【完結】 劇場版 鬼滅の刃 千駄ヶ谷将棋所編   作:rairaibou(風)

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第6話 将棋戦法

「馬鹿なことは辞めるんだ!」

 

 炭治郎の背後から土井が叫んだ。それはその鬼に向けられているものだろう。

 

「将棋が好きなのならば、その将棋を人殺しの道具に使うな!」

 

 鬼はその言葉に意外そうな表情を見せた。それは露骨なスキであったが、炭治郎はその性分からスキを突くということが出来ない。むしろ彼も土井の言葉を待っていた。

 

「将棋が好き?」

「ああ、君が作った詰将棋は見事だった。将棋の駒を愛し、将棋の理屈をよく理解している美しい手順だった! そんな芸術を作り上げることのできる君が、どうしてこんな事をする!?」

 

 炭治郎は土井のその言葉に驚いた。彼は目の前にある詰将棋を解くのに必死で、その手順の美しさを考えている暇など無かった。だが、詰将棋というものに一種の芸術性があることは、その魅力を知る炭治郎にも理解できることだった。

 はっ、と、その鬼は土井の言葉を鼻で笑う。

 

「将棋の弱いやつに生きている価値など無い。これが俺の師匠の言葉だ、そして、俺もそのとおりだと考えている。将棋の弱いやつが強いやつに逆うことの道理など無い」

 

 土井はその鬼の言葉にショックを受けた。彼の将棋人生の中で、そのような思想にはこれまで何度も向き合ってきた。将棋しか出来ない連中が、その狭い世界の中でその人間の価値を図ろうとする愚かな行為。

 優れた将棋指しが優れた人間である決まりなど無いし、そのような保証もないのだ。

 

「それなら!」と、土井は言う。

 

 彼はそのような思想に対する最高の返し技を持っていた。

 

「私と一局指してみないか?」

 

 鬼と炭治郎はそれに驚く。

 だが、炭治郎はすぐさまにそれはいい考えなのかもしれないと思った。

 

「私は将棋連合会六段! 君にとって不足はないはず! 私が君に勝つことが出来たら、将棋をこのように利用するのをやめてくれないか」

 

 理屈は通っている。

 将棋の強さによって人間の価値が決まるとするのであれば、土井がその思想を持つ人間に勝利することでその人間を屈服させることができる。大抵の場合、人間というものは天に吐いたつばを防げない。

 

「へえ」と、その鬼は笑う。

 

「六段か、それなら、随分と強いんだろうなあ」

「ああ、恥ずかしくない勝負をすることを誓う。だからどうか、一局」

「六段ねえ……」

 

 鬼はボリボリと首を掻く。

 そして彼は、爪で首筋をひっかき傷を作ると、その傷を引きずり出すように引き抜く。

 

『血鬼術 錆刀(さびがたな)

 

 傷口から刃こぼれでボロボロのように見える刀が現れた。自らの血を武器に作り変える血鬼術で、それを引き抜いた後に傷口は再生して塞がる。

 そしてその鬼はそのままそれを構えて土井に向かった。

 

 だが、土井にその刀が振り下ろされることはない。

 抜刀した炭治郎がその突進を止め、錆刀と鍔迫を起こしてた。

 

「どうして対局しない!?」

 

 炭治郎は怒りの形相で言った。

 その鬼は舌打ちしながら炭治郎と距離を取る。

 

「はあ? 対局なんかする必要あるか?」

 

 鬼は更に空いている左手で首を掻く。

 

「俺は将棋のつええやつが大嫌いなんだよ!!!」

「逃げてください!!!」

 

 この鬼に話は通じない。

 将棋での力関係を求めながら、その実、将棋での力関係を拒否している。

 その鬼にとって、将棋は自らが優位に立つための手段でしか無く、それが通用しない相手は殺すのみ。そうやって自らの倫理を作り上げているだけなのだ。

 

 土井も鬼のそのような不条理を感じ取ったのだろう。炭治郎の助言を素直に聞き入れて壁を伝ってその場を後にしようとする。

 だが、動かぬ左足を引きずりながら歩き回った疲労は、ただでさえ遅い土井のスピードを更に遅くしている。

 

『血鬼術 田楽刺し(でんがくざし)

 

 新たな傷口から作り出されたのは、一本の槍であった。

 鬼はそれを土井に向かって投擲しようとする。

 だが、それは出来ない。

 

『水の呼吸 水面斬り(みなもぎり)!』

 

 炭治郎の日輪刀が、鬼の左腕を槍ごと切り落としている。

 しかし、鬼はそれでも動揺しなかった。

 

「馬鹿めが」

 

 鬼はそのまま右手に持っていた錆刀を放り投げた。

 いつの間にか短刀のようなサイズになっていたそれは、まっすぐに土井に向かう。

 体を捻って、彼はそれを避けようとする。

 だが、避けきることは出来なかった。

 呻き声。

 

「土井さん!!!」

 

 見ると、土井は左腕を抑えてうずくまっていた。腕を抑える右手の指の隙間から、おびただしい量の血が流れているのが見える。

 

 何をやっている! と、炭治郎は己の判断のミスを呪った。

 槍を持つ腕を落とせばいいと思っていた。どうして知りもしない敵の能力を自分で判断した!?

 自らの血から作った刀なのだから、大きさを自由に変えられることくらいは予測できていたはずだ!!!

 鬼を見る、鬼はすでに左腕の再生を完了し、右手には新たに作られた錆刀が握られている。

 

「炭治郎くん!!!」

 

 痛みを堪えるような甲高い声で、土井が叫んだ。

 

「私のことには構うな!!! 自分が生き残ることを考えなさい!!!」

 

 血の臭いは止まらない。まだそれが止まる気配はない。

 なんて強い人なのだと、炭治郎は思った。

 状況を考えれば、危険なのはむしろ土井の方であるのに、血が止まらないような攻撃を受けながら、それでいて、まだこちらの心配をしてくれる。

 

 この人は、絶対に殺してはならない人だ。

 

「あ~あ」と、その鬼は土井を眺めながらつぶやく。

 

「なっさけねえ姿だよなあ、ああはなりたくねえ。せっかく将棋が強くても『将棋しかできない』からああなるんだ。俺のように、自分より将棋が強いムカつくやつを殺せるようにならないとな」

 

「黙れ!!!」

 

 鬼の言葉に炭治郎は激昂した。

 

「あ~?」

「あの人はお前とは違う! あの人は……あの人は将棋で人を幸せにする人だ! お前のように、人を貶めるために将棋を利用するような人ではない!!!」

「何いってんだお前? 人間てえのはよ、人より優れているなにかで人を馬鹿にしないと気が済まない生き物なんだよ。お前があの男に何をされたか知らねえけど、あの男だって心のどこかでは将棋の弱いお前を馬鹿にしているさ」

「黙れ!!! これ以上土井さんを侮辱するのならば許さない!」

「別にお前に許されなくてもいいし」

 

 そう挑発しながらも、その鬼は炭治郎の闘気に少し動揺を見せていた。

 どう見ても、その男が鬼殺隊の柱には見えない。

 だが、今感じている緊張感は、柱か、あるいはそれよりも上かもしれなかった。

 そして、彼の耳飾りに気づいた時、彼はあの言葉を思い出す。

 

『柱、もしくは花札のような耳飾りのある鬼狩りの首を献上すれば、その瞬間からお前を上弦の鬼として扱ってやろう』

 

 鬼は笑った。

 これは天命、またとない機会だ。

 その男の首を手土産にすれば、自分は上弦の鬼となれる。

 上弦の鬼となれば、どれだけの人間を、鬼を馬鹿にできるのだろうか。考えるだけでもゾクゾクとしてくる。

 そのための力をつける事を考えて、このような大規模な襲撃を計画したが、手柄が向こうからやってきた。

 

『血鬼術 四手角(よんてかく)

 

 刀で両肩を傷つけ、そこからもう一対の腕を生み出す。

 更にそれらがそれぞれ新たに錆刀を生み出し、合計四本の刀を構える。

 

「あの男はもういつでも殺せる……だからまずはお前を殺す」

 

 その鬼は、全力を炭治郎に注ぐことが、彼に対する脅しになると思ったのだろう。 

 だが、炭治郎は内心それにほくそ笑んでいた。

 攻撃が自身にだけ向くのであれば、むしろやりやすい。

 

 鬼が刀を振り下ろす。

 炭治郎はそれを潜って交わし、更に鬼の懐に潜り込む。

 鬼は残り三本の錆刀を重ね合わせて防御の準備。

 

『水の呼吸 弐ノ型 (にのかた)水車(みずぐるま)!』

 

 炭治郎は一回転しながら斬りつける。その斬撃の威力にすべての錆刀がへし折れる。強度に強みがあるわけではない。

 更に炭治郎は刀を上段に振り上げる。

 攻撃を予測した鬼は自身の額に傷を入れる。

 

『水の呼吸 捌ノ型(はちのかた) 滝壺(たきつぼ)!!!』

『血鬼術 銀冠(ぎんかんむり)!』

 

 鈍い音が響く。

 振り下ろされた日輪刀は、鬼が生み出した兜がガードする。

 だがそれは斬撃を防ぐのみで衝撃を吸収するわけではない。

 

「……、……!!!」

 

 鬼は脳を揺さぶるその衝撃に顔を歪める。

 炭治郎が今がチャンスであると考え刀を構える。

 

『ヒノカーー』

『血鬼術 風車(かざぐるま)!!!』

 

 鬼は新たに作り出した風車を炭治郎の前に差し出す。

 瞬く間に強烈な風を生み出したそれは風圧で炭治郎を後退りさせた。

 絶好の機会を逃した炭治郎は歯ぎしりし、命びろした鬼は胸をなでおろした。

 

「なかなかやるじゃねえか」

 

 鬼は流した冷や汗を悟られぬように強がっておどける。

 だが、その努力も虚しく、炭治郎は「いける!」と、その自信を強めていた。

 その鬼は弱くはないが、かつて戦った上弦の鬼と比べればその実力は劣る。

 冷静に、冷静になることだ。

 

「お前の首に価値があるわけだ」

 

 鬼は風車を構える。

 吹き荒れる暴風が炭治郎を捉えた。

 

「こーゆー事もできるんだぜぇ~!」

 

 鬼は小刀化した錆刀を手裏剣のように投げつける。

 

「くっ……!」

 

 風に乗り高速化したそれを、炭治郎は体を捻ってなんとかかわす。

 しかし、その先には鬼がいる。

 鬼は炭治郎が小刀を食らうとは考えていない、将棋の基本は三手の読み。自らの動きによって相手がするであろう行動を読み、そこに攻撃を合わせる。

 

「死ね! 死ね! 死ねええええ!!!」

 

 新たに作り出された錆刀が炭治郎を狙う。

 だが、炭治郎もその行動を読んでいる。

 先ほどと同じようにすべて腕を落とし、首を狙う。

 

 しかし、腕をあげようとした時に、彼はその違和感に気づく。

 左腕が自由に動かない。

 そこで彼はようやく、自らの左腕に鎖が巻き付けられていることに気づいた。

 

『血鬼術 鎖鎌(くさりがま)』によって作り出された鎖が、左腕を拘束している。

 

「腕が……!!!」

 

 炭治郎は日輪刀を右手に持ち替え、薙ぎ払う。

 だが、それで切り落とせたのは二本の腕、錆刀を持った一本は切り落とせない。

 

「あーっはっはっはっは!!!!!!!」

 

 振り下ろされる。

 炭治郎は身を捩ってそれをかわそうとしたものの交わしきれない。首を狙ったその太刀筋は左肩を斬りつける。

 

「ぐっ……!」

 

 炭治郎はそれを庇いながら鬼と距離を取る。

 痛い痛い痛い痛い痛い。

 炭治郎はようやくその鬼の『錆刀』の威力を理解する。

 錆びているが故に、切れ味は良くない。だが、その分肉を抉り、削ぐ。

 致命傷よりも痛みと恐怖をより与えるように考えられた陰湿な武器だ。

 

「炭治郎くん!!!」

「大丈夫です! あなたは自分の心配を! 傷口を縛ってください!」

 

 声を上げる土井に、炭治郎が返す。

 この痛みをあの人も感じている。

 鍛錬を積んだ自分ですら声を上げそうになってしまうような痛みを、一般市民のあの人もくらい、それでも人を心配している。否、もしかしたらもう痛みを感じないという段階に来ているのかもしれない。そのどちらにしても、土井は尊敬に値する人物であるだろうと彼は思った。

 

「あ~あかわいそ。中途半端に食らっちまうからより痛いことになるんだよなあ」

 

 炭治郎は両手で日輪刀を握る。

 指は動く、すべての指は動く。ならば神経はやられていないはずだ。握れる、強く刀を握れる、ということは振るえる。

 倒せる、まだ自分はあの鬼を倒せる。

 こんな痛み、土井が感じているものに比べればなんてことはないはずだ。

 

「まあ、俺は優しいから、次はきっちり決めてやるよ」

 

 先程よりかは遅れているが、それでもその鬼はすでに腕の再生を終え、風車と錆刀三本の体勢を取る。

 

「ていうかさ、いつもみんなが俺の言うとおりにしとけば俺が気持ちよく勝って終わりなんだよ。なんで無駄に抵抗するかなあ」

 

 炭治郎は刀を握り直してそれに返す。

 

「すべてが自分の思い通りになる訳ないだろ」

「お前さあ、そもそも無傷だったときすら俺に勝てなかったのに手負いの状態で俺に勝てるわけねえじゃん、馬鹿だなあ」

 

 鬼はすでに炭治郎のことを警戒していない。どうやって勝つかの段階ではなく、どうやって殺すかを考えている。

 鬼は炭治郎に向かって踏み込む。

 だが、炭治郎はそれを待ち構えてきた。

 将棋と同じだ。

 相手がこちらの首を狙ってくる時、相手もまたこちらに首を差し出している。

 

『ヒノカミ神楽 炎舞(えんぶ)

 

 振り下ろされる日輪刀を鬼は錆刀でガードする。

 

「読めてるんだよカス!!!」

 

 否、読めてはいない。

 炭治郎の振り下ろしたそれは、それを受けた錆刀をへし折り、鬼の胸を切り裂く。

 

「かっ……」

 

 胸から血を吹き出しながら、鬼は、助かった、と、感じている。

 炭治郎の一撃は確実に首を狙っていた。

 だが、鬼はすんでのところで首をひねってそれをかわすことが出来た。

 尊大に見えて、病的なまでの臆病さが、その鬼の勘の良さであった。

 

 だが、炎舞は二連撃。下方から打ち上げるような斬撃がまだある。

 

「クソがっ!!!」

 

 鬼は二撃目をやはり錆刀で受ける。だがやはり錆刀にそれを受けるだけの強度はなく、砕ける。

 しかし鬼はそれが砕けることは織り込み済みであった。

 彼は上体をそらしてそれをかわす、僅かだが刃先が体をかすめ傷になる。

 その傷が強烈な痛みと地獄のような熱さを持っていることに気づいたのはそれから少ししてからだった。

 

 やべえ、やべえ、やべえ!!!

 

 一瞬炎をまといながら振り下ろされたように見えたその太刀筋がどのような理を持つものなのか、それはまだその鬼にはわからない。

 だが、明らかに自分が不利である事は理解できる。

 すでに二本の錆刀は折られ、自らの手にあるのは風車と一本の錆刀のみ。

 そして間合いとしては明らかに相手の間合いだ、すでに炭治郎は次の攻撃の体勢を取ろうとしている。

 何でも良い、相手の手を止めなければ、相手を動揺させなければ。

 鬼の判断は早かった。

 

「あの男を殺しちゃうもんね!!!」

 

 鬼は錆刀を振りかざす。

 狙いは炭治郎ではない、土井だ。

 

『血鬼術 鎌鼬(かまいたち)

 

 目一杯錆刀を振り下ろすと、切り裂いたが斬撃として飛びかかる。

 だが、その精度は高くない。

 鬼が刀を振り下ろさんとしたその寸前に、炭治郎が刀でその軌道をずらしたのだ。

 

 何という下衆。と、炭治郎はその鬼を侮蔑していた。

 そして、何かを守りながら戦うとはこうも難しいのかと絶望する。

 なんとかなれ、なんとかなれ、なんとかなれ!

 だが、その飛ぶ斬撃はアバウトながらにも土井に向かっている。

 

 ごめんなさい、土井さんごめんなさい!

 俺を信じたばっかりに、この場に居合わせたのが俺であったばっかりに。

 

『水の呼吸 拾壱ノ型(じゅういちのかた) (なぎ)

 

 一人の男が、土井の前に立った。

 そして、その男はかまいたちを消滅させる。

 その男は鬼殺隊水柱である冨岡義勇、使った技は凪、スキの無い抜刀状態から間合いに入ったものをすべて無に返す高速の斬撃であった

 

「義勇さん!!!」

 

 心強い援軍が来たこと、土井が助かったことに気を取られる炭治郎の目の前に、風車が差し出される。

 鬼にとって、土井が助かるか死ぬかということはどうでもいいことだった。

 大事なのは、炭治郎が自分から気をそらすか否か。

 そして、それは成功しているのだ。

 

「飛ばす!」

 

 その時、鬼は雷が落ちたかのような轟を聞いた。

 

雷の呼吸(かみなりのこきゅう) 壱ノ型 (いちのかた) 霹靂一閃(へきれきいっせん)

 

 飛ばない。

 吹き飛ぶはずであった炭治郎が吹き飛ばない。

 回らない。

 風車が回らない。

 何故か。

 それを持っていたはずの腕が切り落とされているからだ。

 

 鬼殺隊、我妻善逸。その技は雷のように目に見えず防ぐことも出来ない。

 

「炭治郎さっさと斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ!!!!! いやああああああ!!!! こっち見ないでええええええええ!!!!!」

 

 善逸の声を聞き、炭治郎が構える。

 

 すでに残る錆刀は一本。

 だが、これで凌ぐ、これで凌げる。凌ぐことができるはずだ。

 

獣の呼吸(けだもののこきゅう) 武ノ牙(にのきば) 切り裂き(きりさき)

 

 ぼとり、錆刀が腕ごと落ちる。

 見ればイノシシの被り物をした二刀流の男が腕を切り落としている。

 鬼殺隊、嘴平伊之助。

 

「やれ権八郎!!!」

 

 何もない、構える炭治郎の斬撃を防ぐ手段がない。

 逃げるか? 否、もう間に合わないだろう。

 血を!!! 溢れている血を使えばまだ!!!

 

『ヒノカミ神楽 円舞(えんぶ)

『血鬼術 ダイヤモンド(金剛)美濃(みの)

 

 鬼は作り出した城壁のような盾で首を守る。

 

 大丈夫、これなら大丈夫!!!

 これまでこれを破ったやつはいなかった!!!

 柱すらこの囲いを突破することは出来なかった。

 だから、だから大丈――。

 

 千駄ヶ谷の町が回転する。

 否、そうではない、自身の首が回転しているのだ。

 

 駄目だあ、やられた。

 卑怯だ、あまりにも相手が卑怯すぎる。

 四対一だなんて卑怯すぎる。

 あれ? そう言えば俺の駒はどこに行ったんだ? え? もしかして全部やられたのか?

 少なく見積もっても二十はいたはずだろう? 全部? 全部やられたの?

 そりゃないよ。

 せっかく無惨様に頂いた昇格のチャンスだったのになあ。

 

 

 

 

 それは少し前の記憶だった。

 無限城、大広間。

 

「来たか狩人(かりうど)

 

 鬼舞辻無惨は自らの前に跪くその鬼を前に満足げだった。

 

「お前の主人は上弦を断った」

「はい、主人にかわり無惨様へのご無礼を謝罪したいと感じています」

「構わん、それはアレの問題だ。それよりも、私はお前に興味があるのだ狩人」

 

 無惨は更に続ける。

 

「あの男の手柄になってはいるが、お前も黒刀の剣士と柱の討伐には随分貢献しているだろう? 私はお前ならば上弦の鬼として申し分ないと思っている」

 

 狩人は無惨のその言葉に涙が出るほどに感激した。

 

「俺のようなものにはもったいないお言葉です」

「何、本心だ……私としては今すぐお前を上弦にしても良いのだが、そうすると他の鬼に示しが付かん」

 

 無惨は続ける。

 

「柱、もしくは花札のような耳飾りのある鬼狩りの首を献上すれば、その瞬間からお前を上弦の鬼として扱ってやろう。他の鬼もそれなら文句があるまい」

「は……必ず」

「人を喰うことだ。もっともっと人を食え、それがお前の力となるだろう。期待しているぞ」

 

 

 

 

 

 

「土井さん!!!」

 

 その鬼が消滅したことをしっかりと確認してから、炭治郎たちは土井に駆け寄った。

 義勇の手によってすでに左腕は縛られ、完全ではないが出血も僅かになっている。

 

「助かった。ありがとう炭治郎くん、善逸くん……?」

 

 土井はその二人の名を呼んだ後に口ごもった。当然だ、一人は見ない顔だし一人は見えない顔だった。

 

「俺様を忘れたのか伊藤!!!」

「ああ、伊之助くんか」

 

 その声と態度から、土井はそのマスクの少年が伊之助であることを理解できたようだ。どうして半裸にイノシシの被り物なのかは理解できるはずもないが。

 

「この人は冨岡義勇さんと言って、俺達と同じ鬼殺隊です」

「そうか……助かりました。ありがとうございます」

 

 礼を言う土井に、義勇は彼らしくぶっきらぼうに返す。

 

「……隠のものから、詰将棋の封印を解いている一般人がいると聞いた。それがお前か?」

「私もそうだが、将棋の得意な者は皆同じようなことをしていたかもしれない。私だけではないだろう」

「そうか、協力感謝する。今から隠のものを呼ぶから、安全なところに避難すると良い」

 

 炭治郎達三人も、それが良いと思った。

 土井も「わかった」と、それを受け入れようとした。

 その時、彼らの上空をカラスとスズメが舞う。

 そのカラスが喋りだしたものだから、何も知らぬ土井は驚いた。

 

『東ィ~!!! 千駄ヶ谷ノ東に鬼アリィィィ!!!』

 

 炭治郎ら三人は、その報告に背筋を凍らせた。

 彼らは今倒したその鬼こそがこの騒動の発端だと思っていた。それだけの強さはあった。

 

 しかし「だろうな」と、義勇は頷く。

 

「柱を食らった鬼としては弱い」

「まだ鬼がいるってことなのかよおおおおお!!!!! いやあああああああ!!!! もう何体倒したと思ってるのおおおお!!!!???」

「あーっはっはっっはっは!!!! まだまだ暴れたりねえと思ってたところだ!」

「急いで向かいましょう!」

 

 炭治郎達がそれに向かおうとした時、その手を引かれる。

 見ると、土井が袖を引っ張っている。

 

「炭治郎くん」

 

 土井は少し口ごもりながらその先を続ける。

 

「私も、連れて行ってもらうわけにはいかないだろうか」

 

 土井は許せなかった。

 自らの愛する将棋を冒涜するものの存在が許せなかった。たとえ自らが死んだとしても、その存在に一喝をせねば気がすまなかった。

 炭治郎は、その気持ちが痛いほどにわかった。

 土井もまた、鬼に愛するものを愚弄された人間の一人であるのだ。

 だが、義勇がそれを否定する。

 

「駄目だ、一般人の向かうところではない」

「一般人ではない。私は将棋連合会六段、将棋ならば誰にも負けない、自信がある」

「死ぬぞ」

「構わない」

 

 義勇はめんどくさいなと思っていた。勇敢なのは結構なことだが、これから向かうのは柱を食ったこともあると考えられる鬼だ。負傷した一般人など足手まといにしかならない。

 だから彼は、手刀で彼を気絶させようとした。

 その時、カラスが二の句を告げる。

 

『詰将棋ノ封印アリィィィィ!!!! 将棋ノ腕ニ自信ノアルモノヲ優先セヨ!!!!』

 

 その言葉に、炭治郎らは義勇を見た。

 だが、義勇の考えは変わらない。

 

「詰将棋の心得は俺にもある」

「なら君は、詰将棋の封印を幾つ解いた?」

 

 土井の問いに義勇は沈黙を返す。

 確かに義勇には詰将棋の心得があるし、その実力も高いだろう。だが、それが将棋連合会六段よりも優れているということはないだろう。

 

「私を連れて行かなかったら、君たちは後悔する」

「一般人に犠牲を出すわけにはいかない」

「だから一般人ではない、私は将棋で戦える」

 

 埒のあかない議論だ、やはり義勇は手刀を振るおうとする。

 だが、それに待ったをかけたのは炭治郎だった。

 

「義勇さん、連れていきましょう」

「馬鹿なことを」

「土井さんの将棋の実力は、おそらくいま自分たちが出せるものを遥かに超えています。鬼が将棋に関係した血鬼術を使うのならば、彼を連れて行かないことこそが悪手です」

 

 馬鹿なことを言う炭治郎に、義勇は善逸と伊之助に視線を投げた。馬鹿なことを言う同僚をなんとか説得しろと言う助けを求める意味もあった。

 だが、伊之助も善逸も、その意見を否定はしない。

 そして何より義勇を困らせたのが、その理屈はある一面からは正しいということだった。

 詰将棋の封印を解くことを、鬼を倒すということと考えるならば、おそらく土井は鬼殺隊の誰よりも鬼を倒せるはずだ。

 

「わかった」と、義勇は言う。

 

 土井はその言葉に大きく息を吸い「ありがとうございます!」と頭を下げる。

 

「だが、条件がある」と義勇は続けた。

 

「お前が自らを一般人ではないとして俺達についてくるのならば、俺達もお前を一般人とは考えない。俺達とお前の命が天秤にかかることがあれば、俺達は俺達を優先する。お前を助けない」

「わかった、構わない。将棋を守るために、私は死のう」

 

 土井は力強く頷いた。




将棋コソコソ噂話

『錆刀』とは、将棋の戦法の一つ。交換して手持ちにした角を画像の通り王の横に打ち込む戦法です。相手の飛車、香車を狙い相手の陣形を崩す狙いのある戦法です。

【挿絵表示】

 この角を撃つためには振り飛車の強みの一つである『美濃囲い』を完全に放棄する必要があるので自陣の防御力が著しく低下するのが弱点であり、また角が相手の王を睨んでいるわけではないので切れ味に欠けるということもあります。『錆刀』という名の通り、脆く切れ味も悪いが食らってしまえば深手となる戦法と言えるらしいですよ。



感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
特に鬼滅の刃二次は初めて書くので評価やアドバイスもよろしくおねがいします!
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