっている古き鬼であり、そして、柱を手に掛ける実力を持っていながら、これまでその存在を知られることがなかった鬼だということになる。

 彼らの脳裏に、鬼側の最高戦力、上弦の鬼という存在が浮かんだ。

 

「よし、帰るわ」

 

 そそくさと帰り支度を整えようとする善逸を尻目に、炭治郎は「待ってください!」と炭治郎が手を挙げる。

 

「俺達はここに残り義勇さんの補佐をしたいと思います!」

「はああああああ!!!??? おい炭治郎お前! 勝手なこと言うなよなお前!!!」

 

 目を見開いてそれに抗議する善逸であったが、どうやら伊之助も帰るという選択肢はないようだった。

 

「面白いじゃねえか! その訳のわからねえ鬼をぶっ潰せば俺が柱だ!」

「もおおおおおおお!!!!! 俺の同期馬鹿ばっかだからああああああ!!!!!」

 

 義勇はそれに呆れながらも、どうせこの二人が自分の言うことを聞く訳がないとそれに答える。

 

「……まあ好きにしろ、だが、俺はお前らを助けないからな」

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”! こういうときだけ聞き分けが良い!!!」

 

 ひとしきり騒ぐ善逸に炭治郎が言う。

 

「善逸、嫌なら帰ってもいいよ。誰か一人でもここの情報を知っていたほうが良いと思うし」

 

 あまりにもキラキラとした純粋な目でそういうものだから、善逸はぐっと押し黙ってしまった。

 例えばこれがもう少し皮肉を言えるような人間の言葉であったとしたら、売り言葉に買い言葉で多少の口喧嘩をし、ふてくされるようにその場を後にすることが出来ただろう。

 だが、炭治郎に限ってそれはない、おそらく彼は本気でそう思っているだろうし、善逸のことを腰抜けだとか弱虫だとか、そういう感情も欠片も持っていないだろう。

 だからこそ話がややこしくなる。善逸とて、その精神すべてが逃げることに向かっているわけではないのだ。

 逃げることを肯定され、それを受け入れられることが悔しく、情けなくて仕方がないと思うような一面も彼にはある。

 

「わかった! わかったよ!」と、善逸は座り込む。

 

「その代わり、なんかあったら逃げるからな!」

 

 

 

 

 

 

「打ち歩詰めってなんだよ……知らねえよそんな決まり……」

 

 翌日、将棋道場ではうなだれる半裸の美丈夫こと伊之助の姿が確認できた。

 土井の姿を見てすぐさまに彼を捕まえた伊之助は、善逸が自分に負けたくないがばかりに嘘をついたのだと力説。それは良くないと土井は最初に思っていたが、善逸の説明を聞いてそれは『打ち歩詰め』という禁じ手だと伊之助に指摘し、こと将棋においては土井を信頼している伊之助は心の底から落ち込んだ。

 

「だから言ったじゃんか!」

「ごめんね、少し複雑な禁じ手だから後回しにしていたんだけど、まさかもうそんな強さになっているとは思わなくて。やっぱり君たちみたいに若いとドンドン強くなるね。何、打ち歩詰めができたのなら違う詰みもすぐに見つけられるようになるさ」

 

 落ち込む伊之助を励ます土井はそれでも少し笑顔であった。最初は歩を積み木にすることしか出来なかった少年が詰みを理解できるようにまでなって嬉しいのだろう。

 彼がもう少し伊之助を励まし、伊之助が少しだけいつもの調子を取り戻しつつあった頃、炭治郎は「あの」と、土井に声をかけた。

 

「実は、どうしても伝えなければならないことがあって」

 

 彼はそう言って土井から貰った棋書や組み立て式の盤、駒を彼の前に差し出す。

 その意味がわからぬ土井に、炭治郎は頭を下げて「ごめんなさい!」と謝る。

 

「実は俺達急にここを離れないといけなくなって、もうここに顔を出せないんです」

 

 伊之助と善逸も頭を下げている。

 

 その言葉は、半分が本当で半分が嘘だ。

 

 千駄ヶ谷を離れないといけなくなったのは嘘だ、むしろ彼ら鬼殺隊は、これからこの千駄ヶ谷を中心に鬼を探すことになるだろう。

 そして、将棋道場に顔を出せなくなるのは本当だ、すでに何日も潜入していたが有力な情報は将棋の駒以外になく。真剣を排除する方向性がはっきりとしたその道場に真剣師が入り込むとも思えない。ここを詮索の拠点にする必要はない。

 鬼を討伐できるにしろ、あるいはそうではないにしろ、彼らがこの道場に顔を出すことはなくなるだろう。

 炭治郎は、それが土井に対する裏切りだと思っていたのだ、あれだけよくされてきたのに不意と消えるのは彼の良心が許さない。

 だからせめてこれまでのものを返して謝ろうと思ったのだ。

 

 未だにそれに困惑している土井は、頬をかきながら問う。

 

「えーと……将棋に飽きちゃったの? それとも嫌いになった?」

「い、いえ! そんな事はありません! ただ、こんなに良くしてもらったのに申し訳なくて」

 

 ふうん、と、土井は首をひねり、そして、彼らの想像とは全く違うことを言った。

 

「将棋が嫌いになったわけじゃないなら、これらは君たちが持っていなさい」

 

 その言葉に炭治郎たちは驚いた。

 

「良いんですか!?」

「良いも悪いも、ここに来れなくなるのならますますこれらが君たちに必要じゃないか。それに、私は君たちをここに縛りたくてこれらをあげたんじゃなくて、君たちに将棋の楽しさをわかってほしいからあげたんだよ」

「佐藤……お前、良いやつだな」

「そうでもないさ、私にも打算はある」

 

 土井は少し身を乗り出して、炭治郎たちにしか聞こえないような小声で続ける。

 

「もし君達が、将棋に興味があるけどやり方がわからないと言う人に会ったら、それを馬鹿にすること無く将棋の楽しさを教えてほしい。それだけだよ、僕の願いは」

 

 

 

 

 

 

 だだっ広い大広間。その畳張りの中心にその鬼は正座していた。

 目の前には脚付きの盤、つややかで気品を失わぬその一品には、同じくつややかで漆を盛り上げた駒が並んでいる。

 

「無惨め」

 

 少年のように見えるその鬼は、その名を呟きながら駒を手に取る。

 その名を呼んでも鬼の細胞が崩壊しないのは、その鬼の格を表している。彼は無惨が自身を殺すことが出来ない絶対の自信があり、また、殺されない自信もあった。

 静かに、それでいてこの大広間に響き渡るような存在感のある駒音を響かせながら、彼は駒を打つ。

 

「あの男が無駄に動くものだから形勢が難解になったではないか」

 

 鬼殺隊が鬼の気配に気づいたことを、その鬼は理解していた。そして、それが自身と鬼殺隊とを引き合わせるための無惨の策略であることも見抜いている。

 無惨はいつも厄介な鬼殺隊を自身に仕向けるところがあった。

 その意図は理解できる、その鬼は死なぬ、鬼殺隊は鬼を殺せず、それの意味するところは、彼が鬼殺隊を食うということ。

 もしその鬼が鬼殺隊に殺されるということがあれば、つまりその鬼は不死ではなかったということ、どちらに転がっても無惨にとっては問題がない。憎たらしいが良い判断なのだろう。

 

「まあ良い」

 

 その鬼は対面の駒も動かしながら続ける。

 

「何も変わらないだろう。俺は負けず、相手は勝てない」

 

 作り上げられた盤面をぼうっと眺める。百数年と眺め続けた盤面だ。

 つまらなそうに頬に手を当て、肘置きに肘を置きながら呟く。

 

「この時代の鬼殺隊に、将棋の強い人間はいるだろうか」




将棋コソコソ噂話

『詰めろ』とは、将棋用語の一つで『次の一手で詰む』という状況を指します。
 例えば画像の状況だと、次の一手で頭金が炸裂して王様が詰んでしまいますね。この画像の状況こそが『詰めろ』です。

【挿絵表示】

 もちろん相手は負けたくありませんから、王を早逃げしたり王を守る駒を打ち込んだりして『詰めろ』を防いできます。

 将棋上級者の対局の終盤は『詰めろ』が非常に重要な要素となっており、『『詰めろ』から逃れながら相手玉に『詰めろ』をかける』などの、自分のような初心者が見てもわけがわからない攻防が繰り広げられたりするようですよ。



感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
特に鬼滅の刃二次は初めて書くので評価やアドバイスもよろしくおねがいします!
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