【完結】 劇場版 鬼滅の刃 千駄ヶ谷将棋所編 作:rairaibou(風)
千駄ヶ谷の東、郊外に存在するその洋館は、ほとんどの人間がその主を見たことがない。
貴族議員の別荘であるとか、隠居したやくざ者の隠れ家であるとか好き勝手に言われていたが、何より不思議であったのは、誰もその洋館がいつ建ったものなのかということを知らないことだった。
「村田さん!」
千駄ヶ谷の東、田舎風景の中にいびつに立つその洋館の前に、鬼殺隊が集まっていた。
村田もその一人、だが、彼はその玄関の前に立つだけで何もしていない。
知った声に名を呼ばれた彼は、後輩である炭治郎と水柱の義勇が到着したことに胸をなでおろし、しかし彼らが到着しただけではどうしようもないことに絶望しながらそれに返事した。
「来たのかお前ら」
「状況はどうなってる?」
「見てのとおりです、俺達では何も」
村田の指差す先には、やはり将棋の盤面があった。扉に浮かぶそれには幾つもの駒が配置されており、これまで炭治郎らが解いていたものとは次元が違うように思える。
事実、盤面に浮かぶ数字は『二十三』であった。
「どこまで解いた?」と義勇が問う。
「我々の力では一手目を確定させることしか……失敗するとこれまでより強力な鬼が現れます……その一手目を確定させるために、六体の鬼を出しました……」
「仕方がない、今まで出た鬼はすべて倒しているはずだ」
義勇はその盤面を眺める。
「一手目は何だ?」
「6三角」
義勇は詰将棋が趣味ではあるが、それで飯を食えるほどではない。ひと目それを見ても何もわからない。
「私が解こう」
ふと、炭治郎が担いでいるその男が言ったものだから村田は驚いた。彼はそれを死体だと思っていた。そう思うほうが自然な状況であったのだ。
「土井さん……」
炭治郎がその男を下ろすと、土井と呼ばれたその男は左腕を抑えながら左足を引きずって盤面がよく見える位置に来る。
その男は鬼殺隊ではない、身なりの良い洋装は自分たちの制服ではない。
ならばなぜ、鬼殺隊ではない男がそこにいるのか。村田らにはそれがわからない。
だが次の瞬間、彼らは土井の役割を知る。
「……なるほど」
それを目にして僅か一分弱ほどで、土井は頷いた。
「
村田達は驚いた、その男は明らかにもうその詰将棋を解いている。自分たちが三人どころではない人数集まっても全く解けなかったそれを。
盤面に手を伸ばそうとした土井を「待て!」と義勇が止める。
「俺が指す。指示をくれ」
ああ、なるほど、と炭治郎は義勇の命令に頷いた。
土井が優れた将棋指しであることにいまさら疑問の余地はない、だが、相手は鬼、何が起こるかわからない。
何かがおきて鬼が現れたとしても、それ真っ先に対峙するが義勇であるならば不幸なのは鬼の方だ。
なんて優しい人なのだろうと炭治郎は思った。
それを土井も理解しているのだろう。彼は一つ頷いてから言う。
「まずは、6三角、すると5一玉と逃げるはずだから、そこで4二銀成として――」
土井の説明通り、義勇はすいすいと盤面を動かしてそれを解く。
もはや炭治郎らは、土井の間違いよりも義勇の指し間違いのほうがあり得るとすら思って身構えていた。
だが、そのどちらも起こりそうにない。
「最後に6六龍で詰みだ」
義勇がそう指すと、たしかに盤面にはバツの文字が浮き上がり、そして盤面が消える。
義勇が玄関のドアを蹴り倒すのはそれとほとんど同じだった。
「……これは何だ……?」
だが、義勇は扉の向こう側に現れた景色に戸惑う。
そこは、だだっ広い畳張りの大広間であった。狭く見積もっても三百二十畳はあるだろう。とてもではないが、洋館の内部とは思えない。
その中心に、一人の鬼が座っていた。否、遠目に見えるその人影が鬼であると視覚から判断することは出来ない。
だがその鬼が持つ雰囲気、ビリビリとこちらにまで伝わるような威圧感が、その人影が鬼であることを確信させている。
「もらったあ!!!
そういうが早いか、伊之助が低い姿勢でその大広間を爆走する。
「待て!」と義勇はそれを止めようとした。この空間は明らかにその鬼の血鬼術の支配下にある。無鉄砲な行動は控えるべきだ。
だが、距離的にも性分的にも伊之助に今更そのような忠告が届くはずもない。
低い姿勢のまま大広間を駆けた伊之助は、そこに正座する和服の若い鬼を捉える。
何故か、その鬼の前には将棋の盤があった。伊之助が初めて見る脚付きの将棋の盤だ。
何も知らぬ伊之助ですら高級そうだと感じるそれに、彼は足をかけなかった。それを足蹴にすると烈火の如く怒るであろう人間を知っていた。
だが、鬼は別だ。彼は両の手に持つのこぎりのような刀を鬼の首筋に添える。
『
交差した刃を引き抜くようにして斬撃を与える。首一点を集中して痛めつけるその攻撃は、上弦の鬼の首すら斬り飛ばしたことのある必殺技である。
だが、上がるはずの血しぶきは上がらない。
代わりに上がったのは、楽しげに笑う少年の声。
「はっはっは、殿中であるぞ、なんてな」
その鬼が手にしていた閉じたままの扇子を振るう。すると伊之助は盤の前から吹き飛んだ。
「なんだぁ!?」
伊之助は混乱した、たしかに首を捉えた手応えはあったのだ。それでも傷一つ付かないとは、一体どんな首をしているというのか。
「盤駒を足蹴にしなかったことは褒めてやろう。だが、野蛮な男は好かん。『横槍』を入れてくれるな」
そう言って、その少年は背後に手を伸ばす。
そこには裂け目のある巨大な瓢箪があった。
少年は瓢箪から一つ将棋の駒を取り出すと、起き上がり再び向かおうとしてきた伊之助に放り投げた。
その駒は、畳に落ちるまでその姿を大きく変えた。膨らみ、二つの足で立ち、伊之助の前に立ちはだかる。
その将棋の駒は、一体の鬼となった。
鬼のもとに向かいながらその光景を見ていた義勇たちは、ようやく千駄ヶ谷を襲った鬼たちの正体を知る。
「鬼を駒にしているのか!」
だとすると、その少年の背後にある巨大な瓢箪。その全ての駒が鬼だというのか。
その鬼は、自分めがけて向かってくる鬼殺隊にため息を付いた。
「やれやれ、物事を理解せぬ奴らだなあ」
彼は適当に瓢箪に手を突っ込み、適当に駒を掴む。
「ほれ、これの相手でもすればよかろう」
次々に鬼が現れる。
だが。
『水の呼吸
義勇はそれらの鬼の隙間を駆け抜けながら、同時にそれらを斬りつける。
そして彼は少年鬼の首を視界に捉えた。
『水の呼吸
水平に、首を切り落とすように斬りつける。水の呼吸基本にして勢いのある横薙ぎ。
だがそれも、その鬼の首を落とせない。
確かに切っているはずだ、首を狙っているはずだ、捉えているはずだ。
どうして、刃が通らないのか。
はあ、とため息が聞こえる。
「小僧らはいつもそうだ。いつもいつもいつもいつも、俺の首を切れば俺を殺せると思っている」
未だに頚に触れている刃に恐れること無く首をひねって続ける。
「戯れに首を落としても良いのだが、どうせ再生するし、何より、この美しい盤が血で汚れるのが好かん」
なんだこの鬼は。
まるで訳がわからない。
首が強い鬼はいる、首が再生する鬼だっているだろう。だが、どんな鬼だって、自らの首が切られることに多少の恐怖は覚えているはずだ。
この鬼は何だ、まるでそれを恐れている様子がない。
更にその鬼は義勇を見上げながら言う。鬼らしく充血したように赤い目だけが彼を鬼だと言っている。
「たまに考えるのだが、そんなにも俺が憎いか?」
「憎いな、お前ら鬼は人を喰うからな」
「左様か、俺はあまり人間は食わない方なのだが、まあ、今回は
「ウチのものが斬った」
「ああ、道理で気配がしないわけだ……あれは俺の弟子だと名乗って好き勝手する困った奴でな、だがまあ死んだとなれば多少は悲しくもある、将棋に負けて癇癪を起こすのが可愛らしいやつだった」
ふうん、と、鼻を鳴らした後にニコリと笑って続けようとしたときだった。
『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃』
雷のように畳を踏み込む音と、鋭い太刀筋。
不意に現れた善逸の刃も、その鬼には通じない。
「いやあああ!!!! なんで!!!??? なんで斬れないの!!!!????」
善逸は目を見開いて叫ぶが、鬼は、はあ、と、ため息。
「騒がしいのも好かん」
瓢箪の割れ目に手を入れ、一つ駒をつまみ出す。
「『沈黙は金』ぞ」
放り投げられたその駒『金』は、瞬く間に鬼となって善逸の前に立ちふさがる。
「いやあああああああああ!!!!!!! 死ぬうううううううう!!!!!!」
だんだんと離れていく善逸に、鬼はコロコロと笑った。
そして、彼は再び義勇を見上げる。
「どうかな? 鬼殺隊の小僧、俺と一局指してみないか?」
トントンと盤面を指で叩いて続ける。
「あるいは将棋なら、俺を殺せるかもしれないぞ?」
うーん、と一つ首をひねってから続ける。
「手合はそうだな……六枚落ちで相手してやろう」
罠かもしれない。
だが、鬼殺隊として、鬼を倒せるかもしれない可能性を捨てるわけにもいかない。
何より、自分のあとにはあの男が控えている。
あの炭治郎が認めた男が控えている。
「いいだろう。受けよう」と、義勇は鬼の対面に座った。
将棋コソコソ噂話
この話に登場した二十三手詰めは江戸時代に伊藤看寿という将棋指しによって江戸に献上された詰将棋集『将棋図巧』の94番らしいですよ。
この詰将棋集にはプロローグにあった煙詰や、なんと総手数611手詰めである『寿』なども収録されているらしいですよ。
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特に鬼滅の刃二次は初めて書くので評価やアドバイスもよろしくおねがいします!