【完結】 劇場版 鬼滅の刃 千駄ヶ谷将棋所編   作:rairaibou(風)

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第5話 詰将棋を解け!

 千駄ヶ谷に夜が訪れ、建物が破壊される音、土煙、そして、幾つもの悲鳴。

 その地が決して田舎ではない事を差し引いたとしても、それが華やかな夜の証明だとは言えないだろう。

 その上空を何羽ものカラスが舞っている事も含めて、明らかに、大災に近い何かがその街を襲っている事は明白だった。

 

 

 

 

「住民の避難を最優先にしろ!!! 鬼の被害者を増やすな!!!」

 

 水柱である冨岡義勇は、同じく鬼殺隊の隠蔽部隊である(かくし)の長にそう伝えていた。

 すでに幾つかの建物は倒壊し、それの下敷きになっている一般市民もいるかも知れない。

 だがそれ以上に、現在進行系で鬼の軍団が街を襲っている。まだ動くことのできる住民を安全を確保することは彼らにとっても最も優先されることであり、余計な人質を産まぬための策でもあった。

 

 義勇は今まさに人々を襲わんとしている二体の鬼と対峙していた。

 そのどちらもが巨大な鬼であった。単純な造形で知性があるようには見えないが、その分目の前にあるものを破壊するように作られているようで、それはこのような町中ではより厄介な特性であった。

 

「こっちだ!」

 

 義勇は鬼の間をすり抜け、被害の中心部に向かってかけた。鬼は逃げるものを追うように作られているようで、その二体は義勇を追う。

 

「一体どこに隠していた……」

 

 まさかこの二体の鬼が本丸ではないだろう。江戸の頃より鬼殺隊からその姿を隠し続けていた鬼にしてはあまりにも知性がない。彼らの首魁は別にいるに違いない。

 しかし、ならばこの鬼はどこから来たのか、あの炭治郎の鼻はおろか、義勇本人もこの襲撃が始まるまで鬼の気配を感じなかったのだ。

 逃げる先で、三体目の鬼が目に入った。

 義勇はあえてその目の前を通り抜け、自身を標的にさせる。

 

「まだ……こちらに二体」

 

 まだ崩れていない建物を右に曲がると、彼の感じた気配通りもう二体の鬼がいた。これまでと同じようにその目の間を横切る。

 これで義勇を追う鬼は五体だ。そして、彼はこの近辺にはこれ以上の鬼がいないことを気配で感じる。

 

 逃げ続けていた義勇は、建物の崩壊によって開けている場所に出た。

 周りを見回す。一般人はいないようだ。

 

「よし」

 

 義勇は自らを追ってくる鬼に向き合う。

 それが何を意味するのか、その低級の鬼たちには理解が出来ないだろう。自分たちが一般人から離されるとともに、まとめて片付けられようとしているなど想像できない。

 彼らは一斉に義勇に襲いかかった。

 

『水の呼吸』

 

 義勇は襲いくる鬼に動揺すること無く大きく息を吸い込む。一度に多くの酸素を血中に取り込み身体能力を引き上げる特殊な呼吸法『全集中の呼吸』だ。

 

参ノ型(さんのかた) 流流舞い(りゅうりゅうまい)

 

 流れるような足さばきと共に鬼と鬼の間をすり抜けながら斬りつける。

 もとより鬼たちに連携などなく、彼らはそれを防ぐすべがない。

 義勇が動きを止めた後には、きっちり五体の鬼の亡骸が地面に崩れ落ちるところだった。

 

「強くはないな……」

 

 彼のつぶやき通り、その鬼の一つ一つは大した力を持っていない。

 だが、これらが急にこの街に現れた原因を探らなければ解決はしないだろう。

 まだ夜は始まったばかり、日光を祈るには早すぎた。

 

 

 

 

 

 

『水の呼吸』

 

 時を同じく、竈門炭治郎は一体の鬼と対峙していた。

 やはりその鬼も強さのある鬼には見えない。

 

壱ノ型(いちのかた) 水面斬り(みなもぎり)!!!』

 

 勢いよく振られた斬撃は、その鬼の頭部を切り飛ばした。これまで戦ってきた厄介な鬼のようにそれが再生することはなく、それは亡骸となる。

 

「おかしい……どうして『鬼が増える』んだ?」

 

 炭治郎の優れた嗅覚は、この町におきている奇妙な状況を理解しつつあった。

 ほんの少し前まで、この町に鬼の気配はなかった。

 だがどうだろう、一体の鬼が現れた気配を感じてからは、群発的に鬼の数が『増えている』。

 鬼を作り出すという点から、炭治郎は一瞬鬼達の始祖である無惨の存在を思い浮かべた。

 だが、初めて無惨と対峙したあの時のような強烈な、嫌悪すら感じた強烈な臭いを感じない。自分の嗅覚を信じるならば、この地に無惨はいない。だが、ならば鬼が増える現象に説明がつかない。

 だから彼はぐずる善逸とやたらやる気な伊之助にすでにいる鬼の討伐を任せ、自身は鬼が増えている原因を探っていたのだ。

 

 彼が生き残りの一般人に気を配りながら街を走っているときだった。

 

「誰か! 誰か助けてくれ!!!」

 

 助けを呼ぶ声が聞こえた。

 

「今行きます!」

 

 すぐさまそれに答えた炭治郎が声のした方に駆けると、そこには地面に這いつくばる一人の男がいた。

 その男は炭治郎を見つけると彼が刀を持っていることに多少の恐怖を覚えながらも助けを求める。

 

「助けてくれ! 抱えてくれ!」

「足に怪我を!?」

「いや違う、違うんだ!!!」

 

 炭治郎がその男の足を見ると、そこには妙なものがあった。

 光り輝く将棋の盤面のようなものが、その男の足を動かぬように固めていたのである。

 その盤面を見て炭治郎は思わず呟いた。

 

「詰将棋……?」

 

【挿絵表示】

 

 それは詰将棋であった。

 更にその盤面には『三』という数字が浮かんでいる。

 炭治郎は一瞬それが何かわからなかったが、自然とその盤面の詰みを追っていくと、その数字の手数で詰む『三手詰め』であることがわかった。

 

「解けるな」

 

 それに手を伸ばそうとした炭治郎に、男が「やめてくれ!」と叫んだ。

 

「それに触ると化け物が出てくるんだ!」

「化け物……?」

 

 おそらくそれは鬼のことだろう。

 

「触っただけで出てきましたか?」

「いや、それはわからねえ! とにかくそれに触って化け物が出てくるところを見たんだ!」

「この詰将棋に正解しても?」

「正解かどうかなんてわからねえよ! 俺は将棋なんて知らないんだ!」

 

 炭治郎はハッとした、自分がこれを瞬間的に解くことが出来たのは詰将棋に触れていたからであって、何も知らぬ人間はそれが何なのかすらわからないだろう。

 

「解いてみます」と、炭治郎はそれに手を伸ばす。

 

「やめてくれ! 化け物が出る!」

「大丈夫です。鬼が出ても俺が斬ります!」

 

 力強くそう言った炭治郎に、男は一瞬沈黙した後に頷いてから足を差し出す。

 

「まずはこう……」

 

 炭治郎が一手進めると、盤面が勝手に動いて一手指す。盤面の数字は『一』に減った。

 

「来るか……!?」

 

 炭治郎は一瞬刀を構えた。鬼の考えることだ、たとえそれが正当な手順であっても鬼が出現する可能性は考えなければならない。

 だが、鬼が現れる様子はない。

 炭治郎はすぐさまに次の一手、相手の玉を詰ませる手を指した。

 盤面が消え、男の足が自由に動く。

 

「動く! 動くぞ!!! 助かったんだ!!!」

「まだこちらは安全です! 急いで逃げてください!」

「わかった! あんたも気をつけてな!」

 

 男が走り出すのを確認してから、炭治郎は次の人間を探すために足を動かす。

 意味はわからないが、仕組みはわかった。

 考えるより先に行動せねばと思った。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん! 助けて! 早く助けて!!!」

 

 しばらく三手詰めを解いた後に、炭治郎は同じく足を封印されている小さな女の子を見つけた。

 彼はすぐさまに彼女を救おうとその盤面を見たが、すぐに固まってしまう。

 盤面に『九』と浮かんでいるその詰将棋は、これまで解いてきたものとは明らかに難易度の違うものだった。

 

【挿絵表示】

 

「待っててね、絶対に助けてあげるからね」

 

 彼女を怖がらせないように笑顔を作ってはいるが、反面炭治郎は大きく動揺していた。

 彼は詰将棋の心得があるが、流石にこれほどの長手順となるととたんに自信がなくなる。

 更に状況が状況であり、絶対に間違えることが出来ないという焦りが、更に彼の動揺を強くする。

 このまま抱えて逃げるべきか、否、そうすれば他に助けられるかもしれない命が助けられなくなる。

 隠のものが来るまで待つべきなのかもしれない。

 

「待っててね、待っててね」

 

 自身が無力であることを感じていた。どれだけ気合を入れようと、どれだけ自分が長男であることで心を震わせようと、出来ないものは出来ない。

 どうするべきかと、詰将棋から考えが離れ始めていたときだった。

 

「どきなさい」

 

 不意に、背後から声をかけられた。聞き覚えのある声だ。

 振り向けば、そこにいたのは将棋道場で常連だった男だった。

 彼は炭治郎が刀を持っていることには触れない。状況が状況だけにある程度は理解しているのかもしれない。

 

「私が解く」

 

 炭治郎は引く他無かった。

 男は少しばかりその盤面を眺めてから「よし」と、一つ頷いてから手をのばす。

 盤面の数字がどんどんと減っていく。

 やがて男が「これで……」と最後の手を指すと、盤面が消えた。

 

「よし」

「あ、ありがとうございます!!!」

 

 炭治郎は女の子の手を持って立たせる。

 

「走れるかい? この人にお礼を言うんだよ」

 

 男は炭治郎が少なくとも今千駄ヶ谷で起きている異変とは対極の、その抑止に動いている人間であることを期待、願いながら言う。

 

「この辺の詰将棋はだいたい解いた」

「ありがとうございます! あなたもこの子を連れて逃げてください!」

「ああ、わかった」

 

 男は炭治郎に言う。

 

「将棋道場の近くに土井先生がいるはずだ。どうか、どうかあの人を助けてくれ!」

「土井さんが!?」

「ああ、あの人はもう助かることを諦めている。私が連れて行こうとしたんだが「足が悪いから」の一点張りだ。あの人は解けるだけの詰将棋を解いて死ぬつもりだ」

 

 彼は炭治郎の両肩を掴んだ。

 

「そんな事はあってはならない!!! 土井先生は将棋を愛している! 将棋に殺されるなんてあってはならない!!!」

 

 ついさっき難解な詰将棋を解いたとは思えないほどに感情的な言葉だった。

 だが、炭治郎もその男の感情がわかる。ほんの僅かな期間ではあるが、炭治郎も土井の将棋への愛情に触れていたのだ。

 

「わかりました!」と、炭治郎が叫ぶ。

 

「必ず土井さんを助けます!」

「ああ、頼んだ!」

 

 男はそう言うと女の子の手を取り「さあ、逃げるんだ!」と背を向ける。

 炭治郎も同じく彼らに背を向けて駆け始めた。

 

「お兄ちゃん、ありがとう」

 

 背後から聞こえてきた女の子の言葉を、炭治郎は心の中で否定する。

 自分はその子に何もしていない。その優しい言葉は、自分にとってあまりにも優しすぎた。

 

 

 

 

 

 

 土井知太郎は倒れている人がいないかどうか探し回っていた。

 今、この町に何が起こっているのか、それはわからない。

 わかっていることは、不意に化け物が現れたこと、そして、その化け物の何らかの術によって、手足を動かなくされる人々がいた事、そして、詰将棋を解くことができればその封印を解くことができること。

 事実、彼も自分の足につけられた詰将棋をすぐに解いて自由になった。その後彼は同じように拘束されている人々の詰将棋を解いて回っている。

 

「おっと」

 

 左足が瓦礫にぶつかりバランスを崩す。なんとか転ばずにすんだが、段々と道が歩きにくくなっている。

 生まれつき動きの悪い左足を、彼は今更恨むことはなかった。

 

 

 

 土井知太郎は、ある農家の三男として生まれた、左足は生まれつき悪く、物心ついた頃から走れた記憶がない。

 力も弱く農作業もできない知太郎を家族は邪険に扱った。事実、彼にできる仕事はほとんどなく、有事の際にも役に立たない。不幸にも頭の良かった彼は、それは仕方のないことだと理解できていた。

 彼が将棋に出会ったのは九歳の頃、縁日で出会った大道詰将棋であった。

 その日に駒の動かし方を覚えた知太郎は、出題された九手詰めを瞬く間に解いて出題者を驚かせる。

 更に十一手詰め、十三手詰めと連続してそれを解くと、出題者は彼に盤駒と定跡本を手渡し、二度と来るなと冗談っぽく言った。知太郎は生まれてはじめて大人に認められた。

 

 それから二年ほどして、近隣では誰も叶わぬ将棋指しになっていた知太郎を、いつかの大道詰将棋の出題者が身なりの良い老人を連れて訪ねてきた。

 戯れに平手で将棋を指した知太郎は、その老人の強さに圧倒される。だが、老人も同じく自身の読みについてくるその少年の才能に戦慄していた。

 その老人は、自身を師として東京に来ないかと知太郎を誘った。彼にそれを断るつもりはなく、家族もまた、彼を失うことにひとかけらの惜しみも見せなかった。

 その老人は、のちの十二世名人、大野三平太(おおのさんぺいた)であった。

 

 

 

 人を探しながら、これは天命なのだ、と、土井は思っていた。

 この動かぬ左足のせいで、走れず、誰も抱えることができず、戦うことも出来ない。自分は何の役にも立たないどころか、きっと誰かの足を引っ張るだろう。

 だが、なぜか人々には詰将棋が浮かんでいる。それを解くことができれば、彼らを助けることができる。

 自分はこの左足のせいで多くのものを失ったかもしれないが、この左足のおかげで将棋に夢中になることが出来た。この左足のせいで死ぬかもしれないが、この左足のおかげで死ぬ前に人を救うことができる。

 将棋しか出来ぬ自分が、最後に人を助けることができる。

 もしこの世に神がいるのならば、随分と粋なことをしてくれるものだと彼は思っていた。

 

 最後に詰将棋を解いてから、随分と時間がたった。

 彼は引き続き倒れている人を探していたが、もうこの辺にはいないのだろう。彼は随分と多くの詰将棋を解いていた。

 彼は役所の壁によりかかり一つ大きな息を吐いた。

 運動などあまりしたことがない、足を引きずってこれだけ歩いたことはいつ以来だろうか。

 彼はすでに逃げることは諦めていた。否、逃げることなどずっと諦めている。

 今後何が起ころうと、それに身を任せることしか出来ないだろう。

 そう思っていた時「土井さん!」と、彼を呼ぶ声があった。

 

「炭治郎くん……?」

 

 こちらに向かってくる少年、それは将棋道場の顔なじみであった竈門炭治郎だった。

 

「土井さん! ご無事でしたか!?」

 

 土井は一瞬意味がわからなかった、そもそも千駄ヶ谷を去ると言っていたその少年がまだこの地にいることが不思議であったし、彼がこの危険な場所にいることも不思議だった。

 だが、彼が帯刀していること気がついて、土井は瞬時に状況を整理する。

 

「君は……憲兵だったのかい?」

「いえ、違います」

 

 それは間違っていたが、彼が鬼殺隊と言う存在を知らない以上仕方のない返答だった。

 

「俺達は鬼殺隊と言って、鬼を討伐する部隊です」

「鬼を……?」

 

 その単語を土井は繰り返す。人食いの鬼というものを聞いたことがないわけではなかった。

 

「それなら」と、土井が炭治郎に問う。

 

「詰将棋は、鬼が作ったのかい?」

「はい、そうです」

「何のために……?」

「あの詰将棋は、間違えると新たな鬼が現れるような仕組みになっているんです。そして、人間を逃げられなくする拘束にもなっている」

 

 間違えると新たな鬼が現れるというのは、土井は初めて知る情報だった、彼はこれまですべての詰め将棋を間違えること無く解いていたから。

 

「逃げられなくしてどうする?」

「鬼は人を食います」

「食う……」

 

 聡明な土井は、すぐさまにそれを理解する。

 

「炭治郎くん」と、彼は問う。

 

「ならばその鬼は、将棋を人殺しの道具に使っているということなのかい?」

 

 静かだが、その言葉には強い激昂をはらんでいた。炭治郎ですら、一瞬たじろぐほどに。

 だが、それに返すよりも先に、炭治郎はその気配を感じて振り返る。

 それと同時に、第三者の声があった。

 

「驚いたぜ」

 

 それは鬼であった。

 目は赤く充血し、額には一本の角、人間としてみれば青年ほどの年齢に見え、右頬に盤のようなマス目の入れ墨がある。

 

「詰将棋の封印が思っていたよりも解かれてたから何事かと思ったんだが、なるほど、多少将棋のわかるやつがいたということか」

 

 炭治郎は「下がっていてください」と土井を制して一歩前に出た。雰囲気と不快な臭いからして、その鬼がこの一連の騒動の原因であることは明らかだった。

 

「鬼殺隊の連中はどうにかなると思っていたが、ここまで将棋ができるやつがいるのは予想外だったぜ……殺す」




将棋コソコソ噂話

『大道詰将棋』とは、かつて縁日などで出されていた屋台のような催し物の一つで、一手百円程度で詰将棋を指していくもの。美しさや駒の活躍ではなく詰みそうで詰まない手順であることのほうが重要で、見事詰みを発見できると金品や商品などが贈られるというものだったそうですよ。
 そもそも解かれると損ばかりなわけなので、土井少年のような子供が来れば商売上がったりですが、詰将棋を扱うという形式上、出題者には将棋の有段者も多くいたと言われているようですよ。



感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
特に鬼滅の刃二次は初めて書くので評価やアドバイスもよろしくおねがいします!
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